時間



 そのあとの試合は万事順調だった。

 ハンゾー対スコール戦では、スコール対フィールの戦いを見て怖じ気づいたハンゾーがわりと戦う気になっていたスコールに対して冷や汗と共に降参。
 この時点でスコールもハンター証を手に入れたことになる。

 異常に試合数の多いスコールとフィールの居たトーナメントブロック。
 スコールとフィールが早々にハンター証を手に入れてトーナメントから姿を消したことでこれでやっと本来の流れどおりだ。
 ゴン対ハンゾーは、フィール曰くの原作どおりであったし、その後の流れも変わらない。

 ぽんぽんと試合は進んで、キルアとギタラクルもといイルミとの試合になった。
 友達だなんだとレオリオが叫び、やがてぞろぞろとキルアを擁護する者達がゴンを殺そうと宣言したイルミからゴンを守り、キルアの心を守るため扉の前に集る。
 このとき既にガーデン組みの三人は扉の付近に位置を移して試合を観戦していた。

 ゴンを庇うように見えるか否かは微妙な所だ。
 もっとも、観察力のある人間なら三人が随分と昔からその位置に陣取っていたことは分っているだろう。
 暗殺を家業とするイルミに、その観察力が無いとは思わない。
 無ければそれは、とっくの昔に死んでいるということだ。

 目の前で起こることを、ひとつの流れのように捉え、傍観する。


 今は雌伏のときだ。
 行動すべきは今じゃない。
 イルミに警戒を与えるな。
 沈黙し、壁に背を預け、知らぬ振りをし、その時をまて。

 傍観者を気取れ。
 けして、気取られるな。


 そして、時は来る。


 ボドロとレオリオの試合が。
 何気なく、壁から背を離すフィール。

 何気なく、何気なく。

 体を解すように、ボドロの背の見える位置へ移動する。
 スコールもそれに習い、いつでもイルミに牽制できる位置へ。
 アーヴァインと二人、意図は無く、ただ喋るふりを装う。

   そして試合が始まった。

 キルアが動いたのを認めた瞬間、走るフィール。
 その身には可能な限りの速さを上げるジャンクションとヘイストがかかっている。
 フィールの行動に反応したイルミの前にはスコールとアーヴァインが。
 飛来する無数の鋲をアーヴァインのエグゼターが、スコールのライオンハートが叩き落し、縮小版学生寮の鬼神が今まさに凶手を振り下ろそうとしていたキルアを捕らえた。

 きゅっと締まる鞭がキルアを雁字搦めにして捉える。
 宙を飛ぶキルア。
 表情も無くやり遂げるフィールは、途中で鞭を緩め、キルアを開放する。
 投げ出されたキルアは茫然としたまま、床に叩きつけられた。

「じゃま、するの?」

 にわかにイルミが殺気立つ。
 イルミとフィールの直線状に立ちはだかって、スコールはただ静かにその殺気を受け止めた。

 僅か半歩ほど後ろで余裕ありげに立っているアーヴァインは、きっと本当はいっぱいいっぱいの心情なのだろう。
 彼は臆病者だ。
 ただそのこころを押し殺してでも、選んだだけだ。
 Seedとその名が示す様々なものを。

「目の前で無益な殺し見逃すつもりは無い。キルアにハンター証を取らせないことが目的ならもう十分だろう」

 スコールの眼差しはイルミに固定されたまま。眼差しはそらさない。が、わかる。
 駆け出すキルアが、たたきつけるように扉を叩いてホテルから出て行くのが。

「殺させることで楔を打ち込もうと言うのなら、それこそ必要ない。殺人は今更だろう? ゾルディック。誰を殺そうが殺すまいが、やがて自分で思考する」

 走り去ったキルアを見送ったフィールは、二人の対峙から一歩引いた所で様子をうかがう。
 だんだんと膨れ上がる念交じりの殺気に、念を知らない受験者達が息苦しそうにうめく。

 そんな事体をいつまでもネテロ会長が黙ってみているはずも無い。
 スコールたちにしてもその介入を待っていた所もある。

 放置されると言うのならそうで、それなりの対応と言うものがあるが。
 今回のことに関しては、理由と建前と、それなりの物は揃っている。
 第三者の介入となる前にとめることが出来たわけでもある。
 あのタヌキジジイのことでもあるし、何を言い出すのかは分ったものじゃなかったが、少なくとも彼ほどの実力者がこの一連の流れを見逃しているとも思えない。
 案の定。

「そこまで!!」

 パァン、と力強く掌を叩き付ける音が響き、イルミは殺気を引っ込めた。
 すでに確実となったハンター証を無為にしてまですることではないということなのだろう。

「くくっ」とアーヴァインが失笑した。

「不合格者が一人、でたね。これで彼らはみんな合格だ。ポドロさんも、ポックルも、レオリオも。ねぇ、ネテロ会長?」
「うむ。そうじゃのう」
「皆合格って……今何があったんだよ!!」

 レオリオが叫んだ。

「私にも事情が飲み込めんのだが」

 レオリオの動体視力でも、キルアに注目していれば追う事は出来ただろうが、目の前の対戦相手に注目していては、ことはそれこそあっという間、闘っていた彼らを置いて終わってしまった。
 まして背を狙われていたボドロはなおさら事情がつかめない。

「簡単なことだよ。僕たちがこの試合への第三者の介入を妨げ、そして介入者は逃げ出した。それだけのことさ」

 左手でエグゼターをくるりとまわして、彼は肩を竦めた。








 あのあとのことは、怒涛の展開でした。
 というか、この世のタヌキジジイと言う生き物をはじめて実感しました。
 シド学園長も、まあそこそこタヌキですが、ネテロ会長と比べれば及ぶべくも有りません。
 白い髭のタヌキは、なんだかんだと口車で皆を丸め込んで、いえ、それこそドロンと煙に巻いて、キルアの不合格と、それ以外の全員の合格が宣言されました。
 そしていま、僕たちはハンター証についての講習を受けています。
 いろいろ説明してくれてはいるのですが、あらかじめ多少の予備知識があることと、いつゴンが乱入してくるかと思うとドキドキして、あまり集中できません。
 ああ、先輩! 
 僕はどうすればいいんでしょうか!!
 ハンターハンターの一ファンとして、喜びを隠し切れません。
 きっと今の僕は傍目から見て気持ち悪い笑い方をしていることでしょう。

            フィール・こころの日記。











 講堂で模範生の如く彼らが講習を受けていると、突然扉が弾かれギプスを巻いたゴンがやってきた。
 スコールの隣でアーヴァインが囁く。

「予定調和さ」

 どうやらこのゴンの憤怒は原作どおりの展開らしい、と納得するスコール。
 和やか、とはいいがたいが、先への希望に心地よい緊張感に満たされたいた空間に敵意と憤怒が満ち満ちる。
 ゴンがイルミに詰め寄って、掴んだ腕を握りつぶした。
 明らかに粉砕骨折である。

 常識人であれば完治にどれほどの時間がかかるか分らないほどだ。
 だいたい、一度は切開して繋ぎ合わせて金具で止めるだろう。
 でなければ骨がずれる。はずなのだが。
 きっとイルミはほうっておいても治るのだろう。
 何故だか疑いもなくそれを信じられた。

「そう言えばゾルディックって、爪伸ばしたりとか念を使わずに肉体操作しますけど、あれってどうなっているんでしょうか。っていうか、もしかして腕とか切り落とされてもにょきにょき生えてきたりとか……」

 スコールとアーヴァインの合間で、フィールが脅威のゾルディックトカゲ発言をする。
 答えかねた二人は沈黙した。

 天空闘技場編には再び彼らと行動を共にするつもりだが、ゾルディック編は飛ばしていく事は話し合って決めてあるガーデン組み三人は、この場では傍観者を決めるつもりだった。
 それに、やはり彼らにとってこの世界は違和感なのだ。

 戦争を行うわけでもなく、それでもとても、命が軽い。
 それはこの試験を通してスコールが思うことだ。
 スコールだってSeedである。
 そしてSeedとは庸兵である。
 今、この世界でこそ殺さずを心がけているが、バトル、戦い、殺し合い。
 そんな言葉が普遍的にある世界に生きて、そして、すでに魔女戦争の時から、それ以前から、自分の手が綺麗だなんて言う気はない。

 町を一歩出れば、魔物という人にとって絶対の敵が居る。
 それでも人は人同士の争いをやめず、そして庸兵であるSeed、ひいては彼らは、対人戦闘のスペシャリストでもあった。



Seedは何故と問う無かれ。



 Seedに、ゆがみに気が付かせないために、考えることを放棄させる言葉だった。
 だが、それは、まだ幼いともいえたスコールたちの、未熟な心を忌避すべき同族殺しの罪悪感からも守っていたような気がする。

 自分たちで考えるようになるまで、その責任を、その言葉に。
 そしてその言葉を発する者に、転嫁することで、心への過負荷から逃れていたのではないか、と。

 そして、原作を知る二人はさらに思う。
 ここに居るはずの無いポドロと、その生死に関して。

 キルアが殺人を犯したことにはこれほどまで熱く怒り、それこそ疑問を投げかけるのに、殺されたボドロ、その死については驚くほどだれも、感心を示さない。
 共闘することは無かったかも知れない。
 あまり会話も無かっただろう。
 人は良かったが年代が違う。

 だがそれでも、長きに渡るこのハンター試験で少なからず接点はあり、見た目による偏見を持つところは多少有れども、この世界では稀に見る良心を持つ、良い大人、心根の先達者となりえる人物だ。
 ハンター試験を通じて、アーヴァインとフィールの思ったことである。
 主人公四人組も、それぞれ何を思いどう行動するにせよ、永遠に命の価値観について意思を重ねる事は出来ないだろうと思う。


 と。


 どういうやり取りがあったのかわからないうちに、いつの間にか勝負ごとに発展していた。
 何が起こったのか理解できずに居ると、横からフィールが補足を入れる。

「なんだか、戦って勝ったらキルアの居る場所を教えるとか」

 納得は、できる。
 片手ずつ使えないことも、ハンデではなく平等としたのだろう。
 条件は一見一緒だが、その条件においても果たして平等な試合とは到底思えない。
 闘志に目を輝かせるゴンには、あまり見えていないのか、それともこれくらいの実力差は、むしろ闘志があがるとでも言うのか。
 既に周囲など一ミリも視界に入っていないに違いない。

 さっきからレオリオやクラピカがゴンを諌める発言をしているが、あの様子では届いていないだろう。
 講堂は、会議場としては十分すぎるほど広い立派なしつらえだが、やるなら庭に行けと言うのだ。
 そもそもゴンは殺る気を出してきているイルミの前に、近づけないでいた。


 試験は終わった。

 望みどおりキルアは不合格、ハンター証も手に入れて、これでゴンを殺しても問題なし。
 弟をたぶらかす不確定要素はさっさと始末しちゃおう、その程度の思考もあるものか。
 ゾルディックにとっての邪魔になるなら、今のうちに潰しておこうとしているだけだろう。

「何でこんなことになってるんですかね?」
「原作には無いよね」
「一応小説版も読みましたけど、それとも違いますし。だいたい小説版のヒソカ、気持ち悪いです」
「流れとしてはアニメバージョンとも違うんだろうね」
「先輩見たんですか?」
「いや、話に聞いただけだよ。たしか、軍艦島とか言う所があるって」
「無事に帰ったらビデオでも借りてみましょうか」
「そうだね」

 剣呑な雰囲気に似合わないのんきな会話。
 原作を知る二人だけの、この世界の秘密の話だ。
 どちらにせよ、二人が二人ともこの展開を知らないというのなら、既に現実は乖離しているのだろう。
 スコールたちのせいとばかりはいえないようだが。

 高まる殺気に肩を竦めたアーヴァインがくるりと掌で転がすのは、エグゼターではなくオートリボルバー。
 そのときが来るのを阻止する為に、そのときが来るのを待っているのだろう。
 その矛盾。

 そしてそのときは意外に早くやってくる。
 いや、妥当というべきか。

 遊ぶように、甚振るようにゴンの力を図っていたイルミの、最後の攻撃。
 これから天空闘技場で戦うギドよりも早く打ち出される鋲を、今のゴンに避ける術は無い。
 それはあらゆる退路を塞いで飛来する。
 死を覚悟しても、ゴンは目を閉じなかった。



パァン




 間抜けな軽い音が響く。
 聞えるのは一撃だけ。
 だが六つの薬莢が地に落ちた。

 六発分、致命傷になる六ヶ所だけを的確に打ち落とした。
 残りの鋲が、多少肌を裂いてはいたが、刺さりさえしなければ問題ない。
 推測されるイルミの能力は、鋲をさした物体への操作だ。

「またじゃまするの」

 イルミの無感動な瞳が、こちらを向いた。

「するさ、何度でもね。ここでゴンが殺されたら、最終試験でボドロさんを護った意味がなくなる。無駄は好まないんだ」

 チキンハートを誤魔化す為の、精一杯の虚勢。
 だが、その姿は好ましい。
 セルフィとの結婚式では精一杯祝ってやろうと、場違いな思いを新たにするスコール。

「あんたたちは」

 言いよどんで少し考えている。
 あの目さえなければ、十分美形で通用するのは、ヒソカと一緒だろうか。
 ヒソカも、あのメイクと性癖さえなければ、造作自体は整っている。

「あんたたちもキルの所に来るの?」

(何でこっちに話を振る!)

 スコールの心の叫びは、いつもの心の独り言より幾分大きかった。
 壁際まで離れていたのに。
 別働隊アーヴァインは、反対側で苦笑い。
 しかも、残った人がみんな此方に注目している。

 フィールはスコールに任せたとばかりに眼でかたり、いつもお得意の口八丁三枚舌もとじている。
 アーヴァインに至っては面白そうだとばかりにクツクツと笑うばかりだ。
 スコールは久しぶりに昔懐かしいため息をついた。
 何も知らず、ただ踊らされていたころのため息を。

「ふうん」

 まだ何も言っていないだろう!! と、やはり内心では叫んだが、言葉にはならないスコール。
 沈黙は肯定とみなす。は、良く聞くお決まりの台詞だが、どうやらイルミもそう取ったらしい。
 正直勘弁してくれ、といいたい。
 ゾルディック編には関わるつもりは無いのだから。

 フィールがゴトーさんのコイン捌きを見たいと主張したので、時期を計らって執事邸までお邪魔する可能性は無きにしも非ずだが。

「キルアの居所ならそいつが知っているよ」

 言うだけ言って、立ち去りやがったイルミ。
 試験中は、Seedとスコールという存在を知るそぶりは無かったのだがどうしたものかと思案するスコール。だがその時間も与えられない。
 イルミという対象を失って、ゴンたちはスコールに迫る。
 試験が終了して実家に連絡でもしたのだろうと結論付ける。
 このさい事の真偽は関係ない。目の前には真摯に光る真っ黒の瞳が迫っているのだ。

「ねえスコールさん。スコールさんはキルアのいる場所を知ってるの!」

 ホテルはまだハンター協会の貸切だ。

「中庭にこい。そこで話す」

 こちらもまた言うだけ言って背を向けた。
 念も込めた威圧で押し黙らせたので、すぐに追ってはこないだろう。
 ひとつ、フィールと話し合って決めたことがある。

 ハンター試験をはじめるより前、キメラアント編を潰すと決めた時に。
 それを実行する時は、今だろうと思った。

 先に待つべく中庭へ向けて歩くスコール。
 フィールがアーヴァインに耳打ちして離れた。
 他の受験者とホームコードを交換しに行く。
 それだけが少し様にならないな、とまた彼は笑った。







 都会にありながら静かな空間を確保できるほどの巨大なホテル。
 その閑静な中庭に、今は彼らのほかに人影はなく、多少騒いでもおそらく、人はくるまい。

 中庭で待つこと数分、主人公三人よりも先にフィールのほうがやってきた。
 仕事が速い。
 さっそくメールでそれぞれの携帯に手に入れた新米ハンターたちのホームコードを転送する。

 無事ガーデンに入ったら、外務交渉につけようかと思考するスコール。
 口先八丁舌三寸、被るねこは猫又で、タヌキとキツネを子飼いにする煮ても焼いても食えない人間になる事を希望する。

 ノーグは繭に篭もったままだし、羽化? しても、再びともにガーデンに関わっていけるとは思えない。マスター派の教師でも志ある者は残ったが激減した。
 そして志のある者とはえてして交渉がうまくないことが多い。

 直情というか情熱的過ぎるというか。
 ましてシド学園長はタヌキだが、経営は上手くない。
 タヌキの上にチキンだ。

「ところで、これから何をするんだい?」
「それについては僕から説明しますよ。スコール先輩は、頑張ってください」

 疑問を提示したアーヴァインに、フィールは苦笑いを浮かべて答えた。
 その苦笑いは、対するアーヴァインにというよりは確実にスコールに向けられた感情だ。
 スコールはその苦笑いを見、答えぬままに自分の言うべき事をイメージトレーニングする。

 正直な話、ここまで他人の人生に責任を持つ必要はないのかもしれないが。
 だが、彼らはここに一つ目標がある。
 変える手段が見つかっても、それだけは成し遂げていこうとするものが。
 それを成し遂げる上で、ある子供から、成長の機会を奪うことになる。

 それは望まれない成長だろうけど、強くなることには変わりなく、この子供がこの子供のまま育ってゆくには、強さが必要で、それがなければ生きることすら叶わない、折り紙つきの無鉄砲。
 ここで使うのは本意ではないのかもしれないが、都合のいい念も開発してある。
 スコールは、フィールの作るシナリオを噛み締める。

 閉じた眼裏で、脳内で何度も復唱し、演技に対する恥じらいを掻き捨てる。
 それはいま、必要のないものだ。
 もとより演技過剰なフィールのこと、多少削ってもいいんじゃないかと思うが――、一度は同意してしまったのだ。
 今更覆すことは出来ない。



 待ちかねる三人のところに、向こうも三人組でやってくる。
 ゴンを筆頭に、クラピカとレオリオ。
 その真剣な面持ちに、なんと声をかけるのか。

 近づいてくる足音が、スコールの一メートルほど前で止まった。
 ゆっくりと開かれるスコールのまぶた。
 その奥に隠されていた瞳は、閉じられる前と違って、強い決意と意思がある。
 自己暗示、完了といったところか。

 まあ、なんにしてもスコールは本番の人間だ。
 きっと大丈夫。

「スコールさん。来たよ。キルアの居場所を教えて!!」

 さすがの強化系、直球勝負。
 そもそもこの時点のゴンに婉曲な表現を使う姿が思いつかないが。
 その意思に答えるように、スコールはゴンを見下ろす。

「ゴン。行ってどうする? いや、その答えはさっき聞いたな。連れ戻すのか?」
「そうだよ」
「弱いお前が、あのと言われるゾルディックに? 弱さを自覚しないまま、熱に浮かされたような気持ちで?」

 アイスブルーの瞳は硝子のように無機的で冷たい。

「弱くあることが何たる事かも知らないまま」

 特に、フリークスの子供として生まれた彼には、知らぬままではすまされない。
 念すら載せていないのに、ゴンは向けられる眼差しの鋭さと、絶対の冷たさに怯む。
 それは歴戦が生み出す、誰にも真似の出来ない雰囲気。
 どれほどの素質を持っていようとも、まだロクに戦いも知らず、その意味も知らない小僧っ子に抗えるものではない。

「弱いことは悔しい事だと知れ」

 ゴンの目の前を掠めるようにガンブレードの刀身が行き過ぎる。
 びくりと震えるのみで、ゴンはそれを満足に追う事も出来ない。

 ガツリと地面に突き刺さった刀身は、スコールの瞳のように冷たい輝きを宿す。

 抵抗する暇も与えずに、頭を抑える。
 小さく口内でスリプルの魔法を唱え、その上に魔女の創造の念を重ねる。
 四次試験で、監視員にかけたのと同じ念だ。
 実はまだ、多少不完全で不完成な代物なのだが、それなりに望む効果が期待できることはフィールで実験済みである。
 眠りに落ちるゴンの上に、厳しい言葉を投げかける。

「弱いことは悔しい事だと知れ。お前は弱い。弱いからハンゾーに一方的に痛めつけられた。弱いからハンゾーに意識を刈り取られた。弱いからキルアの試合を見届けられなかった。弱いからキルアがポドロを殺すのを止められなかった。弱いから、イルミからキルアの居場所を聞き出せなかった。そして、弱いから、ここでイルミに殺されていたら、キルアはもう二度と、自分の意思で外の世界を望めない。自分に関わる者は必ず死ぬと、自分で自分に呪いをかける。弱いお前が弱いままキルアに関わって、お前が弱いからキルアの心を傷つける」

 言葉はそのまま映像となり、ゴンの中で真実となる。
 これは、そういう念だ。
 ゴンは今、眠りの中で、本来自分が見るはずのないものを見ている。
 自分がハンゾーに負けた試合から、意識のない間にキルアが兄と戦い、そしてボドロを殺すまで。
 そして逃げだしたキルアの姿を、イルミに殺される自分を、ゾルディックを背負う自分を呪い、生涯機械のように感情をなくし、暗殺のみをするキルアを。

「弱いことは悔しい事だとしれ。歯を食いしばって、泣くほどに悔しい事だと!自分の意思を突き通すことすら出来ない。それが理解できないなら、今ここで、俺に殺されろ。俺が変わりにカイトを救ってやる。弱いお前には、できない事だ」




 唸る。
 悔しさに唸る。
 歯を鳴らして唸る。
 涙を流して唸る。
 目の前で起きる悲劇と、そこにある自分の無力さに唸る。




 ゴンは現にはない景色の中で、もっとも見たくないものを見せ付けられる。
 人は自分の力で自分のために運命をつむぐ。
 それは、スコールが定められた未来の変革を望むことでもあり、そこにおいて他人の人生に責任を持つ必要などありはしないだろう。

 己の世界においても、異なる世界においても。

 己の世界において、過去のイデアは何も知らずにその力を受け入れたにせよ、未来のイデアは、アルティミシアの脅威をどうやって過去の己の身にとどめるかに腐心している。
 定められた未来は、問題の先送りでしかないし、異なる誰かに荷物を背負わせただけではあるが、自分の愛した子供達の誰を犠牲にすることもなく一応の解決と平穏を見る。












 イデアは、来るべき未来を過去にするべく行動する。












 歴史の形として、それは正しいのだろうが、スコールは否定する。
 この世界において、ゴンとキルアの旅の果てに慕ったカイトの死と、それを得てゴンが望み、そして得た強さ。
 どこかで観測された未来。
 歴史をなぞらせるなら、それが不変であるものなら、なぞらせるのが道理なのだろう。
 だがスコールは、それを否定する。

 どちらも己ために。

 それに際して、他人の人生に責任を持つ必要なんてありはしない。
 人は己のために生きるものだからだ。
 それでも、いま彼が干渉する未来を補おうとするのは、ただ嫌いだからだ。



 運命が。



 いずれキルアの額にある針も取り除くつもりでいる。
 あの針は、スコールにとって他人が操る人生そのものの象徴だ。
 物理的に思考を制御できるそれは、スコールがゆるゆると思考を操作されてSeedを目指したことよりも単純に呪わしい。

 なんとなく事情を悟ったアーヴァインとフィールがレオリオとクラピカを押さえている間に、畳み掛ける。
 カイトが死んで、歯を食いしばって涙を流して、弱いことがどれほど悔しい事なのかを、知る機会を奪うのだ。
 いま、ゴンの中で真実となる虚像が、これからの彼にどんな影響を与えるのか、与えないのか。
 やってしまえばもう、あとは関わらないと決めている。
 これ以上彼の人生を勝手に背負い込まないと。

「魔女の先見だ。将来、弱いお前をかばってお前の目の前でカイトが死ぬ。弱いお前はカイトを救えない。弱いお前が、カイトの枷となり、戦いの邪魔をする」

 ゴンの意識の内で、いま、父親への導をくれた青年が、強大な敵とぶつかり、未熟なゴンをかばって負傷するシーンが導き出されているのだろう。
 うなるというよりも、すでに痙攣をはじめたゴン。

 やることはやった。
 念能力のみをカットして、魔法による夢うつつの状態で放置する。
 あまりに現実的で、苦しみや悲しみにあふれ、揺さぶられた精神は眠りの魔法を破って目覚めようとするが、それがかなわず、夢と現の合間を漂いながら、思考しているはずだった。
 目じりから涙を流し、ピクリとも動かない四肢を投げ出しているゴン。夢と現の時間の流れは、己の世界とこちらの世界をまたいだ自分達のように一致しない。

 目が覚めるころには、それなりに自分の結論を出していることだろう。

「きさま、ゴンに何をした」
「そうだてめー、こんなにくるしんでよぅ」

 あと一秒でも長く続けていれば、切りかかられていたかもしれない。
 押さえつける二人の壁を越えられるとは思えなかったが、このハンター試験で、ゴンは確実にかけがえの無い人間を手に入れた。
 スコールはゴンから目を離し、いきり立ってこちらをにらみつける二人に目をやった。

「パドキア共和国、ククルーマウンテン」
 ぱっと、体を押さえつけられていた手を離されてたたらを踏む二人。
 その少しばかり唖然とした表情に、その言葉だけを投げつけた。
 スコールが背を向けて歩き出す。

 アーヴァインはいたずらっぽいしぐさで背後に手を振りながら。
 フィールが後に残ったが、一瞥を与えただけでスコールは立ち止まりもしなかった。
 連絡手段なら携帯があるし、おそらくはこの芝居のアフターケアをするのだろうと踏んでいる。
 真実のところフィールが何を考え何をしようとしているのかは知らないが、マイナスにはならないだろうと考えている。
 なったときはなったとき。
 恐らくそれは作為ではなく不可抗力だろう。

「さて、アーヴァイン」

 ゴンたちと離れて始まる。

「僕達の時間、って訳だね」












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