見据える



 スコールたちも、各々額に一撃を入れてしとめたブタを処理していた。
 手早く、だが時間がないので適当に血抜きをし、内臓を抜く。
 毛を剃る時間はないので、毛の焦げる匂いが殆どしないほど短時間で表面を焼き尽くす。ファイガの三連発もぶつければ火力に関して問題はない。
 その後からつるりと皮をむけば中味はホカホカだ。

 このあたりがほかの受験者達より常識人の彼ら。
 ほかの受験者の焼き方は正直見ないようにしている。
 食べるブハラが哀れなような焼き方のもいるが、どうせブハラには関係ないのだろう。
 だが、彼らの精神には良くない。

 ファイアで起こした火にかけて表面を色よく焦がすと、止めにサンダーを五連発。
 ケツァクウァトルをジャンクションしているフィールは、【天雷】を発動させてブタに電気を通す。
 おそらくこれで生焼けも防げているはずだ。
 そしてそれぞれに、スコールが持ってきた塩、五百グラム入りを満遍なくブタに振りかけて味付けする。
 スコールの、具現化系の念、マジックボックスに入れていた物だ。

 引きずるのも、手に油がつくのも嫌がった彼らは、ブタにレビテトをかけて試験官の元へ持ってゆく。
 メンチが浮いたブタを興味深げに見つめていて、ブハラがそれをうまそうに平らげた。
 まあ、彼らとしては結構手間隙かけたつもりだったのに、一番乗りだったのは結構な驚きだった。
 ほかは結構焼く所で手間取っているのだろう。
 今回惜しみなく魔法を使った彼らは、ほかよりもかなり早く焼きあがっていた。

 こんがり、ほっくりと。
 五百グラムの塩が程よいでかいブタ。
 丸ごと一匹、一人で食べれば確実に塩分の取りすぎだ。

 二匹で塩一キロ。

「うん、旨かったよきみ達のブタの丸焼き。塩加減も程よくブタの味を引き出していたし、いい塩使ってるね。ほんのり甘くて美味しかったよ」
「ふぅん、味付けまでしてくるなんて、器用な受験者ね。298と345? どっちも微妙な番号ね」

 自覚のある彼らは、スコールは試験官の手前ため息を堪え、フィールは力なく笑った。
 バーゲンと言えば298。

 チリ紙がお得なのだ。

「とにかく、これで俺達はブタの丸焼きは合格だな?」
「ええ、そうよ」
「なら、いかせてもらう。ほかの受験者たちもきたようだからな」

 ブハラからちょうど距離を置いた辺りで、彼のもとになだれ込むように受験者がブタを抱えて駆けつける。
 続々とやってきた受験者達のブタの丸焼きを、バクバクと信じられない勢いで平らげていくブハラから彼らはこそこそと距離を置いた。
 正直見ていると、胸焼けしそうだったので。




 ようようと七十頭ものブタを平らげて満足そうにため息をこぼすブハラ。
 クラピカが背後に山と詰まれた骨とブハラを睨んで唸っている。

「真剣に考えるとバカを見るよ。きっと圧縮胃袋なんだ」

 ぽん、とクラピカの肩に手を置いて、声をかけるフィール。
 クラピカも苦笑した。


 続くメンチのメニューはスシ。
 しかも握りしか認めないと言う。

 まな板、包丁、酢、木桶、飯会場にはきちんきちんと道具もそろい、あと足りないのは上にのせる具材のみ。
 道具から推察して作れ、と言われても、どれほど察しがいい人でもこれでは無理のような気もする。

 未知の物に対する挑戦、というなら、そこにやってくるのは寿司でなくとも考えて末に料理として食べる事ができれば合格できるのかも知れない。
 周囲がうんぬん唸る中、彼らは用意されたライスを食べていた。

 定番だろう。
 その道十年、プロの技の鮨を再現できるほどの技量もなく、だが未知への挑戦というには彼らは鮨の事を知りすぎていた。
 スコールの念、【魔法の箱】にいれて会場まで持ち込もうかという案も出ていたが、故あって断念した二人。
 初期の、へたな騒動になっていない頃なら、メンチも意固地になっておらず、機転と言う事でおそらく合格できるだろうと思う。
 が、そうなると合格者は二人だ。
 時には一人も合格しない年もある、と言うハンター試験。
 二人もいればある意味十分だろう。

 ここで彼らが合格すると、その後にネテロが出てこない=ゴンが合格できないと言う構図に繋がる。
 別に誰が合格しようとしなかろうと構わないのだが、それではフィールが面白くない。
 自分たちの合格が他でもほぼ確実であるのなら、遊びの範囲もあったほうがいい。

 イルミは手を出してこないだろうし、ヒソカにさえ気をつけておけば、上等な部類に入るようになった彼らの合格はほぼ確実と言えた。

 早速妙な物を作る受験者と、それを笑うハンゾー。
 そのどちらもが笑えてしまうフィール。
 ハンゾーから視線を外し、含み笑いを漏らす。

「彼って本当に忍びでしょうか。嘘つけなさ過ぎですよね」
「まあ、忍ぶ者としてはあるまじきだな」
「中忍だったか、上忍だったか忘れちゃいましたけど」

 ほいほい、っとフィールは用意されたご飯で握り飯を作る。
 塩はスコールの【マジックボックス】から。
 海苔は軍艦巻きも想定されているのかも知れない。用意されていた。
 見事な三角形がほいほいほいっと、まな板の上に並んでいく。
 この時点で魚の話は出ておらず、なぜかあの四人組がフィールの手元を覗き込む。
 そのうちにハンゾーが魚の事を大声で喋り、人が大挙して川や沼に走っていった。あの四人も。


 が、ここでも動じない人物が二人。


 メンチの隠さぬ冷たい視線を浴びている。
 そう間を置かずして、グロテスクな魚を捕まえた受験者達が帰ってきた。
 魚、と言うものを、自分達の常識に当てはめるとアレはむしろ爬虫類と甲殻類の混血。 
 色彩はカメレオン。
 独特のギョロンとした目がどうにも食欲を減退させる。
 最中の目の裏は非常に栄養に富んでいるとはよく聞く話だが、非常に不味そうに見えてならないスコールとフィール。
 彼らはこちらの世界に来てからも、魚を食べる時は丸ごと彼らの常識で真っ当な姿をしているものか、あるいは切り身で売られている、元の姿の分らないものを購入していた。
 食には見た目も大事な要素だと、こちらに来て改めて認識する二人組み。

「外道ですね」
「ああ、外道だな」

 ほかに表現法も思いつかない。
 魚ももちろん外道だが、レオリオとクラピカの料理も外道だった。

「あの魚を寿司にするなら、同じ外道でも豚トロ寿司のほうがましだろう」
「邪道と言えば邪道ですけど。それ作ってみます? ブタならグレイトスタンプがいますし」

 とぼとぼとレオリオとクラピカが帰ってくる。

「ねえ、スコールさん、フィール、魚はいいの?」
「つーかなに作ってんだよ、さっきから」

 敗者二人の動向を見て、チビッ子二人が改めて二人の握り飯に注目した。

「ああ、これな、握り飯っていうんだよ、キルア」

 お兄さんモード発動でキルアに答える。

「握り?」

 クラピカが眼光鋭く握り飯を見る。
 握り寿司しか認めない。メンチのその言葉を覚えていたのだろう。
 二人分のライスを躊躇いなく握り飯に加工していっているので、結構な数があった。

「そう。これも同じジャポンの料理。どちらかと言うと携帯食料。保存性は高くないけどね。寿司は、どっちかと言えば高級料理かな。特に握りなら。でもまあピンキリだけどね」
「腹が減っているなら食べれ。具はないが、美味いぞ。先は長いからな」

 ぽんぽん、とキルアの頭に手を乗せるスコール。
 相変わらず年頃の子供の扱いが分っていない。
 キルアは人に対して警戒を持つ事はあっても人見知りをするような子供ではないからこの程度の反応で済んでいるが、普通よく見知りもしない人間に頭をなでられて人は喜ばない。

 怖がられるか嫌われるかの二者択一だ。
 頭をなでられて嬉しいのは相手に心を許しているからか、あるいはよほど温もりに飢えているかだ。
 年頃のキルアは当り前の如く反発する。

「なにすんだよ!」
「毒は入ってない」
「なっ――!! あんた、知って……」

 食って掛るが思わぬ言葉をかえされて、言葉に詰まるキルア。
 見上げる眼差しと見下ろす眼差しが絡み合う。
 そのあいだ、頭の上に載せられた手を許したままになるキルア。

 真実を知らない傍目には大変微笑ましい光景だ。
 やがて、むっと口を閉ざしたキルアは掠めるようにまな板の上の握り飯をひとつ掴むと文字通りに齧り付いた。
 思わずやり取りに注目してしまった一面に背を向けて、一心に握り飯を頬に詰め込む。
 年が近すぎるが、傍目で見ると思春期の子供と父親のようだった。
 キルアはスコールに任せ、フィールはゴンに向き直る。

「それでだね、ゴン。具材は魚に限らないんだよ。僕たちの知る限り、ほかにも肉、卵、あと野菜なんかもあるね」
「それはあのグレイトスタンプでも寿司が作れると言う事か?」
「グレイト! クラピカ。ブタなら豚トロがオススメだね。ほかにも牛、羊なども脂の乗っている所がいいね。ちょっと炙って香ばしくしてさ」

 赤身でもいいけど、どっちにせよ寄生虫と感染に注意だね、とつなげる。

 そしてクラピカがうむ、と唸った時だった。
 ハンゾーが、試験官に反旗を翻した。

 騒然となる会場。
 一気に意気込む受験者達。
 そしてぼろぼろと落ちていく。
 あっという間の全員不合格宣言と、レスラー・トードーの暴走。
 そしてネテロ会長の登場。

「一人のバカの言葉が結果的にハンター協会会長まで引きずり出す。そう思えばハンゾーも結構凄い?」
「バカな事言ってないでいくぞ」
「はーい」

 お握りはフィールが独り言を呟いている間にマジックボックスに収納済みだ。
 あとはこれを、三次試験、四次試験と、細々と食べていくつもりだ。
 さすが美食ハンターの試験。
 いい飯使ってる。







 ゆらりゆられて飛行船でマフタツ山へ。
 遠くメンチが試験の説明をしている。

「安心して。下は深ーい河よ」

 落ちれば海までノンストップ。
 安心できないよ! と、漫画を読みつつツッコミを入れたのを遠い日々に思うフィール。
 お手本、といって飛び降りるのを見送る。
 ここがハンターの世界じゃなければ、まるっきり投身自殺だ。
 靴もそろえておいてある。

「つっ転びそうなヒールですねぇ」
「キスティスでも履かないぞ、あれは」

 メンチが帰ってくると、次々と受験者たちが飛び込んだ。

「集団自殺……」

 ぼそっと呟くフィールの肩を、スコールはわりと強く叩いた。

「不吉な事を言っていないで、さっさといくぞ」
「了解」

 そして彼らもマフタツ山を、飛び降りた。


 大鍋でグラグラと茹で上げられた発色の悪い卵は、濃厚な味で塩が無くても美味だった。
  




 弱火でじっくり、ステーキ定食から始まった一日は飛行船の中で終わりを迎える。
 たった二人しか居ないが子供組みは元気だ。
 大半の受験者が疲労困憊しているこのなかで、探検する余力がある。
 キルアはともかくゴンはまったく疲れていないわけではないだろうに。
 とりあえず彼らを見送って、ぐるりと周囲を見渡すフィール。

「怖い顔ほど雑魚な法則。健在」

 ほかになんともいえないのだが。
 広場に集っている受験者達の間では、相変らずトンパが悪巧みして駆け回っている。
 不安を呼び起こす事を吹聴して回っているが――、結局たいした事は無い奴だ。

 二度目以上の受験者なら新人潰しのトンパの事は知っているだろうし、クラピカやレオリオにしたところで、彼らは自分のペースを掴んでいる。
 少なくとも作中では彼らはきちんと休息を取れていた。

 それはまあ、この場にマッドピエロとハリセンボンがいないことも大いに理由としてあるだろうが。
 彼らを前にして眠れるつわものもそうはいないだろうし、彼らとて一応賞金首だ。

 正直な所スコールとフィールは所在無く立っていた。
 早く休めばいいのだろうが、それほど体に疲労がたまっていないためにすぐに眠る必要もない。
 食事はこの試験中でもきちんと取っている。

 今後の事を話そうにも、あまり下手なことは話せない。
 未来視にも近いコミックの内容は、問い詰められればすべて魔女の存在に押し付ける事で決めているが。

 クラピカとレオリオの休息を邪魔するのも気が引けるし、探検という年でもない。
 下手に出歩けばマッドピエロとハリセンボンに出くわす可能性もある。
 何より二人はこれが一番嫌だった。

 疲れた雰囲気を前面に押し出す受験者達の隅っこで、ばれれば他の疲れ切った受験者たちから恨みを買いそうなほど彼らは暇を持て余していた。

「なんだか、平和ですねぇ……。試験も思ったより簡単でしたし」
「そうだな。正直、描かれない間にどんなことがあるのかと思っていたが」

 それはコマとコマの間。
 一ページと次の一ページ、そして終わりと小見出しの間の読み。
 週刊連載を待つ日々は、無限の妄想をかき立てる。

「フィール」
「はっ!……なんですか? 先輩」

 自分が最後に見た連載、キメラアント編の途中で終わってしまっている連載の続きへ妄が移行し始めたフィールをスコールの声が引戻す。

「キルアのところへいってくる」
「何か用事が?」
「四次試験へ出る人間の可能性を増やす」
「つまり、キルアが殺すのを止めると言うわけですね?」
「そうだ。俺達は、二人とも合格するつもりだ。プレートの数は多いにこしたことはない」

 いざとなれば、ポックルやポドロからプレートを奪ってでも合格するつもりだが、そうなると最終試験がややこしい。
 ポックルやボドロの立場に彼ら二人が入っても、実力の違いゆえに事は思うように運ばないだろう。

「キルアに殺されなければ、二名分のプレートが増える可能性ができる」
「三次試験で落ちる可能性もありますけど。彼ら二人が増える事で、既存の人間の選ぶ道が変わり、もしかしたら三次試験の合格者が増える可能性もある」
「三人は見込みたいな」
「今助かる二人、それと、辿り着いたけど死んだ一人、ですか」
「どうなるかは、判らない」

 そもそも四次試験で、必ずゴンがヒソカの番号を引くとも限らないのだ。
 おそらく、引くと思うが。




 それはきっと、世界意思なのだ。




 それらしき二人組みを見つけると、延髄への一撃で強制的に睡眠を取らせキルアとはちょうど出会い頭になるタイミングを計る。
 変形した腕の一撃を素手で止めるるスコール。

「なっ!……おにーさん?」

 驚愕と共に見上げるキルア。
 相手を細切れにするはずが、気が付けばこの体制。
 相手に敵意があれば、自分の方が細切れである。
 うかつでもあるし、驕りでもあった。

「スコール・レオンハートだ。キルア=ゾルディック」

 さらに驚きを深めるキルア。
 二次試験の懸念は今確信になる。

 相手は自分を知っている。
 暗殺一家三男坊という自分の肩書きを。
 確信していても、聞いてしまう。
 ここは、キルアにとって“初めての外界”なのだ。
 ゴンなどよりよっぽど常識的な子供だが、暗殺以外の外界の体験は限り無く少ない。

 ゴンのあの明け透けな態度に触れてなお、まだ友達かそうじゃないかとやきもきしているのだ。

「純情じゃないですか」と笑いながら言っていたのはフィールだ。

「あんた、知ってるのか? 俺のこと……」

 判っていても聞かずにはいられない。
 ゾルディックの名を口にするということは、その意味もわかっていると言う事だ。
 それなのに、忌むでなく、怖れるでなく、敵意も無く。
 知った上でそれらの感情を向けてこない。そんな存在が理解できない。
 スコールはこれでもキルアの事を心配しているのだ。
 兄や父と言う例を知りながら強さと己の実力に対して視野狭窄気味な少年の事を。

「知っている。ゾルディックは俺たちの顧客だった。その髪の色と眼は、とてもよくシルバに似ている」
「……あんたも、暗殺やってたの?」
「いや。Seedがやるのは基本が運びと警護だ。殺しはしない。昔はSeedと言えば暗殺からテロまで手広くやっていたんだがな。魔女の代替わりと共に手を引いた」
「へー」
「キルア。あんたは父親よりよっぽどいい男になる」
「……」

 スコールの真意を測りかねて、キルアはただ見上げる。

「ゴンの隣にはあんたのような人間が必要だ。そしてゴンはあんたに光を見せてくれるだろう」
「……何がいいたいんだよ」
「ゴンと友達になりたいんだろう」

 少し躊躇って、殊勝にもキルアは小さく頷いた。

「キルアが望めば、ゴンとは唯一無二の親友になれる。怖じ気ずに望め」

 言いたい事だけ言って、さっさと帰ってしまう。
 殺気はおさまってしまっているから、問題ないとの判断だったが、結局言葉が足りない所はスコールらしい。
 ただでさえ揺れ動く青少年の心に更なる波紋を呼び起こすだけ呼び起こして、スコールは去った。









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