キルア視点
     彼我の距離





 ネテロ会長……いや、タヌキジジイとの勝負に嫌気がさして廊下を歩いている時、人の気配を感じて爪を伸ばした。

 正直、このイライラを解消できるなら誰でも良かった。
 俺達がこのまま進めば曲がり角で鉢合わせになる。
 一人か二人、細切れにすれば少しはこのイライラも解消されるかなって。

 一歩、二歩と、相手は何も知らずに近付いて来る。
 そのとき、俺はくらく嗤って凶手を振り下ろした。
 けどそれは、止められてしまった。易々と。




 黒い、色に。




 見上げる俺を見下ろしてくる、冷たいアイスブルーの瞳。
 特徴的な眉間の傷に、その存在感。間違えるはずが無い。
 状況を理解するのに数秒を要した。
 致命的だ。

「なっ!……おにーさん?」

 なぜ気がつかなかったのだろう。
 廊下の向うを歩いている時に、鉢合わせをする前に、その存在に気がついたときに!!
 眇められるアイスブルーの瞳。
 ぞっと背中が泡だって、冷や汗があふれ出た。
 怖いこわいこわい怖いこわい。

 殺される殺される殺される殺される殺される!!




今俺は、細切れに“される側”だ。




「スコール・レオンハートだ。キルア=ゾルディック」

 二次試験のときに感じた疑問は、確信に変わった。
 こいつは俺を知っている。
 ゾルディックの名を持つ、暗殺一家の人間だと。

「あんた、知ってるのか? 俺のこと……」

 理解した上で問い掛けることの間抜けさを感じつつも、聞かずにはいられなかった。

 そして、「知っていてなぜ殺さない?」とは、聞けなかった。

 見ただけで死を幻視する瞳。
 こいつは兄貴と同類だ。
 圧倒的な力、圧倒的な強さ。そして、圧倒的な覚悟。
 もしかしたら兄貴以上に――強いかも知れない。
「知っている。ゾルディックは俺達の顧客だった。その髪の色と眼は、とてもよくシルバに似ている」
 親父に似ていると言われて、瞬間恐怖も忘れてむっとした。
 いつもの間にか手は開放されていて、こそこそと数歩分距離を取った。
 こいつには、意味のないことかもしれないけど。

「……あんたも、暗殺やってんの?」

 精一杯強がって、そう聞いた。

「いや。Seedがやるのは基本が運びと警護だ。殺しはしない。昔はSeedと言えば暗殺からテロまで手広くやっていたんだがな。魔女の代替わりと共に手を引いた」

「へー」

 魔女の言葉が出たときに、こいつの雰囲気が少し和らいだ。
 よほど魔女って言うのが大切らしい。
 すこし、羨ましいかも知れない。
 俺には、なにか、いつかそう思えるようなものが出きるんだろうか。

「キルア。あんたは父親よりよっぽどいい男になる」
「……」

 突然の話題の変化についていけずに俺はそいつを見上げた。

「ゴンの隣にはあんたのような人間が必要だ。そしてゴンはあんたに光を見せてくれるだろう」

 ゴン、か。
 いいやつ、だよな。傍にいると面白いし、楽しい。
 でも……。

「……何がいいたいんだよ」
「ゴンと友達になりたいんだろう」

 驚いた。とんでもないぐらいに驚いた。
 俺って、そんなに分かりやすかったかな。
 こいつに素直に頷くのはちょっと嫌だったけど、結局俺は頷いていた。

「キルアが望めば、ゴンとは唯一無二の親友になれる。怖じ気ずに望め」

 言いたい事だけ言って、さっさと帰ってしまう。
 あっけらかんと、オレはその後ろ姿を見た。
 その後ろ姿には、もうさっきのような恐怖も感じない。
 けど、それまでとは違う背中に見えた。

 兄貴とは違う。
 親父とも違う。
 恐怖は感じない。けれど、偉大な背中だ。

 ゾルディックでもいいんだろうか。
 暗殺者でも良いんだろうか。
 人殺しでも、ゴンと友達になれるんだろうか。
 スコールは、なれると言った。
 ゴンに俺が必要だとも。

 俺はそれを信じても良いんだろか。
 俺はしばらくの間、頭がこんがらがってそこから動けなかった。

「スコール・レオンハート」

 名乗られた名前を思わず呟いて、まだどこかぼんやりとしたまま歩き出した。
 スコールが出てきた角に差し掛かって目に入ったのは、気絶させられ寝かされている人二人。

「あいつ、お人よしじゃんか」

 スコールがこなければ、俺はこいつらを殺していたんだろう。
 気が付けばイライラも何処かへ行っていた。

「スコール……。へっ、少しは尊敬してやるよ」

 それは、素直になれない俺の精一杯の強がりだった。








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