出会う

 流星街の隅、崩れかけた廃墟の中に、ただならぬ気配を纏った人物が数人、集っていた。

 額に十字の刺青を入れたオールバック、幻影旅団団長クロロ。
 クツクツと笑うマッドピエロ、ヒソカ。
 苛々と床を鳴らす目の細い小さな影、フェイタン。
 自作の携帯をいじって暇を潰している金髪の見た目好青年はシャルナーク。
 そこにもう2名の人影が入ってきた時、変化はおきた。

「揃ったか」

 クロロが言う。
 入ってきたのは一組の男女。

 目つきの鋭い、少しまとまりの悪い髪をした小柄な女性はマチ。
 マチと比較するとなおさらでかく感じる毛皮をかぶった半裸の男、ウヴォーギン。
 モミアゲが凄い。

「うおおおーー、団長、今度は何処だ! 暴れるぜぇ!!」
「うるさいね、ウヴォー」

 それはいつものやり取りであり、行っている者達以外も止めるような気配は無い。
 ふっ、と一つ鼻で笑ってクロロは声をあげた。

「今回の獲物は富豪、ガジスの蒐集品だ」

 鶴の一声。馴染の喧嘩をしていた二人も声を潜め、呆れてみていた数人もクロロの姿を見る。

「ガジスはレンゼの富豪だ。その蒐集品には、俺の欲しい古書も、フェイタンの好きそうな拷問道具もあるというはなしだ。そして邸宅の護衛には、念能力者も何人か雇っているらしい」
「僕が調べたんだから間違いないよ」

 金髪の青年が得意げに話し、
「そこでだ。流星街から近いからな、今日の深……夜――」


 ぐべちゃ
 ぐわん、がらぁぁぁん………


 悲劇は突然、訪れた。

 アルミの器が床に転がりむなしい響きを残す。
 それはその存在で周囲の目線を集め、沈黙させた。
 そして。衝突したヒソカを虚の沈黙へ追いやり、

「クッ、クックックックッ◆」

 そして彼は笑い出した。
 頭からカレーとライスに塗れて、ヒソカは不気味なほどに静かに笑い、団員達は唯呆然とそれを見送った。
 何が起きたか把握できた者は居なかった。
 クロロが今夜の襲撃の予定を話している最中に、突然ヒソカの上にアルミ皿に盛られたまだ温かなカレーが降り注いだ。

 ただ、それだけだ。

 それをなした人間が傍にいたのであればまだ事に進展はあっただろうが、茫然としながらも緊迫した彼等の誰の円にも、まして鋭敏な感覚器官にも、人の気配はかからなかった。
 突如、空から降るカレー。
 敵意も害意も、存在すら感じさせず降り注いだカレーライス。
 爆弾や硫酸が振ったというのならまだ彼らには相応しい。

 先の展開が見られないままに時間は過ぎ、ヒソカのカレーがかすかに乾き、誰もが僅かに緊張を解いて、今のカレーが何物かについて意見を交わそうと口を開いた。

「なんだたね? 今の」
「さあ、な。人の気配は感じられなかった。もちろん、円にも俺達以外はかかっていない」
「それにしても……」

 悲劇は――終わらない。


がぼん
――べちゃぁ……


「「「……………!」」」

 悲劇の比は、比べようが無かった。
 温かなカレーに塗れた、元は逆十字の刻まれたコートだった物を纏った胴体から、鍋が生えている。
 ちょうど一抱えほどの寸胴鍋に、すっぽりとクロロの頭が納まり、ぶちまけた中味の残りをしたしたとこぼし続ける。

 誰も言葉を発さない。
 ヒソカですら。

 団員は鍋頭になった団長を茫然と見やり、団長は小指の一本も動かす事無く鍋頭であった。
 ゆらり、と頭の鍋に手をかけるクロロ。
 幽鬼の如き動作で鍋を取ると、それを力いっぱいヒソカに向かって投げつけた。

「おっと、危ない♪」

ぐわしょんっ

 廃墟の壁に当たってぺちゃんこになる鍋。
 クロロは顔周辺のカレーを腕で拭うと、忌々しげに振り払ってカレーを地面に叩きつけた。
「クックックッ、八つ当たりは酷いな◇ ボクとおそろいだね、団長☆」

 ヒソカが嬉しそうなのがやたらと癇に障るクロロ。
 今までに何度も命を狙われた事のある彼らだが、こんな形での襲撃は初めてだ。

「……くっ、一体なんだというんだ」

 いらだつ内心のままに言葉を発したそのとき、彼は見つけた。
 黒い円、そこから伸びる男の腕。
 そして。

「ん〜っと? この辺に落したと思ったんだけどなぁ」

 間抜けに響く、男の声。
 









   天空闘技場での資金稼ぎを打ち切って、ホテルを出て早幾日。
 ガーデンに来る依頼をすべて締め切ってSeedとしての仕事すら受けずに、彼らは山ごもりをしていた。
 GFを使った新しい技の実験をしにきたのだ。

 失敗した場合周囲に及ぶ被害と、失敗が何かしらの身体的ダメージとして帰ってきて、行使者が身動き出来なくなった場合を想定して、二人ともこの場に留まっている。
 開発しているのは、ディアボロスとエデンの能力を複合した念能力だ。
 ディアボロスに関しては深く考える事もなく、そのまま重力形の念能力という事にした。




【悪魔の拘束力】
能力
重力を制御する。強く発動すれば、ブラックホールも作り出せる。

ルール
GFディアボロスをジャンクションしていなければ使えない。




 水風船に発を繰返して訓練する姿は、どちらも微妙にしらけたものだった。
 その時にフィールが言い出したのだ。
 ブラックホールを次元の歪みと捉えて、移動用の念に出来ないかと。
 むしろそのままその念で世界の壁を越える勢いで。

 念能力とは概念と思い込みだ。
 そうする事で使えるのなら、自分すら騙しきる。騙しきれれば、それは最強となる。
 そうして作り始めた念は、場所がランダム、無生物、直径十センチ以下と言う条件下においては移動に成功した。
 手近な所では位置情報付き携帯電話で確かめた。
 だが、これでは役に立たない。ディアボロスではどんな誓約と制約を設けても蝿一匹生きたままでは送れなかった。

 そこで思い立ったのがエデンだった。
 エデンの念はまだ開発していないのだが、エデンを召喚した時の技は印象深い。
 あれだけのエネルギーと、理不尽があればそれこそ何とかなるのではないかと思ったのだ。
 その並外れたエネルギーと理不尽が暴走した時に備えて人里遠く離れてみたのだが。


 グツグツとカレーを煮込むスコール。
 ブツブツと謎の呪文を唱えるフィール。


 念にするための制約と誓約を片端から口に出しては試しているだけなのだが、傍から見ると怪しい。
 水風船を手の中でグニグニとしながら真剣な面持ちで睨むのは虚空。
 昼飯を食べたら今までの内容をスコールに伝え、開発を代わる事になっている。

 今のところ、ディアボロスとイフリート、ケツァクァトルとシヴァ。

 これらのGFで、GF付属の念能力の開発に成功している。それらの経験からすると、どちらかが念能力の開発に成功すると、それはGFを受け渡した時にまったく同じ形で発動できるという事だ。
 そして、念能力の開発は、GFとの相性がいいほうが出来上がりやすい。

 現状、ディアボロスとエデンと二人の相性は、ディアボロスがフィールと、エデンがスコールとの相性が高かった。
 なので、時間を空けてはかわるがわるに開発している。
 ブツブツと呟きつづけるフィールの前で、スコールは炊き上がった飯盒からご飯をアルミの皿に盛り付ける。
 火から降ろしたカレーをそっとその上に流しかけ、声をかけた。

「フィール、出来たぞ」

 ブツブツブツブツ

「フィール」

 それでも彼の耳には届かない。
 集中しているといえば聞えはいいが、だからと言ってほうっては置けない。
 カレーもライスも暖かいうちに食べるに限るのだ。

「フィール!」
「出来た!」

 スコールがカレーを突き出したのと、フィールが叫んで立ち上がったのと、ほぼ同時だった。

 音も無く現れスコールの腕とカレーを飲み込んだ黒い穴。
 反射的にスコールは腕を引っ込め、穴は消え、そしてカレーはおいてきぼりとなった。

「……」
「れ……?」
「……フィール」
「あ、でも! いま先輩、腕突っ込んでいましたけど、無事ですよね?」
「ああ。無事だな」

 微妙にスコールのこめかみに青筋が立っているのを察したのか、フィールはごまかすように喋りたてる。

「カレーはちゃんと向うに送れたみたいですし」

 カレーの皿は、最大直径二十五センチ。生物であるスコールの腕が入っても無事だったのだし、成功だろう。

「座標は?」
「流星街です。失敗したら、それはそのまま捨てる事になるので、ここならちょうどいいかと。エデンの意識で世界的に座標を定められるようにしたんです。住所の指定で、ホテルの一室まで細かく指定できます。今回は、流星街の中でも、廃墟の一角と指定しました。人目は無いほうがいいので。あ、ちなみに人物で指定も出来ます」
「そうか」
「名前は【開門の審判者】でどうでしょう?」
「あんたが完成させたんだ。それでいいだろう」
「やった! 有難うございます!」

 諸手を上げて喜ぶフィール。その様子に、何となくゴンを思い出してスコールの顔に僅かな笑みが登る。

「では早速もう一度。開門の審判者、オープン!!」

 地面から垂直に人の等身まで伸び上がる黒い穴。
 フィールは喜びを表してぐるりとその場で一回転し、がぼん、とカレーの入った寸胴鍋を穴の中へと蹴り落した。

「……あ」

 スコールは眉間を抑え、ため息をこぼした。




【開門の審判者】
能力
生物、静物を問わず、物体を指定した空間へ移動させる。
ただし、通り抜けきらないものが挟まった状態で穴は閉じられない。
住所などで指定する事で場所は細かく指定できるが、向うの状況を知る事は出来ない。
開けた先の空間から、元の空間の情報を知る事は出来る。
指定した場所の、何処に時空の穴が生まれるかはランダム。

ルール
GFディアボロスとエデンをジャンクションしていなければならない。
GFディアボロス、エデンともに相性が500以上なければならない。
開門の審判者一回の使用に付き十日、エデンを召喚できない。
召喚以外の能力は滞りなく使える。




「……まあ、結局、世界の壁は、越えられなかったんですけど」
「……他のGFの力とかも加味していけばいずれは大丈夫かなぁ? とか」
「この念で一番厄介なのはエデンを召喚出来ない事ですかね」
「エデンを呼ぶと、ジャンクションしているGFの相性値、全部上がりますし」
「……あ、はは? 先輩、僕が悪かったです。もうなんか言ってください」

「とりあえず」

 厳かにスコールは告げた。

「鍋と皿は回収して来い」
「……はい」




 再び開門の審判者を開き、少し恐々と手を入れる。
 ぐっと肩まで突っ込んで、グルグルと周囲を探った。

「ん〜っと? この辺に落したと思ったんだけどなぁ」

 触れたら幸運、そのまま持ってこようと思っていたが、どうやらそうも行かないらしい。
 同じ建物の中、というところまでは指定できるが、その先は三回とも細かい座標はずれているはずだ。
 仕方なしに穴の縁に手をかけて、乗り込もうとしたその矢先。
 手首を掴まれ引きずり出された。

 掴んだ腕はそのままフィールを地面に引き倒し、腕をねじり上げ関節を固定するとその背を踏みつけた。

「あうち、あうちっ! タップタップ!! まいった〜!!」
「おまえ、誰ね。あのカレーもお前の仕業か?」

 フェイタンはフィールに殺気を向ける。が、フィールは気にした風もなくのたまった。

「か、カレー!! ぼくの昼ご飯! どうなりましたか!!」
 尋ねると、なぜかしんと気配が沈んだので、いぶかしんだフィールは視線を彷徨わせる。
 うつ伏せに踏みつけられているのであまり広範囲には見渡せないが、見える範囲の床には一見して無事ではなかった量のカレーがぶちまけられている。

「……ああ、先輩の特製カレーなんて、魔女戦役の仲間でもめったに食べられない手料理なのに」

 落胆した視界に入る、二人分のカレーの付着した足。
 一人分は、足とはいえ見覚えがある。
 クツだけとってもこれほど独特なセンスの主はそういない。
 だが、もう一人は、まったくもって見覚えがない。

 だが。

 カレーをかぶったらしい一人分が分ればフィールにとって十分だった。

「ぷっ、くくくっ」

 腹筋を総動員しても、笑いの衝動はこみ上げる。

「くっ、は……あっはっはっははははは……!!」

 ぎゅ

「ぐべぇ……、げほっ、ごほっ、くは、はははは」

 気を悪くしたフェイタンに踏まれて咳き込んで、それでもまだ笑った。

「ヒ、ヒヒヒヒヒヒッ、ヒソカが! カレーをかぶった!!」
「キミ、ぼくのこと知ってるの?」
「なんねこいつ。気持ち悪い。殺すか?」
「たんまたんま!!」
「まて、フェイタン」

 いっせいに喋ったかと思うと、いっせいに沈黙した。
 旅団員は眼差しをかわし、フィールは踏まれたままでひーひーと笑いすぎた呼吸を整えている。
 そうしながらも、ときどきかすかに笑いが漏れるのもご愛嬌。
 彼としては、もう一人、皿ではなく鍋のほうのカレーをかぶった人物が気になる所だ。

 遠く彼の視界の隅で、拉げてぺちゃんこになっている鍋は、八つ当たりでもされたのだろう。
 御愁傷様、だった。

 フィールはケホケホと咳をしながら考える。
 自分が囲まれているのはどうやら幻影旅団らしい事。
 自分を踏みつけているのはフェイタン。カレーをかぶった一人はヒソカ。
 一つあるぶっとくてごっつい足はおそらくウヴォー。
 カレーをかぶったらしき人物がもう一人。
 姿は見えないが、後二つ気配がある。

 そこまで考えて、気になった。
 もう一人、一体誰がカレーをかぶったのか。
 ヒソカ、フェイタン、ウヴォーギンは状況的に除外。
 後三人名前が分らないのが居るが、フィールに姿の見えている一人は状況的に見て団長クロロ=ルシルフル。
 そして、会話と声から察するに、もう一人のカレーをかぶった足が、クロロ。
 クロロの声をじかに聞いたことはないが、喋り方も団長っぽい感じがする。

 きっと、クロロ=ルシルフルだ。

 拘束されているこの状況。
 下手を打てば殺される。
 一対一の実力ならGFの力も借りて五分か、それ以上。
 だが、この状況一対六。
 それでも、フィールは願ってしまった。
 クールですかした、あの幻影旅団の団長が、頭からカレーを被って打ち震える姿を、見てみたいと。

「おまえのあれは、念か?」

 本当なら目線をあわせ、その眼力とやらで脅しを利かせながら聞くのかもしれないが、彼の声ははるか高から響く。
 彼の現状がどのようなものなのか残念ながらフィールには見えなかったが、見せられないだけの事情はあるのだろう。
 冷静に聞こえる声からは、そこはかとない怒りが滲み出る。

 うん、見たい。
 絶対みたい。

 フィールは決意を固めた。

 相手に奪われても使われない念、という事でGF系の念を使う事に決める。
 その上で、GFケツァクワァトルの召喚動作に入る。
 これで攻撃されても、GFのダメージ肩代わりで生き残る事が出来るはずだ。

 すぅー、と大きく息を吸う。
 これから行うことには覚悟が必要だ。
 あの人物を笑うなんて、命がけだ。命をかけても笑いたいのだ。

「召喚・ケツァクウァトル」

 保険をかけてから念を使う。



バリバリバリバリッ



「――ッ!」

 肉体から青白い火花を放電すると、さすがのフェイタンも飛びのいた。





【天雷】
能力
落雷並みの電流を自在に操れる。

ルール
GFケツァクワァトルをジャンクションして居なければならない。




 とっ掴まるのはいやだったので、放電したまま跳び退る。
 嫌な予感がしたので凝をすると、ヒソカのバンジーガムとマチの念糸が跳んできていた。
 バンジーガムが厄介なので優先的にそれをかわし、糸と、時間差で飛んできたアンテナを叩き落して膂力で壁と天井の境に張り付く。
 まだ遊ばれているようだが、本気になった旅団六名を相手に無事でいる自信はない。

 やるなら早くしなければ。

 くるりとフィールは振り返った。
 視界良好。
 そして彼はそれを――見た。

「ヒ、ヒソカとおそろい!! あのクロロが! はっ、ぶわぁっははははは!!」

 ヒーヒーと笑ったあげく、滑って落ちてまだ笑った。
 笑いすぎで受身も取れず、痛い可笑しいとひたすら笑いつづける。
 廃墟の一室を占める空腹の腹に食欲を刺激する香りがまた無駄に笑いを誘う。
 カレーにコペついた頭のクロロがプルプルと振るえているのも可笑しい。
 ヒソカが無気味に笑っているのですら可笑しい。
 その他のメンバーのしらけた眼差しすらも、今のフィールからは笑いしか引き出さなかった。

 その時。
 忘れきっていた召喚が、発動した。



   室内なのに暗雲が立ち込めて、そこからケツァクウァトルが出現する。
 頭部から放電し、さらに凄い落雷が旅団を襲う。
 フィールも、笑っている余裕はなくなった。
 むしろ、この召喚が終わった時のほうが怖かった。
 逃げても逃げても逃げ切れない、必殺の広範囲殲滅型GF。

 だが。

 雲が晴れても旅団員達は平然とそこにいた。

 いくらGFのレベルが低いからって、GF攻撃力アップ系のアビリティを一つも覚えさせなかったからと言って。そりゃないだろう? とフィールは泣きそうになった。
 見た目ダメージがないわけではないようだが、戦闘に支障はないというところか。一番嫌なパターンだ。

 彼らの目線の敵意が怖い。
 焦げたクロロのカレーが怖い。
 逆立って煙を上げるウヴォーの髪が怖い。
 でもやっぱり、フェイタンのペインパッカーが一番怖い。

 さっきまでとは違う意味の、引き攣った笑いを頬に載せ、フィールは叫んだ。

「ヘルプミー! 先輩!!」






 フィールの目の前に黒い穴が口を開け、緑の物体が飛び出ると目にもとまらぬ速さで幾本もの針をばら撒く。
 役目が終わったとばかりに満足げに緑の物体が消えると間髪居れずに穴から無骨なガンブレードの切っ先が飛び出した。
 飛び出し様にスコールは、連続剣無しのフェイテッドサークルを繰り出す。

 衝撃波が爆風となって吹き荒れる。
 廃墟の柱に罅を入れ、崩壊へと導く。
 スコールは座り込んだフィールを小脇に抱え、破れた壁から外に飛び出した。



 青空と昼の日光に照らされて目の前で、幻影旅団アジトだった廃ビルが崩壊していく。
 コンクリートの砕ける音、鉄筋の弾ける音。墜落していくビル。
 視界を覆い尽くす粉塵。
 が、いつまでも晴れない粉塵に嫌気がさしたスコールが、リヴァイアサンの大海嘯で強制的に静めてしまった。
 そして横たわるのは、ずぶ濡れのアジトの残骸。

「先輩、情緒がないです。風も吹いていましたし、唯でさえ空気は湿ってたんですから、そう苛立たなくてもすぐに粉塵は収まりましたよ?」
「情緒よりも大切なものがこの世にはある」

 言うとぼとりとフィールを落した。
 ずぶ濡れのアジトの残骸を挟んで、スコールと旅団が対峙する。
 湿気た埃を叩き落としながらフィールもそれに加わった。

「キミたちは、何者だい?」

 ヒソカが聞く。
 手に弄ぶトランプが、既に脅しの域だ。

「ユラナス」

 スコールの言葉に、ヒソカがピクリと反応する。

「かつてその名で対峙した」
「へえ、あの眠れる獅子かい?」
「ヒソカ、知っているの?」
「うん◆ 天空闘技場で一戦ヤッたんだ◇ その時はまだ念使いには見えなかったけど◆」

 実際に戦ったのはフィールだが、こうして正体を明かすときはスコールという事で統一して決めている。
 見逃した青い果実が熟れて帰ってきたのが嬉しいのか、ヒソカは興奮している様子。
「そっちの男の、初めの雷撃は念だっただろう。だが、その後の雷獣や、そのユラナスとか言う男の技は、念とは思えなかった」
「あの針を飛ばしてた緑の生き物もネ」

 クロロが興味深げに唸り、フェイタンが忌々しげに呟く。

「キミは、何者なんだい?」

 ヒソカが再び問い掛ける。
 焦げたカレーを被った姿はいかにも間抜けなのだが――そこは全身の筋肉を総動員して笑いを堪えるフィール。
 フィールがスコールに目配せする。
 スコールは黙って頷いた。
 好きなようにやれ、と。

「初めまして。幻影旅団の皆様にご挨拶を申し上げます。僕はフィール・エヴァーグリーン。そしてこちらはスコール・レオンハート」

 あくまでスコールを立てるように自己紹介をする。

「彼がガーデンSeed部隊部隊長。そして僕が副官です」

 誇らしげに告げる。と。
 ざわり、と空気が騒ぐ。

「正直、あなた達の事は見たいとは思いましたが、会いたいと思った事はないですね」
「厄介事はごめんだ」
「目的も果たされそうですし、しばらく仕事をしたあとガーデンは当分眠るでしょう」
「目的とは、何だ?」

 クロロの眼差しが痛いほどに突き刺さる。

「秘密です」
「ではあの変な生き物や力は何だ?」
「何を知りたいのか知りませんが、それに理由が欲しいなら上げますよ。僕は『セフィロスコピー・インコンプリート、ナンバリングなし』または『失敗作』と呼ばれていました」

 ものすっごいはったりの上にとんでもないジャンルミックスだ。
 ただ、ガーデンにいた頃からこういった台詞を一度言ってみたかっただけで、言うなら今しかチャンスが無いと思っただけだ。
 ガーデン、もといSeedとして活躍する向うでは、まじめ腐ってこんなセリフを言ったらそれこそ変人奇人扱いだ。
 それでも、ここでなら問題ない。

 原作が無いことは確かめてある。なので、意味深なわけのわからない言葉、それで終わる。
 この言葉についてどれだけ探ってもこの世界で答えは出ない。
 旅の恥はかき捨てとも言うが。

「これは、貴方の求めた答えになりますか?」

 頭のいいクロロのことだ。
 セフィロスの言葉に、セフィロト、セフィラーなどの言葉と照らし合わせ深読みするだろう。
 せいぜい意味のない言葉に翻弄されろ、とフィールは笑う。

「最後だ。お前は俺たちのことを知っているのか」

 フィールは笑みを深めた。

「コートのセンスの悪いクロロ=ルシルフル殿。団長。ちょっと服のセンスの分らない腹黒好青年シャルナーク。美形ですよね。野生とワイルドを履き違えているような典型的強化系ウヴォーギン」

 名を上げるたびに、上げられた人間の米神に怒りを見る。

「マッドピエロ、バトルジャンキー、個人的にはペド野郎だとも思っているクレイジー・ヒソカ」

 言いたいだけ言い連ねると、ヒソカの笑みがいやらしく深まった。

「マチさんは結構美人だと思っています。念糸縫合の使い手」

 珍しくまともな解説だ。

「そして最後に。拷問大好きいたぶるの大好き、小さなツ音の言えない母国語だと口の悪い、フェイタン」

 言い終わる前にフェイタンが消え、スコールがフィールの前でガンブレードを構えていた。
 遅れて金属音が響き渡り、フェイタンが元の位置に現れる。
 瞬間の攻防。

「短気は損気ですよ?」
 狙われたというのに飄々と笑顔でのたまう。

「ふっ、面白い。つかまえろ」
「いよっしゃぁぁあーーっ!! あばれるぜぇー!」

 ウヴォーギンが獰猛な喜びを全身で表して飛び出してくる。
 どの程度かは知らないが、ある程度は強い奴と認識されたらしい。

「殺すなよ」
「運がよけりゃな!」

 フェイタンが無言で暗器をとりだし、ヒソカもトランプをばら撒きながらやってくる。頭にこびり付くカレーと逝っちゃった笑みが怖い。
 ワンテンポ遅れてやってくるシャルナークが計算高そうでなんだか嫌だ。
 マチが遅れてやってきたのは計算ではなく唯ため息をついていたからだろう。
 カレー塗れの団長様は、コートを脱ぎ捨て様子見だ。
 今度会った時も同じコートを着ていたら、存分にからかってやろうとフィールは決意する。命がけのスリリング。

 だけど今は。

「僕なんかに構っていると、団長の威厳が後退しますよ? ああ、それよりもデコッパチの後退を心配するほうが先でしょうか? オールバックは生え際に悪いですよ?」

 先のバンジージャンプより今のジェットコースターだ。
 絶叫マシンは日々進歩しつづける。
 クロロが打ち震えるどころかにぃ、と笑みを深めたのを見てさすがにやりすぎたかと思ったが、ちょうど時間だ。

「時間です。僕たちには旅団の方々を六名もお相手する理由がありませんので、ここらへんで慎んで逃亡させていただきます」

 天高く鳴き声を一つ上げて、バハムートがスコール達と旅団の間に召喚された。首をめぐらせブレスを吐くと、彼らは飛び退って回避する。

 フィールの隣でずっと沈黙していたスコールが召喚していたものだ。
 フィールは時間を稼ぎ、そしてタイミングを合わせていたに過ぎない。
 二人はすばやくその背に乗り込むと、バハムートは大きく翼を動かして意外に身軽にふわりと空に舞った。

 あっという間に小さくなる旅団員達。
 投げつけられた針やアンテナ、トランプは、辿り着く前に風圧で弾かれる。
 バンジーガムだけが心配だったが、それも心配ないようだ。
 フィールは、広い背中に大の字になって寝転がりながら風圧なんて無いもののように立っているスコールを見る。

 実際風圧なんて無いのだが。ここはGFの力場だ。
 そもそ鳥類は空という空間を得るためにその体の中に様々な細工を施しているのだ。
 人が空を飛ぶためには、片翼だけで十二メートルもの翼がいるとの説もある。
 バハムートの巨体を、この皮膜のついた翼で飛ばせるとは到底思えない。

 GFは実体を持つ精神生命体。
 飛行するGFの傍は、念能力者の生み出す概念空間に近い。
 だから室内で召喚しても、その建物を対象に召喚しない限り部屋は壊れない。




 今こうやって、何事も無かったかのようにのんびりと飛んでいられるが、正直ひやひやした。
 フィールは、自分自身の実力をよくよく熟知している。
 フィールと同期でSeedに降格した中ではおそらく一番。

 スコール、及び伝説のSeedの中間達が育てたGFを借り受けられるから、ソレこそあんな無謀なまねをしたが、念使いとしてもまだまだ彼らに挑めるようなレベルでもなく、ましてGFを外せば戦闘技術は如何として、身体能力の方はガルバディアの兵士とそれほど変わるとは思えない。
 二、三年も現役でSeedをやっていれば、終える頃にはGFの力をなくしても、それなりに常人以上の身体能力を得る事は出来るが、フィールは新人もいい所だ。

 スコールたち五人はまた別格だが。

 スコールを例にあげれば、17歳でSeedになったばかりの頃は、GFをジャンクションしても木箱をよじ登ったりとまだしも人間らしかった。
 屋根まで跳躍、なんてことは出来なかったのだ。

 それが魔女戦争を経て、十九歳の、あちらの世界で最後にうけたSeed任務の時点で、スピードなどはヘイストをかけた一般Seedの速さと並んだ。
 体力や命中などはジャンクションの必要がなくなった。
 その分を他に回せたため随分と効率的でだからこその人間離れを見せていた。

 フィールなどはそんな彼ら伝説のSeed組みを見て、あのころあれほど真剣に挑んだアルティミシア戦も、いまならスポーツ観戦ぐらいの気持ちでいけるのではないかと思うのだ。
 スポーツそのものではなく、鳴り物を持って球場のベンチに座るファンだ。
 魔女戦勝終了直後は自分だけSeedでない事にひねじけていたアーヴァインも、今では立派なSeedにして人外の仲間入りしている。


「あんたもよくやる。あんな嘘八百、よくつらつらと口から出てくるもんだ」
「自分が放出系なのが不思議になってきますよ。ヒソカの系統別性格診断もあんまりあてにならないですね」

 そう言って笑う。

「転送実験だけのつもりだったんですけど、とんでもない事になりましたね。まさか幻影旅団が六人もいるなんて。何処の廃墟、と指定したわけでもないのに、タイミングがいいというか、悪運があるというか」
「あれだけ笑っておいてよく言う」

 あははははははー、と、今度はごまかしの笑いをするフィール。

「会いたくなかった、とか言っていたわりには、会えば会ったでしっかり喧嘩を吹っかけるし」

 眉間の皺に手をあてて、疲れたようにうつむくスコールの言葉を、フィールは聞かない振りをした。

「それにしても、やっぱり先輩ってヒーローですね」
「やめろ」

 顔をそらしたのは照れ隠しか、調子付いたフィールは続ける。

「リノアさんもゼルさんも、自分のピンチに彗星の如く現れるスコール先輩のこと随分と誇らしげに話していました。僕のときも」
「旅団に隠して、ずっと通路は開けていただろう?」
「でも、向うの何処に開くかは分らないわけで、先輩に気付いてもらえるかどうかは結構賭けだったんです」

 ずっと、旅団に隠して開けていた小さな穴を、「ヘルプミー!」と叫んだ時に大きくしただけの小細工だった。
 スコールが気付いていなかったら、フィールが飛び込む気でいたが、飛び込んだ穴を閉じる前にあの旅団なら誰かが入ってくるような確信があった。
 特にフェイタンは足が速い。
 ヒソカのバンジーガムに連れ戻される可能性もある。
 バンジーガムで捕まえられたら、穴を潜ってもバンジーガムという異物が間に挟まっているので結局穴は閉じられない。

「探すまでもなかった。あんたの馬鹿笑いが地面に開いた穴から聞えていた」
「……いや、お恥ずかしい」

 それにしたところでサボテンダーとフェイテッドサークルのコンビのタイミングは素晴らしいとしか言いようがないのだが、この人はきっとそれを誇る事はしないのだろう、とフィールはかすかに笑みをこぼした。


 こうして一方的に旅団に理不尽を突きつけて、カレー事件は幕を閉じる。

「あ」
「なんだ?」
「鍋と皿、回収できませんでした」

 鍋など既に原型もなくぺちゃんこだった。
 スコールの、傷付いた眉間に手を当てて、ぐりぐりと皺を伸ばしながら吐かれる深い深いため息を聞いて、本当にこの事変の幕は閉じられるのだった。

「お腹、減りましたねー」











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