飛び出す

 Seedとしての任命期間の終了を否がおうにも考えなければならなくなった十九歳の春の日。

 なんだかんだのごたごたの末に、Seed部隊総隊長、ガーデン指揮官、班長に委員長、魔女の騎士に、エスタ大統領の息子、ガルバディア大統領娘の婚約者。
 その他本人にも訳のわからない看板を山と背負わされていた彼、スコール・レオンハートは、有体に言えば迷子になっていた。
 高性能な個人所有のGFのジャンクションと、高い給料、モンスターの落したアイテムなどから精製した薬によるドーピングにより、最強のSeedとしては名高く、人間としては規格外なほどの強さを身につけた彼。
 苛々と舌打ちしては、無線機のボタンを押す。
 無機質な黒い無線機は、ただただノイズを吐き出すばかり。

「班長、班長?」

 ツーマンセルを組んでいたSeedが、怪訝そうに彼を呼ぶ。
 辺りはエスタの塩を噴いた、乾いた大地とは思えないほど濃密に霧が濃く溢れている。
 セルを組んだ互いの姿すら、下手をすれば見失いそうになるほど。

「スコール先輩?」

 こうもしっかり呼びかけられれば、さすがにもう無視するわけにも行かない。
 ほぼ反射的にため息を零すと、彼は立ち止まって息を吸った。
 月の涙後の、モンスターの生息調査。
 他の誰がやるでもない、最強のSeed、スコールが任務に当たるのだ。

 分担も、戦闘はスコール、新人の中では一番情報の集積と解析が上手かったためにセルを組んだ新米Seedはこの初任務に、殆ど荷物持ちだ。
 任務自体の成否の否よりも、任務終了後に、エスタ大統領と息子としての立場を求められて会うことのほうが気がかりだった程に。
 簡単な任務だったはずだ。

「これより現状を確認する」
「了解」
「モンスターの生態調査中、三時間前……15:22より本部へ無線が繋がらない。方位磁針は狂いを示し、濃霧により太陽の方角は不明。これより遭難を前提に行動し、日没までに帰還でき無かった場合に正式に遭難とする」
「了解しました」

 眉間に皺が寄るのを辛うじて抑え、それでも小難しい顔をするスコールに、かたや後輩も生真面目に返す。
 後輩といっても、彼も後一月もすればスコールと同じ年齢になるのだが、Seedとしては湯気が出るほどなりたてほかほかだ。

「荷物は無事か」
「はい。簡易食糧の備蓄が切り詰めれば二日分、水は3日です。無線機の充電は、このまま使いつづければ明日には切れるでしょう」
「ロープは」
「あります」
「戦闘に支障がないように少し余裕を持って互いの腰に結び付けろ。この霧だ。はぐれたらたまらん」

 そういって遠くへ視線を彷徨わせたスコールは、無言で差し出されたロープを己の腰にくくりつける。
 後輩に当たるSeedがロープを結び終えたのを確認して、声をあげる。

「これより非常事態マニュアル23にそって行動する。いいな?」
「了解です」

 Seed式敬礼を、濃霧の中交し合う二人。
 どちらが北かも判らぬ中に、二人の足音が僅かに響く。




 そしてそれは、無人の彼のデスク上で、未記入の進路表が意味の無い紙切れになった瞬間だった。




 認めがたい現実を前にして、彼は立ち尽くしたままいつものように内心で呟いた。
   多少、意識が飛んでいた事は認めよう。
 だがそれも、戦闘には支障がなかったはずだ。
 濃霧の中でもわかるほど明らかに光が翳ってきたから、そろそろ腰を落ち着けて休息を取ろうかと考えていた所じゃなかっただろうか?

 それがなぜ。
 霧は晴れ、空気はむしろ乾燥するほど湿度が低く、日暮れを見極めて休息を取ろうとしていたはずなのに見上げた空は何処までも蒼く。

 冗談のように真っ白な雲が流れてゆく。

 何処までいっても塩を噴いた乾燥した大地だったはずなのだが、そこは緑に溢れ、そこかしこから命の気配がしている。
 モンスターではない、動物の気配だ。
 エスタで森といえば、グランディエリィの森だが、この森は明らかにあの森とも生態系が違う。
 森というよりは、針葉樹の多い雑木林。

「せんぱい……」

 後ろから聞える後輩Seedの声も、呼びかけているというより、呆けて意味もなく呟いただけの音だ。
 ぐっと、スコールの眉間の皺が深くなる。

「ここ、何処でしょうか」

 非常事態……だろう。
 間違いなく。眠気も一気に吹き飛んだ。







 日は高く、相変らず無線は通じず、方位磁針は己の本分を取り戻したが、現在地がわからない事にはあまり役に立つとはいえなかった。
 時間圧縮の世界もあまりにもふざけていると思ったが、これもこれでふざけている。
 ため息か深呼吸かわからないような息を吐いた時、彼は任務を一次預ける事を決意した。

 マーキング用のペイントボールで手近な木の幹にマーキングする。
 互いに方位磁針を片手に持って、北と南にそれぞれ向き合う。
 あれほど狂っていた方位磁針も、今では正確に方角を示すようになっていた。

「一時間後、此処に集合。手がかりになるものが見つからなかった場合、三十分休憩の後今度は東西に分かれる。行くぞ」
「了解しました」

 そして彼らは、風のように駆け出した。

 かけるスコールの足は、冗談抜きで風のように速かった。
 基本値が高い上に、今はGFによる補正とオートへイストまでかかっている。
 この状態の彼には、ともにアルティミシアを倒した仲間ですら早々追いつく事が出来ない。
 駆けながら、彼は腕に装着されたバンクルを確認する。

 あのマッドでサイコなオダインの手によるものとは思えない美しい装飾のGF制御用のバンクル、その試作品。
 GFの記憶障害をなく、その力を利用するためにエスタでオダインが開発したものが、試験用として任務にでるSeedに流れているのだ。

 シュミ族の協力を得てやっと僅かに入手できる特殊な鉱物を利用した物であり、完成した所で結局量産は出来ないと言う話だった。
 もちろん、あの後輩も装着している。
 品性と感性は疑うべきものだが、仕事に関してはやる事はやっているようで、今のところ正常に稼動しているようだ。

 この非常事態に、GFまで使えないとなれば致命的だ。
 使えなくてもモルボルから逃げるくらいのことはできると思うが、精神的にもきつい。
 気が付いたら○○でした、という、冗談のような現実の中において、GFの存在は精神的にも肉体的にも命綱のように感じられた。

 ヘイストをかけたまま全力で走りつづけた彼は結局、世界の広さを教えられただけで特に収穫もなく集合地点へ戻る。
 そしてそこで、奇妙に浮かれたような困ったような、あるいは理解したような表情の後輩を見つけ、一人訳も分からずまた眉間の皺を深くするのだった。




 後輩が見つけた町に向かって共にヘイストを駆けた状態で駆けながら会話する。
 一通りの事情を説明して後、その後輩は悔しそうに叫んだ。

「ああ、なぜ最後に読んだのがお帰りププルンなんだー!!」

 耳を塞ぎたい衝動をこらえて眉間に掌を押し付ける。
 スコールにとってこの後輩はセルフィ並に意味不明だった。

「少し静かにしてくれ。……つまり、俺達は次元を超えたといいたいのか?」
「そうです!! さっすが先輩、理解が早くて嬉しいです!」
 理解したわけでもないと思ったが、そこは黙っておとなしく、話の続きを促す。

「確認した限りの文字は暗号でも使わないような記号、ですが、不思議と言葉は通じました。数字の表記の仕方は一緒です。お金の単位はジェニー。ちなみに、この森の先の町は、ヨークシンという名前でした。先輩、此処まで聞いて、思い当たる事、ないですか?」
「残念だが、ないな」
「先輩、マンガって読みます? ウィークリージャンプとか」

 妙に浮かれて喋る後輩に、彼はただ緩く首を振る。
 彼が読む雑誌といえば、月間武器か、オカルトファンくらいのものだ。

 何も知らなかった頃は、後はひたすらに訓練したし、全てが明るみにでてからは、うるさい父親に付きまとわれ、変わった恋人に時間を費やし、ひたすらに任務に赴き、正直娯楽なんて物は、それこそシルバーアクセサリくらいのものしかない。

 後輩は、話題が合わないことにぽりぽりと頭を掻く。
 なんて言えば良いんでしょうねー、などといいながら、空を睨んで言葉を探す。

「僕は此処の文字を読めませんでした。ですが見覚えがあるんです。お金の単位も、町の名前も。先輩、何でだと思います?」

 さっきまでのはしゃぎようが嘘のように、真剣に彼はスコールに問う。
 またしても首を振るしかないのはスコールだ。
 そのスコールに、彼はゆっくりと自分の想像を告げる。
「ぼくの愛読雑誌の中に、ハンターハンターという漫画があるんです。この世界は、その舞台にあまりにも似ている」
「まさかおまえ、俺達がその漫画の世界に来たとか言うんじゃないだろうな」
「そのとおりです、先輩」









踏み出す

 即座に否定しそうになったスコールは、結局その言葉を発する事はなかった。
 魔女が時間も世界も圧縮できるのだ。
 世界を越えるくらいなんだというのか。
 何よりもスコールの反撃を封じたのは、後輩のこの一言だった。

「人間の想像する限りの事は現実に起こりうるって言うじゃないですか」

 これが現実我が身に起こっているのなら、後はもうせいぜい多少也ともこの世界に知識のある後輩が居る事を喜ぶくらいしかできることはない。
 突然の事体において、それについての知識があると無しでは天と地ほどにも難易度が変わってくる。
 字は読めないが言葉は通じて、深くは知らないがいきなり行き倒れるほど無知ではない。

 GFも正常、せめて重畳というべきだろうか。
 全ての反論を己の中に封じたのなら、後はもう行動するしかない。

 そして。

 荒野すらも駆け抜けて辿り着いた巨大な町で、その世界のあり方を見てしまえば、反論の仕様もなかった。
 ガルバディアでも見ないような超高層建築物。
 だがエスタほどの科学の発展はみられず、やたらと排気ガスを撒き散らして車が走り、人の賑わいは彼らの知るどの都市よりも多い。

 人の服装はガルバディアに近く、自分達が紛れ込んでも一応違和感はないだろう。
 だがきっと、夜景はエスタに近いに違いない。

 スコールは、町じゅうに散らばる文字らしき不思議な記号を見上げ、通り過ぎる人々の会話に耳を済ませ、そしてとうとう――諦めた。




 まずは衣食住の確保。

 衣は、数日は着の身着のままでも平気だろう。
 食も、カロリーブロックだが切り詰めて二日はある。
 住も、野宿は好きではないができない事もない。名高い傭兵部隊の部隊長なのだ。

 が、元の世界に帰る方法がわからないからには、長期戦を覚悟で臨んだほうがいいだろう。
 そうなれば、そうも言っていられない。
 そして、それらを手に入れるには、この世界の金銭が必要だ。

「此処は、武器を携帯していても大丈夫なのか」

 ふと思い立ってスコールは尋ねる。
 腰から下がるガンブレードは、見るからに厳つい武器だ。
 これだけの都市があるのなら、それなりに組織立った警察組織などがあると思ったのだ。
 あっちの世界にも禁止こそされていないが、武装を好まない所はある。
 取り締まられては堪らない。

「平気だと思いますよ? カイトさんも大きな刀を持っていましたし」
「カイト?」
「ああ、この世界を書いた漫画の登場人物です。それに、この世界はぼくたちの世界よりよっぽど闇が深い。力があれば、戸籍がなくても生きていけます。とりあえず……」

 スコールを置いて、後輩は人込みに駆け出す。

「ジャンク屋はどこでしょうか?」

 ガーデンにおいてカードマスターの異名をとるスコール。
 彼のカードをGFにて物質化し、命の指輪と復活の指輪を売った。
 彼らの世界でも正体不明の品物なのに、結構いい値段になった。
 驚いた事に、破壊弾と暗黒弾も買取してくれた。

 〆て15万6401ジェニー。

 高いか安いかは結構微妙なラインだ。
 その金を握り締めて本屋へ直行。
 そこはかとなく恥ずかしい気持ちをこらえて児童向けの文字の練習本を購入した。

「表音文字で助かったですねぇ」

 とは後輩Seedの談。
 安そうなファミレスに入り、観葉植物に隠された隅の席でランチタイムメニューとセルフサービスのコーヒーで時間を延ばして密かに文字の練習をする。
 とりあえず自分達の名前だけ書けるようになってから安いビジネスホテルに一泊取った。




 一息つくのにこんなに疲れたことは、任務中でもなかったとスコールはため息をつく。
 一応警戒して、三時間ごとに交替で仮眠を取りながら、起きている間にはテレビからニュースを仕入れ、本を開いて文字を学ぶ。
 チェックアウトの時間が来るまでには、スコールは完璧に書けはしないが読めるまでにはなっていた。

 Seedは、警戒時に同じ所に留まる事を良しとしない。
 ありもしない荷物をまとめて、いざ出ようとしたときだった。

 「ところで先輩、ぼくの名前、いえますか?」

 それは唐突な問いかけだった。
 そして情けなくもスコールは沈黙した。
 だと言うのに、新米Seedはスコールを責めるでもなく苦笑する。

「だと思っていました。今回の任務は、最初から最後まで先輩、どこか上の空でしたし。では、改めて自己紹介します。ぼくはフィール・エヴァーグリーン。フィールって呼んで下さい。力が渦巻くぼくたちの世界より、なお力が占めるこの世界で、ストレンジャーの僕達が生きて、そしていつか元の場所に帰るまで。ぼくたちは運命共同体でしょう?」
「ああ、そうだな」
  「僕、ずっと先輩に憧れていたんですよ。自分に甘い所があるので、鍛錬より漫画とゲームが好きでしたし、Seedになるのはこんなギリギリになってしまいましたけど」

 それが高じてこの世界のことを知っていたんですから、吉とでるか凶とでるかは判らないものですねぇ、とけらけらと笑う。

「先輩がSeedじゃなくなった結構すぐ後に、ぼくもSeedじゃなくなるんです。だから、向うに帰ることが出来たら、先輩、ぼくを部下に引き抜いてください。もちろん、ここでも優秀な部下として働きますけどね」
「わかった。期待している、フィール」
「はい、任せてください!!」

 びし、と形のいいSeed式敬礼をしてフィールは笑った。
 絶望の影も無いその笑い顔に、スコールも自然と勇気付けられていた。











蹴りだす

 読み書きが出来て、力があれば、生きていくのにこれほど困らない世界は無いだろうとスコールは思う。
 幸い力は十分にあり、公共の文字であるハンター文字とやら言うものの読み書きは二晩目には根性で身につけた。
 多少歪んだ文字を書くが。
 この世界特有の力、念というものに付いて、フィールはスコールに力説した。

「先輩は十分強いですけど、GFじゃ老化は止められないですし」

 優れた念能力者の老化は遅くなる。
 フィールにとって、重要なのはそこのあたりらしかった。
 ずれていると思わないでもなかったが、確かに力ならばもう十分に得ている。

 念能力者は同じ念能力者でなければ倒せないと言うらしいが、GFで身体強化している時の自分達なら、十分戦えるだろう。
 まず負けるとは思わない。
 そしてフィールは、なによりもハンターというものになりたいとスコールに力説した。

「ホテルなどの公共施設の95%以上が無料のうえ、一般人の立ち入りが制限されている国や地域への入国、滞在が無条件で許可されるんです!! そして何より、この世界の何処でも共通する最強の身分証明書なんです!!」
 もとより向うの世界でも傭兵と言う仕事上少なからず裏の世界にも関わってきた
 ラグナがスコールの事を息子宣言してからは、あまり公に裏に関わる仕事は回されなくなったが、こちらに来て裏に関わる事を躊躇うつもりはない。
 この世界の闇の深さを、文字が読めるようになってあっという間にスコールは理解した。

 だがそれにしたところで、身分証明書はあって越した事はない。
 異邦人である彼らには、身分証明機関である国際人民データ機構への登録がない。
 だからと言って、流星街出身を名乗るのは面倒事が多そうだった。
 なら受けるか。
 といったスコールに、フィールはここで“お願い”を繰り出した。

「ぼくは、絶対に第287期のハンター試験を受けたいんです!!」
「なぜ287期なんだ」
「漫画の主人公達がハンター試験を受ける回なんですよ。表のフリークスと裏のゾルディックが友達になる感動的なハンター試験なんです!! そして僕はぜひとも彼らを見たい。せっかく此処まできたからには見てみたい。そしてっ!!」
 感極まったように立ち上がってフィールは両手を天に差し出した。
 といっても、そこは低い、煙草の煙に黄ばんで見える安っぽいホテルの天井だったが。
 そんなフィールを見上げるスコールの目は、胡乱だった。

「さっき調べてきたんですが、幸いというか、今期終了したばかりの試験は285期でした。つまり、目的の試験は再来年。準備期間もバッチリあります!!」

 熱心に語るフィールに、その言葉を押し返せるだけの情熱はスコールにはなかった。

「わかった。もしその時までこの世界に居たら、その回の試験を受けよう」

 やったーっ!! とフィールはまるで12、3才の子供のようにはしゃいで喜ぶ。
 まるでゼルを見ているようだと、ぐったりとスコールは気疲れした。

「ハンター試験を受ける回は決ったとして、ならそれまでの生活を確保しなければならないだろう。金を稼ぐのに何かいいのはあるか」

 スコールにしてみれば、まさに一夜漬け、付け焼刃の自分より多少なりとも此処を知っているものに聞いたほうがいいと思っただけのことだったのだが、フィールは思った以上に意気込んだ。
 頼りにされたのが嬉しかったのかも知れない。

「僕たちなら天空競技場でも大丈夫だと思いますけど。お金を稼ぐのが目的ですから二百階に行かないにしてもまかり間違ってヒソカに目をつけられたら嫌ですし」

 でも捨てがたいですよねー。

「190付近の階で一年戦えば、約千億になります。二人でやれば、約二千億ですね。これだけあれば、バッテラさんとグリードアイランドの落札をきそえますし」

 捨てがたいですねぇ、と、フィールは呟く。
 彼の話に拠れば、一日一度戦えばいいだけらしい。
 SランクSeedとして、それこそ休む間もなく働いても年間の給与はその百分の一にもならない。
 多少相場が違うとしても、やはりその差は大きい。
 スコールの胸中にそこはかとない虚しさが襲来する。

「どうします?やっぱり地道に仕事しますか?」

 確認するようにスコールに目で問う。

「そうだな」

 一瞬考えて、スコールも頷く。
 自分はヒソカに付いて知らないが、彼が言うからには係わり合いになりたくないような危険人物なのだろう。

「多少は名を売らなければ、情報は入ってこない」
「ならやっぱりあれですね。基本は電脳ネットの何でも屋」

 ドリームなら基本でしょう、とひとしきりスコールには理解不能なことを言う。

「なら名前は」
「やっぱりあれしかないんじゃないですか?」




『Seed』




 二人の声が、静かに重なった。
 例えもうすぐSeedでなくなるのだとしても。
 それは長く目指したもので、今の自分達はSeedで、そしてこれからも、Seedではなくなっても何らかの形で関わりつづけていくだろう。

 あのままあの世界に居たのなら、スコールは教師になっていたかも知れないし、ガーデン総指揮官という立場で本格的に立ち上がっていたかもしれない。
 もしガーデンを抜けたとしても、それでも戦いに従事するだろう自分を容易に想像できるスコール。
 ならばエスタかガルバディアに下っても、かつてガーデン指揮官だった身として何かしらガーデンに関わる事を求められつづけただろう。

 そしてフィールは、その彼の部下としての立場を自ら求めた男だ。




 何でも屋、ガーデン。
 その構成員のSeed。

 ということで決定した。
 実際の所、たった二人しか居ないわけだが、Seedは潜入の為に変装だって学ぶ。
 人数の水増しくらいお手の物。

 無用な危険を避けるため、バックアップ組織があることを示す為の工作だ。
 スコール自身はガンブレードの名手であるが、ほかに武器が使えないわけではない。
 無駄に小器用とはよく揶揄されたものだった。

 スコールの額の傷だけは隠しようが無く、変装するたびにかくしても、同じ所を隠すという共通点で見破られる恐れがあったので、額から左の頬の半ばまで隠すファントムマスクをSeedの常備品とした。
 メイクで色を隠す頃はできても、常に眉間に皺を作る癖によって彼の額の傷は直りが遅く、下から盛り上がった肉でピンク色に膨らんでいた。
 やがては小さくなるだろうが今では遅い。

 こればかりはスコールが徹底抗戦してきたが、スコールと名乗る時だけはつけなくても言いという事で妥協した。
 スコールは妥協の幅が広くて助かるというのがフィールの感想。
 スコールは、実際にどうしても譲れないこと以外は意外なほどに融通がきく。

 フィールの知る、漫画の本編が始まるまで約二年。
 いくらなんでもこのまま放って置けば、GFの副作用なんてなくても記憶は朧になってしまう。
 それを防止するためと、その時にむけて何を目的にするかを明確にするため、フィールは事細かに紙に記憶を書き出していた。

 ご丁寧にも、意外に巧い似顔絵付きで。

 ビンゴブックか指名手配犯の似顔絵書きで生計が立てられそうだ。
 蜘蛛やゾルディックの情報、ハンター試験から始まる物語のストーリー。
 所々に穴があるのは、フィール曰く「お帰りププルンを読んだから忘れたんです!!」と言うことらしい。

 ゼル曰く名作ププルンシリーズ。

 シリーズの例外にもれず、完全完結後、人気に押されて急造した二作目は、一作目には及ばなかったらしい。
 こんな事が起こる直前に、その二作目で持って記憶の上書きをしたとあればむなしくもなるだろう――か。
 まあ結局、ガーデンとSeed、組織名を決めても天空競技場には行く事にしたのだが。

 ここに来てスコールは、フィールの望みを全面的に受け入れる事にしていた。
 彼自身にこの世界でやりたいと強く望む事がない事と、彼の望みを受け入れてグリードアイランドに行くには、たしかにひとつ、競売で落しておきたいと思ったからだ。
 そのためには効率的に資金を稼ぐ必要がある。

 天空競技場付近のホテルを転々としながら、二人で密かに入れ替わりながら闘技場で戦い、もう片方はガーデンのSeedとして仕事をこなす。
 闘技場のほうでは、互いの背格好が似ている事を利用し、姿自体はマントとフードでごまかし、戦闘のスタイルを統一する事で印象をごまかす。

 背後に回って回し蹴りで一撃。
 決して腕は使わない。

 動作を限り無く少なくする事で違和感を生ませない。
 そもそも、ガーデンで習う無手の格闘技の型は一緒だ。
 その上で、左の腕に白いパーティーマスクを括りつけてある。
 これもフィール発案の、印象を集める小細工だ。

 奇異な外観をし、人間としての特徴を隠してしまえば、素で外を歩いていてもよほど見つかる事は無いだろう。
 そうして小細工をして闘技場で稼ぐ一方で、闘技場にいないほうはSeedとして仕事をこなす。

 こちらのほうは、もっと深い意味でのこの世界の情報収集もかねていた。
 世界は、地図の上にあるのではない。
 実際に行って、風土、気候、習慣を知ること。
 それが世界を知ることであり、知る事は自らの危機を減らす事でもある。
 そして、元の世界へ帰る為の情報も、探しているのだ。

 半月ずつ交替で、そうした生活をして約三ヶ月弱続けた。

 スコールはハンター文字も以前より綺麗に書けるようになり、フィールも、スコールに遅れて扱いには困らなくなった。
 表面をなぞる以上の社会的情勢を知り、幻影旅団のニュースを聞いて騒いでいたのも今はもう懐かしい昔の話だ。
 フィールにしてみれば、試験会場でゴンとキルアに会うためにも、あと二年はここにいたいところだろう。

 そして現実は厳しく、元の世界へ繋がる情報は、ひとつとして手に入ってこない。

 そんなに早く見つかるものではない、とは思うものの、この世界に馴染むほどに心細くなる時間ではあった。
 スコールは基本的に人見知りでネガティブな傾向を持つ人間だ。
 現在ポジティブの代表格でもある人間、フィールと離れてはや半月。

 フィールが天空闘技場、スコールが何でも屋として働いているが、依頼人とは必要事項以外、ユーモアのある会話なんかできるはずも無く、彼にしてみれば近年まれに見る沈黙の期間だった。
 正直に言えばうるさいとすら思っていたリノアのおしゃべりも、なくなってみれば寂しくなるものだった。
 ため息をつき、眉間に拠った皺に手をやる。

『ほら、そんなに皺を寄せるから、傷痕が残っちゃうんだよ』

 彼の脳裏でリノアがそう囁いた。

「重症だ……」

 そうして彼は、額の皺を深くする代わりに深く深く、ため息をついた。










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