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そもそもガーデンが暗殺を受けなくなって久しくもあったが、この世界の暗殺はゾルディックに任せておけ、とのフィールの言葉により、仕事はほぼ運び屋と警護が主だ。 報酬と比較して、暗殺と情報を除くとこれくらいしか残らなかったとも言える。 本家ガーデンでならともかく、ここではさしたる情報戦も出来ない。 そして。 今回スコールが受けたのは運び屋の仕事だった。 そしてなぜか。 彼は今、標高三千メートルを越す死火山を眺め、数字の書かれたとんでもないでかさの扉の前にいた。 「……」 彼の脳は思考する。 あの山はククルーマウンテン、そして扉は試しの門。 住んでいるのは暗殺一家ゾルディックで、荷物の届け先は、シルバ=ゾルディックだったりした。 フィールの書いた似顔絵には、長い銀髪の、猫目の体格のいい男がかかれていた。 今も、書き出された紙から箇条書きにして書き出した手帳が彼の懐には納まっている。 暗殺一家、家長。 魅力的に報酬が破格だった。 ポケットに収まる程度の、小さな薄手の箱をヨークシンからここまで運ぶだけで30億。 天空闘技場で十日戦うより収入はよい。 さすがに大陸間を渡る事はできないが、交通の便の悪いところはバハムートの背を借りて飛んで来たので時間は半日ほどしかかかっていない。 この時間の速さはガーデンの売りでもあった。 送り先がゾルディックという事で、近付いてもいいものかフィールとも協議したのだが、スコールにとって彼の意見は全くあてにならなかったと言えるだろう。 フィールにとってはゾルディック家も興味の対象だった。 なら闘技場でのバトルを代わるから、自分で言って来いというと、 「自分らは快楽殺人者じゃないって言っていましたけど、ぼくじゃ下手打った時生きて帰れる自信が無いんで、先輩、是非行ってきてください!!」 と、極上の笑顔で押し出された。 まだ念こそ覚えていないが、最悪負けるとは思わなかったスコールは、結局受けたのだが。 なんと言っても三十億は魅力だった。 隠蔽工作はお手の物、合間にバハムートと言う移動手段を利用しているので追うものがいたとしても並ではない苦労となるだろう。 荷物が何であれ、さっさと届けてしまえば狙われる隙も無い。 だいたい、ただの運び屋程度がゾルディック本邸までいけるとは思わない。 守衛だか、掃除夫だかのゼブロに繋ぎをつけてもらえば、せいぜい行ったとしても執事室止りだろう。 彼らは主に忠実だ。 何もあて先がシルバ=ゾルディックだからといって、彼に直接会う必要もないのだ。 そう結論付けて、スコールはもはや脊椎反射の域に達しつつある溜息を飲み込んだ。 守衛室のゼブロに話を入れ、電話を手に取った彼から予想通り門を開けて入ってくれといわれたスコール。 気のいい笑みを浮かべるゼブロに付き添われて門を見上げる。 「近頃はまったく、鍵を奪ってはいっていくものばかりでねぇ。こうやって試しの門を開けていこうとする人は珍しいんですよ」 「そうか」 「ええ、ですから、私も何処まで開けるのか、実は楽しみにしているんです」 相変らずユーモアの欠片も無い会話をしながら、スコールはその脳内で後輩フィールの言葉を思い出していた。 『力を見せ付ければ安心ですよ。割に合わない仕事って奴です』 だが、むしろ気に入られて遊ばれて来いと言われていたような気がした。 『ドリショウの中でのゾル家って結構壊れていますから、何とかなりますよ、きっと』 だからドリショウってなんだ? とつっこむ気力は無かった。 止めの台詞が、『あ、ミケに食べられないで下さいね? 先輩』だった。 携帯越しだったとはいえ、見送りの言葉としてはかなり不吉だったような気がする。 気にしていてもしょうがない。胃に穴が開くだけだ。 密かにジャンクションを確認して力の値を高めると、スコールは冷たい門に掌を押し当てた。 「はっ――」 ギシ ギシギシ ミシミシ ギチギチギチ ギィ ぽかん、と、背後でゼブロが口を開けている。 開いたのは六の門。 4×2×2×2×2×2=128t 現在のジャンクションでどれほどの物を動かせるかなど確かめた事も無かったが、扉は彼が想像していたよりも簡単に開いた。 さすがに7門256tは、ジャンクションで増強できる限界値も越えている。 少しやりすぎたかと思ったが、向うにいた時だってジャンクションによる可能性をここまで試す事のできる場所など無かった。 いい機会だったと自らに言い聞かせるスコール。 実際開いたのは128tだが、それは七の門を開ける条件に届かなかったというだけで、彼の力は128tから256tの間のどれかという事になる。 さすがにもう確かめようの無い力だろう。 むしろもう、どうやって作ったのか不思議な扉だ。 「……いや、素晴らしい。ここに務めてもう随分になりますが、こんなにもやすやすと六の扉を開けた人ははじめてみましたよ」 正気に返ったような声には、純粋に感嘆の響きが含まれている。 「それでは、私はここで失礼します。それではどうか、お気をつけて」 「ああ」 ゼブロに見送られて、スコールは扉を潜る。 進む背後で轟音を上げて閉じてゆく扉。 スコールはちらりとそれをふりかえった。 「ジャンクション無しでこの扉を開けられる人間がいるとはな」 彼に七の扉こそ開かなかったが、この世界の何処かには開けられる者がいるからこその扉だろう。 「つくづくこの世の人間はバケモノか」 フィールの話すところに拠れば、レオリオという青年は念というものを覚えていない状態でも2の扉を開くらしい。 キルアという少年は子供の細腕で苦も無く3の門を開けるという。 彼の世界でも、長くGFと生活する事で根本から身体能力を上げることはできるが、それこそGFを使える一部の限られた人間だけのものだ。 ジャンクションを外しても、スコールなら3の門くらいなら開けられるだろうが、世間一般の人間が鍛えてそうなるかといえば、無理だろう。 不意に気配を感じ、彼は嘆息して前へと向き直った。 「案の定というか、なんていうんだ……?」 少し距離をおいたところでかすかに唸り声を上げる巨大な生物。 「いぬ……なのか?」 彼としてはまさかと言いたい。 「アルケオダイノスといい勝負じゃないか」 まさに見上げるためにある巨躯。 物も摘める器用な手。 「べヒーモスならトルネドがドローできるんだが……」 こちらの世界にやってきてから、魔法の補充はカードから物質化させたアイテムと、来るまでに荷物として所持していたアイテムからしか出来ていない。 向うの世界ならそれこそ小石のように魔石の欠片が転がっていたものだが、さすがにこの世界の小石を拾ってみてもそうは行かない。 魔獣という存在を知り、あるいはそういう存在の牙や爪、骨ならなんとか魔法に精製できるのではないかと思っているが、生憎と今のところそういう存在との接触がない。 魔法は無駄が出ないように慎重に精製し、ジャンクション中の魔法は基本的に使わないようにしているが、どこかで補充できるのであれば随分と楽になる。 「アビリティウィンド・オープン」 人様の家のペットらしいので、牙や骨をとる事は出来ないが、これくらい試してみてもいいだろう。 害は無い。はずだ。 「ドロー、ミケ」 宣言すると、光がスコールを包み、ミケへと向かう。 警戒して逃げるミケを、光は何処までも追いすがり、 「ぎゃうんっ!!」 「痛みは無いはずなんだが」 案の定、ただ驚いているだけのようだ。 クンクンと体中の匂いをかいで、その器用な手で触っている。 随分遠く離れたところから返ってきた光はスコールに触れ、 「僥倖だ」 フレアを三つつれてきた。 「強さはトライフェイスくらいか」 サイズは桁違いだが。 さすが賢い番犬、随分と驚かせてしまっていたが、実害がないとなるとあとはおとなしいものだった。 随分と警戒はさせてしまったが、襲ってくるという事は無い。 正規の門を開いて入ってきたのだ。 ミケとしては攻撃されないのならおとなしく座って見送るくらいしかやる事が無い。いや、許されていないのだろう。 ミケのおかげでこの世界でも魔法を補充できる事がわかったスコールとしては、フレアが手に入るのは惜しい事だが、これ以上人様の家のペットをいじめるつもりは無い。 この世界、行く所へ行けば魔獣なんていくらでもいるらしい。 世界の暗殺一家ゾルディックの不興を買う怖れを買ってでてまでやる事じゃない。 フレア三つに満足して、スコールは土が剥き出しの獣道を進んだ。 やがて見えてきたのは微妙にエビフライを想像させる特徴的な頭。 近付けば見える、厚い唇。 おそらくカナリアという執事見習だろう。 彼女も、フィールの描いた似顔絵の中にあった。 似顔絵の中より、僅かに幼い気がするが。 石造りの門と、そこに引かれたラインの向こう側で頭のでかい黒い杖を構えて行儀よく立っている。 スコールは彼女の杖の、間合いの外で立ち止まる。 「ガーデンの、Seedの方でございますね」 「ああ、そうだ」 「シルバ様に言われてお迎えに上がりました。どうぞこちらへ。付いてきてください」 スコールは、ため息を零さなかった自分を誉めてやりたいと思った。 情報は欲しい。 喉から手が出るほど。 裏世界に広く網を伸ばすだろうゾルディックなら、少しは何か無いかと思ってつながりを持ちたかったところも確かにあった。 いきなり話を持ち出しはしない。 けれど一度でもこうしてであったなら、無ではない何かは出来る。 が、出来うるならやはり面倒事はごめんだった。 ここで仕事をしたと言うだけで繋がりとしては無ではない。 まだ自分たちは念を知らない。 せめてもう少しその危機を知るまでは、と思っていたのだが。 執事邸ではなく、ゾルディック本邸となれば、随分この山を登るだろうか。 前を走る彼女にはへイスト無しでも追いつけるだろうが―― 「……ハァ」 小さくなる背に向かって、彼は結局ため息をついた。 そして、遅れを取り戻すべく足に力を込める。 風よりは遅く、けれど前を行く執事見習よりは早く。 その背に追いつくと、後はひたすら走りつづけた。 つくづくこの世の人間は化け物だと、改めて実感しながら。 無彩色の巨大な城が目の前に現れた。 なんとも言いがたい重厚な空気が歴史の香りを伴って漂ってくる。 前を行く執事見習が僅かに足を緩めた。 道の向こうに見えてくる、その城の見かけに相応しい重厚な扉。 試しの門ほどではないが、扉というよりは門というほうが相応しい。 その片側のみが既に開け放たれていて、閉じられたままの門の手前に眼鏡の男が立っていた。 男はスコールが前に来ると深々と頭を下げる。 「ようこそお越しくださいました。わたくしは執事のゴトーにございます。主のシルバ様がお待ちです。どうぞこちらへ」 先を促されて開かれた門を潜る。 その一歩を躊躇っているうちに、見習い執事の気配は消えていた。 ゴトーが扉を二度叩き、室内の住人に向かって声をかける。 「シルバ様、お客様をお連れしました」 「入れ」 鋭いが、深く染みる声が響く。 ここに来てシルバ=ゾルディックに付いてフィールから与えられていた情報を改めて確認する。 フィールの書いた似顔絵の、微妙な猫目を思い出しながら、そう言えばこういったタイプの人間は周りにはいなかったな、と思ったところで入室を促された。 失礼だと思い、正直ため息こそこらえるが――入りたくない。 ゴトーはもういない。 こうなってしまえば無理やりにでも荷物を預けてとんずらするわけにもいかない。 だが室内からは、こちらを試すつもりなのか、おそらく念も使っているだろうと思われる威圧感が漂ってくる。 いや、押し寄せて来る。 スコールは念こそ使えないがGFは使える。 念以外の力のあり方について知らない人物達の前で、それは武器になる。 六の門まで開けて、今更ここでシルバの放つものだろうオーラに怖気づいたと思われるのも癪だった。 彼は促される前に、部屋へと入った。 「なんだ、六の門まで開けた者だというから、どんな念使いかと思ったんだが、まだ精孔も開いてないじゃねぇか」 入室第一声。 中にいたシルバはむしろ驚いたようにスコールを見、言った。 ここに来て二ヶ月、彼らは暇を見ては瞑想などをしていたが、まだピクリとも精孔が開いた実感はない。 バトルに仕事に情報収集に、と瞑想に裂く時間が少ないのも理由だろうが、それに当てる時間が少ないのは、急いで念を覚えなくても生きていけるという思いが強いからもあるだろう。 便利そうだと思うが、強く欲するわけでもない。 だからなおさら時間がかかる。 「まあ、座れ。お前が最近話題になっているガーデンのSeedって奴か?」 指差された場所、テーブルを挟んでシルバの真向いのソファーに腰を下ろす。 「シルバ=ゾルディック殿。俺はガーデンのSeed部隊総隊長、スコールレオンハート。依頼人、カージス殿よりの荷物を届けにあがりました」 懐から小さな箱を取り出し、差し出すと、にやりと笑みを浮かべながらシルバが受け取る。 「ほぉ、総隊長殿がわざわざ」 「ここには下手な人間は送れない」 「受ける仕事は必ず億から。必要に迫られれば殺しもするが、暗殺は受けない」 億単位からしか受けないのは、早急に金を作って、資金作りから解放されるためだし、暗殺は 「暗殺なら、ゾルディックがいますから」 「ククッ、く、ははははははっ!!」 何が彼のつぼにはまったのか知らないが、シルバは豪快に、だが下品にはならずに笑いつづける。大声で。 開いたままの扉の向うから、かすかになった木霊が返ってきてスコールの耳に届く。 笑いの余韻を引きずって、それでもなお様になる人間だ。 「しかし、六の門を開けた事といい、ミケになんかやった事といい、念使いだと思ったんだが」 やはり知っていたか、と思ったが、彼はその内心をおくびにも出さない。 「SeedがSeedである所以。Seedの特殊技能です。あの光に、害はありません」 シルバは興味深そうに僅かに身を乗り出して話を聞き入る。 「ガーデンは古くからありましたが、ガーデンが育てたSeedを派遣し始めたのはほんの近年の事です。Seedの中に、まだ念使いはいませんが、いずれSeedたちも念を覚えるようになるでしょう。実践者がいないだけで、基本理論と知識、念使いとの対戦経験は揃っています」 笑いを浮かべたままスコールを見るシルバ。 いつものポーカーフェイスでそれを見返すスコール。 緊張の合間に、先ほどとは違う執事が現れ「どうぞ」と恭しく二人の間に紅茶を差し出していった。 スコールはそれを一瞥し。 ジャンクションを確認した。ステータス防御にペインとリフレクとエスナ。ついでにホーリーも入っている。 きっと、大丈夫。 この家の住人達は、常に食事に毒を混ぜて対毒訓練をしているという。 飲みすぎで鎮痛剤が効かなくなるのとは訳が違うのだ。 一ミリで鯨も動けなくなる毒を受けて、ようやく僅かに効果がある、位にしかならないほどの対毒性をつけようと思ったら、スコールの世界でなら確実に対毒性が付く前に体を壊す。 そもそも毒の種類を問わず多種多様に平気だというから信じられない。 ここの家系が特殊というよりは、やはりこの世界が特殊に思えてくるスコール。 はったりを打つ意味もこめて、無言のにらみ合いに終止符を打つべく紅茶に手を伸ばした。 ごくん、喉を鳴らして嚥下した。 ごく普通に美味いのだが、効かなかっただけで毒が入っているのが判る。 気分的に切なくなる。 そして、ここでもジャンクションの効果があったことに心底感謝する。 「ほお」 と目の前のシルバが感心したように眼を見開くのを見て。 (確信犯か……) とまたしても内心でため息を一つ。 やはり試されていたのだと、確信する。 あまり気分はよくないが、目の前にいるシルバの様子から見て少なからず気に入られたのだと見ていいだろう。 ゾルディックは裏の大家だ。 気に入られておいて悪い事は無い――だろう。 「おぬし、外の人間の割に中々やりおるの」 何時の間にか部屋の隅に老人が現れて髭を撫で付けながら感心したように言った。 (いったいどんな毒をいれたんだ……) 諦めにも似た感情でそうひとりごちる。 目線は自然と、服に書かれた“一日一殺”の文字へ。 「紹介が遅れたの。わしはゼノ=ゾルディックというものじゃ」 「俺はスコール・レオンハート。ガーデン、Seed部隊部隊長をやっている」 「ほっほ、若いのにやりおる。どうじゃ?」 スコールの脳裏に嫌な予感が走り去る。 「こいつと一戦交えてみんかね」 指差されたシルバは実に楽しそうだ。 「いえ、俺の得物は加減の効かない武器ですから」 そういってガンブレードをさすが、 「まそういわず、ちとついてきなさい」 スコールは押しの強いものに弱い。 リノア然りセルフィ然り。 気が付けばキスティ達にガーデンの指揮官に祭り上げられ、断れなかったことも、そう古い記憶ではない。 今思えば、武器を取り上げなかったというのは最初からこれくらいは狙っていたのかも知れない。 深読みのし過ぎかもしれないが、今となってはそう思えて仕方ないスコールだった。 結果を言えば、たいしたバトルにはならなかったといえよう。 内容もともかく、時間だけはかからなかった。 場所を城の裏手に移し、さあ、と互いに構えた所でスコールが手に入れたばかりのフレアを放っただけだ。 威力はあるが、その派手な見た目に反して広範囲型の魔法ではない。 人一人が両手を広げたくらいの範囲の木々を消し炭とぶっ飛ばし――。 「こりゃまいった」 回避したシルバを巻き込んで服を少々焦がしただけだった。 魔法は。 スコール自身は、その隙にヘイストを駆使してシルバの背後に回りこみ、とっさにまわされたシルバの腕のガードにガンブレードを叩きつけ、引き金を引いている。 「はぁっ!!」 ガウン!! 六の門を開ける渾身の力と、改造を重ねた凶悪な銃撃の振動。 念で庇っただろうシルバの腕を、念の上から皮膚を切り裂き肉を裂く。 茂る木々をぶち抜きながら30メートルほど吹っ飛ばした。 一応、勝負ありということだろう。 ゼノが頷いて見せるので、スコールはガンブレードを納める。 内心では、少なからずショックだったのだが。 元の世界でなら、今の一撃でアルケオダイノスも三枚おろしである。 「のうシルバ。Seedというものが念も無しにここまでやるものとはのう」 (それはたぶん、世界のあり方が違うから――) 内心の突っ込みは聞かれない事に価値がある。 「確かに念使いじゃないというんで侮っていた。驚いた。ミケに当てた光は無害と言っていたが、これはなんなんだ」 まじまじと両腕を見るシルバ。念によって止血しているのだろうが、傷の向うには骨が見えている。それでも足腰は無事だったのだろう。 スコールとしても近年に無く盛大に吹っ飛ばしたのだが、早速帰ってきている。 やはりこの世界の住人は体の丈夫さの基本が違う。 いや、一般の人間はまとも、というかスコール達が考える普通の範囲の肉体強度だ。 ならば違うのは、鍛え上げた結果として人が何処まで強くなれるかなのだろう。 自分たちの世界では、GFを使わずに人がなれる強さはこの世界と比べるとたかが知れている。 この世界、水か空気に何かそういう成分が入っているんじゃなかろうか。 「今のに追撃をかけられれば、俺もただじゃすまんだろう」 あれを無事というのか、と、スコールはそっちの方に感心する。 前のほうに回していた右手は、ざっくり腱まで切れていて、満足に動かないはずだ。 痛みに耐性を得るという暗殺一家の感覚だろうと自分を納得させるスコール。 いつものように表情を取り繕ってゾルディックの親子を見ながら、表には現さない動揺を宥める。 アルケオダイノス三枚卸の攻撃が、ここではシルバの腕を切り裂くに留まった。 それは、むこうでは最強のSeedも、ここではそれほどの強さでしかないという事。 もしシルバがスコールを僅かも侮らなかったのなら、吹き飛ばせはしただろうがその肉を切り裂けた自信は無い。 念使いといえどピンからキリだ。 これほどの使い手が世の中ごろごろ転がっているとは思っていないが、ジャンクションと魔法という特異性を除けば、この世界ではスコールも案外まともな人間のほうに分類されそうだった。 ため息をつきたくなるのを必死にこらえて、傷を負ったと言うのに朗らかに言葉を交わす銀髪の二人の男に歩み寄った。 「手を、出してください。治します」 相手は全く堪えていないようだが、やりすぎたと思ったスコールは申しでる。 「ほう」 すっ、とシルバの瞳が細められ――。 スコールはそれには取り合わず、差し出された両手に手を翳した。 「アビリティーウィンド・オープン。回復」 シルバの足下から光が跳ね上がり、傷は跡形も無く消滅した。 艶を取り戻した己の腕をしげしげとさすっては確かめ、眺めるシルバ。 「これは、何処までの傷を癒せるんだ?」 「五体満足なら、殆ど」 とんでもなく楽しそうに、いや、嬉しそうに? しているゾルディックの二人に、物の本質こそ明かしていないがここまで手の内をさらしてよかったものか。 が、悩んだ所で後悔先に立たずというのだろう。 「それにしても、長生きはするもんじゃ。世の中まだまだ面白い物があるわい」 「攻撃から回復まで」 「Seedを敵に廻すのは厄介そうじゃのう。念を覚えるというのなら、ますます強くなるのじゃろう。どうじゃ? シルバ。Seedがターゲットになったら」 「ふっ、割に合わん仕事だ」 はっはっはっ ほっほっほっ と、銀髪の親子は実に楽しそうに空気に笑い声を木霊させ、そしてスコールは立ち尽くしたのだった。 なんだかんだとそのままゾルディック本邸へと再び招かれて、スコールの逃げ道を塞ぐように彼らは喋った。 スコールの口がうまくないことは、何となく察されたのだろう。 ついでに押しに弱いことまでさとられたようだ。 『帰る』と言う一言は、見事なまでに封じられた。 なんだかんだの内に毒入りの昼食をご馳走され、食堂では同席したコヨコヨよりも宇宙人のようなマハに見つめられ、気が付けばシルバのコレクションルームでベンズ・ナイフに付いての話を聞いていた。 昼食の毒が、先に出された紅茶よりもランクアップしていた気がしたのは間違いではないだろう。 それはスコールを試すというよりは、ゾルディック家の日常。 (今日中に帰れるだろうか) 窓の無い部屋の壁を見ては外を思い――十本目のナイフの説明が終わった時に思い立った。 「シルバ殿」 実物は見ていない。が。 おそらく自分はキキョウなる人物が帰ってきたら本当にここを出ることが出来ないような気がした。 フィール曰くのサイコマザー。 「なんだ、シルバでいいぞ、スコール?」 「……わかった、シルバ」 名前で呼び合う仲になるのもどうかと思ったが、ここで断る理由も思いつかない。 仕方なさそうに呼んだのがわかったのか、シルバの顔には苦笑が浮かんでいる。 「立場上、まだ仕事もあるので、ここで失礼したい」 「ああ、引き止めて悪かったな」 そこでシルバは一つ考えるような仕草をし。 棚にかけられたコレクションの一つを取り出した。 「つき合わせた礼だ。受け取ってくれ」 投げ出された抜き身のナイフをスコールは片手で受け止めた。 「ベンズ・ナイフ」 「いいのか?」 「俺が気に入ってやるんだ。文句はねぇさ」 謝辞をのべ、ナイフをベルトに引っ掛けると、やっとの事でスコールはゾルディック邸を後に出来た。 「また遊びにこいよ」 と、有難迷惑な言葉を貰って。 見上げた空は既に夕暮れをも過ぎ、東の空に星が瞬いている。 試しの門でゼブロに見送られたスコールは、仕事があるといって帰ってきたにもかかわらず、ホテルに到着するなりシャワーも浴びずにベッドにもぐった。 これほど気疲れした一日は、めったに無い。 仕事といっても、実質Seedは二人だけ。 しかも活動しているのは一人しかいないという現実をごまかすために重複させた仕事をやりくりしているだけで、ガーデンにいた頃のように報告書を書く必要もなく、指揮官としての書類仕事も無い。 いくつもの名と顔を使い駆け回っているとはいえ、それにしたって指揮官に送られる報告書を見ているよりは楽だった。 それが。 演技の必要のない己と資質を持って、これほど緊張を強いられ、疲れるとは。 侮りがたしはゾルディック。 シルバの迫力はさすがだった。 |