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一方、携帯で朗らかにスコールをゾル家へと送り出したフィールは、今日も今日とて天空闘技場180階で戦っていた。 つい昨日、190階で負けた所だ。 ギリギリ二百階に上らずに試合をしている。 大体一階層に付き一回試合を組まれているので、日に戦う回数は2回ほどだった。 こちらに来てまで今度は架空組織ガーデンの筆頭Seedに祭り上げられてしまったスコールがどこまで理解しているのかフィールは知らない。 フィールも情報の集積と解析は得意とするが、スコールだってお飾りの頭じゃなかったのだ。 それなりの情報があれば、彼は事体を理解する。 言わなくては伝わらない。 そう言いつつも、言わなくても行動からこそ彼の人は察する。 人への思いやりが不器用なだけで、その内面は人の近くにある。 だからこそ、彼の周りに人は集る。 Seedとして仕事をするそのはじめにスコールを押し出したのは、彼の力量に期待してだ。 スコールなら、間違いなく良い意味でガーデンとSeedの話を広めてくれるだろう。 交代の時期だったにも関わらず、半ば無理やりにスコールをゾル家へとやったのも、その一環だ。 本人自身の自覚はともかくとして、スコールにはカリスマがある。 見た目もいい。 きっと気に入られると思った。 念なんか覚えていなくても、とてつもない強さを誇る、ガーデンが誇るべきSeedなのだ。 フィールにとっても、憧れだった。 フィールは孤児ではなかったから、ガーデンに入るのはスコールたちと比べて随分と遅かった。 入った当時から、スコールは見た目といい行動といい、その個人主義な所まで、本人が思う以上に目立つ人間だった。 だがやはり、憧れが本格化したのは魔女戦争の最中からだ。 近付きたいと思った。 ガーデンにおけるフィール・エヴァーグリーンという人間は、高い記憶力を除いてただの人間でしかない。 まだSeedですらなかった自分はただの雑兵でしかなかった。 ガーデンが衝突したあの時も、Seedに率いられる部隊の一つでしかなく、信頼する仲間を得て、忙しく駆け回る姿に頼もしさを感じたものだった。 激突戦直前の全館放送、そのときのスコールの言葉に心強さを覚え、偶然放送に入った照れ隠しのような聞かれるはずの無かった言葉がよけいは緊張を解してくれた。 スコールの回りで信頼を得ているSeedたちが羨ましくて、自分にそれがない事が悔しくて、魔女戦争後は一心にSeedを目指した。 スコールがSeedを終えるぎりぎりにSeedになる事が出来て、自分がどれほど狂喜乱舞したのかわからない。 冗談抜きで踊った。 与えられた個室で、一人で。 見られても恥ずかしいが、ふと我に返った時も無性に恥ずかしかった。 そしてここに来る切っ掛けとなったあの時が、やっとスコールとセルを組む事が出来た任務だったのだ。 発任務に憧れの先輩と二人きりでセルを組む。 ガーデンに気になる女性もいたし、そっちのけは無い。 それは純粋に憧れで、役に立つ事ができる喜びだった。 こんな事体にまで発展したのは予想外だったが。 フィールは思う。 ここが何処だろうと、必ず生きると。 スコールと共に。 かつての魔女戦争の時のような、高揚感がフィールの中に疼いている。 スコールがいれば、死ぬ気は無い。 彼の存在は、フィールの心を奮い立たせる。 スコールが声をかければ、瀕死の体に鞭打ってもう一度立ち上がり、武器を持とうと思える。 ガーデン激突戦の時は、ただの館内放送でもそう思えた。 そう思わせた人が、今ここではただ一人のパートナーなのだ。 眠れる獅子の異名を持つ最強のSeed。 彼が自分に信頼を寄せてくれている。そう思うだけで百人力、いや千人力だ。 フィールは思う。 生きて、必ずもとの世界へ帰ると。 ガーデン、Seed、魔女戦争が終わって、エスタは世界に姿を現した。 ガルバディアは混乱し、侵略戦争を仕掛ける余裕は無く、エスタもラグナが大統領である限り戦争を望まないだろう。 紛争抑止力としてのSeedの出番は減る。 Seedもガーデンも、転換を迫られるだろう。 その時、転換の先陣に立つスコールを見てみたい。 可能であれば、その補佐に立ってみたい。 強くそう願う。 だから。 どんな相手を前にしても、負けられないのだ。 「背後に回って延髄蹴りの一撃! 今まで誰も彼からそれ以上の技を引き出す事は出来なかったーっ!! いまだ実力を見せない眠れる獅子、だれもその顔を見たことのない神秘の闘士ユラナス・レオンハート!!」 実況の紹介がやたらと長い。 その上、毎回微妙にメッセージを変えてくるこのアナウンサー。 語彙の豊富さが正直羨ましいフィール。 「対するは、ここに来るまで皆一撃で殺してやってきた、死に神ヒソカ!!」 (まだただの死に神なのか) 本編でヒソカが戦った時の実況の紹介『休みがちな死に神ヒソカ!!』が印象的で記憶に残っていたフィール。 「死に神は獅子の眠りを覚ますことが出来るのか、あるいは獅子は、死に神に永久の眠りをもたらされるか!!」 微妙に死に神贔屓っぽいような内容を唾を飛ばして叫んでいる。 審判が一歩前に歩み出た。 「では、戦闘開始!!」 (個人的にはコンバット・オープンとか言って欲しいな) 余裕というよりは、現実逃避気味にそう思うフィールだった。 (状況を整理してみよう) 対峙したままの状況に、フィールは考える。 ヒソカなら、こちらが念使いでない事はわかっているだろう。 そのうえで、発をやられるとゴンとキルアはもちろん、念を覚えていない人間は圧倒的な、それこそ心臓が止りかねないほどの威圧感を覚えるという。 なら、今彼は念を使っていない。 纏ぐらいならしているかもしれないが。 武器禁止であるから、得意のトランプも使わないだろう。 が、バンジーガムは使われる怖れがある。 だが何より怖いのは。 (ひぃぃぃぃい!! ナンデスカあの笑顔!!) 元の作りは結構秀麗な顔だというのに、今はものすごく凶悪に歪んでいる。 漫画で見た、面白いおもちゃを見つけたときの顔に似ている、気がする。 (きっとゴンと戦った時みたいにズキューン!! ってしてるんだ! いやだぁぁぁぁぁ) 精神的逃避により、じりと体が後退りする。 にぃと、ヒソカの笑みが深まった。 ぞわりとフィールの全身に鳥肌が立つ。 「キミ、おいしそうだねぇ◆」 これか! この感覚か!! とフィールは慄いた。 ネット小説で読んだ多くのトリップ主人公が感じた奇異!! ヒソカの語尾に見えるはずの無い記号がある!! フィールもまた、見えるものでもないのにそこに記号があることを確信してしまった。 「くそ、俺のパソコンはハートが文字化けするんだよ――」 なぜだか無く情けない心境になってしまい、ぽつりと地に返ってフィールはこぼした。 学校のは履歴が残る。 個人所有のは型が古かった。 Seedになる前はこち亀の全巻購入を諦める程度には貧乏だった。置く場所も無かったが。 パソコンの購入なんて出来るはずも無い。 「ん? 何か言ったかい?」 フィールは首を振るだけで堪える。 喋りだせば際限なく口は動きそうだったが、そんなに喋ってしまってはスコールとの入れ替わりが出来なくなる。 「キミ、ユラナスって言うのかい?」 フィールは答えない。 ユラナスは天王星から取った偽名だ。 どちらかの本名を名乗った場合、そのどちらかが本名で仕事をしていた時に矛盾が出る。 ほんとうならこの目の前の、ヒソカのような危険なやからに目をつけられるのを避けるためにも、レオンハートの名すらスコールは避けたがったが、レオンハートはフィールにとしては絶対に譲れないものだった。 全力を出し切らぬ戦い。 全力を出し切らぬ戦いを続ければ、きっと付くと思ったのだ。 『眠れる獅子』の二つ名が。 かつて世界でスコール・レオンハートといえば『ああ、眠れる獅子か』とそういわれた。 どうしても、この世界にその名が欲しかったのだ。 眠れる獅子と呼ばれたあちらの世界の寵児の存在を、この世界に刻みたかったのだ。 それすらも、フィールの勝手な思いだが、スコールは認めてくれた。 フィールの熱意に負けた黙認と言う形でも、好きにしろ、と。 「キミ、200階には来ないのかい? そうしたら、もっと美味しくなりそうなのになぁ◆」 ヒソカの戯言を、フィールは黙って聞き流す。 (読んでる分には幻影旅団も好きだけど、現実じゃお近づきになりたくないね。悪いなヒソカ。心情は主人公よりなんだ) ゾルディックはどうなんだ、といわれそうだが、彼らと蜘蛛はまた違う。 ゾルディックに主体は無い。 彼らは結局の所、暗殺を求める者達の道具に過ぎない。 ゾルディックという家が消えても、彼らの担っていた物を求める者達は新たに人を立てて結局望んだ事を成そうとするだろう。 誰かの手足。 道具であるという点は、Seedに似通うところがある。 情を寄せるというわけではないし、ゾルディックは親世代から下は無駄な殺しうんたらかんたらもかなり怪しいが。 フィールの中では蜘蛛と同類にはならないのだ。 反応がない事に諦めたのか、ぐっとヒソカの足に力が入る。 重心が前にずれて、戦いの動作へと移っていく。 フィールは、とっさにジャンクションを変えた。 面白半分で入れていた、ぶんどるとダメージ返しを抜いて、オートへイストにオートプロテスを入れる。カウンターはジャンクション済みだ。 ヘイストの切れる時間制限を気にしなくていいし、殴り合いならプロテスは必須だろう。 魔法の発動を実感して、フィールもまた、戦いの体制に入った。 ぶつかり合う目線が互いの様子を探り―― ヒソカがいきなり蹴り込んで来る。 フェイクと本命のパンチをバックステップでかわし、廻し蹴りの追撃を屈んでかわすと下から顎をめがけて殴りかかる。 余裕を持って避けられたのも計算のうちだ。 かわされついでにこちらも廻し蹴りを放って離れる。 もとより当てるつもりの無かった一撃はあっさりとかわされ、また二人はお互いに距離を取る。 武器の使用は禁止されているが、念の使用は禁止されていないのがここのルールのミソだ。 見えなければそれは使っていないのと同じ事。 ルール的に問題は無い。 ヒソカは隠も得意とする。 攻撃は当てたら当てたで、バンジーガムをつけられる恐れがある。 興に乗っていればそれくらいするだろう。 もっとも、フィールには判らないだけで、既に付けられている恐れもあるが。 フィールは念が使えない=凝が出来ない。 付けられたなら付けられたでも構わないと、ある程度は思っている。 攻撃が入れば、問答無用でカウンターのアビリティが発動する。 個人の技術や資質によるものではなく、ジャンクションアビリティの直情さで、ある程度の物理法則を無視してカウンターが入る。 これならヒソカもただではすまないだろう。 二人は同時に距離を詰め、また一通り瞬間の攻防をかわし。 また距離を取って対峙する。 実況が興奮気味に叫んだ。 「でましたっ! とうとうでました! 死に神が、眠れる獅子を呼び覚ましたか!! 凄いです、すさまじい攻防です!! 正直私は目で追うのが精一杯でしたぁ!!」 どちらにしても、まだ序の口なのだが。 なによりもフィールが気にするのは、いまヒソカの笑みが深まっている事だ。 (うん、腰から下は見ちゃいけないね、うん) 何かいろいろヤバイ。 あまり手の内を見せるつもりも無いため、こちらから仕掛けるつもりも無いが、正直今は仕掛けたくない。 (うん、蹴り潰したくなるから) イロイロと。 こうして対面すると、紙から得た情報としてだけではないヒソカを実感する。 そして、かつての紙媒体から得たヒソカに対する人物像は殆ど間違っていなかった事も実感する。 バトルジャンキー。 変態ピエロ。 ペド野郎。 ……クレイジーだ。 だが、負けられない。 どんな奴が相手でも負けない、負けられない。 フィールはかつて、己にそう誓った。 この世界で、スコールと言う人間のたった一人の相棒として。 背を預けられる相棒であるために。 でも、でも!! と、フィールは内心葛藤する。 これ以上戦えば、勝負に勝って人生負けるような気がする。 むしろ負けてさっさとヒソカを上の階に追いやったほうが自分にとっても明日から来る予定のスコールにとっても精神衛生上いいかもしれない。 スコールが来た時に必ずしもヒソカと当たるとは思えないが、まったく当たらないともいえないわけで、ヒソカほどの人物なら今日と明日でフードの中身が違う事も判ってしまうかも知れない。 まあヒソカは自分が面白ければいいので言ったりはしないと思うが、まるで弱みを握られたようでそれも面白くない。 今だけ負けてもいいですか? 心の中のスコールに向かってそう問い掛けた時だった。 「マイッタ◆」 (えっ?) なお好戦的な笑みを深めながら、ヒソカは負けを宣言した。 「キミ、全然本気にならないんだもの◇ つまんないや◆」 ヒソカだって挑発すらしてないじゃないか、とは内心の心。 余計な事は口にしない。 「もっと美味しくなったらまたヤろうね♪」 背を向け、悠々と去ってゆく変態の後ろ姿を見送りながら、フィールは心底思った。 もう、二度と嫌だと。 |
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ヒソカと戦った翌日にはフィールはスコールと仕事を変わり、スコールは幸いヒソカとあたる事は無かった。 ヒソカはさっさと二百階へ上がって行った。 目覚めかけた獅子は再び眠り、日々延髄蹴りを繰り出している。 念の師匠は、ある日フィールがヨークシンに仕事で行った先で見繕ってきた。 原作キャラ、クラピカ少年の師匠らしいが、名前も出ていないうえ本編中はやばい人物物事には一切関わっていないし、微妙に人情に弱いらしい。 Seedとして仕事に出たほうが、仕事の合間に師事している。 オーラという自分の生命エネルギーを使うのか、GFという他の精神生命体のエネルギーを使うのかの違いはあれど、力を操る事、それ自体に馴染みがあったせいか、念の修行自体は中々スムーズにいったといえるだろう。 半月は自己鍛錬。 もう半月は仕事の合間に師匠の所へ赴き、問題点を改善する。 ゾル家の依頼を優先課題でこなし、面白がって入れたのだろう蜘蛛の依頼を蹴り、そうしているうちに半年などはあっという間に過ぎ去ってしまう。 二人が水見式を行なったのは、その頃だった。 基本の四大行どころか、応用技まで一通り学んでからの事だった。 フィールがやたらとくすくす笑っている。 まだ日差しの明るいホテルの最上階スイートで、水見式の準備を行なっていた。 普段であれば、二人がこの時間に揃う事などめったに無いのだが、今日は偶然仕事に入っていたスコールの仕事が途切れたのと、フィールの試合が第一試合に組まれたために余裕が出来たのだ。 スコールが笑いを抑えきれずにいるフィールを胡乱げな眼差しで見ると、彼はそれに気がついたようで、スコールを見て、にやぁ、と笑った。 「どんな反応が出るか、楽しみですね」 師匠の前で水見式をした事は無い。 スコールもフィールも、個人でやった事も無かった。 師匠は『面白そうな反応しそうだから早くして見せろ』とよく言っていたが。 グラスに水を満たし、室内にあった観葉植物の葉を千切りとって浮かべる。 まずスコールが神妙な顔でそれに手を翳し、錬。 グラスの縁に小さな気泡が付着し始める。 上に載せた灰が燃えるそばから再生し、育つ。 水がぐるぐると渦を巻き、燃えた灰を片端から飲み込む。 グラスの縁の水位がだんだんと下がり、水は黒く染まってゆく。 そして最後に、葉っぱは真っ二つに裂けた。 「………」 「特質、でしょうか?」 「わからない」 錬をとくとじゃぼん、と水はグラスから跳ね上がり、減っていたのではなくおそらく圧縮されていたのだろうと思われた。 「……イフリート」 ぽつりと、GFの名前を挙げる。 「え?」 「ディアボロス、グラシャラボラス、リヴァイアサン、そしてたぶん、フェニックスと、ギルガメッシュ」 次々と連ねられるGFの名前。 「なんですか?」 「俺がジャンクションしているGFの一部だ。フェニックスは乱入型GFだから、厳密にはジャンクションしているわけではないんだろうが、逆にいえばいつでもいるということだろう」 「つまり?」 「ジャンクションしているGFの性質が、水見式、ひいては念に影響しているんじゃないかという事だ。燃えたのはイフリート、再生はフェニックス、染まったのはたぶんグラシャラボラスだろう。舐めるのは怖いな」 排水溝に流すのも怖い。いっそゾル家に新種の毒として流すのもいいかも知れない。 「圧縮はディアボロス、渦はリヴァイアサン。最後のはおそらく、偶然ギルガメッシュの斬鉄剣が発動されたんだろう」 「うはー」 しきりに感心したように恐ろしい色合いをした水を見るフィール。 ビオ 「見た目に変化が無いだけ、あるいは判らないだけで、ほかにも、たぶんGFごとの特性が出ているんだろう。それに……」 言いよどんで、スコールは一度ジャンクションを外した。 フィールもその時スコールの変化に気がついたようで、眼を見開いて驚く。 「先輩、オーラ量、減ってます?」 「ああ。ここのところジャンクションを固定したまま変更していなかったから気が付かなかったが、ジャンクションしているGFに応じてオーラ量が変化している」 その上、なんとも言いがたい微妙なオーラの気配とでも言うのか、そういうものも変わっている。 真っ黒に濁ったスコールのグラスを見て、フィールも自分のグラスに手を翳し、錬をする。 「ビリビリします。電気来ていますね。あ、凍った」 パチパチと放電していたかと思えば、グラスを覆うように一気に全てが凍りついた。 用意した水量以上の氷山が出来ている。 「シヴァと、ケツァクァトルですね」 ジャンクションしているシヴァは、鍛えぬいた精鋭だ。 「僕、あとはカーバンクルもジャンクションしてるんですが、水見式じゃわからないですね」 「そうだな」 そのあとは、互いのジャンクションを入れ替えてみたりといろいろ実験してみたが、GFごとに水見式に出る結果は同じだった。 オーラの方は、ジャンクションの変更に伴ってくるくると変わる。 「これって、ジャンクションしているGFごとに何か技ができるって事ですか?」 「この様子だと、可能、だろう」 「人員の水増し工作にはうってつけですね。名乗る名を変えるごとにジャンクションを変えれば、おのずと戦い方も代わってきます。しかも、似たものはあっても同じ物は無いとまで言われる発の技を、偽装できるんですから」 念の真髄を知る念使いであればあるほどに、まったく同じ発を使う二人を、同一とみなす事もあるだろう。 以前会ったのが別人であっても、発の技の違いにごまかせるはずだ。 「でも、器用貧乏になりそうですよね」 「おまえはSeedになるのこそ遅かったが、その能力は買っている。今でこそ魔女戦争時代のSeedに埋もれてしまっているが、もう2、3年若かったら、ガーデンの筆頭Seedにもなれただろう」 「……」 「やればできるのは知っている。努力の方向性が、Seedに向かうのが遅かっただけだ」 「おだてても、何も出やしないですよ」 「お世辞が言える柄じゃないのはしっているだろう」 ふとフィールは眼差しを逸らした。 居心地が悪そうにしているのは、照れているのか。 「あ、でも」 直後振り返ったフィールは、不思議そうにいった。 「なら先輩自身の系統は、なんなんでしょうか」 可能な限り全てのジャンクションを外しても、背後霊の如く乱入型GFはついてくる。 なので、錬で反応したGFの物らしき特性を、わかる範囲で除外していき、結果としては、おそらく特質だろうという事になった。 フィールは放出系。 「スコール先輩、カリスマありますしね。忍び一字の忍耐に、頼って欲しいなぁ、とか思っちゃうんですよ。求心性と言うか、先輩の父親とは違うタイプですけど。自信持ってください。何にも無ければ祭り上げられた指揮官に人なんて従いませんよ。あの個性豊なSeedたちなら特に」 今度はスコールが恥ずかしげに顔をそらす。 実力はあるのだ。人望もある。 Seedはその存在で紛争抑止力となり、いざ戦争となれば数人で停戦まで持ち込める。 本気でどうしようもない上層部なら、彼らが団結すれば排除できてしまうだろう。 実際ノーグ一派は魔女戦争の最中に排除されてしまったし、シド学園長という存在がいなければ、Seedの反乱はもしかしたらもっと早かったのかも知れない。 そのシド学園長にしたところで中々のタヌキだが。 なんだかいろいろ騒いだ上に、GFごとの発の方向性などを話し合い、自分の念の形を捻っているうちにまた日は暮れてゆく。 じりじりと東の空が騒ぎ始めた頃、話し合いと繰返された実験はそれなりの成果と結果を見せたのだった。 オーラの無駄遣いに疲れ果てた二人と、離れた地で、まだ見ぬ二人の弟子の水見式を楽しみにする哀れな師匠を取り残して。 水見式から半年も立たない頃、フィールの念が頭打ちになった。 オーラの総量と顕現オーラが増えない。 時々観戦に行く二百階以上の試合に出てくる能力者たちと比べれば、念の総量も錬度も見劣りするわけではない。 ないのだが、その傍らではスコールが、まだ著しい成長をしているとなれば気落ちも仕方のないことだろう。 スコールは、特別な血筋を感じさせる人間だ。 お気楽極楽なラグナの血。 彼の気質は多くのものを惹き付けて、目を離させない。 村中の人間が彼女を知り、愛し慕った母親の名はレイン。 レインを知る者たちは皆、未だに彼の人のことを語り、彼女の育てた花の見事な様子を語り継ぐ。 ラグナをすら魅了した女性。 スコールはその二人の間に生まれた人間だった。 互いに相談しあいながら、発の形を作り上げていく中、フィールはスコールを見る。 疲れた様子も見せずに堅を維持しながら手の中で自分の念を玩んでいるスコールを見ると、正直ねたましい。 羨ましいし妬ましいし、その才能があることが憎らしい。 でも決して、フィールはそれを表には出さない。 それらの負の感情も本物。 けれど、抱いてきた憧れもスコールという人物に対する心酔も本物。 凡人と天才の差。 スコールは生まれながら才を持っていた。 だがそれは何もせずとも開花する才ではない。 ただ天才なのではなく、努力の天才だ。 一級品の素養に努力を重ねる。 鬼に金棒だ。 Seedが筆記試験を終えて、実技試験に出るまでには最低でも二体のGFに認められなければならず、多くのSeedはその後もSeedを終えるまでせいぜい四、五体のGFを手に入れるくらいの物だ。 案の定というか、フィールもその手の一般Seedで、スコールと初任務に付いた時には規定の二対のGFのみしか所持しておらず、その装備で月の涙後のエスタ大平原を横断するのは危険、という事で先輩であるスコールからGFを借りて、自分で見付けたGFはガーデンにおいて来ていた。 借りたGFを最大限に駆使したジャンクションでどうにかスコールについていっているが、フィールはGFを外せばただの人。 対してスコールは、GFを外しても超人だ。 魔女戦争の一年にも満たない間に実に十六体ものGFを従え、根本から能力を高めて来た。 ガーデン、ひいてはガーデンが護り、そして弑する魔女の為に。 共にいればいるほど、改めて自分が凡人であることを思い知らされる。 近くにこんなに凄い人がいるのだし、関わりたくないけどこの世にはとんでもない人々がいることも知っている。 だから、そこそこ鍛えて満足して、上を知らない井の中の蛙になるつもりはないけれど、届かない高みはやはり眩しい。 フィールは、ジャンクションを組替えて己のオーラを増強すると、作り上げていた一つの発を発動した。 スコールが高まったオーラの反応に振り返る。 「フィール?」 今まで散々昆虫などで実験してきたが、人体に使おうと思ったのは初めてだ。 実験体はまず自分。 音が聞こえる。 針金を絡ませながらネジが引き締まるような音が。 だんだんと間隔の長くなっていったその音は、最後にカチン、と錠の落ちるような音を残して終わった。 一週間で死んでしまう蝉や、生まれたてのラットなどならすぐわかる反応も、寿命の長い人ではすぐに結果はわからない。 けれど、オーラの総量は伸び悩んでいても、流や、念の扱い自体にはかなり自信のあるフィール。 スコールも、師匠もそれは認めるところだ。 【固定の概念】 能力 対象に対して何かしらの概念を固定する。 例 老化の概念の固定――新陳代謝を残したまま、老化と言う概念を固定する。 水の結晶化と言う概念の固定――氷である姿に固定できる。 男に対して男である、と概念の固定をすれば、ホルモンクッキーを食べても性別の変化は起こらない。 逆に、変化した性別のまま固定する事も可能。 解除条件 対象に触れて「解」と言う。 ルール 何を固定するのか、自分の中でしっかりと定義されなければならない。 一度固定された概念は、最低十日、経たなければ解除する事は出来ない。 十日経たずに解除しようとした場合、一年間【固定の概念】の念能力を失う。 能力者本人が死亡しても念は解除されない。 固定する概念の位階によっては、ジャンクションでオーラの増強を図らねばならない。 「使った……のか」 身を乗り出すようにスコールが尋ねる。 それに、僅かに慄いたようにフィールは答えた。 「……はい」 魔女の若返り薬か、あるいはこの手の念を使う事は想定していた。 オーラを体にとどめる事ができる、つまり、念使いの老化が遅くなるとはいっても、そもそもそれにも限度がある。 いつかもとの世界に帰る事を心に決める彼らだが、世界を越える方法などが早々そこらに転がっているとは思えない。 どれほどの時間がかかるか分らず、それこそ終の時まで、かかるかも知れない。 それでは、駄目なのだ。 だから、フィールが固定の概念を作り出し、昆虫やラットで実験をはじめた時、スコールは、嬉しくもあり、恐ろしくもあった。 自分の時を、老化を止めてしまう、という事が。 「とくに、変わった気はしませんね」 「……そうか」 「先輩もやりますよ? 結局、今まで自分に使わなかったのって、ただの先延ばしなんですから」 「悪かったな」 「久しぶりですね、先輩のそれも」 スコールはただ沈黙した。 ただ事象の決定を先延ばしにしていただけだ。 何の解決にも至っていない。 「これって、放出系の技でしょうか? 先輩」 「一応、特質と放出と辺りをつけたが、正直どこまであっているのかわからない」 水見式は、背後で蠢く乱入型GFの影響で、はっきりした事は殆ど何もいえない状況だった。 「放出と特質は離れているが、使えないわけでもないだろう。おまえは操作系よりの放出系能力者だ。後天的に特異な経験により人は特質系能力者に変わる事もあるというから。魔女の時間圧縮といい、知らない間に世界の壁を越えてしまった事といい、特質形に変わる要素ならある」 「でもそれも、せいぜい具現化と操作系、って話ですよね? 強化と両隣の放出、変化系はそんな話も聞いた事無いですけど」 「無いとは言い切れない。それがこの世界だろう? ルールなんてあってないようなものだ」 「それもそうですね」 「もしくは、強力な概念操作。これなら、操作形でも説明はつく」 「概念って……」 「念というそのものに及ぼす概念の操作」 使ってはいるが、その属性もよくわかっていない。 使えることが何よりなのだが。 スコールは軽く肩を竦めた。 フィールは心なしか神妙な顔をしたスコールに手を翳し【固定の概念】を発動する。 固定するのは、もちろん、老化だ。 「かかったのか?」 「かかったはずですよ。かけた本人はわかるんですが、掛けられたほうは分らない物ですか? なにか、音がしたりとかは」 「……なにも。未熟なだけ、と言ってしまえばそれまでかもしれないが。何か聞こえたりもしなかったな」 いうと、フィールはくすっと笑った。 「いつか、これで誰かに悪戯できそうですね」 僅かに後退りしたスコールの伸びた髪が、さらりと揺れた。 体が示す、間違いのない時の経過。 髪は伸びる、爪も伸びる。 食事も必要とするし、睡眠もとらなければならない。 けれど、彼らの肉体に、これから老化による皺が刻まれる事は、ないのだ。 「髪、きらなきゃならないですね、先輩」 「ああ、そうだな」 穏やかな空洞が、流れてゆく。 |