留まる



 ハンター世界に来て約一年がたった。
 暦は1月。
 ヒソカのハンター試験が始まるか終わるかという頃合いの時間軸だ。

 スコールはカモメの飛び交う漁港に立って、ある意味ではゾル家の前に立った時よりも倦んでいた。
 どうしようもない気分のため息ばかりが零れ落ちてゆく。
 子供に好かれる自信なんて物はまったくもってない。
 だからこそため息が消える事も無い。

 知らない自分よりもフィールが行けばいいではないかといいもした。
 確実に、スコールは自分よりもフィールのほうが子供うけしやすいと思ったのだ。

 スコールと違って、よく笑うし、ころころと感情によって表情は変化する。
 スコールとは程遠いその仕草は、人の信頼を得やすい。
 後一月か二月もすれば、天空闘技場は出る事にしているのだ。
 なんだかんだと言い訳して、今は無理だというのだとしても、その後でなら問題ないだろうと。

「僕としては、ここでゴンとでも知り合いになっておかなければ本編中で彼らと何気なく、不自然なくお近づきになれる自信が無いだけです。ゾル家には先輩が仕事を名目に何度かお邪魔していますが……」

 あれは、仕事をいれて彼らの事を呼びつけたといったほうがいいだろう。
 護衛なんて必要なさそうな彼らの護衛任務が入ってくるのだ。
 大統領近衛としてエスタに行ったら一日中ラグナに付きまとわれたことを思い出す。

 本来付きまとっているのは近衛のスコールのはずなのだが、まったくそんな事は感じられなかった。
 毎度法外な依頼料を払ってくれる上に、害も無いので欠かさず行っているが。
 ラグナの場合と違い、ゾル家はやっている事こそ遊びだがシルバは顔で笑っても目で笑わない。
 シードという、新たな脅威の姿を確かめようとしているだけなのだろう。

 今のところ害は無いから構わないのだが。
 フィールは相変らず頑としてゾル家に行かない。
 結構頻繁に入ってくるようになった幻影旅団かららしき依頼も、相変らず蹴り続けていた。

「キキョウさんの害にはあいましたけど、イルミにもキルアにも接触していないですし」

 あった。小さな害。
 スコールが頭を抱えて、フィールは笑った。

 一度キキョウと出会って以来、ときどきガーデン所属のSeed、スコール・レオンハート宛ての運び屋の依頼が入る。
 大抵はスコールの服だ。

 ちょっと格好のつけすぎではあるが、彼女にしては控えめで組み合わせしだいでは日常でも着られそうである。
 趣味を見抜かれたのか、モノクロの色合いと要所に施された銀細工の輝きがなかなか決っている。なのにキキョウの信念も生きている。
 銀細工には、曇らないよう念をかけられているようだった。
 使われている素材も一級品であるし、センスもいい。
 縫製も上等で着心地もいい。付き返すにしても相手が相手だ。
 スコールもおとなしいデザインのものに関しては日常に着るようにはなったのだが。

 第一印象の大事さを、切々と物語る出来事だ。

 その印象が故に、服とキキョウを同一視して苦手意識を抱いてしまったスコールだった。
 シルバはシルバと呼ぶが、キキョウはキキョウと呼べといわれてもキキョウさん、のままだった。

 その実今日も今日とてキキョウに贈られた服からチョイスしている。

 いつもの服装の、ファーのついたジャケットを黒い着脱式の袖のついたコートに切り替えただけだが、印象は愕然と変わる。
 緩く絞られたウエストがすっきりしたラインを作り出し、ファスナーを隠す張り出た肩が、鋭い外見を生み出している。

 左の肩には、銀細工のライオンが黒い宝石をくわえた姿があしらわれている。
 スコールの世界では伝説上の生き物でしかなかったライオン――獅子が、この世界には本当にいた。
 百獣の王、などと呼ばれてもてはやされていたが、その生活の実態を知ったときには幻想の壊される音を聞いたような気がしたスコールだった。

「ゴンの知り合い、となれば、確実にあの四人組と共にいれますから」

     スコールはそれこそ「ならフィールが行った方がいいだろう?」と言ったのだが。
 丸め込まれたわけではない。
 フィールは結局の所自分が行かない理由を言わなかったのだから。
 ただ、その強情に押し切られただけで、ため息と共にスコールがフィールの意見を受け入れただけだ。

 フィールがその役目にスコールを望んだのは、友達、であるなら自分のほうがいいかもしれないが、尊敬の眼差しを得るならスコールのほうが適任だと思ったからだ。
 そして、スコールも一度あのゴンの、キラキラとした純真な尊敬の眼差しを正面から受けたら――ため息をつきながらも突き放す事は出来ないと思ったからだった。

 とりあえず、来たからにはせいぜい休んでいこうかとスコールは思う。
「わるいが、この付近のホテルか旅館の場所を知らないか?」
「え、俺?」

 少年が一人だけ、何となく珍しそうにこちらを見て立っていたから、ちょうどいいかと思って尋ねた。
 たずねてから、気が付いた。
 ああ、この少年がゴンか、と。
 フィールの書いた絵で見た事があった。

 ああ、三次元だと少し見た目がちがうなぁとか、鯨島で男の子どもと言えばゴンしかいないじゃないか、とか。釣竿を抱えているから、これから釣りなのか、とか。
 そう言えば、鯨島に宿泊施設って無かったんじゃないか? とか。
 表情は変えないまま、彼は内心で自分の記憶能力にトリプルショックを受けた。

「いや、すまなかった。忘れてくれ」

 名前こそ名乗っていないが、人は顔の傷を含めてスコールを忘れがたい人だという。
 顔見知り、という意味ではフィールの目的も果たされただろうと、スコールはきこえないはずのフィールに内心で言い訳をする。
 背中に少年の視線が突き刺さっている気がするが、引き止められたわけでなし。スコールは背を向けて一、二歩進み、考える。

 船はもう行ってしまった。
 バハムートは現在ジャンクションしていないが、つれてきてはいるので飛んで帰ろうかと思えば出来るが、この小さな島であの巨体が飛び立てば目立つだろう。
 どうせ渡りきれないと思うが、ならばシヴァでも呼んで氷のイカダで波間を漂うのも悪くない。
 夜になればそう目立つものでもないかも知れないが、それまでにはまだ時間がある。

 いっそ自棄な気分になって、この島にいるという狐熊を追いかけて戯れてやろうかと思いかけたが、辛うじてそれは押し止めた。
 らしくもない。
 ちらりと森を見やって、野宿でもしようかと考えたそのとき。
 つん、とコートの端を引っ張られた。

 その実、ウエスト部分からの着脱も可能なキキョウ=ゾルディックからの贈呈品。
 暗器を隠すためにあるとしか思えない内ポケットの数々は、間違いなくオーダーメイド。
 子供の身長的には掴みやすかったのだろう。
 単なる好奇心と言えなくも無いが。

「まって、お兄さん!!」

 振り返った先には、純粋に光る真っ黒な瞳。
 力のある光の瞳だ。

「お兄さん、泊まる所探しているの?」
「ああ」
 一応、そうだ。

「なら家においでよ!! ミトさんに頼めば泊めてくれるよ!」

 ミトさん。ミトさん? ああ、彼を育てた女性か、と、少し考えて思い至る。

「いいのか?」
「うん、大丈夫だよ!!」

 ニパッと笑うその笑顔はまさに純真そのもの。

「おれ、ゴン! お兄さんは?」
「スコールだ」
「じゃあ、スコールさん」

 続く真剣な表情とのギャップが大きい。

「お兄さんて、強いの?」

 その眼差しはコートからはみ出たガンブレードへ。



 強いの? と聞く以前に、こんなのんきな漁村に武器を持った男が突っ立っている事をまず不審に思わないのか? と、自分だったらまず不信に思うだろう自信のあるスコールは思う。
 が、フィール作の年表に拠れば、既にゴンはカイトという指針に遭遇し、ハンター、ひいてはジンと言う目標を定めている。
 強さを求める事も不自然なことではない。
 独り遊びと自主訓練、後は魚釣りくらいしかすることがないのだろうか。
 一人で訓練をつむのにくらべ、師がつくというのは特に初期段階において劇的に伸びる事が多い。
 それを判っているのかいないのか。

 いや。

 この子供は本能の申し子だ。野生のカンの愛ぐし子だ。
 強くなるにはどうすればいいのか、理性の外で分かっている。

   じっと見上げてくる眼差しに耐え兼ねて、ああ、と短く彼は返事を返した。
 多くは無いとはいえ、稀にゾルディックともかなり本気の手合わせしている人間が弱いなどといっていたら、ゾルディックの彼らのほうに失礼だろう。
 彼らの強さはスコールも認める所だ。
 念を知り、そのオーラが見えるようになってからはなおさら畏敬の念すら抱く。

 洗練されたオーラ、巧みな戦闘センス。
 強い者と戦うという事は、自分も強くなれるということだ。
 流での攻防力の移動も、修行をしているだけよりも随分と上達が早くなり、その技術を持ち帰ることでフィールのレベルアップも図っている。

「あのさっ! なら、俺に稽古つけてくれないかな!」





   何がどうなってこうなったのか、スコールは反駁しては苦笑を漏らした。
 ゴンとスコールは今、鯨島の森の中で対峙している。
 少し広い空間の出来ている泉の傍だ。

 拳を握り、拙い構えを取るゴンの黒い瞳からは、力は足りないながらも目の覚めるような闘志が溢れている。
 ガンブレードは使わない。
 それどころかろくな構えすら取らず、示す。力の差を。
 この世界、強いものとなればなるほど物理的な武器は持たない傾向が強い。
 持ち歩いてもせいぜいが携帯性のいいナイフぐらいか。

 念使いは銃弾程度なら念で防げてしまう者も多いし、具現化系なら持ち歩かなくても自分の望む武器を形作る。
 強化系なら自分の肉体そのものが武器だ。武器や道具は力の足りない者の小細工に過ぎない場合が多い。
 だが、カイトなどは逆に、強力すぎる念を使わないために刀を持ち歩いているのだろう。

 彼の念は、見るから、聞くからに手加減の効きそうにないものばかりだ。
 武器対無手の勝負を経験するのも悪くは無いと思うが、スコールのガンブレードは、ゾル家の連中を相手に組み手をするのとは違って、ゴン相手には少々凶悪すぎる。

「いくよ」
 直情タイプの正直者。嘘はつけない。
 それはいいが、攻撃予告をするのはどうかと思う。
 次々と繰り出されていく意外に早い拳を避ける。
 あたらない事は基本だ。

 打撃本来の威力が無くても、毒物であったり、念であったり、当てる事、接触によって何かをなそうとする者は多い。
 足技も混ぜた攻撃を、スコールはすらすらとかわしていく。
 ガーデンでも臨時で教鞭をとることがあったスコール。
 わかりやすいが容赦ない。それが生徒達の評判だ。

「くっそー!」
「攻撃が単調だ。もっとフェイントを混ぜろ。相手のタイミングを狂わせるんだ」

 この単純さ、正直な攻撃は典型的な強化系だ。
 続けて数度、両手だけで攻撃の全てを受け止めつづける。
 そして。

「うわぁ!!」

 受ける、と見せかけてずらしてかわすと面白いようにすっ飛んだ。
 見事なまでに鼻から突っ込んでいた。このまま行けば顔面大惨事。ひょいと手を伸ばして放物線を描くゴンの足を掴んでぶらさげる。

 下から逆さまに見上げてくる視線と、上から見下ろす視線が絡み合う。

 見上げる視線はぐっと悔しそうに歪み、掴まれていた手が離されると見事な着地と間髪入れない攻撃を見せる。
 それすらも余裕を持ってかわす。見せつけるように。
 重心のずれた体にちょっと足を引っ掛けてやると、前につんのめったが今度はしっかりと受身を取った。
 さすがの野生児。

「えいっ!」

 と掛け声一発。
 ろくに指導を入れたわけでもないのにすでに攻撃の形が整いつつある。

「気合を入れるのはいいが、攻撃予告は馬鹿のする事だ」

 といっても、まだ続けるのだろうとスコールは思う。
 将来彼が身に付けるというジャジャン拳などその極致だろう。
 最終的には、予告しても変わらないほどの速さと強さを手に入れるだろう、この子供は。




 それからもスコールは、ゴンの攻撃を受け流し、かわし、ごろごろとゴンを地面に転がした。
 この手の人間は、下手に言葉で説かれるよりも、実際に目で見たほうが覚えが早い。
 下手な型を見て覚えてもしょうがないが、格闘の型にせよなんにせよ、いいものを見ればそれを取り込んでゆく。
 砂漠に水をまくよりも素直に、自分の納得の行くものを取り込んでゆく。
 悪いもの、納得のいかないものは心底弾き返す根性もあるようだ。




   二時間も転がしつづけていると、さすがのゴンも疲れてきた。
 だがスコールは複数のGFをジャンクションしているし、纏すらしていなくても基本が念使いだ。
 汗の一つもかいていない。
 それを見てまたまた悔しそうにゴンは声を張り上げ、飛び掛ってゆく。

 それから一時間近くも組み手をしつづけ、終了の合図をしたとき、滝のような汗をかきながら倒れこんだゴンは歯噛みして悔しがった。
 大の字になって叫ぶ。

「くっそーーー!!」

 その様子を苦笑と共に見下ろして、スコールは言った。

「強くなったら、いつかはあのガンブレードで相手をしよう」

 近くの幹に立てかけておいたライオンハートを示す。
 ゴンは、目をキラキラと輝かせて言った。

「うん! 俺、強くなるよっ!」




 三十分もしないうちにゴンは元気を取り戻し、もう一度組み手をせがまれたスコールが、少し本気で放り投げたら間違って泉に落してしまった。
 あがってくるのを待つこと五分。
 落ちる前には落ちるための予備動作をしていたので、溺れるなどの心配はしていなかったのだが、それにしても長いとスコールは水面を覗き込んだ。

 波紋一つ無い透明な水面に、スコール自身の影が映る。
 眼差しを、泉の奥、遠くへやったとき、水面に写るスコールの影に、黒髪の子供の影が重なった。
 小細工などを一切ろうせず、足も手も、全てを推進力に回してゴンの頭はスコールの無防備な顎下目指して一直線に伸び上がり――


ざぶんっ
   ぶくぶくぶくぶく……


 スコールの掌にぐっと押されて水中へ逆戻りした。

「……」
「………」

 両者共にしばしの沈黙。
 水中で腕を組んだゴンは、ぷくぷくと僅かずつ空気をこぼしながらものすごく不満そうにスコールを見上げる。

 スコールに対する不満というよりは、手も足も出ない自分に対する不満だろう。
 だが、不満を露にしながらも、その眼差しからは、間違いの無い畏敬の念も伝わってくる。
 スコールは再び苦笑を漏らして水場を離れた。

 不思議と、この少年の傍で人は素直になるようだ。
 まるで魔女戦争の時の仲間とはちがう。
 それでも心地いいかたちだと思う事は出来た。




 水中から出て服を搾るゴンを温かく見守り、組み手をし、木に寄りかかってたわいも無い話をし。
 ふと気が付けば、スコールの横からは小さな寝息が聞こえてきた。
 赤く焼けた空を見れば、日が沈むまでそれほど時間もない。
 たいした怪我こそさせていないが、随分と扱いた自覚はあるスコール。
 さてどうしたものかと頭を捻らせる。
 起こすのも忍びないが、家の場所を聞いていない。
 だがまあ、誰かに聞けば教えてくれるだろう。鯨島でゴンを知らない者もそうはいまいとたかを括ってゴンを背に負う。

 案の定というか、すやすやと眠るゴンを見ると、島民はにこやかに笑ってスコールにゴンの家を教えてくれた。
 島に一軒きりのバー。
 これから営業時間なのだろう。
 窓から明かりが零れている。

 いつもどの時間まで外で遊ぶのかしらないが、遅くなっていたら心配するだろうとスコールの足が速まった。


 スコールたちを迎え入れたミトさんは、目を丸くして驚いていた。
 スコールの背中にゴンがおぶわれていることか、そのゴンが眠ってしまっていることか、あるいは全身に細かな擦り傷を作っている事か。
 そのゴンを抱えたスコールに驚いたのか、腰から下がる無骨なガンブレードに驚いたのか。

 とにかく、事情を話すとミトさんは快くスコールを迎え入れた。
 叩いてもつねっても頑として起きないゴンを風呂に入れることを諦め、かわりにゴンを寝室へ運んだスコールを風呂に入れさせた。
 ホテルの風呂を使うより、気分的には遠慮もあるのにほっとするのはたぶん、きっとミトさんの雰囲気のせいなのだろう。

 孤児院時代のママ先生ともまた違う温かさだ。
 浴室に、かすかな振動となって伝わってくる包丁の音。
 その心地よさにスコールはうっとりと目を閉じた。





 上がり際にちょっとふらついて、長湯しすぎたと自覚する。
 服を着て挨拶に出ると、バーカウンターに座らされ、温かな食事とアルコールを振舞われた。

「どうぞ、冷めないうちに食べて」

 にっこりと微笑まれる。
 なんて幸せなのだろうかと不覚にも思う。
 ガーデンの食堂のおばちゃんに愛がないとは言わないが、それでもこれは特別だ。

「頂きます」

 そう言って口をつけると、ミトさんは嬉しそうに微笑んだ。





 貸し与えられたベッドの中で、リノアの顔を思い出す。

 ママ先生の後ろ姿を思い出す。
 スコールを宥めたエルオーネの掌を思い出す。
 ガーデンで喧嘩したサイファーのことすら思い出した。

 今は遠い人々。
 自覚なく受け取っていたさまざまな物を、今自覚する。
 会いたい。

 リノアに会いたい。




 この場所の暖かさに包まれている事がいたたまれない気分になって、スコールは書置きをして窓から家を出た。

 アルコールの熱が、まだ体の中でたまっているような気分だ。
 そのまま鯨島の森の中に向かい、バハムートを召喚して飛び乗る。
 舞い上がった高みから闇に沈む鯨島を見下ろし、背を向けた。

 どこかの漁船にでも進入しようかと思う。

 あそこは暖かく心地よかった。
 自分のいる世界を勘違いしてしまいそうで、怖かった。








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