蜃気楼の道



「ふっ……ははははははははっ!!」
「な、何だよいきなり」

 エルドラントの奥、罠にはまり落ちた部屋でルークと勝負をつけた後、アッシュは突然笑い始めた。  全く前後の脈絡のない突然の狂態に、ルークは言葉をなくした。
 言いたいことは沢山あったのだが、言ってもいい物か戸惑う。

「アッシュ……?」

 ただ戸惑いを乗せて名前を呼んだ。

「俺は」

 ふと笑い声を止めてアッシュは虚空を見上げた。
 その視線の先には高く眩いエルドラントの天井があるが――アッシュはそれを見ているわけではない。
 ぼんやりと眼差しを上げ、過去の己の心を思い返す。
 そして呟いた。

「俺は負けたかったんだと思う」
「負け、たかった?」

 いぶかしむ声でルークは反射的に繰り返した。

「ああ。俺は負けたかった。ほかの誰でもない、お前に」
「俺に……」
「俺は、負けたかったんだ」

 これでようやく、自分で自分を認められる。
 認める事ができる。
 ずっと長い間殺されてきた、認められなかった自分を認められる。
 生きることができる。
 たとえアッシュでもルークでも。

 心底安心したような顔をするアッシュの事を複雑そうに眺めていたルークだったが、ぐにゃりと唇をゆがめてアッシュとは対照的に眼差しを床に落とした。
 足音が聞こえてくる。
 もうそれほど時間はない。
 危機に背を押されるようにルークは顔を上げた。

「俺も……俺も! あの時負けて良かったと思う」

 その言葉にアッシュはにぃ、と好戦的な笑みを浮かべた。
 自分たちに闘いは必要だった。
 自分たちがもうほんの僅かでも器用に折り合いをつけて生きることが出来る人間だったら答えは違ったかもしれない。
 だけど自分たちはどちらもどうしようもなく不器用だった。

 怯えて剣を向けたルーク。
 自分に影があることをあることを認められない子供のようだったアッシュ。
 影の存在を知らなかったルーク。
 闘いしか教えられなかったアッシュ。

 互いに剣しかしらなかった。
 互いを知るために、その結果としての自分を認めるための手段として、剣しか知らなかった。

 不器用な子供だった時代。

 乱れた髪を掻き揚げて、アッシュは眼差しを床に落とした。
 ふっ、と吐き出されるのは過去への決別の吐息だろうか。
 人が、レプリカ神託の盾騎士団の兵士が駆け込んでくる。
 剣を握り、アッシュは彼らを見た。
 もう時間が無い。

「先に行け、ルーク」

 ローレライの剣を突き出して言う。

「あ、アッシュ! お前はどうするんだよ! 武器もなくて」
「武器ならこいつ等を倒して奪えばいい」

 包囲されても皮肉げに唇をゆがめてルークを促す。
 アッシュの目はギラギラとした闘志に輝いていた。
 未練も後悔も人並みに――人並み以上にある。
 だがもう剣を握っていなくても恐ろしくなどなかった。

 生きる事も死ぬ事も怖かった。
 だがもうどちらも、恐怖ではない。

「アッシュ」

 ローレライのツルギを受け取ってしばらく戸惑っていたルークが決意の篭った声で名前を呼んだ。

「なんだ、ぐずぐずしてないでさっさといきやがれ」
「これ」

 自分の使っていた剣をアッシュの前に突き出した。

「交換だ。俺もここに残る。脱出の方法は生き延びてから考えよう。反論は受け付けないからな!」

 無理やりアッシュの胸に剣を突きつけて後は知らないとばかりにレプリカ神託の盾騎士団の兵士に向かって剣を向ける。
 少しの間呆然としていたアッシュはただ小さく、笑った。

「文句は生き延びた後で言ってやる」

 体に満ちる闘志が疲れなど吹き飛ばしていた。




「ヴァン……」

 エルドランドの最も上、空を仰ぐ広場に正座をして待つその男を見つけて開口一番アッシュはそう呟いた。

「たいしたものだな。まさか、二人揃ってやってくるとは思わなかったぞ――アッシュ」

 ルークとアッシュを等しく一瞥し、ヴァンはアッシュの名のみを口にした。
 ルークは歯を噛み締める。
 その様子を見て唇に刷いた笑みを深めるともったいぶるようにヴァンは言う。

「――ルーク」
「御託はいい。立て。今まで待ってやったんだ」
「ほう……待ってやった、とは。これまた異なことを言う」
「何を言っても今更聞く気はないんだろう。なら、そんな奴に言う言葉は無駄だ。くそくだらねぇ罠なんか仕掛けやがって」
「……掛かったのか」
「うるせぇ」
「ならば何故二人揃ってここにいる。あの罠にかかったなら、最低でもどちらか一人、残らねばならないはずだが」
「はっ……忘れたのか? ヴァン。俺たちが何であるのか」
「……そうだったな」
「ああ。あんたが憎んでも憎みきれないローレライ。その完全同位体だ!!」
「第二超振動、か――」
「あたり、だ」

 ゆら、とヴァンは立ち上がる。
 エルドラントの大地に足音を響かせ、進む。
 まっすぐに。
 もはや後などありはしないと言うかのように。
 その姿が最後を告げる。

「お前たちは全ての屍を踏み越えてきた。さあ、私と一緒に来い、アッシュ、ルーク。星の記憶を消滅させ、ユリアの残した消滅預言を覆すのだ」

 掴み取れ、とヴァンは手を伸ばす。

「断る」
「お断りします」
「……ほう、なぜだ」

 尋ねるヴァンに床を見たままルークは応えた。

「やっとわかったんです。俺は何をしたかったのか」

 俯けていた顔を上げて、まっすぐにヴァンを見た。
 翡翠の瞳は厳しさを湛えヴァンを見る。

「俺はあなたに認めて欲しかった。レプリカではなく、一人の人間として」
「……認められたいと、そう思ってた」

 今はともかく、と小さく付け加える。
 ヴァンに認められたい、とそう願っていたのは二人にとって共通のことだった。
 ヴァンはルークから見ればずっとアッシュを認めていたように見えただろう。
 だがアッシュから見れば認められずにあせっていた。
 ルークを見て、歪んだ鏡を見ているようでなおさらアッシュの苛立ちを誘った過去だ。

「だがもう終わりだ」

 まっすぐに、アッシュは宣言した。

「認められたいだけじゃだめなんだ」

 ヴァンの目を見てルークが言う。

「あなたは言いましたね。『何かの為に生まれなければ生きられないのか?』と。誰かのために生きているわけじゃない。生きる事に意味なんてないんだ。死を予感して俺は生きたいと思った。そのことを俺は知っている。ただそれだけでよかったんだ」

 だいたいの内心を先に告げてしまったルークを少し忌々しく見てからアッシュも言った。

「死を予感して俺は生かしたいと思った。そのことを誰かが知っていた。俺にはそれで十分だ」

 鏡のようにまるで逆に映るそっくりな二人。

「だからもう」
「俺達にはあんたは必要ない」

 認められたら嬉しい。
 嫌われたら悲しい。
 認められなかったら悔しい。

 けれど、生きている。
 誰に認められなくても生まれた時から心臓は動き、この世界で場所を取る。
 生きる限り譲れない場所がある。例え認められなくても。

「……フ……フフ。なるほど賢しい知恵をつけたな」

 笑いを零すヴァンにティアが言い募る。

「兄さん! 人は変われるわ。ルークやアッシュと同じように。もう一度考え直して」
「変われる、か」

 皮肉気に頬を吊り上げるヴァンにアッシュが一歩踏み出した。

「変わる事ができるのは、変わろうとする人間だけだ」
「……そうだな」
「そもそもあんたは、オリジナルだろうがレプリカだろうが、俺たちのことなんて眼中に無かったんだろう」

 あるはずが無い。
 認めるはずなどあるはずが無い。
 今がどうであれ過去がそうであったことは間違いが無い。

 アクゼリュスでルークを殺し、そのあとに生き残ったアッシュもローレライと第七音素の消滅に利用し消耗させ、万に一つでも生き残ったとしても生きる当てのない場所に放置するかあるいは己の手で最後の第七音素であるアッシュに止めを刺しただろう。
 ヴァンにはアッシュもルークも眼中にない。

 いや、常に目の端には見ていた。
 利用するための大切な手駒として。
 人形としてなら。

 立ち上がったヴァンは一つ呼吸をおいてから二人を見た。

「生れ落ちた事こそがそもそもの罪だった。お前と言う、お前達と言う存在は」

 17の時まで生きると預言は言った。
 だが死なない保障など本当は何処にも無かった。
 アッシュからレプリカ情報を抜いた時。
 影の師団の位に付け危険の伴う任務に就けたとき。
 ルークがティアと超振動を起こして飛ばされたとき。

 死ぬかもしれなかった。
 いつ死んでもおかしくなかった。
 だが生き残った。

 憎い、憎んでも憎みきれない狂気に走らせる第七音素の化身、地上のローレライが。
 ただ殺すのでも飽き足らない。
 だから何もかもを奪いつくし、利用しつくしてからゴミくずのように捨ててやろうと思った。
 信頼させ裏切り、希望を与え叩き落し、利用して捨てて。
 その最中に死んでしまうならそれもそこまでの話。
 ヴァンにとって構う事ではなかった。
 命から存在から何もかも利用しつくして捨てるつもりだった。

「利用できるから利用した。だが、死んでも構わんと思っていたよ。それもまたスコアが一つ覆されたことにもなる」

 今までヴァンが一度も口にしなかった彼自身も目を背けていた思いを今、思うままに言葉として口にした。
 過去であったなら、それを見てしまえばルークもアッシュも殺してしまった。
 だが今なら。
 アッシュもルークも簡単に殺されてはくれないだろうし、そしてなにより。

 今ヴァンの心は二人がそろってこの場に現れると言うありえない筈の事態に遭遇し、彼の心は荒れ狂う海のように猛りながらもしじまのように穏かに凪いでいた。
 それは驚くべき変化だった。
 どれほどの時を近くで過ごそうと、どれほど甘い言葉で誘いを掛けていようと変わらなかったヴァンの心に齎された変革だった。

 その変化には彼自身すら驚いていた。
 今彼は、心のそこから二人の存在を認めている。

「俺は未来は自由に選べると信じている」
「私は未来は定められていると知っている」

 相容れぬ思い、交わらない確信。

「ふんっ。いまさら和解できるなんざ思っちゃいねぇさ」

 背を向けたヴァンにアッシュが言葉を投げつける。
 無理だ。今となってはもう。
 認めても、認められても、だからこそもう交われない。
 床に突き刺した己の剣に手を伸ばす、ヴァン。

「剣を抜け。まとめて相手をしてやろう」
『ヴァン……覚悟!』

 同じ音を持つ二つの命が、その瞬間奇跡のように重なった。
きっとアッシュとルークはゲーム本編に置いては第二超振動が二人の間で起こせると言う事を知らなかったんじゃないだろうか、と想像する。
だからきっとこの話で第二超振動を起こしたのも二人だったから二倍三倍の勢いで敵をやっつけてそれからどうした物かと悩んでふたりで装置に同時に第七音素を流し込んだら偶然超振動、あるいは第二超振動が発動! のような感じではないかな、と思う。
そしてそのなにか音素の流れやあるいは爆音をジェイドが感じたり聞いたりして先に行っていた仲間達が駆け戻ってきて合流。
それできっといい。



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