資料使いが行く!

    




資料使いが行く!――1



 マルクト帝国軍部に所属する彼の名前はジェイド・カーティス。

 資料使い、歩く辞書と呼ばれ恐れられる男だ。

 彼こそはデスクワークのプロフェッショナルであるが、そこは軍人。
 戦争なんて面倒なことは大嫌いであったが、責務として時々戦場に借り出される。

 今日も彼は溜息をつきつき、ルグニカ戦線の前線に居た。


 敵を見つけた彼は、単身突撃する。

 ぱああ、と腕がひかり、コンタミネーションによって出現するのは殺人的装丁のハードカバー辞典。
 それを手に特攻する彼に、敵軍の人間は間違いなく怯えていた。

 資料使いジェイド。
 戦場に、彼の名を知らぬ者は居ない――――





「ではここで問題です!」

 ジャジャン!

 武器を構えるのも忘れてキムラスカの兵は息をのむ。

「立て板に水とはどういう意味でしょうか!」

 チクタクチクタクチクタクチクタク

「では答えをどうぞ!」
「な、何をしても手ごたえが無いこと!」

 …………

「ブッブーッ! 残念でしたぁー!」

 恐怖に慄くキムラスカ兵。
 背を向け逃げようとするがもう遅い。

「それでは、睡眠学習の時間で〜す!」

 光を放つジェイドの辞典。
 バタバタと倒れるキムラスカの兵士達。
 逃れる術などありはしない。

 ジェイドの声の可聴域、それ全てが効果範囲。

 シシルイルイ、横たわる中央で、彼はずれても居ない眼鏡をなおす仕草をすると、つぶやいた。

「おや、一人残りましたか」

 感心したように呟くと、手にした殺人的装丁の辞典を振りかぶり――投擲した。

「次はもっと高等な問題を出しましょう」

 狙い違わずそれは一人残った兵士の頭部へと吸い込まれるように的中し、そして、そこに立つ者は、ジェイド一人となった。
 恐るべき資料使い。

「今日もまたつまらぬ問いを出してしまった……」

 そしてコンタミで辞書をしまうと、彼は悠然と戦場を去ったのだった。

 後の戦場?
 知りませんよ。
 私はデスクワークさえ出来ればいいんです。




 資料使いジェイド、彼をとめられる者など居やしない。




「ああ、ちなみに正解ですが、よどみなくすらすら話す様子を例えたもの、と言うことだそうです」











資料使いが行く!――2



 今日もデスクワークをこなす彼の名こそは、ジェイド・カーティス。
 資料使い、歩く辞書と恐れられるデスクワークのプロフェッショナル。

 彼の手にかかれば幾百人の屍を生み出した書類の山も赤子の手を捻るが如く敗北し、消えてゆく。

「やれやれ、この程度で根を上げるなんてちょろあまですね」

 過労で労働災害を申請した人々を見下ろして、一言呟き今日の執務を終えた彼は軍部を去った。

「さて、副業にでも行きますか」




 本来軍人の副業は禁じられているのだが、彼の副業は皇帝公認。
 決裁権も地位以上のものが与えられ書類を裁く。

 王宮の一室。
 彼の周りには働き蜂の如く飛び交う人々がジェイドの周りに新たな書類を積み上げ、その端から決裁済みの書類を回収していく。

「決裁済み十山出来ました」
「こちらの未決書類はもっと上のほうに回してください」
「この監査書類、数字が間違ってます。正確な資料を用意してください」
「山が崩れます。部署別に分けてあるんですからさっさと持っていってください」
「次がこないと終わってしまいますよ?」

 口を動かしながらも手を止めず、時々足りない資料をコンタミネーションで取り出した殺人可能なほどの恐ろしく分厚い辞典から読み取り、決裁する傍らで書類作製業もこなす。
 彼一人いるだけで、現場の人間が百人は浮くと噂の資料使い。

 その技は今日も冴えていた。

 王宮中から未決裁の書類が集められ、王宮中からまだ書類の形を成していない資料が集められ、一つ終わるごとにジェイドの辞典は厚くなり、そしてまた無敵になってゆく。

 彼を止められる書類などありはしない。
 彼こそは資料使いと恐れられしジェイド・カーティス。

「さあ、今日で王宮中の未決書類を喰い尽し、着服と隠蔽にメスを入れましょう!! ここの帳簿を持ってきなさい!!」




 彼の技に、暴かれない悪は無い。




「ふふふふふふ、あのバカ殿下、また国庫からブウサギと妙な衣装の資金を出しましたね? ど下手くそな隠蔽を」

 笑うジェイドに一人の伝令が宮殿を走る。
 この国の皇子に無駄遣いがばれたことを伝えるために。

「逃がしませんよ〜?」

 新しいブウサギをブラッシングする殿下は、まだこの危機が近づいてくることを知らない……。











資料使いが行く!――3



「さて、何故私はこんなところに居るのでしょうね、マルコ」
「皇帝陛下の思し召しだからでは無いでしょうか」
「そう、それが問題なのですよ。私は私が外交に向いているとは全くもってこれっぽっちも思っていません。こういうのは人当たりのいいフリングス少将にでもやらせていればいいんです。それともあれですかね。和平交渉とは名ばかりで、陛下は私に戦争でも起こして来いと言うんでしょうか」
「私には分りかねます。陛下には陛下のお考えがあるのではないかと……」

 駆動するタルタロスの一室で、嬉々として横領、横流しの証拠を集めながら副官に対して答えがたい質問を戯れに投げかける。
 彼の名はジェイド。
 ジェイド・カーティス。
 マルクト帝国は軍部の名門に養子入りしたかつての神童である。

 またの名を、資料使いジェイド。

 武器と譜術が飛び交う戦場で、そしてペンとインク、紙が乱れ飛ぶ静かなる戦場で、彼の名を知らぬものは居ないと言わしめる実力者だ。
 戦果においては全戦全勝。
 コンタミで取り出す最強の辞典を持って、彼はあらゆる戦場を踏破してきた猛者である。

「もしや……」

 ふと、ジェイドは有る可能性に思い当たる。
 国境を越えての和平会談ともなれば、それこそ何ヶ月もかかる長期任務だ。
 その間、マルクトの不正・横領・水増し請求・エトセトラをことごとく阻んできたジェイドが帝都から姿を消すことになる。
 陛下の周りの貴族や官僚たち相手なら、隙を見せた上で後から摘発して汚れ物を掃除するのもいいだろう。

 ジェイドがあまりに上手く芽のうちに摘んでしまうので、何時までたっても根っこが残る。
 腐った根から芽生える悪臭のする芽は、根っこごと始末してしまわなければならない。
 そろそろ掃除のしどきだとも思っていた。
 だが。

「まさかあの陛下」

 人の居ないうちにまた悪趣味な名前をつけたブウサギを増やすつもりじゃないでしょうね。

 ジェイドの目が恐ろしい鋭さで以って底光りした。

「ふふふふふふ、陛下には後々何故私が資料使いなどと呼ばれるのか、きっちりと身をもってお教えいたしましょう。行きますよ!マルコ。真実の思惑が何処にあろうと、陛下は私に和平を任せたのです。成立させて帰ろうではありませんか」

 そしてさっさとあの陛下を絞り上げる!!
 そう気炎を上げる資料使いに副官マルコは一も二もなく叫び返した。

「サー、イエッサー!!」











資料使いが行く!――4



「では、和平へ向けてご協力いただけますね?」




 停泊したエンゲーブにてキムラスカの王位継承権者を確保した資料使い。
 駆動するタルタロスの一室であれやこれやのほら話の末に彼の協力を得ることに成功した資料使いは揚々と種とバチカルへ向けてタルタロスへ走らせていた。

 途中六神将の襲撃にもあったがそれこそ何のその。
 資料使いの軍隊は、兵士も一人残らず彼のしごきに耐え抜いた猛者である。

 六神将と魔物の軍団の襲撃を立った140人で防いだ猛者たちを纏める彼の名こそは、ジェイド。
 ジェイド・カーティス。
 マルクト帝国を超え遍く名をとどろかす、資料の使い手、彼の右に出るもの無しと言わしめる。

 またの名を、資料使いジェイド。

 今日もコンタミネーションでとりいだしたる特製の辞典を開き一問、問いを発すれば千人の人間が倒れ伏す。
 不要書類が紙ふぶきを散らす戦場から鋼と炎が鳴り喚く戦場まで、負けを知らない男が行く!!






 モース配下の六神将を勝手に捕らえ続けることはダアトとの社会問題にもなりかねないが、まだこの時点では彼らを解放しろとダアトから要請が来ているわけでなし、導師イオンには伝えた上で拘束することへの許可を得てある。
 実質ダアトの実験を握っているのがモースでも、対外的にトップはイオン。
 導師イオンの詔勅を彼の兵に代わりマルクトが力を貸したと言えばだいたいは押し切れる打算があった。

 その捕らえた六神将の中に、一人彼の目に止まる人間が居た。
 一人ひとりを完全に声も届かない場所に隔離し、ジェイドはその一人と対面する。
 鮮烈な紅の髪をした、彼が協力を申し込んだキムラスカ・ランバルディア王国王位継承権者と同じ顔をした人間と。

 さて、どちらがオリジナルでレプリカか。
 とりあえずジェイドは言った。

「さて。私のことはパパ、あるいはお父さんと呼んでもいいですよ?」
「な……っ、ふっざけるな!!」

 はっはっはっはっはっ、と、完全隔離されているタルタロスの全域に、彼の笑いは不思議と高く響き渡った。







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