それ行け使用人。 6

 




それ行け使用人。――6



 私は一体ここで何を見ているのだろうかとただぼんやりそう思った。

 戦場のラブロマンス、か。
 ホドで死んでしまった私の妻が知ったらさぞかし喜んだだろうゴシップだ。

 だがまあ、悪くないと思う。
 傍目に見ても美男美女だ。
 そのうえ障害のある恋だ。
 応援せずには居られないだろう。

 このエンゲーブでただ一人軍服を着ていない人間となった私はぼんやりとそう思う。




 ユリアシティから地上に戻り、パダミヤ大陸を出た私はケセドニアへと渡った。
 本当ならグランコクマにでも一度立ち寄りたかったのだがグランコクマの港は既に閉鎖されている。
 やる事もないのでバチカルに戻るかとも思ったが休暇はまだあるし、ルーク様も当分バチカルにはお戻りになられないだろう。
 いや、バチカルならお帰りになられるかも知れないが、ファブレの屋敷ならどうだろうか。
 などと考えていたのだが、どうやらケセドニアからバチカルへ渡るのも砂漠越えをしなければならないようで、それもそれで一苦労だと思った。
 砂漠は一人で越える物ではない。
 魔物はもちろん盗賊は出るし、普通の旅より多く水が必要だから荷物も増える。
 その荷物が増えた状態では襲われた時にとっさの行動が鈍くなるので旅人は大抵はある程度集団になってから馬車を借りて砂漠を越える。
 それが今の戦時下に置いては難しいようだった。

 少しケセドニアに滞在していたがそのうちに大量のエンゲーブからの難民が流れ込んできた。
 セントビナーの人間もいるようである。
 懐かしいマルクトの大地に思いを馳せた。

 私の直接の上司はジェイド・カーティス大佐であるが、彼の人の管轄を離れた場合はアスラン・フリングス少将の旗下にと指示を受けていたことも思い出した。
 もう五年以上前のことだが新しい辞令が無いということはまだ有効だろう。
 それにフリングス将軍も“知っている人”であるからして問題はない。

 状況は一変した。
 ユリアシティでは好きにしなさいといわれた。
 ならばもう心は決まっているが、辞表くらいは出しておくべきだろう。
 そう思って私はアスラン少将の居るエンゲーブを目指すことにした。

 マルクトは事前にこの戦争を予見し、それがやがて大地の降下によって一時的に静まる事を知っていたのでそれまで耐えられればよいと防御に徹してきた。
 筈だ。
 立てこもる敵を叩くのには三倍の戦力が居るとはよく聞く話だが、見た目が派手な戦争だった割には被害の数はそう大きくない。
 皆無でも無ければ少ないわけでもないが、ある程度被害は抑えられたというべきだろう。
 それはここまで来るまでの道のりで実感できた。

 とにかくキムラスカの戦線は後方に撤退したので私は割りと安全に旅路を進む事がで来た。

 そうして私は目撃することになる。
 アスラン・フリングスというマルクト軍の将校とジョゼット・セシルと言うキムラスカ軍の将校と言う二つしかないために常に国境を接した近くにありながら深い溝を持つ歴史の二つの国の、互いに剣を向け合う立場の二人のラブロマンスを。

 捕虜となっているキムラスカ兵たちの食事を地面に投げ捨て這い蹲って食べろといった兵士とその兵士に暴行受けているキムラスカの兵士。
 我が国の兵士の行いとは言えまるで火が付いたかのように思考が怒りで膨れ上がった。
 長くキムラスカにすんでキムラスカの兵士に情が移ったなどでは断じてない。
 ただその行動がむしろ同じ軍に籍を置く者として非常に許しがたいことであった。

 ここしばらく軍務についていない、現役の兵士達と比べれば格段に体力も技術も劣るようになってしまった事を忘れて飛びかかろうとしたときに素早く入ってきた人があった。
 金の髪に深い紅の服。
 キムラスカの軍人、セシル将軍だった。

 私は相手の顔を知っているが、相手は私の顔を知らないだろう。
 キムラスカに居る間、私はむしろ彼女を含めた高官たちと出会わないためにキムラスカ高官たちの顔をおぼえていた。

 そのセシル将軍にあの下劣なマルクトの兵士が殴り飛ばされた時にはむしろ気分がすっとした物だった。
 それがこんな場所で無ければ拍手喝采でも贈っただろう。
 あのマルクト兵士の気持ちだって分らないわけではないが、あの方法は駄目だ。
 例え正しい事を行なったのだとしても、あの方法では駄目だ。

 やがてフリングス将軍がやってきて、彼の部下がその兵士を営倉に連れて行った。
 フリングス将軍はそれを見送ってセシル将軍に頭を下げて謝罪した。
 その潔い態度と年より若く見える精悍な顔つきはキムラスカの屋敷にいたメイドたちならこぞってほれ込むだろうと思えるほどだった。

 カーティス大佐の部下となりキムラスカへと赴いていた、そして今ここにいる自分に後悔は無いが、やはりあの大佐と比べると私は圧倒的にこのアスラン将軍の部下であったほうが良かったと思う事がある。
 カーティス大佐が悪いわけではなく、フリングス将軍がよいというだけの話だ。

 本人たちに告げたところでカーティス大佐なら一笑にふすだろうし、フリングス将軍ならまあいい。
 自分の立場も含めて、とにかく言う事はないが。

 やがてフリングス将軍が顔を上げたとき、セシル将軍とその眼差しが絡み合った。

 私でも分る。二人はこの瞬間恋に落ちたな、と。
 見ているだけで居た堪れなくなってくるこのこっぱずかしい雰囲気は実に久しぶりだった。

 しばらくして、二人は慌てて絡み合った視線を離す。
 実に離れがたそうに。
 倒れた兵士を連れて帰るセシル将軍、そしてその段になってやっとフリングス将軍は私の存在に気が付いた。

「あ、あなたは――! まさか、まだ一般人の方が残っていたとは」
「いえ、私はマルクト軍カーティス大佐旗下……」

 フリングス将軍に所属を告げながらぼんやりと思っていた。
 あの二人の恋愛の障害の多さを。

 そもそも敵国同士の立場ある軍人同士。
 その上セシル将軍には、キムラスカのファブレ公爵とのまあ、よくない噂もある。
 何とかなるのかならないものか、とそんなことを考えていたらいつの間にか辞表を提出する前に新たな任務を受け取っていた。

 崩落前にノルドハイム将軍がグランコクマ戻ったためにここの総大将となっているフリングス将軍に代わりにカイツールに赴いて、休戦の申し入れとそれがなった暁には人質交換を行なう意思があると伝えるための使者として。
 旅立ちの準備は整っている。
 火急の事態であるからして別段文句を言うわけでもないのだが、すっかり忘れていたことがある。

 部下こそ持っていないが私の階級的にはカーティス大佐の直ぐ下、そしてここではフリングス将軍に次ぐ階級であると。

 実務を離れていた時間は長い。
 私は自分の気まぐれをいま少しだけ怨んでいた。







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