それ行け一般人? 56

56 57 58 59 





それ行け一般人?――56



 アッシュから託された本を手にルークたちは次なる目的地へ向けて空を飛んでいた。
 ノエルは無事に帰り、アルビオールは飛行機能を保ったままだ。
 ルークはベルケントで宿泊した夜にガイとヴァンの話を立ち聞きしてしまった後ろめたさはあるものの、立ち聞きしてしまったその話とそのあとガイと話したこともあって蟠りが一つ解け以前よりすこしだけ気分が良かった。
 さらにその様子を遠くから、双眼鏡を使うほどの遠くから眺めて観察していたマルクトの軍人が居た事を彼らは――ヴァンも含めて知らなかったが。

 地核の液状化を止めるための振動を停止させる譜業の作成についてはガイの機転をきかせた挑発によりベルケントの学者たちに作製を頼む事ができたので、あとはもう待つしか手段が無かった。
 知事との話し合いも終えて知事邸をでたときに走り去って行った老人事が気になるが――気にする振りをしながら気にしていない者も一人居た。
 ジェイドだ。

 ジェイドはソレを知っていた。
 だから、仲間たちから離れてひっそりと嗤う。
 愚かな、と。

 とかくルークたちは再び空に舞い戻り一路ダアトを目指していた。
 イオンに会うために。




 建前としては六神将の予定を聞く、と言うのもあったが、真実それは建前になっていた。
 全ての動きはジェイドが把握していた。
 今のところ洩らす事はしていないが、ディスト然りシンク然りアリエッタ然り。
 アッシュは既に離反を露にしているし、リグレットはヴァンと共に行動している。
 となればラルゴのみ、と言うことになるが、それもジェイドの情報源から何処にいるかどこに向かっているのか、情報は入っていた。
 教会はいまもぬけの空だ。
 入り込むには都合がいい。
 それでもなんとなく人目をはばかるようにしながら導師の執務室におもむけば、導師イオンはそこにいた。

 一瞬、こんな場所に押し入り強盗かと思うような勢いで入ってきたルークたちに驚きはしたものの、彼らであると認識するとイオンは表情を明るくした。

「皆さん、ご無事でしたか!」

 シンクたちを通じて無事は聞いていたが、それでも実際に目の前にしてその無事を知るのはまた感慨が違う。

「イオンがアッシュを寄越してくれたおかげでな」
「いえ、アッシュが迅速に動いてくれたからですよ」

 ルークの言葉に笑って答えながらもその笑いに苦笑が混じりこむイオンだった。
 どこまでいっても不器用な。
 当人達ではない第三者だからこそ見えてくるのだろう、その不器用さが。
 微笑ましいが、もどかしい。

「ところで、何故またここに戻ってきたんですか?」

 イオンは純然とそう尋ねた。
 彼の実体を知るものも増え、彼もまた裏でうごめくヴァンたちの、その更に裏を掻こうとうごめく者たちの存在を知っていたがこれに関しては真実、知らされていないことだった。
 このタイミングで助けを請われる事は。

「イオン様の力が必要なんですよぅ」

 アニスが訴え、ジェイドが言う。

「詳しい説明は、ガイがします」

 わざとらしいほどにこやかに。

「……また俺ですか」

 ガイががっくりと肩を落とした。
 なんだか短い間だって言うのにお決まりのパターンになっちまってるよなぁ、と。ぼんやりと埒も無い事を思いながら、彼はせめてわかりやすくイオンに対して説明するのだった。




「地核の震動周波数測定ですか」

 話を聞き終わって、イオンは僅かに思案した。
 思い当たる場所は複数有るが、どれが適する物だろうか。

「僕が知っているセフィロトはセフィロトアブソーブゲートとラジエイトゲートですね。そこなら既にダアト式封咒を解放させられています」

 それは間違いなくイオン自身が解咒させられた場所だったので確信を持って言えた。

「そこはプラネットストームの発生地点と収束地点ですから、計測には適さないでしょう」

 だがそこは無理だとジェイドによって退けられる。

「ならば、ここはどうでしょうか」
「ここ?」

 ふと足元を見るルークにイオンは優しく話しかける。

「はい。パダミヤ大陸にも一つ、セフィロトがあるのです」
「いいじゃんそれ! 近いしさ!」
「イオン様。それはもしやザレッホ火山のセフィロトですか?」
「ええ、そうです。……なにか問題があるでしょうか」

 つい、とジェイドはずれても居ない眼鏡の位置を直す。

「ええ。……ここの活発な火山活動が計測に影響を齎す可能性があります。できれば別のセフィロトのほうがいいかと」
「そう、ですか……。なら、タタル渓谷はどうでしょうか」

 ザレッホ火山のセフィロトは難しいとジェイドに言われたイオンは、僅かに思案したあとで代案を口にした。
 他にもセフィロトが無いわけではないが、いま一番手を出しやすい地上のセフィロトと言うならば、やはりザレッホ火山かあるいはこのタタル渓谷のセフィロトに限るだろう。
 それ以上にいい場所は無いようにも思われた。

「そう、ですね。確かに、今行くのならそこ以外にありえないでしょう。ですが」
「なんだよ、まだ文句があるのかよジェイド」

 思案顔になるジェイドにルークが不満をぶつけるが、イオンに優しく遮られた。

「止めるなよイオン。せっかくイオンが教えてくれた場所なのに」
「いいのです、ルーク。ジェイドは僕のことを考えてくれているのですから」
「イオンのこと、を?」
「はい。タタル渓谷にはセフィロトがあります。ですがそこは――」

 言い躊躇ったイオンの言葉を、ジェイドが継いで言葉にした。

「そこはまだダアト式封咒が解かれていません」

 イオンとジェイドの真剣な眼差しがぶつかり合った。
 先に目を逸らしたのはイオンのほうだった。
 苦笑を浮かべ、言う。

「僕がここですべきことは終わりましたから、皆さんにご協力しますよ」

 そういったイオンが本題に触れていないことに、本題に触れないままに事を流そうとしていると、真っ先に気がついたのはナタリアだった。

「まさか」

 口元に手をあてて目を見開くナタリアの様子に続いてルークもソレに思い当たった。
 彼はその場には居なかったがずっと見ていた。
 あの、ワイヨン鏡窟での出来事を。
 さっと周囲を見渡せば、真実その場に居なかったティアとガイを除いて、あのワイヨン鏡窟でイオンの真実を知った、あるいは知っていた仲間たちはその可能性に思い当たっているようだった。
 その様子を見たイオンは、今度は苦味など無い純粋に喜びを籠めた微笑を浮かべる。
 嬉しかったのだ、本当に。
 自分をこんなにも思ってくれている人々が居る。
 ただそれだけで自分の中身はこんなにも満たされる。

「フローリアンや、他の同胞達も頑張ってくれています。僕も頑張らなくては」
「でも、イオン様……」
「皆で分け合って、皆で生きる。僕達はそう決めました。今度は僕の番ですから」

 その他意のない微笑が痛くて、いじけた様に後ろを向いたアニスは誰にも内緒でそっと瞼に手を当てた。











それ行け一般人?――57



 目的も目的地も決まった。
 行く為の足もある。
 あとは一度ベルケントへ赴いて地核の震動周波数測定を受け取りタタル渓谷まで行く。

 そう決めてダアトを出ようとしたときだった。
 ルークは突然頭を押さえて座り込む。
 キーン……と、頭の中に響く彼にしか聞こえない音は、昔はわからなかった共鳴の音だ。
 誰に説明されたわけでもなくルークは理解していた。

「いっつぅ……。ま、た……」
「ルーク、大丈夫!?」

 うずくまったルークの隣にティアが駆け寄ってきて腰をかがめると、覗き込むようにして声を掛ける。
 だがルークはティアの声には応えることはせず、ただその共鳴の先を追っていた。

《――……やっと届いたか!》

 輪郭のぼんやりした思念の声がルークに届く。

(アッシュ……か……)

 痛みを堪えて立ち上がりながら、ルークは声には出さずに思考だけで返す。
 以前はこの呼びかけにも声をあげて怒鳴っていた。
 ふとそんなときのことを思い出す。

《――悪い知らせだ。スピノザがあのときベルケンドであの聞き耳を立てていたらしい。手紙で、地核静止の計画をヴァンに漏らしたそうだ。六神将に邪魔されて、スピノザを奪われた》
(なんだって!)
《――大した情報を持たないスピノザを力ずくで奪ったんだ。奴ら、よっぽど地核を静止させたくないらしい》
(ヘンケンさんたちは!? このままじゃ師匠たちに……)
《 ――あいつらはシェリダン行きの貨物船に乗せた。測定器はあっちで受け取れ。それに、おそらく船で移動するタイムラグを鑑みてもあっちで作らせたほうが早いだろうしな》

 い組とめ組のライバル関係をあおるのと同時に、研究者の町と技術者の町では似ているようでかなり違う。
 研究者がそれを作るための技術者の町に行くことは、ベルケントでは望めなかった相乗効果を生み出すだろう。

(お前は……どうするんだ?)
《――俺は地核震動の意味を探りつつ、引き続き、スピノザを捜す。……お前たちと、道は違ってもたどり着く先が同じならまたどこかで会うこともあるだろうがな》

 それを最後にぷつりと繋がりは途切れてしまう。
 結局のところ、いつだって一方通行の繋がりだった。
 もっと、もっと話したい事がたくさんあるのに。

 あの耳鳴りのような共鳴音と共に痛みが退いていく。
 決して、絶対に、痛いのが好きなわけではないと彼は断言できるが、それでも別離を感じさせるこの瞬間は少しばかり寂しくなった。
 寂しさを抱いたままぼんやりと立ち上がるルークにナタリアが詰め寄ってくる。
 痛いほどに真剣な、と、そういう言葉が合うのだろうとルークは思った。

「ルーク! アッシュは、アッシュは何と言って来たのです!?」
「……スピノザが俺たちの計画をヴァン師匠に知らせたらしい。ヘンケンさんたちはシェリダンへ逃がしたって」
「しくじりました。私の責任だ……」

 少しも責任を感じていないのにその内心を爪の垢ほども表に出さずに、痛々しさを真似てジェイドは言った。
 これで、もう一つのお膳立てが揃う。

「アンタのせいって訳でもないだろ」

 そう言うガイに、わざわざ否定を重ねておく。

「立ち聞きに気付かなかったのは気を抜いていたからです」

 気付かなかっただけではない。
 気付いた上で、気付かぬ振りをした。
 その上に聞き耳を立てている確信が持てたときには内心で笑みさえ浮かんだものだった。
 こんな内心を知られればとんだ裏切りとなり全てが泡と消え行くだろう。
 だがそれを悟られるつもりは無い。
 自分の現さぬ内側に触れられるのはイヤイヤながらも今まででただ二人――いや、三人だけだ。

 内心をおくびにも出さずに申し訳なさそうに痛々しい表情で頭俯けるジェイドのそばでは、ナタリアが重ねてルークに問いただしていた。
 その真剣さが窺える声に、ルークはよほど嘘はつけないとそう思った。
 隠す事など別にありはしないが、気迫の問題だ。
 ルークは完全に気迫負けしている。

「アッシュは?」
「またどこかで会うこともあるだろう、って」
「……そう……ですか……」

 左の手で胸元を握りしめて、ナタリアは深く息をついた。
 その仕草には苦さと安堵が感じられる。
 また、会える。
 少なくとも相手が会うことを拒絶していない。
 会話の相手がルークだったとは言え、いや、だからこそか、その事実はナタリアにとって深い意味を持った。

「さあ、六神将に計画を知られたなら長居は無用だ。……ナタリアも、いいね?」
「ええ。もちろんですわ。邪魔をされる前に、早く計測してしまいましょう」
「じゃあ私たちはシェリダンへ行けばいいのね」

 ティアが確認するように言った。
 アルビオールがあるからして足で六神将に負けるとは思わないが、六神将の行動の早さにはなかなか不明なところがある。
 先回りされている感はぬぐえない。
 行動は早いほうがいいだろう。

「ああ。行こうぜ」

 そう答えて、ルークは自ら一歩を踏み出した。











それ行け一般人?――58



「あらん、坊やたち」

 くねくねとくびれた腰を振りながら色っぽくノワールは言った。
 シェリダンに付いて早々の事である。

「あ、あんたたち漆黒の……翼?」

 最後の疑問系にヨークの眉がピクリとはねた。

「よく会うでゲスな。ま、アッシュの旦那に協力してるとあんたたちに関わるんでゲスが……」

 身体を揺らしながらウルシーが言う。

「いまさっきベルケンドの研究者を運んできたところよん」
「あ、あなたたちとアッシュはどういう関係なのです?」

 自分から見ればいささか年増とは言え十分すぎる色気を備えた大人の女性、しかも自分とは違いアッシュの手足となり遺憾なく行動し、力になっている女性だ。
 そんな相手が身近に居るとなれば気になるもの仕方が無い。
 アッシュのことを信じている、信じていても、こんな女性が身近に居ては不安が鎌首をもたげるのも恋する女性としていた仕方のない事だろう。
 そんなナタリアの揺れる心を敏感に感じ取った大人の女性であるノワールは、余裕を持って艶めいた微笑を浮かべた。

「金で雇われてるだけなんだけどねぇ。まあ、あの坊やは面白いわね」

 ティアを相手に嫉妬していた時とも違う、相手の挑発とも取れる態度にナタリアはどう対処していいものかと視線を彷徨わせた。
 王族のナタリアとルークであった時には相手にした事の無い相手と感情に戸惑うナタリアとノワールの間に入る人物が居た。

「ところで、ちょいと尋ねたいんだが」
「あらん、なんだい? 坊や」

 わざと胸を突き出すように、女を前面に押し出してくるノワールに訪ねたガイがたじろぐ。
 足は自然と後ろに下がろうといていたが、大きく喉を鳴らして唾を飲み込むと彼はなんとかその場に留まった。

「バチカルで市民達を扇動したのはあんたたちなのか?」
「扇動だなんて聞き捨てなら無いねぇ。事実を伝え広めただけじゃぁないのさ」
「そうして市民は傷つかずにアッシュの旦那がバチカルに戻る下準備も出来たでゲス。みんなハッピーでなにか問題があるでゲスか?」

 とんとん、と身体を揺らしながらウルシーがノワールの前に出て来て言った。

「いや、まあ……何の問題もないんだが」
「ならいいじゃないか」
「確認したかっただけなんだ」

 敵だと思っていた者が味方になったり、味方だと思っていた相手が敵だったり。
 そんな事ばかりが多すぎたので、多少不躾だとは思ったが確認して悪いことは無いだろう。
 幸いにして相手も気を悪くした様子は無い。
 ただ、こうして真正面から直接引き出した言葉に何処までの真実が宿るのか、それは相手と自分しだいと言うところだが、この目の前の相手なら信じてもいいだろうとガイは思った。
 用事が済めば何気なさをよそおいつつ失敗しながらガイはノワールから距離をとる。
 と、とつぜんくすくすとノワールが笑い始めた。

「それにしてもあんたたちも見たんだろう? あのときのアッシュ坊やをさぁ」
「え、ええ、見たけど……」

 ガイが居なくなった事でノワールの前面に立つことになったティアが戸惑いがちにノワールの問いに答えた。

「坊やが神託の盾騎士団を抜けるって言うから、坊やの部下達と合わせてこっちで服を用意したんだけどねぇ、部下達の分まで用意しているって言わずに坊やに着せたから、着替えて外に出て部下達がみんな同じ服を着ているのを見たときのアッシュ坊やの顔と来たら!」

 自分の言葉にその時の様子を思い出したのかノワールは艶っぽさを失わないまま楽しそうに笑った。
 ヨークとウルシーの二人もノワールの言葉にその時の様子を思い出したのかそれぞれに特徴的な笑い声を上げながら笑っている。

「まあ、せいぜいがんばりなよ」

 それじゃぁね、と言い残して、腰を振りながらヨークとウルシーを従えてノワールは去っていった。
 後に残された彼らはなんとなく、しばらく立ち尽くす。
 今更ながら気圧された感があった。

「あれ? あんたたち……」

 そんな彼らを見つけたシェリダンの住人の一人が何気なく声を掛け、一斉にくるりと振り返った彼らの眼差しに一度に見つめられひくり、と口の端を引きつらせていた。




 彼らに話しかけたシェリダンの住人に言われて事実上のめ組の本拠地である集会場を尋ねると、そこにはキャシーとタマラが入り口に立っていた。
 ベルケントからシェリダンへの道中何事も無かったようで、見るからに老女達は元気そうである。
 いつまでたっても心は若いといわんばかりに自分たちを心配してくれるいい男――ガイに騒ぐ姿はティーンエイジャーの様でもある。
 深く刻まれた皺を除けば、であるが。

 その二人にこんなところで何をしているのかと尋ねるのは生真面目なティアだ。
 そのティアの問いに老女達は顔を見合わせ、そしてかすかに肩をすくめたような仕草を見せた。
 首を傾げただけかもしれないがその差は傍目には良く分からなかった。
 とにかく彼女達は渋い顔をして言った。

「ああ……。ちょっと『い組』と『め組』の対立に嫌気がさしてね」

 キャシーが答え、入ってみればわかるとタマラが促す。
 促されて集会場の扉を開ければ――直ぐにわかった。
 開きかけの扉の隙間からガンガンと流れてくる大音響のいがみ合いにとっさにルークは肩をすくめたのだった。

 入ってみればまあ、声こそ大きい物の内容は子どもの喧嘩以上の低レベルな言い合いである。
 あまりの剣幕に反射的にすくんだ肩も元通りに落ちて、こんどはぽかんとしてしまう。
 低レベルな内容と相反するような剣幕に、いつか高血圧で倒れるんじゃないだろうかと思ったのは果たして何人いただろうか。
 同じ思いを抱いた人数は、意外と多かったはずである。

 それでもたどり着いた時点ですでに振動周波数の計測装置の作製は完了しているというのだからさすがと言うべきか。
 だがそこでも力を借した、道具を借りただけだと飽きもせずにいがみ合いをはじめる。
 99勝99敗がお互い様なら、これを一引き分けに出来ないのだろうかとティアは考えたが、それが出来ればこのいがみ合いなんてとっくに終わっている。

「やれやれ。元気が有り余ってるようですね〜」
「……みたいだな」
 たいした感慨も含めずに呟かれたジェイドの言葉に思わずルークは頷いていた。











それ行け一般人?――59



 その口論に割って入ったのは、やはり生真面目なティアだった。

「皆さん落ち着いて。喧嘩はやめて下さい」

 口論に割り込むことに成功したティアに視線が集まっている間に、飄々とジェイドがヘンケンから測定器を回収する。
 それだけの行動を示しただけで、もう、いがみ合いは消えないとしても、ガミガミと耳の痛くなるようなほどに声を張り上げる雰囲気ではなくなっていた。

 一呼吸、息を落ち着けてからイエモンが言う。

「話は聞いたぞい。振動数を測定した後は、地核の震動に同じ震動を加えて揺れを打ち消すんじゃな?」
「地核の圧力に負けずにそれだけの震動を生み出す装置を作るとなると……大変だな」

 思案顔のヘンケンが呟きをこぼす。
 ひっひっひっ、という忘れがたいような独特の笑い声が響き、振り向けばアストンがニヤリと笑っていた。

「その役目、わしらシェリダン『め組』に任せてくれれば、丈夫な装置を作ってやるぞい」
「360度全方位に震動を発生させる精密な演算機は、俺たちベルケンドい組以外には作れないと思うねぇ」

 何か言わずには居られない、内容は事実だとしてもうっとうしいほどの敵愾心をこめてヘンケンが言い返した。

「100勝目を先に取ろうって魂胆か?」

 と色めき起つイエモンに、こらえ切れなくなったのはナタリアだった。

「睨み合ってる場合ですの!? このオールドラントに危険が迫っているのに、い組もめ組もありませんわ!」
「そうですよ。皆さんが協力して下されば、この計画はより完璧になります」
「おじーちゃんたち、いい歳なんだから仲良くしなよぉ」

 ナタリア、イオン、そして笑いを含みながら言うアニス。
 子に言われると一際身にしみるらしいが、孫世代の彼らに言われても何かしら感じ入るところはあったのかもしれない。
 ぐっとこらえるような雰囲気を、その後にそこはかとなく悔しそうに。老人たちは互いに目配せしあった。

「……わしらが地核の揺れを抑える装置の外側を造る。お前らは……」
「分かっとる! 演算機は任せろ」

 やっと、区切りが付いたようだった。
 ずっといがみ合っていた『い組』と『め組み』が、それこそ数十年のときを経て手を組む。
 これも、時代の流れか、一つの奇跡か。
 少なくとも、今は老人となった彼らの人格が丸くなったというわけではまるでない。

「よーしっ。頼むぜ『い組』さんに『め組』さん!」

 ほっとしてルークは激励を飛ばした。
 火花を散らしあいながらも、手を組めば心強いだろう。
 それは、そう。見ていれば、なんとなく、わかるのだ。




 タタル渓谷。
 そこは、ルークの旅の始まりの場所……。
 始まったのは旅だけではない。
 そこから始まったのは、屋敷の中だけで停滞していたルークの生そのものでもあっただろう。

 アニスが一匹400万ガルドの蝶に目がくらんで崖の端に移動したときに地震が起きて、崖から落ちそうになったりもしたが、女嫌いのガイラルディアが奮闘して事なきを得た。
 そのあとだいぶ祝福されたりからかわれたりしていたが、まあ余談としておいて置く。
 結局すぐにぶり返してダメダメになったのでなんともいえないところである。

 普段はおとなしく人を襲うことなどしないはずのユニセロスに襲われたりなんだりとトラブルはあったものの、無事にセフィロトの扉までたどり着き、ついでだからとジェイドの指揮で、ルークが超振動を用いて地殻降下の準備も済まてしまう。

 その時間を、人知れず休息にあてていたのが、イオンと、そしてティアだった。
 レプリカであるがゆえに、封咒を解く譜術が負担となるイオン。
 そして、ユリア式封咒を解いたティアである。

 二人とも生命を削っているに等しいが、イオンは休息を取れば今においては多少回復できるのに比べて、毒と化した音素を含んだユリア式封咒を解呪したティアは、その毒を含んだ音素を体内に取り込まざるを得ず、時がたてば立つだけ、体を蝕まれていく。
 だがそれを隠す、荒れそうになる息を整えて見せるだけの時間は、それで稼ぐことができていた。

 誰にも気が付かせない。
 それがティアのプライドだった。

 言葉にはしない。
 叫ぶこともしない。
 誰かに知らせようなどとは思わない。
 その分だけ、自分の身のうちに溜め込むのだ。
 罪の意識も、その責任も。

 甘んじて毒素を受け入れる。
 それがティアの意志で、プライドで……そしてそれを見抜いている人物も居た。

 見抜いているというよりかは、半分は情報としてしっていた、と言ったほうが正しいか。
 半分を知っていて、残り半分はこの旅の中で知ることによって理解した。
 そしてその赤い目で冷ややかに思うのだ。
 どうせやるなら、徹底的にやりなさい、と。

 余計なほどに自他に厳しくあるその様子が、彼の目にはたまに、秘めきれずに漏れ出た苛立ちに見えるのだ。
 赤い目を細めて彼は思う。
 ただひっそりと。







戻る
TOP