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それ行け一般人? 46〜50
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それ行け一般人?――46
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「少し前のことなのに、前来た時と随分変わったわね。私たちを取り巻く状況……」 砂に埋もれかけたようなザオ遺跡の入り口を潜って歩きながらティアはそう呟いた。 以前ここに来たのは二ヶ月ほど前のことだろうか。 まだアクゼリュスは崩落しておらず、 ナタリアがインゴベルドを説得しにキムラスカへ向かうとケセドニアに立ち寄ってから、短時間のうちに多くの事が起こった。 大きなことも、小さなこともだ。 みな心に何かしらの思いを抱えている。 それはこの旅が始まった時には思いもしなかったことばかりだ。 公爵子息からそのレプリカとなったルーク、キムラスカ王女から取替えっ子の偽姫となったナタリア、公爵家使用人からホドのガルディオス家の遺児となったガイ。 立場だけでもこれだけ大きな変化を遂げたのだ。 ならばその内面にはどれほどの波が起きたものなのか。本人たちですら想像もつかない。 変わっていないことなどあるだろうか、と思う。 そう思って一つだけ、あると思った。 まだ心からモースを信じていた頃でもそれだけは持っていた。 何が変わっても今もそのために動いている。 戦争の回避。 もうおきてしまった戦争だ。 ならば今度は攻めてその被害が小さくなるようにと自分たちは動いている。 ティアはそう自分の中の思いを新にした。 「あの頃はグランツ謡将も敵ではなかった。いえ、違いますね。その本性を見抜けていなかった」 何も知らなかたっとしても何か裏があるだろうと感じただろうとジェイドは思う。 だが介入しようなどとは思わなかったはずだと確信があった。 人の過去などどうでもいい。誰にでも秘密の一つや二つあるものだ。 そう思って。 なによりあの時点でローレライ教団神託の盾騎士団を纏める主席総長を尋問、あるいは拘束できる理由など無かった。 教団に対してならルークに使ったように不法入国と言う理由も使えない。 不審に思っても何もしない理由なら幾らでも重ねられた。 「そうそう。今思えば、まさか総長が! って感じだよ〜」 まさか、と言う言葉は彼のためにあったかもしれない、とアニスは思う。 ヴァンはダアトにおいても人格者として名高かった。 彼に心酔して神託の盾騎士団に入った人間も少なくない。 預言は安ければ安いほど曖昧だ。 パダミヤ大陸、あるいはダアトに移住すると預言に詠まれれば後の道は限られてくる。 教団員として教会に所属するかそれともダアトの管理下にある町でひっそりと暮らすかあるいは神託の盾騎士団に入団するかだ。 はじめは教団員としてローレライ教団に入っていたとしても、力の有り余る者はそのうちに神託の盾騎士団に入団することも少なくなかった。 多くの人間が彼に“なにか”を見ていた。 今思うなら人々を心酔させた何か異質な物は、隠してもにじみ出る狂気の片鱗だったのかもしれない。 「アニスも、まだみんなに本性をあまり見せていませんでしたねぇ」 明らかなからかいを含んだ言葉にアニスはむぅっ! とジェイドを振り返ったが瞬時に猫を被る。 「はぅあ! そんな事ないもん。今も昔も可愛いアニスちゃんのままですよぅ!」 「おや、そうでしたか。可愛いアニスちゃん♪」 笑顔で返されて、途端にかぶった猫が逃げて行った。 「なんかすっげームカツク!」 以前にここを訪れた時には居なかったはずの魔物を倒して彼らは封印を説かれたパッセージリンクの内部へと足を踏み入れた。 強敵であったその魔物は以前に六神将が訪れた時に刺激されて現れたのか、あるいはただ遺跡を守っていただけなのか。 ナタリアとルークは自説を披露しあうが、その説はおそらくどちらも道理を得ない。 そのどちらかで合ったなら、あるいはどちらであったとしても彼等が訪れる以前にこの場所を踏み荒らしている人間が居る。 ならあるいは、時間稼ぎの為に先にここを訪れ踏み荒らして言った人間が置いて行った置き土産なのかもしれない。 創世暦時代の建築物が作り出す見慣れない長い長い通路を遥か進んだその果てに彼らはパッセージリンクにたどり着いた。 そこにはシュレーの丘と同じ、床から突き出した細長いコントロールパネルが見える。 だがそれはやはりシュレーの丘がそうであったように、今は閉じていた。 ティアがその前に立つとそれは本が開くように二つに割れて中身を晒す。 鍵となるティアの体にはその瞬間に大量の汚染された第七音素が流れ込んだのだろう。 彼女は一瞬体ををこわばらせたがそれ以上行動にあらわすことはなかった。 その強がりを誰にも気が付かせない。 真実を知る者たち以外には。 そして彼らの上空に、セフィロトをあらわす図像と赤い警告文字が浮かび上がった。 「……よかった。ここでも私に反応してくれたわ」 以前よりは血の気を失った顔でティアは安堵の息を洩らした。 そのティアの視線の先で警告文がふと消えた。 「やっぱり、総長が封じてるんですか?」 警告の消えた図将を見上げながらアニスが傍らのジェイドに尋ねた。 「そのようですね。しかし……『セフィロトが暴走』ですか」 嫌な響きだ、とジェイドは思った。 呟いたジェイドの前ではティアが場所をルークに譲り、ルークが操作盤の前に立っていた。 ジェイドを振り返り彼は言う。 「なあ、赤いところを削り取るんだよな」 その確認の言葉にジェイドは短く同意を返した。 上空にあるセフィロトをあらわす図像にに向かって両手を構えたルークは力を使い、セフィロトの円を囲む赤い円を消し去った。 「この後は?」 「ああ、はい。光の真上に上向きの矢印を彫り込んで下さい」 振り返るルークに応えながらジェイドは操作盤の前に近付いた。 その様子を側で見ていたティアが不安げに「私が代わりましょうか?」とジェイドに訊ねる。 ヴァンの施した知識による封を解く。 複雑な操作が必要になるだろう。譜術に関しても譜業に関しても、そもそも不本意ながらも初めの旅に出たときには音素の知識すら満足に無かったルークには手に余ることだろう。 だが、ジェイドは首を横に振った。 もし可能であるのなら、その方が安全といえたかもしれなかったが今更どうにかなる問題ではなかった。 「いえ。強引に暗号を消去していますから、通常の操作では書き込みが出来ません。ルークの超振動で無理矢理に削っていかないと……」 ジェイドは再びルークに視線を向ける。 「次に命令を記入しますが、古代イスパニア語は……分かりませんよねぇ?」 侮蔑や嘲笑を籠めた物ではなく、純粋にただの疑問であった。 ただ、その答えに関しては9割がた予想していたが。 「わかるっつの! ……ある程度なら」 「……本当ですか?」 だからその予想を覆す答えが返ってきたときには思わず尋ね返してしまうほどには驚いた。 だがそれも仕方がないことだ。 ルークにとって監視者であり許容者でもあったファブレの屋敷に送り込まれたあの男ですら、ルークがある程度とは言え古代イスパニア語を操れる事を知らなかったのだ。 男はルークに対して知識は示したが、それを習得したのかまでは確認する事ができなかった。 「馬鹿にするなっつーの!」 驚愕に目も口も開きっぱなしのガイを見て不機嫌にそっぽを向く。 「ええ、失礼しました。では、お願いします。内容は《ツリー上昇。速度三倍。固定》出来ますか?」 「出きる」 ルークは先ほど赤い円を消したセフィロトの丸い円の縁に小さな文字を刻んでゆく。 超振動の力をここまで緻密に制御できるようになるためにはどれだけの訓練を必要としたのだろうか。 彼がその努力を今まで怠ってこなかった事が今ここで証明されていた。 そうして彼らは大地の降下に成功した。 |
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それ行け一般人?――47
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ザオ遺跡から外に出ると世界は紫色のヴェールに覆われていた。 その空気の違いにふとジェイドは思いつく。 強い瘴気蝕害を発症してしまった者たちの避難に遺跡は使えないだろうか、と。 解放されてしまっているために深く中まで入り込まれる危険性もあるが、入り込まれたところですでにパッセージリンクはヴァンほどの知識を持つ人間化、あるいはルークでなければどうしようもない状態である。 パッセージリンクを操作される危険性、と言うものに関してはそれほど危惧する物はない。 まあ、選択肢の一つとして覚えておきましょう、とジェイドは記憶するにとどめた。 もし世界が瘴気に覆われたら、何処にも逃げ場が無いはずの世界の中にほんの僅か瘴気から逃れられる空間がある。 それは希望となりもするだろうが深く絶望を生む可能性もあった。 その僅かな場所の奪い合いと言う形で。 混乱した民衆と言うのは恐ろしい物がある。 我先にと場所を奪い合って瘴気に侵されて死ぬより早く更に多くの人間が命を落とすだろう。 そしてそうやって奪い合ったからにはそこに物資が届くことも無い。 生産性の無い場所で、瘴気から逃れて飢えに襲われることになるだろう。 さて大地の降下は無事になったようだったが、ならばあとはどうやってまだ浮上している外殻大地の上に戻ろうかと言う事が問題になった。 雷鳴轟き、天に覆う物はおよそ無くなったはずなのに陽光の見えない紫色の空を見上げ、そして続く砂の大地をみてジェイドが言った。 「とりあえずケセドニアに行ってみましょう。避難の状況から見てアルビオールなら降下が始まる以前にケセドニアにたどり着いていた可能性が高いです」 と。 そして案の定、たどり着いたケセドニアでノエルに聞いた話によれば、時間的にはほぼジェイド達がザオ遺跡に向けて出立したのとほぼ入れ違いでケセドニアに到着していたという事だった。 無事にエンゲーブの人間の避難も完了したという話である。 戦場となっていたルグニカ平野の様子や両軍の様子を口早に聞きだす。 ノエルは降下後に一度ルグニカの上空を飛行してきたという話で、その情報は逸るルークの心を大分静めさせた。 大地はカイツールまでも含めて降下したこと、降下の影響で、キムラスカ軍の多くがカイツールまで退いたらしい事、そんなことだ。 今回の降下で外殻上に残っているルグニカの大陸はグランコクマのみとなってしまった。 ルグニカからの侵攻は恐れることはなくなったが、グランコクマは孤立したに等しい状況となった。 しばらくは港を閉ざしての篭城となるだろうが、グランコクマ自体にはそれほど生産性が無い。 備蓄している食糧の貯蔵量が問題になるだろう。 この状況を長く続かせはしないが。 ノエルの話に寄れば、降下によるそのもの自体の被害よりも突然の地震のような揺れに驚いたことによる被害のほうが大きいようだとの事だった。 陸艦の操縦を誤る者や、譜業兵器の操作を間違う者などがかなりいたようらしい。 ルークたちは歯噛みしたが、降りてしまった今何かできる事も無かった。 過去に還る事はできない。 そもそもオールドランドに住む人間は須らく大地が揺れるという経験が少ない。 地震に弱いのだ。 三々五々散り散りになり、だが回復はマルクト軍のほうが早かったとまでをノエルは伝えてくれた。 「ノエル、疲れてるだろうところで悪いけど、また飛んでもらえるか?」 「勿論です」 何処か情けない顔をして尋ねるルークに彼女は微笑を浮かべて頷く。 彼女は戦力ではないが、その微笑みは知らずに誰かの心を強くする。 「外殻へ戻るのか?」 とガイに尋ねられてルークは慌てた。 飛ばなければならない、ここにいてもできることは無い、次のできることを求めなければならない。 そうは思っていても明確な行動はわかっていなかったようだった。 「これからどうする? やっぱり外殻に戻るか? それでバチカルに行って伯父上と会って……」 言ってからルークは盗み見るようにナタリアを見た。 どうやら直視できないらしい。 単純、というとまだ好感が持てる言葉かもしれないが、この場合は浅慮と言うほうが相応しいだろう。 ナタリアを見れないルークとは対照的にそんなルークをずっと見ていたナタリアが何かを言う前にジェイドが提案をした。 「その前に、魔界の空を飛んでみませんか? 少し気になることがあるんですよ」 「何が気になってるんだ?」 「……確証のないことは言いたくありません」 言いながらジェイドは内心自嘲する。 何もなかった、で済まされないことは知っている。 彼女の言葉の信憑性ならいまさら疑うまでも無い事であるし、その言葉が未来を変えるためにある言葉なら、今まで彼女が発した言葉によって結果として何かが彼女の言葉と変わっているのだとしても、ジェイドの持つ天才的頭脳と言うものがこれまでに得てきた情報と行なってきた行動とに答えを与える。 いま確証の無い事、と告げた何かは、確証をもって表されると。 酷く矛盾しているようだが、彼女は変える努力をしながらも、変えない努力をも重ねてきたのだ。 ヴァンに言わせれば預言はものともしないような些細な誤差を積み重ねて積み重ねてゆく事で、最終的に大きな違う結末を導く。 積み重ねて来た物を崩す時が答えの出るときだ。 一段の積み木では崩しても面白くも無ければ積むのだって苦ではない。 だがその苦ではない一段の積み重ねが百段にも重なった時ならどうなるだろうか。 答えは違ってくるのではないだろうか。 「大佐がこう言う時は、絶対何か嫌なことがある時ですよねぇ……」 渋い顔をしてアニスは言う。 そして彼らはアルビオールでけぶるような紫の空に漕ぎ出した。 |
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それ行け一般人?――48
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アルビオールで進む魔界の空にセフィロトツリーが見えた。 光で出来た木のようなそれが、そこではまるで切れかけた音素灯のように点滅している。 「うわっ、なにセフィロトツリー」 アルビオールの窓からセフィロトツリーを見てアニスが言う。 「やはりセフィロトが暴走していましたか……。パッセージリングの警告通りだ」 アニスごと視界に納めてセフィロトツリーを皆がらジェイドは溜息と共にそういった。 仲間たちの視線がジェイドに集まる。 一通りの注意が集まったのを感じてからジェイドは続けた。 「恐らく何らかの影響でセフィロトが暴走し、ツリーが機能不全に陥っているのでしょう。最近地震が多いのも、崩落のせいだけではなかったんですよ」 ぎょっとする。 ツリーの機能不全、それが指し示す事は言われなくても想像がついた。 険しい顔でティアが叫ぶ。 「待って下さい! ツリーが機能不全になったら、外殻大地はまさか……」 「制御盤に、『パッセージリングが耐用限界に到達』と出ていました。二千年も持てばなかなかと言うところでしょうが、セフィロトの暴走が止めを刺したのは確かでしょう」 その違いが数年か数十年かは分らないが。 「パッセージリングが壊れれば、ツリーも消えて、外殻は落ちます。そう遠くない未来に」 静かに告げるジェイドの様子が真実味を加え、このの重さを実感させる。 たまらずルークは叫んだ。 「マジかよ! ユリアシティの奴らはそのことを知ってるのか?」 「お祖父様は、これ以上外殻は落ちないって言ってたもの……。知らないんだわ」 呟くティアの声にも動揺が滲んでいた。 「ケセドニアもセフィロトの力で液状化した大地の上に浮いています。つまり、パッセージリングが壊れたら……」 ジェイドの言葉にガイが重苦しく答えた。 「泥の海に飲み込まれる、そういうことか」 「ええ」 全ての外殻大地が魔界に落ちたら。 世界中の人間がユリアシティに逃げられる訳はないし、ユリアシティそのものがその衝撃で消滅してしまう可能性もある。 その上たった二つの国家はいま戦禍の中にある。 奪い合うのが地上の覇から魔界の安全な地に変わるだけとなるだろう。 「液状化した魔界の大地が固形化でもするなら話は別ですが」 「固まってしまえば、ルグニカみたいにゆっくり降下させればなんとかなる、か」 顎をなでながらガイは考え込む。 「ほんとうにたまりませんねぇ、過去の負の遺産を押し付けられる身としては。瘴気の汚染と液状化から逃れるためのフロートアース。逃げて逃げて二千年、とうとう追いつかれたってところでしょうか?」 「茶化すなよジェイド」 「いえ、正直な気持ちです」 「なお悪いっつーの」 ジェイドの軽口に付き合いながらも頭を悩ませていたルークがふと顔を上げた。 「なあ、ユリアの預言にはセフィロトが暴走することは詠まれてないのか? 暴走するには理由かあるものだろ。対処法とか預言にないのかよ」 「惑星預言の内容は膨大です。ですが崩落と戦争に関して抜粋したなら私が聞き及んだ分で全てであると裏付けも取れています。それに、第六までの預言であれば既にユリアシティとモースは知っていたでしょう。それゆえのモースの執着でしょうから。そのうえであの程度の認識、と言うことは第六譜石にはこの事態は記されていなかったと見て間違いない。そして第七譜石の預言は譜石は失われ、私があなた方にユリアシティで聞かせた分だけが今知りうる全てのはずです。預言は当てになりませんね」 「そう、か」 ヴァンを通し、モースを通し預言に従う世界と預言を妄信するあり方に不審を覚えながらも事が起これば自然と預言に頼ろうとするルークたち。 それほどまでに預言は世界に深く浸透し、それは七年間屋敷に軟禁され過ごしていたルークにも及んでいた。 「ですが、対処法なら無いわけでもないかもしれません」 「本当かジェイド!」 「創世暦時代の禁書になら」 「残っていたとしても、お祖父様じゃ閲覧できない機密情報じゃないかしら」 ティアに言われては黙り込むしかない。 「ローレライ教団に行ってみましょう」 「ジェイド?」 「今更預言に頼るのも癪ですし、駄目元で禁書の類をあたってみましょう。機密情報閲覧の方法はおいおい考えるとして、とりあえず行ってみます。この二千年の間に多くが消滅してしまった禁書の類が残っているとすればユリアシティか教団しかないんです。ユリアシティが無理であるなら教団に行ってみるしかありません。組織が拡大している分ユリアシティより教団のほうが隙が多いはずだ」 禁書のありかはわかっているが、今は自然な導き手が必要だった。 ルーアッシュの存在を表に引きずり出すのには恰好の素材だったが、危機が訪れるたびに彼女の名前を出して答えを示していてはそれは完全な未来、予言と変わらなくなってしまう。 それは避けなければならない。 その時。 「……イオン様なら」 俯き、思いつめているようだったアニスが言った。 「イオン様ならきっと、調べられると思う」 「本当か!」 「うん、だって、導師だし」 「イオンは今――」 「ダアトだな」 「それではやはり、行き先は決まりましたね」 ダアトではあまり教団に近い場所に停泊しても危険だと言う事で第四石碑の丘より遠くに停泊し、ルークたちはその丘を通り抜けた。 普段から静寂の中にあるその丘には、今は陰鬱とした雰囲気があった。 丘から眺めるダアトにも、そんな気配を感じてしまう。 たどり着いたダアトでは、教会前には大勢の巡礼者たちが詰め掛けていた。 彼らは口々に喚きたてている。 「いつになったら船を出してくれるんだ」 「港に行ったらここで聞けと追い返されたぞ!」 大地が分断されたために多くの船の運航が止まっていた。 巡礼に来たきり帰国できなくなった人々がかなりの数居るようだった。 扉の前に立ち騒ぐ人々に答えている姿は詠師トリトハイムのものだった。 ルグニカ大陸の殆どが消滅した事と、危険すぎる故に定期船を出すことは出来ないと言葉を返すが、嘘をつくなと返るばかりだ。 知らぬ間に故郷を失った者もあるだろう。 さらにトリトハイムは言葉を重ねた。 ルグニカ大陸の消滅によってマルクトとキムラスカの争いも休戦となった、と。 それでも人々は信じられないと口にする。 俄かには信じられないのも確かなことだろう。 この段階に置いて停戦するだろう事はジェイドは聞かされていたが、それにしても改めて安堵した。 これでグランコクマは補給線を立たれた城砦だ。 海上に包囲を敷かれたら、あるいは総攻撃を仕掛けられたらどれほど持つかも分らない。 現状に置いてはマルクトはそう、預言通りに領土を失ったとも言える。 「インゴベルド陛下がこの状況でなお戦争を続けると言う方ではなくて助かりました」 そう言ってジェイドはちらりと横目でナタリアを見た。 「ええ、それだけが救いですわ」 と前を見据えたままナタリアは言った。 血族ではなくても、これ以上自分が父と慕ってきた人間が愚かであることを見せ付けられなくて安堵しているようにも、見えた。 |
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それ行け一般人?――49
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教団内部に侵入した彼らは、とりあえずイオンに面会しに行こうということで一致した。 禁書の閲覧、と目的は決まっていたがそれにしてもイオンの許可が出たとなればある程度大きな顔をして教団内部を探索できる。 新しく参拝者の為に解放されている図書館など目ではない。 禁書の類が保管されているだろう人の目には触れない場所にあるものが大切なのだ。 『元』の付く導師守護役ではあるが、イオンの私室に続く譜陣の発動のキーワードを知っているアニスによってイオンの譜陣が輝く。 その言葉をジェイドはしっかりと自分の脳裏に刻み込んだ。 イオンの私室へはこの譜陣を通らなければ成らないことは知らされていたが、この譜陣を発動させるためのキーワードをルーアッシュは覚えていなかった。 一侵入者としてはどうどうと面会の許可を求めることは出来ないので後ろめたい気持ちを抱きながらもルークはイオンの私室に入り込んだ。 きょろりと周囲を見回すが誰かが居る様子は無い。 仲間たちも次々と入ってきてイオンの姿を探しているが、もちろんそこには見当たらなかった。 ルークが寝室に続く扉を開けて奥を覗き込んだときだった。 いきなりばたばたと彼の仲間達がルークを押し込みながら寝室になだれ込んでくる。 最後にジェイドが静かに扉を閉めると、なんだ、と誰何するルークの声を静かに、と押さえ込み彼らは聞き耳を立て始めたのでそれに倣ってルークも壁に耳を近づけた。 ディストとモースの話し声が聞こえる。 「ふむ……。誰かここに来たと思ったが……気のせいだったか」 その言葉が聞こえた時、背中にひやりとした感覚が走った。 「それより大詠師モース。先程のお約束は本当でしょうね。戦争再開に協力すれば――」 しばらく会話が続いた後、扉が開き誰かが出て行く気配がした。 もう大丈夫かとルークが扉を開き出て行こうとした直前に、ふんっ、と不機嫌に鼻を鳴らす音がきこえてどきりと身をすくませる。 「モースももうおしまいですね」 彼は呟く。 「私がいつまでそんな嘘に騙されていると思っているのですか。今の発言もフォニム機関に録音しましたし、さて」 そう呟いて彼も部屋を出て行った。 ジェイドと親交を取り戻したことで精神的に余裕を得たディストはルーアッシュの知る本史より精力的に活動していた。 その一つにゲルダ・ネビリムのレプリカ情報の確認があった。 ジェイドにほだされてなおネビリム先生復活を諦めていなかったのは知られればジェイドにお仕置きされるかもしれないが、知られなければいいことだ、とディストの中では線引がされている。 そうしてネビリム先生のレプリカ情報をヴァンが本当に所持しているのか。それを探った。 時間は掛かったが、最終的にディストは結論を出していた。 それは否であると。 ヴァンはゲルダ・ネビリムのレプリカ情報を持っていない。 そうであるならばもうヴァンに協力する意味は無く、またその嘘の情報を以って自分を使っていたことも腹立たしい。 もとよりヴァンに義理立てする腹積もりなど無かったが、その情報が嘘であるのならもはや完璧に彼に手を貸す義理は無い。 後は如何にしてモースやヴァンから彼らにとって不利となるであろう証言を引き出して自分がそれの証人となり、今までの己の罪を軽くして、そして全てが終わった後にはジェイドと一緒に仕事をするか。 ディストの神経はそこに傾けられていた。 ディストが出て行ってからしばらくして、ルークは力が抜けたように膝を突いた。 そして口から出てくる自然な一言。 「わっけわかんねぇぞ」 モースとヴァンの間でディストがコウモリになっているのかと思えばそのほかにも目的がありそうな感じであるし、コウモリとなって与している筈のモースを陥れる気満々のようである。 モースの目的は戦争を起こす、ここに到ってなお預言遵守であるらしいことはわかったがそれにしてもヴァンの目的が分らない。 世界を壊すため? 何のために壊すのか。 ヴァンがあまりに出来た人間であるためにただの破壊願望であるとは彼らには到底思えなかった。 戦争を起こすこと、多くの死を生み出すこと。 ある程度まではヴァンとモースの利害は一致していたのだろう。 モースの思惑は分かった。ならヴァンは? もうモースとも袂を別ち行動しているヴァンの思惑はなんなのか。 「スコアスコアスコア。いやんなりますねぇ」 いつもの何かを皮肉る時のスタイルでジェイドは言った。 「でもこれでモースの目的は間違いなくはっきりしたな」 「預言の遵守」 ガイの言葉にティアが呟く。 「我が国は長く政治に預言を取り入れてまいりましたわ。モースが何かを吹き込んだら、お父様は従ってしまうかもしれません。モースが何かをする前に、お父様に進言しなくては」 決意の言葉を力強く口にしてから、ナタリアはふと床に視線を落とした。 「お父様は私の言葉を……信じてくださるかしら」 「ナタリア……。当たり前だろ!」 気弱になるナタリアをルークは励ましたい。 「私は本当の娘ではないのかもしれない。私はお父様に否定されるのが怖いのですわ」 「ナタリア……」 気まずい沈黙が落ちた。 「それでも、私はお父様に会わなければならないのですね」 「ナタ、リア」 「例えお父様の本当の娘ではなくても、私の停戦への意思は本物ですもの。私はここでは留まりませんわ、ルーク」 「強いな、ナタリアは」 「いいえ。だって、私には仲間が居て、その仲間達がみんな一生懸命に走っているんですもの。私だけ立ち止ったりしたら追いつけなくなってしまいますわ。ルーク、あなたもです」 ナタリアはルークに微笑みかけてすら居た。 「とにかく、今は導師イオンを探しましょう。その途中で図書館も見つかるかもしれませんわ」 微笑みかけるナタリアに誘導されて、彼らはイオンの私室を出て行った。 |
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それ行け一般人?――50
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「なあ、あの預言の内容さ」 「なんですかルーク」 「もう一度言ってくれないか?」 教団内部を探索しながら歩いている最中、ルークに請われてジェイドは少し考えた。 だが結局さっと周囲を確認して人気が無いの見ると望まれたとように言葉にする。 「ND2000、ローレライの力を継ぐもの、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くであろう。 ND2002、栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。この後季節が一巡りするまで、キムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。 ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街とともに消滅す。しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え それが未曾有の繁栄の第一歩となる」 類稀な記憶力でカンペもなしにそこまで読み上げた時ふとアニスが声をあげた。 「あれ?」 「どうしたんだアニス」 尋ねるガイにアニスは唇を曲げながら少し考えて言った。 「ローレライの力を継ぐものって、誰?」 「ルークじゃないのか?」 「でも、ルーク生まれたのって、七年前だよね?」 その言葉に周囲がハッと息を呑む。 そう、ルークが生まれたのは七年前だ。 預言の2000年にはまだ誕生していない。 その年に生まれたのは―― 「アッシュの、こと?」 ティアが自信なく呟いた。 「でもアクゼリュスと一緒に消滅するはずのアッシュは生きています」 「それ以前に、アクゼリュスに行ったのはルークでしょ。この預言おかしいよ」 「たしかにアッシュも後から来たが……あの時点で聖なる焔の光、ルークって呼ばれていたわけじゃないしなぁ」 次々と疑問が呟かれる。 「預言にないのは」 「ないのは?」 「ルーク、いえ。レプリカと言う存在、ですね」 その言葉にルークが目を見開いた。 「それって、つまり……俺が生まれたから預言が狂ったって、そういうことなのか?」 こわばった声で自分に向けて呟いたルークの声を拾ったジェイドはすぐさま言った。 「いいじゃないですか」 と。 「え?」 「預言の狂い、万々歳ですよ。預言に狂いが全く生まれないのなら、預言に詠まれている戦争を止める事は私たちにはどうやっても出来ないと言うことになります。それはごめんですね。それに何より、この預言に狂いが無いのならルーク、あなたかアッシュか、どちらかは既に死んでいることになります。これも駄目ですね。ヴァンの行動を阻止するためにはあなたたちの超振動が欠かせないようですから」 「ジェイ、ド。もしかして慰めてくれているのか?」 自分を見上げてそういったルークの言葉にジェイドは目を見開いた。 まさに、きょとん、と。 そのときだった。 「見つけたぞネズミめ!」 ばたばたと慌ただしく神託の盾騎士団の兵士が駆け込んできた。 幸いと言うべきかここは廊下でまだ前方の道はふさがれて居ない。 図書館にもイオンにもたどり着いていなかったが―― 「逃げましょう」 駆け出す仲間たちに一瞬遅れて、ルークも足元に居たミュウを引っ掴んで駆け出した。 アルビオールを目指して走って居たのだがたどり着くことは出来なかった。 何とか教団内部を抜けて市外へ出たのだが、町の出口付近で大勢の兵士を従えたモースに道を塞がれてしまう。 多勢に無勢、と言う言葉が脳裏を掠めるものの捕まっては後が無いと各々武器を構え、ジェイドも譜術を発動させようと音素を集める。 だが。 「抵抗はおやめなさい、ジェイド。さもないとこの女の命はありませんよ」 兵士達の向こうから聞こえ手来た声に彼は集めていた音素を霧散させた。 人の群を割ってディストが現れる。 ルークたちには分らなかっただろうが、ジェイドには少し誇っているようにすら見える笑みを浮かべて、彼は立っていた。 その傍らにはいつも彼が座っている飛行椅子がある。 その椅子にはディストの代わりにアルビオールの操縦士、ノエルが座らされていた。 「みなさん、ごめんなさい」 呟くように謝罪する彼女の首には奇妙な譜業が巻きついていた。 「みんな動くなでおじゃる。動くとこの女の命は無いでおじゃるよ?」 また趣味の悪い譜業を開発したものだ、とジェイドの頬が引きつった。 抵抗を封じられた彼らに神託の盾騎士団の兵たちが次々と剣を突きつける。 「はーっはっはっはっ! いいざまですねぇ、ジェイド」 最高の気分だといわんばかりにディストは哄笑を響かせる。 「お褒めいただいて光栄です」 「誰も褒めていませんよ!」 ジェイドとしてはささやかな皮肉にディストは神経質に声を上げると地団太を踏んだ。 その脇で、剣を突きつけられながらもルークはモースを睨みつける。 「俺たちをどうするつもりだ」 「バチカルへ連れて行く。そこで戦争再開の為に役立ってもらうのだ」 そう告げるモースにティアは緩くかぶりをふると苦しげに眉根を寄せて、突きつけられる剣も恐れずに一歩踏み出した。 ずっと信じていた、今でも信じていたい敬愛していた人物。 人に齎される繁栄の為に、そうと信じて彼が動いていることには間違いない。 ただ、その方法をティアはもう認める事が出来ず、世界もまた違う流れを持ち始めている。 認めなければならない。 「大詠師モース。もうオールドラントはユリアの預言とは違う道を歩んでいます!」 「黙れ、ティア! 第七譜石を捜索することも忘れこやつらと馴れ合いおって! いいか、ユリアの預言通りルークが死に、戦争が始まれば、その後繁栄が訪れるのだ!」 違う、と言う前に。 「連れて行きなさい!」 ディストが腕を振って兵士たちに指示をだした。 |