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それ行け一般人? 41〜
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それ行け一般人?――41
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「話を続けましょう。これは、こう――続きます。 やがてそれがオールドラントの死滅を招くことになる」 「……続きを」 テオドーロはただ一言だけ、そう告げた。 「ND2019 キムラスカ・ランバルディアの陣営は ルグニカ平野を北上するだろう 軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は 玉座を最後の皇帝の血で汚し 高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。 この預言をもとにすでに、エンゲーブでの人民の避難も開始されているはずです。セントビナーが落ちるとは、盲点でしたが開戦を読まれていたのである程度の民間人の避難を早期から始めることが出来ました」 「それで、セントビナーには軍人が多かったんだな」 「ええ、そうです」 ガイの言葉に頷いてみせる。 「セントビナーが落ちたときも、本来であればディヴァイディングラインを越える前にセフィロトを復活させたかったのですが、パッセージリンクのある場所は巧妙に隠蔽されて居たために赴くことが出来ませんでした。ユリア式封咒の解咒には――過去はともかく今ならあてがあります。ユリアの名が示すとおり、その子孫なら解咒できるでしょう。ティアが旅の連れとなったのは幸運でした」 「私、が?」 「ええティア。正直な話し、ユリアの血筋はすでに滅びていると私たちは思っていました。まあ、解いたところで結局内部の操作などは不明ですが。それにヴァンがパッセージリンクに余計なことをしていないとも限りません」 生まれる以前に魔界に落ちてしまったためだろう。 おそらくファブレ邸に襲撃をかけた頃のティアは己の血の重大さを分っていなかった。 やすやすと自身とヴァンがユリアの末裔である事を語ってしまうほどだったのだ。 二千年にわたり血の拡散と消滅を防いできたと言うのに、だ。 「我々に預言を齎した人物はそれ以外にもさまざまな情報を齎し、我々はそれを吟味した上で行動してきました。ですが、その人物とて全知ではない。事実、ヴァンと言う存在を我々は把握し切れていませんでした。パッセージリンクも、全ての場所を把握する事はできていません」 等々と虚実を述べるジェイド。 この場に措いてはそれを真とさせるために。 「ND2020 要塞の町はうずたかく死体が積まれ死臭と疫病に包まれる ここで発生する病は新たな毒を生み人々はことごとく死に至るだろう これこそがマルクトの最後なり 以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが マルクトの病は勢いを増しやがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう」 ジェイドは一息に言い切った。 「なんて……こと」 ナタリアの呟きが響き渡るほど、その場は静寂だった。 「繁栄のあとの、衰退――か。……皮肉なもんだぜ」 「そう、ね。……でも、栄えたままではいられない事は歴史が証明しているわ」 ガイの言葉にティアが返す。 実質の訓練がユリアシティで行なわれていたとしても、士官候補生であったのなら史書の類は一通り読んだだろう。 そうでなかったとしても、二千年前の創世暦次代の技術が今に伝わっていない事からして答えは出ている。 繁栄を極めた国々も、今は滅び大地の上には国が二つ残るだけである。 「ユリアは、何故預言を残したのだと思いますか。そして、なぜこの第七譜石を隠したのだと」 その眼差しはテオドーロを見たままに、ここに居る全ての人間に対してジェイドは問いを投げ掛ける。 「――最後の預言は、こう締めくくられます。 かくしてオールドラントは障気によって破壊され塵と化すであろう これがオールドラントの最期である」 「ユリアは、何故この預言を残したのでしょうか」 同じ意味の問いを、再び彼は投げ掛けた。 ジェイドもかつてピオニーとルーアッシュを交えて討論したことが有る。 何故、と。 預言を詠み、譜石を残し、だがそれを隠したことこそユリアの懊悩ではないのかと。 二千年も先の未来を石に残しても、ユリア自身はその時代に措いてはすでに死者である。 現世に干渉することはできない。 ただ滅びの未来を知るだけである。 預言は誰に詠まれずとも根底に流れている物、であるという謂われもある。 もしそうであるのなら、預言は先を詠みつつも過去であるとも言える。 それが厳密に過去に属するのであるなら、過去は不変のもの。 人の手では決して変える事は出来ない事象である。 だが、それは起こる事象として知らされては居ても、その道をなぞるだろうとしても、まだ起こっては居ない事、なのだ。 ユリアはそれに希望を託したのではないかと。 最後の滅びの預言をあまり早く世間に晒しては、時期を失うかもしれない。 手の届かない未来の予言は、倦怠か混乱を呼ぶ程度の物にしかならないだろう。 そして忘れ去られてゆく。 ユリアは忘却を恐れて譜石を隠したのではないか。 ホド島で血によって譜石を守り、その内容を知るであろう子孫がそうと定めたときそれを世間に現し、回避するべく動いてほしい、と。 死を詠まれれば人はそれを回避しようとする。 それを防ぐために、死をも預言に従わせるために教団は死預言を秘匿する。 死を回避しようとする行動は正常な人間であれば誰もが行なうだろう。 それを世界規模にすることで自らの詠んだ滅びの預言が回避されることをユリアは望んだのではないか、と。 これはかなり好意的解釈である上にすでに当人は死者である。 もはやその真意は問えない。 もしそう願っていたのだとしても、結局は二千年の間にその願いも歪んでしまった。 ユリアの子孫はその預言を知り譜石を守りはしても、ユリアが願ったのかもしれない形でそれを世界に現すことは無かった。 そして譜石は地と血と共に魔界へ落ち、血を残して地に沈んだ。 だがなににせよ、知ることが無ければ回避することが、回避しようと行動することすら出来ないことは確かなことである。 「私たちはシュレーの丘へ向かいます。あなたには、あなた方には考えてもらいたい」 |
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それ行け一般人?――42
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第五フォニムによる幻視により隠されていたシュレーの丘のパッセージリング。 その幻視を解き、ジェイドたちは内部に侵入した。 彼等が知るのはアクゼリュスとここ、シュレーの丘のパッセージリンクのみだが、どちらも現世とは隔絶された、幻想のような雰囲気がある。 今には伝わらなかった譜業、譜術の集大成だ。 それはユリアシティとも多少似た雰囲気を感じさせる。 もっとも、ユリアシティのほうは生活があるその雰囲気が、随分と神秘を和らげていたが、それにしたところで地上の都市とは根本からして違う。初めておとなう者はその光景に息を呑むだろう。 目指すべきパッセージリングはすぐにたどり着いた。 だが、様子がおかしい。 解かれているはずのユリア式封咒がまだ掛かっているのだ。いや、再び掛けられたというべきなのかもしれないとジェイドは考える。 あるいは自分たちが知らない方法を用いて遠隔操作でも出来たのか。 だがアクゼリュスが崩落するまではアルバート式封咒によってセフィロトの遠隔操作は封じられていた。 ヴァンはセフィロトについて何処までを知っているのか。 ジェイドは頭を悩ませた。 ルーアッシュの語ることはどれも事象と結果であって理論が無い。 音素とは遠く離れて暮らしていたというから無理も無い話しだとは思うが、それがもどかしい。 話を聞き、推察するだけは推察してきたが実際に対面するとさらにさまざまな面で浮かび上がってくる不備。 だがそれでも何も知らないよりは、マシなのだ。 たったそれだけでも知ると知らないとでは思考の追いつく範囲が違ってくる。 ゆるりとジェイドは頭を振った。どちらにせよ厄介である事には変わりない。 ティアの中に流れ込むだろう汚染された第七音素を回収するための目処は立っているが、それにしたところで数は少ないほうがいい。 どれほどの負担になるのかはっきりしたことはいえないが、結果としてやはり数年は寿命を縮めることは否定できないだろう。 見つけた三つの譜陣をとりあえず解いてみれば、操作盤がティアに反応した。 同時にパッセージリンクの上空に現れる十のセフィロトを表す図形と赤い文字。 『警告』と書かれたそれを、ジェイドは険しい表情で読み上げた。 圧迫感すら感じるようなその文字は消え、残されるのはセフィロトを擬似的にあらわした図形のみ。 「さて、何を警告したのでしょうか」 「分かりません。でも確かに今、ユリア式封咒は解呪されています。とにかくこれで制御できますね」 天を見上げたまま呟いたジェイドにイオンは言った。 緩く首を振ってジェイドは本のような形をした操作盤に近寄る。 その内容に目を走らせて、溜息をついた。 「……グランツ謡将、やってくれましたね」 「どうしたんですか、大佐」 アニスも駆け寄って操作盤を覗きこんだ。 「あ、これパッセージリンクの説明っぽい」 「ええ。ですがセフィロトツリーが再生しないよう、弁が閉じられています」 「兄さん……」 「どういうことですの?」 理解を求めてナタリアが声を上げた。 「つまり、暗号によって操作出来ないようにされているということですね」 「暗号を解くことは出来ねぇのか?」 近づいてきて操作盤を覗き込むルークをジェイドは見た。 「私が第七音素を使えるなら解いてみせます。しかし……」 言葉を途切れさせるジェイド。 つくづく第七音外は嫌なかかわり方しか出来ないと考えた。 ヴァンではないが、第七音素など滅びてしまえと思わないでもない。 「……俺が超振動で、暗号とか弁とかを消したらどうだ? 超振動も第七音素だろ」 「暗号だけを消せるなら――何とかなるかもしれません」 ほぼ反射的にティアが声を上げたが、成功するにしても失敗するにしても、どちらにしてもここはルークの力を借りるしかないのだ。 例えオリジナルが居たとしても、この暗号を必ずしも解けるとは限らない。 貴族であるからアッシュはパッセージリンクの制御に使われている古イスパニア文字も使えるだろう。その点確かにルークより希望はあるが、暗号に強いかどうかは別の話だ。 そもそもルーアッシュなら事前にこの事態を知っていたのだからやろうと思えばアッシュを招くことも出来ないことではないはずだった。 それを示唆することが全く無かったということは自分たちだけで乗り切れるかそうじゃなくても乗り切れということだろう。 ルークがセフィロトを示す円を囲む赤いリングを超振動で消してゆく。 両手を掲げ、今までの訓練の全てを結果として出すべく慎重に事を成して行く。 やがてジェイドに示された赤い線を全て消し終わったとき、変化は起きた。 輝きを放つパッセージリング。そして下からはキラキラと輝く記憶粒子が舞い昇りはじめた。 成功か、失敗か。 誰もが目を瞠ってその様子を見つめていた。 「……起動したようです。セフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子が発生しました」 「それじゃあセントビナーはマントルに沈まないんですね!」 唯一の敬愛していた肉親の犯す罪を一つでも増やさずに済んだ事に声を弾ませるティア。 「……やった! やったぜ!!」 大声で叫ぶと全身で歓喜を表すルーク。後方に立っていたティアに駆け寄ると、飛びつくようにして抱きしめる。さすがに力加減はしているようで転ぶことは無かったが、いきなりの事にティアも驚愕した。だが、悪い気はしない。 「ティア、ありがとう!」 ティアの右手を両手で握り締めると感極まって何度も上下に振るルーク。 嬉しくないわけじゃない。だがルークのように素直に感情に表せないティア。 彼女の中では今人知れず鈍い痛みが襲ってきても居た。 「わ、私、何もしてないわ。パッセージリングを操作したのはあなたよ」 「そんなことねーよ。ティアがいなけりゃ起動しなかったじゃねぇか」 輝くような笑顔でルークは言う。握っていたティアの手を放すと彼は仲間たちにも顔を向け、感謝を告げた。 「それに、みんなも……! みんなが手伝ってくれたから。みんな……本当にありがとな!」 「……何だか、ルークじゃないみたいですわね」 小さく呟かれたナタリアの言葉を近くに居たガイが拾った。 「いいんじゃないの。こーゆー方が少しは可愛げがあるしね」 大きな犠牲はあった。 だがこれからが“ルーク”なのだろうとは、ナタリアも思っている。 フローリアンとイオンのことでレプリカとは似ているが違うモノだということを受け入れられたつもりでいた。 けれど、それはその二人が自分にとってアッシュやルークほど身近な存在では無かったからかもしれないとナタリアは思った。 もしここに、第三のルークレプリカが自分たちの敵として現れたら、自分たちはそれを倒すことが出来るだろうか。 いいえ、とナタリアは首を振る。 姿は、心を惑わすだろう。その時には迷うだろう自信がナタリアにはあった。 ルークだけではない。今まで出会ったどんな者たちのレプリカであろうとも、自分は迷うだろうと。 姿を引き継ぐというのはそういうことだ。 否が応でも違う個に対して自分たちの知っている方の面影を求めてしまうだろう。 七年間、それまで居たルークとは姿以外まるで変わってしまったといわれたルークにずっと、消えてしまったルークの面影を追い続けていたように。 あの行動が似ていた、あの時はああだった、今の行動は昔の彼のようだった。 『ルーク、早く思い出してくださいませ』 そういうしかなかった。そういい続けていた。 同じだと信じることで進んでいた。違うと感じて押し殺した。 ナタリアは決意する。 早く、認められなければならないだろう。 そうでなければ、アッシュのこともルークのことも、傷つける事になるだろう。 |
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それ行け一般人?――43
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喜んだのもつかの間、上空の図形を見上げていたアニスが声を張り上げた。 アニスの示すそれは、エンゲーブの崩落をも示唆する物だった。 「大佐。エンゲーブの避難を開始しているといっていましたが、それはもう終わっているのでしょうか」 「ここでははっきりとしたことはいえませんが、時間が足りません。おそらく完了しては居ないでしょう。キムラスカの目を憚って二万人もの人間を移動するのは難しい」 アルビオールがあれば良かったですが、と。 今はジェイドしか知らないことだが、おそらくいま地上に上ればすでに戦争が始まっているはずだ。 開戦してから二万人の人間を移動することは難しい。それを一人でも多く開戦前に移動出来た。だが、開戦までに避難の間に合わなかった人間はむしろ今、移動することが出来なくなっているだろう。 さすがにグランコクマも開戦してしまえば門戸を閉ざすしかない。 そうすればエンゲーブの人間は比較的安全に避難できる道程すらも失っていることになる。 国民の反キムラスカ感情を抑えるためにも最良の措置だったとは思う。 状況如何によってはエンゲーブの住民は移動しても結局脅威に当たられる事となるが、ルグニカ大陸の上に居ては確実に戦火に合うだろう。 防衛線であったセントビナーをマルクトは既に失っている。 それは逃げるよりも確実な死だ。 降伏すれば一般の人間は捕虜となるだけで済むならばまだしも、預言を現実にしようと躍起になってキムラスカを唆すモースの意思如何によってはマルクトの民は降伏しても助からない可能性もあった。 そしてなによりルグニカの地はケセドニアより確実に早く崩落を始めるだろう。 最終的にはケセドニアも魔界に下ろすことになるが、策も無く崩落するのとセフィロトの力を使って衝撃を殺しながら落ちてゆくのとでは一般の人間の間では広く差が出るだろう。 それに何より覆らない死は長い禍根を残す。 「まずは外殻大地に上ってみましょう。話はそれからです」 「どうして……! どうして戦いが始まっているのです!?」 ナタリアの叫びがアルビオールの中に響いた。 声こそあげない物の表情を厳しくし、拳を握り締めるものも居る。 キムラスカの赤と、マルクトの青。両軍の旗を掲げた兵士達がルグニカの大地を埋め尽くす。 剣で打ち合う者達がいる。肩に担いだ譜業兵器から炎を打ち出す者が居る。キムラスカの陸艦は譜業砲を放ち、マルクトの陸艦は甲板に並んだ譜術師たちが譜術を放つ。 共に開戦以前にはシェリダンで作られたのだろうよく似たデザインの陸艦同士がついには互いのわき腹を目指して体当たりをする。 舳先に貫かれた陸艦が炎を上げた。 仲間たちの視線が窓の外に広がる平野に釘付けになるなか、一歩後ろでジェイドは僅かに顔をうつむけた。 「いけませんね。このままでは両軍が全滅しますよ」 「あ、そうか。ここにの下にはもうセフィロトツリーがないから……」 ジェイドの言葉に戦場と言うある種違う世界からアニスの意識がここへ戻ってくる。 アクゼリュスの墜落の時に彼等が助かったのはティアの譜歌の加護があったからだった。 だがそれで大地全体を覆うわけにはいかない。 このまま大地が崩落すれば、両軍共に大方の人間が墜落死するだろう。 戦場の優劣などそこには関係が無かった。 文字通りの死体の山が積まれるだけである。 「これが……ヴァンの狙いですか」 「どういうことだ?」 ジェイドの言葉にルークがまなざしを向ける。 だがそれに答えたのはジェイドではなくティアだった。 「兄は外殻の人間を消滅させようとしていたわ。預言でルグニカ平野での戦争を知っていた兄なら……」 「シュレーの丘のツリーを無くし戦場を両軍共々を崩落させる……。嫌な言い方ですが、確かに効率のいい殺し方です」 幾千、幾万の人間が集う大地を消滅させてしまおうと言うのだ。 「冗談じゃねぇっ! どんな理由があるのか知らねぇけど、師匠のやってることはむちゃくちゃだ!」 「戦場がここなら、キムラスカの本陣はカイツールですわね。わたくしが本陣へ行って、停戦させます!」 叫ぶルークに続いてナタリアも頑健な意思をこめた眼差しをあげた。 それを見る赤い瞳。 ジェイドはすぅ、と息を吸った。 「おやめなさい。無駄です」 と。 「どういうことですの、ジェイド」 睨み付けてくるナタリアに、ジェイドはあくまで冷静な眼差しを返す。 「キムラスカはおそらく……あなたの、あなた達の言うことを聞きはしません」 「それは、わたくしたちが死んだと思っているからですわ!」 「それだけではないんです、ナタリア。……非常に言いづらいことですが、おそらく今頃、貴女の出生に疑惑が持ち上がっているでしょう。首都、バチカルで」 ナタリアの目が驚愕に見開かれた。 「なん、ですって……!?」 「おいおい、何の冗談だよジェイド」 「そうだぞ、バカ言うなって!! ナタリアが……っ、んな訳ねーだろ!! レプリカの俺じゃあるまいし」 ジェイドは一度目を閉じて眼鏡のつるに指を当てる。 再び目を開くと、言った。 「タルタロスから人員を避難させた。ライガクイーンとの確執を阻止した。これらの事はナタリアは直接は知らないでしょう。ですが、彼女はアッシュが教団に居る事を知っていました。ルークがレプリカである事を知っていました。アクゼリュスの崩落を知り早期の避難を開始させた。間に合わなかったようですが、エンゲーブの避難も開始させた。教団によって秘められてきた惑星預言と失われたはずの第七譜石の預言を我々に明かしました」 まさか、とナタリアの唇が呟く。 「スミレの蝋印を、あなたもご存知でしょう。……彼女は全てを語りませんでした。私たちから判断を奪うのは預言の妄信とも等しいと。ですが、彼女はこれからの預言の全てを知っているのでしょう」 「なんなんだよ……なんなんだよ預言って!!」 「モースがキムラスカとマルクトとの戦争を続けさせるために既に動いているでしょう」 「預言、ってことは、モースはそれを知っていたのか?」 尋ねたガイにジェイドは頷く。 「そうでしょう。モース、いえ教団はナタリアの血の真実について知っていて、今更持ち出したんですよ。預言に従うために17年前には秘め、真の親子の絆を裂き、今また育まれた新しい親子の仲を裂こうとしている」 「そんなの、ゆるせぇねぇ」 許されて、しかるべきではない。 「まだ噂のレベルでしょう。真実の証明はされていないはずです」 「それでもお父様は、わたくしの言葉を聞かないだろうと、おっしゃいますのね。……それほどまでに、その噂は……」 「ナタリア。あなたがご自分の容姿にコンプレックスを抱いていたように、あなたのお父様も幾度もあなたの血筋を疑い、そのたびにその思いを打ち消して親子としてやってきたのでしょう」 父にも母にも似ない、ナタリアの自分の容姿に対する劣等感。 それは多少事情を知るものなら容易く想像できるものだろう。 子がそれを感じていたのなら、親だってそれを感じていたはずだ。 ナタリアは息を呑んだ。 「我々が今すべき事はなんですか、ルーク」 「そりゃ、停戦だろ」 「ではそのために必要なのは?」 「叔父上を説得する事……?」 「ですがそれは難しい。ならば?」 |
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それ行け一般人?――44
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戦場の降下を提案したジェイドの案は、結局若者たちの熱意によって退けられることとなった。 自分の言葉が受け入れられないかもしれない。 今でさえ、父と慕ってきた相手と血が繋がっていないかもしれないと聞かされてショックを受けているのに、そこへ行くことでまだ噂の段階であろうそれが事実として提示されてしまうかも知れない。 その可能性を承知でそれでも説得に赴くと言うナタリア。 一度は目を伏せたナタリアが再び顔を上げたとき、そこには血のつながりは無くとも王女として生きてきた歳月が、偽りではないと示す意思があった。 王の実子ではなくとも、彼女はキムラスカの子であった。 王が。貴族院が。そしてキムラスカが反戦を唱えないのならば、自分ひとりでも声を上げねばならないと。 キムラスカの預言に対する姿勢を、自分から見せる――と。 そうでなければ、アッシュにも、今まで自分を育んでくれたキムラスカにも、民にも、つながりは無くとも今でも慕う父祖にも、合わせる顔が無い、と。 戦場と言うのは少なからず理性を消失させる。 正常な判断もだ。 押し迫られた窮地、と言うのもまた似たようなものである。 なかなか曖昧であやふやな表現ばかりしていたが、うまくいったものである。 結局はエンゲーブとカイツールとグループを分けたが、まあ上出来だろうとジェイドは思った。 あの王女様の気質なら、ある程度この選択は予測できた事でもあったし、そう言ってもらわねばと言うところでもある。 そうでなければ。 王家の血を継がぬともキムラスカの代表である、やがて代表となるその意思を持ってもらわねば戦争の即時停止自体は成功するかもしれないが、先のことを見据えれば弱い。 預言とそれの齎すさまざまな事柄について思考し、一つずつ自分で答えを出して行くと言う過程こそが、預言から離れるためには必要なのだろう。 ナタリアにとってこれが確固たる意思を持って、他人や世界に対する預言ではなく、自分自身に対する預言に立ち向かう一歩となるだろう。 それにしても、とエンゲーブに向かうアルビオールの中でジェイドは思った。 少しずつ、表舞台に上がる事を頑なに拒むルーアッシュを表舞台に上げざるを得ない、上がらざるを得ない状況が出来上がりつつあるな、と。 事実、ジェイドがルーアッシュにとって余計な事をこうも言いさえしなければ、彼女はもっとうまく謎のスミレの蝋印の手紙の人、で終われただろう。 彼女の望むように。 だがそれで終わるのはジェイドが許さなかった。 自分を、ピオニーを、そしてマルクトを自分の老後の安心安全安泰などと言う3Aのためにここまで扱き使ったのだ。 初めは侮っていたが、望む形ではない先を知る、と言うのは結構な心労であった。 人の情など解さないとよく言われる彼にとってもだ。 ジェイドは自分の執着の少なさを知っていた。 今もそうなのか、かつてとは変わったのか、それは分からない。 ただその執着を全て失ったなら、この地上に自分を縛りつけておくものはなくなるのだろうと思っていた。 人の命は大切だ、などとよくこの口が言ったものだとよく自嘲する。 人間に興味など無かった。 ネビリム先生が死ぬ以前に人をフォミクリーの対象にしなかったのは、自分がある種執着する対象がそれを咎めるだろうことが目に見えていたからだった。 いまでもそれは変わらない。 大切なのは人間ではない。 人間と言う何かの集団のために世界を残そうとしているわけではなかった。 自分が執着するごく少数のための世界。 そのためにしか自分は世界を望めない。 ジェイドはそういう己を知っていた。 アルビオールでエンゲーブに降り立ったのは二人だった。 ガイとジェイドである。 六人いるのだから三・三で分けても良かったのだが、エンゲーブのほうはそう多く人手が必要とは思わなかったからだ。 それに、それぞれには役目がある。 ナタリアはもちろん向こうのグループであるし、キムラスカはインゴベルドに対してはともかくクリムゾンに対してならばルークが行く事でも多少の揺さぶりとなるだろう。 ルークとティアはワンセットだ。 アニスはモースに対するめくらましだった。 モースはまだアニスが二重スパイとなったことを知らないはずだ。そうであるなら、ルークたちがどう行動し、何処へ行こうともアニスを通じて筒抜けであると考えているだろう。 それは大きな隙となるはずだった。 ちなみに導師イオンはアルビオールに乗りっぱなしである。 安全のためにもおそらくそれが確実だろう。彼は戦う術は持っているが、戦闘員に数えるには命に関わるほど体力が無さ過ぎた。 それにエンゲーブには、以前タルタロスから逃がした乗員もいるはずだ。 それで何とかなるだろう、と。 エンゲーブの住人は残り五千に満たない程度だった。 あわただしいせいか正確な把握は出来ていないようだが、それより少ないことは確実だった。 村の代表としてのローズ婦人、歩いての避難が難しかった老人と病人そして順番を遅らせたために逃げ遅れた住人達だ。 何の下準備も無いままでこの事態に当たった場合を想定した見積もりと比べれば単純に計算して四分の一の人口である。 ケセドニアへの退避もかなりスピーディに、かつ被害を抑えて行なえるだろう。 病人と老人、体力の無い女、子供をアルビオールで運べば後に残るのは農作業によって体力のある男たちが大半である。 エンゲーブに駐在している兵士とタルタロスから下った兵士とが揃えば、そこそこ不測の事態にも耐えられる。 タルタロスにいた兵士には、ティアほどの才はなくても第七音素術師も存在していた。 限界まで人を乗せて空を飛ぶアルビオールを見上げて誰にとも無くガイは言った。 「こりゃ予想していたより早く終わりそうだな」 「ええ、そうですね。ローズ婦人の手腕もなかなかのものです。慌ただしくはなっていますが、さしたる混乱も無い」 期待していなかった答えが返ってきて、ガイはアルビオールから視線をジェイドに落とした。 「……? どうしましたか、ガイ」 「いや、なんでもないんだが」 ジェイドの顔をじっと見つめていたかと思うと、ははっと笑う。 ジェイドも取り合わずに肩をすくめた。 「あなたは良かったんですか? お姫様とお坊ちゃまのお守りに行かなくて」 「さすがにあれ以上じゃ大所帯過ぎるだろう。……それに、俺の場合出自がばれていたら、まずそうだしな」 「……思慮深い、と言うよりは臆病ですかね」 「好きに言ってくれ」 「ああ、でも卓上旅行が趣味であるなら分かりますか」 なんでだ? とガイは首をかしげる。 「臆病で、現実世界が怖くて地図の上から出たくないのでしょう。地図の上にいる間なら、好きなように自分に優しいことだけを想像していられますから」 ガイにとってそれは過去自分の復讐を否定する人の居ない世界だっただろう。 地図と比喩された箱庭で生きていた時間。 ジェイドらしからぬ盛大な皮肉にガイは苦く笑うしかなかった。 「さあ、いきますよガイ。今日一日はあなたがこの行進のペースメーカーです」 「人使いが荒いなぁ、まったく」 「マルクトへ来たらもっと扱き使ってあげますから覚悟して置いてください」 やれやれ、とガイは肩をすくめる。 その背を見ながらジェイドは眼鏡を押し上げ、内心で『しまった』と声を上げていた。 停戦の重要人物、アルマンダイン伯爵がケセドニアに赴いているだろうことを伝え損ねた、と。 |
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それ行け一般人?――45
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言葉は無力ではなかったが、剣とも盾ともならなかった。 ルークの言葉でもナタリアの言葉でも国境は開かなかった。 大詠師という位に上り詰めたモース、ただ一人の言葉に二人の意思は勝てなかった。 明暗を分けたのは言葉の持つ意志の力ではなく互いの立場だった。 血を継がぬ偽りの姫と、自ら大罪人と名乗り上げた男。 対するは世界のほぼ全ての人々が敬うローレライ教団と言う組織の中にあってその二番目にまで上り詰めた男。 勝負は初めから付いていたような物だった。 モースの口から改めて真実が放たれてもナタリアは気丈にもなお強く意思を乗せ言葉を放ったが、今この場では敵う事も無かった。 だが、それでも無ではない。 多くの人々が今のナタリアを見ていた。 キムラスカの兵が、ケセドニアの商人が、大人が、子供が、老人が。 ナタリアの放つ意思を見ていた。 燃え立つようなその意思を見ていた。 ずっと、見ていた。 その意思の焔は人々の中に光を与える。 イオンはモースと共に行ってしまったがダアトにもそれなりに潜入している人間はいるので大丈夫だろう。 それに、ディストの部下とアッシュの部下も使える者もそこそこいる。 阻止しようかと言う話も過去に上がったが、モースやヴァンの野望を阻止しつつ完璧に押さえるようなことにはしないことでまだ挽回の余地がある、と相手に思わせ続ける事がポイントだ。 微妙なバランスを取ることが難しい。 その点で言うならこの時点でイオンが向こう側へ渡る事でヴァンやモースがどのように行動するかはある程度ルーアッシュの言に寄れば立証されている。 モースはこちらの力を削いだと思うだろうし、ヴァンもジェイドたちからイオンを連れ離すより教団本部から連れ出すほうが容易いことと思うだろう。 ジェイドとしては避け得た事ではあったが漆黒の翼とはわざとひと悶着を起こしてからアスターの屋敷に赴いた。 漆黒の翼の視点は常に弱者のものである。 これから何かを変えていこうとする者たちであるのなら触れて知って損はない。 暴君になろうとするのではなく、より民に近い統治者となろうとするのなら、同じ場所には立てなくても、同じ経験が無くても、ならなおの事知ることでしか寄り添えないだろう。 生まれはナタリアが寄り添おうとするものと同じか近いものであるが、育ちが彼女をそこから引き離した。 その歳月は彼女と言う人格を形成する大きな時間の殆どであり、今更取り戻せるものでもない。 ましてや知る必要はあっても、同じになるわけにはいかない。 アスターの屋敷で彼の部下からルグニカにおける戦局の報告を耳にする。 それとケセドニアの付近が地盤沈下していること――つまりは崩落し始めているのだという事を。 彼らは崩落を止められはせずとも崩壊を止めるべくザオ遺跡に向かうことに決めた。 そして町を出ようとしたところで頭を抑えたルークが足を止める。 ――……おい、聞こえるか。レプリカ! ……ルーク。 レプリカ、と声高に呼びつけてからルークといいなおす不器用な声を。 これに頭痛さえ伴わなかったならルークはもう少しいい感情でアッシュの声を聞けただろう。 頭痛と共に齎されたアッシュの言葉は、砂漠のオアシスにやって来い、と彼らに対して告げてきた。 そして中継点として立ち寄ったオアシスで、赤い髪の背中を見つける。 「アッシュ……?」 泉の辺に立つその後姿を真っ先に見つけたルークが呆けたようにその名を呼んだ。 その声が聞こえたのかアッシュはゆっくりと彼らのほうに振り返る。 「……ルークか」 「何の用だよ」 「エンゲーブが崩落を始めた。戦場の崩落も近いだろう」 その言葉にハッと息を飲む音がする。 「このままでは戦場にいる全員が死んでしまいますわ!」 「お前たちはそれを止めるんだろう?」 「なぜ、知っておりますの?」 「ここからケセドニアは目と鼻の先だ」 とアッシュは曖昧に誤魔化す。 「戦場もここと同じ方法で降下させる事ができるだろう」 「本当か! アッシュ!」 「でも、シュレーの丘のパッセージリンクまで間に合うかしら」 ティアは不安そうに表情を曇らせる。 「ヴァンが言っていた」 とアッシュは前置きした。 「ザオ遺跡のパッセージリングを起動させれば、既に起動しているシュレーの丘のリングを動かせる。セフィロトは星の内部で繋がっているからな。当然、パッセージリング同士も繋がっている。リングは普段、休眠しているが、起動さえさせれば、遠くのリングから別のリングを操作できる」 「間に合うのか!」 「おまえたちがザオ遺跡のパッセージリンクの操作に成功したならな」 一度目を瞑り首を振ったアッシュは目を開けると言った。 「用件はそれだけだ」 「アッシュ! どこへ行くのですか」 「アッシュは一緒に来てくれないのか!」 立ち去ろうとしたところを二つの声に呼び止められてアッシュは足を止めた。 「これくらいの事ならお前でもできるだろう?」 とルークを見る顔には挑発的な笑みが浮かんでいた。 「や、やれるさもちろん!」 鼻息も荒くルークは請け負う。 だが直ぐに声の調子を落として再び尋ねた。 「なら、アッシュはどうするんだ?」 「ヴァンの動向を調べる」 ルーアッシュと繋がりを持ち多くのことを知らされている彼らであるが、ルーアッシュの視点そのものがルーク達の行動の軌跡をなぞる物であるが故に、今も何処かで暗躍しているだろうことは確実なヴァンたちの行動が掴みきれなかった。 シンクやアリエッタを通して流れてくる情報もあるが、ヴァンは多くを手足として利用しながら誰のことも信じていない。 「お前たちがこの大陸を上手く降ろせなければ、俺もここでくたばるんだがな」 調べても意味がなくなると口調に皮肉を籠めたように言うアッシュにずい、とナタリアが身を乗り出す。 痛いほどの真剣さが窺える表情でナタリアは小指を差し出した。 「約束しますわ。ちゃんと降ろすって! 誓いますわ」 「指切りでもするのか? 馬鹿馬鹿しいな」 横目でナタリアの差し出した指を見やり、アッシュは目を伏せる。 「アッシュ!」 「世界に絶対なんてないんだ。だから俺はあの時……」 思い出されるのは果たされなかった約束の数々だった。 果たされない約束に意味は無い。 そう思い立ち去ろうとしたアッシュの脳裏にひらめく記憶があった。 「いや……」 と、自分の先ほどの発言の手前少し言いにくそうにしながらもアッシュは続ける。 「指切りなどしなくても約束はできるだろう」 「アッシュ……!」 こんどこそオアシスから立ち去るアッシュに数々の約束が思い出された。 出会ってからアッシュが気を許すまで些細な約束も懸命に守ってみせたあの男。 互いにある程度気の置けない間柄になってからもいつの間にか交わしていた指きりを伴わない多くの約束は、果たしたり果たされなかったりしながらも幾つも彼の前に積み重ねられていた。 果たされない約束があることも今なら分る。 それでも約束をすることの意味も、今なら知るような気がした。 ナタリアに指きりを、と小指を差し出されることで、昔の自分に戻りすぎていたようだとルークたちに背を向けたアッシュは一人微笑を浮かべていた。 |