それ行け一般人? 36〜40

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それ行け一般人?――36



「これは――」
「陛下のご友人とやらは、何でもよくご存知らしい。姉上の最後なんて、俺ですら知らない――いや、覚えてないのに」

 だから、だからこの言葉を聴いてしまったのかもしれない。
 自分の知らない――薄情にもおぼえてすら居ない姉の最後の願い。
 自分自身は知らない願いだが、自分を、姉を知る人間の言葉かもしれないと思うと信じてみたかった。
 そして何より、

「まあ、いい加減そろそろ決着を付けろってことなんだろうさ」

 絶句するルークたちに向かって、ガイは取り分けて明るくそう言った。

「そこにもあるとおり、言うぞ、ルーク。俺の意思を」

 今は唯一のガルディオスの意志を。

「ちゃんと聞けよ。聞き逃すなよ」
「ああ」

 ごくり、とルークの喉が鳴る。

「俺は、復讐をやめる」
「ほん……とか? ガイ」
「ああ。復讐はやめる。旅についていくためだけにそう言っているんじゃない」
「でも、でも俺……、レプリカでもファブレ家の」
「まあわだかまりが無いって言ったら嘘になるがな。お前は俺が付いていくのは嫌か?」
「そんなこと無い! 絶対無い!!」

 ルークは叫んだ。
 それに嬉しそうにガイは笑う。

「じゃあ、もう少し一緒に旅をさせてもらえないか。……まだ、確認したいことがあるんだ」

 懇願の響きを感じた。
 それが、なんなのか。
 ルークが復讐の対象だったとして、果たして復讐するべきは彼だけだろうか。
 自分にはオリジナルも居る。
 そして復讐の手段をファブレ公爵に悲しみを与える事からファブレ公爵自身の命へと切り替えるなら?

「……分かった。ガイを信じる」

 不測の事態が起こってからでは遅いのだと、学んできたはずだった。
 それでもその言葉はするりと口に出た。
 言ってしまってから何かが変だといいなおす。
 信じるんじゃない。それだけじゃない。
 混乱の末に出てきた言葉は言いたいことにより近かったが、それだけじゃないような気もしていた。

「いや……ガイ、信じてくれ……かな」

 それでも、今はそれしかなかった。
 仇の息子に仕える日々は、どれほど屈辱だっただろうか。

「安心しろよ。俺はアッシュの命も、ファブレ公爵の命も狙わない」
「ガイ……」

 うつむいたルークに、ガイは話しかける。

「まだ結果が出たわけじゃないが、この調子だと賭けは俺の勝ちらしいからな」
「賭け?」
「気にするなって」

 そう言って朗らかに笑う。

「なあ、ジェイドの旦那」
「なんです?」
「それで、俺の旅への同行は許可されたのかい?」
「さあ」
「さあ?」

 言葉を濁すジェイドにガイが声を上げる。

「おいおいおい。さあ、じゃ困るんだがな」
「まあもうすぐ来るんじゃないですか?」

 言って部屋の扉に向かって歩を進めるジェイド。
 ノブに手をかける直前にノックが響き渡る。

「おや、早速来たようですね」

 出入り口付近でやって来たマルクトの軍服を着た人間と二言三言言葉を交わし、帰って来る。

「……本当に何処かで聞いていたのか?」
「そうかもしれませんね。さて、ガイ。結果です」

 もったいぶってジェイドは手に持った紙を開いた。
 さっとそれに目を通し、くだらない、とばかりに息をつくとそれをガイに差し出した。

「マル?」

 受け取るまでも無く内容が目に入ったガイがそれを読む。
 読む、と言うほどのことも無い。
 スミレの印鑑こそ押されているが、それはただ本当に円が書かれただけの紙だった。

「ええ、マルです。全くふざけている。一応、大丈夫と言うことなのでしょう」
「はっ……はは」
「どうしました、ガイ。とうとう気でも狂いましたか?」
「いや、そんなわけじゃないんだが」

 此方も言葉時理を濁すガイ。

「なあ。この手紙を書いた陛下のご友人とやらはどこに居るんだ?」
「さあ」
「さあ?」

 言葉を濁すジェイドにガイが声を上げる。

「どういうことだ? 住んでる場所も分らないのか?」
「あるいは、もう会っているのかもしれませんよ?」
「もう、会ってる?」
「陛下のご友人と言うことは陛下の同類と言うことです。変人か、あるいは変態です。あの人の考えることなんてわかりませんよ」

 その話題はもうおしまいだ、と肩をすくめて背を向けるジェイドを、ガイは少しの間見ていた。

「……会ってみたいな」
「時来たればいずれ、らしいですよ。私から言える事があるとするなら、彼女はとてもあなたのことを心配していました。復習に心をやつしたままあなたが生きる事を」
「そう、か」
「ちなみにガルディオス家の遺産はマルクトの国庫に保管されています。ガルディオス家を再興させようと思えば、出来なくも無いですので覚えて置いてください」
「ああ。ありがとな、ジェイド」
「いいえ」

 それにしても以前にもましてさらりさらりと嘘がつけるようになったものだと――ジェイドは苦笑した。

「さあ、そろそろセントビナーに行きましょう。まずはマクガヴェン元元帥に助力を願うのが最良だと思います」











それ行け一般人?――37



 全く以ってつまらない。
 とディストは唇を曲げる。

 せっかく会心の作のカイザーディストが作れたのに、お披露目も出来ないなんて。
 何もかも崩れ始めた大地が悪いと人目を憚って悪態をついた。




 私の役目はジェイドたちが自然に飛空挺を手に入れようとするように、避難の邪魔をすることだった。
 つまりは崩落への時間稼ぎですね。
 マクガヴェン元元帥には話を通してあるし、そのために基本的に住民の避難は開始されている。
 まあ、アクゼリュスのような町とは違い、ここの人口は多いですからね。
 いくら早期に避難をはじめたとは言っても、まだまだ逃げ遅れている人間はいます。
 受け入れ先のほうにだってそこそこ準備は要りますからね。

 その上で、飛空挺を入手する前に彼等が危機に陥ったなら、カイザーディストを使って救助するようにとジェイドに指示されて私はここにいました。
 セントビナーの人間の避難を邪魔する事で目的を果たし、導師を渡せと叫ぶことで活動の言い訳にもなる。
 一応はヴァンへの目晦ましにもなりますし、飛行譜業も入手できて一石二鳥。
 そもそもこのタイミングで赴かなければ貴重なパイロットの命が失われるという。

 人間の命なんて戦時下にあればぽこぽこ失われるものですが、それが希少な古代遺産のパイロットともなれば価値が違ってきます。
 私自身もその飛行機関に興味があり、その構造に詳しいだろうパイロットとはいずれ機会があれば語りたいと思っていました。

 貴重なパイロットの命も助けられ、ジェイドの言う事も聞けて、そして大本命はカイザーディストのお披露目が出来る!!
 その強さと出来栄えをジェイドに見せ付けて、良く出来てるなサフィールって言ってもらうはずだったのに。
 はずだったというのに!

「ハーッハッハッハッ。ようやく見つけましたよ、ジェイド! さあ、導師イオンを渡しなさい!」

 と叫んで出て行ったかと思えばその瞬間に地面は断裂し、セントビナーの人々は取り残された。
 といってもほとんどは軍人だが。
 私の可愛いカイザーディストRXのすばらしい機能を披露する前にええ。セントビナー側に転がり落ちましたよ。
 まあ、今の現状ならカイザーディストRXの力を以ってすれば登る事くらいわけない話です。

 カイザーディストを倉庫に隠し、お茶で歓待を受けるこの状況。
 何か間違っているような気がしますよ。

「全く以ってつ・ま・ら・な・い!!」

 揺れる地面なんてものともしない、浮遊する椅子の上で私は悪態を付いた。

 出鼻をくじかれると本当にすっきりしない。
 とにかく、私のこのすばらしい天才的頭脳による計算では彼等が飛行艇を手に入れて帰ってくるまでセントビナーは持つだろう。
 デヴァイディングラインは意外と丈夫だ。

 いざそのときが来たなら、可能な限りは頑張りますよ?
 ですが私にはセントビナーの人々と心中する理由はありません。
 ジェイドの言葉ですが、本当に危ないときにはさっさと逃げ出させてもらいますよ。

 ですがまあ……ジェイドの部下はなかなか優秀なようですねぇ。
 誰か他人とこんなにもジェイドの事を話すのは本当に久しぶりですよ。









 開戦必死のこの状況で、マルクト船籍の船でキムラスカ領、それも重要な戦力である陸艦を製造するシェリダンに乗り付けるということそもそもが間違いとも言えるが、乗り込めたものは幸いだ。
 おまけに街中には戦争に取られて兵士もないという。

 戦争の結果をモースによって教えられたキムラスカには、シェリダンやベルケントが奇襲される、と言う意識はないに等しいのだろう。
 預言のとおり、預言に詠まれたように、ルグニカ平野を北上しマルクトを落とす戦法を取るのだろうが、海への警戒が低い。
 その分の戦力もルグニカに割くつもりなのだろうか。

 タルタロスでシェリダン港に乗りつけた時点で今更とも言えるが、ジェイドは一応ここでも私服に着替えていた。
 グランコクマに立ち寄った際に再び積み込まれていたコスプレ衣装を再び丹念に灰と為す。
 一番まともそうな物でバトルマスターとはどういったことだろうかと彼は頭を抱えた。

「イオン様は最終兵器なの!」

 とアニスが息巻いたり、到着早々ガイがガイが遊園地に赴いた子供か恐竜博物館に行ったときの男の子のようにはしゃいだりと、緊急事態でありながら騒々しい道中ではあった、とにかくたどり着いたものはたどり着いたのである。
 まあ、ガイがはしゃぐのも多少は無理からぬ事。
 ルークとて、彼ほどの音機関狂ではないが、この見るからに仕掛けの沢山ありそうな町の様子には心が擽られるものがある。

 寄り集まって望遠鏡を覗き込み、喧々囂々と議論にもならない議論を交わす老人達。
 メジオラ高原に墜落した飛行機体。
 その機関部と、その操縦者の救助に赴くのにも、今は力である兵士が居らず、自分たちで何とかせねばならない。
 だが、メジオラ高原の魔物は凶暴である。
 自分たちでは力及ばず二次災害となる可能性が高いと表情を暗くするそのとき、ルークが叫んだ。

「だったら俺が行くっ!」

 考えて口にした言葉ではないだろう。
 勢いの代物。
 だがその願いは本物だ。

「よく言いましたわ、ルーク! それでこそ王家の蒼き血が流れる者ですわ!」

 誇らしげに告げるナタリアに、ルークは戸惑いを見せた。

「……べ、別に王家とかそんなん関係ねーって!」
「……え?」
「ただ俺は……できることをやらなきゃって……。大体人を助けるのによ、王家とか貴族とか、そんなん……どうでもいいかな……とか」

 ナタリアは戸惑う。
 王家の青い血。
 それは王家の色を持たずともせめてその血に相応しくあろうとしたナタリアの無自覚のコンプレックスだった。
 今まで追い掛けているつもりで縋ってきた王家を、極端に言うならば否定される発言にナタリアの心は追いつかなかった。

 かつての婚約者でありながら、その内面はまだまだ自分には追いつかない、と、そう思っていた人間が、気が付けばかつて自分が唱えた理想の上を行く。
 言葉だけではなく、行動を伴って。

 彼女が戸惑う間にもその外側の世界で話しは纏められて行く。

 一悶着ありはしたが、導師の威光によって浮遊機関を確保してきたなら二号機を貸し出すとの約束を取り付けることに成功した。
 かわりといってはなんであるが、足りない部品の元としてタルタロスを差し出すことになる。
 これでタルタロスに残るのは丈夫な外側――殻だけとなるだろう。
 許可を得たならもはや憂う事無く嬉々として殻にするだろう。
 利潤よりも心のままに動く職人の、彼らは典型とも言えた。











それ行け一般人?――38



 荒涼とした景色に乾いた風の吹くメジオラ高原を、彼らは預かったランチャーを抱え二手に分かれて進んでゆく。
 アルビオールが落ちる前に、というなんともはっきりしない時間制限がある。
 気がはやるのを抑えきれないルーク。

 ルーク隊のメンバーはルークとティア、としてジェイド。
 別働隊のメンバーはガイにナタリアにアニスとなる。

 アニスとルークが同じ隊にならないように、ジェイドは密かに誘導した。
 彼女が言うには、ルークのルートには強力な魔物が現れるという話だったからだ。
 アニスを別働隊に入れておけば、自動的にイオンも別働隊と共に行動することになる。
 接近戦のルーク、遠隔攻撃のジェイド、そして回復のティア。
 三人編成では意味理想的なバランスだろう。

 互いが互いに安否を気遣い声を掛け合って分かれる。
 自然と駆け足になって、彼らはメジオラ高原の奥へと進んで行った。




「助けてくださってありがとうございます!」

 転落を免れたアルビオールから出てきた青年はまず真っ先にそういった。
 柔和で人懐こい笑みを浮かべる彼の髪は銀色。
 名の由来だとしたらものすごく明瞭な由来であるし、そうでなかったとしてもおそらくはまず真っ先に名の由来かと思われるだろう。

 怪我は無いか、と尋ねれば、おかげさまでと返って来る。
 多少の負傷は有るだろう。だが行動するに当たり支障の出るような負傷は無いようだった。
 ルークは安堵の息をつく。
 墜落時の衝撃はかなりの物だったと思われるが、幸運だったのかそれともそれすら含めてアルビオールの性能だと誇るだろうか。

 とにかく時間が惜しいとばかりに彼らはメジオラ高原をでてシェリダンへと向かう。
 セントビナーが落ちたときにはおそらくはその衝撃により分るだろう。
 そのときが一体何時来るのかと、彼らの心は穏やかではない。




「ありがとうございました! おいらは先に浮遊機関を届けてきます!」

 町の入り口でそういうと、浮遊機関を持って町の中へと駆けて行くギンジ。
 その背を見送り、ルークはポツリと呟いた。

「まに……あうかな」
「間に合ってもらわなければ困りますが。いざ稼動したなら、タルタロスなど比べ物にならない機動力が手に入ります。間に合う事を祈るしか、無いでしょう」
「そうね……」
「待つ時間がもどかしいですわ」
「そうだな」

 口々に不安を吐き出す。

「タルタロスも走行不能になりましたし、おそらく後は浮遊機関を取り付けるだけでしょう。ですが、多少時間がありますね」
「もどかしいな」
「ルーク」
「なんだよジェイド」
「ティアと共に譜術の訓練をしてきたらどうですか?」
「今か!」
「利用できる時間は利用しないと、これからますます忙しくなりますよ?」
「……そうだけどよ」

 ルークはあまり乗り気ではないようにチラチラとティアを見る。

「ルーク……。私に教わるのは嫌なの?」
「ち、ちげーよ!」
「なら」
「分ったよ。……ティア、頼む」
「ええ」

 にこにこと笑うイオンの隣で、アニスがけっ、とばかりに歪んだ顔で肩をすくめた。




 皆に見守られながら行う事となった訓練はごく短い時間の物だった。
 それでも、ルークは何かがつかめたような気がすると言う。
 それがルークの才なのか、とジェイドは思い緩く首を振った。
 違う、と。
 おそらくは経験だろう。
 自らの意思ではなくても、彼の中には第七音素を集約し使用した経験がある。
 過去二度にわたって。
 それは無意識でもルークに第七音素の存在をつかませるきっかけとなるだろう。

「さて、そろそろ船渠へ行ってみましょうか」
「そうだな」

 頷いて町の奥のほうへと体を向ける。
 そのときだった。
 ばらばらといくつかの足音が掛けてくる音が聞こえた。
 それに伴うようにガチャガチャと金属のこすれあう音も聞こえる。
 まるで鎧のこすれあう音――そう思って振り向いた彼らの目に、キムラスカの赤い色が映りこんだ。

「お前たちか! マルクト船籍の陸艦で海を渡って来た非常識な奴らは!」

 遅ればせながらやってきたのはキムラスカの兵士達だった。
 海上に対してろくな警戒がされていなかったとはいえ、監視くらいはしていたのだろう。
 すぐに現れることが出来なかったが、今頃になってやってきた、というわけだった。
 ちっ、と誰かの舌打ちが小さく響く。
 幸いにもジェイドは今私服姿だ。
 すぐにマルクトの兵士とばれて追われる事はないだろうが、それにしたところで、である。

「怪しい奴だな」

 確かに、取り留めの無い一行は傍から見ると怪しさ大爆発である。
 逃げるか、それとも何とかして丸め込むか。
 そう思ったときだった。

「ああ! 今頃来たんですか兵士さん!!」

 道の脇からやってきて、キムラスカの兵士の姿を見つけると大声で叫んだ男がいた。

「もう遅いですよ。ついさっきまでメジオラ高原で救助を待っていた人が」
「と、ちょっと待て。我々は今港に付けられているマルクト船籍の船についてだな」
「マルクト船籍? ……ああ! タルタロスのことですか!」
「あ、ああ、そうだ」
「中身、見ましたか?」
「いや」
「凄いですよ。もうこの町の技術者の人たちがタルタロスの中身、み〜〜んな持ち出しちゃって、空っぽです。もう走行はできないでしょうね〜」

 大声で喋りキムラスカ兵の気を引きながら男はジェイドたちに向かって軽く目配せをした。
 それにかすかに頷き、ジェイドはルークたちを促す。
 まだキムラスカの兵の注意を引くだろう距離ではそろそろと移動し、ある程度距離が出来てからは一気に走った。

「戦争で部品取られちゃって、皆作りたい物作れなくなっていたものだから凄いいい笑顔で嬉々として空っぽにしちゃいましたよ。機関部も駆動系も見事に空っぽ。いっそ笑えちゃうほどですよ」

 船渠に向かって離れても、背後に木霊する大きな声が聞こえる。
 兵士達はすっかりその男に足止めされていた。
 男があまりに大声で話す物だから、そのうちに付近の住民も現れて、来るのが遅いだのと兵士に苦情を言う。
 それほどギンジはこの町で大切にされている若者なのだろう。

「なんだったんだ? あれ」
「まあ助かったんですから、何でもいいじゃありませんか」
「そうだぜルーク。とりあえず今は感謝しておけよ」

 走りながらもチラチラと背後を気にするルークにジェイドとガイが言う。
 息を切らせて船渠にたどり着いたとき、奥からタマラがやってきて彼らの姿を見止めて尋ねる。

「何の騒ぎだい?」
「キムラスカの兵士に見つかってしまいました」
「……そうか! そういえばあんた、マルクトの軍人さんだったねぇ」

 ぽん、と手を打ってタマラは言う。
 いまジェイドは私服姿である。

「いまは町の住人の方が注意をひきつけてくれていますが、何時まで持つか分りません」
「安心しろい。もう二号機は完成しておるわい!」
「ほんとか!!」

 アストンが得意げに頷くと、イエモンがそれを押しのけるように前にでて言う。

「操縦士も準備完了じゃ! さあ夢の大空へ飛び立つがいい! 二号機は決して落ちはせんぞ!!」

 老人達の言葉に後押しされて、彼らは船渠のさらに奥、アルビオールの格納されているスペースへと足を進めた。




「お待ちしておりました」

 アルビオールに乗り込んだルークたちを迎えたのは、赤いパイロットスーツを着たまだ年若い少女だった。

「あなたは?」
「私は二号機専属操縦士ノエル、初号機操縦士ギンジの妹です。兄に代わって皆さんをセントビナーへお送りします」
「よろしくたのむ」
「さあ、行きましょう!」

 アルビオールが舞い上がる。
 風が無くても飛ぶ翼だ。
 白銀の鋼鉄が空を飛ぶ。
 たちまちの内にシェリダンの町が遠くなり、何の障害物も無くまっすぐにセントビナーを目指す。

「すげぇ」

 鋼鉄の翼の中で、ルークは小さく呟いた。











それ行け一般人?――39



 アルビオールを駆り駆けつけたセントビナーは、まだ辛うじてディヴァイディングラインの上に留まっていた。
 アルビオールに滑走路は必要ない。
 落盤したセントビナーの平地に着陸させると、早急に救助活動を始める。

 残された人々はそう多くは無く、一般の人間もいるがその多くが一般人の避難を優先させることにより自らは残った軍人達である。
 行動は素早い。
 全ての人々を収容し、アルビオールが再び地を飛び立とうとしたときだった。

 ひび割れる大地。

 急速に沈んでゆく。
 支えを失ったプレートが、ディヴァイディングラインを越えたのだ。

 もう少し早く飛び上がることが出来たなら、アルビオールはそれを遥か高みから見下ろすことが出来ただろう。
 だが、遅かった。
 急激な崩壊の振動に崩れ落ち降り注いでくるプレートの一部。
 それを卓越した操縦技術を用いてノエルは避けてゆく。

 上を目指すが、状況がそれを許さなかった。
 もしセントビナーの大地に残っていたら、大地自体は即沈むことは無くても生存は厳しいだろう。
 上から降り注ぐ大地の欠片に押し潰され、液体化したマントルへの着水の衝撃に跳ね飛ばされる。

 やがてセントビナーの上部を抜け、外殻大地の下に完全に入り込むことでアルビオールは瓦礫の襲撃から免れた。
 そして見ることとなる。
 セントビナーのあった台地が、泥の海に着水する瞬間を。

 巻き起こる巨大な津波と立ち上るしぶきに魔界の瘴気がなお濃くなったように感じられた。




 ルークと、そして今回の事に尽力した全ての人間に対して感謝を述べる老マクガヴェン。
 セントビナーの民は助けられた。
 それは真実喜びである。
 一人も洩らさず救い出せるなど、それは奇跡に等しい。

 だが、そうなればやはり大地が気になる。
 長年観察し続けてきたソイルの木。
 レンガの道。
 住み慣れた家。
 踏みしめる大地そのもの。

 二度と帰ることはないのだろうかと。
 この状況がホドの崩落に似ているとティアが言う。
 ホドは約一月ほど後に地殻の中に沈んで行ったと言う。

 一時留まるだけであるならたいしたことではないこの瘴気の世界も、生き続けるには厳しすぎる。
 例えセントビナーの大地が沈まず残ったのだとしても、この穢れた大気の中では生きることは難しい。
 そしてセントビナーに置いて助けることが出来たのは人間だけであった。
 ソイルの木を初めとした植物、動物、そして昆虫など、果たしてどれほどの物が生き残るだろうか。
 帰り着いた町には生命の音がなくなっているかもしれない。

「そうか……。これはホドの復讐なんじゃな」

 静かな空間に放たれた呟きは何を思うのか、老人は答えなかった。
 老人は、この崩落を復讐と捕らえるほどにはホド崩落の真実の側に居た人間だった。

 ちょっとした騒動を経た上で、彼らはセントビナーを生かす術を求めてユリアシティへと赴くことになる。
 レムの光の届かない場所に存在する隠された都市。
 そこにはもはや復元の叶わない過去の譜業がまだ息づき人々の暮らしを支えている。




 たどり着いたユリアシティでは、市長であるテオドーロが彼らのことを待ち構えていた。
 セントビナーの崩落はここでも感知されたのだろう。
 落ちるはずの無い大地の崩落の余波を、遮る物のない穢れた泥の津波によってユリアシティも被っていた。

「来ると思って待っていた」

 老人は厳かにそう告げた。




 代表であるテオドーロに救助したセントビナーの住民の保護を願い出る。
 それは速やかに受理され、アルビオールに載せてきた人々は当面の住居と生活を保障された。
 だがユリアシティには自らの生産性が無い。
 ここで得られる保護はごく一時的なものであり、やがては外部に生活を求めなければなならないだろう。
 去り際に老マクガヴェンが教え子であるジェイドをからかいながら、見るからに肩に力の入っているルークをほぐすように柔らかく言葉を掛けてゆく。

 気に入らない相手なら叱る事もしない。

 その言葉にルークは目を見開いた。
 脳裏に思い出されるのは話題に出されたジェイド、ティア、そしてファブレの屋敷で使用人をしていたあの男だった。
 好きだった。
 だが疎んでいた。
 自分がレプリカであると知ったときからは避けるようにすらなっていた。

 だがそれでも、何か悪いことをしたなら根気良く叱ると言う行為をあいつはやっていた。

 初めてユリアシティに来た時に、アッシュの中から見たこととそして目覚めたときのあの男のことを覚えている。
 心底から自分の事を思ってくれていたと、思えた。
 あまり器用な男とは思えなかったが、それにしたところでご機嫌取りの方が簡単だろう。
 屋敷の主の息子なんて、使用人が叱った所でいい事なんて一つもない。
 我侭が過ぎる主なら、それでくびにされることだってあるだろう。

 叱られるのは気分のいい事じゃない。
 それはよく分る。
 自分の非を指摘されるのは嫌な事だ。そう思って疎んだ。
 疎まれても、いずれ相手のためになるのならと諦めなかったその男のことを思い出す。

 相手を気分良くさせることばかりが好意ではない。

「ティア。……あの、ありがと」
「どうしたの? 急に……」

 突然のルークの言葉にティアは疑問を返す。

「ティアは、最初からちゃんと俺のこと叱ってくれたよな」
「そ、それは別に……」

 居た堪れなくなってティアは目を逸らした。
 当時は何かルークに思いがあって叱ったわけではなかった。
 ただ内に秘める事を知らずに吐き出していたにも等しい。

 それをこうも好意的に捕らえられると、過去の未熟を思い返し居た堪れなくなる。
 ちらりと見たルークは、そのティアの様子に嬉しそうに笑みを浮かべる。

「変……だよな、俺。叱られるってずっと嫌なことだと思ってたのに」
「いいことでもないわよ」
「わ、分かってるっつーの!」

 それでも、だ。
 いつかこの感謝を、あいつにも伝えたい。
 ジェイドにも言って、あいつにも言って、ティアにももっと――もっと。











それ行け一般人?――40



 第七音素、ローレライの力を自在に操ったという過去ユリアが所持したと言うローレライの鍵。
 それがあったならばと話題に上ったが、それは地殻に流されてしまったと言う。
 現存しない物を頼ることは出来ない。
 落ちてしまったセントビナーを再び持ち上げる事は不可能だろう、と結論される。

「う〜ん。どうしようもないのかなぁ」

 落ちた沈黙にアニスの呟きが響く。
 ルークは歯を噛み締めた。
 顔を上げたジェイドの赤い瞳がレンズ越しにテオドーロを見た。

「ですが、持ち上げる事は不可能でも液状化した大地に飲み込まれない程度なら、或いは可能なのではないですか」
「ホントかジェイド!」

 その言葉にルークが喰らいつく。

「あなたには、心当たりがあるのではないですか」

 ジェイドは更に問いを重ねる。

「セフィロトはパッセージリングという装置で制御されています。パッセージリングを操作してセフィロトツリーを復活させれば、泥の海に浮かせるぐらいなら……」
「セントビナー周辺のセフィロトを制御するパッセージリングはどこに」

 ジェイドの問いに、テオドーロはシュレーの丘の名を上げる。
 その名にイオンが反応した。
 自分がさらわれたときに連れていかされたのがシュレーの丘だ、と。

「パッセージリンクは導師イオン様が解くことのできるダアト式封咒とアルバート式封咒、そしてユリア式封咒で護られていた。ですが一つのセフィロトからの各地のセフィロトの一斉操作を封じていたアルバート式封咒はホドと、そしてアクゼリュスの崩落により無効化されました」
「……外殻の人間にしては、よく知っている」
「あなたは第六譜石の全てを知っているのでは?」

 ジェイドの投げかけたその問いに、テオドーロは沈黙を保った。
 その沈黙こそがジェイドには何よりも雄弁な答えに聞こえた。

「ならばご存知なのではないですか? マルクトにとっては死活問題です」
「……そうだな」
「我々はただ黙ってその時を受け入れるつもりはありません。かつてよりそれを回避するべく活動してきました」
「預言に、逆らうと言うのか」
「では、何故預言に従うのですか?」
「それはやがて訪れる未曾有の繁栄を手に入れるために――」
「それは世界の半分を殺してまで手に入れる価値が、本当に有るのでしょうか」

 再び沈黙するテオドーロ。
 ジェイドとテオドーロとのやり取りに旅の中間達も固唾をのんで見守る。

「大きな物には大きな反動が来ます。巨大な繁栄の末には、巨大な衰退が有る、とは考えなかったのですか? 生あるものは必ず死すとあるように、何ものも永遠の栄かを掴むことは出来ません。栄枯盛衰は世の習い、とは私の知人の言葉ですが、栄えた物は必ず衰える」
「だが、目の前に示された確実な繁栄を捨てろと言うのか」
「誰のための繁栄ですか。人のための繁栄なのでは? 預言のための繁栄では無いはずです」
「だが、預言に逆らうのは」
「何のために預言が残されたのか、考えたことは無いのですか?」

 テオドーロは眉をしかめて答えなかった。
 教団よりも深く預言に従う事に生きてきたユリアシティの市長には、今はまだ難しい問いのようであった。

「我々は――」

 もったいぶってジェイドは言った。

「失われた第七譜石の全容を掴んでいます」

 会議室内に驚愕が走った。




「そ、それは本当か」
「ええ」
「どこに、何処にあったのだ!」
「譜石自体は、ホドの崩落と共に地殻に沈んだはずですよ」
「まことか」
「地殻を探索することが出来れば、まあわかるのでしょうね。……我々はそれ以外の方法によって第七譜石の預言を手に入れました。まあ、大雑把な物ですが」
「真実とはかぎるまい」
「第六譜石の預言と、失われた第七譜石の預言は、同じ人物の口からもたらされました。多く曖昧な事もありましたが、パッセージリンクの知識も、それに付随する封咒の知識も、その人物により我々にもたらされました」

 一区切りつけるとジェイドは深く息を吸う。
 そして、とうとうと嘗て聞いたとおりに、預言を紡ぐ。

「ND2018
ローレライの力を継ぐ若者
人々を引き連れ鉱山の街へと向かう
そこで若者は力を災いとし
キムラスカの武器となって街とともに消滅す
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ
マルクトは領土を失うだろう
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え
それが未曾有の繁栄の第一歩となる――

ここまでなら、あなたもご存知でしょう。マルクトには知らされなかった秘預言です。内容に間違いは?」
「無い」
「ならこれが、一つの証明となるでしょう。この預言のためにモースもユリアシティも如何にしてルークをアクゼリュスに向かわせるか苦心したのでは? まあ、ヴァンを餌に一本釣りに成功したようですが」
「ジェイ……ド。なあ、ジェイドはアクゼリュスが落ちる事を知っていたのか!」

 僅かな沈黙の後に、ジェイドは答えた。

「――ええ」




「なら、ならなんで!!」

 ルークの声はまるで悲鳴のようだった。

「キムラスカと教団を刺激しないようにアクゼリュスの人民の避難は始めていました。崩落まではもう少し時間があると思っていました。ヴァンが関与してくるのは計算外でした」
「そん……な、そんな……」

 力が抜けたように膝をつくルーク。
 うわ言のように呟く言葉は小さくて聞こえてこない。







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