それ行け一般人? 31〜35

31 32 33 34 35





それ行け一般人?――31



 ダアト港の様子は変わりが無かった。
 波の音もあり、人も居る。だが他の港より静かに感じられた。
 ダアトからの追っ手は無い様だった。
 神託の盾騎士団騎士団本部内であるならともかく、白昼堂々信者達の前で教団兵が導師を誘拐するなどと言う真似はさすがにできないだろう。
 ルークたちのほうこそを誘拐犯に仕立てようにも、彼らのほうにこそ導師がいる。

 それでも不安はあったが、来ないとわかればほっと安堵した雰囲気が流れた。

「皇帝のいるグランコクマって、ここからだとどの辺になるんだ?」

 港に入る最中にルークはそう尋ねた。
 分らない事があれば喚き散らすだけだった彼が理解を求めて尋ねたのだ。
 周囲にとってはたいしたことのない事だろう。
 分らなかったら尋ねる、そして調べる事は当たり前であるからだ。
 だがルークにとっては――勇気の要ることだっただろう。

「えっと、確か北西だよ」

 ルークの心情になど頓着無くアニスは答える。

「……ちょっと気になってたんだが、確かグランコクマは戦時中に要塞になるよな。港に入れるのか?」
「よくご存知ですねぇ。そうなんです」

 ガイの質問に常の穏やかに見えて彼を知るものには胡散臭い笑みを貼り付けたジェイドが答える。
 ジェイドの中身を知りつつあるアニスがその表情に僅かに眉をしかめて尋ね返した。

「でも、今はまだ開戦してませんよ?」
「それはそうですが、キムラスカの攻撃を警戒して、外部からの進入経路は封鎖していると思います」
「ジェイドの名前を出せば平気なんじゃねーの?」

 ルークはそうごく軽く考えていた。

「この状況でしたら普通は、逆効果でしょう。アクゼリュス消滅以来、行方不明の軍人が、部下を全て失いあげく何者かに拿捕された陸艦で登場。――攻撃されてもおかしくない」
「う。そっか……」

 部下の喪失は当時タルタロスに乗っていた人間以外は公に公表していないし、彼らは各地に潜伏する形で散逸しているので現在タルタロスに乗船していた部下を全て失ったというのは嘘ではない。
 だが、ジェイドはすでに行方不明ではなく、その生存は恐らくすでにグランコクマに知らされているだろう。
 その上ルーアッシュの言葉によってすでに根回しはされており、タルタロスに乗り付けても攻撃されることは無い手筈になっているはずだった。

 だがここでルークを脅すようなことをわざわざ言うのにはジェイドなりに彼を思う心がある。
 彼女に言わせれば歪んでいるというのだろうか。
 まだ深く思考することになれていないルークに、思考する事を促す。

 己の短慮を恥じるらしきルーク。
 それを見てジェイドはすぐに逆説を唱えてルークを混乱させた。

「まあ、入れると思いますよ? ごく平和に」
「はぁ? さっき攻撃されるっていったのジェイドじゃねーかよ!」
「あくまでも、あれは一般論ですよ」
「……」

 からかわれたのだと知ってルークはぶすくれた。

「それにしてもアッシュの奴、どうしてタルタロスを残しておいてくれたんだろうな」

 何とか雰囲気を変えようと必死の気配が窺えるガイ。
 その様子にジェイドはふいにルーアッシュがかつて呟いた言葉を思い出した。

『気遣いの人ガイラルディア。胃袋と毛髪と消えてなくなるのはどっちが先かしらね』

 本人にきかせるには残酷な言葉だが、そう言ったルーアッシュの気持ちが今分ったような気がした。

「わたくしたちを気遣ってくれたのではなくて?」
「どうでしょうねぇ。タルタロスはマルクト船籍です。両国をまたいで使用するには、不便だっただけなのかもしれませんよ」

「どっちにしろ助かったぜ。船が無くてここで立ち往生ってのはごめんだからな」
「アッシュか……。あいつ、今何をしてるんだろう」

 誰に問うでもなくルークは呟いた。
 誰よりも近いと感じた。
 繋がる意識に隠し事は無かった。
 隠された深層も、浮かび上がりにじみ出てルークに真を知らしめる。
 言葉はなく、また言葉にも出来ず、だが全くの偽りが無いことにルークは深く安堵していた。

 もっとも身近な存在とまで感じていた。
 オリジナルであるアッシュ。
 自分が名前を、存在を奪ってしまった存在。
 コンプレックスはある。
 それでも、それ以上はないと思った。だがそれも、今となってはわからない。

 何を考えているのだろうか。
 今何をしているのだろうか。
 こんなにもあいつの事を思っているナタリアを置いて。

「さてねぇ。……何かを企んでるのかもしれないぜ?」
「ガイ! 彼はわたくしたちの味方ですわ。どうしてそのように敵視しますの?」

 声を高ぶらせるナタリアを見て、ルークは悲しくなった。
 アッシュの事になると皮肉的、と言うよりは敵意のある態度になるガイ。
 レプリカである自分を受け入れてくれたのに、どうしてオリジナルであるアッシュにはそうつらく当たるのか。
 分らなくてルークは悲しかった。

「果たして味方……と言い切っていいものでしょうか。まだ結論を出すには早すぎると思いますよ」

 そもそも空気なんて読まないジェイドは常と替かわらぬように割って入った。
 すでに味方であることは彼にとっては確約できることであるが、ガイのヴァンとの決別を確認するまでは情報の漏洩となりえることは避けたほうがいい。
 イオンレプリカが他に生きていることを知らせたのも、故にワイヨン鏡窟において行なわれた。
 ガイがこのメンバーから離れる珍しい機会だった。

「すぐにグランコクマへ、といいたいところですが」
「なんだよ。まだなにかあるのかよ」
「ええ」

 自動走行機能はそう精度の高い物ではないが、障害物の少ない大海原こそ本領発揮とも言える。
 それを駆使したならグランコクマに行くくらいなら問題ないと思えるだろう。
 だが。

「グランコクマへ行く前にケテルブルクへ寄港します」
「なんでだ?」
「タルタロスの走行系が、すでに限界なんですよ」

 むちゃ、させたもんなぁ……。としみじみとルークは呟いた。

「魔界から打ち上げた時も結構無茶やっちまったし……」

 アクゼリュスでも崩落時にかなりシェイクされている。
 それだけの目にあってまだ浮かび、走行を続けているあたりタルタロスが如何に頑丈な代物であるかが窺える。
 だがそれにしても限界はある。

「――!? ルーク、打ち上げの時のこと、分かるのか?」

 息を詰めるように、ガイは目を見開いた。

「ああ。俺とアッシュは繋がってる。あいつの眼を通じて打ち上げの様子も見えたよ。――だから、よく覚えてる」

 笑って言うルーク。
 そして黙り込むガイとジェイド。

「まあとにかく、途中で停止するだけなら多少の舵は取れますが――最悪海のど真ん中で真っ二つと言う事態もありえるでしょう」
「ケテルブルクか〜〜。雪国。貴族達の観光名所、だよね。ちょっと楽しみかも?」

 るんとした調子で言ったアニスがタルタロスへと近づいたとき、ふいに彼らに駆け寄る足音が聞こえた。
 もしや追っ手かと身構える彼らの前――正確に言うのならガイの前に、その足音の主は立ち止る。
 珍しい恰好をしているわけではない。
 ただの――そう、一般人だ。
 息を切らせている金髪の青年は、ガイを見止めて嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、よかった見つかって。あなたがガイラルディア・ガランさんですね」

 いきなり隠してきた本名を呼ばれたガイぎくりと身をすくませた。
 さあ、何のことだ?
 そう言い出す前に青年は捲くし立てるようにしてガイの言葉を封じる。

「この手紙を貴方に渡すように頼まれたんです。それじゃ、確かに渡しましたから!!」

 役目を全うしてか朗らかに去っていくが、ガイは呆然とそれを見ていた。
 押し付けられた手紙には、スミレの蝋印。
 アニスはそれを素早く見つけてイオンに耳打ちする。

「な、なんだったんだ?」

 右の手を剣に沿え、左の手には手紙を握りガイは呟く。

「変な奴だな……」
「ああ。なんだかな」
「手紙、見ねぇの?」
「後で見るよ」

 呟いてタルタロスへ向かうガイ。
 名を、呼ばれた。
 隠された名を呼ばれて手紙を受け取った。
 迂闊に人前では開けない気がしていた。
 特に目の前に居る胡散臭い軍人の前では。




 後にガイはそれを開きその時の思いを確信する。
 見せてはならない。
 誰にも。

 手紙の内容は彼にとって危険すぎた。




思い出してガイラルディア。
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
貴方の姉の最後の願いが何であったか。
貴方を身を挺して守った姉の願い、貴方に覆いかぶさった女たちの願い。
どうかそれを。













それ行け一般人?――32



 本当にタルタロスが故障するのかジェイドには分らない。
 ケテルブルクには本心から行きたいとは思わないが、だがもし本当に壊れるのであるならここで時間をロスするよりもケテルブルクに寄った方が効率的であると踏んだだけだ。

 たどり着くまでガイの様子はおかしいし、その様子のおかしさに触発されてかルークも妙だし、さらにその二人が作り出す妙な雰囲気に当てられてか皆何処か変だ。
 全く溜息しか出てこない、とジェイドは思う。
 さらにケテルブルクの市街に到着したならそれはそれで虫唾が走るような話ばかりが耳に入る。
 この地を出た二人の人間のことくらいさっさと忘れてほしい物だった。

 何時までたってもかわらない。
 雪に埋もれたまま時まで凍りつかせてしまったようなこの町の人々が生み出す空気がジェイドは好きではなかった。

 妹に会いに行けばルークは大げさなほど驚いて見せるし、妹は相変わらず妹だった。
 まともそうに見えて気が強く口が辛い。
 こんなところで兄弟などと実感しなくても構わないのにと常々思う。

 ネフリーに呼ばれていたらしく下手な嘘で抜け出してきたと思えば帰ってきたら妙な目で見るようになっているルーク。
 しかも全く誰にも通じないような下手な嘘で逃れようとする。
 しかも的外れな慰めを受ける。
 自分が頑なにケテルブルクへ足を踏み入れようとしなかったために、妹の中での自分の人間像はここを出て行ったときのままなのだろう。

 幾ら私でも多少は変わる。
 全くケテルブルクにはいいことが無い。




 翌朝、ネフリーよりタルタロスの整備が終わったと報告を受け、彼らはそのまままっすぐグランコクマへと進路を取った。
 マルクトの巧妙な情報操作とアリエッタの魔物がタルタロスがローテルロー橋に向かうのを見たという報告。
 シンクなどの介入により、テオルの森で待ち呆ける大小二人の人影をそこに置いて。

「来ぬな」
「そーだね」

 地面に腰を下ろしてシンクは退屈そうに膝の上で頬杖を付いた。
 来ない事なら知っていた。




 タルタロスに乗船した時点ですでに常の軍服姿に戻ったジェイド。
 その姿を見た時に何処か安心した思いを抱いたのはルーク一人ではない。

 たどり着いたグランコクマでは、驚くほど静かに彼らは迎え入れられた。
 防衛機雷も無し、砲撃も無し。
 冗談抜きで無傷で入港できたのである。
 王族二人を初めとしてこういった事態の異常性があまり理解できないのも多く居たが、ガイなどはごく真面目に驚愕してた。

「では皆さんはご自由に過ごしていてください。私は陛下との謁見の準備を整えてきます」

 とジェイドに言われると途端に手持ち無沙汰になった。
 ご自由に、といわれたところでそう遠くまで行くわけにもいかないだろう。
 噂に聞く水の街の姿にルークは浮き足立ち、ガイは苦笑を浮かべた。

 譜術によって支えられている水の街グランコクマ。
 即位してまだ若いが、賢帝と名高いピオニー陛下の御座す都。
 遠くまで行くわけにはいかなくても、多少の観光くらい構わないだろう。
 ルークはとにかくそう決めた。

 ぐっと拳を握り締める姿を、しかたないなぁ、とでも言うかのような風情でガイが見つめる。
 そのときだった。

「すみませんが、貴方がガイラルディア殿ですか」

 再び呼ばれたその名にガイは身をこわばらせた。
 尋ねておきながら相手には確認を取る気が皆無らしい。
 ダアト港のときと同じように、彼は言葉を反す暇もなく再び手紙を押し付けられた。

 ダアト港のときでなら、人違いだと言って返したかもしれないが、今ならば確信を持って言える。
 その手紙は自分にあてられたものであり、かつ他人の手に渡るには危険な代物であると。

 手を差し出して受け取るべきか否か。
 迷ったように中途半端に前に出る手のひらに、褐色の肌をした男は手紙をのせると早足に立ち去った。

「なあ、ガイ」
「な、なんだ?」
「そういえば前もなんか妙な名前で呼ばれていたよな」
「そうか?」
「ガーラルディア? とか」
「そうだったかな……。それよりルーク。早く観光に行こうぜ?時間は限られてるんだしな」

 手紙をしまったガイは彼にしては珍しく下手なごまかしをした。
 ガイが。
 ルークにとっては身内に等しい存在が、聞かないでほしいと態度で語る。
 だからルークは聞かない事にした。

「おう。あんまり時間は無いからな。ナタリア! ティア! アニスとイオンも、行こうぜ!!」

 声を上げて誘う。

「おいおい、俺のことは誘っちゃくれないのか?」
「だってガイ、なんか深刻そうだし、その手紙、読まなきゃならないんだろう?」

 早く内容を確認したい。
 そう思っていたことは確かだったが、それを見透かされてガイは驚いた。

「だから、ガイはそれ読んで来いよ。時間が無いっつっても、それを読むくらいの時間は有るだろう?」
「あ……ああ。サンキュ、ルーク」

 礼をいわれてルークは照れた。
 そしてそのまま向こうに集まっている女性達の元へと走ってゆく。
 その背を見送って――ガイは近くの喫茶店に入った。
 隅の席に場所をとり、とりあえずドリンクを注文してから封筒と向き合う。

 いかにも値が張るだろうピジョンブラッドの蝋封。
 そこに刻印されているのは一本のスミレの花ただそれだけ。
 家紋としては異常だ。
 ふつうの蝋封にはこういった紋は使わない。
 庶民であったとしてもむしろありえない。
 なにより蝋封に使われている品質のいい蝋が只者ではないと伝えてくる。

 封に手を伸ばし、ガイはごくりと唾を飲んだ。

 蝋にも負けない高品質の紙のひんやりとして滑らかな手触りを感じる。
 中から出てくるのは三つ折の便箋。
 開けば目に入る文字の群。

 それを読まずにガイは一度瞼を閉じた。
 そして決意を持って目を開く。




決意を求める。ガイラルディア。
ガルディオスの遺児よ。
全てを明かす覚悟を決めよ。汝の心の奥にある殺意を晒せ。
ルークに、ナタリアに、イオンの前で、アニスの前で、ジェイドの前で。
そして告げよ。その上で汝の思いを。
記憶は復讐を求めるか?
だが汝の姉は家の復興を求めた。
よく考えよ。

私は汝を知っている。
汝の姉もまた。
汝の思いも、また汝の姉の願いも知っている。

私は何処にでもいてどこにもいない。
だが私はいま汝の道行きを制することが出来るだろう。

告げよ、告げよガイラルディア。
ガルディオスの意思を。
それは果たして復讐か? それは真に復讐か?
汝が怨むのは血か、名か、立場か。

誰そ、何そ。

告げよ。
でなければ汝の旅はここで終わりを告げるだろう。




 いつの間にか目の前に紅茶が置かれているのにもガイは気が付かなかった。
 睨み付けるように紙面を見ていたガイは、再びゆっくりと瞼を下ろす。
 そして拳を握り締めた。











それ行け一般人?――33



 彼らはガイを置いて五人+一匹で街中をうろついて居た。
 水の都は何を見ても感激した。
 街の中はどこも新鮮な水の匂いにあふれ、青い光を反射する水に控えめな色合いの街の建造物がとても美しく栄える。
 キラキラと陽光を反射する水は海とも河とも、泉ともまた違う表情を見せる。
 強い躍動感が心を奪う。

 そんな美しい都であるのに、少し話を聞けばすぐに何処ででも戦争への不安ばかりが耳を突く。
 状況の危うさ、切迫した具合を彼らに知らせた。
 街のどこか棘のある空気が彼らに刺さる。
 気は急くが、グランコクマにたどり着いてしまったからには後はどうしようもない。
 早く迎えが来る事を願うしかなく、口には出さずともそう思っている為だろう。
 彼らは探そうと思えば発見されやすい場所ばかりをうろついていた。

 水の都は見る価値のあるものだったが、ただ心からそれを楽しめない状況にある中でやっと迎えが来たとき、彼らは間違いなく安堵した。

「ジェイド大佐の、お連れの方々ですね」

 声を掛けてきたのは短いシルバーブロンドの髪をした褐色の肌をした青年だった。
 マルクトの軍服に身を包み、ジェイドの物とは違う素直に好感の持てる控えめな笑みを浮かべている。

「ああ、そうだけどあんたは?」
「ご挨拶が遅れました。私はアスラン・フリングス少将です。陛下の謁見の準備が整いました。どうぞ私の後についてきてください」

 ルークたちは顔を見合わせた。

「なぁ、ガイどうする?」
「今はそっとしておいて上げましょう。かなり深刻なようでしたし」
「そうですね。何があったのか分りませんが、立ち直ってくれるといいんですが」

 そう話し合い、一致団結してガイを置いていくことに決めた。




 フリングス将軍に案内されて、マルクト皇帝の座す宮殿に向かう。
 彼等が知るキムラスカの物とは違う、幾分落ち着いた雰囲気では有るが劣るわけでもなく壮麗な姿をしている宮殿だ。
 連れられた謁見の間では、まず真っ先に目に入ったのが壮大な大瀑布だった。
 最奥の巨大な飾り窓の向こうで何ものも知らずと流れ落ちる。
 謁見の間に踏み入ればまず真っ先に、誰もが意識を取られるであろうそれはまた、マルクト皇帝の力の象徴でもあった。

「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」

 そう言葉が投げかけられて、彼らは大瀑布の映る窓を背に、玉座に腰掛ける男に気が付いた。
 玉座に座る男というなら、それは皇帝以外ありえないだろう。
 だが彼はあるまじき気安い口調で彼らに話しかける。
 態度もキムラスカの王を見た後では驚くほど崩れている。

 とても皇帝の衣装とは思えない服を着たその男は年のころなら三十半ばほどであろうか。
 ジェイドやナタリアの物よりも鮮やかな金色の髪に薄い褐色の肌。
 その長さに整えているのかかあるいは不精なのか判断しかねるほどの髪が肩の辺りまで伸びていて、瞳には常に面白い事を求める少年のような光がある。
 ゆがめられた唇は笑みの形を象っていた。

「……は?」

 思わずルークは間の抜けた声を出す。いや、出してしまった。
 マルクトの皇帝と会うに当たり、彼はとても緊張していた。
 イメージは叔父であるインゴベルドを更に厳しくしたような人だった。
 街中で聞かされた戦争不安の事も相まって、キムラスカの王位継承権をもつ自分たちにはなお厳しいのでは?
 などと色々と想像していたのが、全く逆の形に覆されたのである。
 むしろ心構えのできていない問題だった。

「こいつは少しは役にたったか? ああ、だが常識が無いな。使えない奴で困ったろう?」
「え、いや……そんなことは……」

 笑いながらそんなことを言われても、一体どう返せというのか。
 皇帝自身がそう言っているのに否定するのもなんだしだからといって肯定できる内容でもない。
 結果ルークはしどろもどろに言葉をにごらせる事になる。

「陛下。客人を戸惑わせてどうされますか」

 ピオニーの軽口に付き合っていられないとジェイドが口を挟んだ。

「ハハッ、違いねぇ。アホ話してても始まらんな」

 と笑うピオニーは幾分、声の調子を固くする。

「お久しぶりでございます、ピオニー陛下」

 進み出て挨拶をするイオンを認めてピオニーは目を細くした。

「気にする事はない導師イオン。初めてなのは知っている。イオン殿のご兄弟には、随分と面白いのが居るみたいだな」
「そう……みたいですね」

 自分がレプリカであり、その自分とは初対面であるという事を暗に指摘される。
 そのうえ他のイオンレプリカたちの事までピオニーの口から出たことに、イオンは嬉しそうにあるいは困ったように曖昧に微笑んだ。

 イオン自身は自分と同じイオンレプリカとしてはシンクとフローリアンしか知らない。
 だが彼らの背後にマルクトがあるらしきことは判っていた。
 なら皇帝からその言葉が出てくることもさしたる不思議でもないのだろう。

「本題に入ろうか。ジェイドから大方の話は聞いている」
「このままだと、セントビナーが魔界に崩落する危険性があります」

 ルークが訴える。

「かもしれんな。実際、セントビナーの周辺は地盤沈下を起こしてるそうだ」
「では、街の住人を避難させなければ!」

 声を高くするナタリアに、ピオニーが困惑を示す。

「住人自体の避難はそこそこ進んでいるはずなんだがな……議会では渋る声が多くてな。兵士も含めた全ての住人を避難させるには及んでいない。女子供、老人と言った所か」
「何故ですの、陛下。自国の民が苦しんでおられるのに……」
「キムラスカ軍の圧力があるんですよ」

 憤るナタリアを見てジェイドが言う。

「キムラスカ・ランバルディア王国から声明があったのだ」

 そう告げたのは、ピオニーの右手に立つノルドハイム将軍だ。
 左に立っているゼーゼマン参謀総長がその言葉を継ぐ。

「『王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう』とな」
「事実上の宣戦布告ですね」

 常とかわらない。
 ただそれだけであるはずのティアの冷静な口調が、今はやたらと神経に障った。












それ行け一般人?――34



 ナタリアが耐え切れないというように叫んだ。

「父は誤解をしているのですわ!」
「果たして誤解であろうか、ナタリア姫。我らは、キムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたと考えている」
「我が国は、そのような卑劣な真似は致しません!」
「そうだぜ! それにアクゼリュスは……俺のせいで……」

 ナタリアに同調したルークの声は次第に小さくなり、最後には彼の口の中に消える。
 ルークが同調しようとしたナタリアのその言葉も、今ナタリアがここで口にしても力の無い言葉だった。
 アクゼリュス崩落以来、ナタリアが本国と連絡を取れていないことはジェイドがしっている。
 ナタリアの言葉はキムラスカの言葉とは、言えない状況だった。

 キムラスカとしては開戦の口実とした意識はそれほど強くはないだろう。
 それは預言に詠まれたこと、必要ではなく必然であるからだ。
 だが、事実は彼等が口にしたことと等しい。

「ルーク。事情は皆知っています」

 事の真実も。
 多くの反対を受けたアクゼリュスの人民の避難。
 それはピオニーに叛旗を翻そうと狙う貴族や、その権威を少しでも剥ぎ取ろうとする者たちの目には恰好の理由と映っただろう。
 だがことここに至ってピオニーの打った施策は当たった。
 アクゼリュスに居た多くの国民の救出に成功し、そしてまたセントビナーからの早期の人民の避難も功を奏している。

 全てがピオニーの思い通りになるわけではないが、確実に反対派の議員の発言力を落とし、ピオニーは己の発言力を伸ばしていた。
 それでも、ままならないことは多い。

「ナタリアも落ち着いてください。本当にキムラスカが戦争のためアクゼリュスを消滅させたのかは、この際重要ではないのです」

 ジェイドの言葉にピオニーが続ける。

「そう、セントビナーの地盤沈下がキムラスカの仕業だと、議会が思い込んでいることが問題なんだ」
「住民の救出に差し向けた軍を、街ごと消滅させられるかもしれないと考えているんですね」
「そういうことだ」

 ティアの言葉をピオニーは肯定した。

「俺自身、ジェイドの話を聞くまで、キムラスカは超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えていた」

 事実を知らなければ、ローレライの完全同位体が誕生しているという事実よりも、この方が信憑性が有る。

「少なくとも、アクゼリュス消滅はキムラスカの仕業じゃない。――仮にそうだとしても、このままならセントビナーは崩落する。それなら、街の人を助けた方がいいはずだろ!」

 感情のままに叫んでしまってからハッと気が付く。

「……あっ」

 と呟いて、居住まいを正すがその顔から血の気が引いた。
 言い直しを試みるが、彼は全身でどうしようと語っていた。

「……いや、いいはずです。もしも、どうしても軍が動かないなら、俺たちに行かせて下さい」
「わたくしからもお願いします。それなら不測の事態にも、マルクト軍は巻き込まれないはずですわ」
「驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるお前さんたちが、そんなに必死になる?」

 ピオニーは怪訝な表情で二人を見たが、内心では笑みを浮かべていた。
 話しに聞いたとおり、若く、青い。
 まあ自分の年の半分近くも若いのだ。多少はアツくいてもらわなければオジサンは困る。

「敵国ではありません! 少なくとも、庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに、困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」
「……そちらは? ルーク殿」
「――俺は、この国にとって大罪人です。今回の事だって、俺のせいだ。俺に出来ることなら何でもしたい。……みんなを助けたいんです!」
「と、いうことらしい」

 ピオニーは笑う。

「どうだ、ゼーゼマン。お前の愛弟子ジェイドも、セントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」
「陛下。『こいつら』とは失礼ですじゃよ」

 ゼーゼマンは皇帝をたしなめながら思っていた。
 一つ一つの言葉はともかく、会話の方向性はまるで聞いたとおりであったと。
 預言よりも身近な人の言葉で表される未来。
 知ることが人を縛ると、強く実感していた。

「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」
「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」
「恩に着るぜ、じーさん」

 気安い者どうしのやりとり。
 むしろこれがルークを不安にさせた。
 結局どうなったのだろう。いいと言っているがそれでいいのか?
 厳格な父親とインゴベルドしか知らなかったルークには、マルクトでは当たり前のこのやり取りが不安で仕方が無かった。

「じゃあ、セントビナーを見殺しには……」
「無論しないさ。とはいえ、助けに行くのは貴公らだがな」

 自分に出来ることはその程度しかない。
 自国の民を助けるために、更なる犠牲を民に強いる。
 それでは本末転倒であり、その救助に他国の人間を使う。

 倣岸とそしられても仕方が無い。
 ピオニーは玉座から立ち上がり、ルークの前まで歩いてゆく。
 ルークの新緑の目を見つめて、真摯な声で彼に願った。

「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」
「全力を尽くします」

 新緑の瞳が強い願いにゆれた。ルークは力強く頷く。

「わたくしもですわ」
「御意のままに」

 ナタリアが、ティアがそう告げる。

「力は及ばずとも、僕にも協力させてください」
「私は、イオン様の御心のままに」

 若者たちの声に満足したように皇帝は笑う。

「よし、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」

 そう言って、傍らの幼なじみを見やった。




「ああ、そうだ」

 彼らの去り際に、ピオニーは言った。

「あれはお前の罪じゃない。……少なくとも、お前だけのでは」
「陛下?」
「気にするな。さあ、セントビナーは待ってくれないぞ」

 それ以上答える気はなさそうだったので、ルークは訝しがりながらも謁見の間を出て行った。











それ行け一般人?――35



 ジェイドも含め、彼ら一行の居なくなった謁見の間でゼーゼマンが言った。

「少なくとも、我等の罪でも有るでしょうな」
「そうだな」

 知るもの全ての罪だと、ピオニーは同意した。
 ルーアの言う本来の歴史とやらでは生きていなかった人が居る。
 多くの人間を助けられただろう確かにそれは功績かもしれない。
 だがそのために、生者と死者を線引するのが天命ではなく彼らになった。

 彼らもまた、アクゼリュスの人民を助けようとはしたが、その崩落をとめようとはしなかった。

「あれほど一人で罪を背負う子供に、知らせる事もできんとは」
「その時は――いつかあいつが決めるだろう」
「それは構いませんが、私はいつになったらその女性に会わせてくださるのですかな、陛下」
「そうですぞ、陛下。拾ったジェイドはともかく、アスランですら会っていると言うのに」
「いや、まあ、それはいつかアイツの気が向いたら、な。な?」

 しどろもどろになりながら、ピオニーは謁見の間を退室した。









 宮殿をでて市街の方へと歩いていた時、前方にガイの姿を見止めてルークは駆けた。

「ガイ!」

 元気よく駆けていって、途中でその勢いを失ってしまう。
 ルークはガイの顔を覗き込む様な気持ちで見つめて呼んだ。

「……ガイ?」
「ん? ああ、ルークか」
「おまえ、どうしたんだよ。前より酷い顔してるぜ?」
「……ああ。ちょっとな。それでおまえら陛下と謁見してきたのか?」
「お、おう」
「ひどいな、俺を置いていくなんて」

 普段のように、笑んでいるつもりなのだろう。
 だがガイの笑みにはぎこちなさがあった。

「まあよろしいじゃありませんか」

 今は一段と真意の読めない笑みを浮かべてジェイドが割って入った。

「どちらにしても、今のところガイの旅はここで終わりのようですから」
「だん……な?」
「なっ! ジェイド、それ、どういうことだよ!」
「そうですわ。一体どういうことですの? 説明してくださいませ!!」

 口々に攻め立てられて、ジェイドは仕方が無いというかのように肩をすくめた

「私には詳しい理由は分りませんが、皇帝の許可もあった上で、そういうことになっています」
「なんで! 謁見のときは何も言ってなかったじゃねーか!!」
「詳しい理由なら――私よりガイの方が知っているんじゃないですか?」

 ガイは黙してジェイドを見る。

「陛下は彼女の傀儡ではありませんが、理が通れば陛下は彼女の言葉も受け入れます。一応友人らしいですし」

 最後の部分だけまるで吐き捨てるようにジェイドは言う。

「理由は、知りませんよ。彼女に聞いてください。あるいは、あなたが話してください」

 ガイは吐息のような、溜息のような、自嘲のような息をつく。  こわばらせていた肩の力を抜いて、軽くすくめた。

「抵抗する場合は拘束させていただきます」
「世の中、そううまい具合にはいかないってか」
「さあ、どうでしょうね」
「……急いでるんだろうが、すこし時間をくれないか?」
「どこで」
「宿を取ろう」
「今回は公費で請求しておきましょう」




 近場の宿で一室を取り、彼らは集った。
 深刻な顔をしてベッドに腰掛けるガイの周囲に半円を描くようにして彼らはガイを見る。
 今はミュウも、真剣な表情で目を見開いていた。

 何時までも話しださないガイに痺れを切らしてルークが問う。

「なんなんだよ、ガイ」
「……ルーク」
「なんだ?」
「俺、俺はお前の事を――殺したいほど憎んでいた時期があったんだ」

 告白はその衝撃的な語りから始まった。





「な、なんだよそれ」

 兄のように、そして保護者のように友人のように、そして使用人として慕ってきた相手からうけた突然の殺意の告白にルークは数歩後退さった。

「それはどういうことですの、ガイ」

 愛しの従兄弟へ殺意を抱いていたとはと、それは自分に向けられた殺意ではなくとも十分に衝撃的だった。

「俺は……俺はマルクトの人間なんだ」

 眼差しを床に落として、両手で頭を抱えるようにガイは言う。

「え? ガイってそうなの?」

 アニスが言う。
 よく今までの行動や発言を振り返ってみればそれほど不思議でもないのだが、考えても見なかったことだった。

「俺はホド生まれなんだよ。で、俺が五歳の誕生日にさ、屋敷に親戚が集まったんだ。んで、預言士が俺の預言を詠もうとした時、戦争が始まった」
「ホド戦争……」

 外の喧騒も感じられないくらい静まった部屋に、ティアの呟きがこぼれる。

「ホドを攻めたのは、確か、ファブレ公爵ですわ……」

 青ざめた表情でナタリアが言った。

「そう。俺の家族は公爵に殺された。家族だけじゃねぇ。使用人も親戚も。あいつは、俺の大事なものを笑いながら踏みにじったんだ! ……だから俺は、公爵に俺と同じ思いを味わわせてやるつもりだった」

 目の前で愛する物を奪われる悲しみを。痛みを。悔しさを。
 ずっと長い間、そればかりを考えてきた。

「あなたが公爵家に入り込んだのは、復讐のため――ですか?」

 暗い影のある瞳をするガイに、ジェイドは一歩、近づいた。

「――ホド領主ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン」
「なんだ。旦那も知っていたのか」

 自嘲的な笑いを混ぜてガイは言う。
 そしてジェイドを見上げた。

「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。あなたの剣術は、ホド独特の盾を持たない剣術、ルークの使うアルバート流の戦士を守るために編み出されたシグムント流でしたからね」
「詳しいな」
「ホドに詳しい人間が居るんですよ。曰く陛下のご友人ですが」
「俺や師匠のとは、違うんだな」

 初めて知った、とルークは呟く。

「詳しくない人間には似て見えるだろうな」
「確か、二千年前にユリア・ジュエを守ったフレイル・アルバート、その彼から剣を習い、その彼の弟であるシグムントがユリアとアルバートを守る為、二人の先陣を切るべく改良した剣術、でしたか?」

 ガイの説明を引き継いでジェイドが言う。

「旦那……。俺より詳しいんじゃないのか?」
「さて。そういえば、フレイル・アルバートの剣術は随分奔放だったとも聞きます」
「旦那……。俺の言う事がなくなるんだが」
「では最後まで説明してみましょうか?」

 かすかに面白そうに笑みを深めてジェイドは言った。

「何処まで知ってるのかちょっとは気になるが……」
「ではお断りします。所詮私のは全て受け売りですから」
「その、陛下のご友人、とやらか?」
「そして多分、あなたにこういった場を設けさせようとした人間です」
「……はぁ」

 ガイは深く、深く溜息をついた。

「ごめん、ガイ……俺、俺何も」
「私も……」
「ルークもナタリアも。ははっ、気にするな。何もあんたらせいじゃない」

 瞳の影は消えきらない。
 けれどガイは二人の幼馴染達に無理の無い笑みを浮かべることができた。




怨むのは、血か、名か、立場か。




 ふと手紙の言葉が脳裏によぎる。
 彼にはもうわからなくなっていた。

「それでガイ。結局あなたは、何故突然こんな事を?」
「そうですわ。旅に同行できないとか言っておりましたけど、どういうことですの?」
「そ、そうだぜ、ガイ。ジェイドも、それで結局ガイはどうなるんだ!?」
「さあ。まだガイを旅に連れて行っていいと許可が出ていませんから」
「そんな!」
「いいんだよ。俺はまだ、条件を満たしていない」
「条件は、何ですの」

 言葉のかわりに、ガイは二枚の封書を差し出した。
 中身を開いて、彼らに見せた。







戻る
TOP