それ行け一般人? 26〜30

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それ行け一般人?――26



「あの、さ……」
「なんでしょう」
「今まで、悪かった」
「――いいえ」
「ずっと側に居てくれたのに、今も側に居てくれたのに、勝手に怖がって、勝手に遠ざけて、俺おまえのこと、傷つけただろう?」
「ええ、たしかにそうです。ですが、構いません。今回の傷は、私にとって修復不可能な物ではありませんから。私は待つつもりがありました。そしてルーク様は気が付いてくださいました」

 うごめく小動物の口を塞いで声を封じて彼は告げた。
 その言葉に深くうつむくルークを優しい眼差しで見下ろしている。

「俺、ずっと疑っていたんだ。ずっと俺の味方で居てくれるって言ってくれたあんたの事。屋敷で一人だけ俺の秘密――弱み握ってるのに、オリジナルが居るのに、レプリカなのに、俺の味方で居てくれるって、信じられなかった。怖かったんだ」
「そうでしょう」

 なんと言ってもあの懐きようを見せていたヴァン謡将にも伝えなかったほどなのだから、それは窺える。

「怖がって、疑って……」

 真を遠ざけ嘘を身近に置いていた。
 ルークはギリ、と歯を噛み締めた。

「ごめん。本当にごめん」
「私に謝罪は必要ありません」
「でも!」
「どうしても何か言いたいのでしたら、そうですね……。ありがとう、と言ってはくれませんか?」
「ありがとう?」
「謝罪よりも、私はその言葉のほうが嬉しいのですよ」

 元気のなくなってきた小動物を後ろ手に隠して告げればルークは数秒考えた。
 そしてゆっくりと一つ頷くと、表情に微笑を乗せて言う。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「こんな俺を見捨てないでくれて」
「貴方の味方であると誓いました」
「それでもだ」

 ファブレの使用人でありながらその忠誠をレプリカであるルークただ一人に持ち、ひそかにマルクトの軍籍ももつ男の顔には、泣きそうな笑みが有る。
 ルークはその表情の意味が分らなくて慌てていた。
 だがそれを男が留めた。
 何も慌てる事はないのだと。
 やっと心が通じて、嬉しいのだとそう伝える。

 いずれ裏切られるのが分っていても、見ているしか出来なかったもどかしさから、やっと彼は解放されるのだ。

 もしも、彼がヴァン以上のルークのお気に入りになっていたら、穏便にいけば解雇、そうでなければ邪魔者として暗殺される恐れもあった。
 ルークに信じてもらえない日々は辛かった。
 不実を抱いたまま裏切られ、その時どれほどの絶望を感じ、葛藤し苦しむのだろうかと思うと苦しかった。
 だがそれでも、間違っても殺されるわけにはいかないとそう彼は誓っていた。

 もしも、アクゼリュス崩落という事態にルークが関わるという予測された事態が起こったのであれば、その後のルークの心に触れるため。
 もし、ルークに真実を告げてから遠ざけられていた二年の間にルークに彼の言葉が、そのように言葉を出させる心が真実であると信じてもらえた事があったなら、その時は自分の死が重荷となることのないように。
 ルークを縛る事の無い様に、と。

 ルークを見捨てていないという立場を示しながら、ヴァンにもファブレ公爵にも、他の使用人にも不審を抱かれないように苦心してきた。
 それから解放される。

 誰に憚る事無く真実を口に出来る。
 ずっと耐えてきただけに、それは望外の喜びだった。

「俺情けない奴だったよな。裏切られた事も、アクゼリュスを――落としたことも、認められなかった。俺のせいじゃねぇって、責任転化して」
「今はどうですか?」
「もう、そんなこと言わねぇ」
「なら宜しいのでは? あれから、あの日から約二年経ちました。貴方はようやく七歳です」
「七歳児言うな」

 男は笑った。

「行いも罪も消えません。それは私も一緒です。まずは、認めることからはじめてみませんか」
「……そうする」
「貴方には仲間が居るでしょう」
「まだ、大丈夫かな」
「これからの貴方次第です。全て」
「うん。サンキューな」
「いいえ、どういたしまして」

 そうしてどちらともなく二人ははにかむように笑みを交わした。

「ルークさま。窓の外を見てください」
「窓の、外? ……ティア」
「彼女はきっと、ここに残った事に他の理由をつけるでしょう。ですが、貴方を待っていてくれたのですよ」
「俺を――待って……」

 中庭のような場所が見える。
 淡い光を放つような白い花が咲き乱れるその真ん中に彼女は居た。
 僅かに上を見上げる眼差しが、静謐で物悲しい。
 下から彼女を照らし上げる光が神秘的に見えた。

「そうだ! セントビナーが危ねえっ!」

 見入ったルークの脳裏にひらめく記憶があった。
 がたん、と床を鳴らして立ち上がれば、見上げてくる眼差しは決意をこめてルークを見ていた。

「行ってらっしゃいませ、ルーク様」
「あんたは――来てくれないのか」
「ご覧下さいルーク様」

 そう言って男はルークに手を差し出した。
 何の変哲も無い手。
 ルークはそう思ったが、男にとっては違ったらしい。

 差し出した利き手をさするようにしながら少し物悲しげに言った。

「ファブレのお屋敷にお勤めして、丸五年に満たない程です。ですが、ご覧のとおり、使用人として暮らす中で剣も握らずたたかいもせず、剣だこも小さくなり、技術も体力も衰えました」

 研究者、としてのあり方が近かったとは言え軍属であった頃はそれなりに訓練もしていた。
 だが、ファブレの屋敷に来てからは、少しでも軍の匂いを漂わせることに破棄おつけて生活していた。
 その中ですでに五年近くも剣に触れていない。
 ルークの肉体年齢である十七歳でも、男の実子が生きていた場合の年齢よりなお若い。
 ジェイドを初めとする彼らの行軍に足手まといにならずに付いていけるとは思えなかった。

「帰る場所は私が守ります。貴方様が憂えるとおり、もしかしたらあの屋敷にはもう貴方様の帰る場所はないのかもしれません」

 傷ついた顔をするルークに、男もまた顔をしかめた。

「ならその時は私のところに来てください。その時は私が貴方の帰る場所になります。私はルーク様のことを子供のように、それ以上に思ってきました。子供の帰るところは親のところでしょう。ルーク様が保護とは違う家を見つけられる時まで」

 人生に伴侶を見つけ、自分が親となり雛鳥を見守るようになるときまで。

「家族の真似事でもしてみましょう。きっと、楽しいはずです」
「……サンキュ」

 泣いているわけでもないのに、ルークは腕を目にこすり付けた。
 ごしごしとぬぐって笑う。

「俺行って来る。やらなきゃならないことがあるんだ。何が出来るかわからないけど」
「応援します。必ず、生きて帰ってきてください」
「おう」

 一言答えてティアのところに駆けて行ってしまったルークを男は羨望の眼差しで見送った。

 幾言か話をしているのが見える。
 言葉は届かない。
 彼の見つめる先でルークがティアからナイフを借りて、己の長い髪を断ち切った。

 風に流れて消えていく、第七音素の光――

 見届けて、くったりとした小動物をベッドの上に投げ置いて踵を返すと部屋を出る。
 力は無いがみゅ〜〜、と鳴き声がするので生きている事だけは保障できる。
 ユリアの末裔と言うビッグネームの第七音素術師も居るから大丈夫だろう。
 そのままさっさと各所への挨拶を終えてユリアロードへと突き進んだ。

 ルークより一足先に地上に出る。
 うまくしたならこちらにやってきているはずのガイラルディアにも会えるだろう。
 昔は、もしその時が来たなら、彼が領土とする地に移り住みたいと願っていた男だったが、今は違う意味で彼に一言物申したかった。
 ルークには、伝えない言葉を――。













それ行け一般人?――27



 アラミス湧水洞でガイが待っていてくれたときには感動した。
 ほんとうに嬉しかった。
 あいつが言っていた。ずっと昔から、俺の替わりは居ないって。
 ずっとそう言い続けてくれていた。

 この体は、命はレプリカで――ニセモノでも、俺とあいつが過ごした時間は、本物だ。
 オリジナルにだって替われない。
 俺とガイが過ごした時間も、それは一緒のはずだった。
 その事が証明されたようで、ニセモノの俺にも本物の何かがもてるんだって、そう思ったら、なんだか心がほっとした。

 アラミス湧水洞を出たところで、駆け込んできたジェイドにあった。
 ガイを頼ってきたらしい。
 イオンとナタリアが誘拐されたって、大変な事じゃないか。

「何だって!?」

 驚いて声を上げた俺を今初めて気付いたかのようにわざとらしくジェイドがみた。

「おや、ルーク。あなたもいらっしゃいましたか」
「……いたら悪いのかよ」

 ……ジェイドは相変わらず辛辣だった。
 だけど、それにも安心するなんておれ馬鹿じゃねーの? って気がした。
 あいつもガイも、俺に甘すぎるんだ。
 俺を甘やかそうとするから、そういうのが無くて安心しているのかもしれない。
 それに、なんとなくだけどさ。
 まだ、見捨てられては居ないと思う。
 なんとなくそう思うんだ。

 これからの評価を作っていける。
 まだまだこれからだて。
 今に見てろ、って。そうも思った。









 なにもかも、誰かが言ったとおりになる世界。
 いやまったく嫌なものですねぇ〜。
 つまりはこれが預言と言う物であり、こうなるとなぜ今までそれを受け入れてきたのか不思議な気持ちにもなりますが。
 まあそれが、戦闘力も無ければこれと言って目立った特技も無いそこそこ平凡な人間の口から語られたと言う事が大きいような気もします。

 私の知りえなかったこの事態を預言した――預言を記憶して伝えたのは全く一般人である現実に今存在する一人の女性。
 対して預言は今は聖女となっている過去のユリアが確立したローレライを通じて未来を知る方法。
 彼女曰く神託と言う形に近いのでしょう。

 私は全く信心深いと思いませんが、それでも隣人に今日一日に起る事を寝坊して遅刻する事から犬の糞を踏む事まで、昨日のうちに事細かに聞いて居たら気に障るとしても、それが信心する神様から聞いたとなればやはり心情は違うでしょうね。
 隣人に明日を知られるのは弱みを握られるにも等しい場合もありますが、神様は一応嘘をつきませんし。
 それこそローレライが人の秘密を握って何をするのかと言うことです。

 ついでに言えば、一般に詠まれる預言はそれ細詳細な物ではないことも大きな理由でしょうね。
 後になってみれば恐らくこれを詠まれていたのだ、とわかる事でも事前にはどうにも解釈の仕様の無い物も稀にあります。

 まあとにかく、この預言を詳しく知るのは私と――私を含めた彼女に関わる幾人かの人間だけです。
 今回の事はアクゼリュスのときとは違い、イオン様とナタリアの誘拐に対して特に対策は打っていない。
 命に関わらないのであれば、この先の展開は――ある種必要な事でもある。

 それは、アクゼリュスの崩落が必然である事と同じように。

 まあ、実際は力が足りないだけともいえますがね。
 各地からさまざまな人間が集まってくるローレライ教団、パダミヤ大陸に干渉するよりも、キムラスカに干渉するほうが遥かに難しい事ですから。
 モースがキムラスカに入ってしまえば、その動きをマルクトでは牽制する事ができないし、ですがもしモースがナタリアが偽りの子であることを吹き込む前にインゴベルド六世がナタリアに纏わる真実を知ってしまったとしたら。
 十分な情愛を育む前に偽りを知ってしまったなら、やり直しの機会は与えられないかもしれない。

 けれどもし、今この動乱を迎えるときにナタリアとインゴベルドとのあいだの茶番が行なわれず後に偽姫とわかる事があったなら。
 それもそれで私たちにとって好ましくない、キムラスカの火種となるでしょう。

 確実に解決する道が示されているのなら、それにのっかっちゃえばいいんですよ。
 預言wを正しく利用するために。
 いかなる預言でも従う、そんな気なんてありませんが、使う分には問題無しですからね。
 ただでさえキムラスカのほうはさまざまに有るのに、これ以上の面倒ごとはごめんですからね。

 先を見すぎて今を疎かにする事はできませんが、それでも私はいま、今がもどかしかい。
 他にもやらねばならないことは山と積まれているのに、時間は有限だ。

 語られた預言は確定事項であるとローレライ教団は、そして世界は言う。
 ならばその確定のために何故奔走するのかと。
 ですが、結局は預言も人が起こす事、と言うことなのでしょう。
 それが何も手を下さずとも起る確定事項なら、なぜモースは戦争を起こそうと必死になるのか、と。まあそういうことになります。

 それは彼女も言っていましたが、馬鹿ですよねぇ〜、と。


















 ダアトの見える場所に着き、真っ先に声を上げたのはミュウだった。

「ご主人様! あれがダアトですの?」
「俺は知らないよ。――そうなのか?」

 知らないをしら無いと応え、ルークはティアの顔を見た。

「ええ、そうよ。あの教会にイオン様とナタリアが軟禁されているのね」
「戦争を食い止めることが出来る可能性を持った二人ですからね。モースとしても、ダアトから外に出したくないのでしょう」

 殺さずに居たのは、何かに利用できる可能性を思ってか。
 それがモースの甘さでもあり、ジェイドたちにとっては至極ありがたいことだった。
 さすがにナタリアが殺されてはインゴベルド国王の説得への手が無くなる。
 モースにしたところで殺害がばれた場合のリスクを思っての事かもしれなかったが。

 あるいは、ただ預言にその死を詠まれなかったためか。

「伯父上に軟禁のこと伝えたらいいんじゃないか?」
「ナタリアは多分、アクゼリュスで亡くなったと思われてるはずよ。難しいわ」
「だな。それに陛下にはモースの息が掛かってる。俺たちで助けてやろうぜ」

 ルークの素朴な、と言うには楽観的過ぎる意見は次々と現れる厳しい意見によって退けられた。
 自分で考える、と言ったはずだったのに、すぐに現れる思考を経ない思考に、ルークは小さく溜息をつく。

「アニスが教団の様子を探っています。街で落ち合えればいいのですが」
「アニスを捜すしかねぇか……」

 誘拐を知っていてそれを容認するジェイドは、随分とアニスの反発にあったものだった。
 今お導師イオンの最初で最後の導師守護役。
 アニスはその言葉に強い意味を見出しているようだった。
 何とか丸め込んだ結果としての今なのであるが。

「けど、アニスはどこにいるんだろうな?」
「彼女は結構行動派ですからね。下手に探すより待った方がいいかもしれませんねぇ」
「でも、どんどん先に行っちまったりしないか?」

 ルークの言葉にジェイドは皮肉げな笑みを浮かべた。

「アニスは不必要に先走ったりはしませんよ。あなたと違って」

 ぐぐっ、とルークは言葉に詰まる。
 アクゼリュスとか、デオ峠とか、過去を鑑みれば返す言葉もありはしない。
 ジェイドの言葉はいつまでたっても鋭すぎる棘を持つ。

「……わ、分かったよ。じゃあ待とう」

 ルークが短い溜息に言葉を載せると、からかう口調でガイが言う。

「ルーク。イヤミにまで素直になったら、大佐にこれからいじめられ続けちまうぜ?」











それ行け一般人?――28



 アッシュと別れてからあれよあれよと言う間にイオンとナタリアを誘拐された。
 自身が内通者であるアニスはそれをよく分っていたが、ダブルスパイとなった上に心情が導師イオンの上に強く偏っている今となってはモースのやり口は気に食わない。
 無事だろうとの確信もあるが。
 モースは今のところイオン以外のイオンレプリカの存在を知らないはずなのだ。
 乱暴な点など扱いの悪さにはむかっ腹が立つが、危害を加える事は恐らく無いだろう。
 そうでも思っていなければやっていられない。

 また新たに作るにしても、ディストが少しの間くらいは邪魔をしてくれるだろう。
 多分、きっと。でも信用ならない。
 だって洟垂れだし。

 イオン様ももちろん大切だけど、両親のことも大切だった。
 今はマルクトの保護を得ている状態ではあるがそれも己の態度、行動次第といえる。
 スパイである事が何故だか知らないけどばれてしまっていた事と、イオン様を大切に扱わないモースと比べたらまだマルクト――この場合は大佐の方がいいと思っただけで、ジェイドも言っていたがそれはアニスの両親を人質に取るのがモースかマルクトかと言うだけの違いでしかないとも言える。

 アニスはぷぅ、っと頬を膨らませた。

 アッシュが居ればきっともう少し楽だっただろうしこの愚痴だって聞いてくれただろうに。
 何をしたいんだか知らないけどさっさと一人で居なくなってしまった。
 アッシュといえばそういえば、別れ際に大佐から何か手紙を受け取っていたような気がする。
 真っ赤な蝋封がされていた封筒。
 ダアトに上陸したとたんに大佐に届けられて、一通は大佐の懐に。
 宛名を見てもう一通はアッシュに渡された。






 覗き込めば妙な蝋印が押されていた。
 一本のスミレ。
 昔、タルタロスでアニスが受け取った物と同じだった。
 そんな印章普通はありえないことぐらいアニスも知っている。

 もうひとつは、どうにも常に眉間に皺、の印象が強いあのアッシュが、その手紙を受け取ったときになんだか柔らかい表情をしたことだった。
 気になった。
 自分に手紙を送った相手が、どういう人間なのだろうかと。
 イオンの味方であってくれといったあの手紙の主は、一体どんな事を言うのだろうかと。

 普段から有る程度手紙のやり取りがあるというのなら、あのアッシュが受け取ったときに思わず表情が緩むような内容であるのだろう。
 それが面白くってでも気に食わなくってアニスはそのアッシュをからかう事にした。
 からかいやすい性格であることは事前に承知していた。

「あっれ〜? アッシュでれでれしちゃって。もしかしてう・わ・き? いいのかなぁ〜、ナタリアと言う物がありながら」
「てめぇ」
「まあアニス。わたくしがどうかいたしましたの?」
「な、ナタリア?」
「あ、ナタリア! アッシュがね〜、誰かから手紙が来たみたいでさ〜」
「まあ、アッシュに手紙?」
「そう! しかも相手を確認したとき眉間の皺が消失!! これは何か有るとしか」
「アニス!」
「い、いったい何がありますの? 教えてくださいませアッシュ」
「っく――!」

 じろり、とアッシュはアニスを睨みつけたがアニスは何処吹く風だ。
 大佐とフローリアンとイオン様はそれを黙ってみていた。
 笑いをこらえながらだったが。
 結局ナタリアに追い詰められる形でアッシュはその手紙を公開してしまう事になる。
 アニスの手に渡り開かれた手紙。

「どれどれ〜?」

 と眼差しを走らせる。
 ナタリアが胸を押さえるようにして、じっとそのアニスを凝視する。

 アニスが手紙を持っているのは、もしもアッシュ以外――この場合はこの手紙の主の事を知らない人間に知られてはならない内容があった場合の対策であったが、その場合はそもそも最も興味を持つだろうナタリアの前で渡すようなことはしないだろう。
 手紙を貰ってアッシュがあんな表情をする。
 それをナタリアに見られれば、アニスの干渉なんて物が無くても似たような展開になることはある種目に見えていた。
 大佐にとめられることも無かったので、アニスは楽観していた。









久しぶりねアッシュ。
愛しい人には会えたかしら。きちんと挨拶できたかしら。
貴方の半身とも、きちんと話し合えたかしら。
そうである事を祈っています。

貴方は今頃どこに居るかしら。
この手紙がきちんとダアトで貴方の手に渡ればいいのだけど。
シェリダンで飛行譜業が発見されたという報告を聞いてから、ディストのやつ、空を飛ぶ研究に随分興味があるみたい。
あの譜業椅子よりももっと大型でスピードの出る奴を。
もっと早く手紙や物資のやり取りが出来るようになるかもしれない。
ある種の革命が起きるわね。









 なんとなくアニスは首を傾げた。
 普通だ。
 と言うのも変かもしれないが、普通だ。

 もうローレライ教団の内部に精通している事には疑問を持たない。
 教団内部に居る自分の両親を保護できるといっているくらいだし、大佐が直接アッシュに手紙を渡していることといい、何かしらの繋がりがあることは予測できる。
 モースの企みとか、イオン様がどうやら総勢で六人ほど居るらしい事とか、その手紙の人物からの知として又聞きする形で色々と知った結果として反発もあまり無いが、不思議な人、だとずっと思っていた。
 そのイメージの中の不思議な人と今回アッシュに当てられた手紙のイメージが食い違う。

 それともアッシュに当てる手紙ならいつもこんな風なのだろうか。
 そういえばタルタロスの中ではフローリアンが何か楽しそうに話していたような気がする。
 その時はどうにもピンと来なかったし、いまは肝心のフローリアンはさっさと家に帰ってしまってもう居ない。

 へー、飛行譜業が開発されるんだ。
 と感心しながら続きを読んで、自分の感情が納得の形を見つけ出す。









前置きが長くなったけど、この手紙は貴方に伝えたい事があってしたためました。
貴方の、名前について。

聖なる焔の灰、燃え滓。
ヴァンがあなたの事をそう嘲ってつけたことは知っているわ。
けれどもしそうだというのなら、私はヴァンの愚かを嘲笑う。

ここにもその意味が伝わっているのかはわからない。
そして貴方の名前について、あなたがヴァンが付けた以上の意味を知らないというのなら、それはかなり知名度の低い事なのでしょう。
けれど。

焔は灰となってからが真。
アッシュ。
それは灰、あるいは塵、あるいは骸――人間そのもののことをあらわす言葉。
世界を支える樹とも呼ばれるトネリコの大樹を指し示す事も有る。
樹は燃えさかり灰となり、灰は大地を養い新たな芽吹きの苗床となる。
命を育み再び樹と成って、またそれは循環し巡り行く。
世界そのものかもしれない。

誇っていいことだと思うわアッシュ。
その名を。その潔い生き方を。
他者を認める強さを。
貫く意志を。

君は再び見つけたはずだ。
キミの、味方を。
私もそうであるし、出会ったなら感じただろう。
ナタリアも、そうだったはずだ。

君は、アッシュは一人じゃないよ。









 ああそうか――と。
 そこまで読んだアニスの心を名前を付けがたい感情が支配する。
 不思議な気持ちが心を満たす。
 いつでも沢山ほしい感情ではなかったけど、痛みは無かった。
 ただその感情が溢れてくるのが不思議だった。

 ナタリアがアニスの目の前でアッシュに駆ける。
 照れたアッシュが僅かに視線を逸らす。

 アッシュの名前のことについて嬉しげに話す。
 己の事を燃え滓だと罵ったアッシュのその名前に、これほど沢山の更なる意味があると知って嬉しいのだろう。
 手紙にあったアッシュの味方、と言う文面にも反応しているようだった。




「味方はいいよ? 味方は。けど肝心なときにアッシュ居ないじゃん。ナタリアの味方じゃなかったの〜? もう。ナタリアのピンチには駆けつけるってどの口が言ったのさ〜〜」

 ぶつくさと呟きながら教団の出口、正門を目指して大またで歩くアニス。
 愚痴を零しながらも内心では不安でたまらなかった。
 どうか、どうかイオン様が無事でありますように。
 無事で、ありますように。

 だから、入り口で彼らを見つけたときガイを狙って飛び降りたのも、ルークに辛らつな事を言ったのも――分ってる。
 八つ当たりだった。











それ行け一般人?――29



 とりあえず様子見と称して、多くの譜陣の描かれた部屋を通り過ぎた次の曲がり角に差し掛かったときだった。
 曲がり角の向こうから聞こえてくる声は、何処かで聞き覚えがある。
 記憶を刺激するがあまり積極的に思い出したくない男の声もあった。
 彼らは反射的に身を隠し、耳をすませた。

「ええいっ! ヴァンの奴にはまだ連絡がとれないのか!?」

 苛立ちも露にがなりたてている男の声はモースのものだった。

「申し訳ありません。総長閣下はベルケンドに視察に向かわれて……」

 もうひとつ聞こえてくる、苛立ちをものともせず冷静に言葉を返すのは六神将魔弾のリグレット。

「ようやく預言通り戦争が起こせそうなのだぞ。こんな大事な時にあやつは何をしているか」
「大詠師モースは一足先にバチカルへ向かわれてはいかがでしょうか」
「仕方ない。そうするか」
「お送りします」

 ふんっ、と鼻を鳴らす音が聞こえて、続いて足音が彼らのほうへ向かってくる。
 前か後ろにしか道がない場所での事だ。
 慌てたルークたちは急いで引き返し物陰に身を隠してやり過ごす。
 教団内部であるが故に油断したのだろう。
 教団深部と言うにはまだ浅い。
 神託の盾騎士団本部を封じたと情報が広まれば、そこに通じる道を利用する物も少なくなる。
 思い込みによるモースとリグレットの浅慮と言えたが、彼らにとっては重要な情報だった。

「モース様、それに教官まで……。本当に戦争を起こそうとしていたなんて……」

 二人の姿が見えなくなるころティアが小さく呟いた。
 信じたくなかった、とその声は告げる。
 アクゼリュスで、それ以前のユリアシティで彼女は兄を世界の悪と切り捨てた。
 だがそれでも、ここに至ってなお何処か信じたいと思う心はあったのだろう。
 それが血縁者の悲哀なのかもしれない。

「と、とにかくイオンを捜し出して開戦を止めねぇと!」

 その雰囲気を何とかしたくて、ルークは拳を固めてそう言った。

「そうだな」とガイが重く返すのに続いて「そうですねぇ」と比べて軽い調子の声がする。
 もちろんジェイドであるわけなのだが、その見慣れない長身を見上げてルークは何処かげっそりと溜息をついた。

「やっぱ見慣れねぇな」
「そうですね。私も身軽すぎて妙に違和感を感じますよ」

 ルークの呟きに返すジェイドは、この場に至って軍服を脱ぎ着替えていた。




 ジェイドは教団内部に侵入する以前に服を着替えている。
 タルタロスに備品として積み込まれていた物だ。
 一度は神託の盾騎士団に占有されたが、備品の類は利用した形跡はあったがあまった物はそのままの形で残されていた。
 この服も、そうして残されていた物の一つだ。

 面倒は減らせ、と泣き言のように繰り返し言っていたルーアッシュの言葉と共にマルクト以外で活動するとき、特に神託の盾騎士団本部とキムラスカへ出向くときに着る為に用意された服だった。

 ジェイドが着替えてタルタロスからでて来た時には、なぜかみなそろって彼の姿を呆けたように凝視した。
 ジェイドの私服姿と言う物が思いつかなかったのだろう。
 私服といっても特徴のないものに収められている。
 白いシャツに黒いズボン。
 私服に着替えても職務上グローブはつけているが、青い二の腕まで有るようなものではなくやはりこれも特徴とはなりえない。
 そして清潔ではあるが新品と言うわけでもない。

 実は私服として用意されていた物には悪の譜術師ルックの物をはじめとしたピオニーとルーアッシュが共に企んだのだろう奇天烈な衣装も収納されていたのだが、ジェイドは後顧の憂いを無くすためにも、きっちりと消し炭としてきていた。

 とにもかくにもまともな服を選びそれ以外を消し炭とし、その結果としてジェイドは私服姿でローレライ教団内部に入り込んでいた。
 制服さえ着ていなければ、一般の参拝者と変わりない。
 そしてすくなくともジェイドはこれから会いに行くトリトハイムとは面識がなかった。




 トリトハイムに願い出て、ルークたち一行は教団の深部に入り込むことに成功した。
 それを得るまでに彼らはアニスの母親に出会い、アニスが何故玉の輿玉の輿と口にし続けていたのかを理解する事になった。
 頭の先まで預言に浸かり、そうして生きている夫婦である。
 預言の無くなった世界で同生きていくのかが不安になるが、なくなったらなくなったでアニスがどうにかするだろうと思える活力が彼女にはあった。

 彼女は両親を愛している。

「ああ、タトリンさん!!」

 その時一人の青年がアニスの母親のところに駆けてくる。

「次の仕事は聖堂の方じゃなくて図書館の方ですよ、もう。探しました」
「あら、そうだったかしら。ごめんなさいね」

 ふとアニスはいつものママとは違うかすかな違和感を感じた。
 なんだろうと考えて彼らを観察し、おぼろげに気がつく。
 預言、預言、ローレライ。
 善人では有るが主体性が低く、不信心な者に対して以外はほとんど人に対して好悪を示す事のない母親が、この現れた青年の事を苦手としている?

「もうかまいませんよ」
「そうだ。貴方に紹介するわ。この子がアニス。私の娘よ」
「この子が? ……」

 青年はアニスを見た。
 アニスも青年を見た。

「確か、イオン様の導師守護役でしたか?」
「ええ。偉大なる方の守護役になれるなんて、誇らしいことですわ」

 違和感を感じてよく観察していた故に。アニスはその青年がジェイドと目配せを交わしたことに気がついた。
 ならば、恐らくこの青年がマルクトから派遣された自分の母親の、両親の守りなのだろう。
 ダアトから出れば更に安全である事はわかっている。
 それを決断できないのはアニスだった。
 マルクト側はアニスの意思を待っているのだ。

 ジェイドと目配せした後の青年と再び眼差しがかち合って、アニスは気まずさもあり頭を下げた。

「はじめまして。アニス・タトリンです。母がいつもお世話になっています」

 と。

 続いて父親であるオリバー・タトリンにもであった彼らは何故アニスがああいう性格に育ったのかをなおの事深く実感する。
 ちなみに此方でもアニスの母親とであったときと同じようなやり取りが窺われた。
 何処からともなく駆けてくる此方は髭の中年であった。




 入手した木札を見せて、神託の盾騎士団本部へルークたちは侵入した。
 長い、長い通路を辿った末にたどり着いた施設は外界の光を拒むつくりになっていた。

 歪な通路に無数の扉と階段。
 何処も似たような雰囲気であり、迷路じみた印象を受ける。
 神託の盾騎士団の兵士はここで方向感覚を養っているのかもしれない、とルークが思ったのは秘密だ。
 何処が何の施設だったか覚えるのが大変そうな場所ではあった。
 アッシュも新人の頃は迷ったのかもしれないと思うとドキドキしてきた。

「けど……ここから何処へいけばいいんだ? イオンたちは何処に軟禁されてんだ……」
「分かんないよ。しらみつぶしに探さないと」
「そんなことしてたら見つかっちまうぞ」
「まあ、本部のこの構造を見る限り、部外者がまぎれて見つからないってことはそもそも無理でしょうね」
「ジェイド……」

 ぐるりと周囲を確認したジェイドが言う。
 ブレインであるジェイドにそういわれると、途端にどうしたらいいのか分らなくなる。
 諦めちゃダメだ! とルークが思考を重ねようとしたときジェイドが言った。

「実は軟禁場所に少々心当たりがあります」
「ええ! 本当ですか大佐!!」
「まずはそこを当たってから他の場所を網羅するということでどうでしょうか」
「ええ。その方が効率がいいと思うわ」
「早く助けられるなら何でもいいって!!」
「では、そういうことで」

 呟くジェイドの眼鏡が怪しく光る。
 クルリと振り返った先に居たガイはその様子に不安を覚えた。

「な、なんだ? ジェイドの旦那」
「道を切り開くのはガイ、全面的に貴方にお願いしたいと思います」
「お、おれぇ!」
「ええ、あなたに」

 悪い予感と言うのはよく当たるもの。
 偉人じゃなくてもよく言ったものである。

「シンクと張り合うあのスピード、足の速さで近場の兵士を片っ端から殴っちゃってください。神託の盾騎士団の内部でマルクト、キムラスカの両国の人間が殺人を犯しては後々痛い問題ですからねぇ。今は導師もいませんし」











それ行け一般人?――30



「いきなさいガイ!」
「トホホ……、何で俺だけ」

 雰囲気だけはたっぷりと、だが小声で指示を出すジェイド。
 宣言どおり攻撃の全てをガイに任せ自分ではドラの一つも叩きもせず、ジェイドは食えない笑みを浮かべたまま彼らの後を付いて進んだ。
 鞘に収まったままの剣で片っ端から兵士達を昏倒させ続けるガイは何処か涙目であった。




「イオン! ナタリア! 無事か?」

 駆け込んですぐに二人の姿を見つけ、ルークは勇んで声を掛けた。

「うっわ、大佐変! どんぴしゃだよ」

 叩いて殴って昏倒させて、天人菊が涙ながらに破竹の勢いで突き進んだ先で一番に開いた扉。
 そこにイオンとナタリアは居た。
 いまやダアトの内患であるが、スパイであるアニスでさえも入手できなかった情報だ。
 何処が情報源なのか気になるところだ。
 ダアトの情報統制ってそこまで甘いのだろうかと考えて、いやそんなことはと思いかけてそうかもしれないとすぐに思った。
 ツートップ体制は混乱を招く。

「いえいえ、ちょっと妙な――知人が居まして」

 友人と言おうかどうか少し迷ったジェイド。

「その人、預言師なのかしら」
「いえ全く。第七音素どころかあらゆる音素と相性が悪い変人ですよ」
「そ、そうなの?」

 そこまで言われると同調していい物かどうかティアは迷った。
 自分が言っても他人には悪く言われたくない。
 アニスのような前例もある。

 さっさと見つかったことは喜ばしいことなのだが、ジェイドとしては複雑なところもある。
 ダアト港でアッシュへの手紙と共に受け取ったルーアからの手紙に書かれていたのだ。

 紙に四角を書いて、中心に神託の盾騎士団本部とでかでかと書いてある代物の左上のほうに丸が描かれており『手前のドラ付近の扉の中の、突き当たり一歩手前の部屋。右か左かは忘れた』とだけ書かれていた。
 イオンとナタリアの誘拐については聞き及んでいたが、手紙を受け取った当時は神託の盾騎士団内部の正確な様子を知らなかったので意味が分らなかった。
 だが、ここに来て真っ先に思いついたのがその手紙だった。

 案の定というか、当たり続けると関心するのは最初の方だけでそのうち段々と嫌になってくる。
 右か左かは分らない、といわれて左を選んだのはジェイドだった。
 かすかに安堵を覚えるのは気のせいではない。

 選ぶ余地が有るということが例え支配されているのだとしても自分で選んでいるのだと錯覚させる。
 その選ぶ余地が錯覚だとしても、一般に詠まれる預言には曖昧なところも多い。
 それが錯覚を呼び支配されているのだということを忘れさせる。
 それがユリアの預言なのだろうとジェイドは自戒した。

 ジェイドは必ず反発するだろう自信があるが、自分で選ばなくてもいいというのは随分と楽で快適なことである。
 支配されているとしても明確な監視者は居らず、その支配には痛みも暴力も無い。
 ただ預言として告げるだけである。

 まだ逃げる算段を諦めていなかったのだろう。
 扉が開かれた瞬間に殴り倒して脱出すると決意を固めていたナタリアが振り向いたナタリアは、翻る赤い髪を見て瞬間表情をこわばらせるがすぐに笑みを浮かべる。

「……ルーク……迎えに来てくださいましたのね?」
「アッシュじゃなくて悪かったな」

 苦笑とも自嘲とも取れない表情でルークは言った。

「誰もそんなこと言ってませんわ!」

 喜びを満面に浮かべた顔面に、今は『不満ですわ』とでかでかと書いてナタリアはルークに詰め寄った。
 ルークに自覚はなかったが、これは聞き手によっては痛烈な皮肉となるだろう。

「愛されていますねぇ、ルーク」
「……ナタリアが愛しているのは俺じゃなくてアイツだろ?」
「まあ、失礼ですわねルーク。あなたがわたくしと約束したルークではなくても、わたくしは貴方を従兄弟して、家族として愛していますわ。一緒に過ごした時間まで否定なさるつもりですの」
「――ごめん、ナタリア」

 呆けたようにルークは言った。
 何かよく分らないが胸を塞ぐように感情がわきあがる。
 ショックを受けている自分にルークは衝撃を受けた。

(なんなんだ、これ)

 行き場の無い思いに、自然と手のひらが胸に置かれた。
 突き刺さる感情だった。
 けど、その痛みは心地よかった。

 ナタリアもナタリアで何処か吹っ切れた物があるようだった。
 止めはきっとダアト港の手紙だろうとアニスは推測するが今は心底どうでもいい。

「イオン様、大丈夫ですか? 怪我は?」

 本人に自覚はないようだが、傍目には花が咲いたようにぱぁぁ、とした空気を放出しているルークを置いてアニスがイオンに駆け寄った。
 その体を確かめるようにパタパタと触れる。
 イオンの正体――それが同じレプリカたちの中でも体の弱い方だと知ってからのアニスの心配振りは姉か母親だ。
 母親は無理だとしても、実年齢ではかるなら年の離れた姉くらいにはなる。
 それが分るからイオンは面白くなかった。

「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」

 強く示すように、イオンはピンと立つ。

「今回の軟禁事件に兄は関わっていましたか?」

 ティアが問う。

「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。モースは一蹴していましたが……」
「セフィロトツリーを消すためにダアト式封咒を解かせようとしているんだわ……」
「……ってことは、いつまでもここにいたら、総長たちがイオン様を連れ去りに来るってこと?」

 イオンが掠り傷一つないのを確認してアニスはほっとして言った。

「そういうこった。さっさと逃げちまおうぜ」

 ガイが言う。
 帰りもまた神託の盾兵士を殴って昏倒させるのは自分なのだろうと、助けられた二人には分らない諦観を瞳に滲ませる。

「ひとまず、街外れまでで大丈夫だろう。この後のことは、逃げ切ってから決めればいい」
「なら、第四石碑だっけ? あれがあった丘まで逃げようぜ」

 内心でガイに手を合わせ、ルークは言った。




 第四石碑の丘にて、紆余曲折の末マルクトはグランコクマに向かうことが決定された頃――すでにセントビナー、そしてエンゲーブでは地震の頻発を理由に一般人の避難が開始されていた。
 アクゼリュスの崩落に煽られて微震を繰り返す程度では有るが、皇帝はそれを大きな地震の前兆――余震であるとし発表した。

 足の遅い一般の人間さえ先に避難させることができたなら、規律正しく訓練された軍の人間だけならことが起こればすぐに退避することができる。

 モースは将来マルクトそのものの滅びが予言されていることを理由に瑣末事と見逃し、ヴァンもまた今は割ける人手が無いことといずれは全ての大陸を落とすことゆえ何処に逃げても同じと見逃した。







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