それ行け一般人? 21〜25

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それ行け一般人?――21



 ルークは、周囲の状況も自分の状況も忘れたように、アッシュの意識の中でそのそこに沈むように考えていた。

 目が覚めて、アッシュと一通りの罵りあいをして、アッシュが動く事によってそれが目に入った。

 もう何年も前から居るファブレ家の使用人だった。
 ルークは彼が何をやっているのか詳しく知らない。
 ただ、書庫でよく見かけるような気はしていた。

 その使用人がどんな仕事をしているのか、ルークはよく知らない。
 だがその使用人自身については知っていた。
 二年前、自分がレプリカだと気がついたとき、側に居た人間だった。
 ずっと自分だけの味方だって言ってくれていたのに、その言葉を信じられなくて酷い態度で接していたように思う。

 それなのに、ここにいる。
 まだ、自分の味方だって言ってくれている。
 アッシュが――オリジナルが目の前に居るのに、それでも一つも迷う事無くルークの味方だといった。
 アッシュとルークを比べる事すらしなかった。

 それどころか、その使用人は言ったのだ。
 将来、アッシュとルーク、つまりオリジナルとレプリカが兄弟のように過ごせたらいい、と。
 ルークには信じられなかった。

 以前屋敷に居たときに味方だと言われたときのように拒否する感覚ではなく、驚愕が強かった。
 信じられなかった、信じる事が怖くて遠ざけていた使用人が、そんなことを考えていいたなんて知らなかった、と。
 沈み込んだ意識は無防備だったのか、それを知ったらしいアッシュが笑った。
 嘲笑だったが、不快に思うより以前に愕然とした。
 これほどの真実を見ない振りをする事でどれだけ傷つけてきたのだろうかと。
 そして、自分のためだけに屋敷を出てこのユリアシティにまで赴いてくれた心を疑って、自分を信頼させたくせに裏切って都合よく利用して捨てていったヴァンを信頼していた自分が情けなかった。

 これでは嘲笑されても、反発する事もできない。




 それからルークはアッシュの視線でさまざまな物を見た。
 ルークには、アッシュが伝えようとする事柄以外はほとんど読み取れるものは無かったが、言葉とならない何かは、感じ取れるような気がしていた。

 憎しみのような、哀れみのような、言葉を持ってして明確に伝える事はできなくても、触れ合う事によってそれを感じる事ができた。
 それはある意味で言葉より明確な、伝達だった。
 感じ取ったルークもそれを説明知ることは出来ない。
 だが、何よりも理解できたような感じはした。

 アッシュの心の表層にあるのは、やはり憎しみや憎悪だった。
 それを感じ取ったとき、ルークは悲しくなった。
 だが、その視線と行動する時間が長くなるほど、アッシュが心を揺らす出来事があるほどに、その下にある違う感情がルークには感じられた。

 オリジナルに向けられる感情が、憎しみや哀れみだけではなかった事にルークはどれほどの安堵を覚えたかわからなかった。
 ただとにかく安心したのだ。

 アッシュの中に居る事で、ルークは多くの自分に向けられた真実を知った。
 その一つは、あの使用人だった。
 ファブレの家の使用人だ。
 表層だけなら何とでも言える。
 けれど、どうせレプリカだから、と思っているのではないかと勝手に恐れていた。
 善意と好意の言葉を嘘と決めつけていた自分の愚かを知った。

 朽ちたセフィロトを活性化させ外殻大地に上り、ベルケントに赴く。
 その間にもアッシュに向かって仲間たちがルークをどう思っていたのかを語った。
 初めは気がつかなかったが、その話題が繰り返されるごとにルークにもなんとなく分っていった。
 それが、アッシュが差し向けている事だと。

 本人が居ないと思っているためだろう。
 特にアニスなどはよく喋った。
 一度目と二度目では思うことが180度違うこともあった。
 一人の人間に対して項まで多方面に見ることが出来るのかと感心するほどだった。
 今までの自分の行動が他人の目にどう映るのかを、ほとんど初めて客観的に知らされた。
 意識だけでも赤面できた。

 ジェイドは毒舌だったが、根底では認める発言をされていて嬉しかった。
 認められていたのに裏切ったのは自分なのだと思い知った。
 タルタロスの甲板で、罪を認めることが出来ずに言い訳を重ねる事で相手を傷付けていたのだと気がついた。

 アッシュを見て、ナタリアの心が揺れているのが申し訳なかった。
 オリジナルルークの事はナタリアにとって特別であるのがわかった。
 だがそれでも、レプリカだと知れてもナタリアが自分を捨てたわけではないのも感じ取れた。
 ナタリアは言った。
「彼も王家の青い血の流れる人」、と。
 レプリカだと判った後も、変わらず身内として扱ってくれた。
 もともと口うるさい姉のように思っていた人だったから、恋慕が他に移るのは別によかった。
 誰と恋愛して結婚しても、むしろ姉弟であるのなら、あれるのならその絆は切れない。

 アッシュと共に地上に上る事になったイオンは言った。
「僕はルークを信じていますから」、と。
 それが、嬉しかった。

『俺の親友は、あのバカの方なんだよ』

 そう言ってユリアシティまで戻ると言ったガイの言葉に心が震えた。




 ユリアシティ。
 そこではまだあいつが、ミュウと共に自分の側に居てくれているのだろう。




 何が真だったのか、今なら分るような気がした。

 厳しく俺に示唆してくれたあいつがいた。
 でも、それを拒んだのも俺だった。
 いつでも、俺の味方だって――あいつは言ってくれていた。
 いつでも行動で示してくれていた。

 今思えば、ヴァン師匠や父上の目を図っての行動だったんだろう。
 それでも、咎めだてされて解雇されるギリギリであいつは俺のために俺の味方でいてくれようとしていた。

 なのに……。

 真実を嘘とし、虚実を真と思い込んだ自分はアッシュが言うとおり、それ以上に愚かだっただろう。
 その自分を、まだ信じて側に居てくれている。

 今、アッシュの中に居て、誰にも一言も伝えられない事が、途轍もなくもどかしかった。











それ行け一般人?――22



 キムラスカはベルケンドの第一音機関研究所にて、ジェイドはスピノザとであった。
 キムラスカ領の事であり、手出しする事もできずに居たがその男が居る事も知っていた。
 そして、何故レプリカに手を染めたのかも。

 そして、知ることと沈黙はまた別である。

 過去、ルーアッシュにスピノザなる男の事を聞いたときにもジェイドは憤慨した。
 一度憤慨したからといって本人を目の前にして怒らないかと言えばそれもまた別である。

「フォミクリーを生物に転用することは禁じられた筈ですよ」
「フォミクリーの研究者なら、一度は試したいと思うはずじゃ! あんただってそうじゃろう、ジェイド・カーティス! いや、ジェイド・バルフォア博士。あんたはフォミクリーの生みの親じゃ! 何十体ものレプリカを作ったじゃろう!」

 スピノザのその言葉に、全員の視線がジェイドに集まった。
 それを受けてジェイドは薄笑いさえ浮かべ、動じない。
 その責めはすでに想定されたものであった。

「否定は、しませんよ。フォミクリーの原理を考案したのは私ですし」

 人のフォミクリーなど作るつもりは無かった。
 だが、自らの行動による恩師の死と言う結果を覆したくて足掻いた結果が、今、出ている。

「なら、あんたにわしを責めることは出来まい!」
「おや? 何故ですか?」
「な、なぜじゃと!?」
「すみませんねぇ。自分が同じ罪を犯したからといって、相手を庇ってやるような傷の舐めあいは趣味ではないんですよ」

 つい、と眼鏡に手を添えてその位置を直す。

「私は自分の罪を自覚していますよ。だから禁忌としたのです。生物レプリカは、技術的にも道義的にも問題があった。あなたも研究者ならご存知のはずだ。最初の生物レプリカがどんな末路を迎えたか」
「わ、わしはただ……ヴァン様の仰った保管計画に協力しただけじゃ! レプリカ情報を保存するだけなら……」
「レプリカ情報を抜くだけでも、被検体に悪影響が出ることもあります。それに、なんですかその人類補完計画の亜種のようなものは」

 人類補完計画? と疑問が広がった。
 ジェイドが口にしたのは、ルーアッシュが時々口にする訳のわからない話の中に出てくる言葉だった。
 それもやはりルーアッシュ自身、この保管計画についてジェイドに説明している最中に呟いた言葉だったために、今再びスピノザの口から出た保管計画の言葉に記憶を刺激されただけだった。
 深い意味は無い。
 誤魔化したがるルーアッシュに深い意味を尋ねて呆れた記憶もあった。

「そうやって罪悪感を他者に押し付けなければ研究できないと言うのなら、さっさとやめてしまう事ですね」
「くっ」
「出来れば保管計画についても詳しく話を聞きたいところですが」
「……これ以上話すことはない。出て行ってくれ!」

 歯を噛み締めて、スピノザはそれだけを言うと二度と振り返らなかった。




「あんたがフォミクリーの発案者だったのか……」
「はい。フォミクリーが持つ数々の問題点。それを無視してでも行いたいことが、かつてはありました。……若かったのでしょうね。私も」

 怒りを含んだガイの声に、ジェイドは答えた。
 そして今より無知だっただろう。
 そしてその時は、今生えているその知――説明をするなら感情と言うのが最も近いだろうそれを、欲しいとも思って居なかった。

 当時は有るとも思っていなかった悔恨、遺恨その全てが、時を経てこうして己の身に返って来ている。
 世の中よく出来ているものだった。
 フォミクリーに苦しめられ、フォミクリーを知ったヴァンが世界の敵になった。
 だから、フォミクリーを作り出し、フォミクリーで数多の人々の苦しみを生み出した自分が責任を取れと、ルーアッシュは言った。

「大丈夫ですか、イオン様? 顔色が悪いですよ?」
「いえ……大丈夫、大丈夫です……。ただ、ちょっと、びっくりして……」

 アニスが黙り込んだイオンの顔を覗き込みながら言った。

 “イオン”は知っていた。
 己がどうやって生まれたか。
 何に端を発する命なのかを。
 そしてその生みの親とも言える人間の名を。
 であったのはごく最近であるが、その存在そのものは生まれてすぐから知っていた。

 そして彼は自分でも意外だった。
 そのことを知っていた。
 事実として受け止めていた。
 その上で、これほどショックを受けるとは。

「私がフォミクリーを生み出したので、ルークが生まれたのです」
「じゃあ、大佐がルークのお父さん、って事になるのかなぁ?」
「いえ、技術は作りましたけどアッシュにフォミクリーをかけたのはヴァンですから。ルークの父親はヴァンになるのではないですか?」
「えーっと、確か27歳だっけ、主席総長は。けど、見た目だけならルークの父親でも可笑しくないくらい老けてますよね〜。ルーク七歳児だし、そうならなおさら違和感ないし?」
「そもそも私の子供ならもっと利発で愛くるしいと思いますがね」
「あっははははは! それこそありえな〜い!」
「アニ〜ス?」
「テヘ?」

 ヴァンが父親、とルークは感傷に浸ろうとしたのだが、テンポのいい二人のやり取りはそれすら許してくれないらしい。
 だがそんな中でも、思わずには居られなかった。
 ヴァンが、父親だったら良いのに、と思っていた、バチカルのあの箱庭の中での日々を。

 父親が振り向いてくれなくても、ヴァンが居ればいいと思っていた。
 何一つ疑う事無く依存を深めていって――幻は所詮幻でしかなかった。
 もう一つ側にあった真実を蔑ろにして幻にすがって、目覚めの代償は都市ひとつと幾千の命。









「俺の親友はあの馬鹿の方なんだよ」

 と言うガイに、ルークがありがとう、とそう聞こえない言葉で呟くのをアッシュは聞いた。
 ふん、と内心で鼻を鳴らす。。
 ルークの思考が妙な方向へ行かなかった事はよかったが、自分の中に湧き上がる嫉妬にも似たその感情に、内心気分はよくない。

 仕方の無いものだと分ってもいたが。

 アッシュはガイのことを年の近い友として求めていたが、ガイにとってはあの時こそまだ憎しみも新鮮な頃合だろう。
 友として求め近づこうとしていたアッシュがどれほど憎く思えたkか、想像する事はできた。
 だからアッシュはガイが行く事を止めない。

 切ない思いをかみ殺し、ただ見送るだけだった。











それ行け一般人?――23



 ワイヨン鏡窟にたどり着いた一行は、イオンを連れて、内部を探索した。
 クラゲを倒し、カエルを倒して先に進む。
 人の手が入っている割に魔物の多い洞窟だったが、あるいは天然ではないのかもしれない。

 すでに廃棄されて久しい研究施設だ。
 レプリカの製作に欠かせないエンシェント鉱石から採取できるフォミニンを求めて入り口付近で採掘する以外、研究者は奥のほうには入ってこないのだろう。
 魔物を討伐する理由も無くなる。

 鏡窟の奥の開けた空間にたどり着くと、そこには幾つもの音機関が並べられていた。
 知識の無い人間にはただのよく分らない機械に過ぎない。

「ここは……?」

 見回して、ナタリアが呟く。

「フォミクリーの研究施設、ですね」

 とジェイドが答えた。
 存在を知っては居ても、足を運ぶのは初めてだ。

「廃棄されて久しいようですが……」

 と続ける。
 たしかあの洟垂れが使っていたと思いましたが、と首を傾げた。
 積もった埃が歳月を語る。

「ベルケンドの第一音機関研究所。そしてこの鏡窟……。こんな所にレプリカの施設があったなんて……。わたくし……自分の国ですのに、知らないことが多すぎますわね。王女として失格ですわ……」
「城の中にいるだけじゃ何も分からないってことは、ガキの頃学んだだろう?」

 顔をうつむけて自嘲気味に語るナタリアにアッシュが言った。

「あ……! あの時のことはよく覚えていますわ! あなたがわたくしを初めて城の外に連れ出してくれて……そして……」
「……城がバチカルになっただけだ。真実を知るためには、自分の目で、自分の足で確かめる。そうしなければ、この国の政治は何も変わらない」
「……あなたは変わりませんわね」

 微笑を持って、ナタリアはアッシュを見つめた。
 変わらない。
 アッシュと名を変えて、住む世界を違えても。
 彼は彼のままだった。

「子供の頃と同じように、この国の行く末を案じて、わたくしの至らない部分を助けてくれます」

 『勘違いするな』と口を突いて出そうになり、アッシュは沈黙した。

 俺は昔の俺じゃない。
『ルーク』は死んだ。……お前が見ているのは、ルークの幻だ。
 ルークと呼ぶな。俺は灰だ。聖なる焔の……ルークの燃えかすだ。

 そう、言うつもりだった。
 だが、言えなかった。

 アッシュに言う事を留めさせたのは、今もダアトに居るだろうある男の顔だった。

 イオンレプリカたちに遊ばれて悲鳴を上げて、恋人の動向にやきもきし、プロポーズして父親に殴られて散々周囲に笑われていた。
 近頃はノワールが送ってくる近状報告の手紙が危なくて恋人に見せられないと嘆いている。
 そもそも見せるものではないし、勝手に覗くような人物でもないらしいが、怖いものは怖いのだろう。
 そしてアッシュの知る限り誰よりも誠実な男だ。

 その男に出会うことで、時間をかけて会話を重ね、理解を深めていく中で、アッシュはルークである己と、アッシュである己と、その二つともを受け入れられるのではないかと、と思うようになっていた。
 まだ、決着は出ない。
 ならばまだ、否定を口にするのも早いのではないか、と。

 アッシュは音機関の端末まで歩き、スイッチを入れた。
 ごまかしなのは分っていた。
 だが今は、今は時間が欲しかった。

「演算機はまだ生きてるな」

 埃をかぶった操作盤のキーを打っていく。
 今まで眠っていた音機関が重たげな音を立てて目覚める。
 モニターは次々と文字列が浮かび、秘めたる内容を紡ぎだす。

「大したものですねぇ。ルークでは扱えなかったでしょう」
「これは……。フォミクリーの効果範囲についての研究……だな」

 アッシュの呟きに、ジェイドも覗き込んで同意した。

「データ収集範囲を広げることで巨大な物のレプリカを作ろうとしていたようですね
「大きなものって……家とか?」
「もっと大きなものですよ、アニス。私が研究に携わっていた頃も、理論上は小さな島程度ならレプリカを作れましたから」
「でか……」

 アニスが頭を抱える。
 南のほうにでもバカンスに個人で島でも欲しいのだろうか。

「……これか!?」

 モニターに目を走らせていたアッシュが舌打ちした。

「どうしたのですか?」
「見ろ! ヴァンたちが研究中の最大レプリカ作成範囲だ!」
「……約三千万平方キロメートル。このオールドラントの地表の十分の一はありますよ、やはり……知っては居ましたが、現実に見るのとでは認識がちがってきますね。あの馬鹿は役に立ちませんし」

 読み上げてジェイドも驚愕した。
 巨大なレプリカ、星そのものを入れ替える計画。
 もはやルーアッシュの言葉を疑うつもりは無かった。
 だが、どこか心の片隅では嘘であってほしいと、思っていたことも否定できないことだった。

 こうして目にする現実は、そういった思いを一つづつ潰していく。

「そんな大きなもの! レプリカを作っても置き場がありませんわ!」
「採取保存したレプリカ作製情報の一覧もあります。これは……マルクト軍で廃棄した筈のデータだ」

 散々脅しつけたのに、まだ捨てていないとはと舌打ちする。
 こちらの情報を洩らしているとは思わない。
 ただ、まだ先生の復活を完全に諦めては居ないのだろうか。

「ディストが持ち出したものか?」
「そうでしょうね。今は消滅したホドの住民の情報です。昔、私が採取させたものですから間違いないでしょう」
「まさかと思いますが……ホドをレプリカで復活させようとしているのでは?」
「……気になりますが、この情報は破棄しましょう。どうやらただの保管庫のようですし、他に利用されてはたまりませんから」











それ行け一般人?――24



 ただデータの抹消を図るなら機器を破壊すればよかった。
 だが出来うる限り痕跡を残さずに、音機関を稼動させてもすぐには異変に気がつかぬほどに慎重にデータを破棄するとなればそれなりに時間を必要とした。

 主に活動するのはジェイドとその補佐程度にアッシュであって、他の人間は手持ち無沙汰になる。
 アッシュに話しかけたいナタリアだが、仕事中とあっては無闇に雑談を振るわけにも行かない。

 アニスはイオンをつれてちょろちょろとしているし、一人相手が居なくて手持ち無沙汰となったナタリアは、なんとなく辺りを見て回っていた。
 やがて何かを見つけたアニスが一方へ駆け出した。
 はっきり言って退屈だった。

「あれっ、これチーグル?」
「ほんとだ」

 そんな時、ちょろちょろと動き回っていたアニスが何かを見つけた。
 施設の片隅、岩を穿って鉄格子をつけただけの小さな檻が二つ並んでいる。
 その中には一匹ずつチーグルが入れられていた。
 ミュウとは違う、黄色い毛並みをしている。

 イオンの手をつれて、アニスはその檻の前に駆け寄った。

「まあ! こんなところに閉じ込められて、餌はどうしているのかしら」

 ナタリアも近寄って覗き込んでいると、作業を終えたアッシュとジェイドが歩み寄ってきた。

「生きているんだから誰かがここで飼っているんだろう。多分こいつらはレプリカと被験体だ」
「そのようですね。星のようなアザが同じ場所にあります」

 ジェイドはチーグルたちを見た。
 外見だけでは一様に判断する事はできないが、恐らくはディストの作った完全同位体のチーグルのレプリカ、なのだろう。

「この仔たちもミュウみたいに火を吐いたりするのかな」

 手前側檻の前にしゃがんで、アニスが鉄格子を叩く。
 するとチーグルは激しく火を吹いた。
 アニスは驚いて立ち上がる。

「うわっ、びっくりした!」
「この仔も同じかしら」

 その様子を見て、奥のほうの檻の前にいたナタリアもアニスのようにしゃがみこむと、鉄格子を叩いた。
 チーグルは火を吹いたが、その炎は小さく弱かった。

「あら、こちらは元気がありませんわね」
「小動物イジメとはいけませんね〜」
「まあ、そんなつもりじゃ」
「ぶー、違いますよ大佐〜」
「まあ結果的には、と言うところでしょうか。……レプリカは能力が劣化することが多いんですよ。こちらがレプリカなのでしょう」
「でも大佐? ここに認識票がついてるけど、このひ弱な仔が被験体みたいですよ」
「そうですか。確かにレプリカ情報採取の時、被験体に悪影響が出ることも皆無ではありませんが……」
「まあ……悪影響って……」

 ナタリアが立ち上がってジェイドをみた。
 言葉はなくとも眼差しが答えを求めていた。
 アッシュは無言であさっての方を向き、ナタリアたちから眼差しを隠した。
 だが体のこわばりまでは隠し通せなかった。

 幾ら対策を練っている、とはいえ、根源的な恐怖は消えない。

「最悪の場合、死にます。完全同位体なら別の事象が起きるという研究結果もありますが……」

(そ、そんな……。俺が作られたせいで、こいつが……)

 ルークの動揺した声がアッシュの中を揺らした。
 その声が聞こえたはずはないのだが、ジェイドはナタリアとアッシュを順に見回し、安心させるように笑って言った。
 彼にしては珍しい配慮だろう。
 彼はどちらかといえば不安を煽る事を楽しむ悪癖を持つ。
 きちんとその後にフォローを入れるが――いや、このことに関してはからかう不謹慎を禁じたのかもしれない。

「ナタリア、それにアッシュまで。心配しなくていいですよ。レプリカ情報を採取された被験体に異変が起きるのは、無機物で十日以内です。生物の場合はもっと早い。七年も経ってピンピンしているアッシュは大丈夫ですよ」

 ふぅ、とナタリアは安堵の吐息を漏らす。

「よかったですわ……」

(よかった……)

 ルークも同様に、アッシュの中に安堵の声を落とす。
 ゆらゆらと言葉がゆれる。
 拒絶する事も、受け入れる事もできずにアッシュの心は苦しんだ。

 内に秘めがちな誰かの心情など知るわけもなく、アニスは頭を抱えて少し唸った。
 それを見て、イオンが控えめに笑っている。

「はぁーっ。レプリカのことってムズカシイ。これって大佐が考えた技術なんですよね?」
「……ええ、そうです。私の過去の一つ、ですがね」

 消したい過去、と言う言葉をジェイドは飲み込んだ。
 ルークの方向性はまだわからないからなんともいえないが、イオンを含め、二年前にザレッホ火山で拾い上げたレプリカたちの成長は聞くところである。
 今は目の前に本人も居るのだ。
 消えてしまえばいいのに、と言うようなことは、とても口には出来なかった。

「それに、結局わかったことって、総長が何かおっきなレプリカを作ろうとしてるってことだけ?」
「それで充分だ。……行くぞ」

 ルーアッシュの言葉からははっきりしなかったヴァンの計画の進行状況が分っただけで十分だ。
 ルーアッシュがもたらした数々の言葉は大いに実りあるものだったが、どうにも彼女の言葉は数字に弱いとジェイドは溜息をついた。

「行くって、どこへ……」

 ナタリアは動揺した声で尋ねた。

「後は俺一人でどうにかなる。お前らを故郷に帰してやる」
「あのー……」

 言って、背を向けたアッシュのその背中に、申し訳なさそうにもう一つの声が掛かった。

「そろそろ気がついてくださると嬉しいんですが」
「は? はうぁ! イオン様!! どうしてこんなところに居るんですか!!」
「え、ええ!? 導師イオンが、二人?」

 二人の導師イオンを見比べて混乱するナタリアと、曖昧な微苦笑を浮かべて立ち尽くすイオン。
 もう一人のイオンは、声を掛けてきたイオンよりもう少しはっきりとした苦笑を浮かべていた。

 現れたイオンに“イオン”が歩んでいく。
 並んだ二人は、同じ法衣、同じ髪型、同じ体格、区別が付かないほどそっくりだった。
 ただ、そこに浮かぶ表情と僅かな仕草が二人を分ける。

 誰もが、アッシュの中に居るルークすらも言葉を失う中、アニスが泣き出しそうな表情でイオンのところに走っていった。

「イオン様! 心配しました!」
「アニス……ありがとうございます」

 真っ先に、見過たず駆け寄ってきてくれた事がうれしかった。
 隣に居る“イオン”が羨ましげに見ているのが、少し誇らしかった。
 イオンは微笑む。

「どういうことですの? これは……。まさか!」

 ナタリアの声に、イオンたちが顔を上げた。
 アニスが彼女を見た。
 アッシュが、ジェイドが視線を寄せた。

「イオンも、レプリカですの?」
「……そうです、ナタリア」

 悲痛そうな面持ちで、イオンは告げる。

「本物の導師イオンは、すでにこの世を去っています。僕たちは二年前に作られた導師イオンのレプリカです」
「はじめまして、って訳じゃないけど、僕はフローリアンって言うんだ。よろしく、ナタリア」

 名を告げる時に誇らしげな表情をしたフローリアンに、ナタリアは胸を突かれた。
 服装のせいも有るのだろう。
 アシュとルークを見た時よりも、なお似ていると思った。
 その一人が、己が名を告げる。
 七年離れていたルークとアッシュよりもなお、似ているというには似すぎている互いに対して思うところはあっただろう。

 それが誇らしげに己を告げる。

「……改めて、わたくしからもご挨拶申し上げますわ。わたくしはナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。よろしくお願いしますわね? フローリアン」
「うん、よろしく!」

 せめてもの抵抗か、髪飾りを取り払ったフローリアンがナタリアに右手を差し出す。
 それを握り返して二人は、固い握手を交し合った。











それ行け一般人?――25



「それよりイオン様、今までどこに居たんですか」
「ええ、ちょっと誘拐されていました」
「はぁ! 誘拐!!」
「そう憤らないで下さい、アニス。僕のためでもあったんですから」
「……イオン様が、そういうなら」
「ありがとうございます、アニス」

 それでもぶ〜、と不満げに唇を尖らせるアニス。
 イオンがイオンではない事は知らされていた。
 だが、最後までイオンの味方で居てくれと頼まれて、そうであろうと誓ったのにそのイオンがどこに居るのか知らなかったと言うのは、悲しかった。

「僕らが入れ替わっただけならごまかしが聞くけど、アニスはごまかしがきかないから。アニスが居ないと疑われちゃうよ」
「分ってる、けど」
「どういう事情があるのか、ご説明くださるかしら」

 毅然とした態度で告げるナタリアに向き直ったイオンは、それでも何処か儚げな笑みを浮かべたままだった。

「僕は、僕達は導師イオンのレプリカです。二年前に死んだ導師イオンの代わりとして作り出されました」
「資質を選定して、イオンがイオンになって、僕達は用済みってことで捨てられそうになった時に、ある人たちに拾われたんだ」
「用済みって……」
「ザレッホ火山の火口にポイって」
「そんな、酷い……。ヴァンがそうさせましたの?」
「……うん」

 究極的には、自分が死ぬのにレプリカが生きている事が許せなかったオリジナルイオンが、ただ殺すただけでは飽き足らず、なお強い恐怖を求めた事だった。
 フローリアンもその怨嗟の声を幾度か聞いている。

 世の中敵と味方しかなくても、敵になるならより判り易い悪であってくれた方が戦いやすい。
 そう思ってフローリアンは頷いた。

「酷い……あまりに酷いですわ」
「僕は、導師イオンに選ばれたのでそのあいだ彼等が何をしていたのかよく知りません。彼等が生きているのを知ったのも、誘拐された後でした」
「僕らはイオンも含めて七人生まれた。選ばれたイオン以外火山に捨てられた六人とも助かったけど一人は死んだよ。詳しい事は知らないから説明できないんだけどさ、ザオ遺跡にアクゼリュス、パッセージリンクを解放するのには体力を使うんだ。イオンの命を縮めてしまうくらい。だから、譜術はイオンより苦手だけど体力はある僕が変わりに来ていたんだ」
「ヴァンがイオンを利用してセフィロトを解放させようとしていたのは分ったからな。……ザオ遺跡でそれを実行させたのは、俺だ」

 アッシュが口を挟んだ。

「何時から、どれほどを?」
「分らない。あんまり説明できないけど、信じてくれないかな。悪いようにはしないって。だって、僕を拾ってくれた人はいつでも言うんだ。誰も死なせたくないって」
「……」
「その人は僕たちを見間違えないよ。混同したりしない。六人も居れば一人ぐらい減っても、何て絶対いわない」

 残った六人で、無記名でいっせいに手紙を送っても、それを見極めて返事を送ってくる。
 その、喜び。

「その人が、イオンにばっかりダアト式譜術を使わせるのは危ないって言うから、2回だけ、僕が代わったんだ。けど、体力はあっても僕のほうが劣化していて譜術の才能は無いから、もうこれが限界。またイオンに頼む事になっちゃうけど」
「分りましたわ」
「ナタリア?」
「分りましたわ。わたくしは貴方を信じます」

 その言葉に、フローリアンはイオンが見せた事の無い表情で破願した。
 天真爛漫な笑顔で嬉しそうに笑う。

「ありがとうナタリア!」
「さあ、行きますわよ! 早くヴァンを見つけて、その企みを阻止しなければ!」
「うん」
「ところで貴方、どちらに住んでいますの?」
「今はダアトだよ。だからダアト港で下ろしてくれると助かるんだけど」
「まあ、大丈夫ですの?」
「灯台下暗し、って言うやつなんじゃないかな。僕以外は違う人のところに引き取られていったし、まだ大丈夫だよ」
「そう。それならよろしいのですけど……助力が必要になったならいつでも言ってくださいませね?」
「ありがとう!」

 喋りながらずんずんと来た道を引き返す二人にジェイドが胡散臭い笑みを送る。
 アニスはイオンの手をぎゅっと握って放さず、イオンもそっとそれを握り返す。

「我々はあぶれ者、ですかねぇ。アッシュ、ナタリアに捨てられましたか?」
「うるせぇ眼鏡」
「ふふ」

 からかうだけからかって、先を行くジェイド。
 その後を遅れて歩きながらアッシュは己の中に居るうるさい意識に対して意識を傾けた。

(うるさい。すこしはだまっていられないのか)
(だって、だってあれ、おかしくねぇ?)
(ちっ、クズが。気がつかなければいいものを)

 アッシュも、正直なことを言うならば統治者として将来のナタリアが心配になって来るくらいには、ナタリアは純粋に信じ込みやすい。
 今の会話も突っ込みどころは山ほどある。
 突き詰めてきかれれば、やばかっただろう。

(やっぱり、やっぱへんだよな?)
(今は、黙ってろ。……いつか、俺が認めてもいいって思えるような人間になったら、全部、教えてやる)
(……アッシュ、に?)
(何時までも認めることすら出来ねぇクズのままだったら、俺が――いつか叩っきる)

 言葉が途絶えた。
 互いに次の言葉を捜していたが、見つからなかった。

 そのまま奇妙なクラゲと貝のお化けのような魔物と戦闘になり、打ち倒せばそこはもうタルタロスだった。

 揺れる桟橋に、南ルグニカ地方が崩落したのだろうとアッシュの口から伝えられる。
 次はセントビナーの周辺が落ちるらしい、とそう伝えて――アッシュは回線を断ち切った。







 ルークはがばり、と飛び跳ねるように体を起こした。
 突然の行動に追いつかないからだが速い鼓動を打つ。
 心そのものの現れのように呼吸は速くなっていた。

 ゆっくりと己の手を見下ろす。
 黒ではないグローブ。これは、自分の手だ。
 握って、開いて、握る。
 自分の思うように見て、自分の思うとおりに動かせる。
 勝手に動く視界もなにか映像を見ているようでなれれば面白いものもあったが、やはり自分の体が一番いい。
 たとえ、それがレプリカであっても。

「回線、切れたのか……」

 呟いたルークの視界に青いものが飛び込んできた。

「ご主人様!」

 中身の有無を解剖して確認したくなるといったのは誰だったか、大きく柔らかいミュウの耳がルークの肌を擽った。

「みゅ、みゅみゅー!やめるですのー!!」

 その小動物をルークから引き剥がす手があった。
 細くごつごつしている男の手だ。
 その手の先には何処か憮然とした表情をしているあの使用人の姿があった。

「あ……」
「おはようございます、ルーク様。初めの言葉は私が、と思っていたのですが、この小動物に奪われてしまいました」

 ああ、だから不満そうだったのかとルークは納得した。
 少しばかり力強く耳を握られているミュウは少し憐れに思えなくも無いがよく考えれば普段自分がしている事と比べると遥かに優しい扱いだった。

「お、おはよう」

 ぎこちなくルークは挨拶をする。

「みゅみゅ〜〜」
「目覚めてくださって、本当によかったと思っています」

 きゅ、と鳴くミュウの耳を強く握って彼は言った。
 真の言葉を。
 今なら通じるだろうか。
 今なら通じてほしい。
 過去のあの日から、彼はずっとそう願っている。







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