それ行け一般人? 11〜15

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それ行け一般人?――11



 ルークがローレライの力を受けるのを、ジェイドは見ていた。
 それをヴァンが利用するその様も。

 アクゼリュスの崩落は必要なこと、とルーアッシュは言った。
 ジェイドもそれについては賛成である。
 ユリア式封咒とダアト式封咒には解咒のあてが有るが、アルバート式封咒にはその当てが無い。
 全てのセフィロトを一斉操作することを阻んでいるという封咒。
 それを残したまま一つ一つ大陸を下ろしていくのは非常に危険なことだった。

 そして、アクゼリュスのセフィロトの瘴気による汚染も、恐らくかなり深刻なものだろう。
 流動する地殻の固着を待つことは不可能。
 物語が大きく動き出した後なら堂々と動けるが、ヴァンへの情報の漏洩を恐れる現在では大きな動きも出来ない。

 聖なる焔の光と認識されなくなった本物と、聖なる焔の偽りの炎と、世界が、預言がどちらを筋ととるのか。
 あるいは二つそのものをとるのか。
 ルーアッシュの語る未来に、二人の姿が無かったように。

 預言のとおりに、聖なる焔の光がアクゼリュスを落とす。
 その時、どちらが落とすのがより安全なのか。
 ジェイドにはどちらとも言いかねたがアクゼリュスを落とすほどの力の解放――と考えたときにはやはりレプリカであるルークが落とす方がいい、との結論を得ていた。

 アッシュは超振動の制御訓練をしている。
 彼の努力は生半なものではない。
 プライドの高い彼は、こうと決めたら半端なことは許さない。
 かなり細やかな制御を可能にしていたが、全力の力を解放した事は無かった。

 そもそも、出来るわけが無い。
 全力で超振動を解放しても、オリジナルの七割の威力しか持たないレプリカ。
 だからこそのルークだった。














「ルーク、大丈夫か」

 甲板に横たわるルークの側にはヴァンが。

「俺……一体何が……」

 呟くルークの表情は、恐らくヴァンの位置からは見えないだろう。
 微かな理解の色を読み取って、ジェイドは眉を跳ね上げた。

「超振動が発動したのだろう」
「超振動……? タタル渓谷に吹き飛ばされた時の……?」
「確かにあの力の正体も超振動だ。不完全ではあるがな」

 ルークが知る事を知らないヴァンは腹のうちを見事隠してルークに接する。
 立ち上がるルークは、まだうつむいたままだ。

「師匠……。俺どうなっちまったんだ……?」
「お前は、自分が誘拐され七年間も軟禁されていたことを疑問に思ったことはないか?」
「え? それは……父上たちが心配して……」

 ことあるごとに繰り返されて、ルークに目隠しをする言葉。
 真実から目を逸らさせる暗幕。
 だが、めったに触れ合えない母シュザンヌの心配は、ルークも知っている。
 その本物がこそ、暗幕で視界を閉ざされることを享受する一助ともなっていた。
 無意識に。

「違う。世界でただ一人、単独で超振動を起こせるお前を、キムラスカで飼い殺しにするためだ」

 違う。
 もう一人いる。
 とは彼は言わない。
 もしかしてヴァン師匠は本当に知らないんだろうか。
 だったら知られたくなんかなかった。
 自分がニセモノだ、などと。

 ルークの頭には、初めて出会ったオリジナルが、ヴァン直下の六神将であったことなど吹き飛んでいた。
 出会いそのものの印象が強すぎ、そしてそのあと認識を正すための対面は無い。

「師匠、待ってくれよ。何がなんだか……。だいたい超振動って……?」
「超振動は第七音素同士が干渉し合って発生する力だ。あらゆる物質を破壊し、再構成する。本来は特殊な条件の下、第七音譜術士が二人いて初めて発生する」
「それを俺は一人で起こせる? 今みたいに……?」
「そうだ。訓練すれば自在に使える。それは戦争に有利に働くだろう。お前の父も国王もそれを知っている。……だからマルクトもお前を欲した」

 父も国王も知っている。

 ああ、だからオリジナルは帰って来ないのか、と。
 本来その場にいたオリジナルを弾いて完全なる庇護の元で暮らしていたことを知っている。
 教えてくれた人間が居たから。
 陽だまりは偽りだったんだろうか。
 何もかも、全て?

 違う。
 陽だまりが有るなら、影があるのが当たり前だ。
 自分に色々と教えてくれたあいつや、母上や、ナタリアだって偽りじゃない。
 それらをオリジナルから奪ったなら、陽だまりが持つ影も享受するべきなんじゃないだろうか。

 頭ががんがんするようだった。
 分らない。
 何も分らない。
 誰かに聴くことしか出来ない自分。
 意固地になって、あいつの言うことを聞かなかったから?
 とルークは自問する。
 答えは出なかった。

「じゃあ俺は……、兵器として軟禁されてたってのか!?」

 そんなこと知らなかった。

「……まさか一生このまま」

 二十歳の成人の儀を迎えたら軟禁は解かれる。
 そう聞かされていた。
 自由になれるのだと、その日にあこがれて七年間を過ごした。
 待てば来る日だと言い聞かせて。

「ナタリア王女と婚約しているのだから、軟禁場所が城に変わるだけだろう」

 でもそれはオリジナルだ。
 俺じゃない。
 オリジナルなら軟禁で済むかもしれない。
 でも、レプリカなら?

「――そんなのごめんだ! 確かに外は面倒なことが多いけど、ずっと家に閉じ込められて、戦争になったら働けなんて……」

 戦うといったのは自分自身だった。
 相手が人でももう躊躇わないといったのも己自身だった。
 それでも、もう人なんて殺したくなんて無かった。

「落ち着きなさい、ルーク」

 ルークの肩に優しく置かれるヴァンの手。
 信じてもいいのか、迷う。
 けれど信じたい気持ちの方が強く勝った。

「まずは戦争を回避するのだ。そしてその功を内外に知らしめる。そうなれば平和を守った英雄として、お前の地位は確立される。少なくとも、理不尽な軟禁からは解放されよう」

 功績を挙げれば、レプリカでも、オリジナルが返ってきても、認められるだろうか。

「……そうかな。師匠、本当にそうなるかな」 「大丈夫だ。自信を持て。お前は選ばれたのだ。超振動という力がお前を英雄にしてくれる」
「英雄……。俺が英雄……」

 選ばれた、英雄。
 オリジナルではなく、自分が。
 オリジナルではなく、レプリカの自分が、選ばれた――!

 汽笛が響いた。

「着いたようだな。ここでバチカル行きの船に乗り換えだ」

 近づいてくる港。
 ここでもう一つ船に乗れば、それでバチカルに着くと聞いていた
 見たことも無い場所。
 果たしてそこを、なんと呼ぶのか。

 少なくとも懐かしいとはいえないだろう。

 それでも、屋敷にまでたどり着けば全て終わると思っていた。
 あいつとガイと、時々来てくれるヴァン師匠と、日常に帰るのだと思っていた。
 二十歳の成人の日は、外を知ったからにはなおのこと遥か遠くに思えた。

 そう思ったまま、その日が来るまで屋敷の中で安穏と守られて暮らすはずだった。

「……元気を出せ、ルーク。未来の英雄が暗い顔をしていては、様にならないぞ」

 ヴァンの安心させるような微笑みにルークは顔を上げる。
 誰よりも信じている、頼りになる敬愛している師匠。
 その師が、大丈夫だといった。
 自信を持てと微笑みかけてくれる。
 ならきっと大丈夫。
 大丈夫なんだ。

 そう己に言い聞かせて、ルークは精一杯元気に返事をした。

「……はい!」











それ行け一般人?――12



 ケセドニアにたどり着けば領事館などへの手続きはヴァンがするとのこと。
 だがヴァンは、ルーク誘拐の実行犯について少し調べるので同じ便の船には乗れない、と言うことだった。
 それについては不満を唱えたルークだったが、彼は思いがけず自由な時間を手に入れた。

 ガイやティアに流通のしくみの話を聞きながら観光がてらふらふらとする。
 それでもやらなければならないことは有るわけで、お忍びの旅とは言え導師イオンが“ケセドニア”に寄りつつアスターのところに挨拶に行かないというのも分が悪い。
 ついでにルークのアスターへの顔見せも済ませてしまおうと企むジェイドにのせられて、一行はアスターの屋敷に赴いた。
 出れば顔見せ、と言うことで面白そうに舌なめずりしていたノワールがルークの財布を掏り取りひと悶着おこし楽しげに去っていく。
 フラフラと陸の昆布のように揺れる蟻地獄人を見つける。
 ディンのボッタクリの如き口車に乗せられる

 手間は無かったはずなのに、何故か騒々しい事ばかりがおきるケセドニアだった。




 連絡線に乗れば、ジェイドは少しわざとらしいのを承知でローレライや第七音素についての話をした。
 小さな積み重ね、下準備の一つだ。
 役に立つかどうかなど問題ではない。
 全ては役に立たない方がよいことであり、役に立たなくてよかった、と思えるように進めていきたい。
 そう出来るならそれこそが理想なのだ。

 一体何を目的としてやってきたのか妙な口癖で喋る自立型譜業が空から落ちてきてガイに確保されかかり海に飛び込んだりとやはり悶着があったが、連絡船は無事にバチカルまでたどり着いた。
 本当に何がしたかったのか、一応六神将の妨害工作と言うことでフォローを入れておいたジェイドだったが、ディストの思考回路には頭の痛い思いをしていた。














 たどり着いたバチカルで、ジェイドはインゴベルド国王に親書を渡すことに成功する。

 不機嫌も露に立ち去るモースの背を、ジェイドはじっと見つめていた。














 帰宅した、事になるのだろう。
 ずっと住んでいたのに一度も見た事の無い自宅の門を見るルークは、不思議そうな表情をしていた。

 七年、住んでいるのに、一度も見たことが無かった家の門。
 これが不自然である自覚もなかった。
 ルークの世界は屋敷の中で終わっていた。
 壁の表と裏たった一つの障害物の向こうも知らない。

 門の内側にはすぐにファブレ公爵が立っていた。
 声を弾ませるルークとは対照的に、ファブレ公爵の声は変わることは無い。
 ほとんどルークの顔を見ようともせずにやがてセシル少将を伴って屋敷を出て行く。

 ジェイドはそれをただ、見ていた。
 ルーアッシュから事情は聞いている。
 ファブレ公爵の葛藤も情報としては知っている。
 彼には共感は出来ないが、これまで生きてきて集まったデータを元に想像することはできた。

 自分が選んだのはマルクトだったのかピオニーだったのか、考えた。

 マルクトを存続させるためにはピオニーを差し出さねばならないとしたら?
 ピオニーを生かすためにはマルクトを犠牲にせねばならないとしたら?

 すぐに比較するようなものでも無いと吐き捨てた。

 前提条件が違う。
 ファブレ公爵とインゴベルド国王は、今以上の繁栄を手に入れるためにルークを犠牲に差し出そうとしているのだ。
 ルークを犠牲に差し出さずとも、キムラスカが滅ぶといわれているわけでは――無い。

 ルーク一人、助けたからといって誰が死ぬといわれているわけでも無い。
 先を知らない半端な預言に踊らされて、滅びへの道をただひたすらに走り続けているに過ぎない。

 寂しそうにした表情をすぐに不満に書き換えて、寂しいことなんて無かったと思い込むルーク。
 自分がレプリカであることは知っていた。
 けれどオリジナルが生きていることは知らなかった。
 もし、オリジナルが今帰ってきたなら?
 そういう考えがふと脳裏を掠め、恐ろしくなる。

 両親は自分が偽者であることを知らない。
 たとえ知っていたとしても、本物が居ないから手元に置いた偽者だろう。ルークはそう思っている。

 考えること事態が恐ろしい。
 なら、全ての考えを放棄する。
 英雄になれば、和平を成立させて英雄になれば、関係ない。

 そうなはずだ、と己に言い聞かせて。




 ジェイドはルーアッシュへの連絡にしたためるべく屋敷の様子を観察していた。
 主にルークの帰還に対する屋敷の人々の反応である。

 何かことが起こった直後の反応は、日常の延長であるときよりも人が素直に感情を示す。
 この場合は、歓喜を。

 我侭お坊ちゃんではあるが、それなりに人望はあるらしい。

 今までの旅の間の感想としては、彼が選ばないことが一つの理由かもしれないと考察する。
 ローレライ教団最高指導者導師イオンに対しても、ファブレ邸の使用人であるガイに対してもその態度が変わらない。
 導師イオンも喜んでいるようであるし――生まれて二年の子どもであると思えば相手の思惑がどうであれ対等に話せることが嬉しかったのだろう。
 知識は刷り込みができても、情緒の発達だけは仕方が無い面が有る。
 世界にはややこしいことがたくさんあるが、立場上もルークとイオンであるなら体等に話していても問題は無い。

 ガイにとっても、それは居心地がいいのだろう。
 今は使用人生活が身に染みているようだが、元は貴族。
 頭を垂れる側ではなく、垂れられる側に居た人間だ。
 そして今仕える相手は憎い仇の男。
 使用人として頭を垂れるたびに彼がどれのどの屈辱を感じていたものだろうか。

 そしてジェイドは見覚えのある顔を見つけてそれを凝視した。
 庭師ペール。
 彼が、ルーアッシュの言っていたペールギュントか、と。

 視線に気がついた彼がジェイドに尋ねる。

「何かご用ですか?」
「私はジェイドと申します。……失礼ですが、どこかでお会いしたことがありませんか?」

 酷く驚いた顔をしたペール。

「き、記憶にありませんな……」

 ならば何故それほど驚く必要があるのか。
 行動そのものに不審を感じるだろう。
 マルクトの軍人がキムラスカの庭師と顔見知りである確率は普通に考えれば少ないことだ。
 知らなければ、ジェイドも不審に思いこそすれ深く追求することも出来なかっただろう。
 場所が場所でもあるし、それが利になるとも思えない。

「そうですか……」

 追求を諦めたふうに呟いたとき、小さな安堵の吐息が呟かれたのをジェイドは確かに聞いていた。

 呟けるのなら、ペールギュント、と彼の名を呟いてみても良かったかもしれない。
 かの老人の心理を圧迫する事が変化に繋がるのなら。
 だがかの老人はヴァンの進めている計画の裏の事情も知らない。
 繋がりも薄い。
 それを行なう意味は良くも悪くも、あまりなさそうだった。

 ルーアッシュは彼女自身が預言を覆そうとする不確定要素であるにも関わらず、そして己の行動で不確定要素を増やしているにもかかわらず可能な限りそれを減らそうとしている。
 本人自身がたいした矛盾だ。
 預言が確定しているものであるなら、不確定な要素を増やす事によってそれを覆す事が可能なのではないか、とジェイドは考えたが、利用できるものは可能な限り利用する。
 その利には適っている。

 預言は自然のものでは無い。
 詠む人間が居なくなれば、この世から消滅する。
 人の生み出した、技術。

 人はその技術を何のために生み出すのか。

 娯楽にせよ、戦争にせよ、生活にせよ、全ては利用するため。
 そうにしか過ぎない。











それ行け一般人?――13



 ガイとナタリアはどう見てもコントだ、といっていたのはこのやり取りだろう、と思うものを見て、ジェイドは頷いた。
 彼女の知はどこまでを見通すのか、何処までを見通そうとするのか。
 それすらも彼女は他者から与えられたものだという。
 その知識を彼女に与えたものが誰かと問えば、誰一人としてこの大地の上にはいないという。
 彼女の生い立ちは分らない。

 そもそも彼女はこれらの知識を遊びとして取り入れたというではないか。
 オールドラントの命運を左右する知識が、彼女にとってはただの遊びでしかなく、自分と出会う直前までは、それは生涯遊びのままで終わるはずだったという。
 一体どういう環境だったのか、推し量る事もできない。

 決して頭が悪いわけではない。
 対等以上に口を利き、計算も出来る。
 多少考えが固いところがあるが機転が利かない訳ではない。
 そしてこのオールドラントの未来を告げる預言を丸ごと覚えていたような記憶力もある。
 だが、フォニック文字や古代イスパニア文字の読み書きは出来ない。
 以前にルーアッシュが文字として使っているらしきものをジェイドは見たことがあったが、彼の目にそれは暗号としてすら映らなかった。

 有る程度の規則性のある書かれ方からして文字であり、文章だろうという事は分った。
 数ページにわたり部下に密かに模写させて執務室に持ち込み、解読を試みてみた事もあった。
 分った事は、彼女がもともとは自分たちとは違う、だがかなり深い知識構造を持つ社会にいたことだけだった。
 文字の種類は大別するだけで四つ。
 それに彼らも知っているのと同じ形の数字が組み合わされた文章はジェイドにして解読を不可能だと思わせた。

 これだけの知識を持つ文明が、二つの大国に少しも悟られもせずに存在していたのかと思うと信じられないような思いだ。
 そして彼女を残し、また誰にも悟られる事なく滅んでいる。

 信じられる事ではなかったが、その生き証人が目の前に現れたのではしょうがない。

 流れるようにファブレ婦人との面会を果たしルークの部屋にまで入り込む。
 ルークは誰にも何も、語らなかった。

 気がついていないはずは無い。
 もしかしたらこの旅にでるまでは、オリジナルはすでに死んでいて、帰ってくることは無いのではないかと淡い希望を抱いていたのかもしれない。
 だがそれも覆された。
 もはやそこに希望は無い。
 彼はオリジナルに出会った。

 そして彼は、それ以来一言もオリジナルについて語らなかった。
 レプリカについても喋らなかった。
 ジェイドはこれまでも度々オリジナルとレプリカの関係を示唆する言葉を呟いているし、そもそもタルタロスではオリジナルと共謀している節がすらルークに見せた。
 信用のなるものではないかもしれないが、それでも不安に思うなら。そろそろ一言くらい洩らしてもいいと思うのだが、彼は何も言わない。

 そしてヴァンへの妄信振りを深めていく。

 これが手ひどく裏切られたら、一体どうなるのだろうか、彼の心は。





 ジェイドはその日の夜に、周囲に人が居ないのを慎重に確認してからファブレ邸にてひっそりと渡された密偵からの手紙を見た。

『ルーク殿のヴァン閣下への妄信振りは帰還して以来、狂気的なものがあります。どうか可能であるならば、ルーク殿のお心を慮っていただきたく思います』

 密偵として放ったこの男の、ルークへの入れ込みぶりに苦笑する。
 そもそもの目的がルークの絶対の味方を作る事、であったのだから目的は達成されているといえるだろう。
 ただ、その思いが何処までルークに伝わっているのかは定かではないが。
 屋敷内の使用人のルークへの好意もなかなか目を見張るものがあったのだが、それをルークが何処まで感じ取っているのか。

 今のルークには、無理なのかもしれない。
 他人の感情に疎く、自らの心にも疎い。

 目に見える悪意には鋭く、自分に向けられる好意に鈍感だ。
 そして隠された悪意にはなお鈍い。
 ヴァンは中でも誰より分りやすくルークに好意を示した人間なのだろう。
 好意を示し、そして叱る事でお前の事を思っていると、そう示した。

 その中にある真実とやらを巧妙に隠して悟られはせず、巧みにルークの依存を増やしていく。
 それもまたヴァンの思うままであり、ルーアッシュの思うままでもある。

 ルーアッシュは、現状での救いより、事が起きた後いかにしてかの少年の心を拾い上げるのか。
 それに腐心しているようだった。






 翌日になり、ジェイドの元に王城から使者がやってきてジェイドは登城した。
 待たされる間に張り詰める空気。
 それこそが自分のものだとそう思う。

 ルークの登城より先に、和平条約を締結する事が決定されたと告げられる。
 それに対して親書にあったアクゼリュスに救援を送る、とも。
 その早い決定と手際のよさを不審に思う事がたとえあったとしても、異議を唱えることはできないし唱える意味も無い。
 都合のよさを不審に思いつつも行くしかない。

 そういうことか、と。
 ルーアッシュに知らされていた事と現実とをかみ合わせて内心で嗤う。

 申し出の内容はルーアッシュが居ても居なくてもさして代わり映えするものでは無いだろう。
 アクゼリュスへの申し出は全てキムラスカとモース、そしてヴァンにとって都合がいい。
 そしてマルクト側としてはそもそも自分たちの申し出である。
 キムラスカ側にルークがレプリカであるという事実が知れて居ないのであるなら、アクゼリュスで預言に詠まれているルークなら、アクゼリュスまでは何があっても死ぬ事は無いだろうと高を括る馬鹿も居るだろう。
 モースとティアの密談に密かに嘲笑を送り、ジェイドは待った。

 やがてルークがやってくる。
 目の前で行なわれるのはルークを納得させるためだけのとんだ茶番だ。
 ヴァンと言う餌に見事に釣られるルーク。

 ヴァンが犯人であるかどうか計りかねているから、ルークが親善大使としてアクゼリュスへ行ってくれれば、ヴァンを解放し協力させよう?
 相手がルークであり、対象がヴァンでなければ何かしらの異論は出ただろう。
 出た所で強引に丸め込んだだろうとも想像ができるが。
 どうしてヴァンが犯人であるかどうか分らない事とルークが親善大使になってアクゼリュスに行く事が同じ天秤にかけられているのか。
 そもそもの議題のすり替えに盲目となったルークは気がつかない。




 そして、親善大使として、ルークのアクゼリュス行きが、決められた――。











それ行け一般人?――14



「ところで……イオン様が連れて行かれましたが」

 飄々とジェイドは言った。









 廃工場でナタリアを連れて行くかどうかとひと悶着あった後、結局連れて行くことになった。
 自分も戦える、と豪語したとおり、弓の腕前はなかなかののだった。
 長距離タイプの戦士が居なかったのでバランス的には丁度よいかとも思ったがやはり女王、連携の取り方が上手くはなかった。

 外交的にさまざまに問題が有るだろう。
 ナタリアがりることは。
 船頭多くして船山を登るというが、命令系統のトップが二つ有るのはややこしい事態を生む。
 今回のたび程度ではあまり関係ないかもしれないが、あまり広く世間を知らないルークとナタリアの意見の衝突の末に、彼の意見が採用されない辞退も増えてくるだろう。
 険悪な雰囲気は避けられないか、とも思う。

 そもそもモースにとっては、捨て駒に等しいのだろう、ナタリアは。
 彼女は王家の血を一滴も引いていない。
 彼にとっては、戦争の理由となれば何でもかまわないのだろう。

 アクゼリュスでルークが死んだ。
 第三王位継承者が死んだというだけで、それがキムラスカ側の思惑だとしても対外的に他にそれを知る者が居ないのだから理由に出来る。
 ついでに王女も死んだとなれば更に強く開戦への理由に出来る。
 まかり間違って生きて帰ってきたならば、そのときに偽王女だと明かせばいい。
 モースにとって不利は無い。

 幾度かの戦闘と有る程度の大物との戦いを経て彼らは雨の降りしきる外へと足を踏み出した。





 雨にぬれながら全員が降りるのをルークは待っていた。
 傘は無い。
 そもそも屋敷の中の生活では必要なかった。
 絵としては知っていたが、実際に以前の旅の時に、傘とは都市に住む人間が使うものだと知った。
 雨が降っていたって旅人は傘を使わない。

 雨は避けて旅をしていた。
 全身がずぶぬれになるまで雨を浴びる体験は珍しいものであったが、何時までも楽しんでいられるものではなかった。
 冷えてくる。
 不機嫌に周囲に視線を走らせれば、少し離れたところに陸艦らしきものがが停泊しているのに気がついた。

 目を凝らせば神託の盾兵たちがおり、烈風のシンクの姿も見えた。
 その彼らに拘束されて連れて行かれようとしているのは――あれはイオンか。
 理解した瞬間、カッと頭が煮え立った。

「イオンを……返せぇ〜〜っ!」

 腰のに固定した剣を抜いて振りかざし、ルークは走った。
 彼にまだ深い自覚は無い。
 だが、イオンは大切な人間だった。

 戦いたくないと思っていた。
 それでも今は激情のまま剣を抜いていた。
 一度振り下ろせば誰かか自分か、必ず傷つける凶悪な刃物を。
 一体それで誰を切る――殺すつもりだったのか。

 何かを考えたわけではなかった。
 だが、ルークの足はまっすぐに、イオンの側に立っていた黒衣に赤髪の男の背へ向かう。
 その男はルークの声に振り返り、左腰の剣を抜いて怒声を発した。

「……お前かぁっ!」

 ガキン、と剣が打ち合う音がする。
 何も考えぬままにルークは剣を振り回した。
 剣は激しく打ち合わされる。
 剣を振るタイミング、打ち合う力、取る間合いまでもが同じ。
 まるでよく出来た剣舞を見ているかのようだった。
 雨の紗幕が舞台を演出する。

 遠いその剣舞に、誰もが言葉もなく魅入られた。
 神託の盾騎士団の兵も、ナタリアやアニス、ティアやガイも。
   もう一度刃をぶつけ合い、ギリギリと拮抗しながら睨み合う。
 見たくないものが目に入る。
 紅い髪の男の、その顔が。

「くっ……!?」

 ギリ、と歯を食いしばった。
 間近で自分を睨んでくる雨に濡れた男の顔。
 しかめられた顔といい、パーツといい配置といい、鏡を覗き込んだような錯覚をする。
 以前に会ったときには上げられていた髪が雨に落ちて、少ない差異を埋めてしまう。

 似てる。
 似てる?
 違う。

 同じだ!!

 ガキン、と弾かれて背後に飛び退る。僅かに距離をとり、対峙しる。
 悪夢でも見るかのように怯えて顔をしかめるルークに対して、相手は微かに口角を吊り上げて見せる。
 にらみ合うように、見詰め合った。

「ルーク!」

 駆け出しながらガイが叫ぶ。
 ナタリアが、ティアが、アニスが驚き息を呑んだ。
 状況が止まったせいで良く見えた。
 並んだ二人の横顔が。

「アッシュ! 今はイオンが優先だ!」

 シンクが呼ぶ声に、「分かってる!」と返してアッシュは身を翻した。
 去り際にルークを睨みつけ言い捨てる。

「いいご身分だな! ちゃらちゃら女を引き連れやがって」

 ナタリアと共に居るルークに対しての嫉妬に近いものだろう、とジェイドは分析した。

 蹲って胃の中の者を吐き出す。
 胃の中の物を吐きながらルークは思った。

 自分は恐れているのではないか、と。
 いつか彼が帰ってくることを恐れている。
 オリジナルが帰ってきて、屋敷や父上や母上はもろ手を上げてオリジナルを歓迎して、レプリカはニセモノだから、本物が有るからもういらない、と捨てられるのではないかと。
 ヴァン師匠だって、オリジナルが居たら、レプリカなんていらないんじゃないか?
 あの時、地下牢の前で言ってくれた言葉は全部、オリジナルに向けてのものだったんじゃないのか?
 ヴァン師匠と旅をしたのは、きっとオリジナルだ。
 ヴァンはオリジナルを知っていて、自分が同一である事を前提に話をしている。

 自分の前に、オリジナルが現れるのが怖かった。
 何故、今更。
 七年も経って、今更。

「……どういうこと?」

 呟かれた言葉に答えを持つものはいた。
 だがその人物は沈黙を通す。
 やがて話題を摩り替えるように飄々と言った。

「ところで……イオン様が連れて行かれましたが」
「……あああ!! しまったーっ!」

 とアニスが喚いたが、もう後の祭りだった。











それ行け一般人?――15



セカンドフォニムでミュウが進化?
是非ザオ遺跡へ!




 と書かれた手紙を見て、ジェイドは溜息を零す。
 行く行かないは割合どうでもいいのだが、一応イオンは六神将――彼らの手の内と言う事になっている。
 ザオ遺跡にイオンを連れて行くのはヴァンの思惑だろう。
 ルーアッシュの語るもしもの可能性――預言にも等しいその中においてアッシュがルークに回線をつなぎ、ザオ遺跡に来いと言ったのは、ヴァンに悟られぬようにヴァンの計画を邪魔する一手、と言うことだろう。

 アッシュもルークも、互いに未熟ゆえに成功したとはいえないようだったが。

 今回もアッシュたちはザオ遺跡へ行くだろう。
 そして、あまり早くザオ遺跡にたどり着いても問題がある。
 ヴァンの出発時に鳩を送った。
 マルクトの救助隊はそろそろ撤退の準備を始めているだろう。

 彼女の語る歴史では派遣された先遣隊が殺されていた、と言う。
 ヴァンの手によるものだろう。
 アクゼリュスの住民の救助も民意を拾う上で大切だが、無駄に兵の命を散らす事はできない。
 救助の兵がヴァンによって発見される事で事態が悪化する恐れもある。

「ではザオ遺跡に行きましょうか」

 砂漠の陽光にも白い肌を焼きもせず、ジェイドはいつもの薄笑いのような表情で言った。
 この場での結論でもあり、最終的な総意ともいえた。
 アッシュが回線、同調フォンスロットの実験も兼ねて、ルークに告げたのだ。
 イオンはザオ遺跡に居る、と。

 アニスはすでにこちらに居る。
 ジェイドが行く事を示唆すればアニスも行こうと口にする。
 そうなればなんだかんだといって皆、それなりに理由など出来てしまう。
 小さなその理由を後押しするのがジェイドであり、アニスだった。

 同調フォンスロット、ルークのほうから連絡が付かないというところは多分に一方的な代物では有るし、そのうえ大爆発促進の危険性もある。
 だがそれでも、大地降下までは必要となる可能性が高い。

 ザオ遺跡に行く事が決まった後も、ルークはずっと憮然とした表情をしていた。
 ジェイドは何も言わない。
 彼が言い出さないのなら。

 ただ、彼は自分がレプリカだと知ってしまったのと、知らずに居たのではどちらがよかったのだろうかとは考える。
 何も知らない頃よりなお思い悩んでいるだろう。
 隠されていない隠し事を彼がどう受け取るのか。
 ヴァンの手ひどい裏切りにあったとき、彼の心は壊れるのではないかと、ジェイドは危惧していた。

 無知で暢気だと侮っていたが、彼の苦悩は深い。









 即席劇を終えて、ラルゴに異を感じさせないようにイオンの引渡しに成功した。
 遠慮会釈もない言葉を言いながら去っていくその背を見送って、シンクが口を開く。

「あれがナタリア王女か……。因縁だね、ラルゴ」

 アッシュが睨むようにシンクを見た。
 直後効果がない事を悟ったのか、代わりにラルゴを見上げた。
 大きな変化は無いが、見るからに渋い顔つきをしていた。

「アッシュもさ。“娘さんを俺に下さい!”……じゃないの?」
「うるせぇぞ! シンク」

 二人のやり取りに目を剥くラルゴ。
 まさか二人がそこまで知っているとは思っていなかったのだろう。
 彼はやがて苦いものでも噛んだかのように渋った声音で言った。

「……さて、昔のことだ。忘れてしまった」
「六神将は互いの過去を知る必要はない」

 シンクが言う。

「知る必要はない、って言う割にはみんな知っているよね」
「暗黙の了解って奴だろう」
「身に染みて、か。ねえ?」
「……ちっ」

 舌打ちし、アッシュは憮然として目を伏せる。
 近頃やり方が誰かに似てきたな、と舌打ちする。
 そう、例えるなら手紙の向こう側に居る誰かに。

 遠慮がなくなってきたせいもあるのだろう。
 時々手痛い言葉が帰って来るが、大体の手紙はよく考えられた言葉で自分のことを考えているのがよく分るないようであるから、無闇に反発も出来ない。
 その言葉が痛いということは、その言葉が真実を当てているともいえた。

 真実を言い当てられて喚くのは、プライドに触る。

 遣る瀬無い溜息をつくアッシュ。
 アッシュはシンクが他のイオンレプリカと共々に保護されていたときから知っている。
 そのときから生意気なレプリカだった。
 なんと言っても逃走しようとしたところに出くわしてそのまま戦闘になった。

 そのときだったのかもしれない。
 シンクと、他のレプリカたち。

 ルークである事を奪われた自分と偽りの身にルークを与えられたあいつと。
 同じ姿であっても違うのだと認識できたのは。

 シンクたちイオンレプリカはオリジナルイオンと完全同位体ではない。
 だが、可能であるならそうで有れとまで思って作られたレプリカだろう。
 導師を名乗るためには高い譜術の能力が必要だ。
 そしてそれを行使できる体力も有る程度は必要だった。

 選ばれた導師イオンの代わりのレプリカはダアト式譜術を行使するには体が弱すぎた。
 式典の場での使用すら控えねばならず、役目である預言を詠むことすらめったに出来ない。

 常に穏やかに笑う導師イオンと、皮肉げな笑いしか知らないシンク。
 そして、その二人のどちらとも違う笑い方をするフローリアン。
 並べばそっくりである事を知っている。
 多少髪形を変えてみたところでその類似性は除けない。

 だが、会話をし行動を共にすればするほどその違いは浮き彫りになる。
 全く同じ一人の人間から作られたレプリカとは思えないほどに彼らは個性豊かだ。
 双子などより彼らの存在は近い。
 フォニム振動数も全く一致する事はなくても確実に双子や三つ子などより近い振動数を示す。
 だが彼らの内側は双子より遠く離れた存在だった。

 その彼らと出会い、アッシュは“違う”と言う事の認識を得た。
 代替品として連れられても、完全な代わりになることは出来ないのだと。

 現に時々ヴァンがアッシュに知らせる屋敷にいるルークは、アッシュとなった彼とは似ても似つかない行動をしているというではないか。
 スミレの印章の人間と手紙を交わすうちに、ヴァンがルークの様子を知らせるのはアッシュのトラウマを刺激するためだと理解できていた。
 苛立つ事は確かだが、そうだと知ってからは多少感情のあり方が替わったように思っている。

 俺とあいつは同じで違う。

 シンクたちを見ていて、アッシュの中には違うことへの理解が沸いた。
 違うのだと、思う事。
 違うからといって聞かされる愚かな様子を許す事とは繋がらないが。

 はっ、と一つ息を吐くと、アッシュはまっすぐ前を見た。

「いい加減奴らも行っただろう。そろそろ出るぞ」
「あーあ、砂っぽくて嫌になるよ。靴の中がじゃりじゃりしてる」

 歩き出したアッシュにシンクが続く。
 少し送れてラルゴが続く。

 外へと、光へと。







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