それ行け一般人? 6〜10

    10





それ行け一般人?――6



 セントビナーの駐留軍基地で、街の様子を聞き次の地点への方策を立てたながらジェイドがグレン・マクガヴェンと捻りの無い嫌味の応酬をした後で、ふと老マクガヴェンが話を持ち出した。

「おお、そういえばジェイド」
「なんですか元帥」
「うぬ、おぬしに届けものがある」
「私に、ですか?」
「ああそうじゃ。……陛下からな」

 途端に渋い顔をするジェイド。
 老マクガヴェンが人を呼びつけその荷物を持ってくるように告げる。
 程なくして現れたそれは、細長い箱に包まれていて中身は知れない。

「中身は確認しても構わないとのことだったから、すまないが確認させてもらった。同梱されていた封書は見ていない。忘れるなら忘れたままでいいとも言われておった」
「ええ、私も忘れたいですね。嫌な予感がしますよ」
「なんでだ? 陛下からの贈り物なら普通は喜ぶものなんじゃないのか?」

 ひょっこり顔をのぞかせたガイが問う。
 アニスもイオンも、不思議そうな顔をする。

「名義が陛下のものでも、陛下が用意したとは限りませんし、いえ、陛下が用意した方がたちが悪いのかもしれませんが……恐らく今回のこれは、陛下はただの共謀者でしょうね」

 共に添えられていた手紙には、スミレの蝋印が。

「あれ? ……この蝋印」

 見覚えのある蝋印にアニスが呟きを洩らした。

「いったいなんなんじゃジェイド坊や」
「なんなのか知りたく無いような気もしますが、とりあえずあけてみましょうか。アニス、荷物のほうを開封してくれますか?」
「え〜! いいんですか? 私が開いても」
「問題ないでしょう。恐らくはただの私物ですから」
「はーい、了解しました!」

 いそいそと荷物の開封に当たるアニスと、スミレの印章で封をされた封筒をいやいやながら開くジェイド。
 ぱらりと開いたそれにざっと目を走らせて、彼は嫌悪の表情を本格的なものにした。

「なあ、なんて書いてあるんだ?」

 あまりにもあからさまなその表情の変化に興味をそそられたルークが尋ねる。
 ティアもアニスも、グレンも老マクガヴェンも、思わず尋ねたくなるような表情の変化だった。

「……やられましたね、これは」

 そのまま読みたいならどうぞ、と視線もよこさずに手紙をルークに引き渡す。
 反射的に受け取って、ルークの左右からティアとガイが首を伸ばして手紙を読んだ。







ジェイド。
きっとこの世の中にあんたほど面白武器の似合う人間は他に居ないと思うのよ。
頑張って。
ちなみに荷物の方には入っていると思うけど、これ、皇帝勅命ね。
使い心地のレポート、出して頂戴。







「うわ〜、なにこれ〜」

 タイミングよく封を開いたアニスが声を上げる。
 アニスを押しのけて中身を確認したジェイドが舌打ちをした。

「なんだ? これ」
「ナイフに、フォーク。指差し棒? デッキブラシ……」
「これが、面白武器? かしら」

 ルークとガイとティアが覗き込んでは声を上げる。
 箱に収められていたのは、普段ジェイドが使っている槍と同寸大のナイフとフィーク、指差し棒にデッキブラシ。
 特にナイフとフォークなど一体何倍率になるのだろうかと言う大きさだ。

「ふっ、ふふふふふふ」

 うつむいたジェイドが怪しい笑い声を上げた。
 彼の手の中には握りつぶされた『御璽』と手書きで書かれているふざけた命令書。
 もちろん強制権はない。
 添付の手紙には『報告期待して待ってるからな〜』とふざけた文字が。

 あまりの様子に、ジェイドのことを好ましく思っていないグレンも、ストレートな嫌味一つ思いつかない。

 紙とペンを貸してください。
 と言ったジェイドは、それらの物を借りるや否やあっという間に一通書き上げ、それを封を切ったスミレの蝋封のあった封筒に入れる。
 それに自分の印章で以前の蝋封の横に封をしなおしグランコクマへ送るように手配する。

「いつか目に物見せてあげましょうルーアッシュ。私をおちょくって遊ぶ代償は重いと知りなさい」
「ジ、ジェイド?」
「ああ、お気になさらず。陛下と共謀した戯けの戯言ですから。お手数かけますが、こちらの品はグランコクマの私の執務室宛に送っておいてください。いずれ折を見て私のほうから直々に返品しますから」
「そ、そうか。うむ、わかった」
「それでは失礼します。元帥」

 立ち去るジェイドに、マクガヴェンは遅れて届いたもう一つの包みの事を、ついぞ言い出せなかった。
 こちらも中身を確認しても構わないと言うことだったので老マクガヴェンは一度それを開いたのだが……今それを見せたなら、ジェイドの怒りの火に油を注ぐことになるのは間違いないだろう。

 熨斗書きに、でかでかと書かれていた文字には。

『ぜひあの面白武器とセットで着てくれ』

 と。
 今度は面白衣装が詰め込まれていた。

 見なかったことにしようか、いやあれでも皇帝陛下からの贈り物――ではある。
 それは不味いんじゃないか、だが今見せればルーアッシュとやらがどうなるか心配でもある。
 迷っているうちに、出て行ったはずのジェイドがふと立ち止まり踵を返して戻ってきた。

「元帥」
「な、なにかの?」
「まだ何か変なものが送られて来ていたら、遠慮なさらず私の執務室まで送り返して置いてください。それは私の知人が確実性を期する為に陛下の名前を借りただけで、陛下自身が企んだわけではありませんのでご安心を」
「う、うむ。了解したぞ、ジェイド坊や」

 そこまで見越していたか、とせいぜい威厳を取り繕って髭を撫でさする老マクガヴェン。
 ジェイド坊やをここまでからかって遊ぶとは命知らずもいたものじゃ、と吐息をついた。






 神託の盾騎士団の撤退を確認してぬけたセントビナーの街の外。
 見覚えのあるスミレの蝋封に思いを馳せるアニスとそれを心配そうに見守るイオン。
 そして顔面に笑顔の怒りを貼り付けたまま、ずんずんと先を行くジェイド。  ジェイドの後ろをぞろぞろと付いて歩きながら、ルークとガイ、そしてティアはこそこそと言葉を交わす。

 それはたとえばジェイドの作り出す空気の冷たさだとか、マルクトの陛下と一緒になってからをからかっているらしい人物に対してだとか。
 ルーアッシュ、と言うらしき名前が誰かに似ているな、だとか。

 ガイもティアも知らない。
 けれどルークは知っている。
 自分のオリジナルの名前はアッシュ。
 そして自分の名前、ルーク。
 二つを繋げると、なんとなく似ているな、とふと思いつく。

「どうしたんだ? ルーク。ぼーっとして」
「は? な、なんでもねぇよ!」
「そうか? ならいいんだが……」

 ルークはガイに対しても、なんとなく言い出せなかった。
 あのことを。
 どうしてか分らないまま、胸のうちにつかみどころの無いもやもやとした気持ちの悪さが積もってゆく。

「……ク、ルーク?」
「……っ! な、なんだよガイ。しつっこいな」
「いや、悪い。だがルーク、どこか調子が悪いんじゃないのか? ぼーっとしていることが多いぞ?」
「ほっとけっつの」
「――そう言うのなら、いいんだが」

 どうして、なぜ、分らない。
 舌打ちをしてルークは大またで歩き始めた。
 少しでもガイから距離をとるように。











それ行け一般人?――7



 街の入り口で検問を敷いていた神託の盾騎士団は、ジェイドたちが街を出ようとする頃には居なくなっていた。
 神託の盾騎士団の会話を聞くことになるかもしれないと伝え聞いていたジェイドは僅かに首を傾げるが、これくらいの誤差は許容範囲だろうと納得する。
 そもそもセントビナー駐留軍基地で余計な時間を取りすぎた。

 六神将を見ることはなかったが、イオンの顔色が悪いのを慮って、セントビナーで一泊する。
 その夜に、ルークがガイを伴って外に出て行くのをジェイドは眠った振りをして見送った。
 彼女は――ルーアッシュはこの一連の流れの何処までを知り、何処までを読んでいるのか、と、そう考えながら。

 翌朝にはフーブラス橋が落ちたことが旅人の口から伝えられ、ジェイドたちは迂回して川を渡ることになった。
 橋が落ちるだろうことはジェイドは事前に聞いていた。
 それすらも計算に入れてアクゼリュスへの救助隊は派遣されている。
 橋が落ちたことで救助の手は滞るだろうが、これからルークを伴いバチカルへ、それからアクゼリュスへ引き返すのにかかる時間を思えば、もうしばらくの猶予はある。
 事前に知っていた事であったから、全く対処ができていないと言うことは無い。
 緩やかで劇的なことは無いが、事は静かに運ばれるだろう。

 フーブラス河に入ったところで、ジェイドはルークにFOFを使用した戦闘を指南した。
 何時かは教えるだろうとルーアッシュから言われていたこともあるし、改めて戦うことを宣言したルークの戦いを見ていると、惜しく思うところもあったからだった。
 戦闘のセンスはある。
 磨けば伸びるだろう。
 錆び付かせておくのが惜しいと、素直にそう思った部分が有るのも確かだった。

 おくびにも出さないで、ルークと彼の師匠を小ばかにしたような口調で面倒くさがるルークを挑発して上手く乗せる。
 ガイのとりなしも入り、乗せられたことにも気が付かずにルークはジェイドの手解きを受けた。




 何とかして川を渡り終え、ずぶぬれになったルークが悪態を付いていたころだった。
 頭上を影が走り過ぎ、次いで行く手に一頭のライガが飛び降りて来る。
 頭を低く伏せていつでも襲いかかれるポーズで恐ろしい唸り声を上げていた。

「……ライガ!」

 ティアが鋭く厳しい声音で言った隣ではジェイドが落ち着いた声で告げる。

「後ろからも誰か来ます」

 背後からやってきたのは、ヌイグルミを抱えた少女。

「あー! 根暗ッタ! もう〜何の用なのよ〜」
「わ、わたし根暗ッタじゃないもん! アニスの馬鹿ー!!」

 腰に手を当ててアニスが悪態をつきアリエッタが半泣きになりながら反論する。

「六神将妖獣のアリエッタ、ですか。見つかってしまいましたねぇ……」
「なんか気が抜けるなぁ、旦那」
「ええ、危機感ありませんから」

 敵に見つかったことではなく、ジェイドの態度にガイは表情を歪める。

 ヌイグルミを抱いたアリエッタは、眉根を寄せてぎゅっとヌイグルミを握り締めると、

「逃がしません……っ」

と声を発した。

「アリエッタ! 見逃してください。あなたなら分かってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」

 他を制して進み出て、イオンが彼女に訴えかける。
 だがしばらく沈黙したアリエッタは、たどたどしく否定の言葉を語った。

「イオン様の言うこと……アリエッタは聞いてあげたい……です。でもその人たち、アリエッタの敵!」
「アリエッタ。彼らは悪い人ではないんです」
「ううん……悪い人です」

 アリエッタはヌイグルミを抱く腕にぎゅっと力を込める。

「だってアリエッタの兄弟を……攫ったもん!」

 動じなかったのは事情を悟っていたジェイドとイオン、アニスだけだった。
 他の三人には全く事情がわからない。
 何時、誰が、どのようにしてこの少女の兄弟を攫ったと言うのか。

「何言ってんだ? 俺たちがいつそんなこと……」
「アリエッタのママはお家を燃やされてチーグルの森に住みついたの。ママは仔供たちを……アリエッタの弟と妹たちを守ろうとしてただけなのに……」
「まさかライガの女王のこと? でも彼女、人間でしょう?」

 家を燃やされた、チーグルの森に住み着いた、子どもが居た。
 この旅の中限定で思い当たるのは人間ではなく、ライガしかない。
 兄弟を誘拐、と言うのも、あのチーグルの森での事を思えばあながちはずれでは無いだろう。
 あの時のジェイドの手腕は悪鬼鬼畜と言われてもフォローの仕様が無いとは思っていた。
 助かったのも事実なのだが。

「彼女はホド戦争で両親を失って、魔物に育てられたんです。魔物と会話できる力を買われて神託の盾騎士団に入隊しました」

 ティアの疑問にはイオンが答えた。

「じゃあ、あの時のライガが……」
「それがアリエッタのママ……! アリエッタの弟と妹達を帰して! じゃないとアリエッタはあなたたちを許さないから! 地の果てまで追いかけて……殺しますっ!」
「おや? いいんですか? 私どもを殺したらあなたのご兄弟は永遠にあなたの、あなたのままの元へは帰りませんよ? 今頃は無事に孵化して高級ブウサギ肉を食べていると先ほど知らせが入ったんですがねぇ」

 ビク、と肩を震わすアリエッタ。
 ジェイドはニヤリとした笑みを深めた。

「ふくふくと健康的に育ってきて、今が可愛い盛りらしいですよ?」

 ジェイド自身がライガをかわいいと思ったわけではなかったが、セントビナーに寄った時の、翌朝の出発前にグランコクマから手紙が届いた。
 今はグランコクマに運ばれたライガの子供がいかに可愛らしいかを延々と語りつけたテンションの高い手紙だった。
 もちろんその手紙の主はルーアッシュだ。

 ブウサギの肉は多少いい物を選んでも他の肉と比べれば単価が低いので、大喰らいな仔ライガの主食になっているらしい。
 ピオニーの嘆きようまでセットになってジェイドの元に届いていた。

 それを見た時ジェイドは一瞬にして一緒に食われてしまえと思った自分を責める気には全くもってならなかった。

 ぐぐっとヌイグルミを抱く腕に力が篭るアリエッタ。
 ぐっとしかめられた表情は、なにを言うべきか考えているのだろう。
 人の言葉で伝えるために。

 ニコニコとしているが感情の読めないジェイドとしかめ面のアリエッタが対峙する。
 しばしの沈黙のうちにとうとうアリエッタがそれを破ろうとしたときだった。

 唐突に、大地が動いた。











それ行け一般人?――8



「うわぁぁ!」
「わっ!?」
「うおっ!?」
「きゃ……っ!」
「おおっ!?」

 唐突に大地が動いた。
 不動のはずの大地が激しく振動し、地面にに亀裂が走る。
 そしてその隙間から紫色の蒸気のようなものを噴き上げた。
 瘴気だ。

「地震か……!」
「ちょ、なにこれ〜!」

 舌打ちするジェイドとイオンを庇いながら叫ぶアニス。

 もう少し。
 そう、もう少し先に進んだところで遇うだろうとジェイドは踏んでいた。
 彼は今封印術を受けていない。
 ルーアッシュの語った仮定の話よりも今のジェイドは強く、旅は順調に進んでいた。
 アリエッタとのにらみ合いで結局タイミングを合わせてしまったことになる。

「おい、この蒸気みたいなのは……」

 周囲を見回すガイに、鋭い声音でティアが答える。

「瘴気だわ……!」
「いけません! 瘴気は猛毒です!」

 イオンが叫んだ。

 かつてユリアが地の底に封じたとされる瘴気。
 だがその真実は、正気を封じ損ねて仕方なし二人のほうが大地ごと、瘴気の上まで登って来たに過ぎない。
 瘴気を吸い込んだアリエッタとライガが倒れたのを見て、ルークが焦った声をあげる。

「吸い込んだら死んじまうのか!?」
「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫。とにかくここを逃げ……」

 ティアが言いかけた時、とうとう亀裂は四方に走り、瘴気が彼らを取り囲む。

「どうするんだ! 逃げらんねぇぞ!」
「…………っ」

 ティアが杖を構えて意識を集中し、譜歌を口ずさんだ。

「譜歌……。ユリアの譜歌、ですか」
「知っているのですかジェイド。ユリアの譜歌を……!」

 驚くイオンに答えないまま、ジェイドはティアを中心に現れ張り巡らされる半球状の結界を観察した。
 たちまちクリアになっていく視界に、やはりユリアの譜歌の特殊性を認識する。
 己の血統の意味をあまり考えていないらしいティアに、ジェイドは微かに頭を抱えた。

「瘴気が消えた……!?」
「うわ、マジで?」

 目を見開いて、辺りを見回すガイ。
 ガイにも負けないほど目を開いてアニスがきょろきょろと首を動かした。
 その動作に釣られて背中のトクナガの首がもげそうなほど左右に振られる。

「瘴気が持つ固定振動と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ。長くはもたないわ」
「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌。しかし、あれは暗号が複雑で詠み取れた者がいなかったという話でしたが」
「詮索は後だ。ここから逃げないと」
「――そうですね」

 かすかに笑ってガイの言葉に頷き、ジェイドはコンタミネーションで己の手の中に槍を呼ぶ。
 指差し棒を持ってこなくて良かったと心底思うのはこんなときだ。
 そのまま、気を失っているアリエッタに迫る。その意図を悟り、ルークは声を震わせた。
 ジェイドはある意味で、自分をまともな人間だと思っていない。
 それでも普通に人の中で生きていくためのわずらわしいことを身につけて来た。
 死を理解できなくても、相手の心を理解できなくても、人間の隣で生きることを諦めはしなかった。
 その彼の理性が告げる。
 今はシリアスのときだ、と。

 その槍を持って倒れたアリエッタに向かい踏み出した。
 ジェイドの表情は崩れない。
 顔に浮かぶ表情は相変わらず胡散臭い笑みだ。
 だがその行動を見れば、何を目的としているのかはわかる。

「や、やめろ! なんでそいつを殺そうとするんだ!」

 戦慄く声で、ルークが言う。

「生かしておけばまた命を狙われます」
「だとしても、気を失って無抵抗の奴を殺すなんて……」
「……本当に、甘いのね」

 背中を向けたままティアが言う。
 頭に血を上らせてルークは叫んだ。

「るっせぇ! 冷血女!」
「……ジェイド。見逃して下さい。アリエッタは、元々僕付きの導師守護役なんです」
「……まあ、いいでしょう」

 導師にまで止められては致し方ない。
 とそう体裁を取り繕ったが、そもそもここで殺す気など無かった。
 ただ、ルーアッシュの語った言葉が何処まで再現されるのか、試してみただけである。

 結果に何を思うのか。
 ジェイドは槍を霧散させた。




 フーブラス河を越え、平野を進む頃には、風通しがいいためか彼らの居る場所の空気も変わっていた。
 森林の匂いが薄れ、判る者にはわかるかすかな磯のにおいが混じる。
 遠くを望めば微かに海が反射する光も見て取れた。

 そしてそれが気になるらしいルーク。

 ジェイドは幼い時からのあらゆる事に記憶は鮮明であるが、ルークのような興味の持ち方にはとんと覚えが無い。
 媚を売ることをやめたアニスがルークに対して色々と説明をしている。
 ルーク一人がそれを受けているのであれば反発したかもしれないが、イオンも一緒になって聞いているためかルークも割りと素直にアニスの話を聞いていた。

 サービス精神旺盛らしいアニスの話は傍から聞いていても面白い。
 ティアも聞き入っているし、ガイも耳を傾けていた。
 外界に対する無知な様子はティアも同じだろう。
 ルークとは違い無知を隠せるだけの知があったに過ぎず、彼女にとってもアニスの話は興味をそそるものが多々あった。

 話して聞かせる才があるのだろう。
 子どものあしらいが上手そうだとジェイドは思った。

 ジェイドが持ち出さなくても、ふとしたことから話はティアの歌った譜歌の話になった。

 ユリアの譜歌。
 音律師の使う譜歌よりも高い効果を持つ。

「譜に込められた意味と象徴を正しく理解し、旋律に乗せるときに隠された英知の地図を作る」

 ふとガイが呟いた言葉にジェイドは密かに失笑した。

「……はあ? 意味分かんね」
「……という話さ。一子相伝の技術みたいなものらしいな」
「え……ええ。その通りよ。よく知っているのね」

 笑うガイと戸惑うティア。
 普通は、こうだろう。
 意味の理解できなかったルークが不満そうにしている。

「昔、聞いたことがあってね」

 そう言って、その事に関して話題を切ったガイ。
 どこかはっきりとしない曖昧で甘いところがある。

 今の自分はルーアッシュから知識を得ているが、そうでなくても、何かしら感づくことはあっただろうと思う。
 自分も含めどいつもこいつもとんだタヌキだと、ジェイドは内心で嘲笑った。











それ行け一般人?――9



 カイツールではアッシュの襲撃が本来の流れであればあるらしい、とジェイドは与えられた情報を反芻した。
 だが、ここにアッシュは居ない。
 いたとしても、襲撃を仕掛けてくることは無い。

 ユリアの譜歌の話からユリアの子孫の話になり、ヴァンがユリアの子孫であると聞いたルークがその意味もよく分らないままにはしゃいで、喜んでいた。
 ルーアッシュの危惧するルークのヴァンへの依存を垣間見るジェイド。

 たどり着いたカイツールの街は冷戦下における国境守備の最前線と言うこともあってか、ピリピリとした空気に包まれていた。
 浮かれていたルークの態度も自然と引き締まる。




「ところで、どうやって検問所を越えますか? 私もルークも旅券がありません」

 ティアが言った。
 たしかに、予定外の不法侵入者であるはずの彼らの旅券は、本来無い。
 そして旅券がなければ関所は越えられない。

 だが、この世界には本来では無いはずの流れを知り、先読みの真似事をする人間が居た。
 ルーアッシュ。
 もし、世界の流れが小さくでも狂うことがあり、上手く外部から旅券を手に入れることが出来なかったら、偶然の不利を装い使えばいい、と言うことで、ジェイドの懐には計画初期の段階よりも三通多い旅券が収められていた。

 そして今こそ偶然を装い、幸運なこともあったものですねぇ、と旅券を取り出そうとしたときだった。

「一番アニスちゃん、いってきま〜す!」

 たたた、と小走りに警備の兵士の前にかけていったアニスは、胸の前で手を組んで眉尻を下げ、ぶりっ子で兵士に取りすがった。

「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」
「残念ですが、お通しできません」

 哀れっぽい訴えにも、兵士は全く動じない。
 さすがに色気が足りないですしねぇ、と本人には言わないがジェイドが思う。
 まああんな誘惑? に乗せられるようならまず間違いなく首にするが、と。

「……ふみゅぅ〜」

 と可愛らしい鳴き声を上げながらとぼとぼとこちらに帰って来る最中、

「……月夜ばかりと思うなよ」

 ぼそりとドスをきかせて呟いた。

「残念でしたねぇ、アニス?」
「うへぇ、大佐〜、すっごく楽しそうに笑ってますけど」
「ええ、すっごく楽しい見世物でしたから。いや〜、久しぶりに笑わせてもらいました」
「うう〜、アニスちゃん捨て身の戦法が笑われた〜」
「もう少し胸を育ててからから出直しなさい、といったところですかね」

 ジェイドの揶揄にアニスはグルルと唸り声を上げた。





 そして今度こそ旅券の出番となるはずだったのだが。




 アッシュは居らず、現れたのはヴァンだけだった。




 ルークが喜び子犬のように駆けつけ、ティアとの間にひと悶着起こる。
 ヴァンがその弁舌をもってしてティアの事を丸め込み、ティアも確証の提示できない事柄ゆえにそれ以上強く主張できなくなる。
 結局のところ、ジェイドが用意していた予備の旅券は日の目を見ることはなかった。






 そしてたどり着いたカイツール港に向かう道中で、一瞬空が不自然に翳ったと思った次の瞬間に彼等が見たのは、ルークを抱えて空を飛ぶ飛行型の魔物だった。

「あ〜! あれ根暗ッタの魔物!」
「わ、わたし根暗ッタじゃないもん! アニスのイジワルゥ〜!」

 ルークを抱えて空を飛ぶ魔物に気を取られているうちにやって来たアリエッタがアニスの言葉に人形を抱えて涙声で叫ぶ。

「あんたね、こんなことしていいと思ってるの!」
「う……うう、コ、コーラル城に来い…です。でなければ、ルークは返さない……です! アニスの馬鹿〜!!」

 涙声で必要事項だけを告げると、最後にアニスに罵声を残して魔物の足につかまり飛び去った。
 嵐の後のような清々しさはなく、妙な疲れだけが彼らの心の中に残る。

「……行かなきゃ、だめだよなぁ」
「肝心のルークが攫われましたから。これは私たちがキムラスカに和平を申し込みに行く旅であるのと同時に、ルークがキムラスカに帰るための旅でもありますからねぇ」
「どうしてかしら。深刻な事態のはずなのに危機感がもてないのは」
「アニスのイジワルゥ〜! ……でしたっけ?」
「ぶ〜、何ですか? 大佐」

 含みのある眼差しでアニスを見るジェイド。
 腰に手を当ててふくれっつらでジェイドをしたから睨みあげるアニス。

「いいえ? 何でもありませんよ」
「信用できないですよ〜」
「まあいいじゃないですか。それよりも、さっさとルークを連れに行きましょう」
「そうです、アニス。ただでさえ外の世界を知らないルークが突然誘拐されたんです。どれほど心細く思っているでしょうか」
「イオン様……」
「ご主人様を助けに行くですの!!」

 置いてきぼりを食らったミュウがぴょンぴょん飛び跳ねながら主張する。
 ルークが居たなら間違いなく「ウゼェ!」といわれて踏み潰されるか振り回されるか放り投げられるかしているのだろうが、残念なことにここに彼は居ない。
 ただティアが人目を憚りながら「かわいい……っ」と赤面したのみだった。














 全ては計略の内だった。
 カイツールの軍港の襲撃を知っていた、あるいは故意に起こしたことが後々の禍根にならないように手を回した結果が直接のルーク誘拐だった。

 ヴァンの監視の目を潜ってディストが完全同位体のデータを入手する為のチャンスでもある。
 ルークも、そしてアッシュも、後の世に預言は覆せるものであると広めるために、死なせるわけには行かない。
 これから知名度を上げることになるだろう彼らは、預言の廃止においてもいい広告塔となるだろう。

「さてルーアッシュ。あなたの思う未来は、何処まで近づいているのですか?」

 今ここに居ない人間に皮肉を呟くジェイド。
 今までのことから、まるで彼女が全てを知っているような錯覚に陥る。
 だがその一方で、そんなことはありえない、とジェイドは結論する。

 彼女自身がそういっていたこともあったし、たしかに僅かながら誤差も生み出していた。
 それは結局のところ大きな流れを変えることが出来ていないだけなのかもしれないが、彼女の語る未来自体がユリアの予言を覆した結末でもあったという。

 ただ呆然としていては止められない。
 そしてその結末を受け入れられないのなら、足掻くしかない。
 ジェイドは自分を情の薄いほうだと自覚している。
 それは人としては異端なほどだろうと。

 妹に悪鬼と呼ばれる人間などそうはいなかろうと自嘲する。
 それでも、譲れない大切なものがある。




 ならば。











それ行け一般人?――10



 カイツールからコーラル城に赴いてみれば、アリエッタは居らず、愚か他の六神将の姿も無い。
 ルークが一人フォミクリーの機械の上で発見されたのみだった。
 奴等は一体何をしたかったのかと一通りの話になったが、結局全ては推測の域を出ないというジェイドの一言でその話題はお開きになった。

 ルークを発見したフォミクリーの装置も、その真実を今的確に指摘できるのはジェイドのみ。
 そのジェイドが口を閉ざせば真実を指摘できる人間はいない。
 フォミクリーの装置から手に入れたデータも、ここでは解読不可能だ、と言うことで一通りの決着が付いた。

 帰り際にルークとガイが、ここがルークの発見された場所であることを話し、ガイがルークに覚えているか、思い出せないかと尋ねていたが、そもそも存在しない記憶である。
 ルークは曖昧に首を振るだけだった。
 ここの記憶が存在しないことを、ルークは知っている。

 よしんばここにいた頃に目を開きこの景色を見ていたとしても、満足な自我も発達していない頃の話だ。
 育った子どもに母親の胎内のことを覚えているかと尋ねるにも等しい。

 お化けが出るたびにティアが硬直したり、足元をすり抜けたネズミに驚いたアニスがガイに飛びついてガイが叫び声をあげたりと騒動はあったが。
 ぼりぼりとかったるそうに頭をかいて気だるげに帰途に着くルーク。
 そして、彼等がコーラル城の出口に差し掛かかったときだった。

「随分遅いお迎えだったね」

 出口に背を預け腕を組み、逆光の中に立っているのは――。

「シンク!」

 叫び、身構えるアニスやティア。
 微笑は変わらないままだがジェイドもその手に槍を握る。

「そのフォンディスクのデータ。返して欲しいんだけど」
「おやおや、私たちがここに来るまで待っていたのですか?」
「僕たちにも色々と事情があるんだよ。ついでに導師イオンも貰ってく」
「そうは行きませんね。貴方一人で、勝てるとでも?」
「さあ。……導師は無理でも、あんたからフォンディスクを奪うくらいなら、出来るんじゃないの!」

 叫ぶと同時にシンクはジェイドに飛び掛った。

 他の者の追随を許さず激しくもつれ込んだ二人の戦いはたちまちの内に城の奥へと続いていった。
 他の仲間たちが追いかけて加勢しようとしたその時。
 激しい轟音と共に、城が揺れた。
 ぱらぱらと埃や石片が降り注ぐ。

「な、なんだこれは」

 腰を落として身構えたガイが叫んだ。
 厳しい眼差しで周囲に警戒を走らせる。
 整備を放棄され、劣化した城にあっては内部に留まることすら危ぶませる轟音だった。

 やがて城の揺れも収まった頃、城の置くから一組だけ足音が響いてくる。
 果たしてジェイドのものかシンクのものか緊張が高まった。

「やあおまたせしました。残念なことに逃げられてしまいましたがね」

 朗らかと言うにはやはり胡散臭い笑みを貼り付けて、やってきたのは死霊使いジェイドだった。

「旦那……か。あの爆音は譜術か?」
「ええ、一発放った所密閉空間のせいか予想以上に被害が拡大しまして……。危なく巻き込まれるところでしたよ」
「たく、驚かせないでくれよ」
「おや? 心配してくださったんですか?」
「必要ないってことが今分ったよ」

 皮肉を言いながらも安堵を見せるガイ。
 ここら当たりがいい人なのか、とジェイドは分析するが、まあ真似しようとは思わない。
 ただこれだけ気が利いていい人で、女性恐怖症ではなかなか生きていくのも大変だろうと思うのみである。
 世の半分は女性だ。
 そして当人、女性恐怖症でありながら女性は大好きだという。
 まあ、大声で男が大好きだと叫ばれるよりは遥かにいい。
 個人の趣味嗜好に口を挟むつもりは無いが、やはり大路で叫ぶのはやめて欲しいところではある。

「なんだよ。結局取り逃がしたのか?」
「ええ、残念ですがそうですねルーク。まあ逃がしたものは仕方がありません。フォンディスクは守れましたし――と……」

 懐に手を差し入れてフォンディスクを確かめたジェイドの表情が曇る。

「どうしたんですか〜? 大佐」
「どうやら、割れてしまったようですね」

 呟くジェイドの手にはぱっくりと二つに割れたフォンディスクがあった。
 あれではデータの読み取りは出来ない。
 それ以前にああなってはただのゴミ、だ。

「あっちゃ〜」
「どうしますか? 大佐」
「フォンディスクを除いてたいしたデータは無いようでした。もうここにいてもしょうがありませんし、さっさとカイツールへ行きましょうか」
「だっせぇの」

 社会経験と対人コミュニケーションの不足しているルークの言葉など皮肉にもなりはしない。
 ジェイドは常の胡散臭い笑顔で、仲間たちを促した。




 たどり着いたカイツール軍港でも、ルークの思慮浅い一言でアルマンダイン伯爵とひと悶着起こしかけたが、そこはジェイドの弁舌とルークの介入で事なきを得た。

 ルークと共に行動を始めてから、コーラル城からの帰りになるついさっきまで、こと有る事にルークに戦争の危機や和平の必要性を吹き込んできた甲斐は会ったとジェイドはほくそ笑む。
 そしてコーラル城の一件を含め、彼がルークを助けた、という建前も付く。

 全てをつつがなく終わらせたが、「……ずいぶん貧相な使節団ですな」と言う一言を聞いたときには僅かにジェイドの笑顔が凄みを増した。
 ルーアッシュの助言がなければタルタロスに乗っていた部下を全て失っていただろう。
 だが、やはり出来ることならタルタロスと共に行動したかったと、つくづく思うところである。
 陸艦であるが、海上走行も出来る。
 特にルークと言う切り札を手に入れた今となっては、そのままバチカルの港に乗り付けることも不可能ではなかっただろう。
 キムラスカとしても、おそらく完全に入港を拒否出来はしないはずだ。




 一度ケセドニアにより、そこから船を乗り換えてのバチカルまでの旅路となる。
 ルークはヴァンさえ共にいれば何でもいいようだった。
 オリジナルに出会うことが、本人を意固地にさせる方向に作用しているようだ、とジェイドは分析する。

 ジェイドにはルークが執拗に変わらない今までを求めているように感じられた。
 彼にと手の日常の象徴であるガイ。
 そしてヴァン。

「まあ、計画に支障が出ないならどうでもいいんですがね」

 と呟く。

 ここではジェイドが誘導せずとも六神将、モース、そしてヴァンと、誰が戦争を起こそうとしているのか、何が目的なのかと話題に出たが、結局なに一つ結論を出せるだけの証明は無い。
 人格をあげるにしても、アニスが話すモースとティアが話すモースではその人物像に雲泥の差が有る。
 結局すぐに話は流れたが、ジェイドはそれでよしとした。

 度々戦争のことを話しにあげて少しずつ印象付けていく。

 モースを拘束できなければ根本的な解決策とは遠いだろう。
 だがそのモースを拘束するための理由として戦争がなければならないかもしれないという矛盾をかかえ、ジェイドはルーアッシュの提唱する道に沿いながらも少しずつ策をめぐらせる。
 この大地に変換を迫る出来事が終わった後のことを見越して。
 その後からこそが本番であるとジェイドは考えていた。

 理想を言うのなら、戦争など永遠になければいい。
 だがどうしようもなく人心が求めたとき、国家の利権や尊厳が関わってくるとき、起こらざるを得ないことも稀にある。
 遥か古に、マルクトがキムラスカからの独立を勝ち取ったときにも。

 だが、預言を翻すためにも、ピオニーを最後の皇帝としてマルクトと共に滅ぼさせない為にも、それは今起こってはならないことでもある。
 まあきれいごとを唱えるのは若者に任せておいて、と呟く。
 長い戦乱、そして冷戦と、民の疲弊も確かなことだった。





 決してマルクトは滅ぼさせない。




 彼の決意は揺るがない。







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