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それ行け一般人? 1〜5
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それ行け一般人?――1
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ジェイドは艦橋から爆発と譜術障壁に発光する外を見ていた。 漆黒の翼の面々が、ローテルロー橋に爆薬を仕掛け橋を落としたのだ。 これも布石なのだという。 漆黒の翼との追跡劇の最中、辻馬車が一台通るのを見た。 中に誰が乗っているのかまでは知らないが。 漆黒の翼の面々とも、決して懇意と言うわけではないが、イオンレプリカ達のことを通じて顔を合わせているし、ある程度の協力関係も築いている。 とんだ、茶番劇だ。 観客のいないふざけた劇場。 リハーサルもありはしない。 全ての騒動を見送って、彼らは予定通りにエンゲーブに赴く。 全て予定通り、導師イオンを迎え入れて、その守護役にはアニス・タトリンが一人付いてきている。 事は早い方が良いと見極めて、ジェイドは早々にアニスを引き入れる工作を終わらせていた。 これから生まれるだろう多く不自然を隠すには、密偵を引き込むのが一番早い。 静かに、夜の闇を進むタルタロスの甲板にジェイドはアニスを呼び出していた。 ここであれば風の音で遠くまで声が広がる心配も無い。 覗きの心配も必要ない。 夜の灯火にも、タルタロスのスピード故にかあまり虫は集まらない。 「お待たせしました〜、大佐。何の御用ですか〜? ま、まさかアニスちゃんの青い果実が目的で!! イヤ〜ン、駄目ですよぅ大佐〜」 「アニス」 一通り一人で騒いでいたアニスも、ジェイドの硬い声に居直らざるを得なくなる。 「アニス」 「何ですか、大佐」 再び真剣な声で名前を呼ばれ、アニスは暗闇に浮かぶ紅い目を見つめた。 「アニス・タトリン」 「はーいー、もう、いい加減にしてくださいよぅ」 名前ばかりを呼んで何を言いたいと言うのか。 「ご両親は大切ですか?」 「……そりゃ〜もちろん」 「ではいずれ、そのご両親がモースのために危機にさらされるとしたら、どうしますか?」 「大佐?」 暗闇でもさっと顔色を青ざめさせたアニスに、ジェイドは変わらぬ表情のまま続きを言った。 「導師守護役アニス・タトリン。あなたのご両親はマルクトが責任を持って保護しましょう。あなたはそ知らぬふりで、モースのスパイを続けてくだされば結構です。ただし、送る知らせは一度私の目を通してから、と言うことになりますが」 「どうして……」 「気付いたのか? あるいは、そんな事をするのか?」 黙りこむアニス。 「こちらにもこちらの打算がある、とだけ言っておきましょう。いいじゃないですかそれで。あなたはイオン様を裏切り続ける罪悪感から解放されて、ご両親はより安全な地へ赴くことが出来る。あなたもモースの束縛から解放、はすぐには無理かもしれませんが、あの糸目を嘲笑ってやることはできます」 「でも……」 迷うアニス。 ジェイドは更に言い募る。 「ご両親がダアトから離れればなおさら会う機会は減るでしょう。それが嫌なら、ダアトで可能な限りの保護、と言うことでも構いません。かなりの協力者と潜伏者がいますから、不可能では無いでしょう。力の及ぶ限り、とはお約束します。借金の肩代わりはもちろんのこと、なんでしたら管財人もつけますよ?」 「なんで私なんかにそこまで?」 「まあ、穿った見方をするならモースではなくてマルクトが人質に取った、とも言えなくも無いですが、誓って悪い扱いはしないといいましょう。あなたとの間には信頼関係を築きたいそうですから」 ジェイドは小さく息をつくと白い封筒を一つ、差し出した。 蝋封にスミレの浮かぶ、上等な素材の封筒だ。 「これは?」 「あなたをモースの手から拾え、と言った人間からあなたへの手紙ですよ」 「もしかして、大佐より偉い人?」 「言っておきますが女性です」 「ぶぅ〜」 表面だけだとしてもいつもの自分を取り繕って見せたアニスは封筒を受け取ると、そっと封を破いて中身を広げる。 音素灯に照らされて、開いた便箋にぼんやりと文章が浮かび上がった。
こんにちはアニス。はじめまして。
最後の 今は名乗らないことを許してちょうだい。 でもいずれ、時至れば、あなたと私は自然に出会い、私は名前を告げるでしょう。 その時は友達になりましょう? アニス。 今回は、あなたにお願いがあってジェイドに手紙を託しました。 アニス・タトリン。 あなたにしか出来ないことを。 どうか、イオンの味方になってあげてほしい。 いつでも、何処でも。 導師守護役として、それ以上に身近な人間として。 他の導師守護役なんて私は知らない。 アニス。 あなただけに、頼めるの。 他の守護役なんて信用ならない。 「……スパイだって、ばれているのに。私が一番信用なら無い人間のような気がしますけど〜」 「文句なら彼女の判断基準に言ってください」 ぶ〜、と呟いて、再び手紙に眼差しを落とす。
あなたのご両親はとてもすばらしい、人間の性善説を体現したような人たちだと思うわ。
これからも、ご両親を大切にして。 そして、誇らしく己を名乗れるように生きて行く事を祈るわ。 導師イオンの、最初で最後の、そしてたった一人の アニス・タトリンへ。 「なんか、意味深過ぎる手紙なんですけど〜」 アニスの声は、こみ上げる感情を抑えるようにこわばり、震えていた。 「彼女の考えていることは陛下と同じくらい理解不能です。分るところだけ受け取っておけばいいんですよ。わからないところも彼女にとっては意味があるのでしょうが……。今度会ったときにでも聞いてみたらどうですか?」 「へへ。――そうします、大佐」 「まあ、ここまで喋って色よい返事がいただけなければ、マルクト軍へのスパイ容疑で拘束するつもりでしたし」 「うわ、酷いですよ大佐〜」 「信用しましょう、アニス」 はっはっはっはっ、と甲板に胡散臭い笑い声が響く。 ぴたり、とそれを納めてジェイドは言った。 「さて、次の密書はタルタロスの進路について、ですか?」 「うげ、ばれてる」 「それについては、こちらに引き込まれたことを書かなければそのまま送って構いませんよ」 「ええ〜? 良いんですかぁ!!」 機密扱いで聞けなかった、っても書けますよ〜? とアニス。 それに対してやはり胡散臭い笑みを浮かべるジェイド。 「今回はいいんです。まあ面倒は嫌いなのですがね」 襲撃は必然。 すでに対策も取ってある。 避けることも出来るのだろうが、と思いいいや、とジェイドは首を振る。 もともと預言への依存は大して高くない。 それでも、分ることがわからなくなるのは、未来の片鱗がまったく隠されてしまうのは、恐ろしい。 これがオールドラントの人間。 避けることも出来ないほど深く、預言は身に染み付いている。 「さあ、そろそろ冷えます。戻りましょうアニス」 「は〜い」 率先して艦内に歩を進めながら、ジェイドは失笑した。 |
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それ行け一般人?――2
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道をなぞる事で有る程度未来を確定させ、それによって結果をコントロールする。 そう彼女は言っていた。 できるのかどうか。 そう尋ねればやらなければ終わる、と応えは返ってきた。 答えではない。 応えが。 ルーアッシュと名乗り、今ではそれが定着している彼女。 だが、恐らくは偽名だろうとジェイドはずっと思っていた。 それについて尋ねたことは一度も無いが。 導師は己がレプリカであると知られているとはまだ知らない。 そして同じオリジナルを基とする選ばれなかったレプリカたちが生きていることも、まだ知ら な い。 エンゲーブで親書を受け取ると言う手筈に建前上なっているが、その実親書は己の懐と、そし て セントビナーにも不慮の事態を想定して、と配備されている。 辿り着いたエンゲーブでは、話に聞いたとおり、泥棒騒ぎが発生していて、ローズ婦人との会 談 の最中に、話のとおり――彼は連れられて来た。 朱い髪の、レプリカが―― 買い物に金が必要だと言うことは知っていたようだが、結局金の使い方が分らなかったらしい。 なんとも中途半端な知識だ。 そのせいで小さな騒動を起こした後に盗賊騒ぎ。 余所者の彼らはこののどかな雰囲気に似合わず気が立った村には丁度いいスケープ・ゴートだ っ ただろう。 猫の子のように襟首をつかまれてやってきた。 ティアと、ルークと名乗った二人組み。 ジェイドは昼夜、密かに動向を探らせた。 詳細な報告から浮かび上がるのは無知ではあるが愚かとも言い切れない子供だった。 ただ一人軍人を派遣した程度では、箱庭の中限度が有るか、とジェイドは思った。 一方的な、故に互いに一方通行になる会話は、知らない者と会話したことが無いゆえのものだ ろ う。 愚かに育てと嘲笑うヴァンの目を掻い潜っての教育にはやはり限界が見えていた。 己がレプリカであることを知って、どう育つかと思ったが――そもそもジェイドは比較対象を 知 らないから、単純に比べてみることは出来ない。 ただ、送り込んだ部下がレプリカにとって、彼女の思ったとおりの立ち位置を得られていたな ら 、彼女が知ることとは少しは何かが変わっているのだろうか。 変わっていたなら変わっていたでまた、経過をなぞる事で結果をコントロールする、と言う思 惑 は外れてしまったことになる。 その経過の変化がいいほうに転ぶか否か。 彼女の語った未来。 そもそもそれを語るものがいた時点でなんの変化も無いことの方が可笑しいとも言える。 ジェイドが教えられたのは、細部を省いて箇条書きにされた程度の物事だ。 知りようの無い細部の変化を理解することは出来ない。 何が同じで何が違うのか。 ジェイドは考えることを諦めた。 まさに意味の無いことだったからだ。 比較の対象を知らないのに比較することは出来ない。 あの子どもを導くことが未来に繋がるのなら――なれないことでもやるしかない。 翌朝、案の定チーグルの森へ赴いたレプリカ――ルークたち。 それを追うようにジェイドはタルタロスを移動させ、軍を展開した。 性根が優しい、とでも、彼女であるなら評価するのだろう。 とジェイドは思う。 彼の目から見ればただ先を見ない愚かな行動だ。 王族は身を挺して何かを守る者ではなく、何かに守られる側の生き物のはずだ。 その王族が、自覚もなく小動物の前に身を投げ出す。 苦戦する彼らを見ているジェイド。 「じょ、冗談じゃねぇぞっ! なんとかしろっ!」 とルークがティアに怒鳴ったとき、偶然にも準備完了の合図があった。 「では、なんとかして差し上げましょう」 エナジーブラスト、と唱えていた譜術がライガを掠める。 当てるつもりは無い。 脅しの譜術だ。 進みでるジェイド。 その顔にはいつもの喰えない笑みを乗せて、いっそ場違いなほど穏やかに放り投げられていた ミ ュウをソーサラーリングごと掴みあげる。 「誰っ!?」 ティアが振り返り、誰何する。 誰何されたジェイドは緊迫した状況に不自然なほど悠然と歩み寄る。 その手には青いチーグル。 青いマルクトの軍服を背景にして、降りようとじたばたともがいている。 「降ろしてくださいですのー」 「駄目ですよー? ミュウ。さて、詮索は後にして下さい。ミュウ、彼を助けたければ一言一 句 違わずに私の言葉をライガに伝えなさい」 「みゅ、みゅみゅ? 分りましたですの。僕頑張るですの!!」 俄然張り切るミュウを高く掲げ―― 「聞きなさいライガクイーン あなたの子どもはすでにこちらの手にあります」 ジェイドに続いてみゅうみゅうと通訳をするミュウ。 「ライガさん、怒っていますの〜」 「そうでしょうねー」 攻撃の手を休めるライガ。 そして、ミュウを摘み上げるジェイドの一歩後ろ側に、息切らせてライガの卵を抱えた兵士が 並 んだ。 獰猛に低く唸り声を上げるライガ。 どう聞いてもみゅーみゅー鳴いている様にしか聞こえないチーグルの通訳に不安を覚えつつも 、 ジェイドは続けた。 ライガの卵の人質作戦は有効なようだった。 ならば畳み掛けるまで。 「さて、チーグルから手を引き、人里遠くへ引いていただけませんか? ここはすでに軍が包囲 し ています。引くのならば見逃します。こちらとしてはあなたの娘さんとの友好な関係のためにもぜひ引いていただきたいのですが、だめだと言うのならやむなし、と言うところですね」 心なしか引き締まった表情でみゅうみゅうと続けるミュウ。 通訳の最後に、ですの、とつくのが不安を煽る。 「……大佐、いいんですかそんな事を言って」 「いやぁ、普通は国軍の言う台詞じゃないとは思いますが、良いんじゃないですか? 人に危害 を 加えないなら」 微妙に納得していない顔をするティア。 彼女もまた頭が固い。 たしか、ユリアシティから出て来たばかりだったかとジェイドは思う。 無知を無知と悟らせないために必死になっているのか、と。 「みゅ〜 ライガさん、子どもを返せって言ってるですの」 「では、捕虜交換と行きましょう。そうあなたの娘に伝えてください」 「みゅ、みゅ〜」 低く、脅しつけるように一つ唸ると、踵を返し森の中へと駆けて行くライガ。 「やりましたですの〜! ミュウ頑張りましたですのー!」 「はいはいそうですね〜」 といってぽい、とミュウを放り投げるジェイド。 喜び飛び跳ねるミュウと、それをかわいいと呟いてぽうっと見つめるティア。 意外な展開ではあるが、何の犠牲もなかったことが単純に喜ばしいのだろうイオンの側で、ぽ か んと口を開いていたルークが言った。 「……あんたみたいなのを外道って言うんじゃないのか?」 「いえいえ、名に恥じるようなことはしていませんよ」 なんと言っても死霊使い。 彼女に言わせればど悪党らしいですから。 内心の独り言にクツクツと笑うジェイドをルークは不気味なものでも見るかのように顎を引い て みたのだった。 |
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それ行け一般人?――3
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ルークとティアを丁寧にタルタロスに案内して対面した。 と、ジェイドは自分では思っている。 皮肉も篭めてだが。 彼女に指示されたように丁寧に扱ったつもりだが、はたして世間一般の丁寧と自分の言うところの丁寧が重なり合うのか、とジェイドは失笑する。 どんな過程を経ようとも、結果を得られれば問題ない。 疎かにせず、蔑ろにせず。 自尊心をくすぐってやればどうとでも扱える。 これからの彼はともかく、今の彼は、そういう人間だ。 彼はまだ、自分の思い通りになる世界しか知らない、知らなかった子供。 思い通りにならない世界への窓であった己の出生、レプリカと言う現実を開いた先には屋敷と言う物理的な壁があった。 結局その門が開かれる日まで外の世界を知ることは無いと思ったルークは、そのときが来るまで思考を放棄した。 無いものを思うのは辛すぎる。 そう、彼女が言っていたのをジェイドは思い出す。 取次ぎ役に兵士をひとり残してジェイドは部屋を出た。 はじめは乗っていた副官マルコももうこの艦にはいない。 冗談抜きで、タルタロスを動かすための最低限の人員しか載せていない。 今は走るだけでかまわない。 今回乗せるはずだった百四十人近くの人間が、須らく殺されるだろうと彼女は言った。 人数を減らすのも、マルコがいないのも、少しでも運命の軸を狂わせるためだ。 死者で名前が分っているのはマルコしかいない、と彼女は言った。 覚えていないだけなのか、それとも。 考えるに詮無きことだ。 無駄と分っても思考することをやめられない。 だから人間と言うのだろうかとジェイドは小さく他意の無い笑いを洩らした。 艦から下ろすとき、ジェイドは下ろした兵士たちに言った。 この艦は襲撃にあい、乗組員全てが殺されると預言にあった、と。 死に従属するか、それとも己で歩むかこの場で決めろ、と。 それは本来秘される預言であるが、偶然にも我々はそれを手に入れた。 知って尚部下を無様に死なせるつもりは無い! とジェイドは全館放送をかけたのだ。 イオンと、アニスがいないときに。 そして彼の部下は、その言葉に応えた。 甲板で風を浴びていた時にやってきたルークたちを、両手に花とからかったことで彼はミュウの性別が知れた。 重要なことではなかったが、確かに性別までは聞いていなった、とジェイドは思う。 ルークから協力を取り付けて――そして来る敵襲。 その時ジェイドは躊躇いなく、残った部下達にタルタロスの即時停止と即時退避を命じた。 全ては彼女の言葉のとおり。 アッシュやディスト、シンクからは事前に連絡も入っていたが、その連絡が来る以前から、彼女はこの襲撃があることをいい、イオンを連れ出すことをいい、イオンが作られることを言った。 虚実戯言が現に紡がれる。 無知で愚かな、こんな少年一人が、マルクトの、ひいては世界全ての命を握っている。 ジェイドは珍しく背筋の冷える思いをしていた。 「ご主人様っ!?」 ミュウが悲鳴を上げる。 その隣からジェイドは鋭く譜術を放つ。 それは一瞬で兵士たちを吹き飛ばしたが、大男――ラルゴは大鎌を振るい弾き返した。 目の前で繰り広げられる受ければ身の破滅を呼ぶ光の攻防。 それに恐れをなし壁に貼り付いたルークの首に、ラルゴは叩きつけるようにその刃先を押し付けた。 「……流石だな。だが、ここからは少し大人しくしてもらおうか。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐。――いや、『死霊使いジェイド』」 その言葉に驚きを見せるティア。 「死霊使いジェイド……! あなたが……!?」 そのティアの眼差しの先を挑発するように遅い足取りで進み、ジェイドは眼鏡を指で押し上げた。 嘲笑し見せ付ける。 「これはこれは。私も随分と有名になったものですね」 「戦乱の度に骸を漁るお前の噂、世界にあまねく轟いているようだな」 「あなたほどではありませんよ。神託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」 「フ……。いずれ手合わせしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」 「イオン様を渡す訳にはいきませんね」 ジェイドの後ろでティアが僅かに身じろぐが、それを許すほどラルゴも甘くない。 即座にルークに押し付けた大鎌に力を込める。 「おっと! この坊主の首、飛ばされたくなかったら動くなよ」 「く……」 悔しさを噛み締めて、ティアは杖を握る手を下ろした。 「部下を逃がす事には成功したようだな死霊使いジェイド。何処から計画が漏れたかしらぬが、死霊の軍団とて惜しいか」 「ブリッジの制圧には誰が?」 「アリエッタが向かったわ。すべて、おぬしの計算どおりか? 死霊使い」 「いえいえ。お褒めにあずかり、と言いたいところですが、もとより今回は隠密、乗っている部下は彼らだけですよ」 「まあいい。お前を自由にすると色々と面倒なのでな」 「あなた一人で私を殺せるとでも?」 「ふっ、導師の為に用意したのだがな」 と言ってラルゴがアンチフォンスロットを取り出したその時。 背後から忍び寄る影がガツンとラルゴの頚椎を打ち意識を刈り取り、ジェイドもまたその襲撃者の顔を認識する前にすばやくティアの意識を刈り取った。 「な、な・な・な、なんだんだよお前たち!!」 ずるずる、とへたり込んだルークの目が、ティアを抱えたジェイドとラルゴを打った襲撃者の間を行き来する。 「お前ら」 言いかけて、その目が襲撃差の上で止まり見開かれた。 「お前……俺の――」 言い切ることの出来なかったその言葉に、ラルゴの手元から封印術の譜業を掠め取った襲撃者は赤い髪を掻き揚げるとにやりと笑みを浮かべた。 「知っているのか。だったら話は早い。付いて来い、レプリカ」 「……………オリジナル」 やっと紡ぎだされたその言葉を、ふん、とアッシュは鼻で笑った。 「う……」 と声を上げ、打たれた首筋をさすりつつ起き上がるラルゴ。 その目の前にはシンクと、アッシュが居た。 「シンクと、アッシュか……。あれから一体、どうなった?」 「奴等は一応牢に閉じ込めてあるよ。あんたはどうなの?」 「ああ……っ」 面倒そうに応えたシンクに、うめき声を上げながらラルゴは体を検査する。 意識を刈り取られたこと以外、取り留めて外傷が無いらしいことに安堵するが、すぐにそれ以外の異変に気がつく。 「――封印術が、ない?」 懐を探って呟くラルゴに、シンクが嘲笑を向ける。 そしてアッシュが言った。 「使ってから気絶したんじゃないのか? おとなしいものだったぞ」 「そう、か?」 と、疑問形ながらも返すラルゴにシンクが言った。 「あんたも相当間抜けだね。封印術を食らわせた相手にやられるなんて。しかもその事を覚えて無いと来た」 はん、と鼻で笑うと立ち去るシンク。 見事に事の真偽をうやむやにして、ラルゴに偽りを真実と思い込ませたシンク。 嘲笑こそしないものの、同じく背を向けて立ち去るアッシュは、ラルゴが消えてから己の懐を確認した。 小箱。 いずれ己の命運を握るものを。 |
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それ行け一般人?――4
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再び走行を始めたタルタロスの中で、ジェイドたちは拘束された振りをしてイオンの帰還を待つ。 一度アリエッタがライガクイーンの卵のことで尋ねてきたが、軽くあしらった。 ブリッジに居た兵士の安否を尋ね、卵はすでにグランコクマに移送していることを言う。 そして、いずれ捕虜交換の約束を取り付ける。 「このような状態ですから、明確な時期はお約束できません。ですが、ライガクイーンの子どもの身の安全については保証しましょう」 と、のらりくらりと続けるジェイド。 居なくなったら居なくなったで、今度はまたのらりくらりとした態度で落ち込んだルークを慰める――様なそぶりをみせる。 あまりにも煩いので、そのうちにアニスが切れた。 「あんたねぇ、そんなに自分を卑下していて楽しいの? あんたが自分を卑下すれば、あんたのことをいい人だって、やさしい人だって言ったイオン様のことも貶めることになるんだよ? わかってるの!」 「ちが……っ、俺は、そんなつもりじゃ……」 「だったらしゃきっとしなさい。あんたはルーク。あいつはアッシュ。オリジナルだかなんだか知らないけど、あんたはあんたなんだからね!」 片手を腰に、もう片方の手は人差し指を突き出してビシッ、とルークを指差す。 「そうですよルーク。別に彼もあなたを怨んでいるようではありませんし、いずれはあなたたちのどちらかが王家に婿入りし、もう一人はファブレの家を継げばいいじゃありませんか。ほら、そうすれば体が弱くて子どもが一人しか居ないあなたの母上はもう一人子どもができて、息子を一人王家に婿に出してもファブレ家の後とり問題も解消ですよ? それにキムラスカの有力な家に非戦派の人間が増えれば、平和を望むこちらとしても嬉しいところですからね〜」 ぺらぺらぺらぺらと口を動かすジェイド。 「いっそ今はそんなことは忘れて、バチカルに帰る事にだけ専念してみたらいかがですか? 結局レプリカと言うのはオリジナルがあってこその命ですから。父親と母親が居なければ子どもが生まれないように、レプリカもオリジナルが居なければ生まれませんからね。ああ、と言うことは、アッシュはあなたとって母親みたいなものかもしれませんね〜。ルーク。羨ましいですね〜ルークは。母上が二人も居るんですから。母上は大事にしないといけませんよ?」 喋るジェイドの背後でルークには背を向けて、アニスは口元に手を当てて「大佐ってばえげつな〜」とこわごわと呟く。 よく回る口に早口であれやこれやと次々と吹き込まれて、長く考えることを放棄してきたルークの頭は程なくして限界を迎えた。 「だーっ、 ごちゃごちゃうるっせぇ!! 母上はちゃんと大事にしてるっての!」 「それは大変よろしいことです」 「ん、……ううん。なに? 煩いわね」 「ティア、目が覚めましたか?」 目覚め、気だるげに体を起こしたティアがルークの爆発のタイミングをずらす。 ずらされたことで更なる爆発の機を逸っするルーク。 「さて、ティアも目が覚めたようですし、そろそろ脱出しますか」 「ごめんなさい。私のせいで」 「いえ、気にしなくて結構です。そもそも名うての六神将の半数がそろっていましたからね〜。いくら死霊使いと呼ばれる私であっても、皆さんを守りながら戦いきるのは不可能でしたから」 軽々と嘯く。 その際きちんとルークとアニス、そしてミュウに黙っていなさい、と眼力で圧力を掛けるのを忘れない。 「こ、こわいですの〜」 「どうしましたか? ミュウ」 喋ったら、丸焼きですよ? その時ミュウは、確かにジェイドの唇が音も無くそう呟いたのを聞いた気がした。 「では、行きましょうか」 と言って、さっさと牢を破るジェイド。 「死霊使いの名によって命じる」 伝声管を通じてジェイドの声が艦内に響き渡る。 「作戦名『骸狩り』、始動せよ」 バチン、と全ての照明が落ちる。ルークたちの居る場所だとて例外ではない。 響いていた低い機関音も消えていき、薄暗がりに静まり返ったタルタロスは不気味な様相を見せた。 そこを率先して脱出するジェイド。 続いて出て行くルークとティア。 その最後尾で、ふとアニスは立ち止まった。 ついてこないアニスを訝しがってティアが声を掛ける。 「どうしたの? アニス」 「ううん、なんでもないで〜す!」 一度振り返りアニスは呟いた。 「ほんと、敵じゃなくて良かった。モースなんかより100倍怖いよね」 ルークの感情も、そして彼に与えられた情報も、全てを煙に巻いて見せたジェイド。 たたっ、と足音を鳴らして駆け寄りながら、アニスはあのうそ寒い笑顔を思い出していた。 「ガイ様、華麗に参上」 イオンの帰還と鉢合わせできたのは良かったものの、登場のタイミングを踏み外しリグレットに導師を人質に捕られ進退窮まったか、と思った頃だった。 アッシュもシンクも、この状況では出てくることは出来ない。 そんな時だった。 タルタロスは遥かマストの上辺りから、きらめく陽光にまぎれて垂直落下してきたのは表の顔はファブレ家の使用人、ガイ・セシル。 そして裏の顔はファブレ公爵に恨みを持つ復讐者、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスその人だった。 落下直後にイオンを奪取。 そして多足類のごとき素早さを以って、ルークが属する集団の方へ駆け寄った。 リグレットは譜銃を放つが、その弾丸はガイが払うまでも無く、イオンと言う障害が無くなったジェイドが叩き落した。 そのままリグレットとの距離を縮めると素早く槍を繰り出してその命を脅かす。 「さて、形勢逆転、と言ったところですか。武器を捨てて、タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」 アリエッタはこない。 もしかしたら移送の途中で孵化したかもしれないライガの卵の返還の条件には、ヴァンには内密のまま、ヴァンに協力しないこと、とも触れている。 ヴァンへの恩と、兄弟たちの命。 恩義よりも命を選ぶだろう。 だが、少なからず迷うはずだ。 たとえ恩を選ぶことがあったとしても、迷う間は、出てくることは出来ない。 少なくとも結論が出るまでは、味方でもないが敵でもない。 じり、と足を滑らせるようにタルタロスのほうへ移動するリグレット。 音素に敏感なものならすでに気がついているだろう。 ジェイドの周りを彷徨う音素に。 唱えているのはランクの低い譜術ではあるが、相手に隙を作らせるくらいの牽制にはなる。 今は封印術を施されている、というように見せるための偽装の為に威力を抑えているが、本気になればこの一撃でも片はつく。 リグレットは武器を捨てた。 残っていた兵士もそれに倣い、タルタロスへ戻っていく。 外部から全ての昇降口を封鎖する。 「暫くは開かない筈です」 とジェイド。 ふぅ、とルークは大きく安堵の息をついた。 「助かった……。ガイ! よく来てくれたな!」 「やー、捜したぜぇ。こんな所にいやがるとはなー」 ガイを見て、ルークは再び思考を放棄した。 オリジナルがいたことも、関わったことも、知ったことも、今は全て忘れてしまえ、と。 ガイが来た。 ルークにとっての日常の象徴であるガイが。 だから忘れてもいい。 忘れなければならない。 彼はこれから起こる動乱を知らない。 屋敷に帰れば、再び軟禁される日々が始まる。 塀に遮られない空や初めて乗った馬車、初めて見た海、初めて見た夕暮れ、始めてみた花。 初めて見た、初めて見た、初めて見た物たち。 どうせあと三年は軟禁される。 そのときに、今まで見た物たちは慰めにもなるだろうが、焦がれて苦しい日々を招くことにもなるだろう。 知らないままならよかった。 だが、一度知ってしまえば、一度得たものを奪われるのは、何も知らなかった頃より苦しい。 何も考えないこと。 それが、彼の逃避の方法であり、この現実の中で生きる方法だった。 |
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それ行け一般人?――5
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脇道に座り込み休憩を取りながら、いい機会だからと情報交換をしていた最中のことだった。 「やれやれ。ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」 言って、ジェイドは手の中に現出させた槍をブンと振る。 アッシュやシンクでは無いだろう。 恐らくはリグレットの指示で、神託の盾から追っ手が掛かった。 「に……人間……」 明確に、帰還のためには排除しなければならない敵として人が立ちはだかる。 魔物を切ることにすら罪悪感を覚えていたルーク。 人を、斬らなければばならないのか? 自覚なく、ルークは怯えた声を上げた。 「ルーク! 下がって! あなたじゃ人は斬れないでしょう!」 険しい声でティアは言う。 いわれるまでも無い。 避けたい、下がりたい。 だが敵はルークに下がる暇など与えなかった。 「逃がすか!」 と兵士たちが襲い掛かり、ルークは剣を抜く。 闇雲な剣だった。 今まで屋敷で教わってきたことなどまるで忘れたかのように振り回す。 それでも、恐怖に混乱していても、唯それ一つだけは真剣に打ち込んできた剣の技術と繰り返すことで培われてきた動作が、死にたく無い、傷つきたくないと言う心に従って、敵の攻撃を捌き、考える暇も無く切っ先を鎧の隙間に叩きつける。 「もう、いやだ……」 自分の身は自分で守らなければならない。 ルークより力を持つ者、技術を持つ者、経験を持つ者は幾人も居た。 だがこの乱戦において、果たして彼らが守ることが出来る無力な人間は、一体何人居るのだろうか。 追っ手の数は軽く彼らの倍以上は居る。 死にたくない死にたくない死にたくない。 傷つきたくない、痛いのは嫌だ、怖いのは嫌いだ。 でも。 傷つけたくない。 奪いたくない。 殺したくない! もうこれ以上、殺したくない――とルークの心が悲鳴を上げる。 生まれたルークの心の間隙が、体の動きを止めてしまう。 敵、とそう一括りする相手だって人間だ。 彼等だとて死にたくなど無い。 追い詰められた命の瀬戸際で、相手はその隙を見逃さなかった。 「ルーク。とどめを!」 ジェイドの居る場所からでは間に合わない。 声を上げることでルークの反応を促そうとする。 地面に膝をついた状態から伸び上がるように、剣を突き出す兵士。 「ボーッとすんな、ルーク!」 ガイが叫ぶ。 だが、ルークは呆然と迫る切っ先に視線を寄せられたまま、動かない。 ちっ、と舌打ちした刹那、ガイとティアが走る。 ガイの剣は兵士を切り裂き、ティアはルークに迫る剣に身を差し出してルークの代わりに兵士の剣を受けた。 ドサリ、とティアが地に倒れる。 呆然と、ルークは彼女の名を呼んだ。 「……ティア……お、俺……」 「……ばか……」 倒れたまま、細い声でティアは呟いた。 究極の場面になっても、他人より自分を選ぶことが出来なかったルークの身を、確かに案ずる声だった。 ティアの怪我はたいしたものではなかったが、大事をとって早めに野営をすることになった。 人を殺す理由を、戦う理由を尋ねて回るルーク。 ぐちゃぐちゃにかき回された心を整理するために、己の心に何かしらの結論を求めている。 だが、今のルークには、完全に己の中一つで決着を付けられるほどの経験が――無かった。 尋ねては答えに悩み、返答に思考をめぐらせる。 相手を傷つけること、相手から奪うことを否定しながらも肯定するその姿が、ルークには理解できない。 ガイはやることがあるから、まだ死ね無いからと言った。 ティアは軍人が民間人を守るのは当たり前だから、と言う。 ジェイドも軍人であるからと口にした。 イオンまでもが彼に言う。 仕方が無いことだ、と。 「傷つけるのが、奪うのが怖かったら、その剣を捨ててしまいなさい。完全に無力な人間になれば、私たちも変な目算をしないで済みます。もちろん、守るつもりではありますが、どこかに剣を持っているから、武器を持っているから大丈夫だ、と言う思いがあるのは、否めませんから」 「ジェイド……」 「いっそ逃げることに専念してみてはいかがですか? 戦う者たちの邪魔にならないように、上手に逃げることも、大切なことですよ」 ニコニコと笑っているように見えるジェイドの表情から、ルークは彼の真意を汲み取ることは出来なかった。 翌日。 ルークは、己も先頭に参入することを、その意思があることを表明した。 全ての人間が一度ならず止めた。 昨夜のルークの葛藤を見ていたからだ。 傍若無人、傲岸不遜、そう見えるルークの隙間から見えたもう一つのルークの側面は驚くほどに純粋で、殺られる前に殺る、と言う行動が身に染み付いていた彼らにも、少し何か思わせるところがあったらしい。 「人を殺すのが怖いんでしょう?」 振り返って言うジェイドの顔に、いつもの笑みは無い。 「無理しない方がいいわ」 「本当だ! ……そりゃ、やっぱちっとは怖ぇとかあるけど、戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ。俺だけ隠れてなんかいられるか!」 それでもルークは頑として譲らなかった。 怯えた目をした子どもを引き止める力のある言葉を、他に持つ人間はいなかった。 隠れていていいと、逃げていて言いといわれているのにあえて苦しい道へ無味出そうとするルーク。 やれやれ、とジェイドは僅かに肩をすくめる。 彼の脳裏に浮かぶのは、旅立つ前に彼女に言われていた言葉。 『もう少し、もう少しだけでいいの。ルークに剣を持たせないで。ルークに人を殺させないで欲しいの』 「残念でしたね、ルーアッシュ。彼は自分で選んでしまいましたよ」 答えない空に、呟きを残した。 |