それ行け一般人。

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それ行け一般人。――76



 今でも時々胸を苦しめる思いがある。
 どうして私は、石にかじりついてでも戻る方法を探さなかったのだろう、探そうとしなかったのだろう、と。
 愚かな事だ。
 私は大切な大切な人々の安心より今の命を選んだ。それだけの事。それを考えることなど、愚かな事だ。
 私は私がここにいることを知っている。
 けれど向こうにいる私の大切な人々は私がここにいることを知らない。
 犬との散歩中にいきなり失踪した、ただそれだけしか分からないだろう。
 帰ってこないからと心配して携帯を鳴らせば家で鳴る。
 やがて一人で帰ってきただろう愛犬。
 帰らない私。
 どれほど心配するだろうか。そんなこと、見なくても分かるのに。
 帰ればどれほど安心し、喜んでくれるか、想像するまでも無い事なのに。
 向こうに帰った時の環境とか、押し寄せる現実とか、そんなことよりも何よりも、私が帰ることで救える心があったはず、なのに。
 それでも私はここにいる。二度と帰れない確信を抱いて。

 ごめんなさい、父さん、母さん。私の兄弟。
 帰ることを放棄した自分を憎むこともあった。あなたたちに会いたいと涙を零した夜もある。
 けれど私はここで生きている。生きて行く事を選びました。
 私はもう帰らない、帰れない。
 けれど、ここで生きているからには、遺体が出ることも遺留品が出ることも無いでしょう。
 だからどうか。何処かで私は生きていると、残酷な幻想を抱いてください。
 それが私の願いです。




 枕が塩を噴くくらい泣いたのは久しぶりだった。
 大人になってからあんまり泣かなくなったな、と思っていたのだが、涙が枯れたわけではなかったらしい。
 情緒不安定になったり、緊張の糸がぶっちぎれて熱出して寝込んだりはしたような気がするけど、こういう形でのネガティブな日は久しぶりだった。
 朝になっても瞼の腫れが引かない。
 きっと頻発する地震がいけないんだ。
 足元が頻繁に揺れるのは思った以上の心労だった。
 かつては地震大国日本でも割と頻繁に地震の起きる地方に住んでいたからある種日常だったんだけど、こっちに来て十年、地震らしい地震なんて数回あったかどうかと言った程度だった。
 やっぱり地殻から浮遊しているという大地の構造のせいで地震が少ないんだと思う。
 フロートアース計画?
 早く地殻の振動を停止して外殻大地の降下が終わればいいのに。

 泣いたことと睡眠不足で真っ赤に充血した目で私は今キッチンに立っていた。

 疲れているのに妙にハイだ。
 嫌な感じのハイテンションだ。朝日が眩しい。
 切り刻むのは大根、人参、牛蒡、蒟蒻、豚肉、そして仕上げに――味噌!!

 味噌のある世界で本当に良かった。嬉しすぎる。
 アミノ酸中毒日本人としては塩だけじゃ生きて行けないのだ。
 味噌があればたまり醤油もある。
 何て幸せ。

 私はどんな事があっても、泣いた翌日は心持がすっきりするタイプだった。
 いまも、そんな感じである。
 はっきり言えば明日からも生きて行く気力がわいた。
 今日が曇りだったらもう少し鬱々としていたかもしれないが、外の晴れ渡った空も私の心理に影響しているだろう。
 清々しさとピーカンの太陽はやはり人間心理にとってとても大事であると実感する。

 ハイテンションで今にも鼻歌が飛び出す一歩手前で私は久しぶりの豚汁を調理する。
 合わせ味噌で味にコクと深みを出すという小技も利かせる。
 単純な料理なのに病み付きになるうまさ。それが豚汁。

 セントビナーが崩落してからルグニカ大地の降下が確定するまで大鍋でドカンと作るほうが美味い汁物の作成は控えていた昨今。
 セントビナーの崩落であれだけの衝撃があったのだ。セントビナーと比べればゆっくり下ろすとは言えルグニカが降下する衝撃はセントビナーを下ろすより近い。
 大鍋系の料理は大破した時が危ないと言う事でずっと控えていたのだが解禁だ。
 むしろ禁断症状だ。
 豚汁は大鍋で作らなければその真髄は出ない。
 1日三杯、ご飯の代わりに食べていれば三日もたたずになくなる。
 見込みとしてはルグニカを降下させるより早く消えてなくなる予定だ。問題ないだろう。

 一人でいたらうふふあははと笑い出しそうなくらいのむしろ病的なハイテンションの中でブウサギランドに手紙が来た。
 どうやらエンゲーブから送られて来たらしいジェイド直筆の手紙と言う事だった。
 やはりよく考えないで開いて私は愕然とした。
 世界に逃げ場など無いのに逃げる場所を探そうとするほどだった。

 逃げたい。
 本気で逃げたい。
 これほど逃げたいと思ったのは一体いつ以来だろうか。
 いや、きっと初めてに違いない。

 知らなかった。
 ジェイドが私を表舞台に引きずり出そうと画策していたなんて、全く知らなかった。
 いつから画策していたのだろう。
 もうグランコクマを出てから数ヶ月になるとは言え、それ以前に私ははそういった気配を微塵も感じたことが無かった。
 隠すのが上手いのか、それともそもそも出て行った時点ではそういったことを考えていなかったのか?
 分からないが、どうしようか。

 ジェイドの狙い通りになるのは癪だ。
 だが癪だ何だと言う感情論以前に、それでは目的が果たせない事になってしまう。
 用件が済んだら、もっと言えば世界の崩壊を防げたら、さっさと権力から離れて暮らしたいと思っているのにこれは無いだろう。

 私には使えないのに権力側からの脅威だけが降りかかる位置に立つことを私は最も恐れている。

 ピオニーに相談しようかとも一瞬思ったが、ピオニーもおそらく私から話を持ちかければジェイドのほうに協賛するだろう。
 ジェイドと違ってピオニーのほうは前々からそこはかとなく私を表舞台に引きずり出したがっている雰囲気を感じていた。
 嫌だ。
 ものすごく嫌だ。
 この手紙の内容は既にピオニーに知られている可能性が高い。
 私には私文書なんて無いにも等しいだろう。
 悪乗りして引きずり出される恐れがある。

 どうしようかと私は頭を悩ませた。
 どうしよう、どうする、どうしたい?
 はっきり言ってどうもしたくないのだが、いざその時にいきなり引き出されても対処しかねる。

 ガイのときみたいに上手く口八丁が出ればいいが。
 こちらに来てから私は今まで一度に少数の人間としか会話したことが無いからおそらく誰も知らないと思うけど、大勢の人間の前に立つと吃音癖がでる。
 どもり、と言う奴だ。
 一対まあ十人以下なら大言妄想吐こうとも、それを上回ってくると何が違うのか自分でも分からないのだがどもりが出るのだ。

 演説における堂々とした態度が重要なのは言うまでもないのだが、吃音は割りとそれを台無しにする。

 どう、すべきか。
 豚汁のハイテンションなんてあっという間に吹き飛んだ。

 なにこれ。
 敵は身内にあり?
 何処の戦国武将だよ、と言って笑ってお終いにしたいが奴のやることに笑って済ませられることなんて過去一つも無かった気がする。
 半泣き笑いとでも言うか、笑うっきゃないって状況になったことはあっても、本気でただ真実裏もなく笑って済ませられるほど微笑ましい事なんて無かったと思う。

 進退窮まってきた。











それ行け一般人。――77



 戦時中の物価高と客足が遠のいたせいで帳簿の赤を恐れるご近所の甘味屋から買ってきた甘味を友に対策を考える。

 ジェイドは強敵だ。
 しかもその強敵にはさらなる味方、私にとっては敵である権力の塊が与するかもしれない可能性が高い。
 そうなると抵抗するのはものすっごい面倒くさい。

 類稀なる頭脳とそれを活かせる土台。
 金銭的なものとか、行動範囲を決定させる権力とか、とにかくもろもろが付随して私の目的を阻害する力となるだろう。
 ほんと、安心安全安泰というのは手に入れがたい故に貴重なのか。

 せっかくここまでうまく行ったのだから、今更諦めたくない。
 ヴァンもうまい具合に誤魔化せていると思うし、ジェイドの私見に溢れた報告ではあるけど、彼らの成長も望ましい方向へ進んでいるようだった。

 彼らにヴァンの企みや予言についてなど伝えるだけ伝えてそれで解決するならさっさとぶちまけちゃってもいいしその方が面倒が無くていいのだが、そうもいかない事情がある。

 まずはじめにヴァン以外にパッセージリンクに掛けられたユリア式封咒を解咒できるティアが初期の段階に置いては話しても信じなかっただろう。
 必要なのは預言に対する不審、モースに対する不審、兄に対する不審のさらなる確信。
 旅の間に彼女はとにかく今まで自分が信じてきた、信じていた多くの物が覆される。
 覆されてからでなければ、事実とやらを伝えたところでヴァンやモースに直情的に問いただして口車に乗せられてしまうだろう。
 モースに対してはなぜかやたらに信奉していたし、ヴァンに対しては言いくるめられてた前歴がある。

 ナタリアにははじめの婚約者は誘拐され六神将、次の婚約者はレプリカ、その上偽りの姫君という衝撃の事実がこの時期にどかどかと判明する。
 もしこれがバチカルの王城、ナタリアの日常だったそのなかで判明したなら、ナタリアの心は折れていた可能性が高いと思う。
 ついでに殺されるかあるいは追放されるかもしただろうと思う。

 アニスはおそらくこの旅を経なかった場合、イオンと両親との天秤はもっと容易く両親のほうへ傾くだろう。
 そもそも傾きっぱなしかもしれない。
 イオンに対する比重が軽くなるのは間違いないことだと思う。
 それがこの旅の時間に両親の安全を確保する事とイオンの真実を上手く明かすことによってその天秤のバランスを多少なりとも変える事ができただろう。

 ガイはルークに対する心象などは置いておいて、復讐心との折り合いをつけなければならないし、みょーな時にみょーな事を吹き込んであちら側に走られても困る。
 まあそこのところ人間性としてはジェイドより妙に信頼しているが。
 なんなんだろうかこの根拠のない信頼は。
 でもきっと、私はガイはアッシュがルークのままでも――復讐はしなかった、出来なかったんじゃないかとそう思っている。
 ただそれは私の勝手な思い込みであって、それこそ根拠の無い確信だ。
 それを元に行動することは出来ない。
 だからこそ旅路で、決別の根拠が欲しかった。

 ジェイドが旅の大まかな流れを知っていたために、それを明かさずに置いたことは不審になる。
 何故話してくれなかった、となるだろう。
 明かして信じたか? と問うことは簡単だが、そうしたところで不審の全てはぬぐえないだろうし、今更明かすよりも隠し通したほうが良策であると私は思う。
 理論で全てが解決すれば良いが、大きな感情は無視するとしっぺ返しが来る。
 理性と感情は仲違いしやすい。

 だが、いっそのこと一度くらいなら彼らの前に顔を出すか?
 重要人物たちが一堂に集う機会が一度ある。
 そのときに顔を出さずとも姿を現せば、ジェイドたちの思惑にも一応乗った形になるだろう。
 そのときに趣向を凝らして登場してイメージの入れ替えを図る。

 どう見てもこんなところで喫茶&雑貨をやっている店の一般人とは繋がらないような印象をそこで植え付ける。
 ガイなんかブウサギという名前につられてそのうち出入りしそうな気もするけど、何度見ても繋がるイメージの切っ掛けさえつかめないような印象をその場で植え付ける。
 そういう手段も、無いわけじゃないかもしれない。
 たとえ死霊使いや皇帝が頻繁に出入りする店であっても、あっても――!




 結局そこが一番ネックなんだよなぁ。

 まあ何にしても、結局事態が終わりに近付いてくれば、あるいは混乱が収まってから数年でもしたらなんとなく分かってくるだろう。
 キムラスカ及びジェイドが旅した仲間たちにもマルクトとその背後に居る存在の不自然さが。
 怒涛の流れの中では見逃してしまう、追求する暇のないことでも余裕が生まれ過去を振り返るようになれば目に付くだろう。
 なにしろ此方は知っていて、それを多少隠そうとはしても積極的に何から何まで隠蔽しようとはしていない。
 ことの真相は見え隠れしている。
 ただいつ気付くか気付かないか、気付くならどんな形で気付くのか。
 それについては何らかの対策を講じなければならない、かもしれない。

 覚悟も決めん、腹も括らん。
 私は初志貫徹して裏方に徹する。

 欲しいのは安全安泰安心。
 目指すのは最弱の裏ボス。
 まあこの場合ヴァンたちにとってのボスと言う意味であるし、もしヴァンが私の存在に気が付いて先に殺されても、ピオニー達が生きていれば結局ヴァンの目的は止められるだろうと思うので、もう敵側にとっての私の命はさほど価値もない。

 何とかしなければならない問題ではあるが、基本的に自分の命と生きていける世界があっての悩みだとも思う。
 音素が殆ど存在しない私の体は、瘴気を吸入した時極端に毒性を発揮するかあるいは譜術並みに殆ど毒性を見せないかのどちらか極端なことになるだろう。
 もし前者であったなら、二度目の瘴気は私にとって致命的なはずだった。
 極端な毒性を見せたとしても、一度くらいなら何とか耐えてくれるんじゃなかろうかとは思うが、二度目は保障しかねる、というかされかねる。

 全くどうした物か、と悩んでいるとふいに全く関係のない思考が飛来した。

 思い出されるのはガイと出会った時の記憶だった。
 私ってけっこう回り出したら口が止まらないタイプなのかもしれない。
 そういえば元の世界でも喋り捲っていたことがあるなぁ、とおもう。
 吃音癖が出るかあるいはやたらと喋り捲るか。法則性はあるんだろうか。

 ギャンブルは強くないし、賭けはしたくないなぁと強く思う。
 とりあえずは、やれる事からやっていくしかないだろう。
 何をどう考えたって最終的にはそこに帰結するのだ。











それ行け一般人。――78



 近頃不整脈が多い気がする。
 グランコクマが水の城砦として本領発揮しだしてからもう涼しいどころか肌寒い事すらあるし、汗をかきすぎてとかそういう理由ではないだろう。
 心因性のものだ。
 一応、ルグニカ大陸の殆どが魔界に降りてから一時的にマルクトとキムラスカは和平を結んでいるのだが、これが一歩間違うと大惨事、的な和平だから気の落ち着く暇が無い。
 私の仕掛けがうまく発動するかどうかもはらはらドキドキだ。

 失敗してももともとの効果程度はあると思うのだが、やはり成功したほうが効果が高い。
 ヴァンだろうがインゴベルドだろうがえーと、なんだっけあのナタリアたちに服毒自殺を勧めてくる腹の立つ貴族のオッサンだろうがなんでも利用できる者は利用する。
 今頃は漆黒の翼も頑張ってくれているだろう。

 ただグランコクマに居ると情報が遅いのが悩みの種、か。
 実際むこうで事が起こってもこっちに伝わってくるまでのタイムラグがこう、胃袋をキリキリカリカリさせてくる。




 キリキリカリカリ情報を待っていたら本命より先に漆黒の翼を通じてアッシュからの手紙が来た。
 今頃なんだろうと開けてビックリ。
 アッシュは特務師団の部下達にヴァンから離反する事を告げたという。

 集められるだけの特務師団員を集めてその前でヴァンからの離反を宣言したらしい。
 その上で付いてくる者はついて来い。従えないのなら去れ、とまあ男らしく、というよりアッシュらしく宣言したという話だ。
 そうしたらなんと大半の師団員たちアッシュについていくと意思を示し、迷った者やこっそりと立ち去ろうとした者、まあこの場合ヴァンへ報告に走ろうとしたのだろう。
 私の憶測だが。
 そういった者たちをたちまちの内に包囲、拘束し、ヴァンへの情報の漏洩を防いだという。

 素晴らしい部下達だ。
 その上どうやらアッシュへの賛同を示した部下達は随分以前からアッシュが今回のようなことを切り出したら一緒について行こうと仲間を募っていたらしい。
 アッシュはとても判りやすい人間だったのだろう。彼をよく知る、よく知ろうとした者たちからしてみれば。
 いつかヴァンから、そうでなくても今まであった何かから離反するような雰囲気を敏感に彼ら、アッシュの部下達が感じていたという事になる。

 手紙には、不覚にも感動した、とも書かれていた。
 そしてその彼らを引き連れて漆黒の翼のところへ赴くと、面白がったノワールにそろいの舞台衣装にちょっと手を加えた物をもらったという。
 さすがにもう神託の盾騎士団の服も着ていられないし丁度いいからと受け取って着替えて外に出たら一緒に連れて来た部下達が皆揃って同じ服になっていたというアッシュにとっては随分な罠だったらしい。

 特務師団員だった彼らの中にはキムラスカ、バチカルに詳しい者も居る。
 ノワールたちにキムラスカ下層部の市民の間に随分以前からアッシュに関わる少し特殊な噂を流してもらっていたが、それに彼らも動員したらしい。
 さらにさらに、ノワールの演出でアッシュがゴールドバーグかそうじゃなくても耐えかねた兵士に切りかかられる市民を助けに入った段階でもぐりこませたアッシュの部下達がいっせいに正体を現す、上に着ていたはおりものを取り払ってそろいの服を見せつけると言うグッドサービスまであったという。

 すごい。
 すごいよノワール。
 私あんたのこと尊敬する。
 こっちに関してはアッシュの手紙では愚痴に近かったが、読んでいる身としては久方ぶりにストレスを忘れる瞬間だった。

 十分ほど遅れて届いたマルクト軍からの報告でも、もっと体裁を整えた内容で同じようなことが書かれていた。
 最後はアッシュとナタリアの名前で万歳三唱、凄かったらしい。
 アッシュはバチカルの市民達の目にはさぞかし英雄然として映った事だろう。

「ルーア、どうしましたか? とても楽しそうにして」

 私が楽しそうにしているためかにこにこしながら女性仕官の方が話しかけてきた。
 私もにこにこ、というよりアッシュの手紙の内容にニヤニヤしながら言う。

「とてもうれしいことがあったの。今ある中でいっちばん高い紅茶を入れて、お茶にしましょう!」

 そして私は今ある中でいちっばん高級な茶菓子を出す。
 もうニヤニヤが止まらない。
 笑顔はじけるいい日だった。

 やった。成功だ!
 いや私頑張った。よく頑張った。
 なんてことは無い。頑張ったのは私じゃない。

 こうこうこういう風にこっちの方面で人心を突いたらいいんじゃないかということをちょっと提案しておいたらもっと具体的な形になってきてそして今形になっただけだ。
 思うにジェイドはちょっと勘違いしているんじゃないかとすら思う。
 私はヒントを出してあんた達に考えろ、といっているわけじゃなくてヒント以上のことはなかなか思いつかないだけだ。

 開戦前のまだ警戒の低い頃から地道に人を送り込む。
 兵士への登用や上層部に潜入というなら難しいが市街地に入り込ませるくらいなら出来ないことではない。
 しかもそこに漆黒の翼の力を借りればもう少し容易くなる。
 そして開戦したり休戦したりと忙しくなってきたころ、人心に余裕が無くなって来た頃から  キムラスカ、もっと局地的に言えばバチカルがアッシュを受け入れるための下地を作る。

 噂と言う形で。

 アッシュには悪いけど、アッシュとナタリアの約束も利用させてもらった。
 もう一人の王位継承者、ナタリアとの約束、エトセトラ。細かい味付けはジェイドたちマルクトのそういう諜報を仕事にしている人たちや漆黒の翼に任せた。
 もう一人の王位継承者、と言っても王位継承権者の名前にアッシュは無いし、もともとは王位継承権を持っていたがその継承権もルークと言う名前と共に移行されている。
 正確に言えば、ルークと言う名前が第三王位継承権を持っている。
 だからもう一人の王位継承権者、と言うのは正確な事実ではない。

 のだが。

 関係ない。
 市民達がナタリアを選んだのならなおさらだ。
 既成事実から追い詰めていくと言う事もできるし、ナタリアがアッシュと婚姻する、そのように外堀から生めて道を作ることも不可能ではない。
 実際今の王であるインゴベルドには子供はなく、キムラスカの王位継承に関して最も優先されることは髪と眼の色、だった。なら七年居なくなっていたってアッシュにも十分にその権利が発生する可能性は有る。
 生まれは間違いなくキムラスカ。そしてファブレ公爵の子供だ。

 これを待っていた!
 本編より噂と言う形やそのほか色々を以ってアッシュと言う存在をキムラスカ、まずはバチカルから認識させる。
 ノワールの悪ふざけも混じって居るだろう演出も効果覿面で想像以上の効果が出ている。

 進め!! アッシュ英雄化計画だ!











それ行け一般人。――79



 キムラスカ側としてはアッシュ、そしてルークには英雄になって貰わねば困るし、悲劇の女王としてナタリアも王家が処分を決めたら内乱になるくらいの人望を持ってもらわねばならない。
 対してバランスをとるためにマルクト側には賢君としてピオニー、そしてジェイドにも英雄になって貰わねば困る。
 事が済んだらキムラスカ側は国王の求心力の低下により実質的な世代交代が早まる。
 そうすると国としては英雄対英雄でのやり取りがなされることになる。
 これ、大事。

 ローレライ教団側にはもちろんイオンを始め、導師守護役フォンマスターガーディアンとしてアニスが。
 そしてこちらに寝返らせた六神将の幾人か。
 モースには何らかの形で消えてもらう。
 ユリアシティは役目を終えたとして教団に取り込む。
 そして大きくはキムラスカとマルクト、そしてローレライ教団の三者でこの星の上の政治が行われるようになるのが理想である。

 ヴァンには星を滅ぼそうとした大悪党として活躍してもらうことにより、三国のつながりを深める。
 本来市民が知らなかったはずの事までどんどん噂として流し、国民から貴族まで、誰が英雄で誰が悪なのかをしみこませていく。

 そうやって、この大騒動が終わった後の世界の形を整える準備をする。

 もうすぐ、もうすぐ終わるのだ。
 ヴァンとの戦いで、あいつを地殻に落とすことさえなければ。
 ローレライとの合一さえ防げれば、間違いなく、終わらせることができる。

 終わらせる、というか、時間稼ぎではあるのだが。

 あいつが島を作ったり一万人ものレプリカを創ることさえなければルークとアッシュはすぐに死ななくてもいい。
 ゆっくりと、というかまあ実質めちゃくちゃ忙しくなるだろうけど、自分たちの人生をもう少し生きることができるはずだ。
 ローレライの解放はいつかは必ず必要で、そのためにいつか命の終わりを予言のごとく決められてしまうのだとしても、数年、数十年の時間を過ごし、お互いが決めたところでローレライの解放を行う。
 そういう余裕が持てるはずだ。
 戦争や差し迫った危険さえなければ存分にジェイドやサフィールの頭脳を使って研究ができるから、ローレライの解放を行っても音素乖離をしない、遅らせる方法やの研究もできるかもしれない。
 かもしれない、っていうか私はそれを望んでいる。

 封印術の譜業をかすめ取ったのも、世話になっているこの国に国家規模の10分の1もの予算をかけさせたくないので黙ってローレライ教団で作られるのを見守り横からかすめ取ったのだ。
 研究の基礎があれば0から何か作るよりだいぶ早いだろう。
 使えば体が大変しんどいことになりそうだが、これで音素乖離を遅らせることは出来ないか、という研究にはとりあえず目途はついている。
 それに手をかける余裕がないだけで、出来そうなアテはあるのだ。

 フォンスロットを封じて音素の流れを止めると全身に重りをつけて海中散歩をさせられるゆなもの、というこのたとえは、この世界の人類が普通に生存するだけでも音素の補助を受けているという事。
 それが封じられて重いのも、今までが超人的だっただけでたぶん慣れれば私と同程度なのでは、となんとなく思っている。
 この世界の一般的な人類の寿命より短く終わるのだとしても、人はいつかは死ぬものであるし、必ずしも全人類寿命をまっとうできるわけではない。
 生きられるだけで良しとは言わないが、大きな流れの中で問答無用に犠牲を強いられる事は防げる、はず。
 もともとの命が長いのだ。
 うまくいけば二人とも十分に、私よりずっと長く生きるだろう。

 第七予言を無意味なものとし、そしていつかはローレライの解放により予言自体をつぶす。
 いつか、世代が変わったら、また人々は戦争を始めるかもしれないけど、まあその時の事はその時の人たちで解決しろってことで知ったこっちゃないし。
 てか無理だし。
 ローレライ教団には調停者としての立場を頑張ってほしいところではあるが。

 とにかく、大悪が滅んだという高揚感や、戦争のない世の中に人々が酔い、活発に賑やかに発展していく。
 そういう流れの中で、私はひっそりと生きていきたい。

 昔はリーダー的な人や表舞台で活躍する人に憧れたこともあったけど、今はもう。
 陰で活躍することに憧れる、っていうよりは精一杯に生きているのだ。
 音素の加護を得られない私の体は軟弱すぎて生きるのに精いっぱいで、ぶうさぎらんどの経営は案外に楽しくて、人との交流にも事欠かなくて、つまり私はもう表舞台に憧れるよりもやりたいことが出来たのだ。

 いつかはアニスやアッシュや、他に存在をほのめかせた人たちに会わねばならん、と思っているんだけど、それもなんか。
 絶対に表舞台に立ちたくない、という思いからここに居る私と繋がらないようなイメージキャラを作り上げて一回会って終わりにしよう、って考えたこともある。
 や、まだ実行しようと思っている部分もあるんだけど……。
 どっちかっていうと表舞台に引きずりだそうとするピオニーとジェイドへの反発だし……。
 そういう気持ちで誠意を欠いた対応をしてはならないような気もするし。

 全部が終わった後に、ぶうさぎらんどに招いてみても、いいかな……、とか。
 少し思っていたりもする。

 どういう対面にするか、そろそろ覚悟も決めなければならないんだろう。

 でも絶対にヴァンを倒してからにしてほしい。
「おまえのせいかー!!」とかいう感じでばれたら最後の力を振り絞って殺されそうで怖い。









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