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それ行け一般人。 66〜70
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それ行け一般人。――66
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偽姫とばれなければ、と思うところもあるが、それこそ秘密は何処から漏れるかわから無い。 だったらさっさと偽姫疑惑を出しておいて、最終的にはバチカルの騒動で国民に自分で自分たちの王を選ばせる。 この選択を大々的に表に出して宣伝すれば、バチカルはそれなりに預言離れを引き起こせるだろう。 預言に無くとも、あなたたちは私を皇女と選んでくれました、と。 ナタリアにそういわせることが出来ればある種私の勝ちだ。 つくづくモースがダアトにおいてナタリアを殺害しようとしなかったことは私にとってありがたい。 ナタリアが偽姫であったとしても、死んでしまえばむしろ問題は少ない。 インゴベルドも血の繋がらぬ子であったが過ごした時間は本物だった、などと口上を述べて悲しんで見せるくらいはできるだろう。 偽姫に対する王位継承権も、その今後の立場などに関しても面倒なことを考える必要は無くなる。 そしてその死に嘆く姿は、ナタリアが国民に対して築いてきた物と相まって、国王は民からの同情を誘う事ができるだろう。 それを以って民の心をまとめ――ナタリアを殺害した首班であるモースが居る場所としてのダアトを責め滅ぼす事も可能かもしれない。 預言のとおりマルクトを滅ぼし、ダアトを滅ぼし、そうしてキムラスカはオールドラント唯一の国、覇者となる。 その先の破滅を知らずに。 最悪のシナリオだ。 その場合マルクトに住んでいる私は確実にただでさえ短い寿命が来る前に戦火で死ぬ。 あるいは疫病で死ぬのだろう。 ぜったいに、ご免被る。 不慮の事なら仕方ない。 けどこれは、避けようと思えば避けられうる結末でも有るのだ。 だからこそ、受け入れるわけにはいかない。 そして。 用意するものは大量のエンゲーブ産オニオン。 今でも油断するとタマネギと言う。 それと同じくエンゲーブ産のうまうまジャガイモ。 これは、ポテト? 理想としてはエンゲーブブランドでは出回らないほど小さいサイズの末成り系。 エンゲーブの名にかけてエンゲーブブランドとしては販売しないが、市場に出るだけなら結構出ている。 それと、ニンジン。 えーと、ニンジンはキャロット? そして最後にエンゲーブ産ビーフの肩肉。 エトセトラ。 バラでも腿でも構わないのだけど、油の塊がごってりついているのだけはご遠慮願う。 サシが入っているように見えるのならかまわない。 まずはひたすらタマネギを剥く。 剥いて剥いて泣いて泣いて、菜切り包丁でひたすら薄切りにする。 量の目安は鍋二杯。 それを厚手の鍋一センチほどの厚さにきった肉と交互に入れて蓋をして火にかける。 肉の量はお好みで。 弱火でことことじっくり三時間。 焦げないように待っていると、タマネギから水が出て来てひたひたになる。 そして飴色になってくる。 お肉もここらでとっても柔らか。 あとはここにワインを入れて、皮を剥いて潰したトマト、ジャガイモとニンジン、そして水を入れる。 二、三種好みでハーブを入れて、煮込む。 また煮込む。 焦げ付かないように、弱火で、三時間ほど。 一度も混ぜ返す事無く、ひたすら弱火で待つ。 待って待って、忘れて待って、最後にカレースパイスで調味する。 摩り下ろしりんごと蜂蜜も少し入れればなおグッド。 ここではあのラードで固めたようなカレールーは売っていないが、カレースパイスの調合の仕方は教えてもらった。 最初はしてもらうだけだったが、いつでも自分で作れるようにするためにそれを覚えた。 そうして私はカレーを作る。 ちなみに、目をつぶっていても紅茶を入れられるくらい上達しよう、と言う計画は頓挫した。 さすがに目をつぶらなかったが、近い状態で入れた紅茶をピオニーに振舞ったところ、冗談抜きで吹かれた。 これからも紅茶は手順に沿って入れようと思う。 そこそこ飲めれば美味いといえなくてもまあいいじゃないか。 そして今日も、何か食わせてくれ、とやってくるピオニーに、私はカレーを差し出した。 「……なんでカレーなんだ?」 「それはこのブウサギランドのメニューが全部カレーになっているからよ」 「どうして全部カレーなんだ?」 「……なんとなくよ」 ジェイドが無事である、と報告が入った。 タルタロス航行をみた、ではなくジェイド自身からの無事の報告だ。 これなら間違いなく信じられる。 タルタロスの中に誰が乗っているかなど心配する必要は無い。 それからはなんとなく毎日がカレーである。 さすがに自分たちの食事は時々違うメニューを取り入れているが、今ブウサギランドはまるでカレー専門店である。 毎日のタマネギの使用量が馬鹿にならない。 大量の飴色タマネギとうまうま野菜。 このカレー、とても、とても旨いのだがさすがにカレー以外の何かを求めてくるピオニーはすでに飽きたようである。 無駄に舌が肥えて居やがるコンチクショウ。 この贅沢な味が分らんのか! それともピオニはーもしかしてカップラーメンのようなジャンクな味を食べたほうが感激する人種なのかもしれない。 ……納得しろ。 そう、住む世界が違うのだと。 カップラーメンなんてむしろ食べるものが無いときに食べるものじゃないか。 ニッシンのカップ麺は高いんだよ値段に見合う旨さだけど。 とにかく、知らせが入った、と言う事はもうすぐ一度ここに、このグランコクマに帰ってくるということだ。 そんなときぐらいは一息ついて美味しいカレーを食べてもらいたい、と思う心と帰ってきても顔を出すなと思う心とがある。 ルークたちを連れたジェイドがここに顔を出せば、必然としてルークも顔を出す可能性がある。 だから来るな、と思うと同時にきちんと顔を見て、無事を確かめたいと思う心もある。 複雑な二律背反。 揺れる心が乙女じゃないのが申し訳ないが。< |
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それ行け一般人。――67
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明日のメニューを考えて保冷庫の扉を開ける。 第四音素が使用されていると言う保冷庫からはひんやりとした空気が流れてきた。 まるっきり冷蔵庫だ。 業務用サイズの。 ネギががもうすぐきれそうだ。 ジャガイモとタマネギは地下の保存庫にまだあるはずだ。 土つきニンジンも。 肉はここのところのメニューの揺らぎのせいでチキンとポークとビーフが全部中途半端にあまっている。 皆纏めて挽肉にしてしまうか。 でも私は牛肉の扱いが下手だ。 さてどうしようか。 ぼんやりと考えながら視線を下へと辿ってゆき、ふと目にした緑のトレイ。 なんだったかなぁ? と覗き込んで絶句した。 そっと、そっと保冷庫の扉を閉める。 私は何も見なかった。 「……封印」 「何か言いましたか? ルーア」 「あ、ああなんでもないよ。明日のブウサギランドの軽食のメニューは何にしようかと思ってね」 「そういえばお肉が随分半端に残っていましたね」 「そうそう。だからチキンとポークで挽肉にして、薬味を混ぜて団子にしたスープと、牛肉は私たちで食べちゃおうかなって思って」 「ああ、それはいいと思います」 何も無い振りして会話をして、女性仕官の人が立ち去ってから保冷庫を睨んだ。 全く意味が無いが。 「……どうしようか。見ない振りをしたって存在していることに変わりは無い」 私は意を決して再び保冷庫を開き、そのトレイを取り出した。 なんてことは無いチキンが乗っている。 だがそれを保冷庫にしまったのがいつであるのか。 それが最大の問題だ。 私は恐る恐るそれに鼻を近づける。 くん、と臭いを買いでも異臭はしない。 無事、だろうか。 淡白でパサパサしているチキンの胸肉。 塩水で洗って冷蔵庫にで干しておくと旨味が増してぷりぷりとする。 それを狙って冷蔵庫に入れていた、のだが。 いつ、入れたっけ。 ただでさえチキンは豚や牛と比べると傷みが早いのに。 でもすっごく無事そうに見える。 つやつやてりてりしていてとっても美味しそう。 廃棄するか、否か。 間違っても食中毒事件にはしたくない。 だがもし中るなら、自分ひとりで、か。 結論――自分で食べる。 食中毒≠細菌学≠緒方洪庵 緒方洪庵は天然痘の撲滅が有名すぎて他が耳に入らなかったけど。 だれだったか細菌学の偉人で諦めない日本人が居たような気がする。 ピロリン、ノロウイルス、O-157、黄色ブドウ球菌。 あと、卵なんかに付いているのでよく問題になる食中毒菌はなんだっただろうか。 ああ、サルモネラだったか。 うろ覚えの物も合わせて幾つ物食中毒菌類が思い浮かぶ。 でも確かピロリ菌は胃に存在する胃腸虚弱や胃癌を引き起こす細菌だったような気がする。 ピロリの名前を初めて聞いたときはなんだか可愛いな、と思ったりもしたが冗談じゃない。胃が弱いと日々の生活の質が落ちる。 卵も、こっちの卵は日本の卵みたいに洗浄殺菌されていないからそういった危険も高いかもしれない。 ドキドキする。 塩コショウをさっと振ってささっと白ワインで酒蒸に。 中るなら一人で! と思ったが、これが意外とうまい。 しかも調理中にはなかなかのかぐわしい匂いが。 結果、見つかった。 休憩中の夜勤の兵士の方に。 表番の方々には内緒で二人で美味しくぺろりと。 さっぱりしているからいくらでも食べられてしまう。 今でもおなかは大丈夫だ。 ちゃんと保存開始時期を記録して、今度ブウサギランドのメニューにしようと思う。 日本酒がもっと手軽に入ればいいのに。 私としてはワインより日本酒の方が多分好きな風味だと思う。 そんな経緯を経てブウサギランドのメニューになった鶏の酒蒸は常連さんからもなかなかの好評を得る事ができた。 高蛋白低カロリーが都会に住むちょっと運動部側気味の婦女子の方々にも人気が高い。 一度ピオニーがきたときにも出したが、結構気に入ったようだった。 残念ながらジェイドにはまだ出せていないが。 そう。 まだジェイドは帰ってこない。 だが私のカレー週間は終わっていた。 客もピオニーも飽きただろうが、作り続けた私も飽きた。 客に出して残りが出ればその日の夕食になるのだからいい加減あきもする。 そうしてブウサギランドは通常メニューへと戻っていた。 つまり、その日ごとに違うメニューへと。 彼らはそろそろダアトを脱出した頃だろうか。 だったら彼に手紙は渡っただろうか。 手紙を渡すように頼まれた通行人を装った伝達と言う遠まわしな手段を用いてガイに渡した手紙。 いや、正確には渡したかった手紙だが。 渡ったかどうかは確約が無い。 あとでジェイドでも帰ってきたなら分るだろうが。 今回カースロットは掛けるのはシンクだろうが解くのはイオンに成るだろうと思ってないことにした。 そもそもダアト式譜術を使える体ではないと廃棄されそうになったシンクにも、ダアト式譜術の才はあるがそれが須らく体の負担になるイオン。 どちらのためにもこのイベントは無かったことにしたほうがいいだろうとは思った。 だがこれは、ガイの記憶を刺激するためには必要なことだろう、とも思っていた。 憎しみを自覚し、その上でどうするか決意する。 いまのどっちつかずのままでは旅の最後まで連れて行けない。 迷いからヴァンの方へ行ってしまう、行かずとも迷いが長ければヴァンに情報を洩らしてしまう可能性もある。 まあ、その可能性は低いと見積もっている。 それに、いままでの――恐らく外部には私の頭の中では綿密な計算が行なわれているように見えるかもしれないけど恐ろしくアバウトな計画の中に置いては今更のような気がしないでもないが。 だがせっかく今まで肝心要の重大事はガイの目の前では行なわずにやってきたのだ。 もっと努力のしどころだと思う。 貴重な戦力であるが、あのメンバーの中では現在唯一の危険因子である。 そういえばゲームを始めたときあんまりいい人すぎて絶対に裏切る人だろうな、と思った。 物語のパターン的にその立ち居地に居る人だと思ったのだ。 最後までゲームを進めて裏切らなかったからむしろビックリした記憶がある。 本当にいい人だったんだ、と。 とにかく、はっきりした答えが出せないようなら彼のたびはグランコクマで終わってもらう。 監視もつけざるを得ないだろう。 そういえば私がこちらの世界に来る前に読んでいた漫画の連載はどうなったんだろう。 あれにも絶対に登場早々敵に回ると思っていた人が回を重ねてもまだ味方側に居た。 今頃は裏切ってしまったんだろうか、それともガイのように最後まで味方なんだろうか。 連載に登場するたびに、このシーンで敵に行きそう、主人公への嫉妬を煽られて向こうに行っちゃう? とハラハラしたのを思い出す。 どうなったのか凄い気になる。 「はぁ……」 溜息をついて思考を切り替える。 ダアトでガイの手に渡るように仕掛けた手紙は、カースロットに代わってガイの記憶を刺激するための物だ。 そしていま、私はグランコクマで彼に渡すための手紙の内容に頭を捻らせている。 いかにして普通ではない手紙を書くか。 そう。 この手紙を読んだガイが、絶対にこの手紙の書き手がこんな庶民の店で日々店番をしてグラスをつやぴかに磨くのが趣味となりつつある三十路女であると悟らせないか。 逆に悟られたときにはへぇ、あの人こういう手紙を書く人間なんだ。 人は見かけによらないなぁ……、と変人認定される危険性もあるが、リスクとリターンは常に一心同体。 リスクの方が高い、かもしれない。 ここはジェイドが出入りしピオニーが出入りし、ついでにマルクト軍人が多く出入りする。 ふつーの店を目指しているのだが。自分も他人も、とかくままならない。 しかし改めて思いしった。 老いる事に抵抗、といったら変かもしれないが、老いを拒むつもりはないし三十代は女の華だ。 けど、周囲が若いままと言うのがどうにもやりきれないな。 |
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それ行け一般人。――68
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運命の神様とか、きっとそういうのは存在すると思う。 ただし、奴等は私がダイッキライだ。 いや、そもそも紙が人間の思惑などよむものか。 蛇とマングースは決して相容れない。 深刻な顔をして入店してきた男は、金糸の髪とこの都のような青い瞳、そしてグリーンリボンにコインが付いたチョーカーをつけていた。 ……見覚えがありすぎる。 よりにもよってこの店を選ばなくてもいいんじゃないかと思う。 その男――ああ、もう面倒くさい。ガイでいい。 ガイはこの一見さんには妙すぎる店の内装も目に入らない様子で奥の席に場所をとると、一応紅茶を注文した。 そして私が書いた手紙とにらめっこを始める。 ……やはりリターンよりリスクの方が大きい手紙だっただろうか。 こんなにもまっすぐにばれる危険性に遭遇するとは思わなかった。 まあ顔を見たからといって分る物ではないが。 いや、むしろこれは私の心情的なものだろうか。 何もない顔をして居れば何もない。 ああ、そうだ。 そもそも私が出て行かなきゃならない理由は無いんだ。 私が配膳しなきゃならない気がしていたがそれは完全なる思い込みであり、表は任せてバックヤードに引っ込んでいても問題は無い。 バックヤードにだって仕事はある。 と言うことでキッチンに引っ込んでキッチンスタッフに交代してもらおうと思ったら、にっこり笑顔で入れたての紅茶を押し付けられた。 「どうぞ、ルーア。お客様がお待ちですよ?」 「あ、いや。あの客はちょっと訳ありであまり顔を合わせたくないのよ。出来ればキッチンと代わってくれないかしら」 「分りました」 「ありがとう。ねえ、あの隅に座っている金髪のお客さん、女性恐怖症だから距離に気をつけてあげて」 「わかりました」 短いやり取りの末にキッチンスタッフになる私。 料理に腕を振るうほどお客も居ないのでとりあえず洗い物をする。 相手の女性恐怖症まで知っている間柄で会いたくないとはどういうことか、普通は大いに疑問に思うだろう。 任務からか、そして彼女の性ゆえか、聞かずに居てくれるのはありがたい。 と、しばらくして表から代わったはずの女性仕官の方が顔を覗かせてきた。 「ルーア。少しよろしいですか?」 「ええ。構わないけど」 「では、今日はもう店を閉めてもいいでしょうか」 「なにかあったの?」 「ええ。いまマルクトは戒厳令を発動する準備で忙しくなっていまして、ご存知かと思いますが、昨日ここのシフトからも二人の兵士が引き抜かれました」 「ああ、そういえばそんなことがあったわね」 と思い出す。 一応監視兼護衛として私の身辺に居る兵士の方々。 既婚者が多くなったあたりに歳月を感じるがそれは置いておいて。 ブウサギランドは至極平和だ。 暴れる客はキュッと一捻り。 治安の良さを維持してきた店だから女性客にも人気が高いし、何よりそもそもそういった突発的な性質の悪い客はあれども初期に想定された様な意味での襲撃は無い。 至極、平和である。 杞憂だったね、良かったね、と言うべきか。 それとも周囲がそれほど頑張ってくれたとと言うべきか。 あるいはこのブウサギランドの一般への隠形性能が高かったのか。 力いっぱいどれでもいいな。 だからこそここに居た兵士の方たちも引き抜かれていったんだろうし、私もピオニーも他の誰も、一度も襲撃の無いここに割く人手は無い、見たいな風潮に反対するべくも無かったのだ。 「はい。明日にはもう一人男性の方が行かれるという事で、今日の残務処理が増えまして。明日以降は私もここを営業したまま護衛の任務を続けるのは厳しいので、ルーアの許可がいただけたなら落ち着くまでいちど閉店させて頂きたいのですが」 「そう。構わないわ。今までありがとう。これからもよろしくお願いします」 「こちらこそ」 互いに感謝をこめて言葉を紡ぎ、いたわりをこめて微笑みあう。 「では取り合えず表にはクローズの看板に変えてきますね」 「ええ。ちょうどお客も引けた頃だし」 ブウサギランドには時間帯的に極端にお客が少なくなるときが有る。 それがいまだ。 それにしても全く居なくなる時間帯と言うのは珍しいく、今もガイを含め三人ほどの客が居る。 表をクローズにしたならこれ以上人が入ってくることも無い。 時間がたてば人は引けるだろう。 ああ、ほら。 ひとり、また一人とこのブウサギランドで余暇を過ごして日常へ戻ってゆく……。 私は何時から詩人になったんだ。 まったく。 そうして客はいつの間にか重苦しい雰囲気を漂わせているガイ一人になった。 「どうしますか? ルーア。私はもうこれ以上表に入られないんですが。お帰り願いますか?」 「いや、いいよ。置いておいてやって。害は無いやつだからね」 今のところファブレの系譜以外の人間に訳も無く剣を向けるような人間ではない。 「あの方、注文した紅茶が来たのにも気が付かないようでした」 「悩むお年頃なのかもしれないわね」 「それでは私は失礼します。なにかあったらすぐに呼んでください」 「うん。分った」 そうして女性仕官の姿が消えて、カウンターを明けるわけにも行かないから私が立つ。 まあ、ガイが何かをすると思っているわけでは無いけど、一応。 今は他人のことなんか目に入っていないようだし、気が付いたときに勘定しようと思って誰も居ない。あれ? となってから呼ぶよりはきっと印象が低いはず。 そもそも彼、いまこのブウサギランドの異常とも言えるブウサギ的な内装にも全く気が回っていない。 ……あ〜。 あれを読んで何を思ったのか凄く気になる。 目の前で読まれているから更に気になる。 まともに目の前であんな事を言われたら古いRPGの王様か占い師じゃ有るまいし、と居たい人だと私は思う。 確実に。 遊び心が少しも無かったわけではないが。 あーあー。 紅茶もすっかり冷めちゃって。 何を頼んだのか覚えても無いんだろうけど、メニューの一番上の紅茶が最高級品だ。 それがすっかり冷めちゃって。 メンバーのお金の管理は誰がやってるんだろう。 少なくともルークではない、のか。 ガイは今どれくらいガルドを持っているのだろう。 ……大丈夫か? 関わらない関わらない。 そう何度も呟き決意してきたはずだった。 けど、結局甘いのだろう。 甘い自分に対するちょっとの不満と、無料のサービスである事と、この店の最高級ランクの紅茶を一杯無駄にした事ととあわせて等級は最下位の代物にする。 なれた手順で紅茶を注ぎ、彼の居るテーブルへ持っていく。 コトン、と小さな音を立ててソーサーが置かれると、ハッとガイが顔を上げた。 |
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それ行け一般人。――69
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「あっ」 「あら、ごめんなさい。紅茶、冷めていたようだから」 なんで、気が付くかな。 さっきは気が付かなかったって、言っていたのに。 「あ、いや。此方こそ申し訳ない。せっかくの紅茶を無駄にしてしまった」 「いい、とは言いませんけど。何か真剣に悩んでおいでのようでしたから。この紅茶は私からのサービスです。お代は必要ありません。お客様が注文したのとは随分等級が下がりますけど」 「あー……すまない」 「いいえ」 なんていうか、本当に切羽詰っているのかもしれない。 もっとこう、女性相手の美辞麗句が飛び出してくるかと思ったんだけど。 初見のはずの私が慎重に距離をとっていることにも気が付いていないようだった。 「なあ、君は」 客と店員のたったそれだけの小さな触れいいだったはずなのに、呼び止められた。 「なんでしょうか」 「あ……」 尋ねておいて言葉に詰まるな青年よ。 しどもどしているのを少しだけ待つ。 と、やがて話し始めた。 「君は、ホドを知っているかい?」 おー……。 知らないけど、知らないって答えるわけにはいかな。 「ホド。今は無い場所ですね。お客様は、その場所と縁のある方なんですか?」 「まあな」 「ホドについては……語る物ももうありません」 そもそも語る物がない。 から瞬時に考える。 この世界での実年齢――と言う言い方は妙かもしれないが、一年に二歳分加算しなければ私は25歳。 外見年齢は30そこそこ。 なら、彼の目にはホド戦争の頃をよく覚えている年代に映るのかもしれない。 そもそもこの世界に居なかったことは言わなければ分らない事だ。 「……ですが、待っているのかも、知れません」 「待つ?」 「いつか寄る辺が戻るのを」 頑張れ私の脳髄。 発火するほど回転するのだ!! 「これは秘密ですけど、かつてホドと同じくガルディオス伯爵領だったフェレス島の住民は今も寄り集まって生きています。そして、あくまで噂ですがガルディオス伯爵の遺児が、今も生きて居ると聞いたことがあります。ホドはなくとも、ホドの血と心が生きるなら、と。願っているのかも知れません」 「いいのか? そんなこと俺に話してしまって」 「本当は、悪いのかもしれません。この話が広まったら、今生きているフェレス島の人たちにも、生きているかもしれないガルディオスの子供も、最悪刈られてしまうかもしれない。でも――」 「でも?」 「あなたからはホドの風の匂いがしたから」 ガイも黙る。 私も黙る。 これが某転職可能なRPGなら私は詩人に為れるかも知れない。 詩人と言う職業があったかどうか、そもそも知らないけど。 「君は、キムラスカが憎くはないのか」 断言はしないが深読み出来る言い方をした自覚はあるが、ものの見事にフィッシング。 一本釣りだ。 ホドと縁があると匂わせただけで警戒も無く引っかかるなんて。 追い詰めすぎたかもしれない。 これが裏目に出なければいいけど。 「憎んで、キムラスカを攻撃したら? 隙を見れば、時間をかければ、私のような人間でも、キムラスカの要人に怪我を負わせることくらいは出来るかもしれない。あるいは頑張って軍人になって、意味も無くキムラスカの人間を殺したら? 開戦の口実に出来るわね。でも、……二度と和解の余地は生まれないでしょうね。よく言われることだけど、復讐は復讐を生む。本当だと思うわ。」 時代劇などでもよくある、親の仇! と息巻く人に、やめろと諭すいいわけだ。 だいたいは聞き入れられることの無いすばらしい名文句だ。 泣けてくるね。 「復讐をやめるほうが、辛いかもしれない。なぜあちらからやられて反撃してもならないのか」 殴り合いの喧嘩までどうこういうつもりはないが、国家が絡むとものすごくややこしい。 そして事が大きくなる。 「私の心なんてこの際どうでもいいのよ。キムラスカを憎み、ファブレ公爵を憎み、そうすることで今まで生きてきた人を私は知っているの。彼のような人間は、マルクトにもキムラスカにも、もう二度と生まれてほしくない――」 私は戦争を知らない世代の人間だ。 それでも、それだけは思う。 あんなに泣かせてくれた物語に住んでいた彼ら。 今目の前に居る人。 少しは、幸せになってほしい。心に決着を付けないと、前に進めない。 そのあと、やっと周囲を観察する余裕が生まれたのかブウサギランドの内装に驚いたガイ。 「この店の出資者がね。大のブウサギ好きなのよ」 といえば、奇特な人も居るもんだな、とまで言っていた。 うまくいけば、将来そのブウサギと切っても切れない縁になるのは君だとは言わないで置いた。 無意識とは言えここでブウサギだらけの店に入るあたり、君とブウサギとの間に太くて丈夫なナイロンザイルの如き赤い綱が繋がっていることは恐らく間違いないだろう。 冷めた紅茶も温かい紅茶も飲み干して去ろうとする彼の背に、私は言葉を投げかけた。 「そういえば」 「なんだい?」 「生きているかもしれないガルディオスの子供も、あなたくらいの年頃ね」 はっ……。 ははは、はっ……。 泣きたい。 やっぱり私は根っからのバカ、なのだろうか。 とりあえずまずは引越しの準備か? そろそろグランコクマを出なければなぁ、と思っていたから、丁度いいか。 でも住み心地がいいから、人より老い易い病気だと偽って住み続けようかとも思っていたけど。 いやいや。 そもそも私の生い立ちが嘘まみれな訳だから今更一つ二つうそが増えても。 あの手紙を書いた人、ではなくその知人程度には誤魔化せないだろうか。 ああ、でも泣いても居られない。 私はガイが何といって彼らに告白するのか、あるいはしないのか。 見届ける事はできないけど。 白い紙にでかでかとマルを書いてスミレの印鑑を押した。 蝋の代わりにインクをつけて。 もう一枚の紙にはやはり大きくバツを書く。 女性仕官の方に声を掛けて急いで配達してもらった。 これから小細工大会が開催されるはずなのだ。 判断はジェイドに委ねるとして。 どんな判断が下されるのか、待ち遠しくもあり、恐ろしくもある。 とりあえず私はジェイドが帰ってきたことによって早速纏められた途中経過の報告書を読むことにする。 今までのやり取りは結果が出るまで忘れる事にする。 店はクローズ、憂いは無い。 気疲れを背負って早速自室に引っ込むと、うんざりするような厚さの報告書類に目を通す。 だいたいの感覚では有るが、どうやら今のところ大きな歴史の転換――この場合ヴァンの行動の変異はないようだった。 ありがたい。 こそこそ小細工しているけど、目立って大きな妨害はしていないから、だろう。 ディストが、シンクが、アリエッタがすでに離反している事を知らない。 まだ修正が効く、とそう思っているはずだった。 |
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それ行け一般人。――70
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胃が痛い。 寝込むほど胃が痛い。 そして熱が出ている。 水銀計の示した一時間前の体温は三十九度。 今も全く下がっている気がしない。むしろこの体の調子の悪さ。上がってすらいるだろう。 怖くてもうはかりたくないけど。 女性仕官の方が何度か出入りしているけど、感謝も言葉にならない。 耳もなんだか聞こえづらい。 こんな上体でもトイレには行かなければならないから立ち上がったらベッドから転がり落ちた。 とんで来た女性仕官の人。 手間をかけるね。 ほんと、申し訳ない。 その後もずったり這ったり立ち上がれなくて四つんばいになったり支えられたりしながら何とかベッドに帰ったけど、ほんと、辛い。 ベッドに入ったら入ったで上も下もわからない感じになるし。 風邪や体調不良ではなく、確実に昨日のガイとの対面が理由だろう。 確信が持てる。 多くの人間と出会う接客業。 此方の時間では五年でも私の体の時間では十年もそれを続けていることになる。 その場その場の会話と言う物にもそこそこ慣れていたおかげで何とかなったが、やはり私は女優は諦めるべきだろうと思う。 そもそも目指していないが。 ガイと会っただけで、いや、会って口八丁しただけでこれだけ精神に負担をかけて、その上フィードバックしてノックダウン。 他のメンバーと会った日にはどうなることやら。 隠れなくてもいいというなら有る意味楽かもしれないけど。 隠れるの選んだのは自分だけど。 ジェイドは初めから憎まれ口を叩きあったからある意味気が楽だ。 初めのころはそれで胃痛を起こしていたけど、今ではもうなんとも。 人間慣れだね。 というか、朱に交われば赤くなる、という古の諺を実感している気がする。 ジェイドやピオニーと言う朱。 交わった私はアカクナル。 もっと触れ合いが多いのがアスラン氏のような人だったら、と常々思う。 きっと人生は穏やかでつつましく微笑みに満ち溢れ―― 熱で浮かされて変な夢を見ているのかな。 彼も大変だろう。 下はジェイドのような変人がいて上にはピオニーのような変態がいる。 毛根が根絶してもおかしくない職場環境だ。 悲しいかな中間管理職。 頑張って出世して、その荷物を後任に託すといい。 ……とにかく苦しい。 胃の中の物は全部吐いちゃったし、胃薬を飲んでも同様。 熱冷ましの薬も同様。 何とか水分補給のために、塩と砂糖とレモン果汁プラス重曹の自家製ニアウォーターもどきをちびちびやっているが、確実に絶対量が足りていないと思う。 多く飲むとせっかく入れた分も吐いてしまう。 薬を飲み込むための量でも多いし、薬自体も今は体が拒絶している。 自分の体温で水炊きになりそうだ。 店を休店させたのも、このタイミングなら良かったかもしれない。 そもそもガイラルディア。 きみがこの店に入ってこなければ私は今日も誰かに手紙を書いていたと思うんだ。 好青年だったねガイラルディア。 というか、二十二歳? あれ、一? まあどっちでもいいけど……。 女性恐怖症の女好きなんて何て憐れな生き物なの。 女性恐怖症になったのが五歳なら、確実にチェリーボーイか。 いっそのこと違う方向に行けたら人生幸せかもしれないぜ? ……ガイルク? 将来的にはピオガイ……。 そういえば向こうにいた頃は彼らを使って書かれた随分と数多くの雄同士のカップルがあった気がする。 ヴァンガイとか、ジェイガイとか? そういえばピオニーも独身貫いているし。 まあこっちは全く女性関係が無いわけじゃないだろうけど、子供を作りたくないならそんなに派手に出来ないだろうし。 女好きは自他公認であるが、寝る相手も選ばないと漬け込まれそうだしー。 性欲発散だけなら男でもいいんじゃ……。 そうするとピオジェイ? あるいはピオガイか。 でも女性の抱き心地とかにはこだわりがありそうだ。 抱き枕には欲しいかもしれない。 なんか分らないけど、癒しのオーラが出ていそう。 あったかそうだし。 ジェイドだったら確実に悪化しそうだけど、ピオニーだったらそこそこよくなりそうなイメージがあるなぁ。 ジェイドは寒くて震えているときにブリザード降らせてくれそうだ。譜術で。 風邪だったらうつしてやるのに。 それにしても人間が他人の考えを読めない生き物で本当に良かった思う。 もしこの思考が知れたらと思うと恐ろしい。 多分きっともう一寝入りしたら忘れるだろう。 うあー……。 辛い。苦しい。朦朧とする。吐き気がする。水がほしい。ほしくない。アツい、サムい。 恐るべきガイラルディアパワー。 フェミニストだし、もし女性恐怖症ではなかったら大関スケコマシの名は君のものだ。 うふふ、あはは〜〜、世界が回る〜、私が回る〜〜? 脳みそコネコネ。コンパイル好きだった。 あはは。なんでだろうなんだか無茶苦茶悲しい。 涙が出る。 止まんない。 涙もアツい。すぐに冷たくなってきもちいいー。 赤い光が見える。 チラチラしてる。 争わないで。 奪い合わないで。 陽だまりは、一つしかないかもしれない。 この世界に、聖なる焔の陽だまりは。 それなら私が作るから。 作れるように、世界があなたたちを認めてくれるように、頑張るから。 あなたたちの陽だまり、私が作るから。 二つ無くても、一つが大きくなれば二人で入れるでしょ? この世界の限りなら一つしかなくても、私は世界の外側だから。 奪い合わなくてもいい陽だまり、作るから。 紅が、 朱が、 見える。 目が覚めた。 大分すっきりしている。 今なら恐れずに体温を測れそうだと思って計ったら、三十七度まで下がっていた。 四捨五入すると八度になるけど七度台なのは間違いない。 これは随分楽になる。 頭もすっきりだ。 水が割りと楽に飲めて、これなら薬も行けるだろうと思ったが、この調子で治癒に向かっているのなら今更かもしれない。 それにしたところで熱を下げれば体力の消耗を抑えられるので薬を飲む。 何を考えていたのかさっぱり覚えていないけど、なにかとにかくひたすらくだらなくて、そして恐ろしいことを考えていたような気がする。 間違ってうわごとでつぶやいたりしていないだろうか。 それだけが懸念事項だ。 本人が全く覚えていないというのも性質が悪い。 何か赤いものを見たような気もするけど、全く全然覚えていない。 トイレに立っても自分で歩ける。 何てすばらしいのかと思う。 でもまだ胃のダメージと消化の体力すら戻っていないので絶食しようと思う。 カロリーは取るが。 急性胃粘膜病変系なら一、二日食事を抜けば随分よくなる。 神経性胃炎かも知れないし、ストレスによる胃潰瘍かもしれないけど、今は昨日よりムカつきも吐き気も痛みもおさまっているのでこのまま様子を見ようと思う。 「ああ、ルーア! 目が覚めましたか?」 「ええ、おはよう」 様子を見に来てくれたのだろう。 女性仕官の方が眠りを邪魔しないようにと慮っての事だろう普段とは比べ物にならないものすごく控えめなノックの後に扉を開いて入ってきた。 「体調はどうですか?」 「昨日はありがとう。今は随分調子がいいわ。体温計はまだ寝ていろっていっているけど」 「店も閉めているんです。心置きなく休んでください」 「開くにしてももう昼ねぇ」 女性仕官の方が開いてくれた窓の向こうには、燦然と南中に輝く太陽の光があった。 まっすぐ太陽が見えるわけではないが、この部屋の窓の位置がまっすぐ南を向いているから、床に入る光がまっすぐ窓の形のまま伸びていると真南と言うことになる。 ぴったりどんぴしゃど真ん中。 恐らく十時間単位で寝ていたのだろう。 と、思いついて私は聞いてみた。 「ねえ、私なにか妙なうわ言とか言ってなかった?」 「うわ言、ですか?」 うーんと考える女性仕官の方。 しばらくしてから思いついたようでにこやかに話してくれる。 「抱き枕、とか、大佐の名前とか陛下のお名前とかを呟いていましたよ? あと、ジェイガイといっていましたが、どなたかの名前ですか?」 名前、といえば名前だ。 抱き枕とか、あの二人の名前とか、そのあたりだけなら大丈夫かと安心していたけど、ジェイガイはジェイドなら気が付きそうだ。 まずい。ヤバイ。 命の危機だ。 「それと」 「……ねえ」 「なんですか?」 「そのうわ言さ、聞いたのはあなただけ?」 「ええ、そのはずですよ」 「忘れてくれない?」 女性仕官の方はハッと目を見開いて、了解しました。と言ってくれた。 よく私が書き溜めている機密事項の一部だと思ったみたいだった。 完全に誤解されたみたいだけど、この際誤解は解かないでおく。 大笑いする方に知られたならまだいい。 けど、決して聞かれてはならない存在がいる。 あとかき。 今回の話しについて、下記に少し追記しています。 どうしても物語の中には組み込めそうに無かった設定です。 気になる方だけ反転してください。 彼女が見た赤い光は別に神秘でもなんでもないんです。 本人にすでに時間の感覚が無いだけで、時間は真昼間。 彼女の部屋は南向き。 カーテンをしていても光はチラチラと入ってくる。 それに、女性仕官の人が部屋の様子を鑑みて空気の入れ替えに窓を開けていきました。 風に揺れるカーテン。光はチラチラ。 瞼の裏に当たって、自分の血流の色を見ていただけですが、そもそも判断能力がなくなっている上に弱ると何もかもが心の琴線に触るようになる。 ただでさえカーテン越しの光でも瞼を透過して赤を見るのに、時々カーテンが揺れて直に光が入り込むとそれが光ったように見える。 ルークとアッシュとそれに纏わることばかり考え続けてきたオールドラントでの五年間がその赤と輝きを聖なる焔の光に繋げてしまっただけ。 ただそれだけです。 |