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それ行け一般人。61〜65
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それ行け一般人。――61
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いつもは口うるさいし舌鋒が火を噴くたびに忌々しく思っていたのも、居なくなって見ると静か過ぎて寂しくなった。 その文ピオニーが煩くなったが、三人分の温度を二人で埋めるのは大変だ。 ジェイドがいない日々は何処か調子が外れて、落ち着かなかった。 馴染む事とは恐ろしいものだと思う。 私服なんて物を持っていないのではないかと思うほどジェイドは常に軍服に身を包んでいた。 忙しく働く傍らで適当にピオニーをあしらっていて、ピオニーももっとかまえといいつつそれでよかったのだろう。 ジェイドが執務をする部屋に勝手に入りこんで、ピオニースペースで勝手に何事かをしていて、ジェイドの目に付くか騒音などが有るときは耐え切れなくなったジェイドがピオニーを構う。 それで追い出されても、それが彼らのやり取りだろう。 軍部にも宮殿にも一度も出向いていない。 そんな私でもそんな彼らのありかた、日常に気が付けば詳しくなっていた。 めったに無い事ではあるが、時々愚痴を零していくフリングス少将。 ピオニーと共に居るときにはだいたいそういった日常の話が出てくるジェイド。 ピオニーも便乗して彼らの日常を伝えていく。 とても奇妙な彼らの関係。 幼少時の幼馴染と言う関係をここまで続けていられるのも一つの不思議だ。 彼らはとても近くにある。 奇妙なぐらい近くに居た。 あんまり奇妙なのでこの五年間、一度はもしかして二人は怪しい関係なのでは、などと勘繰ってしまったこともある。 私とした事が何故そんなことを考えたのか。 口にしたなら最後、譜術で黒焦げにされるだろう。 ピオニーなら盛大に笑いそうだが。 まあ、その後でジェイドがその場に居なかったとしても嬉々として楽しい話としてジェイドに報告しそうな気がするから迂闊には洩らせない。 彼らはサフィールも含めて妙な関係だと思うが、生臭さは無いように思うからその思考は永遠に封印した。 店に来るたびにピオニーが遊んでいくブウサギのヌイグルミが売れたときにはピオニーは当分拗ねていた。 すぐに変わりのヌイグルミが入荷されて、今度はピオニーはそれに戯れるようになった。 客の居ない時間帯をサーチしたのか、そういった時間帯にはその日のお気に入りのブウサギをつれてくることもあった。 生物だ。 ぶうぶう言っているブウサギ。 それこそ丸焼きにしてやろうかと思った。 洟垂れだったのでやめたが。 何故か鼻水がたれていると食べる気が喪失した。 アスランをつれてきたときも無理だった。 なんと言ってもアスランだ。 あの苦労性の彼を丸焼きにして食べるなんて無理だった。 次にはジェイドをつれてこないかと思ったが、ついぞブウサギジェイドはブウサギランドに来なかった。 ピオニーが危機を感じていたというのなら凄いと言おう。 ずっとずっと、そうして思い出される。 過去ばかりだ。 未来が想像できなかった。 何も見えなかった。 外は暗かった。 室内も暗かった。 とても湿気ていて、とても冷えていた。 その日は、まるで何かの皮肉のように、また雨が降っていた。 客足も無いし、一時間前にクローズの看板を立て、従業員でもある兵士の方々にも休憩に入ってもらっている。 最低限の警備は入っているが、店に割く手は今は無い。 「大丈夫よ、ピオニー。彼は必ず帰って来る。悪運の強い人だから」 カウンター席に腰掛けて、顔をうつむけたまま一言もピオニーは喋らなかった。 今日、アクゼリュス崩落の知らせが入った。 ずっと顔を伏せているが、ピオニーはきっと泣いてはいないのだろう。 彼もたぶん泣けない人だ。 ジェイドとは違う。 ジェイドは悲しみを理解できない人だ。 悲しくないから泣かない。 ピオニーは、悲しくても、泣かない。 いっそ痛ましくなる。 泣いてしまえばいいのに。 死が確定しているのなら、あるいは一筋でも泣けただろうか。 今はここでこうしているピオニーだが、宮殿ではジェイド死亡説が流れる中、一人だけジェイドは必ず帰って来る、生きているといい続けていたという。 フリングス将軍が知らせてくれた。 あるいは全く先の事など知らなかったなら、彼はもっと気丈に振舞えたのかもしれない。 だが、半端に正確過ぎる未来を知ってしまった故に、彼は苦悩するのだろう。 何を知り、何をしてもそれは回避不可能であるというのなら、この場合ジェイドの生存は確実である。 だが、私たちは先を知り過去を知り、それをただの情報としてさまざまなところに手を回し、細工をして来た。 何が運命を狂わせるのか、分ったものではない。 「忘れたの? 私たちがずっと何のために動いてきたのかを。皆で、皆そろってハッピーエンドを迎えるため、でしょう?」 ピオニーとジェイドの。 それにプラスしてサフィールの。 アスランの、彼の妻となるセシル少将の。 ルークと、アッシュの。 そして多くの民草と。 「彼は必ず帰って来るわ。帰ってこないはずが無い。そうでしょう? ピオニー。貴方はそれを信じているはずだわ」 やかんのお湯が沸騰して、音を立てている。 紅茶のサーバーを用意してお茶を入れたが、私も参っていたのだろう。 どういう手順で入れたのか全く覚えていなかった。 味は酷く、不味かった。 |
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それ行け一般人。――62
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女性仕官の方と連れ立って買い物に出かけた。 そうして今まで目に入らなかったものが目に映った。 アクゼリュスからの避難民の人々だ。 各地に散っているがここグランコクマにも流入している。 避難は随分以前から始まっていた。 それが今更目に付くというのは、アクゼリュスが崩落したことで活性化しているのと、私が以前より気にしているということもあるのだろう。 アクゼリュス崩落の話が広まってからは、それを免れて生き残った人々は一種の英雄にも近かった。 ご近所の英雄と言うか、話の種と言うか、私自身はあまり外の酒場に行ったりすることは無いのだが、言ってきた兵士の方たちが土産話に持ってくることもある。 避難指示に従って避難していた鉱夫の人々が、酒の肴にその話を持ち出す。 その時逃げていなかったら今頃は俺も地の底だなぁ、と。 頑固に預言に従って残った奴等は死んじまったんだろう。預言もいいがほどほどにしねぇとな。と。 避難した鉱夫の家族や親類の者が言葉にする。 ピオニー陛下のすばらしい手腕のおかげであの人が、子供が夫が助かったのよ。 夫は今年が終わるまでアクゼリュスにいると読まれていて、預言に逆らう事になるのが不安だったのだけど、今思えばよかったわ。 預言は全てじゃないのね。と。 アクゼリュスが落ちてから、この短期間でアクゼリュスからの避難民の流入する各都市ではこの手の噂が広まっているらしい。 都合がいいので手を入れさせてもらった。 といっても、私の場合は私自身が行なうのではなく、もっとそういった小細工のうまい人たちのところへと指示を伝えるだけなのだが。 この手の、預言に追随するものではない噂を、故意に広めるように細工を頼んだ。 緩やかな預言からの乖離を促すためだ。 預言に逆らって生きるもの、預言に従って死んだもの。 預言が死を詠むなら死のう、と言う人間もいることはいる。 ゼロではないが、それは確実に極少数派だ。 そこに預言に逆らう事で生きた事を強調させ、僅かでも預言について考えさせる。 特に、アクゼリュスで死ぬはずだった人間やその親族は、考えずにはいられないだろう。 預言に従うか否かが生死を分けた。 預言に従いアクゼリュスに残る事で死んだものの親族も、考えずにはいられないだろう。 ラルゴのように極端に走る事はそう多くは無いと思いたいが、死んでしまった、失ってしまったからこそ、考えないわけにはいかなくなるだろう。 強すぎる感情は望めない。 ラルゴやヴァンの同類はこれ以上必要ない。 だが、多少は預言を怨んでもらった方が預言 離れは楽に進むだろう。 そこまで思い通りに行かなかったとしてもだ。 たとえ僅かでも、多くの人間が考えたならそれは今の私にとって成功といえる。 いずれ預言を捨てるとき、全く何の対策もしないところに上から話を振り落とすよりは、少しは、少しは受け入れやすいだろう。 そう有ってくれと願う。 アクゼリュス崩落後一度来たきりそれいらいピオニーはブウサギランドに来ていない。 忙しいのだろう。 やらなければならないことは多くある。 代表的なのはジェイド不在の第三師団、王族を巻き込んだ崩落によるキムラスカからの圧力。 幾らピオニーがジェイドは生きていると主張しても、アクゼリュス崩落の知らせは大きすぎた。 普通、それに巻き込まれたと聞いて生きているとは思うまい。 頭をなくした第三師団を何とかしろとピオニーはせっつかれているだろう。 マルクトはキムラスカ以上に一枚岩ではない。 私の我を通すだけでもかなりの苦労を背負ってくれているのだろう。 キムラスカからの圧力もかかっている。 それはもうすぐ戦争の口火を切るだろう。 それまで第三師団を遊ばせておくのは惜しい、と。 何をするにしても、私たちはただジェイドが生きている事を信じて行動するしかないのだ。 その生を疑わず、けれど私とピオニーはもっともそれを疑う。 知るからこその悲哀だ。 知らなければ、無邪気を装い信じると口に出せた。 信じるのではなく知ってしまったからこそ怖い。 未来を変えようと行動した。 ジェイドが助かるという未来すら変わらないと誰が保障できるのか。 かかわり続ける。 けれど関わらない事を私は決めた。 最悪この物語にある程度の決着が付くまで、可能な限り物語の鍵を持つ人物達と接触しないと。 そう決めたときから、私にできる事なんて高が知れている。 軍に入って出世するわけでもなし。 身分を偽証してブレインになれるわけでもなし。 ただ背後から言葉を紡ぐだけ。 情に流されないようにするための処置だった。 私は情に脆い自覚がある。 一度だけケテルブルクに旅行に出たが、基本的にグランコクマを遠出しないのも自衛の一つだろう。 ケテルブルクは観光名所であるのと同時に、物語の上で悲しい役目を担わない。 アクゼリュスに、エンゲーブにセントビナーにシェリダンに! 一月も住まえばそこの人たちに情が移る。 何かを知っていても全ては救えない。 切り捨てなければならないものがある。 その時に、選べなくなるのは最悪だ。 犠牲の一を選ばなければ百が死ぬ。 私は、相手を知ったうえでその一に選べるとは思えなかった。 無知の高慢が私に選択させる。 アッシュに出会ってイオンレプリカたちに出会って親しくなってその上で冷静に利用できるとは思えない。 出会ったフリングス氏は穏やかないい人だった。 出会いがあったことを心底喜ばしいと思える類の人間だった。 それでも、私は会いたくなかった。 出会わないことも、全ては私のため。 あの日、最後にピオニーがこのブウサギランドにやって来た日から、私には一つの目標が出来た。 それは、いつ、どんな精神状態にあってもせめてお茶くらいは味のあるものを淹れる、と言うことだ。 あの日のあれは酷かった。 慰めにもならない。 せめて、それくらいは、と。 今までなんとなくの感性で使っていた部分を、体に染ませるべく特訓を始めた。 |
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それ行け一般人。――63
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空が割れていた。 月の浮かぶ東側の空が割れていた。 灰色をした重たい雲と、晴れ渡った一欠けらの雲も無い空があった。 左手前の方から右の奥へと緩やかなカーブを描いていく雲はそのうえに満月一歩手前の月を戴き、背景である空は夕暮れ時の灰色がかった薄い青をしていた。 西側に沈もうとしている太陽の残照が、東の空から昇ってくる月を、それを戴く蜘蛛の断片に淡い朱の色を乗せる。 いつも、暮れ行く太陽ばかりを見ていた。 壮大な景色を作る夕暮れを見、その反転である東の空などその時間見向きもしてこなかった。 それが。 夕暮れに目を背けてみた東の空は、神秘的でとても、美しかった。 夕焼けではない。 だがそれも焔の色だった。 美しい、焔の光。 太陽と言う焔の発する光が、この世界を照らし出す。 今垣間見た、美しい光景に深く感嘆の吐息を洩らして、私は椅子に座ってデスクに向かう。 私は一つ、重大なことを忘れていた。 とてもとても重要な事だ。 それはこの世界に居る誰かさんの、おそらく自己の形成に関わる、と思う。 アッシュの名前の由来に関する事だ。 とめさんだってさめさんだろうが名前には違いないが。 特にああいった経歴を持っている子ども、ついでに特殊な力を持っていて周囲から孤立しがちな子には、なおさら自己肯定感が必要だと思うのだ。 伝え忘れていた事を伝えるのは、彼がふれあいの中で築いてきたそれをなおの事堅牢なものにすると思う。 ちなみに、とめさんとさめさんはどちらも人名だ。 昔の大兄弟の子供たちに、一郎次郎三郎四郎みたいなものだ。 とめさんは留め、これで最後の子供、と言うことで付けられるが、そのあとにさめさん、つまり産み収めのさめさんが居る。 けどその後にもまるさんがいたりする。 アッシュ。 その音をルークの燃え滓とヴァンは嘲笑った。 だが愚か。 焔は灰となってからが真。 トネリコの木を指し示す事も有る彼こそは、あるいは世界そのものかもしれない。 髪の色も、焔を名乗るならルークのほうが似合っている。 ヴァンは嘲ったつもりで、なお深く真髄をついた名を与えたのだ。 アッシュがまだヴァンが付けただけの名の意味しか知らずに居るのなら、これを知るのはきっと悪いことじゃないと思う。 ついでにルークに当てた手紙も書き直そう。 あれだ。 ジェイドが旅立ってから先の分、まとめてこんな状況になったらあの手紙をわたしてくれ、というあるかもしれない状況を想定して結構手紙を書いていたが、今思うと書き直したいのもいくつかある。 ルークにわたして欲しい手紙も、今思えば書き足したいことがある。 元が短い手紙ではあるが。 短いからこそ、一つ一つの言葉が大切になる、のではないかと思う。 短い手紙は、苦手だった。 ついつい長いだけで中身の無い手紙を書いてしまうのが昔の私だった。 そもそも短い手紙を書くようになったのは、長い手紙をかけなかったから、頑張って単語を集めて書いたのが始まりだった。 異国に来て異言語に触れ合って、結果として私は短い手紙を書くようになった。 一時期は。 アッシュやフローリアン達に書く手紙は冗長も含んだ長いものになっているが。 まだジェイド生存の知らせは入ってこないし、ダアト港で張らせていても間に合うだろうか。 いい加減知らせてこいやぁ、とは思うが、キムラスカ側に居てマルクト方面に鳩が飛ばせないのはわからない事ではないのだ。 伝書鳩は帰巣本能を利用した通信手段だからして、平和であるときならばともかくとしてこの緊迫しているときに敵国に飛ぶはとなんて養成しているはずが無い。 キムラスカからダアト、ダアトからされに経由してという手段もあるが、鳩からはとを重ねれば情報の拡散率は高くなる。 誰に拾われるかも分らない危険性が増える。 その状況でなら、ダアトに行った時にダアトに居る人脈を利用して伝えたほうが時間は掛かるが正確だ。 そもそも今これから出そうとしている手紙を彼等が受け取る事ができたなら、その知らせこそが生存の知らせにもなる。 一石二鳥、いい事じゃないか。 ピオニーにも、早く安堵できる知らせを届けてほしい。 そういえばイオンはフローリアンと合流できただろうか。 フローリアンは無事にダアトに、彼を育てている軍人のところに帰れるだろうか。 最後にフローリアンから送られて来た手紙には、イオンとあって話をしたと書かれていた。 同胞が生きている事を、喜んでくれたらしい。 生きているのが自分だけだから、死んだ彼らも分も生きなければ、彼らの分まで導師にならなければと思っていた強迫観念のような代物が、少しは薄れたらしい。 フローリアンもシンクも、やる事はやるし、導師イオンになれ、といわれたら恐らく演技は完璧にするだろう。 けど、それ以外の時間、自分が自分である時間はとても生き生きと自分らしく生きている。 それを見れば、きっと何かが変わるだろう。 ふと、彼らから貰った手紙が懐かしくなった。 フローリアン、ライブリー、カーレッジ、セーファ、シンク。 彼等が私にあてた手紙。 何の悪戯か知らないけど、一通も書名の無いものが送られて来たことがあった。 最初は混乱したが、侮るな。挑戦は受けてたつ。 実質的な痛みなどの無い挑戦であったし、私の矜持に対する挑戦でもあった。 筆跡鑑定などしたことも無いのに過去の手紙を引っ張り出して筆跡を比べて、文の内容や語尾の癖などから必死に個人を特定して返事を書いた。 どうやら、当たっていたらしい。 何気なく分った風に書いて送ったが、その裏には膨大な努力があった。 もしもとの世界に居たなら深夜の電気代を咎められただろう。 夜のほうが頭が働く――のは夜更かしのいいわけだ。 クリエイティブな発想力、と言うのなら夜のほうが活発な気がしないでもないが、やはり単純な思考能力の意味では昼のほうが活発だ。 寝不足が続くと人間何をしでかすか分らない。 |
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それ行け一般人。――64
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まだ、ジェイド生存の知らせは入らない。 日々がじりじりとしたように感じられる。 1日が異様に長くも感じられ、そのくせ短い。短すぎる。 ジェイドの生存を気にして、思い悩む時間は長く、だがそのために日常の時間が削られ日は短い。 仕事が滞りがちで従業員の方々にも迷惑をかけている。 彼らは兵士だ。 私の状況も汲み取ってくれているのか、これが仕事です、と言ってくれるが辛い物は辛い。 茶化しにくるならやはり二人揃ってが最強だ。 同じような悩みを抱えたピオニーでは威力が無い。 以前来たときに、二人揃って鬱々とした雰囲気をいや増してしまう事態があってからピオニーも顔を出さなくなった。 そうなると、過去に考える事をやめた事柄が次々と思い浮かんできて私の思考を占領する。 この世に悪はあるのか。 有るだろう。 あるいは盗賊行為。 泥棒、強盗、エトセトラ。 いかなる理由があろうとも、それは悪であろう。 少なくとも私の観念では。 完全に己主体であり、その行為を行う事で他者がどう思うか、どうなるかが思考の範疇から抜けている。 自己の利益を追求する事は悪ではないが、自己の利益を追求するあまりに他者を害していい理由にはならない。 己にとっての他者にも自己がある。 なら、ヴァンたちはどうか。モースは? あるいは思想犯とでも言うのだろうか。 そういえる部分も少なからずあるだろう。 その思想のために大多数を犠牲にする行為を私は良しとはいえないが、彼らは己の思想を突き通しただけである。 その先に、更によい世界を求めて。 預言を否定するヴァンはこのままでは滅び行く星と、人を憂えている。 その結果として星ごと人類を入れ替えるためのレプリカ計画だ。 そこには大きくローレライや不平等の乱れ飛ぶ現状の人の世に恨みを抱くところもありそうだが、預言に従い生きる今と未来への大きな憂いがあることは確かだろう。 預言を遵守するモースも、預言の果てに更なる人類の繁栄が有ると疑っていない。 その結果としての今のモースだ。 預言の果てに有る更なる繁栄を求める。そのために犠牲を出す。 預言は道具であるというのが私の見解だ。人の未来をよりよくするための。 モースは道具に振り回される典型的な人間と言うことになるだろう。 その道具も過去から見れば随分とあり方が歪んでいもするのだろうが、歳月が歪めたあり方を、神秘の近くに居ながらモースは認識できない。 預言には繁栄の果てに破滅も詠まれている。 詠まれることで人が本来知る事のないまま滅んでいくはずだった未来に可能性が生まれた。 読まれた未来に抗う道が。 抗う事を生み出す。あるいはそれが預言ではないかと思う。 だがモースは、繁栄の果てにある破滅までを彼は知る事ができない。 ヴァンもモースも、己の思想のために突き進む。 他のどれほどを犠牲にしても己の道を貫くだろう。 今までも、これからも。 私は彼らのことが好きではない。 だが彼らは彼らなりに人の未来を思っている。 彼らは悪であるのだろうか。 あるいは悪でなければならないのだろうか。 全てが掬えたならいい。 けれどそれは無理だと分っている。 積極的な悪を作ることでそれに興味や憎悪の対象を移させ、そうする事によって本質から目を逸らさせようとしている。 私のやっている事を知らない人間でも、それがなされたときには敏い者なら気が付くだろう。 モースや、ヴァン。 全てを知りつくしているヴァンは、もはやその意思に手出しをすることは叶わないだろう。 ちょっかいを出す事で発覚する事も恐れている。 預言の果てに繁栄があると盲目的に信じているだけで、破滅を望んでいるわけではないモース。 ただ、彼の場合も盲目な目を覚まさせることは恐らく不可能だろうと思う。 そのためには、惑星預言を詠ませるという形でイオンレプリカの命を消費せねばならないだろう。 あの位階まで上り詰めたことといい、導師イオンを差し置いて従う兵を持つことといい、もしその盲目な目から目隠しを取り払う事ができたのなら、糸目のタヌキとは言えその手腕は頼りがいがあるだろう。 あっただろう。 ただ、目覚めないものに期待を寄せることは出来ない。 そして、その盲目なさまがこの星の未来を邪魔するのなら、排除するしかない。 そして私は彼をダアトにおける積極的な悪として利用する。 その悪との闘争にイオンを祭り上げ、力無きながらも悪に立ち向かった一人の英雄に、彼もなる。 うまく行けば、だが。 日々がじりじりと焼け付くような焦燥感に押しやられる。 過去に捨てた思考が湧き上がる。 敵か、味方か。 ただ立場によってそう分かれるだけで、明確に善悪と区切れる物は恐らく無い。 私も私の都合によって、感情によってイオンたちを溶岩の海から拾い上げ、アクゼリュスの数千人を見殺しにした。 過半数は助けられたとは言え犠牲を認めたことは確かである。 人と世界と自分を憂いて。 私は自分を善であると思わない。 だがまた悪であるとも思わない。 それはヴァンも同じだろう。 ヴァンは人の世にとって悪であろうと思っても、自分を悪だと思っては居まい。 モースは別格だ。 絶対に自分が悪だとは思っていない。妄信的なまでに預言に従う己を善だと思っているだろう。 善悪の彼岸と謳ったのはニーチェだったか。 ゼノサーガシリーズが好きだったから覚えていたけどこの手の哲学系の言葉は他は全滅に等しいな、と思う。 好きだったのだが、覚えていない。 アクゼリュスでも助けられた人は確かに多かった。 だが助けられなかった人々のそれと同じくらいには居ただけの話である。 私は命の選別をした。最低すぎて死にたくなる。 もし私が、自分が線引きの果てに捨てられる側だったら到底許せやしない。 けど、怨むなら私を怨め、なんて彼らに言えない。 怨まれたくない。 憎まれたくない。 それらの感情を向けられる事は酷く恐ろしい。 ……絶対に為政者にはなれないな、と私はまた自覚する。 何とかしてピオニーのところから離れないといけない。 絶対、と言う言葉が私はあまり好きではない。 絶対に無いと思っていた異世界トリップなる物を体験してしまったからだ。 絶対にないと、昔は思っていた。 絶対は絶対にないと今は思っている。 だが思う ピオニーの側は絶対に危ない。 虎視眈々と、と言うほど狙っているのかどうか知らないが、どうにも私が避け続けている本質や大筋といった物に近づけようとか巻き込もうとしている気配と言うか意思のようなものが感じられてならない。 近づいて生き残る自信も無ければそういうものの側につき物のさまざま大きな感情に晒されて胃袋や毛髪が無事でいる自身も限りなくない。 確実に体を壊す。 慣れてしまえば所詮そこまでなのかもしれない。 だが慣れるまでが問題だ。 だが今得ている恩恵を捨て去る覚悟も出来ない。 ああ、なんだか今自分がダイッキライだ。 |
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それ行け一般人。――65
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今頃彼らはどこに居るだろう、と思う。 考えながらも手は鍋をかき回す。 今日のメニューはキャベツと豚肉のスープ。 ブウサギランドには特定のメニューが無い。 ブウサギをメニューに出していたころはそこそこあったけど。 透明なコンソメスープをかき回しているとどうしても手を入れたくなる。 簡単あっさり塩コショウ風味で作り始めたはずなのに、気がつけばコーンにトマトなどが入ったクラムチャウダーやホワイトシチューになっていたことも多い。 まあ退屈なのだ。 ほとんどこげる物が無いので放置しておいてもいいけど、肉を入れた直後は少し真剣にほぐしておかないと固まりになる。 私は結構好きだけど。 アクゼリュスが落ちて、キムラスカがきな臭くなってきたと言う知らせが入った。 地上の海を航行しているタルタロスを見かけたとの知らせも入った。 ダアト港からなら恐らく間違いないだろう。 彼らは生きている。 ジェイドも生きている。 少し以前にナタリアにイオンレプリカの秘密をばらそう計画の結果がフローリアンによって知らされてきた。 どうやら割りと成功した形を取ったみたいで安心した。 失敗したとの知らせが無い事でそこそこ大丈夫だろうと思っては居たが、確定の知らせはまた格別の思いだ。 失敗したなら何よりも最優先で最速で知らせるように言ってある。 これが失敗したらいままでの知識によるレールが破断する。 故に気を向けていたことではあった。 ガイが居なければ、ナタリア一人なら結構ごまかしが効くと思った。 ごまかし、というか知らされた事実が大きければ大きいほど思考の麻痺を期待できる。 誤魔化しては居ないが、ガイが居るときよりは突込みが甘かろうと期待しての事だった。 聞かれれば聞かれただけ答えてもいいとは伝えてあったが、まだ知られたくないな、という甘っちょろい根性がある。 それと、ガイはヴァンへの離反が確実ではない不安があった。 ルークもアッシュの頭の中で、どれだけ騒いでも外部には聞こえない。 ナタリアよりルークの方が、あれ、なんか変だな、といった微妙な変化に敏感だと思う。 ガイは居らず、ルークの口は封じ、ナタリアは乗りと勢いで、というどうにもいい加減なスタンスだった。 あれほど単純なジェイドの口からでまかせを信じてしまうなら何とかなるだろう、とも。 ルークに関してはアッシュ任せ。 所詮は裏方、チョコチョコと口を挟んで、言ったことを元に自分で考えてくれと言う曖昧さ。 だが結構いい感じに出ているようで嬉しい。 イオンは誘拐したわけだが、イオンからの助力も得られたし、アニスの協力も得られたから入れ替わりに気が付かれなかったし。 ナタリアへのイオンたちのレプリカと言う事実のカミングアウトも、ナタリアに受け入れられたようだったし。 イオンとフローリアンが違うという認識を持つ事ができれば、それはアッシュとルークへの認識への助けにもなるだろう。 この旅が始まってから少しの間関わっただけのイオンやフローリアンと違って、アッシュとルークに対してはどちらも禍根が深かろうが、それは時を持って解決していくしかない。 こっちでもいずれ来るときのために着々と準備をしているのだ。 漆黒の翼に台本を書いてもらったり、ごくごく極秘に印刷工場を動かしたり。 かの緒方洪庵も天然痘撲滅のためにビラを配ったという。 効果のほどは覚えていないが、使える手段でもある。 戦時中は敵機が上空からビラをばら撒いたという歴史も有る。 アルビオールを使ってばら撒きまくるのもいいかもしれない。 カミングアウト計画が成功したという事は、そろそろイオンとナタリアの誘拐が起っていてもおかしくない時間帯でもある。 頼れる人材、というほどダアトには人を配置していないし、それこそいざと言うときのためにその時が来るまで、できることなら来ないでほしい危機の時までその地に居るためにダアトの兵士達はみな身分を隠している。 だからジェイドには使えない。 キムラスカより遥かに多く潜入させることが出来たとは言え、それでも少ない。 アニスの両親を守ったり、フローリアンを隠匿しながらもきちんと世間を見させたり、ダアトローレライ教団そのものを監視したりと仕事は枚挙に暇が無い。 近頃は面白い話も聞く。 アニスの両親を守る任には、教団の内部そのものに潜入した兵士の人が当たっているらしいのだが、言い方は妙かもしれないがなんというか、教育らしいものを懇々と始めた、と言う話を耳にする。 いや、私はその報告書を紙で受け取っているので目にすると言うのが正しいのかもしれないけど。 ダアトでもキムラスカでも、私はとりあえず一通り知りえる限りの情報を得ている。 その情報の入ってくる順番もそう遅いほうじゃない。 どんな細かい事でも変化は報告するようにとジェイドから通達さえているからこそキムラスカから送られてくる育児日記なんかも上にたどり着く以前に消えるような事が無かったわけだ。 あの手の情報は場合によっては報告の必要なしと現場の判断で留め置かれる事もあるだろう。 まあジェイドまで伝わればその上に居るピオニーにあんな面白い物が伝わらないはずが無いとも言えるが。 それでアニスの両親のことだが、いい人と言えばいい人たちだ。 人間の性善説を体現した人と言えるかもしれないが、私は隣に居たら心底うっとおしいと思う。 悪い人間なら見捨てられるがいい人間なら見捨てられないとでもいうか、まあ。 いい人間なんだけど側で見ているととてつもなく疲れると思う。 まあ、アニスの両親の護衛を任務にされたその兵士の人も疲れたのだろうと私は推測するがどうなんだろうか。 本人たちには秘密裏であるとは言え護衛だ。 ある程度の長時間彼らの側に居る事になる。 何交代制かは知らないが、それでも日々小さくも大きくも彼等が騙され利用され場合によっては――金銭的な損害が出た場合にはそれが娘の方に掛かる現場も目撃する事になるだろう。 彼らの行動と娘について説教のような物をかました人間が居るらしい。 それで彼らの悪癖とも言えるような行動が直るかどうか走らないが、悪い方向に転がらないならまあいい。 むしろ気分はどんどんやれ、だ。 ときどき、思う。 アニスの両親はアニスの事を本当に愛しているのだろうか、と。 愛しているのだろう。 だがそれは愛玩動物に対する愛とどれほど違うのだろうか。 自分たちの負債を娘に背負わせて、なおその生き方を改めようとしない。 自分たちだけで完結しているのなら、それで心穏やかならどれだけ騙されて利用されて捨てられようが勝手にしろだ。 本人たちがその生き方を許容しているのだから。 だが、その負債を娘に背負わせてまでその生き方は貫く物だろうか。 もう少し考えてほしいとは思っていた。 人間の性善説を体現したような人、と言えなくもないとも思っている。 だけどそれだけじゃ生きてゆけない。 他者のために犠牲になることを厭わない。 ならその他者に、娘は含まれて居ないのだろうか。 子供は親の付属物ではない。 それがこの厳しい世界でも通じる理論なのかは――別の話であるのが心が痛い。 もし全てがうまくいったら……子供の権利条約でも普及させるべく頑張ってみようか。 まあ、口出ししたってしょうがないし、アニスもあの両親を愛しているのならあとはアニスに頑張ってもらってあの両親を養えるだけの地位についてもらおう。 アニスならきっと玉の輿だって狙える。 いや、むしろ世界を狙え!! まあ、アニスのことはそれでいい。 彼女の両親のために(多くはその側に居る自分の精神のためだとしても)爆発してくれる人間もいたことだし、なるようになれ。 そうなると今時期問題となるのは――ナタリアだ。 |