それ行け一般人。56〜60

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それ行け一般人。――56



 はじめの一週は二匹で一匹だった。

 二匹の仔ライガが、一匹の餌の仔ブウサギを食べる。
 それも可食部が少し残るぐらいだったし、歯は生えていても骨などはまだ食べる事ができないようだった。
 草食動物は生まれてからどれだけ早く立ち上がり母親の乳を吸うのかが運命の分かれ道だ。
 長年人の家畜である牛も変わらない。
 まあ、豚の生態については詳しく知らないし、ウサギは穴倉暮らしだから生まれてすぐにとんだりはねたりするような生き物ではなかったと思ったが。
 それにしたところで一年も二年も三年も母親の手を借りなければ生きられないような人間の子供とは違う。
 人間の子供のように産まれたときは全身軟骨、などと言うことも無い。
 柔らかい骨、といってもまだ固かったのだろう。彼らには。


 二週目には一匹で一匹になった。

 食費二倍。
 以前は食べられなかった骨も顎に力がついたのだろう。
 バリバリガリガリ噛み砕く。
 砕いてその中身も食べつくす。
 ミネラルたっぷりの骨髄を。


 三週目には二匹で三匹をじゃれあい、取り合いながら。
 四週目には一匹で二匹、二匹で四匹になった……。

 必要とされる急激な体の成長はある程度終わりを告げたらしく、この時点で週間ごとの膨大な食事量アップは終わりを告げたがそれでも日々増え続けている。
 もういっそのこと普通のブウサギでいいかもしれない。
 そうすれば間違いなく単価が下がる!

 尻の毛まで抜かれて鼻血もでねぇ?

 ああ、紅き豚よ、今我等は同士だろう。
 だが来ては為らない。
 きっと“喰われる!”
 尻の毛どころか骨の髄までしゃぶりつくされる。

 飛べない豚は、ただの豚さ。

 下手な倍々ゲームを見ているような、だが実際にダメージを受けているのは私の懐だ。
 まいった。
 どうしよう。
 3ヶ月と思ったけど、さっさと鶏肉に変えてしまおうか?
 肉質の安全性は私が居たところとは比べ物にならないくらい高いし、問題ない、よね?
 鳥の骨が縦に裂けるから刺さるって、関係ないよね?
 もうこいつらは骨すら噛み砕く強顎の持ち主だ。
 やわらかな鳥の骨くらい。

 ほんと、お願い。
 早くアリエッタ連れてきて。
 野性に返すから、狩りを教えて。
 紅い豚じゃないけど通じる言葉できちんと伝えてくれないと食べられそう。

 小さいときはそれこそヌイグルミのようだったのに、ライガよ。
 はは、立派に為ったものさ。

 野生の獣だが知能は高い。
 言葉は通じないが生活の中でボディランゲージで意思の疎通のようなものは出来る。
 合っているのかどうか甚だ自信が無いが、出来る。

 どうやら彼らはまだどうしてピオニーが自分たちの食事を見てあんなにも嘆くのか理解できないようだ。
 可愛らしく首を傾げる様子を見ては、ピオニーは溜息しきりだ。

 ライガは首を傾げたあと、何であの人はああなっているのかと尋ねるようにこちらを見るのだが、私だって苦笑を返す事は出来てもなんと答えればいいのか。
 ピオニーはいっそのことブウサギマニアではなくてライガマニアになればいい。
 そうだ、それがいい。

 冗談はさておいて、最近は臣下の方々にそろそろピオニーがぺろりと食べられてしまうんじゃないかと心配されているらしい。
 もう少ししたら出してもらえなくなるのだろう、ピオニーは。

 あんたは友だ、ピオニー。
 だから最近少しうっとおしいと思い始めた私を許してくれ。





 ジェイドから知らせが来たのでアッシュに手紙を書いた。
 内容を端的に言い表すなら、ルークがどうやらかなりオリジナルに対してかなり、敏感になっているらしい、との事だった。
 知らせてしまった弊害か。

 送ってきたのは廃工場を出た直後らしい。
 はとぽっぽはよく頑張った。

 その鳩はここで休ませて、今度は違う鳩に頑張ってもらう。
 鳩で送る手紙には蝋封は使えないから、私であると示すために使うのはインクだ。
 もう一つ用意されている彫が全く同じスミレの印鑑だ。

 それにインクをつけてまずは送る紙のど真ん中に押す。
 それが乾いてから内容を書き始める。

 鳩の足に括りつけられるサイズなんてものはたかが知れている。
 あまり長い内容には出来ないなと思いつつもついつい饒舌、いや、舌ではないが、冗長な手紙になってしまう。
 鳩に頼むのならせいぜいで事務的な報告くらいの内容であるのが普通だ。
 ジェイドから送られて来た手紙にも、お得意の毒舌は一言も無かったくらいだ。

 だが書きたい。
 伝えたい。

 思い余ってこの惨状。
 書いては清書してを繰り返して、三分の一にまで縮めた。
 これなら恐らく何とかなる。

 三通分手書きで同じ内容をしたためて、三羽の鳩にしっかり届けてくれと願う。

 鳩が途中で行方異不明になることも計算に入れての数だった。

 しっかりと伝書鳩のまま生涯を終える鳩もいる。
 そういった鳩の子孫を繋ぎ、すでに伝書鳩とは血統書つきのような代物だ。
 それでも迷子になる鳩は出るし、途中で大きな猛禽などに襲われる鳩もいる。

 アリエッタの飛行型の魔物に移動を頼めたらもっと大きいサイズの物も運べるのだろう。
 猛禽や魔物に襲われる危険性も、彼ら自身が魔物なのだ。
 鳩ほど心配しなくていい。
 出来たら便利だな、とは思うが無理だろうとも思う。
 大体まだこちらからアリエッタに接触を持っていない。

 とりあえず、書いた手紙を繰り返し読んで誤字や脱字が無いかを確認する。

 パソコン時代にはこれに加えて誤変換と言うのが多くあったが、さすがに手書きにそれは無い。
 ついでに言えば誤字の類も手書きの方が遥かに少ない。

 満足いくまで読み返して、それを送ってくれと女性仕官の人に託した。

 アッシュ。
 ルーク。

 どうか、無事で。
 身も心も、壊す事の無い様に。

 ジェイドも。
 あんたが帰ってこないと悲しむ人間が居るんだ。
 そこのところをきちんと自覚して、きちんと、帰ってきなさい。











それ行け一般人。――57



 アリエッタが来た。




 以前にシンクとフローリアンに当てて手紙を書いた。
 折を見てアリエッタにイオンたちの真実を明かしてくれと。

 できればアクゼリュス崩落後のほうがよかったのかもしれないが、この時期を選んだ。
 タルタロスを手に入れてから、アクゼリュスが崩落するまで、と言う感覚だが、恐らくはジェイドたちがザオ遺跡にたどり着く前だろうと思っている。
 ザオ遺跡ですでにイオン入れ替え作戦がスタートしているからだ。

 そうなるとイオン役のフローリアンが居なくなるからレプリカの真実、というか導師イオンに纏わる本当のことを伝えるのに不都合が生じる。
 実例は多いほうがいいし、シンク一人にそれをやらせるのはかわいそうだと思った。

 まあ、こちらの勝手な哀れみなど蹴り飛ばしそうだが。

 私に彼らに命令する権利は無い。
 お願いする事しかできないのだ。
 だから、嫌だと断られればそれまでなのだが、幸いと言うかこれまで大抵のお願い事は断られた事は無い。
 不可能な事を押し付けた覚えはないし、とてもありがたいことなのだが無理はしていないかと心配にもなる。

 そして、正体を明かす事に成功ししたならアリエッタを導いてくれとも頼んだ。
 アリエッタが納得しなかったらどうするか、と言うことになるが、その場合は仕方が無いのでアリエッタを拘束する事にしていた。
 魔物がアリエッタの意思を受けて逃げ出したとしても、魔物から人に意思を伝える手段はほぼ無いに等しい。
 幸いにもアリエッタの納得を得られ、それ以上にいい方向へ向かっているようだった。

 シンクとフローリアン、彼らには悪いがアリエッタが弱いだろうイオンの顔を二つ前にして彼等が負けるとは思わないが、万が一取り逃がしアリエッタを通じイオンレプリカ達が生きている事、そして何かを画策している事が知られたら計画は危機に瀕するが、私は久しぶりに賭けに出た。
 そして勝ったのだろう。

 この時期を選んだ理由としては、ライガたちの成長が著しい事も一つだ。
 食費の事はいいどうでもいい。
 生活に響くのは確かだが重要度は低い。
 問題はライガ達が育つ事によって増えてくる危険性だ。

 何時までも同居は出来まい。
 できるかもしれないが少なくとも私とライガはアリエッタとライガほど心を通わせていない。
 実はライガがオスかメスかも分っていない。

 もう少し成長すれば外見から区別出来るらしいが今はまだ無理だ。
 あれほど大きくなるメスライガ。
 たとえオスだとしても、今はまだここでじゃれ付いているだけの二匹にも、やがて走り回る広大な土地が必要になるだろう。

 第一この世界をゲームとは違う結末を持って存続させる事が目標では有るが、やはり自分の安全が第一義でもある。
 そのためにこの世界に口出ししているようなものなのだから、その所を入れ替えては本末転倒だ。
 いや、第一もう私はこの世界に来た五年前――体感時間において十年前に何を思っていたのかほとんど覚えていない。

 今は日記のようなものを不定期に書いているが、昔はそれこそメモとペンがあればいかにして自分の記憶を引き出し記録するかが命題だった。
 日々何を思っていたのかなんて覚えていない。
 ただ生きる事に必死だったのは覚えている。

 とにもかくにもアリエッタが来た。
 といっても直接私の棲み家――ブウサギランドを併設する家に来たわけではない。
 さすがにライガや魔鳥にのって直接乗り込まれては困る。
 周囲もかなりの騒動になるだろう。

 仔ライガ二匹を隠しとおせるだけのスペースは今のところ辛うじてある、と言うだけにしか過ぎない。
 アリエッタ一人ならともかくその従える魔物たちにも来られては困る。

 ということで、来る方法はフローリアンやシンクに伝えてある。
 彼らからアリエッタに通じた事だろう。
 だからこそきちんと、こういったやり取りが出来ているのだ。




 はじめの知らせは鳩だった。
 シンクがわざわざ説明するとは思えないから恐らくは説明してくれたのはフローリアンだろう。
 彼の手によって書かれた手紙がはじめの知らせだった。

 報告の内容はアリエッタとイオンに関する事柄と、こちらの要望どおり、上手くアリエッタを引き込めただろうと思ったらライガの事を伝えてくれと言った事にたいして、自分たちの判断で実行したという事だった。
 その手紙に書かれていた日付の日にはブウサギランドを休業日にし、家の前に幌馬車を乗り付けてそこにこっそりとライガを載せて、女性仕官の方や兵士の方々と共にテオルの森へ向かう。

 仔ライガにはたっぷりの食事と、そのほかにも丸ごと一匹のブウサギを乗せて。
 皇帝の御璽の入った通行証で怖いものなどありはしない。
 そもそも国内流通には甘いところがあるが、荷物の点検も受けない。
 実のところせっかく用意して貰った御璽入りの通行証も無用であった。

 その幌馬車と共に進む。

 そしてテオルの森の入り口で、私はアリエッタとであった。
 出会った、と言っても、やはり私は顔を出していない。
 見ているだけであった。

 代表者として女性仕官の方とアリエッタが会話するのを見る。
 アリエッタはライガをつれていた。

 あれほど大きくなるのかと思うとやはり何時までも連れては置けない。

 満腹の仔ライガ二匹が幌馬車から追い出され、それにアリエッタが駆け寄って二匹の首を抱きしめた。
 仔ライガは何故アリエッタがそんなにも心配していたのか分らないらしい。
 しきりに首を傾げてほろの中にいる私を窺う。

 やめろ。
 やめてくれ!
 こっちを見るな!

 隠れるまでもなくついてきたが最後ばれている気はするが、それでも出て行きたくは無い。
 裏で糸を引く人間だって時々は主人公達の前に出てきたり、自ら新しい人材の勧誘に出てきたりすることもあるが、私はどうしても出て行きたくない。
 というか、出て行ってアリエッタに何を言えばいいのか。

 隠れる事こそ不義理なのだろう。
 けれど私はまだ、イオンたちにも顔を見せていない。
 アッシュにも、ルークにも、ジェイドやピオニー以外、私の本当の立ち位置を知っている人間はいない。

 だから、不義理と分っていても私は隠れる事を選択する。
 現れるとしたら、それは他の誰かに見つかってから、だ。
 揺れる心に一つ決意を重ねて私はアリエッタを見た。

 泣いていた。

 新しい人間を見ても警戒を示さなくなった、なってしまった仔ライガたちだからこそアリエッタを受け入れたとも思うが、仔ライガたちにとってアリエッタは生まれてこの方一度も見た事のない人間だ。
 場合によってはアリエッタが拒絶された可能性もある。
 だからといって生きているなら、健康であるならそれを責めるような子ではないと思いたいが。

 ライガ達が自分を知らない事を悲しみつつも、受け入れている。
 生きている事を。
 側にいた大きなライガが近寄ってきてアリエッタを慰める。
 そうして小さなライガたちに鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。

 人の側に生きて人の匂いが移っただろうが、それでも獣本来の体臭は無くなっていない。
 呆然と自分より大きな生き物を見つめる仔ライガが可愛らしかった。

 風向きと幌と距離が邪魔して会話らしき会話は聞こえてこないが、雰囲気だけは身近に感じられる。
 私の欲しかった判断材料の一つだ。
 これなら、アリエッタの事もそれなりに計算に見込めるようになるだろう。

 人の側で、人しか知らなかったライガたちに、人と獣の狭間にある人間であるアリエッタはきちんと橋渡しの役割を果たせたようだ。
 そもそもライガたちはアリエッタが受け入れれば拒む事は無かっただろう。
 後は仔ライガ達のみが懸案事項であったが、間に人であるアリエッタが介在する事で上手く行きそうだった。

 幸いにも私に出て来いと言われることは無いまま交渉のテーブルに人員は揃い、こちらの要求は女性仕官の人の手を通じて伝えられた。
 悪い条件ではないと思ったんだけど。
 幸いなるかな、受け入れられた。

 これは絶対にフローリアンの活躍のおかげだろう。

 続いて兵士の方々の手によって丸ごと一匹のブウサギが運び出される。
 成獣のブウサギだ。
 最後になってくれとの願いをこめて、私財をはたいて購入した。
 使い道ないし、食べきれないし、拒否されたらどうしようかと思っていたが、幸いなるかな。

 二匹いたライガの一匹が、口にくわえて林の影に消えていった。











それ行け一般人。――58



 やがて獲物を置いて戻ってくるライガ。
 アリエッタが私のところに居たライガに話しかけ、アリエッタが連れて来たライガも仔ライガに向かって喉を鳴らすように唸るのは、まあ彼らなりの意思疎通なのだろう。
 さすが獣の声。
 森の王者の声だ。
 人同士の会話はほとんど聞こえてこないのに、ライガの唸り声は幌馬車の幌をスピーカーのように震わして骨に響くように聞こえてくる。

 やがてアリエッタがライガの背に乗った。
 一度後ろを振り返り、仔ライガたちに何か話しかけているのが見える。
 前を向いたと思ったら駆け出した。
 速さは抑えているだろう。
 今まで満足に外を走った事も無かった仔ライガたちが付いていく。

 その背が小さくなるまで見送って、振り返った女性仕官の人は私に見せる為だろう。
 すばらしくいい笑顔をしていた。

 上手く行ったと、何よりもその表情が伝えてくれる。

 私は賭けに勝ったのだろう。
 この程度の賭けに勝てずして大望なるか、と言う思いも多少あった。
 負けていたらどうするつもりだったか、なんていいっこなしだ。
 語るまでも無く賭けに負けた結果など見えている。

 そもそもアリエッタがイオンたちに傾いだ時点で勝てたとは思っていたが。
 原作の感想を言えばアリエッタにとってはイオンが第一。
 ヴァンは二の次。
 世界のレプリカ化計画についても本人はフェレス等に対する執着以外どうでもよさそうだった。
 フェレス島だって、ヴァンがアリエッタに提示した協力を得るための餌だろう。
 魔物を都合よく使うための。

 他の六神将だって純粋にヴァンの思想に共感している人間なんてそう居ない。

 ディストはもとよりアッシュは離反したし、アリエッタに関してはイオンありき。
 シンクも然りだ。思想に共感して共に居るわけではない。
 リグレットはそもそもはヴァンの敵対者であったし、最終的には思想に、と言うよりほれた男のために、と言った風な感じにも取れる。
 ヴァンがいきなり違うことを言い出しても、彼女は「閣下がそういうのなら」と言ったような事を言って従いそうな気がした。
 となると残るはラルゴだが、ヴァンの思想に共感、と言うなら彼くらいだろうか。

 彼ならたとえナタリアが「お父様、わたくしはずっとお父様を探しておりました。ずっと、ずっと会いたかったのですわ」と。
 口調が少し怪しいが気にしない。
 たとえそう言ったことを言われて和解したように見えても、レプリカ計画を放棄せず、最終的には己の手でナタリアをくびり殺しそうな気がする。

 それは私がヴァンに対して持つイメージだ。
 彼は度々ティアやガイを引き込み身近に置こうとしていたが、味方に引き入れても最終的にレプリカ世界を作ったあかつきには、彼はせめて苦しまないように、と己の手で彼女達に終わりを告げるだろう気がしていた。
 ラルゴには、それと同じ匂いを感じる。

「ルーア。どうしました? ぼうっとして」

 と声を掛けられた。
 考え事をしすぎていて接近に気が付かなかった。
 不覚だ、と戦士なら言うかもしれないが私は一般人だ。
 そんな鋭い感覚は持っていないからこれでいい。
 いいのだが、やはりこれでは迂闊に出歩けないな、と思う。
 ちょっとはけんが扱えるようになったからと言ってのぼせ上がるなと言うことか。

 盗賊や魔物にあっという間にやられてジ・エンド。
 それはご免被りたい。

 考え事をしていた事を断って、報告を聞く。
 人質交換、というか捕虜交換だろうか。
 タルタロスに残らざるを得なかった数人の解放の約束も取り付けたらしい。
 シンクから生きているとだけは聞いていたが正直不安だった。

 捕虜は厚遇せよ。
 自分たちが食べられなくても捕虜には食事を、と言った具合に厚遇していたのは受け入れられたようだった。
 毎日甘噛みされて腕に青たんこしらえつつ皮膚病にならないように優しくブラッシングをし続けた。
 食事も肉食の野生としての栄養バランスには気をつけた。
 全てはきっとあの仔ライガたちのつやつやした様子を見れば分ってもらえたと――思う事にする。

 彼ら――彼女等? にブウサギを贈った事に関しては、何かまるで貢物のようだと思いもしたが。
 あながち間違いでもないような気はしている。
 恐らく彼女達にとってはガルドより価値が有るのではないか、と。

 獲物を分け合えば仲間と言ったのは誰だったか。
 つまり同じ釜の飯を食う、というか。
 つまりと言いつつ要約になっていないな、と苦笑した。

 ほかに指示らしき事はシンクやフローリアンなどを通じて、と言うことにした。
 姿も見せない人間が全面的な信頼を得られるとは思っていないが、シンクやフローリアンに対しては全幅の信頼を置いているだろう。
 信頼、と言うよりは守ると宣言してシンクを追いかけていると笑い話として手紙にかかれていた。

 羨ましいじゃないかシンク。
 アリエッタは可愛い。

 最後に、ライガの仔のための飼料、森が焼けたために賄えなくなった食糧として、エンゲーブから10日に一匹大型草食獣を提出する事を提案していたのだが、決まった。
 受け入れられた。
 ここから先は完全に国費になる。さすがに成獣を十日に一匹丸ごと分買いつけるだけの財産は無いから意地を張っても仕方が無い。

 ライガたちの環境に対してはさまざまに思うところもあったが、そもそもすでに人が介入している。
 野生がなんたらと言うつもりは無くなった。
 人の介入しない完全な野生の理論なら、そもそもルークたちがエンゲーブにたどり着いた時点でチーグルたちが食べつくされているか、あるいは移住しているかしているだろう。
 そしてやがて生まれたライガの子供たちは食料がなくて飢えて死ぬ。
 森が再生するまで、何回かの産卵をライガは次に繋げる事ができず、あたりを彷徨いながら繰り返し産卵して辛うじて世代を繋いでいく事になったのだろう。

 いつかは野性に返すんだ、などと言っていたが、アリエッタの家族とし、アリエッタが人の世界に返ったからにはすでに野生とも言いがたい。
 そして、アリエッタを介してでも人の言葉を聞くなら完全に野生であるより人に対して安全だった。











それ行け一般人。――59



 アリエッタにライガたちを引き渡した翌日、私は丸1日かけて家を掃除した。

 とその時にライガがいなくなったために側近達の包囲網が甘くなったのか、ピオニーがやって来た。
 追い出すのに失敗したので手伝わせた。

 女性仕官の方を初めとして兵士の方々はしきりに恐縮していたが、掃除のときに居る人間ほど邪魔なものは無い。
 物のように自分の意思では動かせないし、あっちに言って、といってもそのあっちが言った人間と受け取った人間で百八十度違う方向だったりするからたまらない。
 しかもピオニーはでかい。
 私が小さいんじゃない! ピオニーが大きいのだ!

 身長が有るだけでひょろっとしているならもう少しましかもしれないが、格闘も出来る36歳。ボクシングみたいに減量が必要なわけでもないのでしっかりきっちり幅があった。
 分厚い胸板なんてクソクラエ。
 こんなところで邪険にされていないで貴族のお嬢さんでも引っ掛けて帝位継承者でも作って来なさいとまで私は言った。

 奴はめげなかった。
 結果として手伝わせる事になった。
 本人がやりたいと言うのだ放っておく。

 掃除をした事が無いとは言わないらしい。
 はじめはぎこちなかった手つきも繰り返すごとに何かを思い出すかのように上手くなる。
 まあ、ゲルダならやらせたのだろうとは思う。
 身分を隠してきているのなら、身分に寄って扱いを差別するとは思えない。
 ゲルダ・ネビリムと言う人物についてはよく知らないが、総じて彼等が慕うだけの人物ではあったのだろうと思う。

 今日はブウサギもつれてきていないようだし、できるのなら放っておけと雑談を交わしながら掃除を始めた。
 ピオニーが来ているせいで兵士の方々の方が萎縮して今はむしろ邪魔だった。
 彼らの分まで扱き使ってやる。

 いままでそこから飛び出していくんじゃないかと思って細くしか開けなかった窓を前回にして、風を通す。
 掃除機が無いから箒やはたき、雑巾などを駆使して汚れや抜け毛などを処理する。
 爪で傷付いた床にヤスリをかけて少し傷跡を薄くして、その後でもう一度雑巾掛けをする。
 元の世界の近代建築のような、合板であるフローリングではできない事だ。
 一枚板だからこその荒業だ。
 表面に出てきた新しい面が色白で目立つので、少し色の付いたワックスを塗りこむ。
 原材料は蜜蝋らしい。私の世界じゃ高級品だろう。
 いい匂いがした。

 併設している店、ブウサギランドは食品も扱っているからかなり獣の匂いや抜け毛などには注意していたが、そのわずらわしさからやっと解放される。
 と思うと同時に寂しくもあった。

 ずっと共にあれないことは分っていても。
 昔にポチを飼っていた時のことを、なんとなく思い出していた。

 もうあの世界の物は自分自身以外何一つ無い。
 散歩帰りではなかったらまた話は違ったのかもしれないが、運がいいのか悪いのか、ほとんど荷物も持たない散歩時にこちらに来た。

 犬だけが消えたリードは魔物を叩きまくって砕けた。
 着ていたコートは目晦ましに使った挙句、その上から魔物を殴ったり踏んだりしたのでぐちゃぐちゃのどろどろだった。
 全ては廃棄物となった。
 もう何もない。

 向こうのもので増えていくものが有るとするなら、私が向こうで受けた教えである文字くらいだ。
 それも、辞書が引けないから歳月と共に書けない漢字が増えていった。




 ルークたちはケセドニアか、そろそろ船に乗ってカイツール軍港か、と想像する。
 鳩は早いがさすがに電話でやり取りをするみたいに即時と言うわけには行かない。
 これが終わったら、ディストでもおだてて電話でも作ってもらうか。
 彼ならきっと何とかなる。
 というか、人の複製を作る技術の方が単純な電信よりも先だと言う事が信じがたい。
 ああ、モールス信号の作製でもして置けばよかったのか、と今思った。
 が、無い物は仕方が無い。
 それに、間違ってそれがヴァンたちに使われていたら面倒だ。

「今頃ジェイドたちはケセドニアか、もうカイツールに付いたのか。なあルーア」

 思考をなぞられたような発言に驚いた。
 考える事は同じ、と言うより、これしか考えられないのだろう。
 私と彼とは共犯者。
 宮殿に居れば執務やブウサギなどで忘れられる事も思い出される。
 あるいは、執務などに終われる中でも思い出されてやりきれなくてやってきたのか。

「なに? どうしたのピオニー。ジェイドが居なくて寂しくなった?」
「そう……だな。そうかもしれんな」

 あまり湿気った話にしたくなくてからかいを含んで口にしたのだが、思いのほか真剣に返されてまいった。
 からかい時を間違えた私の落ち度だろう。
 ジェイドの執務室のピオニーエリアも今は増える事も無いのだろう。
 構ってくれる人間が居ない冷えた執務室はきっと虚しい。
 ブウサギジェイドを可愛いジェイドと撫で回していても罵倒されない。
 日常が遠く離れている。

「貴方とジェイドは長い付き合いだから、親友、腐れ縁、と言うにも近すぎるし。もう微妙に家族に近い感覚なのかもしれないわね」
「家族――か」

 何気なく思いついた事を述べると、どうにも感慨の篭った返事が返ってきて困った。
 返事と言うよりも、独り言だったのかもしれないが。
 あこがれているのだろう。
 恐らく帝都の貴族の娘と結ばれても得る事のできない形の家族に。

「もしネフリーと結婚していたら、ジェイドの事を兄さんって、呼んだかもしれないのね」
「むう……」

 と、雑巾を投げ出して腕を組んで考えるピオニー。
 どうせろくなことは考えていないだろう。

「ネフリーとは結婚したい。だが俺は絶対にジェイドを兄とは呼ばんぞ!」
「それで結構。兄さんなんて呼んだらぶっ飛ばされるんじゃないの?」
「嫌がりそうだな」

 とにやりと笑う。
 それはお互い様だろう。
 嫌がるのを分っていて兄と呼ぶなら、ピオニーもまた弟だからと頭を押さえつけられる事だろう。

 それはそれで面白そうだと思ったが。
 私生活が荒れるか更に面白くなるかは確立四分、二分混沌と言ったあたりか。

「初恋は忘れられないって言うけど……」

 十歳前後から現36歳。
 すでに初恋に幻想が入っているような気がする。

「いい加減ウザイ男よ?」
「うっ……」

 よろり、とよろめいて見せたピオニーの足が、何かを蹴りつけた。

「危ない!」
「うぉぉぉお!」

 引っ掛けて、飛び跳ねて、バケツに足を突っ込んで後ろに傾ぐ。
 スチールデスクの角に直撃コース。
 生死に関わる。
 と思ったときには私の体は飛び出していた。



 何が起きたか言いたくない。



 激しい音を立てて私たちは床に転がった。
 位置変更には成功しピオニーの頭はスチールデスクの角直撃コースを逃れベッドとの隙間の角に無事に落ちた。
 もう少しずれていたら今度はベッドの角だけど、ベッドは木製だ。
 スチールデスクよりは大丈夫だと思う。

 受身も出来るだろうし、飛び掛った私が上に乗っていたけどピオニーほどガタイのしっかりした男なら、デスクの角と比べればなんて事は無いだろう。
 頭はもう一つの急所と共々鍛えられない場所だ。
 そして倒れた私の上に降り注ぐ大量の汚れた水とバケツ……。

「陛下! ルーア! 何がありました!!」

 ものすごい焦りを見せて入ってきた女性仕官の方とそのほかの兵士の方々。
 駆けつけてくれてありがとう。
 でも今はもう少し待って欲しかった。
 そうしたら私はきっと、起き上がるときに偶然の振りをしてこの男の頭以外のもう一つの急所を蹴りけることができていただろうから。

「すまんルーア、助かった」

 デスク直撃コースだった事を悟ったらしい。
 飛び掛ることが出来たのは訓練なんかして半端に反射神経を身につけたせいだろう。
 以前の私なら全てが通り過ぎるのを目の前で見送った事だろう確信がある。
 見えていても反応できない確信が。

「大丈夫か!」
「ピオニー……」
「な、なんだ?」

 雪崩れ込んで来たまま呆然と立ち尽くした女性仕官の方を初めとする兵士の方々と、全身から汚水を滴らせる私たち。
 私が濡れれば下に居るピオニーにも染みていく。
 だが今は断然私のほうが被害が大きい。

 自分でもこんな声が出るとは思わなかった地獄の底から響くような声に、ピオニーがこわごわと尋ね返した。

「無事でよかったわ、本当に。早くシャワーを浴びて、体を拭いて……」
「いや、それはルーアが先に」
「いいから出て行きなさい!!」
「は、はい!!」

 レディーファースト?
 そんなもの、どうでもいいわよ!!











それ行け一般人。――60



「なぜだ」
「なにが」
「不思議だと思わないのか?」
「だから何が、なの?」

 ピオニーはいつでも唐突だった。
 ジェイドがいないと捕獲率が低いのだろうか。
 だがここに来ていることはある程度周知の事実。
 その上で、捕獲に来る人間が居ないということはそれなりに仕事はこなしてから来ているのだろう。

 捕獲者が現れたときには容赦なく私は彼を引き渡す。
 隠すの面倒だし。

 そうしてジェイドがいなくなってからここ最近はより頻繁に顔を出すようになったピオニーはいつものように今日もまた唐突だった。

「なぜ、こんなに頻繁に男と女が会っているのにそういう関係にならないんだ? 俺いい男だよな」

 いいかどうかはともかく。

「それを言うなら私も悪い女ではないと思うけど?」

 あまり向上心も無いが妙な野心もないし。
 その上軽食屋をしていて料理も上手だ。
 多少ふっくらしている方だが、適度に鍛錬しているのでたるんでもいない、と思う。
 ここのところ代謝が低くなってきた気はするが。
 三十台突入だ。
 ビックリだ。
 ピオニーもジェイドも五年前からぜんっぜん容姿が変わらない。
 不老長寿の薬とか飲んでいるんじゃないかと疑いかける。

 顔とスタイルと寿命を除けばなかなか好物件だと思う。
 今迄だって常連さんに将来を見込んでお付き合いを、見たいなことを言われた事がないわけではない。

 顔は悪くてもいい笑顔の自信はある!
 というか、そういう男性はいつも笑顔がいいから、と言っていたな。
 それしかないのか。
 それだけあればいいか。

 年寄りはよく見合いを持ち込んでくる。

 月に一度は必ず吊書きを持ってくるご近所のおばさんがいた。
 あれはお見合いを生きがいにしていそうだと思った。
 一時期は月に一度どころか週に一度になって本当に参った事もある。
 ほっといてくれ、未婚にだって理由はある!

 入り婿狙いと言うか、この店自体が狙いだったんだろう。
 プロポーズを断ったら口汚い捨て台詞と共に去ったのも居た。
 結婚しても店も土地も国家のものなのだが。
 国営だという事を知らない人は多い。
 特にピオニーが即位してからは、ブウサギ好きのピオニー陛下にちなんで、だと思っている人も多いようだった。

「大体それを言うなら、私はもう派遣されている兵士の人たちの誰かと結婚しているわよ。毎日顔を合わせているわけだから」

 こっちは毎日顔を合わせすぎて、恋愛をする以前に擬似家族のようになってしまっていた。
 毎日当番制で互いの手料理をたべ、一つ屋根の下で五年も暮らせば隠したい粗だってもう見えてしまっている。
 恋人が居る人もいるし、妻が居る人もいる。
 妻どころか妻子つきになった人もいた。
 歳月は確実に流れている。

「そうか〜?」
「じゃあ聞くけど。ピオニー、あなた私のこと女だと思っている?」
「おう! 生物学上の分類では女だと思っているぞ」
「自信満々に言われてもね……」

 呆れたような半眼でねめつければ、失言だと悟ったらしい。
 本来なら失言だと分っていたが、飛び出してしまったというところだろう。

「正直者ね。……私のいたところのことわざにね、正直者は馬鹿を見る、って言うのがあるの。わたし、このことわざ嫌いだったわ。何で正直な人が嘘吐きな人より馬鹿を見るのかって。でもまあ、そういうことかしら。ねぇ? ピオニー。貴方は正直者だったわ」

 嫌いだった。
 でも頷ける言葉だった。
 子供じゃないのだ。思った事を何でも素直に口に出していたら破滅するのは目に見えている。
 旨い話があっても、他の店より商品が半額の店があっても、日常でその裏を見ようとしていた。

 旨い話は詐欺ではないかと裏を取った。
 どっちも国産の肉だけどこっちは半額。
 外国産の偽造だろうか? と疑った。
 後者に関しては疑ってもあまり意味は無かったが、何も知らずにただ喜んで買うのとそれを覚悟して買うのでは違うと思う。

 あの時買った高級地鶏は採卵用のブロイラーの廃鶏だったのかもしれない。
 まあ、廃鶏はいい出汁が取れる。
 雛鳥や若鶏のように柔らかくすぐにほぐれる肉ではないが、味がいいのは事実だ。
 鍋にするとたまらない。
 挽肉にしてしまえば肉の固さもあまり関係なくなる。

 みじん切りにしたネギとショウガとニンニクを大量に混ぜて団子にして、白菜や大根ととり鍋にすると旨い。

 じゃなくて。

「ピオニー。外。お客さんよ?」
「いやだ、まだ帰りたくない! 俺はブウサギに囲まれて暮らすんだ!」
「作り物のブウサギでいいなら存分にどうぞ。貴方の執務室に運ばせるわ。貴方の部屋に居るブウサギは私が引き取るから」
「引き取って、どうするんだ?」

 ピオニーはいっそわざとらしいほどこわごわと尋ねた。

「ライガに食べさせてもいいし、私が処理してもいいわね。いいご飯食べているだろうし、きっとサシの入った美味しいお肉よね。焼いて良し煮て良し蒸して良し。焼きブウサギパーティーで企画をするのもいいわね」

 丸焼き丸焼き!
 と呟いて、見せ付けるように包丁で豚肉を真っ二つにした。

 どう反応するだろうか、と見ていると、やがてプルプルと震えだした。
 がたん、と椅子を蹴立てて立ち上がったかと思うと扉に向かって駆け出した。
 最後の台詞は、

「ジェイドー! ルーアが俺を苛めるぞー!!」

 と。
 そうして扉の外に居た迎えの人間に捕まって粛々と執務室に戻るのだろう。

 ピオニーの居なくなった扉から、一人の見覚えのある将校が入ってくきた。
 さすらいの中間管理職、アスラン・フリングス少将だ。
 雑用をよく頼まれていて、ピオニーを迎えに来るのもその一環だ。
 ブウサギに名前を付けられるほど気に入られているから、と周囲に見られているのもあるのだろう。

 実際のところピオニーに対してそう強く出られるわけではない。
 やはりジェイドが異常なのだ。

「お騒がせしました、ルーアッシュ殿」
「アスラン少将。いつもお疲れ様です」
「いえ、これも仕事ですから」
「頑張ってくださいね。ピオニー陛下のことが無くても、たまには顔を出してください。新作のスープ、おまけしておきますから」
「ありがとうございます。では今日はこれで」
「はい」

 私とフリングス少将は互いに終始にこやかに微笑を浮かべあって分かれた。
 いい人だ。
 凄く、いい人だ。
 もしうまくセシル少将と出会えたら、幸せになって欲しいと思う。







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