それ行け一般人。46〜50

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それ行け一般人。――46



 イオンたちの名前は、色々と考えたのだ。
 基本的に、現在の日本のように名前は作るものではなく与えられるもの、と言う感覚を持っているこの世界。
 名前を考える、と言う習慣自体があまりないようだ。
 預言が意味を与え、それに家族が音を贈る。

 聖なる焔の光、がルーク、となるようなそんな感じだ。

 だからか、名前を考える行為、と言うのは結構この世界では奇異なことの一つだ。

 いっそ残りの四人には、こっちの世界とは全く関係ない名前をつけようと考えたんだけど、そのために古代イスパニア語の辞典をめくるのでは本末転倒。
 と言うことで無い知恵を振り絞ってもとの世界の単語、言葉から何か引っ張ってこれないかと、何日も机にかじりついて考えた。
 店に出ている間も、頭の中は名前のことばかりだった。

 そして一人が、死んでしまったアーク。

 旧約聖書における十戒の石版を収めた聖櫃アークであり、アークエンジェルのアーク、そしてやはりノアの箱舟のアーク。
 逝ってしまった子供。
 顔も知らない。

 日本語の名前はどうにも世界的に似合わないし、他にはもう英語とか、他の外来語が思い出せなかったので、記憶に残るゲームキャラの名前ばかりを口ずさんでいた頃もあった。

 セフィロス、クラウド、ヴィンセント、スコール、ティーダ。
 どうにも似合わないし、なんだか幸薄そうだった。
 ティーダは太陽の意味を持つ沖縄方面の言語だったような気がしたが、太陽、の意味はともかく彼の人生は大半がコンプレックスで彩られている。

 父親に対するコンプレックスをオリジナルイオンに入れ替えればまんま、そのままだ。
 PS2しかやっていない、というか続編の広告を見ながらも出来なかったFF12は、物語的には不満足も多かったけど、主人公が成長の余地ありでいいと思ったんだが、そのままヴァンと被る。
 しかも、主人公の癖してほとんど主人公らしい活躍をバルフレアに奪われていた。
 というか、最後にはこれは絶対バルフレアが主人公だと思ったものだったが、結局あれの続きってどうなったんだろうか。

 ほかにテイルズ系の主人公、と言うか男の登場人物の名前も片っ端からあのイオンの顔、に重ねてみたが、所詮は他人の名前。
 クレス、チェスター、クラース、ダオス?
 リッド、キール、レイス。
 似合わない。

 イオンやシンク、フローリアンと同じ顔に対して、スコール、とかクラウド、とか。
 ティーダ、やヴァン、と呼ぶのか、と思うと、特に最後のなんて噴飯物だ。

 同じようにヴァン、と呼ばれていてもすごいギャップだ。
 ラスボス属性と主人公属性は百八十度の鏡合わせかあるいはほんの二、三度しかずれていないのだろうか。

 結局ゲームや本の登場人物の名前をつけることはやめたが、一人分はセーファに決めた。
 セーファセフィロス。
 のセーファ。
 セフィロスだとこの星のセフィロトと被るからだめだが、セーファなら悪く無いと思った。
 元の世界に居たときから独創性が無いとはよく言われていたこと。
 この程度でも頑張ったのだ。
 あとの二人分は、ライブリーとカーレッジ。
 意味は忘れたが、たしかポジティブな意味を持つ英単語、だったような気がしてこれにした。

 ポジティブな子に育ってくれ、と。
 生まれが生まれだからこそ、願っている。
 ルークやアッシュたちと違って、常に同じ顔を持つ互いを意識することでの差異を生み出していけると思う。
 それでもまあ、ずっと双子三つ子程度には思われ続けるかもしれないが、割り切る日も来るかもしれない。
 何より彼らは、一人じゃない。

 あの男気溢れる女性を見ながら育てば早々間違った道には走らないだろう、と、思う。
 ノワールって美人でスタイル良くて、カッコイイ女性だと思う。
 憧れだ。




 最近、アッシュに対する対策の一つとして、バチカルから不定期で贈られてくるルークの子育て日記を横流ししてみることにした。
 カウンセリング、なんて詳しいことは知らない。
 全く知らない。
 そのうえこの世界、心理に対する研究が遅れている。

 心理学、というか統計学?
 自然科学とか、機械化学は創世暦時代に比べれば格段に落ちているんだろうけど、局部的に見れば高い技術を誇る場所もある。
 戦争ばかりなためか国内ですら広がりを見せないが。

 たいして外傷の治癒は第七音素が有るためか技術が低い。
 適当に応急処置をして、あとは珍しいとは言っても決して居ないわけではない第七音譜術師を探す。
 大体はそれで解決する仕組みになっている。

 心理学の方はもっと遅い。
 たしか、心理学はある種の統計学だと読んだような気がする。
 すでに断言できないが。

 嫌な話だが、強いトラウマやストレスを得るような体験をした人間は、その状況から助け出されても、また自ら誘うように自分を危険にさらすことがあるという。
 トラウマの反芻による脳内分泌物質の反乱だ。
 危険や恐怖にさいして分泌される脳内麻薬。
 自家中毒、のようなもの、だっただろうか。

 ドラマか? マンガか? 小説か?
 少なくともの手の症状を知ったのは専門書の類ではないはずだ。
 対症療法とかの知識は全くなく、半端に原因と過程の知識しかない。

 歪んだ記憶が悔しい。
 今手元にもっとも必要なのは心理学の本だ。
 初心者にも分りやすいやつで。
 ここに私を弾き飛ばしたなんだか分らない不思議パワーも、いっそのことお役立ちグッズも一緒に送ってくれればよかったのに。
 心理学の本だったらきっとアッシュやシンク、イオンの助けに。
 物理学の本だったら、いや、エネルギー関連の本だったら音素がなくなった、音素が遠くなった以降のこの世界の役に、少しでも立つことができたはず。
 そもそももっと真面目に勉強しておけばよかったと悔やむこと仕切りだ。

 とにかく、アッシュはきちんと治療をしないといけない。
 作中でもトラウマの反芻らしき行動は度々見受けられた。
 反芻動物じゃあるまいし、無理して吐き戻して噛み砕かなくても、とは思うのだが、そうも行かないのが人間か。

 それが無理なら、そう、話を聞く人間が必要だ。
 神託の盾騎士団では得られない人間。
 アッシュとの繋ぎをつける軍人は、堅物だが聞き上手らしい。

 ルークの子育て日記を見せることにしたのも、最近のアッシュの様子を考えてのことだ。
 筆記者の主観も多く混じっているが、ヴァンから口伝えで聞くよりかなり詳細で詳しい。
 真実を知る者の目から見たルークの苦悩や、ルークの名と共に移行したのが陽だまりだけではなく、共にその名が持つ影も違う人間が背負うことになったのだと言うことを。

 アッシュよ、もっと知りもっと話せと私は期待する。

 名と居場所を奪われた苦悩を抱える君に、自分がレプリカだと知って、名も居場所も仮初に過ぎず、何時奪われるのかと怯える者の苦悩を。
 ヴァンの手腕には強い嫌悪と共に感嘆するしかないが、彼はアッシュを侮りすぎている。
 知らないからこそ、中途半端な知識だからこそ募る憎しみが有る。
 文通をする中で知った彼の人としてのあり方は、淀みあふれる貴族社会に、玉座に座り続けられるのかと心配になるほど、まっすぐだった。
 バチカルの、自分の光を奪ったと思っている人間に与えられている影を知るといい。

 アッシュ。
 彼ほどまっすぐに強い人間を、私はまだ、他に知らない。











それ行け一般人。――47



 ふと、ファブレ邸にやってきた医者達はルークがレプリカであることに気がつかなかったのか、という疑問に行き当たって、それについて突き詰めて考えてみようと思ったが、ヘンケンを初めとするベルケンドの人間がヴァンの共犯者、だと定義すると、全て解決することにもまた思い至ってしまった。

 すべからく無駄な足掻きか。




 ジェイドがグランコクマからいなくなった。
 地位はもっと上り詰めてもいいような気はしたけど、今のところは大佐で抑えてもらった。
 これ以上高くなると、外交上はともかくとしてもっとこまごまとした動きは取りにくくなる。
 それを言ったらナタリアやイオン、あとまあルークはどうなんだ、って話になるが、そこは軽やかにスルーする、と言うことで。

 ジェイドはこれから導師イオンを連れ出すための工作に走ると言う。
 彼が出る前にそう知らせを受けただけだ。
 ダアトはディストとアッシュ、あとはシンクぐらいしか手出しは出来ていない。
 と言うことは。

 逆に言えば他はそのまま。
 主要な仮想敵のヴァンやリグレット、モースなどはこちらの行動が漏れていないなら、恐らくはゲーム中のとおり、の筈なのだ。
 シンクやアッシュ、ディストにも派手な行動は控えてもらっているし。

 恐らく導師イオンを連れ出しエンゲーブに寄った時と、ティアがバチカルのファブレ邸を襲撃した時は有る程度重なるはずだ。
 なんなら数日はエンゲーブに留まってもいい。
 理由なんてなんとでもこじつけられる。

 物語の流れをなぞる事で道筋をコントロールする。
 すでに多くの不確定要素を生み出したが、それは臨機応変としか言いようも無いし、肝心から目の黒幕たちはそのままなのだ。
 彼らの思惑が変わらない限り、そして彼らの目から、私たちの手を出した不確定要素を隠し続けられる限りは、何とかなるだろうと思っている。
 いや、何とかして欲しい。

 一緒に旅を続けられる体力は無いからなぁ。
 いや、イオンでさえ旅に同行していたんだ。
 問題は体力ではなくて更なる不確定要素だろう。

 有るはずの無いものが排除される可能性を私は恐れている。




 ルグニカ地方での地震頻発の知らせが入った。
 知らせが入ったらすぐに、アクゼリュスの住民の避難を始めるようにとも。
 確かもう少しでフーブラス川が増水して橋が落ちるはずだった。
 瘴気が酷く噴出する前に、子どもと女性から退避を始めさせている。

 落ちる頃にはゲーム中の人間の半数は避難が終わっている計算に、なっている。
 橋がおちるのに巻き込まれる人間もいるかもしれないことは、要注意か。
 橋が落ちればデオ峠側はキムラスカ直通だから使えない。

 出口はもちろんアクゼリュスだからマルクトの領土なわけだが、入り口はキムラスカ領土側に有る。
 本当にやりにくい場所だ。

 とりあえず、アクゼリュスは落ちるだろうが、その後のマルクトに対する人民の感情はさして悪くは無いはず、だ。
 地震が始まったときから、少しずつ瘴気が噴出し始めたときから、さっさと人民の非避難を開始している。
 できることはやった。
 その上での崩落で、その崩落は預言に詠まれていた、と明らかになれば。

 死預言が隠されていることからも、幾ら予言だからと言って死ねと言われておとなしく自殺するような人間ばかりではない、と思いたい。

 その素早い行動が褒められこそすれ咎められはしないだろう。
 とりあえずピオニーには更なる賢帝として名を上げて欲しい。

 知らせが入ってからすぐに行動できるように事前に準備が進められていたので、行動は早くフーブラス側の端が落ちる前に女、子どもを含めた一般に弱者とされる住民の避難はほとんど終わっていた。

 瘴気噴出が始まってからはじわじわと避難を進めている。
 アクゼリュスの住民が無事であることは、後々の重要な鍵だ。
 採掘を放棄し、一人でも多くの住民を崩落するプレートから避難させねばならない。
 新しい仕事を斡旋するか、仕事が見つかるまでの生活保障と国庫を痛めつけることばかりだが、避けて通れはしない。

 そもそも封印術一つと比べたところで微々たる物だ。
 ある程度以上の資金は、給付と言う形ではなくて利息の安い借金と言う形にすれば長期的に見れば全てを給付でまかなうより損は低い。
 たしか、公庫ローン?
 幾ら利息が低く返済期限に猶予があると言っても、借金は借金だ。
 それを契機に何時までも座り込んで入られないと積極的に動き出す人間もいるだろうし、その上でまだぬぼーっと座り込んでいるようなら、それこそ貸した金を理由に尻を叩ける。

 結局のところ、己と己の家族との生活を作り支えられるのは、本人たちだけだ。
 災害時に国や周囲からの支援はとても大切なものだけど、何時までもすがりつくわけにはいかない。
 災害とは全ての人の上に選ばれることなく平等に降りかかる可能性のあるものだ。
 多くの人間が国から金を借りる前に仕事が見つかることを祈るのみである。

 チーグルの森、というか、その北にあるという話らしいライガの住処の森の火事を何とかしてみたいと思ったが、時期はともかく森の位置が分らない。
 ライガの住処で、人に踏み荒らされないと言うことはかなり奥深い森のはずなのだが、どうにも。
 巡回に人を送るだけでもチーグルなりライガなりの活動は抑えられると思ったから、何とかなら無いかと思ったが、そもそも場所が、ね。

 チーグルも何を思ってそんなに遠出したのか。
 そもそもそんなに遠くも無いのか。

 とにもかくにも、だ。
 私に出来ることはただ待つのみとなってしまった。



 そしてせっせと私は手紙を書き続ける。
 一枚、二枚と文字を綴って、内容を確認し、表題を記した封筒に納め、ピオニーに作ってもらったスミレの印章で蝋封を施す。
 それが次々と積み重なってゆく。

 こちらの世界に来た当初に記していた、ゲームの内容を思い出せるだけ事細かに記したノート。
 それを傍らに、別紙に番号を振り、書き記した封筒と並べていく。

 小山を作るたびに混同しないように箱に収め、箱に印をつけて、軍人さんたちに指示を出しきちんと行く先へ届けられるように手配する。

 吉と出るか凶と出るか。
 その場にいなくても手出しをしたい、私のささやかな悪あがきだ。











それ行け一般人。――48



 折れず、曲がらず、潔しを旨とし。
 ホドの風習だったけ。
 ガイもどちらかと言うと剣より刀系の和刀のほうが得意のようだし、ホドってモンゴロイド系の人間はいなくても風習的には日本に似ている、いや、似ていたのだろう。
 侍の心を嫌な感じに中途半端に持っているというか……。
 アッシュがそれに汚染されていないか心配だ。

 悪代官は嫌いだけど、武士は食わねど高楊枝系の侍は好きだが、ヴァンは別にそういうわけでも無し。
 でも、世界が水戸黄門じゃないなら、お代官に山吹色のお菓子を渡して便宜を図る呉服屋には病気で体の弱い娘がいるのかもしれない。
 その娘の為に、どうしてもどうしても法外な金が!!

 といっても、それで不当な搾取をされた人の感情が多少和らぐ事があってもだからどうしたになりかねないし。
 そう、周囲の人間は呉服屋を許せても当人たちは許せない。
 世界全てが水戸黄門や遠山の銀さんだったら簡単なのに。
 勧善懲悪、正義は必ず勝つ!

 裏側を覗いたら、きっと怖いことになっていそうだけど。

 ヴァンも、やることが極端すぎて、改革のための劇薬は完全に猛毒だけど、それでも言う分には人類を救う、といっている。
 言っていた、筈だ。
 人を生かすために人を殺すのかとは、何たる矛盾。

 エヴァを思い出すな。
 人類補完計画、だったか。
 人類を生かすために人類を殺す。
 駄目だったときにはエヴァを箱舟に人類のゲノムだけでも逃がすと言うのがユイ博士の計画だった、と何処で聞いたんだろう。
 アニメの中にこれに繋がる台詞があっただろうか?
 確かめようが無い。

 人類補完はともかくとして、ヴァンの計画は止める。
 レプリカの第二世代についての突き詰めた研究はされていないらしいが、ほとんどオリジナルの人間たちと変わらないように生まれてくるだろうという推察をジェイドが披露してくれた。
 あるいは妊娠率が極端に低い可能性も示唆してくれた。

 第七音素で出来ているレプリカたち。
 ジェイドが示したのはレプリカ同士の受精した卵が成長しない可能性だった。
 レプリカ、と言うのがとても偏った構成をしているかららしい。
 個人的にねらい目はルクティアとアシュナタだから、オリジナルとレプリカの間ではどうか、と訪ねれば、推察を披露するだけの研究も出来ていません、と答えられた。
 でもどうにも己の中には結果を持っていそうな感じがしたので問い詰めたところ、吐いた。

 母体がオリジナルであるのなら、らしい。

 つまり、受精卵がどうのこうのではなく育つ母体がどうのと言いたいらしかった。
 母体から受け取るもの。
 人になるために必要な元素や音素がレプリカの体内では提供できないらしい。
 出来ない、かあるいは出来にくいか。
 生まれてさえしまえば外界から勝手に摂取することも出来るが、胎内にいる間はレプリカと言う第七音素の膜に包まれている状態だ。
 存続の可能性も現在においては否定できないが、人類をそっくりレプリカに入れ替えたとして、結果として人類は種の危機に陥るだろう、との話だ。

 子どもが生まれたとしても、出会いが無いほどに。

 第七音素は他の音素から誕生した音素である。
 そして第七音素は傷を癒し、レプリカと言う生命を単独音素で構成することが出来るほどの特殊性を備えた音素でもある。
 癒し、誕生すら生み出す音素であるが、人為を離れたところでは生命とはなりえないらしい。
 ほんとうに、難しいことだ。

 劇薬は、やはり猛毒なのだ。
 人のゲノムすらも滅ぼしてしまう毒。
 結局ヴァンの計画は、ジェイドの言うことが真実だとすれば人の滅び方を変える程度でしか無い話だ。
 伝えたところで方向転換できる奴には見えないのが、心が痛い。







 ジェイドがグランコクマを離れるその時、私は一度尋ねられた。

「本当に、あなたは来ないんですか?」

 と。

 本当に、私は行く気は無い。



 何より自信が無いのは、あー……トイレか。
 日本人はトイレが近いらしい。
 古代ローマの貴婦人のように、1日1回のトイレこそが美!
 と言うのもどうかと思うが、中でも日本人は民族の歴史的にトイレが近いらしい。
 奴等のたびについていく中で、本当に自信がなかったのはトイレだ。

 すごい、情け無い理由。
 けど、これほど切実なものも無いんじゃないかと思っている。
 生理現象だ。
 止めたくても止まらない。
 止まったときは死ぬときだ。

 黙ってみていればそれなりの形で終わる騒動に自分の都合で首を突っ込んでおきながら途轍もなく情け無い上にとんでもなく無責任でもあるが、人には己の領分と言うものが存在する、筈だ。

 戦う人間、研究する人間、作る人間、助ける人間、助けられる人間。
 ジェイドなどは戦う人間と研究する人間を兼ね備えたうえにディストほどではないとは言え作る人間でもある。
 アニスは戦う人間か、ガイは迷う人間にしておこう。
 ルークは肉体よりも精神的に戦う人間、アッシュは救える人間。

 私は――見ている人間。

 私は研究が出来ないし、戦いも出来ない。
 死ぬ気で打ち込めば別かもしれないが、現状では突き当りが見えた。
 ジャンプどころか背伸びで頭がつっかえる。

 タルタロスに乗っている間はいい。
 計画ではタルタロス襲撃はもう少し穏やかにするつもりだけどまかり間違って死んだらたまらない。
 一緒に脱出できても、フーブラス川辺りで一人滑って転んで流されたりしそうだ。
 バチカルに行くまで持つかどうか、かなり正直に心情をを語ればかなり情けなく自信が無い。
 バチカルに辿り着いても、ジェイドについていくなら一度はあのバチカルの天辺まで登るだろう。

 高山病になりそうだから辞退したいが、展望に興味があるのも事実。
 悩む。

 登ったところで謁見できるかどうかは別として、と言いたいが。
 ごり押ししそうな気もするが。
 死の預言が詠まれていないからといって多少の不審者くらいモースは見逃すかもしれない。

 死預言は、本人と周囲、まあ世間一般に公開されないだけで、預言を詠む人間とそれを管理する教団関係者は知っているはずだ。
 死に関わる秘預言が本来秘されるものであるにもかかわらず、モースが戦争を起こすためにアクゼリュスの預言をバチカルに持ち込んだ事から見ても、アクゼリュスの結果としての、幾多の人間が死に絶える戦争でキムラスカの勝利が詠まれたと伝えていることからも、教団関係者の中でも高位者と、それを詠んだ本人だけは死預言も知っているはずだ。

 何時からどう持ち込んだのかは以前の導師エベノスという人物の方策にもよるのだろうが、エベノスが預言を守秘すべし、と言った所で、その時のモースの位によっては持ち出せる可能性も数限りなくある。
 推察ばかりしていないで一度資料をもらってくるべきだろうか。

 でも、これ以上何か増えるのは正直勘弁願いたいところだ。











それ行け一般人。――49



 ジェイドがグランコクマを離れた少し後、不意にピオニーが尋ねてきた。
 下手な変装をして。

「とうとうジェイドの奴、行ったわね」
「そうだな……」

 呟くような会話をしながらカラン、と氷を鳴らして酒を飲む。
 今は夜だ。
 そして外の、扉にはクローズの看板を。
 本日のお客様には悪いが、たまの休業だ。

「俺は、あんたも行くと思っていたぜ?」
「ふふ、まさか」

 行くわけが無い。
 至極他力本願で情けないが。

「ピオも構う人間が居なくて少しは仕事がはかどるんじゃないの?」
「それこそまさかだろう? 現にこうして抜け出してきている」
「言っちゃ悪いけど、ちゃんと追いかけてきている人間は撒いてきたの?」
「もちろんだ。せっかくジェイドがいなくなって堂々とこっちに顔を出せるようになったんだしな」
「もしかして、ジェイドが払いたかったのは一般兵の人たちじゃなくてあなただったのかしら」
「俺にとっては楽園だからなぁ、ここは」
「……ブウサギは、撤去すべきかしらね」

 苦笑とも溜息ともつかないような音をこぼして、空になったグラスの替わりにフレッシュジュースを差し出す。
 皇帝勅命が出ても、ここでのアルコールは一杯だけだ。
 じつは私がマルクトの民ではないと言うことに最近気がついた。

 住基ネット、とは行かないが、ある程度の戸籍管理はしているマルクト。
 私はその戸籍に登録されていない。
 つまりマルクトの民ではないからマルクト皇帝に従う義理も無い、と言うことになる。
 ギリではなく友としての頼みで動くことは有るかもしれないが、マルクトの民の義務として、のところはかなり、無い。
 それでも今までの体制どおりの守護がつくなら、年金制度とか介護保険とかの無い社会だからべつに構うところではない。
 マルクト帝国に組み込まないこともピオニーなりに考えてのことだろう。

 皇帝たる者、何時までも名前に甘えているわけにもいかない。
 無自覚を自覚するまでは友であるだろう。
 その後、もう一度、決めるときが来る。

 それとは別に、打算的なところでは将来的にキムラスカとの間に私の存在がばれてしまったときの保険。
 マルクトの民ではないことが、だ。
 いまはマルクトに少しであろうとも有利になる情報を流しているわけだが、それがけっしてマルクトのためではなく、使えるものであったならキムラスカであろうとも隔てなく接したであろう、と言うことを無言のうちに知らせた上で有言を持ってさらに知らしめるために。

 つまり、あんたがモースなんて寄生虫に寄生されてさえいなければ、マルクトではなくキムラスカに協力を申し出て、ルークやアッシュ、つまりキムラスカの有力王位継承権保持者、王の血族から最も近いモノたちを助ける手段、ではなく手段を用意できる情報を提供したかもしれない、と言うことだ。
 私は明らかにマルクトを贔屓に行動しているが、対外的に贔屓は無いもの、とするのだ。

 贔屓は私が協力を求めた建前上、必然なものである。
 自らの態度によって、行動によって機会を失ったのだ、といえば、多少の事はうやむやにできるだろう。
 向こうさんにも引き出されたくない話はあるだろうことだし。

 政治に必要なのは、何よりも外面だ、と選挙公約を一つも果たせなかった、果たさなかった日本の政治家達が態度でもって語っている。
 使途不明金とか、献金疑惑とか、色々あったが。

 そういえば私、選挙権を得てすぐにこっちに来てしまったわけだ。





「なあ、ところでルーア。なんだか知らんが、大量の手紙を送っていたようだったが、あれはなんだったんだ?」
「何って、手紙?」

 少しのごまかしの意味も篭めてそう惚ける。

「まあ、いいけどな。一度に大量にあったから気になっただけだ」

 そういって、ごくりとフレッシュジュースを飲むピオニー。
 これでブウサギの変態でさえなければ、かなりの男前なんだが。
 オルドレイクやマネマネ師匠を連想することさえなければ……っ!!

 声は違う。
 声は違うんだ!
 スピーカー越しとか、生だから、とか言う以上に声の質は違うんだ。
 いい声なのに違いは無いけど違うんだけど……っ!

 きちんと色気も有る男なのに、どうしてだろうねぇ。

 一時の女には縁があっても連れ添う女性とは縁がなさそうな、そんなイメージがある。
 まだネフリーとか言って居いる辺り、いい加減湿っぽい。
 それが結婚を断るための口実だとしても、真実だとしても。
 家族に対してあこがれているならいっそさっさと家族を作ればいいものを。
 貴族にだって家庭的な女性はいるぞ、きっと。
 そしてピオニーが結婚を拒んでいる間にさっさと他の男の所に嫁いでいくんだ。

 ……ジェイドと家族になりたかった、とかだったら、どうしよう。

 危ない思考に脳髄が腐り始める前に思考をそらそうととりあえず天井を見た。

「しまったピオニー!!」
「何だルーア!」

 椅子を蹴倒して立ち上がるように驚愕を示す私に、ピオニーものって一緒に立ち上がる。

「至急セントビナーにジェイド名義で送って欲しいものがあるのよ」

 驚愕も去ったのでふざけ終わって静かに座ればピオニーも座る。

「なんだ?」
「あれ、あれよ」
「ん?」

 指差す先をピオニーが振り返れば、わざわざ忘れないようにと目のつく場所に括りつけられたあれは。
 ケテルブルクのカジノで商品になっているのを見つけて頑張ったのだ。
 スロットはぼろ負けしたからネフリーボールとポーカーで地味に頑張ったのだ。

 その結果として手に入れたあれ。
 あれは人呼んで――

「指差し棒か?」
「そう、指差し棒よ」

 武器として使えるほどの強度を持つ脅威の指差し棒。

 ぽかんとそれを見つめるピオニーに、私は厳かに告げる。
 それこそは指差し棒であると。

「指差し棒、デッキブラシ、フォークとか個人的にはロリポップも持たせたいけど。彼ほど面白武器の似合う人間は他に居ないと思うのよ」

 神妙に告げれば数秒の沈黙。
 かと思えばピオニーはあの低い低音で盛大に笑い出した。
 時々声がひっくり返っている。
 笑っているから多分、警備の兵士の方たちが乱入してくる、と言うことは無いと思うが大声だ。
 心底可笑しいらしい。
 腹を抱えて涙目になっている。

「あは、あは、あはははははっ!」
「そんなに笑ってもらえたなら、光栄なんじゃないの? ジェイドも」

 ブウサギに名前をつけられることと同様に同情を禁じえない。
 まあ、ブウサギに関しては人のことは言えないのだが。
 ここに来たときも、静かな酒になる前は新入りの黒豚のことを延々と語ってくれた。
 高級黒毛和牛、ならぬ薩摩の黒豚か、とおもうとかなり切ない。

「なあなあ、俺にも一枚かませろよルーア」

 ほらきた、やっぱり。

 ジェイド、私は今この遠い遠方の地から君に黙祷を捧げよう。
 武器の強度を持つ生活雑貨。
 曰く面白武器の類を、きっとあんたは当分持たせられる。

 いっそのことだ。
 面白武器に似合った衣装もつけてみるのもいいかもしれない。











それ行け一般人。――50



 ジェイドは行った。
 ピオニーももう当分来ないだろう。
 ブウサギランドはいつもどおりに立ち回っているが――孤独を感じた。

 今まで孤独を感じる暇も無いくらい忙しかった。
 こちらに来た当初は精神的にもジェイドやピオニーと渡り歩かなければならなかった。
 文字を覚えなければならなかった。
 リハビリもしなければならなかった。
 人心地付けそうだと思う前にすぐにブウサギランドの準備が始まり、開店した。
 情報戦で暗躍した。
 最弱のラスボスを目指した。

 忙しかった。
 こちらの時間でほぼ五年。
 私の肉体は十年分歳を取った。
 あとの五年でジェイドに並んで次の五年でピオニーすら追い越す。

 アスランさんと会うまで、ずっと気がついているつもりで現実逃避に気がつけてすらいなかった。

 ブウサギランドはいつもどおり回っている。
 常連さんがいて、初めてのお客さんもやってきて、忙しく店は回転している。
 それなのに。




 不意に孤独を感じて仕方が無かった。




 ルーア、ルーア、ルーアッシュ。
 そう色んな人が私を呼ぶ。
 何の違和感もなくそれに答える私に違和感を感じる。

 果たして私はそんな名前だったか?

 割り切ったはずのことを、自分で望んだはずの事を、ぶり返すように思ってしまう。
 意味もなく寂しさが押し寄せる。

 私が不調なのを見て取ったのか、店員に扮してはや五年となる兵士の人が早く引き上げるようにと気を利かせてくれた。
 ありがたいような、いっそのこと忙しい仕事にまぎれて忘れてしまいたかったような。
 だがまあ、忙しい時間帯にこんなことをやられていては迷惑だろう。
 どこか上の空だった自覚はある。

 常連さんに不調を見つかる前に、私はさっさとバックヤードに引っ込んだ。




 そして、はじめの報告を受け取る。

 導師イオンと接触した、と――。




 導師イオン。
 まるで聖域の人のような、そんな印象を持ったこともあった。
 とくにファーストプレイの時なんて、嫉妬かな? と思えた発言はカイツールの『ヤローてめーぶっ殺す!』くらいか。
 可愛らしい嫉妬かな?
 ともう一方で、セカンドプレイ時には人生の経験値の足りなさが露見した場面かもしれないともおもっていた。
 どちらにしても人間らしい心を持たない、と言う印象を多少成りとも覆したことになる。

 行けばよかったか、ジェイドの誘いに乗ればよかったか、と迷うのも人間の、私の弱さだ。
 人間はいつでも選ばなかった可能性を思うという。

 指差し棒も発送してしまったし、今は補強版デッキブラシが作製されている筈だ。
 ゲーム中ならああして手に入ったが、実際問題としては幾らルークでも家捜しはすまい。
 フォークにナイフ、スプーン系の武器もあれはゲーム中のお遊び要素だろうと思っている。
 武器として使いやすいように巨大化したナイフやフォークを見た時には結構笑ったものだった。

 実際にはそれぞれに特性をつけるらしい。
 特化、とも言う。
 譜術特化、物理特化、そこらの武器には負けないだけの強い武器、いい武器に。
 見た目はふざけているが。
 だがフォークなんかは相手の武器を受け止めるのに結構良いのではないかと思う。
 受け止めて、ねじり、弾く。
 この理論で思考するなら先割れスプーンもなかなか優秀かもしれない。
 首付近の折れ曲がりさえ阻止できればフォークより使い勝手が良いかもしれない。




 導師に出会ったなら、今頃は送った手紙の一つが彼女の目に触れているかもしれない。

 最後の導師守護役フォンマスターガーディアン
 アニス・タトリン。

 偽悪主義のきらいのある彼女。
 導師と両親の両天秤はどれほど重いものだったか。

 物語の中で、彼女にとっても導師の存在が少しずつ大きくなっていくのが見てとれた。
 可愛らしい小さな心。
 それは残酷でもあったけど。

 どちらかに傾いてしまうけど、どちらにも傾けたくない両天秤を背負って懸命に生きてきた証でもある。
 歳月を証明するもの。

 見た目が同じであったとしても、中身こそが己唯一と証明するもの。

 どれだけの身体情報を真似てもレプリカには未だまねできない領域が、経験。

 世界に溢れるレプリカは、確かに社会毒だと思う。
 けれどレプリカの全ては否定されなければならないか?
 と言われれば、私はやはり否と言うだろう。

 ルークやイオン、シンクたちを、私は否定したくない。

 身体能力的にはオリジナルから劣化している。
 けど、心そのものの機能性はオリジナルと変わらない。

 傷つく。
 恐れる。
 喜ぶ。
 そして時には心を麻痺させることによっての防御反応すら見せる。

 人の定義の難しさ、か。

 私の世界でも、クローン人間の人権を認めるかどうか、と話が出ていたような気がする。
 ニュースの流し聞き程度、何処まで正確かはしらない。
 それに、対外的にはまだ世界に人間のクローン体は存在しない、と言うことになっていた。

 そして、こちらの世界のレプリカ技術とは違い、私がいた世界のクローン技術では生まれは必ず赤ん坊だ。
 いきなり十歳児だったり老人で生まれてきたりはしない。

 老人の遺伝子情報からクローンを作ると細胞の寿命を司るテロメアが短くて早死にするような事を言っていたような気もしたが、私がいなくなる直前の情報では細胞の寿命はテロメアだけに作用されるものではないとも言っていた。
 真実は闇の中。

 単純にクローンとレプリカを並べることは出来ない。
 そもそも出生の条件が違う。

 赤ん坊が無知であるのは当たり前であるが、外見が老人や青年の者が無知であり、ガラスのような目をした感情を知らない生き物であれば。
 過去私はクローンの人権も認めるべきだと思った。
 その頃にはまだ成長促進などの技術がなかったからだ。
 生まれは皆赤ん坊。
 人のゲノムを持った赤ん坊だ。
 その赤ん坊から人権を取り上げてどうするのかと。

 それは人が嫌う、非人道的な行為ではないのか、と。

 それに、不妊などで悩む人間にとっては、何時かは希望の形になる可能性でもある。
 我が子を得るという、希望。

 よほど小さい時にクローン体を作らない限り、ある程度成長した人間とクローン体との間にはかなりの年齢差がある。
 並べてみても、双子にすら見えないことも多々有るだろう。
 誕生したクローン猫が、親とは似ても似つかない毛並みに育ったと言う話も有った。
 同一細胞から生まれながらも作用する遺伝子情報が違うこともある、と言うことなのだろう。

 私はクローンにも人権を認めるべきである、とあの時は思った。

 けれど。

 無機質に世に溢れたレプリカたちまで、同じように思えるか、と言われたなら。
 間髪おかずにそうだといえる自信は無かった。

 未だ人の心を持たない量産されたモノたちを、同じように接することが出来るか、と。







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