それ行け一般人。41〜45

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それ行け一般人。――41



 詳しく憶えていないけど、すでに導師は入れ替わり、アリエッタは導師守護役を外されアニスが導師守護役とはなっているはずだ。
 ジゼルがリグレットに為ったかどうかは知らないが。
 いまだなっていなくとも、程なくそうなるのだろう。

 先にマルクトからちょっかいをかけようかとも思ったが、どうにもこうにも。
 引き込むための切り札なくして挑むのは諸刃の剣だ。
 引き込めなかったときのリスクを思えば、野放しにしていた方がいい。

 マルセル・オスローの死が預言に詠まれていたのに対処しなかったことを恨んで、だったか憎んで、だったか。
 挙句自力で秘預言とされる死預言を調べたと言うのだから。
 引き込めれば万々歳だけど、もし失敗したら、こちらの情報を持ったリグレットと言うとても厄介な代物を生み出すことになる。

 切り口としては、マルクトが預言を覆そうとしていることを伝えれば、とも思うが、結局のところマルセルの確保に失敗し死なせている。
 つまり、マルクトはその預言を覆すことに失敗している。
 役にたたねぇ、と言う程度ならまだしも、やはりその程度では駄目なのだ、と過激思考に陥る可能性もある。
 まあ、ヴァンに会ったら確実に丸め込まれる、というか言い方は悪いがそんな気がしているところだ。

 なんだろうな。
 ヴァンのようなのを暗い魅力、とか影あるある魅力とか言うのだろうか。
 何故あれほど人を引き付けられるのか。
 私たちいずれ彼と敵対する者にとってはとても厄介なカリスマだ。

 まさに神託の盾のアイドル。
 象徴であり、偶像であり。

 一応モースに恭順する振りをしながらあるいは預言を覆すと言う意味での過激派の取り込みでもしていたのだろうか。
 イオンがトップに立ってからなおさら実権を失った預言否定に近い思想を持った人たちの中でも、武力に訴える過激派はヴァンデスデルカに甘言を囁かれれば付いていってしまうだろうか。

 あるいは作中でヴァンに付いた神託の盾たちは、真実彼の思惑を何も聞かぬまま、したがっていたのだろうか。

 それであるなら余りに愚か。
 思考をなくすにも限度がある。

 なんにせよ、神託の盾の半数を引き抜けるだけの人望はあったということ。
 厄介なことこの上ない話だ。
 これからますますアッシュやシンクやディストには励んでもらいたい。
 まあ、それでも有る程度の人数は引き抜かれなければヴァンが行動しないだろうから程々に、という、ああ、難しい。

 リグレットとラルゴの師団が居ればヴァンが行動を慎むようなことは恐らく無いと思うが。




 漆黒の翼に預けたイオンレプリカのうちの一人が駄々を捏ねて、数日彼らを預かっていた軍人のところに舞い戻ったと言う。
 我侭を覚えたレプリカ。

 まあ、我侭を我侭とも思っておらずシンクの様に自分も何かの役に立ちたい!
 と言っていたらしいが。
 ただもはや、シンク一人ですら誤魔化すのはなかなか大変なのに二人目をどうするか、少なくとも教団に関わることはできないだろうと悩みを深めているらしい。
 そろそろ結婚を考えている女性がいるらしいとも小耳に挟んでいる。
 あと二年、辛抱してくれ、と言いたいが。

 役に立ちたいと言うのなら、本人納得づくだというのなら、導師イオンと同じ顔、と言うのはなかなか利用価値があると思うのだ。
 まあ、そもそもマルクトが事情を知っているから利用できる範囲は狭まるが。

 いやいやまて。

 レプリカ問題で引っ掻き回せそうなマルクトが全て承知済みなら、意外と使いどころは無いのか?
 イオンレプリカの一人が皇帝を尋ねて行って脅迫とか、モースやヴァンを替わりの顔を見せて誤魔化すとか?
 そもそもごまかしも何も無いくらいモースはイオンを軽んじているし。
 イオンの顔を使っていつでも何処でも顔パスで教団に出入りする、とか言うのはそもそもゲーム本編のイオンのいっそ異様なほどの立場の低さを見ると無理のようだし、よく思い返せば意外と使えない顔だ。

 まあ、本人たちにとってはいいことかもしれないけど、ああ、なんか、ほんとどうしようって感じだ。
 まあ、面倒ごともイオンとシンクを引き込むための代価と思えば。
 それに、実際に会ったことは無いけど、やはりイオンは、特にレプリカたちはかわいい生き物に属する生命だと思う。
 将来的にかなり、大きいと言うよりはでかいと言った方がいいくらいになりそうな資質は秘めているが、少なくとも十四歳の時点ではまだシンクもイオンもフローリアンもかわいい子どもだった。
 それでいいじゃないか。

 それに、パッセージリンクのダアト式封咒の解放も、イオン一人の負担ではなくて、何箇所かで何人かに分けて解放すれば、イオンの負担は軽減されるだろう。
 譜術方面の能力が劣化したシンクがダアト式封咒の解咒が出来るのかどうか分らないけど、フローリアンのような両方とも適度に劣化した程度なら、ダアト式封咒の解咒くらい出来ない話じゃないだろう。
 とりあえずそれだけでよしとしよう。

 たとえたった一箇所でも負担が減れば、それだけイオンの休める時間が増える。
 休息を取れると言うだけでも、ものは違ってくる。

 皆で負担を分け合って、そして皆で生き残る。
 だったらそれが、多分最良。

 だいたいレプリカと言うだけでマルクト帝国はともかくとしてマルクト皇帝の周囲の心理はぐらぐらと揺らせそうだったのが、こうなってしまえば揺らすも何もあったものじゃないし。
 ジェイドもピオニーも、もうレプリカ問題で揺さぶれるものが思い当たらない。

 確固とした結末を導くのに確固とした足場は必要だと思うから、知る事はいいことだろう。




 そういえば、一人連絡役の兵士の人のところに帰ってきたイオンレプリカの名前は、フローリアン、と言うらしい。

 けど、彼がゲーム中で無垢の名を与えられた三番目の子どもなのかどうか、もう知る者はいない。
 ダアトのデータはレプリカの廃棄が決まったときに破棄されている。
 そもそも、譜術の適正を見る以外はたいして差異を計るような真似もしていないとのこと。
 ディストは彼らを保護することを知っていた。
 けど、それ以外の人間にとって、研究者にとって、廃棄するものにかける手間暇は無駄でしかなかったのだろう。

 誰も知らない。
 もう誰も。
 そしてそれでいいとも思う。
 もし彼がフローリアンならそれでもいいし、フローリアンではない子がフローリアンになったなら、それもまた運命の変革だと、そう思う。











それ行け一般人。――42



 レプリカイオンのが駄々を捏ねた。
 と言うより我侭を言った、と連絡が入ったのは一月ほど前。

 全員で駄々を捏ねた挙句、その中の一人が選ばれて帰ってきた、ってことらしい話を聞いた。
 週に一度くらい届く報告によれば、あれからめきめきとレプリカたちは個性を育んでいるらしい。

 神託の盾騎士団に入ったシンクはスレ度が増したと言う話しだし、フローリアンはまさに懸命、と言った風に譜術を身につけているらしい。

 他の子たちとは違う一人称を使い始めた子に、髪を伸ばし始めた子、逆にばっさりと短くした子、些細なことなら色々有るらしいが、この短期間で差をつけたいと思ったらそれしか無いという所だろうか。

 シンクはなんと言うか、芝居の必要も無いスレ具合でヴァンもあれは絶対に騙されている確信がある、とアッシュから手紙が送られてきた。
 最近はさすがに赤点もつかなくなった。
 付かなくなったら添削するところがなくてつまらないと手紙が来た。
 あの野郎……。

 漆黒の翼のところへ行った四人のレプリカたちには、まさに漆黒の翼の人たちが。軍人さんのところに帰ったフローリアンにもまあ軍人さんがいる。
 人間と言うものを良くも悪くも、教える人間が。
 そしてたぶん、事あるごとに接触する人間が。

 あからさまに子どもを抱くようにはしなくても、人混みでは迷子にならないようにと手を繋いだり、一人寝を寂しがって枕を抱えて廊下を歩いて居たら拾ってくれて一緒に寝てくれたり……妄想か?

 とにかく、そういうことがあってもなくても事情を理解した上での身近な人間と言うのがいる。
 そういうのがシンクの側にいないことが、私の心配事の一つだったんだけど、これが意外と解決されている……? のだろうか。
 生まれすら冷たい機械からである彼らにこそ、命のぬくもりを知って欲しいと思う私の思惑を斜め上に、人ではなくライガのぬくもりを知ったらしい。

 何の因果か知らないが、アリエッタにロックオンされたと言う話だ。
 こちらは主にアッシュから笑い話として入ってくる。
 オリジナルイオンに対する執着を知るから複雑そうだが、つんつんとしながらも最終的には、と言ったあたり、これがツンデレかなぁ、と思ったり。

 シンアリか。
 いいな。

 まあ、命の暖かさには替わり無いだろう。
 毛皮はぬくそうだし。

 神託の盾騎士団に属した場合の人との接触のあり方が限られることによるコミュニケーション不足が心配されたけど――アッシュが気にしてくれているようだし、まあいいかと思う。
 そもそもアッシュもコミュニケーション不足といえば、そうなのだが。
 仕方が無いと割り切る、ともいう。

 ああ、こうやって人は大人に――いや、オバサンになっていくのか?

 三十の大台が目前に見える……。



 一ヶ月前にフローリアンが帰って来た知らせを受けてから、私も我侭を言ってみた。

 実はジェイドに拾われて以来、まともにグランコクマをでたことが無い。
 せいぜい行ってもテオルの森まで。
 その道中でちょっとした戦闘訓練をしてみただけだ。

 なにかあったときに何も出来ずに呆然と自分に迫り来る惨事を見つめている、と言う事態だけは回避できそうな程度にはなった。
 それ以上ではないが、とっさに体が動かない、と言うのだけは無いように訓練された。

 とっさの回避ととっさの反撃。
 男相手には何処をどうしろと女性仕官の人に仕込まれて、前情報なしに私の相手となった兵士の人よ。
 私はあなたの深い苦しみと哀愁溢れた顔をきっと忘れない。

 見るからに油断されすぎていてその態度が頭に来たから少し本気でやっただなんてそんなそんな。

 まあ、私の外出と言えばその程度。
 残り時間は二年も無いからこちらの世界で約三年。
 3.5ていどだと換算すれば、単純に二倍にして七年。

 まともに旅行にも行っていない計算になる。

 忘れていたともいえるし、恐れていたともいえる。
 遠出をすれば身辺警護も難しくなると言うのも要因の一つだろう。
 しかし七年だ。

 いい加減、少しは遠出してみたくなる。
 と言うかなった。

 外殻大地降下後の世界ではなくて、今の世界を見たい。

 イオンレプリカたちが我侭を言ったのを契機に、私も我が侭を言って見る事にした。

 紆余曲折有った末、説得に半月、準備に半月。
 そういったところか。
 そうすれば次はどこに行くかと言うことになるのだが、エンゲーブ、セントビナー辺りには余り顔を出したくない。
 そもそもエンゲーブは観光になるものが無い。
 アクゼリュスなんてその基準に当てはめればなおの事何も無い。

 ダアトに行って見ようかと思ったが、まかり間違ってイオンやアッシュに出会ったら、と思うと行くに行けない。
 顔を見ても気付かれないだろうが、特にアッシュの辺りはもしかしたら筆跡で気が付く可能性もゼロではない。
 そもそもダアトと言えば預言、と来るほどだが、私は預言なんてどうでもいい。
 この体もフォンスロットは無いようだけど、多少の音素は吸収している。
 けどそれが、預言を詠めるほどの量かどうかはほとほと謎だ。

 詠めたとして、意味を成すほどのものが読めるのか。
 詠まれて明日を告げられても、私にとっては怖いだけだから、関係の無い話だ。

 まあ、そうなると結局はメジャーな観光地に行こうか、と言う話になった。
 そうなると、やはりケテルブルクと相成るわけだ。


 三日前からケテルブルクの宿の最上階に部屋を取り、懐かしい気持ちで雪を眺め続けている。

 時々は外にも出るが、もっぱら部屋に閉じこもっている。
 警備も楽でいいだろう。

 時々カジノに行ってポーカーなどで遊んでいるが。
 スロットは目押しが出来ないから苦手だ。
 ネフリーボールは的中率が低くてつまらない。

 景色に飽きて、窓の方向の違う部屋に変えてもらって、やはり真っ白に染まる外の景色を見ながら小一時間。
 そこでふっと気が付いた。

 レプリカ関係でジェイドやピオニーを揺らせるもの。

 おりしも窓の外は猛吹雪のロニール雪山。
 あの吹雪の向こうには、ネビリム先生が封じられている――



 当分は黙っておこうと思う。
 今言うことに意味は無い、筈だ。
 サフィールも黙っているようでもあるし。

 そもそも封印も解けないはずだし、ジェイド一人では手に余るだろう。

 いつかは、時が来るのかもしれない。



 しかし、人体、と言うよりこの場合はレプリカと見るべきだろうか?
 封印、って何年も施しておいてその間一切の補給がなくても生きていられるものなんだ。

 本当に、ここは技術レベルが分らん。
 私のもともと居た世界と比べると高低差が激しいと言うか。
 レプリカより先にさっさと鉄道を引くべきだと思う。  











それ行け一般人。――43



「はじめまして、ルーアッシュ殿。私がアスラン・フリングスです」



 アスラン・フリングスなる人物とであったのは、ケテルブルクから帰還した後のことだった。

 穏やかな笑みの素敵な好青年――青年でいいはず。
 まさか彼もジェイドと同じ老いない人種とは思いたくない。

 出会いは悪くなかったのだろう。

 暗躍している大本が私であることを知る人間が一人増えた。
 もう一人秘密の共有者が増えた。
 それを私も承知した。

 彼にも第七譜石の内容を話し、マルクトに詠まれた秘預言の内容を伝えた。

 あとのこまごました内容は、ピオニーからの勅命と言うことで、理由は知らなくても彼も関わっている人間だ。
 面倒なことはなかった。

 ブウサギランドを貸しきって、ピオニーとジェイドが同席した上での会談だった。
 お茶もお菓子も美味しくて、アスラン氏の人柄も良くて話も弾み――実に楽しかった。

 そしてその晩、私は吐いた。






 アスラン氏が、初めてだった。

 明らかな死を予告されている人間に出会うのは。

 ずっとグランコクマに引きこもっていた甲斐あって、私は今までこれから死ぬことが確定されている人間に出会ったことが無い。
 一般兵の人たちの顔なんていちいち描写されないし、個を分類されている人たちの中で一番接触の多いジェイドやピオニーだって二年後のエンディングの時点でもきちんと生きているだろう。

 死ぬ、といえばアッシュやルーク、シンクだってそうなのだけど、顔を見る、対面する、握手する、と言うのはまた違う力があった。
 彼なりに気を使っての事なんだろう。
 グローブの取り去られたアスラン氏の手のひらは、武器を握るものの手として筋張っていて皮も硬くなっているところが多くて、決して柔らかくはなかったけど、きちんと生きている体温があった。

 ものすごく、なんとも耐え難かった。
 会っている時は平気だった。
 きちんと夕食まで食べて、ベッドに入って眠りについたのに、夜の夜中にこれだ。
 しかも涙目を瞬いて吐き戻したものを見れば、録に消化もされていないような有様だった。
 末期だ。
 もっと強く自覚しろと、そういうことなのだろうか?



 開き直ったつもりで、理解しているつもりで、結局逃げなんだと言われてしまえばそれまでだ。
 アッシュに会わないことも、イオンレプリカたちに会わないことも。
 アスラン氏に会いたくなかったことも。
 二次元と三次元の境界線を破りたくなかった。

 だがもう、最後の抵抗も破れたり、と言うところか。

 ファーストプレイのとき、彼に待つ末路も知らずにアスランとセシルの恋を応援した。
 二週目プレイのときは、二人の恋の結末が悲しすぎてむしろ二人をくっつけることが出来なかった。
 その彼らも――現実。


 口が痺れるほどうがいして、力の入らない足でベッドに辿り着くと倒れこむ。

 認めているけど認めたくない曖昧は、何時までも許される訳では無いらしい。
 当たり前か。
 認めなくても時間は進んでいく。

 私はシンクに仮面を強要した。
 死ぬ人間を認めたくなくて会わずに居た。
 信頼を得ているのに私の勝手な恐れのために、顔すら見せていない協力者達。
 何たる身勝手。

 吐き戻すのに体力を使って、思考力のなくなった頭はふらふらと行ったりきたり、曖昧に同じ事柄を考え続ける。
 そうしては次の瞬間には忘れていく。




 気がつけば朝になっていた。




 いつもの通りに起きて来ないことを不審がった女性仕官の人に寝過ごしているところを発見されて、そのままベッドで寝ているようにと告げられた。
 目蓋が非常に重たい。
 明らかに腫れている感じだ。
 ついでに恐らく顔色も悪かろう。
 赤いか青いか知らないが、だるい。
 熱もでているだろうと思う。

 ぼんやりして考えがまとまらない。

 パン粥と摩り下ろしりんごを食欲の無い胃袋に無理やり詰め込んで横になる。
 開店したブウサギランドの営業音をBGMにうつらうつらとする。
 なんだか凄く、気持ちいい。
 寝込んでいても生活の音がするのって安心する。

 ぼーっと、寝たり醒めたりしながら一日が過ぎて、夜になる頃にはまるで昼夜逆転したかのように目が冴えていた。

 夜と言っても既に深夜。
 交代の警備の兵士の方以外はみんな休息をとっている時間だ。
 至れり尽くせりで看病されて、ギンギンに目が冴えてしまった私は、とりあえず備え付けのデスクに向かった。

 今ではもう、書く事の少なくなった日本語で書かれたノートを取り出す。
 僅かな音素灯の明かりの中で、それを見た。

 そして決意する。




 ルークとアッシュの事前対面計画を中止することを。




 ルークがヴァンに懐く様子を怒りも露に報告来ていた兵士の人がいた。
 ファブレ邸に潜入している人な訳だが。
 報告自体がそもそも不定期なわけだけど、だからこそ一文字一文字篭められた感情が強いと言うか。
 私の手元には編集されてやってくるから字は分らないわけだが、言葉が強い。

 それによれば、まさに、冗談抜きで、犬、らしい。
 ルークが。

 千切れんばかりに尻尾を振って、耳は興奮して寝そべって、ご主人目指して一直線!
 と言った状態の。

 こりゃ駄目だ、といった感じだ。
 オリジナルと出会って不安定になるだろうルークが、そこでヴァンを頼らないわけが無いだろう。
 はっきり言って拠り所だろうし。
 ヴァンとガイじゃ実質五歳程度しか年の差は無いわけだが、見た目の貫禄が違っている。

 実年齢知るまで、ヴァンは絶対三十超えていると思っていた。
 内心はともかく、見た目の頼りがいが違う。

 しかも親と言うのも毎日いると小言がわずらわしかったり干渉がわずらわしかったり、普段の恩恵とかありがたさとかわすれがちだけど、ヴァンはその点でも毎日いるわけではないから、見せたくないところ、ルークが幻滅しそうなところはもうバッチリ隠せるだろう。
 一見すると完璧超人。
 幻想を寄せる、慕うのにはものすごく都合がいい。

 今はまだ、何一つヴァンに情報を渡してやるつもりは無い。
 何処からか、漏れ出ている可能性も少なくないかもしれないが、少なくともキムラスカ側で行動するよりはリスクは少ないはずだ、と思う。

 二人を会わせることが出来たら、何かが変わるかもしれないと、思ったけど。

 二人を会わせる前に、自分がアッシュに会いに行ったほうがいいのかもしれない。














それ行け一般人。――44



 久しぶりに、ブウサギランドにジェイドが来た。




 死霊使いの出入りするブウサギランドになりはしたが、常連さん、と言うほどではなかった。
 なんと言っても、ジェイドはあたり一面のブウサギが、あまりお気に召さないようだ。
 ならばなぜブウサギの徹底排除されている裏からではなく、表の店に入ってくるのか、ほとほと謎だが。

 もしかして、嫌がらせか?
 私への。

 いや、でも軽食とドリンク、そして夜間の一杯アルコールには自信がある。
 自分の精神衛生のためにもそれが目的だと思っておこう。
 栄養バランスに自信あり!
 家に帰れない、帰っても料理を作りたくない作れない独り者に!

 とか。

 いかにも外食、といった外食では無い辺りが受けてるんじゃないかと思うんだけど。
 ジェイドが出入りし始めた頃にはメニューも少し弄ったような記憶がある。
 学生食堂のような価格で健康メニューを出したら一時期マルクト軍人の人の利用者が増えた。
 同業者だからか、一緒に店に入っている女性仕官の人や兵士の人たちが複雑そうな表情をしていたが。
 そしてジェイドが出入りするようになって軍人撤退。
 ジェイドが来る以外は昔に戻る、と言った所か。

 ああ、ジェイドはここに出入りする兵士達を散らしたかったのか?

 まあ、一応機密だしな。




 客と店員として接して、時間的には恐らく昼食だろう。
 我が店のトップメニューを三点制覇していったジェイド。
 ありがとうございました、とそう言って見送って、しばらくしてから裏から呼ばれた。
 ジェイドが裏に回ったらしい。

 なにかあるのかと、店を業務メンバーである兵士の方に任せて裏に回れば、居住スペースのソファに足を組んでふんぞり返っているジェイド。
 と、その前のテーブルに置かれた封筒が一つ。

「なにか珍しい報告でも入ったの?」
「ええ、とても珍しい報告が」

 相変わらずもったいぶった男だ。

「見るわよ?」
「どうぞ。そのほうが早い」

 許可も得た。
 手を伸ばして求められなかった。
 と言うことでテーブルに置かれた封筒を引き込んで中身を見る。

 どうやら、ファブレ邸に派遣している軍人からの報告書のようだった。

 普段はもっと軍部で数が集まってから送られてくるのだが、どうしたのだろうか。
 どうしたこうしたもなく不慮の事態か。
 そもそも定期報告の類が無い場所だ。
 報告が送られてくること事態、何かがあった、と言うことだ。

 単に今まで軍部に留められるほどその何かがたいした事ではなかったと言うだけで。

 いつもの半分も無いその報告書も、前半はいつもと変わらなかった。
 問題は、後半か。

「ジェイド、これ本当?」
「らしいですね」

 声音とは裏腹に、態度からはいつものふざけた調子が消えていた。




 ルークが、己がレプリカであることを知ったらしい、と言う報告だった。

 この報告が為された時点で三日、部屋に篭りきりらしい。
 その間にタイミングよくヴァンも来たらしいが、ルークは会わなかったと言う話だ。

 てっきりルークはヴァンに気付いたことを話すのかと思っていた。
 けど、よく考えればヴァンもオリジナルを知っている人間だ。

 きっと違うって言ってくれる。
 そうに違いないと思っていても、もし肯定されたり、迷われたりしたら立ち直れないことを、どこか分ってしまっているんだろう。

 無知なる獣。
 とそう例えられるほどのシナリオ通りのルークだったなら、混乱したままヴァンにすがり付いて喚きたてたのかもしれない。
 けど今のルークは、ルークはルークであるけれど、無知も無知では有るけれど、もはやただの獣では無いだろう。

 ゲーム中のルークも、本などを読まないわけじゃないんだろうけど、中途半端に小難しい語彙以外は身についていなかったようなイメージがある。
 知識を現実に反映させられるような環境でもなかったし、本で読んだ物事に対して注釈を入れてくれる人間もいなかっただろう。

 本に買い物をした、と描写されていても、あのファブレ邸に有るような本に、買い物をするためにはどうしたこうしたと書いて有るようなものなど無いだろう。
 結局録に使われもしない難しい語彙を蓄えるだけで生活に反映されることのなかった知識。
 それが今じゃ、報告書を読む限り小うるさいほど口を挟む人がいる。

 買い物まで教えているかどうかは謎だが。
 教えていたとしても、結局エンゲーブでは泥棒騒ぎに巻き込まれそうな気もするが。
 ピリピリに気が立ったところでやってきた余所者、と言うのは、スケープゴートに丁度いい。


 まあそれでも。


 ルークにとって、恐らくヴァンは絶対の一つだろうから。
 箱庭で絶対が崩れるのは、恐ろしいだろう。

 私なんて絶対なんて無いもの、と思っているけど、その価値観を手に入れるために旅立つことすら今のルークにはできないのだ。

 周囲からは引きこもりもまた違う形の我侭と思われているらしい。




 対策を練ろうか、と言ったところで、今すぐ答えを出して送っても、向こうに着くにはまた数日どころか場合によっては数十日かかる。
 バチカルは色々と難しいのだ。
 潜入者の人に事前情報として渡して有る情報の範囲で機転を利かせて頑張ってもらうしかない。

 ヴァンは帰ったし、メイドや使用人は呆れた雰囲気も持っている中で、彼は頑張っているらしい。
 大いに期待させてくれると嬉しい。


 いや、させてくれ!!


 何かが変わる、と言うのはいいこと、だと思いたいが、こうも遠隔地だと手出しも出来ない。

 事実を知りたくないがため、本当を知った上で否定したいが為になおさらヴァンにべったりになりやしないかと不安になる。
 本当、頑張ってくれ軍人さん!!











それ行け一般人。――45



 なんと言うか、溜息しきりだ。


 異世界トリップしたのに老化が止まったりもしないし、強い魔法、この場合譜術が使えたりもしないし、なんだかよく分らないすごい剣に選ばれたりもしないし、美人にならないし。
 なんだか凄い身体能力を手に入れたりも無いし、いっそ聖なる焔を救うだろう、とか言う預言が詠まれたりもしないし。
 無い無い尽くしじゃないか。

 なぜ!

 私にはトリップドリームにつきものの能力アップ系のオプションが無いのだ!
 容姿変化形のオプションも無い!
 逆ハーレム?
 そんなまさか!!

 ドリーム主人公じゃないからか?
 それとも、そもそも主人公じゃないからか?

 ……主人公じゃ、無いからか。
 いやでも、全ての人は人生の主人公だ、とか言うし。

 主人公補正とか、要らないけど。
 主人公と言う生き物にはすべからく強大な敵とか、涙なしには語れない別離とか、そういうのがついて回るものだ。
 そんなものいらない。

 強大な敵はともかく、別離なら経験したが。
 敵も、あるいは世界そのものと言えば言えるし、そう捉えるなら何よりも強大な敵と言えなくも無いかもしれない。

 端役で死んでしまうのも嫌だけど、主人公補正を背負って生き抜ける自信も無いなぁ。

 あ、だめだ。
 最大の突っ込みどころが残っていた。

 私が目指しているのは裏で糸を引く人間、最弱の裏ボスだ。
 ボスって言うのは、つねに主人公に倒される定めだ。




 七年近くかけていた盛大な、盛大すぎる現実逃避が盛大に崩されて気が抜けていた。
 栓をぬいて常温三日放置したビールのようにそのうち何かがたかりそうだ。
 犬も飲まないだろう。

 ルークのほうも、とりあえず部屋から出てきたと知らせがあった。
 何があったのかは知らない。
 これからどうなるかは不明。
 もう全て、あそこに潜っている軍人に一任してきた。

 バチカルが遠い。
 やれることが――何も無い。

 これ以上ブウサギランドを発展させてどうすると言うのか。

 研究には手を出せないし、政治にも手を出せないし、天才ではない一般人、主人公補正も無い脇役、ついでに今は主人公の友達、とか仲間、とか言う補正も無いはず。
 跳躍する週刊誌辺りだと、主人公の友達ポジションもかなり、危ない位置だけど。

 そんな人間の思いつく限りのことはやってきた。

 思い通りに出来たことも有った。
 失敗したこともあった。
 過去に何があった、と言うのを知っていても、詳しい時代が不明だったために物事が起こってからああ、そういえば、と思い出されたことも結構有る。
 起こるまで、思い出しもしなかったこと、と言う奴だ。

 そして、イオンレプリカの一人が死んだ。

 他のレプリカたちに見守られて、乖離していったと言う。

 彼の名前はアーク。
 ノアの箱舟のアーク。

 いつか、イオンレプリカたちを救おうと、救いたいと決めたときからずっと考えていた名前だ。
 幾つも幾つも、考えてはやめて、また考えた。
 そうしてそろった四つの名前のうち一つ。
 歳月と共に薄くなっていく記憶の中から掘り起こした、名前だった。

 それすらも、消えてしまったと聞いた今では名前のとおり、一人箱船に乗って音譜帯まで登っていってしまったような気がしてならない。
 これから未曾有の混乱という洪水に襲われる地上から安全な箱舟に乗って。

 水の無い地方に生まれた我が子に水に苦労していた両親が水に関する名前をつけたら溺れて死にました。
 きっと水の名前をつけたのがいけなかったんだ、と悩むくらいの意味しか無いことは分っている。
 付けた時は純粋な願いだったんだ。
 死ぬなんて、思っているわけじゃない。
 まして死んで欲しいなんて思うわけがない。

 漆黒の翼からは、この一年、本当に楽しそうに暮らしていたと、死ぬときまでこの短い時間を生きられて良かったと、言っていたと、手紙が来た。

 救出直後の彼らの様子をみた報告書では、随分と子供らしく無邪気だと、思った。
 それでも、やはり彼らは知らない訳ではなかったのだ。
 己の身の上に起こった事を。

 あまりにも、短い時間だったと、そう思う。




 気がつけばもう物語が始まるまで一年も無い。




 歳月とはなんと平等で残酷だろう、と言ってみる。
 最近人格崩壊気味かもしれない。

 相変わらず軍部にも王宮にもまったく出入りしていない。
 時々ピオニーに呼ばれたりはするのだが、そういう場所に軍属でもなければ、王宮関係者でも無い人間がひょいひょいと出入りするのは、後々の平和で安泰な老後の妨げになるからと自重している。
 本当に必要なときには躊躇うつもりは無いが。

 ピオニーも皇帝勅命!
 などと言ってくることも無い。
 臣となるか友となるか、昔の問いかけを大切にしてくれているものだと思っている。




 そんなある日。




 ニコニコ笑顔の恐ろしい死霊使いがブウサギランドにやってきた。

 いつもの二倍、いや三倍は笑顔がまぶしい胡散臭い。
 いい笑顔過ぎて怖い。
 なにか裏があるんじゃないか、と思うし、過去を鑑みても死霊使いは何も無いままこんなにいい笑顔では笑わない。

 なにかある。
 そう直感したときには既に逃げられないと言うのはいったい何の罠なのか。

「ルーアッシュ。今日はい〜い知らせを持って来ましたよ〜?」
「な、なにかしらジェイド」

 思わずどもるのも致し方ないことだろう。
 それほど今日のジェイドはなんと言うか――五年前、出会った当時と比べれば、多少、ごく微量に、人間丸くなったような気もしていたんだけど……。

「ええ、じつは陛下が」
「ピオニーがどうかしたのかしら」
「黒い毛と黒い目のブウサギを見つけて、ルーア、と名付けましてね。ね、ほらいい知らせでしょう?」

 間違って。
 そう、間違って!!

 私にとっての八年分の忍耐を付き崩して、王宮に乗り込んでいこうかと思ってしまった。
 とうとうやったか、と言う思いととうとうやられたか、と言う思いと。

 ピオニーのあの悪趣味な趣味の餌食が身近にもう一人増えたことを喜んでいる笑み。
 やはりこいつがこういう顔をするときにはいいことが無いと改めて思い知った日だった。  







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