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それ行け一般人。36〜40
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それ行け一般人。――36
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イオンの虚弱体質が何とかならないのだろうかと以前相談していた事があった。 返事としては、すでに固まった要素に後天的に手を加えるのは難しい、と言う内容を、ここまで噛み砕けばあなたにも理解できるでしょう? と言ったような嫌味と共に言われた。 ……嫌いだ。 ディストに協力させて、レプリカ作成時になんとか細工を出来ないか、とも言ってみたけど、そちらも期間的に無理だとのことだ。 まあ、そもそもディストはネビリム先生復活の為にずっとフォミクリーを研究していたのだ。 そのディストが劣化問題を放置しておくわけが無い。 その上で劣化すると言うことは、劣化はまだ対処できない問題だ、と言うことなのだろう。 崩落編で物語を片付けられたら、イオンがレプリカだということを知る者はごく僅か、ということだ。 レプリカであると言うことを秘したまま、導師イオンをやり続けてくれれば世界は平和で私の老後も安泰だ、などと考えていたのだけど。 ゲーム本編の時間軸に辿り着く前にイオンの体力面を克服できれば、イオンは実はかなりの戦力になるのでは、と思っている。 シンクの体力とイオンの譜術。 二つそろえば無敵超人!! オリジナルの導師イオンは、死にさえしなければかなり腹黒い本気で無敵超人系統ではなかったのだろうかと思っている。 譜術の面が劣化したシンク、体力の方が劣化したイオン。 互いの劣化していないところがより合わさったのがオリジナル。 きっと強い。 絶対強い。 導師イオンは本当に病気らしく、この死は覆せないとのこと。 暗殺や毒殺の気配でもあれば、なにかできる事もあったかもしれないが、病気では手の出しようが無い。 どうせ死ぬなら世界まとめて道連れにしようと囁くのがヴァンデスデルカか。 まさに悪魔の囁きだ。 そろそろだ。 そろそろ時が来る。 残酷にも為される選別のときが。 選んで、残して、後は捨てる。 許せない、と感情と倫理が訴えても、それに手出しを出来るだけの力も無いのが事実だ。 新たな導師イオンが彼である為にも、とめる事は出来ない。 私の未来の為に、生まれたばかりの子ども達の心を切り付ける様なマネをすることに、罪悪感を感じてしまう。 どうしても止めようと思うなら、まったく出来ないわけじゃないはずなのだ。 それなのに、私は子供たちの心を傷つけて、切り裂いても、この道を選んだ。 物語の筋書き通りであるこの道以外を選ばなかった。 こんな高慢な罪悪感、抱いているだけで申し訳ないほどなのに。 寝付けないせいか、近頃アルコールの量が増えた。 女性仕官の人にも、兵士の人にも、心配をかけている。 電話でネットで、と言うほど早い連絡手段が無いために、多少時差はあるにしても、すでにイオンレプリカたちの製作が始まった、との知らせが入った。 ディストから、ダアトに潜入している兵士の人の手を渡り、そこから更に空を飛んで海を超え。 伝書鳩、と言う代物だ。 私のところに来る頃には清書され、報告書の形を取っているからどんな暗号を使っているのかは不明。 近頃なぜか公式書類も書かされ始めたばかりの私には、まだ暗号文は重い。 最初の頃は無知ゆえに免除されていたあらゆることが、知識が付いて、読み書きについてもまったく問題なく出来るようになったことから降りかかってきた。 自分のためだ、とは分っているけど、暗躍がこんなに大変なことだったとは、と改めて実感している。 暗躍、と言うのは表に出せないこと。 表の生活や仕事はきちんとこなし、それら表の方に支障をきたしてはならない。 表の生活の変化が切っ掛けにばれることもある。 二重生活の苦労が身に染みる。 これでジェイドやピオニーの負担が僅かでも減るのなら、とも思わなくも無いが、恐らく無理だろう。 私のほうに回ってきたことも、全体で見れば微々たる物。 なんの役に立っているのか、と自嘲する。 どっかの誰かさんの気回しのような気さえする。 今まで学んできたことより一歩上の知識が、それを片付ける上で自然と頭に入ってくる。 少なくともこれだけできれば、なにかあってもどこかで生きていけるだろう、と言った程度の内容だ。 深読みのしすぎか、否か。 どちらにせよ頭が使い物にならないうちに、アルコールは断とうと思う。 暗躍暗躍、と言ったところでほとんどがジェイドの研究に付属することだ。 ダアトはヴァンとモースの影が濃すぎて、下手に向こうに手を出せばそのまま計画の漏洩と瓦解に通じる。 預言狂が集まるダアトでまともな人材を探そうと言う方がまず無理な話か。 預言を数ある道の一つ、絶対ではなく人生の指針の一つとする、と言うのが導師派だったような気がしたけど、ゲームを見る限りあの過激派連中を使いたくない。 なにかあったときに興奮して、ばばっと有ること無いこと喋り散らしそうだ。 穏便なのもいるのだろう。 けど、ダアトで穏便に預言否定は派、と言うのも可笑しな話しだ。 有って無し、そんな存在に等しいだろう。 一応繋ぎを付けられないかと探りを入れているみたいだったが――かんばしくない、との知らせが定期的に入るばかりだ。 過激派の影が強すぎて、穏健派は隠れてしまったらしい。 そりゃあんな連中と諸共にされてはたまらないだろうが。 過激派の連中にしても、預言を一つの指針として捉える方針は賛同できる。 けど、力に走るやり方は私には頷けない。 実際トップに飾りを置かれただけで、随分と導師派なるものは勢いを失ったようだ。 結局、預言を詠む教団本部において、ある意味秘預言を否定する要素を持つ彼らはその程度の派閥。 とりあえず、八千人の団員を誇るカンタビレの取り込み工作を開始した。 以前からジェイドに多少の親交が有ったらしいので、今になってそこをもっと煮詰めてもらおうと言うことにした。 いざと言うとき、味方に出来ればただその人数だけでも心強い。 叩き上げの人員の多い部隊なので、その時が来てもヴァンの甘言に踊らされる事無く任務に従うだろう、と洩らしていたのを聞いた。 そしてこの計画を発足させてからディストの嫉妬が激しいらしい。 ジェイディス、などと思う辺り、私も以前の世界の志向を引き摺っているか、と思う。 ジェイドにばれたら叩き出されそうだ。 |
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それ行け一般人。――37
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ずっとドキドキソワソワしている。 緊張して不整脈はおこすし、喉は渇くし、水を飲めばすぐにトイレに行きたくなる。 行った所でたいした量はでない。 緊張性の尿意だから、当たり前か。 どれだけ水を飲んだって体が一度に処理できる量は決まっている。 腎臓の活性化はスイカか? ビールか? どっちも私の知る物のイメージを重ねるものはこの現状では手に入りにくい代物だ。 貧乏人は第三種ビール。 ついでにむこうじゃ缶ビール。 ここでは缶ビールはメジャーじゃない。 喉越しビールより味わいビールがメインだ。 ついでにスイカも、私がいた世界のように商品価値を高めるための甘味の追求は激しくない。 甘いんだけど、スイカ、と私が思っているものと何かが違う。 末成りスイカの漬物の話を親がしていた記憶を頼りに作ってみたが、此方もやっぱり何かが違う。 数日前に届いた鳩によれば、今日がとうとう決行日と言う話だそうだ。 何もかもがそうかもしれない、らしいそうだばかりで嫌になってきていた。 選んだのは、私なのだが。 ここは一つ腹を括ってイオン以外だから、全てを助けられたなら六人の子どもの母親に立候補を! としたのだけど、止められた。 反論も暖簾に腕押し糠に釘。 立て板に水とばかりにまくし立てられ気が付けば了承していた。 分ってはいるんだが。 この帝都で、イオンと同じ顔をした人間を育てられる訳が無いことは。 何時のイオンか知らないけどオリジナルイオンも何度か出入りしているというはなしだし、その時にイオンの顔を見ている住人もかなりの数がいる。 その上にモースだのヴァンだのが度々出入りしている。 イオンと言う存在はこの年にして顔が広すぎる。 導師イオンと言う存在の大きさ、なのだろうが。 だったらこの世界の何処でなら、あの子ども達はせめて子どもらしく生きられるのだろうか。 シンクなんかがのびのび育ったら一体どんな性格になるのか。 のびのび育ったシンク。 そうなればもはや、ゲーム中に描かれたシンクとは別人のような気がする。 何処であれば、何処であればと考えて、ふとナム孤島、と思いついた。 漆黒の翼。 以前から、それなりに動向は探っておいてくれ、と頼んである。 探りは入れても、手は出すな、と。 探られていることは既に感づかれていると思うがそこのところどうなんだろうか。 イオンレプリカたちを助ける、いや、拾いはするが、住む場所はまだ決まってないと言っていたジェイド。 決まっていないのか決めていないのか。 何処に住まわせるにしても、リスクを考えるなら分散させるより一所に置いたほうがいい。 だが神託の盾にいたシンクじゃあるまいし、拾ってきた全員が仮面と言うのも怪しすぎる。 双子三つ子と言うにも多すぎる人数だ。 ジェイドも、今後についてはまだ持て余している段階だろう。 決めかねているのか。 それとも私に時間を与えているのか。 だがそうだとするなら、発案者はジェイドと言うよりピオニーのような気もしている。 そうであるなら今がチャンスと私は兵士の人に声をかけた。 鳩より格段に人間の移動速度は遅い。 今から手配しても、間に合うはずだ。 しばらくはジェイドにどこか匿って貰い、漆黒の翼と繋ぎを取れたら、改めて彼らにあずかってもらう、と言うのが今回の方針か。 ジェイドにその旨を伝えるのと同時に、漆黒の翼にも手紙を書く。 人はジェイドから、つまり更に上をいうなればピオニーから、素直に言うなら軍部から借りているが、軍人であることは明かした上で軍とは別口で、ということでルーアッシュの名前と一輪咲きのスミレの印章で為された蝋封を施した手紙を漆黒の翼の、ノワールを狙い撃ちで渡してもらえるよう手配する。 あちらこちらで興行をしている漆黒の翼の面々は、彼らがそうだと知ってさえ居れば意外と捕まえやすい。 同じ内容の手紙を書いて、各都市に配置してももらったから、必ずどこかでは渡される筈だった。 マルクト国内ならエンゲーブからケテルブルク、セントビナー、もちろんグランコクマも、大きく場所を必要とする見世物なら、必ず有る程度の責任者の許可を必要とする。 それらの責任者に、彼らが来た時に知らせるように、あるいは渡してくれるようにと頼んでおけば、一・二箇所忘れられても、いずれどこかでは届くだろうと言う算段だった。 マルクトを出ても、キムラスカとダアトの方面も、確実性は低くなっても、興行を見つけたら、と言うことで工作員の方々の手にも渡してもらう。 必要がなくなるか、見つかりそうになったらすぐさま破棄してもらう方向で話は通す。 漆黒の翼の彼ら。 預言に翻弄された彼らなら。 ホド崩落辺りからの預言の内容と、第七譜石の預言の内容を沿えれば、全面的な協力、とは行かなくても、イオンレプリカ達を預かってもらうくらいは出来るんじゃないか、と思っている。 なんと言っても男気溢れる女傑だ。 預言に翻弄される子ども達を放って置けるわけが無い、と思いたい。 行動を始めて気がまぎれたのか、気が付けば喉の渇きや不整脈を感じなくなっていた。 がりがりと筆圧も高くペンを動かしている間に、罪悪感に更に罪悪感を感じて罪悪感に陥ると言う負のスパイラルからも気が付けば抜け出していた。 抜け出していた、と言うのとも違うかもしれない。 字を書いている間に、それを推敲している間に、自分の心に決着を付けた、と言ったところだろうか。 いま役に立たない感情に振り回されているわけにはいかない。 全てに決着を付けた後ならどれだけでも悩む時間はある。 そのためにも。 預言を無くしていく苦労をピオニーやジェイドやイオンレプリカ、そして後々はあちらのお国のお偉方に丸投げ使用としている私。 選挙以外で国を変える方法なんて知りません、と。 政治活動や政治的歴史にあまり興味がなかったのが今頃痛い。 |
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それ行け一般人。――38
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後から送った手紙はまだだろうけど、先にイオンレプリカたちの名前を考えて追った手紙は既に開封されているはずだろう。 どうなったのか、きちんと彼らに名前が与えられたのか、凄く気になる。 ついでに言えば手紙の内容も思い返しては気になる。 以前ピオニーにたいして、臣下か友か、と気恥ずかしすぎる問いかけをしたときのような、穴掘って埋まりたくなるような気恥ずかしさが満開の内容の手紙。 本心であることは間違いないのだけど、思い返すだに恥ずかしい。 だけど普段の私と、手紙の中の私と。 たぶんこれだけ違えば手紙しか知らない人間から身元がばれることは無いだろう、と思って筆を取った。 いや、ペンか。 毛筆習字は得意と言うわけではなかったけど、無いとなると懐かしい。 習字も、ある程度まではすらすらとのぼったけど、そのある程度まで進むととたんに昇格出来なくなたった。 そのある程度、に辿り着くまでは人より早いが、ある程度、に辿り着いてとどまっているうちに抜かれていくと言う……。 人生そんなことばっかりだったなぁ、と思う。 漆黒の翼にイオンレプリカたちを預けることはジェイドのほうから許可は出た。 彼らが引き取ってさえくれれば、隠匿性の高い彼らのこと、恐らくは無事に育つことが出来ると思う。 軍は嫌いだと言っていたけど、軍からでも取れるものは取っておく、という思考回路を持っているはず。 それなら多少の援助も恐らくできる。 イオンレプリカたちが生まれた。 こうなると、後残りの時間はほぼ二年。 一体何が出来るだろうか。 二年。 その間に私の体は四歳分歳を取り、30台に突入する。 もはや対外的に違いは誤魔化せない。 グランコクマは住んでみてもいい場所だと思ったけど、安心安全な老後はここ以外の土地に求めなければ為らないかもしれない。 この場所にも、貸し与えられているこの家にも、随分と愛着がわいたものだけど。 どこかに引っ越すにしても、とりあえずバチカルはやめようと思う。 あの高層域でまともに生存していられる自信が無い。 いや、あの高さが貴族のためのものなら、一般人である私はもちろん住めないのだから、意味の無い杞憂か。 でもあそこは展望がよさそうだ。 住む住まないは別にして、一度くらい登ってみてもいいかもしれない。 のぼるだけなら一般人でもありだろうか。 雨が降っていたからだろうか。 ふと、ピオニーについて考えてみた。 弱みを見せない、と言うより弱っているところを見せない人間だ、と思う。 見せるとしても、人は選んでいるだろう。 弱音を吐くなら、ジェイドくらいか。 ある程度の独裁権を持つ君主として、人民を率いるものとして、所構わず弱音を吐くようじゃどうしようもないのだから、君主としてそのあり方は正しいと思う。 まだ帝国君主となって若いというのに、いっそ見事な貫禄というか。 泰然とした雰囲気を持つ、というかそう見せる術を心得ている。 テオルの森で採取された自然繁殖のハーブを練りこんだクッキーを捏ねながら思う。 あの日、あの雨の日、弱ってここにやってきたピオニーのことを。 ジェイドは居なかったとは言え、そこで私のところにやってくる辺りにピオニーの私に対する認識の仕方を感じて見たり出来そうなんだけど、どうなんだろうか。 弱った姿を見せられる。 ピオニーにとって私はそれらを隠すべき国民ではなく、守るべき国や国民、部下ではなく――他人であり、実質限りなく弱いけど、一つの運命を共有する人間なんだ、と思う。 マルクトと言う一つのものに、互いに命運をかけるもの同士。 片方は背負う者であり、片方はそれを知らせたもの、と言う違いは有るが。 喜んでもいいのかな。 常に強がりばかりで生きていかなければ為らない人間の、いざと言うときの避難場所で有れるなら、それは私と言う存在の確認でもあり、外部からの理由にもなる。 そうだったら、嬉しいんだけど。 そういう存在理由って脆いものだけど、外部に依存しない自己、あるいは理由を見つけるまでの理由としては持っていてもいいと思う。 全てを外部に委ねていたら、その外部が全て無くなったときに、自分ごと失ってしまう。 どんな小さなものでも、自分に由来するものはあったほうがいい。 ただの生存本能でも。 ここに、この世界に来たときの私のように、私を私と認識していた外部を一度に失った時、自分を繋いでいくためのものは、必要だ。 当時、私には何があったんだろうか。 私を私として繋ぐものが。 結局、私はここに来て自分の名前すら世界に隠してしまったけど。 はじめは違和感一杯だった名前も、今ではきっと自分が親から貰った名前よりも耳に馴染んでいる。 ルーア、ルーアッシュ。 そう呼ばれて違和感が無い。 それでも私は、雑踏から流れる聞き間違いに振り返る。 誰も私なんか呼んでいない。 ただの聞き間違いが、まるであの世界での私のことを呼ぶように聞こえるとき。 ルーアッシュではない私を確認して、安心してしまう。 自分でもよく辛抱もったと思うが、此方の世界に来てから自分の名前は一度も名乗っていない。 勢いで名乗ってしまったルーアッシュと言う名前に自分を慣れさせるためでもあったが、名前が大切だから名乗れなかった、と言うのもある。 確かに一番最初にルーアッシュ、と名乗ったときは勢いだったけど、そのあともずっと今日に至るまで名乗らなかったのは、そういう感情が大きいと思う。 もう昔のように呼んでくれる人間が一人も居ないと思ったら、そのままは居られないような気がした。 ルーアッシュと名乗っているうちに、生活も文化も隣人も、全てが変わってしまうなら、元に戻らなくてもいいような気もした。 ここで生きていく覚悟、というか。 そんな感じか。 |
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それ行け一般人。――39
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その知らせが入ったのは数日前だった。 シンクが神託の盾に属し、残りのイオンレプリカ達は漆黒の翼に引き取られたと言う。 シンクに関してはアッシュを唆してそう仕向けたのは私だけど、ここまで見事に決まると後が怖い。 この小心者な具合。 本当は責任ある立場になんて向いていないのだとつくづく思う。 こと有る事に急性胃潰瘍、とかに苦しめられそうだ。 今回も、知らせが来るまで毎日牛乳と胃薬の日々だった。 牛乳に含まれる乳脂肪が胃酸を和らげ胃壁を保護すると言う。 劇的な効果は感じられなかったが、低脂肪乳とかそういったものでは無いのだし、それなりに効果はあったのだと思う。 体重も減ったが――見事に筋肉量が減ったのが分る。 体調が悪くて牛乳ばかり飲んであまり動かずに居たから、筋肉が減って脂肪がついた。 どうしてくれる、このタプタプを!! 近頃基礎代謝も少しずつ落ちてきているみたいで、ちょっと油断するとすぐに増える。 脂肪が。 筋肉は付きづらくなった。 知らせが入ったときに安堵して半日寝込んで、ここ数日は再び鍛錬に励んでいる。 筋肉つけないとタプタプが進行する。 食べることは大好きだ。 食を減らしたくないなら動くしかない。 順風満帆、とは言わないが、それなりのことは出来ているような気がする。 アッシュのコンプレックスも軽減できたと思うし、ルークのほうは、あの育児日記を見る限りなら、味方となってくれる人間を得られたと思ってもいいだろう。 何時でもどこでも絶対の味方、かどうかはこれからの彼ら次第だが。 あのいっそあきれ返るような育児日記が送られて来た後から、ファブレ邸に潜入している人にはもう少し、与える情報を増やした。 聖なる焔の光に詠まれた預言の内容を。 恐らくは、アクゼリュスと共に魔界に落ちるだろうことも。 死なないだろう。 殺させはしない。 彼は、彼らには、個人的にゲームと言うものを通して複雑に感情を持ってしまっている。 直に会った事も無いいから、残念なことにまだ二次元に対する感情から進歩していないような気はするが。 だけど何より、これからの世界を形作るために、彼らの存在と協力は必要だ。 外郭降下にも、ヴァンを倒すのにも。 もし、物語の区切りでもある外郭大地降下後で物語を終わらせることが出来ず、後に大量のレプリカを世に送り出す事となったら、世界に瘴気が復活したら。 その時私はピオニーと同じことを言うだろう。 ここ最近の変異と言えば一つ。 とうとう、ここが死霊使いの出入りするブウサギランドになってしまった……。 内面を無視して外面だけを見て考えれば、ブウサギランドのイメージから大幅に外れているわけでもない。 外れていると言えば間違いなく外れているんだけど。 こう、死霊使い、と言う言葉で想像するような、インドア派で、肌もただ白いんじゃなくて日光の足りない青白い感じで。 髪とかもどっちかと言うと黒くて、整髪剤か油か知らないけど、なんだか少しこっぺりしていて、服も色の重たいフードつきのローブ。 あとは何か怪しいマジックアイテムの装身具を身につけている。 それもおどろおどろしい感じのデザインのものを。 私の頭の中こそ変なイメージで侵されているような気もするが、まあジェイド以前の死霊使いと言う言葉に付きまとうイメージはこんなものだ。 こんなものがこの可愛らしいブウサギランドに出入りしていたら、それこそ兵士の皆様のお力もお借りした上でご丁寧に退場願った上に出入り禁止にしたいところだけど、ジェイドだと外見だけならまあ問題無しになるんだよね。 追い出したいことは山々だが。 今まで裏からしか入ってこなかったのにどういう心境の変化だこの野郎。 ああいけない、口が悪くなっているわ。 カウンターの向こうにいる限りお客様。 ああ、それにしても。 お客さんがチラチラとジェイドの事を見ている。 悪いイメージでの見方ではないようで、それが救いと言えば救いか。 まあ、ある意味マルクトにとっては英雄でもある。 皇帝の懐刀。 皇帝はブウサギ好き。 この店は皇帝の好きなブウサギの店。 だからジェイドが来ていても可笑しくないよね、ってちょっとそこのお客さん。 理論の系統立てを間違っちゃいないだろうか。 何故いきなり表から出入りするようになったのかは知らないが。 ジェイドの評判は、マルクト国内――いや、他の都市に出向いていないから、マルクトでもグランコクマ限定でしか知らないが、悪くない、と言うよりむしろいい。 階級の昇級は適度に拒んでいるが、着実に功績は上げている。 必要となればいつでも将の名を得られるだろう。 緊張の続く昨今。 功績を挙げる、とはつまり、敵国であるキムラスカの人間の命や自由を、それだけ多く奪っている、と言うことだ。 結局のところ、私の牛乳の量は変わらない。 ああ、本物の牛乳は美味しいじゃないか! と今日も私はビンをラッパ飲みで一本空ける。 食品にアレルギーの無い遺伝子を提供してくれた両親には、深く感謝を捧げよう。 もう、会うことも無いだろう人たちよ――。 |
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それ行け一般人。――40
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ケセドニア北部での戦争を終えて帰ってきた後から、ジェイドは休息もほどほどに新しい研究に手をつけたらしい。 内服によって人の音素振動数を変化させることの出来る薬、と言うか物質だそうだ。 封印術によって音素の流出を防ぐことにより二人の大爆発を防ごう、という方向で研究していたが、それも視野に入れた上でさらに互いの大爆発を促進させるレプリカとオリジナル間の音素共鳴を阻止する、つまり共鳴しないだけ音素振動数を変化させることで大爆発をとめられないか、と言う研究らしい。 ディストがチーグルのスターのレプリカ、この場合は完全同位体の製作に成功すれば、ルークとアッシュに使う前に薬品による音素振動数の変化で大爆発を阻止できるか、と言うことも実験できる。 薬品自体が音素振動数を何処まで変化させられるか、それが体に害を及ぼさないか、と言った辺りは個の音素振動数が問題になるから、レプリカなんて居ようが居まいが関係ない。 「封印術は高いもんなぁ」 と言えば、 「いえ、きちんと一つはダアトから貰いますよ」 と薄ら寒い笑みを浮かべていた。 国庫に響く、と言うことは、国防費に回される資金にも響くと言うこと。 ピリピリしている。 「ダアトから貰った上で、後々きちんとキムラスカからも資金は頂きますよ。他国の王族を助けるために国庫をただで空けるだなんて馬鹿なまねはしませんよ」 「慈善事業じゃないんだしね」 「まあ最終的には死なば諸共とも言いますがね」 「まあ、現状じゃ仕方ないけど。最終的にはキムラスカにも補填してもらわないとね。そっちが勝手にやったことだろう! とか、言われそうだけど、まあどっちにしても、アッシュ、ルーク、ナタリア。どれかが王位に付けば払わせられそうよね」 「封印術はともかくとして、音素振動数を変更させる薬はこちらの秘伝ですから」 「払わないと言うなら恥知らずもいいところ、って言えるわね。名誉有る血筋も所詮乞食に過ぎないか、とか?」 「王家に連なる血筋を他国のものに救われておきながら、厚顔無恥にもキムラスカは礼の一つもいえないのか―――とか言うのもいいんじゃないですか?」 はっはっは。 あっはっは。 と私もジェイドもまったく楽しくなさそうに笑い声を上げた。 ジェイドはどうだか知らないけど、私のキムラスカ貴族に対する心象はこれまたなかなか極度に悪い。 特に一人に絞っての話だが。 ダルマデブ。 画面越しに見た時にそういうイメージを持った軍人貴族が一人居たような気がする。 名前なんぞすっかり忘れたが。 和平会談後も、キムラスカにおけるナタリア偽姫事件の時も、このダルマデブ一人がなんだかもうやたらに心象が悪いと言うか。 特に和平会談後のユリアシティでファブレ公爵などが、自分に死んだユージェニー殿のようななんだったか忘れたけど度胸に似たようなものがあればこんなことには、といったニュアンスに似たようなことを言っていたときでも、敵国だったもののことなど知らん、と一人で叫び続けている姿がとても心象が悪かった。 いや、もはや今の時点で今まであげてきた心象の悪いダルマデブが同一人物だったかどうかも憶えていないのは致命的か。 いやいや、どうでもいいことか。 今時間客が居ないのをいいことに思わずジェイドと寒い会話をしてしまった。 私はぬるいミルクをちびちびと飲みながら、ジェイドは舌を焦がすような熱いコーヒーをすする。 そうしている間だけ、嫌味や辛口の応酬もなく静かに時間が過ぎていく。 聞こえるのはこのグランコクマに流れる水の音。 そして扉に遮られた僅かな雑踏の音。 「……ピオニーは、元気にしている?」 「ええ、とても。もう少しおとなしくしていて頂きたいほどだ」 「多少わずらわしくても元気なうちが華でしょ」 「そういえば、近々陛下があなたにフリングス准将と対面させたいと言っていましたよ」 「……アスラン・フリングス?」 「おや、何か含みのある言い方ですね」 ファミリーネームはそれなりに知られているが、ファーストネームも含めた名前ではあまり知られていない人物の名前を全て言い当てたことには既に言及されることも無い。 めったに知っているわけではないが、逆に言えば要所要所では知るはずの無いことまで知っている私だ。 相手もその事を知っている。 「出来れば、会いたくは無いんだけど」 「ならなおの事会って貰わなければなりませんね」 「根性悪」 死ぬかもしれない人、と近づきたくない私の心だ。 もし失敗すれば、死ぬかもしれない人。 会って、いい人だったら、楽しい人だったら、画面の向こうと言う私の心の中でのラインを超えて現実にその人を持ってきてしまったら。 死ぬことが分っていて親交を持つのは辛い。 できるなら全てが終わってから会いたいと思うのは、私の逃げだ。 まあ、悟られているんだろう。 今でも精一杯努力をしているつもりだが、出会ってなおさら死なせたくないと思えば、何かが変えられる可能性も無いわけじゃないだろう。 ジェイドもそこのところを考えているのかもしれない。 「彼は有能な人材ですから。失うわけには行きません」 ああやっぱり。 見破られている。 なんでこうも自分の心にすら疎いのに、人の心ばかり敏いのだろう。 「鬼畜陰険腹黒眼鏡」 「おや〜? 随分な言い方ですね〜」 「否定もしないくせに」 「まあ、そうですが」 意味が無い、とそう嘯く。 はっはっは。 あっはっは。 と、そしてまた私たちは聞くに堪えない笑い声を張り上げた。 |