それ行け一般人。31〜35

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それ行け一般人。――31



 さっきの友情宣言にもいい気分でいてくれればいいんだが。
 まあ、秘預言が適うか否か、ある意味運命共同体だ。
 裏切れないことは前提条件で、その上で裏切らないことを誓ったのだ。

 だがいい気分、の理由はそれだけでは無いだろう。
 とりあえず、店内のメニューからはブウサギを殺生するものは跡形もなく消えている。
 ピオニーが非常にご機嫌なのはそのせいだ、と言うのも邪推ではあるまい。
 以前一度、ブウサギランドでブウサギを出しているのが見つかって、もううんざりするぐらいブウサギの愛らしさについて語られた歴史がある。
 語られたからと言ってやめなかったが、帝位についたときには撤去すると約束した。

 叶えられて嬉しいんだろう。
 臣下であるなら命令すればいい。
 だけど友なら、願うものだ。


 客に出すには勿体無い。
 という秘蔵の紅茶をこっちに来てから覚えた作法で入れる。
 元の世界じゃ急須で緑茶か、紅茶ならティーバック専門の人間だ。
 緑茶が手に入らない結果としての紅茶だったが、なかなか上達したと思う。

 一応お茶菓子にスコーンとジャムを。

 真っ先にジェイドが食べたのは、一応毒見、と言うことなのだろう。

 紅茶に関しては彼らの目の前で同じポットから三人分を注ぎ、カップは好きに選べ、と差し出した。
 毒物は仕込んでいないと言うことのアピールでもある。
 本当なら真っ先に飲んで見せたいところだが、いかんせん、わたしは猫舌だ。
 熱くて飲めなくて、ふーふーと吹き冷ましている間に此方もジェイドが先に口をつけた。

 ピオニーが帝位についた。
 これでジェイドも名実共に、私の知るジェイド・カーティスになるのだろう。
 皇帝の懐刀、死霊使いジェイドに。

 自ら築いたわけではないだろうが、否定もしないで利用している死霊使いの名のうえに作り上げた一般には真似しかねる処世術を以って、彼は名をあまねく世界に広めるだろう。
 あるところでは畏怖と敬意を、あるところでは仇とされて、また有るところでは、死者を生き返らせてくれと、言われるのだ。

 バルフォアの名をケテルブルクに置き、カーティスの名でフォミクリーの実験を行い、大きな禍根をホドに残した。
 ヴァンの為そうとすることは、既に許されることではないが、彼がアッシュを落とすことに成功したのには、自身もかつてフォミクリーの被験者であった過去が有るから、というのも理由として少なくないだろう。
 精神を病みかねないほど過酷であった、とは、ただの聞きかじりだが。
 いや、既に病んでいるのか。

 本当にジェイドはラスボス紙一重の男だ。

 死霊使い。
 その名を持つ本人にも制御しかねるほどに、その名前は強く不吉だ。

 ルークのように知らなくても死霊使い、と聞けば不吉なものは感じるだろう。
 その名をなお深く知り、その名に纏わる逸話を知る者たちには死霊使い、とその名を出すだけで、ありもしない裏を、相手に勝手に作らせる。
 想像させ、身動きできなくさせる力がある。

 なかなか出来る話じゃない。




「さて、何しに来たのか知らないけど、来たからにはちょっと現状の確認でもして見ましょうか?」
「そのために来ました。お互いの認識の間に齟齬があってはなるものもなりませんから」

 だったらさっさと言いやがれ!
 と思うが、長い前置きの時間も無駄じゃないと思うからいいだろう。
 今回の前置きは、ジェイドの多少の嫌味はあったが収穫のほうが大きい。

 アッシュは、存在を認めてあげればそれなりにヴァンの呪縛から離れられると思う。
 実際、軍人とは言え全て知ったうえでの人物との会話を重ねることによる影響は見られる、と報告にあった。
 いずれ彼のレプリカとの対面をお膳立てする、と言う方向で一応の決定が下る。

 シンクはディストを引き込んだ上でザレッホ火山の監視。
 ディストがヴァン一味の中でどれだけの信頼を得ているのか、というのが危ぶまれるが、明らかにヴァンの意向とは反してモースに加担しているのがラルゴに知れたときの反応からすれば、ラルゴ辺りは誤魔化せるだろう。
 ラルゴが誤魔化せれば、ラルゴの信頼はそれなりに厚そうだ。
 多少の嘘もラルゴの口を介して語られれば信実になるだろう。

「火山には竜が居たような気がするから、それの仕業実に見せかける偽装工作を、ってことで。武器を剣ではなくつめを模した物に変えておけばいいよね」
「普段は深部にいる竜が、たかだか研究者が出入りするような浅い階層に出てきますかね」
「たまには出張してもいいと思わない? 無理なら、廃棄されるレプリカの姿の見えない誰かがやった、と見える風に、さ」

 つまり武器を持っていない人間が行なうのだから、証拠隠滅はたこ殴りに、と言うことだ。
 あるいはここではないどこかの話のように感じて、実感が薄いのかもしれない。
 けど、それがたとえどんな人間であったとしても、その死を示唆するのは私なのだ。
 心を麻痺させて、そうでなければ立ち竦んでしまいそうだ。

 けど、心を麻痺させる術を私は覚えた。
 私も随分と此方の世界に馴染んでしまったのだろう。
 言う人に言わせれば、本物の戦いではない、と言うかもしれないが、自分で食べる鶏すら殺したことの無い私が、こちらに来て最初に謎の魔物を、そして多少の訓練を受けて、剣を持って、自分の命のためではなく、戦うために魔物を殺した。

 殺されたくないから、殺す。
 たしか、そう言ったのはガイだったか。

「ディスト――サフィールはジェイドに丸め込ませる。だったわよね? ピオニー」
「そうだな。あいつは馬鹿だからなー。まあ、そこがかわいいんだけどな」
「ジェイド馬鹿となった結果の先生馬鹿のはずだから、これで何とかなる、と思うんだけど?」
「何度も言うようですが、お断りしますよ」
「ああ、かわいそうなサフィール……眠りにつけばジェイドと追いかけっこするような夢を見ているようなかわいい子なのに」

 ぴくり、とジェイドのこめかみが震えた。
 あ、なんか爆発しそう。
 そう思った私は面白そうに状況を観察しているピオニー意眼差しを送った。

「ピオニー」

 呼びかければ応、と答えてにやりと意地悪く笑みを浮かべる。
 そしてジェイドの爆弾が爆発する前に。

「皇帝勅命だジェイド! サフィールを引きずり込め!」

 爆発し損ねた爆弾が、今にも危険にくすぶっている。

「………………御意」

 随分と長い間の後に、とうとうジェイドはそれを承知した。

「頑張ってね、ジェイド。ディ、サフィールの好きなものはジェイドで嫌いなものもジェイドらしいから」
「あの洟垂れが――」
「あはははははあ」

 声高にピオニーが笑う。

 好かれてうざったいタイプの人間だとは少なからず思う、が、そこまで嫌わなくていいんじゃない? とこの嫌いようを見ていると思ってしまう。
 これだけ嫌っていても、嫌っている風に見えても、ジェイドの中のほうでは特別な部類に入る人間だ。
 まあ、これだけ嫌われると言うだけでも既に特別では有るが。

 ディストも、ピオニーのことを慕っていれば、おもちゃにされつつももう少し、構ってもらえたんじゃなかろうか。
 いや、ジェイドに譜術を喰らうことも構ってもらうで括れるなら構わないのだけど。











それ行け一般人。――32



「ところで思うに、ルークのほうはそもそも報告が少ない、と言うのは判るけど、近頃の報告、なんだかやたらと中途半端なんだけど」

 言えば渋い表情をいや増すジェイドになおの事笑いの高まるピオニー。
 魅惑の低音。
 テレビ画面の向こう側、声優の声で聞いていたときは、オルドレイク、オルドレイク! と叫びながらもだえていたことも懐かしい。

 シンクは黄色い電気ネズミの声、と情報が入ったときにしっかり聞いてみたけど、こっちは判らなかった。
 けど、オルドレイクは良く判った。

 初めて本物とであったときは、やはりスピーカーから聞こえてくる声とは違うんだと実感した。
 違うんだけど滑らかな低音で、スピーカーの向こう側だったときと喋り方の癖なんかはけっこう似ている。
 こうやって聞いていると、声優さんとかにも選ばれる条理が有るのか、と思う。

 あんまりゲームをやっているときにピオニー≠オルドレイクと思っていたものだから、違う声だ、とわかってなお、ふと気がつけばオルドレイク、と思ってしまう。

 声が、と言うよりは存在そのものが私の中でオルドレイクとイコールになっている。
 すまない。
 黒髪が後々後退する彼は、召還夜の中でも稀代の悪役だと思っている。
 それと重ねるだなんて。
 腹が黒いと一くくりにしたって黒さにも色々有るというのに。

 ふと、今頭の中に想像図が浮かびあがった。
 あの、オルドレイクが、ブウサギを愛でて愛でて猫なで声で愛でると言う空恐ろしい光景が……封印しよう。
 やはりピオニーはピオニーだ。

「それなら、今日持ってきました。……これです」

 ぱさり、とさして厚くも無い封筒がテーブルの上に置かれる。
 私は持っていた冷めた紅茶の最後の一口を飲み干してから、それを手に取った。

 封筒から引っ張り出したそれは、形式はごく普通の報告書だ。
 ファブレ邸に潜入している人間が、この形式で書いている暇も無いとは思うから、誰かが編修したものだろう。

「なにか問題があったの?」
「読んでみれば判りますよ」
「ああ、それなら俺も読んだぞ」
「ピオニーも? 立場として読むのは判らないでもないけど、何でそんなに楽しそうなの?」
「そりゃたのしかったからにきまってるだろ」

 ますます判らない。
 本当に思い出し笑いが止まらない、と言った風にニヤニヤとし続けるピオニーに、苦虫を噛み潰したようなジェイド。
 読んでみろよ、とピオニーに促されて、私はその報告書に目を落とした。



「……」
「な? おもしろいだろ」

 にやにや、と。
 なんとコメントすればいいのか。
 報告書から顔を上げれば真っ先に目に入ったのは苦りきったジェイドの顔。
 一般兵の前では表情を変えることも無いジェイドだけど、ピオニーを含め有る程度の人間の前では実は表情豊かだと知った。
 その豊かな表情、もマイナス方面が多いというのが気にかかるが、今この場では兵士の人たちには人払いをしてもらっていて、その人たちも居ないから限りなくこの場は三人だ。
 おもいっきり表情動かすジェイド。

「他人の子育て日記なんて読んで何が楽しいんですか。私にはわかりませんね」
「そこがいいんじゃねぇか」
「読みたくも無い育児日記を勤務中に読まされる身にもなってください」

 肩をすくめるジェイドとブウサギの子どもが生まれたときのように楽しそうなピオニー。
 傍から見ていると二人の間にはものすごい温度差があるのだが、気にしないで付き合えるのも強みだな。
 私なら、気になってしょうがない。

「なあ、お前はどう思った? ルーアッシュ」
「ルーアでいいわよ。私は……どっちもどっち、かな」

 思い出されるのは昔懐かし、育児漫画か。

「報告書……て言うより、育児書? ジェイドの言うとおり本当に育児日記ね。編修した人も大変だったでしょうね」
「ええ、何故でしょうね。これを読んだ人間が片っ端から笑い出すのは」
「……やっぱり? じゃあ、私も笑っても問題ないよね」
「おう、いいぞいいぞ! どんどん笑え!!」

 くっ、と今まで堪えていた笑いが、こみ上げた。
 なんとも言いがたい微妙な温かさとか柔らかさとか、ほほえましさとか、ああ、可笑しい!!

「くっくっ、これ、ほんとに報告書?」
「ええ、本当に報告書ですよ。此方で編纂していますがね。ほとんど清書して形を整えただけで、中身は替わっていないはずです」
「思い出のメモリー、って? ……ねえ、これ、もっらっていい? もしくは複写して欲しいんだけど、駄目かしら」
「構いませんよ。差し上げます。どうせ誰が見たってあのレプリカの子育てのことだなんてわかりませんよ」

 皮肉を漂わせるジェイド。

「自分が小さい頃の話ってさ、居た堪れないと思わない? ジェイド」

 居た堪れない過去を持ちすぎる彼には、強すぎる皮肉か。

「何が言いたいんですか」
「あの子が大きくなって、外の世界を知って、また庭に帰ってきたとき、これを渡してみるの。面白い反応をしそうだと思わない?」
「……あなたも、十分に人のことは言えないくらい性格が悪いと思いますよ」
「性悪でけっこう。ねえピオニー。ジェイドなんて世界に一人居れば十分だと思わない?」
「そうだよな、こんな奴二人はいらねぇよな」
「陛下も一緒になって悪ふざけしないで下さい」

 あはははは、と楽しそうに笑う。
 その彼の目元に、薄っすらと見つけた隈取を、私はそっと見ない振りをした。











それ行け一般人。――33



 ピオニーが帝位について、年が明けた。
 繰り返し読み込んで、書き込んで、ぼろぼろになったから清書しなおした、私が私の知識を日本語で書き綴ったノートも三代目。
 それもすっかり端がほつれている。

 それを読み返せば、恐らくは、今年。

 ジゼル・オスローが、リグレットになる切っ掛けとなる、戦争が起こる。



 実際、国境辺りの緊張は年が明ける前から高まっていたらしい。
 結局ここにいる私はらしいとしか呟けないのだけど、戦場に行ったところで本格的な軍事訓練を受けていない私など、戦場に立つ前に間違って死ぬのがオチだろう。
 誰かにそれを望んでおきながら、私はきっと、人を殺せない。

 事前にマルセル・オスローを確保できれば最良であるが、一応伝えてあるが無理だろうと思っているし、無理だろうとも言われている。
 せめて神託の盾がマルクト側に与するのならともかく、キムラスカに与した上に、戦場になれば、マルセル・オスローも一人の兵士に過ぎなくなる。

 バケツやヤカンと揶揄されるようなメットを被った兵士がたくさんいる状況で、どうやって一人の人間を探せと言うのか。
 ディストかアッシュでも使って神託の盾内部にいるうちに拉致してしまえばいいのか?
 ああ、そのほうがいいのかもしれない。

 ヴァンに心酔している人間をどう扱うのか、心底困るが。
 でも、時間を掛けて絆して見るのもいいかもしれない。
 人の心とは扱いが難しく、堅固なようでいて意外と脆い。

 人質が立てこもり犯に共感するのもよく有る話。

 何かに心酔している人間の心は、信じるものがある限り驚くほど強いが、一度それにひびが入れば、あとはむしろ普通の人の心よりも弱くなる。

 今度誘拐を提案してみよう。



 ああ、なんだか私もだんだん人外鬼畜になってきたような気がする……。



 ディストに関しては、早速皇帝勅命の取り込み工作が始まった。

 ピオニーとは立場なども有るからめったに会うことはなくなったけど、頻繁に手紙を交わしてジェイドに言わせたいディストへの愛の台詞を考えている。
 ジェイドも相変わらず、人をよこすばかりでたまに来ても裏から。
 死霊使いの出入りするブウサギランド、との噂はまだ聞かない。
 まだそうなっていないことを喜ぶべきか否か。
 まあ、こんな店に出入りするイメージが定着すると、恐怖感が薄れそうな気はする。
 別の意味での恐怖はありそうだが。

 成果のほどだが――最終的には何を言ったんだろうね。
 ディストへの愛の台詞、と言う名のジェイドへの嫌がらせにも等しい台詞の数々をピオニーと二人で考えはしたけど、最終的にディストを動かせたのは、ジェイドと、やっぱりピオニーだろう。
 実はディストは取り込みたいところだったけど、取り込めるかどうか、と言うところで私は非常に強い危惧を抱いていた。
 彼もまた信じて疑わない、天才であるが故の世界に遍く知れ渡る馬鹿の一人だ。

 天才に条理は通じない。
 特にああいったタイプの人間には。
 二度と取り戻せない過去であることを理解したうえで、執着を見せている。
 それさえなれば、返らない物が返ると。
 だから、最終的にどんなことをしたのか、引き込めたことが嬉しいような、信じられないような。

 ふざけたことを色々考えていた。
 けど実際のところその台詞が使われたか、と言うところでは、かなり否であると思っている。
 ある程度の本題が終わって、おふざけに入ったところでならピオニーが言わせた可能性もあるとは思っているが。
 いや、きっと言わせた。

 とにかく、危惧の一つであったディストの取り込み工作は上手くいった。
 そのことに、私は胸をなでおろす。
 ディストについては、実のところ私はあまり重要視していなかったのだけど、あれだけのことを言っておきながら、本当は無理だと、誰より思っていた。



 ディストはきっと、何より誰が滑稽か、判っている様な気がするから――。



 ただの馬鹿で、それが私の思い込みである可能性も否定できないけど。





 もう一方のアッシュだけど、派遣した軍人と意外とウマが合っているようだ。
 認められる喜び、と言うのは誰にでもある。
 まして今まで存在を殺された人間にはなおのことだろう。

 ヴァンはアッシュがルークであることを知っている、けど、知った上で何をするかと言えばアッシュの中のルークを殺すこと。
 その上でアッシュとしては認めているみたいだけど、思春期の繊細な心は単一の接し方じゃ駄目なんよ。
 私だって教授できるほど詳しいわけじゃないけど。
 たぶんヴァンよりは真っ当な思春期を過ごしてきている、と思う。。

 アッシュに関しては何より、割と早い時期から接触をもてたのが良かっただろう。
 トラウマや精神操作、とにかく心と名の付くものは、腕のいいカウンセラーや精神科の医師がついていても、解決、って言うのか?
 とにかくそういえるようになるまでに十年、それ以上かかると言うのもざらである。
 精神と言うものに対する興味は昔からあって、難しい言い回しはなんとなくで理解したつもりになったり、読み飛ばしたり、途中で読むのに挫折したこともたたあるけど、今は帰れぬ実家には、心的外傷と回復、などと銘打たれた本が何冊かあった。

 本と言えば、あの引き出しの底に、雑誌の下に置くことで隠していたあの本、どうなっただろう……。
 年間何十万人の行方不明者にいちいち警察が動くとは思えないけど、不審な失踪、と言うことになれば動くかな。
 そうするとやっぱり部屋の中を見られる。
 そうじゃなくても、何年も帰らないなら、家族のものが部屋の中を見るだろう。
 ……ああ、帰れるものならあの本を始末したい!
 帰れなくてもいいからあれだけは闇に葬りたい!!

 なかったことにするしかないのかなぁ。
 父さん、母さん、あなたたちの娘はそんな娘です。
 きっとR18指定の本を見つけたほうがまだ安心できたでしょう、ごめんなさい。

 とにかく、周囲の協力があまりにも望めない状態でいい方向へ転換できたのは、やはりアッシュの強さだろう。

 原作でも、ルークの一行には色々言われていたけど、あそこまで精神を汚染された上でヴァンの元を離れることが出来た、と言うだけでも凄いことだ。
 実は最初のゲームプレイ時はあまりいい印象がなかったんだけど……。

 欲を言うならもっと早くから、と思うけど、こればっかりは仕方が無い。
 それまで私は居なかったのだから。

 信じたい心と不信感の狭間にいたアッシュ。
 他に行く場所が無いから神託の盾、ひいてはヴァンに対する依存が強まったのであって、そこがどんな環境であろうとも、そこ以外にもまだ行くことのできる場所が有る、とそう思うだけで人は強くなれる。
 彼はその典型だろう。
 強く清い心を持つ人間。

 彼もまた、間違いなくもう一人の聖なる焔の光。











それ行け一般人。――34



 始めた頃にはどうなることかと思っていたブウサギランド。
 多分周囲の人は知らないと思うけど、実は完全国営だったりする。
 マルクト帝国直営、ブウサギランド。
 早速各地にブウサギ好きと認識されたあの皇帝
 赤字が出ても気にしな〜い?
 そもそも国営の理由が隠れ蓑、であるから、本当はあんまり流行ってもいけないのだが、一度ついたお客さんはなかなか手放しがたいと言うのが心情だ。
 初めのころは兵士の方々と共に四苦八苦していたのも、慣れてくると多少お客さんが多くても余裕がでてくる。
 初めのころはものめずらしさも手伝っていたとは思うが、客足が落ち着いてからはなかなか快適だ。




 こちらに来てから此方の暦で三年近く。
 私の世界の暦に変えればほぼ六年。
 歳を取ったものだ。

 もう少ししたら高齢出産か、と思うと切ない気持ちになる。
 世界にたった一人になって、もしかしたら種の保存の本能が働いているのかもしれない。
 理性と本能は相容れないとはよく言うし、理性を幾ら大きくしたところで人も所詮動物だ。
 食欲や睡眠欲も本能の一つで、つまり本能がなくなるとき、と言うのはイコールで死になる。
 個の存続ではなくて、遺伝子の存続がDNAにとっては命題だと昔どこかの科学番組で見たような気がする。
 はっきり見た! といえないほどに記憶は曖昧だ。
 きっともう、元の世界に帰って科学を勉強しなおしたら、すっかり定義は変わっているかもしれない。

 リグレット取り込み工作の一つである、マルセル・オスローの確保は失敗した、と報告があった。

 その男が戦場にでたという既成事実は欲しかったので、確保はぎりぎりにしよう、とのことだったのだけど、アッシュとディスト、二人を信頼……あー、信用、かな。することに問題はなくても、二人の部下までははっきりとしたことがいえない。
 ヴァンが離反したとき、神託の盾の半数が彼に付いて行った、と確かゲーム中では言っていた。
 つまりそれほど熱狂的な彼の信者は多いということ。

 ライナーなどは別として、ディストは人望で兵士を留めろ、と言うのはなんだか無理なような気がする。
 ディストの師団は、ディストがヴァンにくっ付いていかなくても、ヴァンが離反したときに半分以上いなくなるイメージがあるなぁ。
 いやいや、上司と部下の関係はきっちり築いてもらわなければ。

 下っ端が最高指導者より身近な上司に従うのは時代劇を見ていればわかること。
 暴れん坊将軍とか、遠山の金さんとか、下っ端の侍達は相手が直属の主君より偉くても、その主君が剣を引くかやられるまでは将軍様や金さんに刀を振り続けるのだ。
 確かそうだった、ような気がする……。

 時代劇、見たいなぁ。
 銭形平次と必殺シリーズが好きだった……。
 おばばとソファーの取り合いをしながら意味もわからず見ていた日々。
 私も幼かったな。

 とにかく、その事例に則るなら、ディストにも己の師団くらい把握しておいて貰わなければ困る。
 ゲームでも、下層の兵たちは最高指導者であるイオンを差し置いてモースやディストの命令に従っていたし。

 それにしても、リグレットを取り込めれば私の欲しい安心快適な老後まで十歩や二十歩はまとめて前進しそうだったのに、惜しい。
 神託の盾を率いているのはヴァン。ましてキムラスカ側は使えない。
 仕方が無いといえば無いんだろうけど、惜しまれる。

 ヴァンが戦場に出たことで、ダアト本部の方は手が薄くなって探索がしやすくなったと情報が入ったけど、戦場のほうはまったく駄目だった。
 そもそも、ヴァンの方は今回の戦争にマルセル・オスローを殊更に連れて行きたがっている節が有った、との報告もある。
 この戦いに勝てば教団を改革できる、とマルセルに吹き込んでいたところを目撃したスパイも居たらしい。
 マルセル・オスローもヴァンべったり。
 離れることがなかったと言うから、そもそもこれは駄目だったと言うことなんだろう。

 リグレットがこっちに付けば、それつながりでティアの教育にも手出しできるか、と思ったんだけど、そうそううまくはいかないと言うことか。
 ユリアシティは閉鎖空間だから、巡礼者の多いダアトなどと違って他の顔ぶれが混じればすぐにわかってしまう。
 偶然辿り着いてしまった、と言ういいわけが通用する場所ではないし、それが通ったとしても今度は機密保持の為に出してもらえなくなるか、あるいは敬虔な教団員である、と言えば帰ってこられるかもしれないが、二度と行くことはできないだろう。

 リグレットまで引き込めたなら、アクゼリュス辺りで決算できるかもしれないと思ったんだけど。
 アリエッタに関しては本編開始直後に秘策があるから、無理にでも使えないことは無いと思っている。
 これでシンクが拾えれば万々歳なんだが。
 ラルゴに関してはアプローチの仕方がまったく思いつかない。
 いい父親になれたと思うんだけど。
 今度アッシュに、『お父さん』と呼ばせてみるか?

 『お父さん、娘さんを俺に下さい!』

 面白そうだけど、知らない振りをされたら最後だな。
 そういえばまだアッシュに、ナタリアが王家と血のつながりが無いこと、父親が実はラルゴであることを伝えていない。
 ちょうどお客さんもひけたタイミングだし、忘れないうちに手紙を書いてこようと思う。

「ルーア、あそこの壁の穴、どうしますか?」

 立ち去りかけたところを呼び止められて振り返る。
 そこには、ブウサギランドが開店してからはじめて売れた展示商品、巨大ブウサギクッションの抜けた穴が……。
 ピオニーかジェイドでも寝そべれそうな空間の穴。
 あんまり売れないうちに触られすぎてぼろぼろに成り、一度入れ替えられた過去が有るという遺物だった。
 それが今日、売れたのだ!!

「ああ……どうしようか」

 一応店主だから、考えなくてはならない。
 ここ六年程、ほとんど入れ替わりのなかった景色が突然変わってしまったことに違和感を覚える。
 そしてあのクッション、恐るべき胴長のブウサギだったのだが、売れはしなくても人気はあった。

「似たようなの、入れられるかしら」
「では掛け合ってみますね」

 ブウサギランド、マルクト帝国皇帝陛下直営。
 食品以外のこの店の売り、ブウサギたちは、ピオニーの斡旋で回っている。

  











それ行け一般人。――35



 まあ、けっこうな失敗もあったけど、裏のラスボスへの道は着々と歩んでいる、と思う。
 最弱の裏ボスだ。
 きっとネビリム先生の前に立ったら風圧でぺちゃんこだ。
 自分の力だけでラスボスになれないのは悔しいところでもあるが、そこは譜術も使えず武術も中途半端にしか使えない一般人、仕方がない。
 ここまでなっただけでも万々歳だ。

 裏で糸を引く人間になろうと思って早幾星霜。
 と言ってもこっちの世界では三年に過ぎず、私の体感では六年にもなる。

 ジェイドのような特別老いを感じさせない人間を別にしても、私がもともといた場所よりも人の横の繋がりが強い世界、周囲と自分の時の流れの違いは強く感じるようになった。
 六年も見守っているのに三歳にしかならない子ども。
 出会ったときは同い年だったのに、気が付けば私のほうが年をとった外見をしている。
 20歳から26歳でカウントするなら、結構な違いが生まれる。
 成長期ほどあからさまじゃなけど、女としては肌の張りやツヤなんかも気になるところだ。




 アッシュとルークの研究については、被験者がここにいないのでなんともいえないといわれたけど、ローレライと大爆発するにしても、レプリカと大爆発するにしても、三角関係の二角が止まってしまえば何処と大爆発するのも関係ないだろう、とのお言葉を頂いた。

 人格的にはいただけないが、頭脳はある。
 頭脳の特化がイコールで人間的な成長に繋がらないことのいい例か。
 ジェイドのようなのは極端だとしても、結構世の中、そんな話は溢れているよなぁ。
 と、骨折で入院していた間、退屈にかまけてワイドショーばかりを見ていた記憶を掘り返して思う。

 高学歴を持つ人間には教養も高くすばらしい人間も確かに多い。
 けど、学歴の高さが人格を養っていない場合も侭ある。


 まだ死を何か薄膜の向こう側のことの様に感じているジェイド。
 いっそ深く考えることなんてやめてしまえばいいのに。
 普通じゃないならしょうがないよ。
 人と同じ普通に当てはめても判らないなら、当てはめて考え続ける意味が無い。
 ジェイドはジェイドのタイミングでそれを理解すればいい。

 ピオニーより長生きすれば、きっと理解できるさ。
 悲しくはなくても。


 逆にピオニーなんかは死と存在を深く、受け止めているような気がする。
 あの一見無邪気な振る舞いも、考えあってのことだろう。
 死が身近にありすぎたから、だからこそああいう人とのかかわり方をするのかもしれない。

 皇帝と言う身分に有るピオニー。
 その前も殿下、と呼ばれる帝位継承を争える立場にあった。
 帝位を継ぐという予言も秘されていたなら、邪魔と見る人間もいただろう。
 預言が秘されていたなら、支持者達は誰を支持すれば己の特になるのか、考えなければならない。
 ピオニー以外の兄弟を支持するなら、ピオニーは邪魔になる。

 誰かと言葉を交わした次の日には、自分か、あるいは自分と言葉を交わしていたというだけの理由で相手が死んでいる、殺される、と言うことも無いとは言えない。
 そういう事をピオニーに聞いた事は無いけど、似たようなことはあったと思っている。

 ピオニーのあり方は厳しいと思う。
 懐が深いから、多分ピオニー本人はもちろん、ピオニーと個で関わる人間も。
 まあ、私はほとんどマルクトと運命を一緒にしてしまったし、ピオニーも自分がこうしたいと言うことが見えているなら、どんな茨の道でもかまわないけど。


 不本意ながら運命共同体だ。
 死ぬときにジェイド一人じゃ寂しかろう。
 秘預言は潰す。
 けど、もしIFが成ってしまった時は、感謝も篭めて、三人で逝こうか。
 私も一人じゃ、寂しいから。

 ああ、でも、秘預言が成った場合の、キムラスカ側に病を持ち込む一人の男、のイメージが私の中ではずっとジェイドなんだよね。
 きっと疲れて気落ちしているんだろう。
 少し休息をとって、もう少し前向きに生きることを考えよう。
 ただでさえ、短い時間なんだし。

 無駄には出来ないと思いつつ昼寝は大好きなんだが。

 あれだ。
 初めのころは死なば諸共、みたいな妙な開き直りがあったんだ。
 緊張してない、怖くない、平常心、と思っていても、どこかでずっと変だったのだろう。
 それが気が付けば三年、体感ではほぼ六年近くこの世界で生き延びて、生活まで手に入れて、成功したり失敗したりしながら、裏工作に関してはほぼ指示だけとは言え現皇帝と皇帝の懐刀の協力を得てそれなりに色々やってきた。

 たとえ不審人物としてだとしても、拾われなければ結局は魔物に殺されるかのたれ死ぬかの結末を迎えていただろう当時の私。
 あの頃は無いにも等しかった私の命以外、人生以外、失うものなんてなかったんだ。

 それなのに、気が付けば感傷に浸る時間が短くなっていた。
 ポチや家族のことを考える時間が、こっちで共にいてくれる人々、監視と護衛の任務とは言え嫌な顔一つしないで体力もなければ技術も読み書きの知識もなかった私に付き合ってくれて、いまでは既に擬似家族のようにお付き合いしてくれている女性仕官の人や、ブウサギランドでフェイクも含めて働いている兵士の人たのことを考える時間に代わっていった。

 死んでもともと、と開き直っていられたのが、かなりの努力も重ねたとは言え思わず生きてしまったものだから、今更怖くなったのだ。
 失って怖いものを、私はまたたくさん、手に入れた。

 そして、着々と運命のときが、語られる物語の時が近づいている、と言うのも私の精神不安を呼び起こす一つの理由だろう。
 時間は待ってくれないことを実感する。
 ピオニーも地位と権力をフル活用して支援してくれているし、ジェイドも与えられた地位と権力をフル活用して対策に当たってくれている。

 時々会う二人とも、隠しているようで隠し切れない疲れを感じ取る。
 手に入れた立場を安定した地盤に為らす為、今が踏ん張り怒気だろう。
 議会を取り込むための工作はこれからが本番だ。

 そんな時、私はそっとウメの自家製リキュールにハチミツで甘味を足して水で割ったものを差し出す。
 こっちもおぼつかない記憶によれば、確か梅には疲労回復の効果があったような気がした。




 店のほうも、喫茶、だったはずなのに、夜間、お一人様グラス一杯に限り、と言う微妙な注釈付きで何時のころからかアルコールも出すようになっていた。
 アルコールもピオニーの斡旋だから、値も張るけど質もいい。
 ぐでんぐでんに酔っ払う、のではなく芳醇な酒の香りと味を楽しむ、ということに掛けては丁度いい感じだ。  







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