|
それ行け一般人。26〜30
26 27 28 29 30 |
|
それ行け一般人。――26
|
|
そういえば、死霊使いって、知名度の有り方からして敵、つまりキムラスカの人間から言われ始めたのかそれとも国内、マルクトの兵士達が囁き始めたのか微妙だ。 マルクトから始まった呼び名なら、国内の味方である人間からもそれだけ恐れられている、と言うことでもある。 いや、既に十分か。 国内でも死霊使い、国外でも死霊使い。 その名前一つ出れば相手の反応ががらりと変わる。 純然に凄いと思っておこう。 もし、と。 これは現在がこういう形である以上考えても意味のない例えば、の話だ。 ジェイドが、強くはあるけど、死霊使いと渾名されるような行動を取っていなかったら、一体どんな二つ名を付けられていたのだろうか、と。 死霊使いよりは人間らしい二つ名で、少なくとも彼の軍が死霊の軍隊? だったか死霊の軍団だったかと言われるようなことはなくなるだろう。 そして、何より敵国に行ってあそこまで恐れられたか、その名前を使うことによって状況を自分に有利にすることが出来たか。 死霊使いは、ゲームやっているときはカッコイイ、と思わなくも無かった。 けど、実際に戦争をやっているどうしがその名を聞けば、かなり不吉で陰気な名前だ。 死者の肉体を復活させて利用することのできる魔法なんかが出てくる話やゲームなんかであれば、有能な者の肉体は有用な手駒となるのが大方だ。 敵も味方も関係なく、あらゆる死者を利用する死霊使いという役職、えースキル? ……ジョブ! は、敵にしても味方にしてもかなり嫌なタイプ、と認識される。 死者を冒涜する行為、との謗りは免れない。 その上敵として対峙したなら、死者の軍隊と言うのはほぼ無限の軍隊を持つにも等しい。 五体ばらばら、灰にでもされない限りそもそも生きていない死者には痛みとか怪我とか関係ないし、その、まあいわゆるゾンビが殺した人間もまた死者であるからして、利用される恐れがある。 今日、現皇帝の子息のピオニーを除いた最後の一人が、戦に倒れたと報告が入った。 マルクト、グランコクマで、遺体が運び込まれ次第国葬が行なわれるらしい。 喪に服す青の都。 こっちじゃ関係ない話、なんだろうけど、私は気分的に店から肉類を使ったメニューを全て取り下げた。 なんちゃって仏教徒で、これもまたなんちゃって神教徒だから。 神を信じる、と言う点においてはかなりいい加減だと思う。 けど、私には習慣として、仏壇には生臭物を上げない、だとか、精進潔斎、だとか、清めの塩、とか言うものが身についている。 しなかったからといって罰が当たったりするものでもないだろうけど、しなかったら自分の気持ちがすっきりしなくて気持ちが悪い程度には身に染みている。 菜食の限界は見えているから、せいぜいやっても三日だろうけど。 国葬が行なわれるその日、預言通りに雨が降った。 降り止まない雨の中、多くの国民に見送られて滞りなく国葬は終わり、喪に服す街は静まり返る。 叩きつけるような雨が緩くなっても、今日は店に客も来ない。 窓の向こうの雨に滲む世界を見ながら、ふだんゆっくりとは出来ない店の雑用をこなしていた。 ちり……ん と静かにドアベルがなり、振り返れば。 そこには、雨にぬれたピオニーが憔悴した面持ちで一人、共も連れずに立っていた。 自分のために入れていた紅茶に少し多めにブランデーをたらしそのままピオニーに横流しする。 そのまま声を掛けずに裏に引っ込んで、兵士の人たちにピオニーの来訪を告げ、知らせを出しても構わないが少しの間、そっとしておいてくれないかと頼んでタオルを探し出す。 それをもってピオニーのところへ帰ったが、お茶に手をつけている様子は無い。 広げたタオルをばさりと頭の上から掛けても、自分で拭く様子も無い。 ぽたり、ぽたりと、しずくが落ちて、店内に水溜りを造る。 泣かないピオニーの代わりに、全身で泣いているかのようだった。 けど、そんな詩的なことを思っていられるのも数秒からせいぜい数分。 このままでは風邪を引く。 見る人が見たら不敬、とか言われるんだろうな、と思うものの、このままにもしておけない。 私は腹を括って手を伸ばした。 タオルを掴んで、身動きしないピオニーの頭を勝手に拭き始める。 ぐりぐり、わしわしと容赦なく。 優しくやるやり方、とか丁寧なやりかた、とかをするには経験値が足りない。 私が誰かの頭を拭いたことがあるのなんて、せいぜいで小さい時の妹の頭を、と言った程度だ。 そういえばもう少し大きくなってから近所の子どものプール遊びに付き合って拭いたこともあった気がしたけど、子どもは多少乱暴にやってもキャーキャー言って喜ぶだけだったから参考にはならない。 どうして言いのか判らないけど、とりあえず拭く。 今はこの手すら欲しくは無いのかもしれないけど、ここに着たのが運のつき、よ。 こんな姿になった人を放って置けるほど私は薄情者じゃないんだ。 出て行けなんて絶対言わない。 けど、ここにいるからには、この手だって離さない。 頭を拭いただけで吸水の限界を迎えたタオルを洗濯籠にいれ、新しい大判バスタオルを持ち出して途方にくれた。 頭はあれでいい。 勝手にぐしゃぐしゃと拭いていればよかった。 けど、体は? 服は水浸し。 けど、剥がす? と言う訳にも行かない、だろう。 どうしたものか。 迷い迷った挙句私はきっと、錯乱したのだ。 ピオニーの肩からタオルを掛けて、その上から私が覆いかぶさった。 絨毯の上に水をこぼしたときに、新聞紙をひいて上に立って吸水させるような、そんな気持ちでやったのだが。 ビクリと震えるピオニー。 タオルがピオニーの体から水分を吸い上げて、その水分は抱きつく私の服まで浸透してくる。 抱きしめたときに触れた肌は、氷のように冷たかった。 地位も、権力も、人望もあるピオニー。 そんな彼も、こんな時に行くことのできる場所のない人間なんだと思うと悲しいような、けど、心のどこか、醜いところで他人の不幸である現在のピオニーを喜ぶ自分がいる。 帰る場所が無いのは、一人ではないと。 ただの、錯覚に過ぎないだろう。 ジェイドはいない。 彼はまだ、戦場だ。 |
|
それ行け一般人。――27
|
|
あーんな事があったからって、それから恋に発展するか!? それは否である。 ピオニーの行動なんてそれこそ一過性のものだし、私だって生きるのに精一杯で恋愛なんてしている余裕も無い。 まして未来の皇帝のお妃様なんて面倒なの冗談じゃないって。 子どもが生まれたって、彼の妻としての立場じゃ、この世界の普通の人間と同じだけの寿命が有るか無いかもわからないような子どもじゃ、まともに皇子だってやらせられない。 短命だと判れば後に残るのは混乱だ。 自分の子どもをそんなことに巻き込みたくはない。 まして、ただでさえ、短命となる子どもを。 雑種強勢、と言う言葉もあるくらいだから、もしかしたら予想外に強い子供が生まれてくる可能性も無きにしも非ず、だけど。 ああ、そういえば、こっちでは私の世界出身者は私一人なんだから、子どもが欲しいならどっちにせよ種はこっちの世界のもの、か。 もしやこれって一種の異種婚姻譚? 狐とか、鶴とかほど明らかに人外、って訳ではないけど、肌の色が、髪の色が、と言ったものでは括れないほどの差異はある。 言ってしまうなら、異星人。 初めての外惑星文明との接触は、人型生命体でした、と言った話か。 異種婚姻、ってけっこう難しかった気がする。 ロバとウマを掛け合わせてラバ、と言う種の名称を与えられた交雑種を産ませることもあるらしいけど、そのラバがまたラバを生んで繁殖、と言う話は聞かないような気がした。 単純に異種婚姻のすえに生殖能力を無くしたと見るか、それとも結局は人の手により作られた生命だ。 人にとって繁殖させるだけの価値がなかったのか。 私の儚い記憶によれば、確か前者だったような気がしたが。 異種婚姻、というのは、可能性であると同時に高いリスクを伴う、とそういうことか。 どっちにしても私にはラバと違って選択の余地なんかないのだ。 もうど〜にでもなれ〜! 目下の思考は、手の中の手紙に集約される。 送った時よりも厚みを増した開かれた封筒――。 ああ、小憎たらしい!! 開く前に深呼吸。 よくよく自分を落ち着かせねばならない。 そうでなければまともに読めないか、勢いあまって手紙を引き裂いてしまう。 そうしてからゆっくりと、手順を追うように封筒を開き、便箋を取り出す。 私が送った便箋と、帰りに増えていた便箋。 まずは帰ってきた自分の書いた手紙を開く。 そこには、赤インクで添削された私の手紙が。 増えて帰ってきた手紙を開けば、そこには今回の手紙に関するコメントが。 ふはは、神経のか細い男じゃないかアッシュ。 幾らあんたより年上でこれからもどんどん歳を取っていくババアとは言え女の手紙にこれはなかろう! たしかに、最初に書いた手紙は短かったし、もう少し勉強してから読み返せば文法も繋ぎもおかしかったし、読めないことはない、って程度の子供の落書きみたいだったけど! 添削して返却はないんじゃないかと思ったものだ。 それが今では、一つの文句の付け所もないものを書いてやろうじゃないかと躍起になっている。 まあ、おかげで随分と文章は上達したが。 執念は力だ。 もう少しすれば正式な書類だって書けると思う。 今でも練習も兼ねて伝票は自分で書いている。 にっこり笑ってよく出来ました、と言ってくれた女性仕官の人を怨んだりはしない。 初めてにしては上出来、と言う意味ではしっかりとよく出来ましたのはなまるマークだろう。 子どもの落書きレベルとは言え、意味が理解できないほどではない。 まあ、しっかり書けるに越したことがないのは確かだけど、慇懃な手紙がそのまま相手の心にまで届くとは限らない。 おぼつかない字と文だからこそ、するりとアッシュの心の隙間に入り込んだのだと……思いたい、なぁ。 希望的観測の十や二十、抱かなけりゃやってられない。 もうすぐピオニーが即位する、と噂が最近広まっている。 片方が闘争的な雰囲気がなくなれば、幾らキムラスカでも無碍に噛み付き続けるのは対面的にも少し難しくなるだろう。 キムラスカには悪いが、ジェイドには今のうちに更に功績を積んでもらわなければならない。 ピオニーの即位が現実になるのなら、史実よりすこし早いような気もしないでもないけど、まあこの程度なら見逃されて然るべきだろう。 いや、見逃してくれ。 よく漫画や小説を読めば、介入者には世界の修正力や歴史の修正力が働いたりするらしいが、今のところそういったものを感じたことはない。 世界は世界のために有るのではないということか。 あるいは、今のところの私の手出しが、世界に何の影響も与えないと言うことか。 ぜひ前者であって欲しいと願うところだ。 ここは既に私にとっても私の世界。 傍観者でなんかいられない。 迷ってなんかいられない。 世界に弾かれたのか、世界に誘拐されたのか。 そんなこと知らない。 誘拐された先でポイと放り出されて、帰り方も判らないでその地で生きなければならなくなった。 両親も、兄弟も、親戚も友達も、家も歴史も、全てを一度に奪われた。 嘆きたいのに、自分がどこに居るのかを知ってしまえば、そこで自分が周囲に対してどんな生き物なのかを知ってしまえば、嘆く暇もない。 世界は待ってはくれないのだ。 そういえば、ここに来た時にはいなくなっていた斑ブチのポチは、一匹でもちゃんと家に帰れただろうか。 帰る途中で車に轢かれたりしていないだろうか。 家族は時々でも、私のことを、思い出してくれるだろうか―― |
|
それ行け一般人。――28
|
|
ピオニーの即位が早まりそうだと思ったけど、たいしたことはなさそうだった。 喪が明けるまでは慶事とか、全部お見送り、らしい。 明けたとしても、即位となれば一大イベントだ。 ちょっとやそっとじゃ終わらないだろうし、そもそも始まらないだろう。 だけど、ピオニーが即位するのとイオンのレプリカが作られるのと、どちらが先か、と危ぶんでいたけど、それに関してはどうやらピオニーのほうが先になりそうだった。 私が直接行っているわけではないから、なんとも言えない部分も多いけど、ジェイドたちを信頼するとして、まだザレッホ火山の監視からは目立って報告は無い。 無いならないに越したことはないのだけど、暑いところへ赴いている兵士の方には申し訳なく思う。 ぜひ熱中症に気をつけてくれ。 それと、暑さにとち狂った同行者に服を剥かれない様に。 つくづく思ったことの一つに、ここでの、今のジェイドは、死霊使いなんだ、と言うこと。 からかって遊べるのなんてピオニーくらいなんだろう。 戦場ではもっと怖い顔――そう、私に槍を突きつけていた時のような、あんな顔をするんだろうけど、それ以外では常にあの飄々とした、捉え所の無い、食えない笑顔で生きているんだろう。 ジェイド・カーティスという人間を知らず、彼と接する人たちにとって、彼はジェイド・カーティスである前に、死霊使い、なのだ。 ジェイド坊や、などと呼ぶつわものもいるが、それとはまた別にして、彼の内面に触れられない人間にとっては、彼は死霊使いの名のままに、恐怖と畏怖の対象、なのだろう。 少しばかり思ったこととしては、ちょっと本人を省みない偶像崇拝の気配も感じた。 まあ、ユリアを崇拝するよりは、ジェイドを崇拝してくれた方が行動が起こしやすいし、ありがたいんだけど、ジェイドなら知った上で徹底的に使い尽くすか、あるいはぺっ、ってな感じで吐き捨てそうだ。 おお、こわ。 人事じゃない。 だけどそんなことよりも憎たらしいのは、ジェイドの外見上にほんっとうに老いが見えないことだ! 暦が違うから、面倒くさくて正確に勘定するのはやめたけど、とりあえず数え年、見たいに新年が来たときに二歳ずつ、こっちに着た時の年齢に足して自分の年齢、として数えている。 昔の日本が、生まれて一歳、元旦を迎えてまた一歳と数えていったように、大晦日に生まれて元旦を迎えると新生児が既に二歳、みたいな勘定になってしまっって、数字だけを挙げればだいぶん不本意な数になった。 そして思うことは、私がきちんと老いている、と言うことだ。 不安的中。 トリップものって、行った先では成長が止まったり、そっちの時間に合わせて成長したりするもんじゃないのかい? 世界が変わっただけで自分が変わっていないんだからそもそも無理か。 私自身には特殊設定は無い。 ゲーム中には、全身で音素の流れを感じるのよ! みたいな台詞があった気がするし、さすがマルクトの兵士の方々だけあって、私の側にいてくれる人々はみんな、譜術が使える。 店が意外と人気になったり、二十四時間営業なんて無理を言ったりしたせいもあり、紆余曲折を経た結果としてどうやらシフト制になったらしい私の監視と護衛の任務。 シフト制であるから常にいるわけではないが、その中にはひとり、第七音譜術師の方がいて、初めのころにいちど、接骨が不安だった足に譜術を掛けてもらったことがある。 効きが悪いと驚いていた。 私の体にもまったく音素が無いわけじゃないんだろう、と思う。 音素と言うのは共鳴するもの、らしいから、共鳴するものがまったく無いのであれば、恐らく効果は無いはずだ。 それが効くという事は、微少でも体内音素はある、あるいは取り込んでいる、と言うこと。 けど、それが、この世界の人間と同じようにフォンスロットから取り込んでいるのかどうかもわからない。 もしかしたらまったく違う代替器官がこの世界で言うところのフォンスロットの替わりに少しずつ音素を取り込んでいるのかもしれない。 目、口、鼻、腕、足、指は五本。 一見した限りでは違いは判らない。 第七音素による癒しはごく僅かであっても効果があった。だが、私自身は譜術は使えない。 第七音素による癒しはそれ以来受けていないし、あまりの効きの悪さに怪我はするな、と耳にたこが出来るほど言われた。 気を使ってくれているんだろう。 心配されているのなら、どんな意味があろうとも悪くは無い。 日々の訓練と仕事ととで、体力はしっかり回復したし、骨折する以前よりなおさらある。 女性仕官の人や、兵士の人たちに協力してもらったから、成果がなかったら顔向けできない。 筋肉が落ちて太さの違ってしまった歪な足も元に戻るどころか以前より筋肉質だし、ダンベル代わりに振っていた木刀はいつの間にか本物のレイピアに変わっていた。 本物の軍事訓練には及びもしないが、グランコクマ周辺の魔物を相手に、何度か実戦もさせてもらった。 もちろん、きちんとした軍人の人たちの監修の元で。 風も引きにくくなったし、実に健康なのだけど。 ジェイドや、ピオニーがぜんぜん変わらないのに、私はその二倍速で彼らの姿に追いつこうとしている。 そして、追いついたら今度は追い抜いてしまうんだろう。 ここに来た当初、見ない振りをしようと蓋をした問題が、時間の経過と共に姿を現してくる。 知りたくない、見たくない。 死にたくない!! どう足掻いても、ただ一人、孤高の異邦人なのだと、思い知らされる。 成長期ほど変化はあからさまではないとはいえ、少し観察眼を持っていれば何かがおかしいことに気がつく人はいる。 常に側に居てくれる人々は、気がついてしまった人も、どうやらいるようだった。 ジェイドのように、まったく気にしない態度の人もいるが。 結局ブウサギランドに表から現れることはなかったけど。 似合わない自覚くらいはあるんだろう。 そろそろ、アニスがモースに拾われるか、すでに拾われただろう頃のはずだ。 幾らなんでも軍に引き込んだばかりの子どもを導師守護役にできるとは思わない。 多少の訓練期間は必要だろう。 イオンのレプリカが作られるまでに。 アニスに手を出すのは他と比べれば割と簡単なほうだと思っている。 が、アニスがスパイにならないと、後々どういう展開になるのか、読めなくなる。 アニス以外が導師守護役となった場合、それがどんな人物であるのか、どんな過去があるのか、どういった思惑でモースに与するのか、裏を取る手間がかかる。 しかもそれが正確であるとは限らない。 アニスには悪いが、きちんとアニスがスパイになってくれる事を祈るばかりだ。 今日も頭を捻って報告書と対峙する。 今日はごく稀にくるルークのほうの報告が入ってきた。 どうやら子育ては大変らしい。 ピオニーが帝位についたら、二人が会える様に一度お膳立てしてみるのもいいだろう。 会話なんてなくても、ただ互いの存在を知らせるだけでかまわない。 何かが変わるか、何も変わらないかはその時次第だ。 先は読める方が安心できるが、手を出すからにはどんな些細なことでも不確定要素になる。 その報告書を丁寧に金庫にしまって、日課のアッシュに赤点を付けられない手紙の書き方を考える。 何枚も書いて、推敲し、破棄して書き直し、それを繰り返してこれだ! と思える一枚を常に送ってはいるのだけど。 未だに手紙の赤が消えることが無い。 |
|
それ行け一般人。――29
|
|
帝都が喪に服す間、客足の落ちていたブウサギランドだったが、喪が明けてからは順調に客足を取り戻し、最近ではお祭りムードだ。 着々と準備も進み、ピオニーの帝位継承、つまり皇帝への即位も、すぐそこと目されているらしい。 らしいらしいばかりだが、噂ばかりが先行しているようで、ジェイドや、肝心のピオニーも正式な日取りなどはわからないと言っていた。 まあそれでも、内部での準備は進みつつあるらしい。 ここに家を得てから、宮殿はもちろん軍部にも近寄らないでいる私だ。 中身がどうなっているのか、などと言うことはそれこそ聞きかじりでわからない事だらけだ。 ピオニーが即位したときにはパレードが行なわれるらしい。 パレードの警備計画の話などを時々耳にして、大丈夫なのかと尋ねたことがある。 こんなところで、わたに聞こえるように話していても、と。 彼らの答えによれば、周囲の目や耳に関しては、よほど安全性が高いと言うこと。 それについては納得する。 なら私の耳は? と尋ねれば、私の自覚はともかくとして、一応二十四時間の監視体制が引かれている、かららしい。 申し訳ない、とまで言われてしまった。 他言するつもりも無いでしょう? と言われれば確かにそうだ。 だが機密とはそういったものではないのでは? と言えば、先に言った監視体制と、ジェイドの許可があるらしい。 止めに、理解できますか? と言われた。 No sir. パレードの警備計画など漏れたらそれこそ大変だと思うのだがそこのところの認識はどうなんだろうか。 などと言うのは杞憂で、そもそも漏れようが無いらしい。 それこそ私の耳でも目でもあって困ることは私のいる範囲では話さないとの事。 思い返してみれば確かにそうだ。 その辺の事に関しての重要な情報は与えられていない。 欲しくも無いが。 情報が欲しくないのはそもそも厄介ごとに巻き込まれるのがイヤだから、なのだが、よく考えてみれば既に遅いのかもしれない。 私が知らないことを、私を狙っている? 人々もまた知らないのだ。 何事も無いことを願う。 近頃は私の記憶を頼りに、まずはマルクトのものだけでも、とセフィロトとパッセージリンクの確認に人を派遣て欲しいとの要望に、人を派遣したが、やはりダアト式封咒が邪魔で内部までの確認は出来なかった、と報告があった。 そのうえ、やはりロニール雪山には手出ししていないとの事。 ジェイドが二・三人いなければやはり厳しいか。 いや、譜術のほかにも、時間稼ぎに前衛も必要だ。 山から魔物が下りてくることがめったに無いというのなら、ケテルブルクとしてもそう急いで対処するものでもないのだろう。 ダアトに信者として潜入しているほうからは、信者のために新設された図書館ではなく、古いほうの図書館もを発見したとの報告があった。 一度全部ジェイドの検閲を経ているから、何処までの情報が私の手元に入ってきているのかは正直不明だけど、禁書の類も発見した、との話。 地殻の振動停止装置を作るための記述のある本の発見も少しは期待できるかもしれない。 もし、もう少し早くセフィロトの暴走を止められれば、もう少し早く地殻の振動を止めることができれば、外郭大地の降下は行なわなくてもよかったかもしれない、といったことを確かゲーム中ジェイドが発言していたような記憶が有る。 今は、その先にどういった意見に変わったのか、あるいは変わらなかったのか最終的なことは思い出せないし、以前に書き記したノートを見ても判らなかった。 最近は記憶も薄れてきてノートに書き足すこともなかなか見つからないのだが。 セフィロトの暴走を止められても、どちらにせよパッセージリンクの稼動限界は二千年。 耐用年数は過ぎている。 もし、あの時チャンスを逃して外郭大地の降下を行なわなければ、未来に負の遺産となって残り、もしかしたらその頃には本当に打つ手がなくなっている可能性もある。 だけどあるいは、余裕があれば、ティアと、その子供、と言う風に、二世代にわたってユリア式封咒を解咒することによって、個人の負担を減らせる可能性はあるのでは、と思っている。 子どもにまで負の遺産を残し、負担を負わせることになるが、命の危機、と言うリスクは減るだろう。 ただその場合、ティアが子どもを産まなかった、あるいは子どもができなかった、と言った場合、計画そのものが破綻する。 二世代にわたる計画を練るよりは、やはり体内瘴気の浄化法、あるいは除去法に関して研究するほうがいいだろう。 瘴気問題とは、たとえローレライを解放し、パッセージリンクを止め、大地を降下し地殻に瘴気を封じ込めても。 一度起きた問題だ。 また何時復活するかもしれない。 どこかに溜まった瘴気に当てられる人がいるかもしれない。 成果のほどについての報告はまだ無いが、そういう方向の研究はしている、との知らせはあった。 ピオニーが帝位につけば、ジェイドに皇帝勅命を行使できる。 皇帝勅命を受けたジェイドが上手くディスト――彼らの間ではサフィールを説得、なのだろうか? ジェイドの手にかかると説得と言うよりは騙しこんで丸め込むイメージのほうが強くて困る。 とにかく彼を引き込むことが出来れば、彼は譜業の天才。 天才であることは間違いないと思う。 その譜業の天才の技術も借りられれば、そのうちに完成するのではないか、と希望的観測を抱く。 体内瘴気、汚染された第七音素の除去方法として、とあるレプリカが自分の消滅の際に自分の第七音素に相手の汚染された第七音素を吸着させて、諸共に霧散したことも伝えてある。 そういう事例があった、と言うことだ。 ジェイドにとっては既に忌々しいだけのフォミクリーなのかもしれない。 だがフォミクリーの応用で、体内瘴気の除去が出来るのではないか、と示唆はしてある。 全ては所詮技術に過ぎない。 全ての技術は生まれるべくして生まれるもの。 否定は出来ない。 ようは使いよう、なのだ。 戦争と破壊にしか使えない物も生まれることはある。 だけどそれは、その開発者が開発しなくても、いずれ、誰かが作り出しただろう。 かの学者、アインシュタインが為した功績は大きい。 手元に資料が無いのでなんともいえないが、彼がいなくては今の物理学は無いとまで言われていた、ような記憶がある。 あるいは他の学者と間違えて記憶している可能性もあるが、今の物理学は無いとしても、百年後であってもそうなのだろうか、と言うことだ。 そのときに生まれなくても何時かは生まれる。 その何時かわからない何時かがそのときに来ていたというだけのこと。 文明ともども技術は衰退することが度々有る。 このオールドラントも間違いなくそうだろう。 二千年前の技術を、そのまま伝えるもの、自ら作り出し使えるものなどもういない。 残された音機関も、既に過去の遺産だ。 興隆と衰退を繰り返す中で、生まれない可能性のあるものなど何一つとしてない。 フォミクリーの技術、レプリカを作る技術だってそうだろう。 ジェイドが生み出さなくても、誰かが、いつか生み出しただろう。 彼もまた、目に見えない何かに翻弄される一人の人間にしか過ぎないのだ。 |
|
それ行け一般人。――30
|
|
日々これ平穏、のぞむところ。 毎日はあわただしく過ぎ去って、そしてとうとうピオニーの即位式の期日が決定された。 そしてあっというまに日々はすぎ、華々しい戴冠式が行なわれ、前皇帝がピオニーに対して帝位の譲渡を宣言し、ピオニーが皇帝への就任を宣言した。 預言に対する依存度を下げる、教会との縁を薄くする、といったところでいきなり断ち切れるものでもない。 戴冠式には大詠師モースが導師イオンの名代として出席したらしい。 そして行なわれるパレード。 その間私が何をしていたかと言えば。 外の喧騒を聞きながら、店は臨時休業に。 今日はアッシュへの手紙を推敲する暇もなければ剣の鍛錬をつける時間も無いだろう。 ブウサギ好きのピオニーが即位したのだ。 店のメニューからブウサギを使った品物を全て取り下げ、メニュー表も全て書き直し。 全て終わらせるのには三日はかかるだろうと言うのが当面の見方であり、その頃には多少街の熱も醒めていて欲しい、と願う。 お客さんには悪いけど、総合で一週間は、休業日、としようと考えている。 自分への久しぶりの休憩も兼ねて。 何かいい考えも浮かぶかもしれないと言う希望も篭めて。 最近考えが煮詰まっているのが自分でもわかるのだ。 その一週間後。 最後の休養日に奴等は現れた。 「綿密な連絡は確かに必要だと思うよ。けど、なんか、暑苦しくないかな」 背はでかいしそろって存在感はある。 鍛えられた体はきちんと面積もある。 軍人特有の圧迫感、とか、皇帝特有の圧迫感、とかを感じるのだ。 二人と比べると私もたいそう小さくなる。 どーん、と構えられるとなんだか店の中が狭くなったように感じるのだ。 それに、初めてこいつ等に会ったときの恐怖を――相手の機嫌を損ねただけで、相手が少しその気になるだけで、簡単にくびり殺されると思ったあの恐怖を思い出す。 「そうですか? いや〜、いつもその暑苦しい軍部にいるので良く判りませんね〜」 「何を言う! こんなに、こんなにかわいいブウサギたちに囲まれた空間をあんたは暑苦しいって言うのか!!」 あとのほうの意見は少し論点がずれている気がした。 暑苦しいのはブウサギじゃなくてあんた達二人だ。 私もすっかりブウサギに毒されている。 ブウサギランドもなれりゃ悪くない。 まあ、それでも美味しく頂くが。 ジェイドは確かに、男二人集まった程度では暑苦しいのあの字も出ないような男だらけの巣窟を勤務場所としているのだから今さらだろう。 ピオニーのほうも、近づいてくる女性が少ないと言うわけでは無いだろうが、警備の兵士はもちろん男だろうし、側近も男。 ピオニーのほうは空間が広いだろうからあまり暑苦しさは感じないかもしれないが……ピオニーとジェイドと言うことで考えるなら、ピオニーはジェイドの執務室に巣を構えるくらいだったか。 幼馴染でも有るし、ピオニーのほうが邪険に扱ったからといってへそを曲げるような性格はしていない。 払っても払っても着いてくるなら無視するのが一番、などとジェイドなら妙な悟りを開いていそうだ。 放置が一番で慣れているなら、まあ互いがいてももう暑苦しいともめったに思わない……のだろうか? 「それで? ジェイド、あんた自分がここに不似合いなのぐらいわかってるでしょう? 今日に限ってどうしたのよ。ピオニーも、こんな忙しいときに、こんな場所に来ていていいの?」 「そうですよ〜? 陛下。忙しいんですからさっさとしてください」 そのとき、微妙にピオニーの表情が変わった。 ジェイドも気がついていないわけでは、無いのだろう。 葛藤するピオニーの心がわかるわけではなかったが、その葛藤を推察することは出来た。 自分の中にわきあがった感情に素直に。 いつも世話になってるし、少しぐらいなら恥ずかしい奴になってやろうじゃないか。 「人は名により存在を得るにあらず。なれど名をより所とするものなり」 「……とつぜん、どうしたんだ」 「名前を捨てたものから、名前を失うものへの小さな餞別」 苦笑するピオニー。 私は私の名を捨てて、いいえ、捨てたわけじゃないけど、自分の意思で隠して新しい名前を自分にかぶせた。 『ルーアッシュ』と。 けれどピオニーは、その立場に立つことすら預言に読まれ、そして名前を失うのだ。 ピオニーでなくても構わない。 これから彼は、マルクト帝国皇帝陛下、と――なる。 名前を隠した私、名前を捨てさせられたアッシュ、名前を与えられなかったルーク、そして名前を失うピオニー。 私も含め、それぞれに名前と言うものには強い思い入れがあり、時に個の、存在のよりどころとする。 名前一つと侮るか。 けど言霊信仰は世界各地にあり、誠の名を生涯隠し続けると言う風習を持つところも珍しくなかった。 たかが名前、されど名前。 転換を迎えるものにとっては生涯振り回されるもの、なのだろう。 「臣下と欲するなら死ぬまでの忠誠を誓いましょう、陛下。友と欲するなら、永遠の友愛を誓うよ、ピオニー。それ以外はまあ、面倒だけど、欲しいなら皇帝就任祝いの出血大サービスだ。言ってくれれば叶えよう。まあ、わたし程度臣下の列に加えたところで、どれほど使えるか知らないけど。昔友人にされた私の評価は生真面目な怠け者、らしいよ?」 苦笑の色を強く滲ませて、声を上げてピオニーは笑った。 ディスト辺りなら皇帝だろうが陛下だろうがピオニーはピオニーだろうけど、確実にジェイドは名前を呼ばなくなるだろう。 呼んでも、ピオニー、の後に陛下がつくようになる。 普通私がこんなことを言ったら不遜、って事になるんだろう。 けど、あの雨の日、行くところのなかったピオニーがやってきた場所としては、これくらい自惚れてもいいんじゃないだろうか。 「まだ公式書類の書けない人間なんて、臣下としちゃ使えないよな? ジェイド」 「そうですね〜。陛下にはあなたより有能な部下がたくさんいますよ」 「と言う事らしいんだがルーアッシュ」 「何時如何なる時も、わたしはあなたの友だ、ピオニー。風の王であるあんたをこの大地に繋ぎとめる何かに、私もなれたらいいと思うよ」 |