それ行け一般人。21〜25

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それ行け一般人。――21



 集合住宅でも、庭はある。
 というか、建築物と舗装の隙間にたまった塵と砂。
 ここに何か育てられないだろうかと思案していると、ぬぅ、と陰が覆いかぶさってきた。
 ビックリして振り返れば、そこには太陽を背にした黒い影。

 実は青いんだけど、気分的に真っ黒。

 こ、怖い……。

 186の身長を存分に利用して脅しつけている。
 ピーカンの空が今にも暗雲を孕みそうだし、整った容貌、って言うのが冷たく笑うとすっごい悪人面。




 腹黒陰険鬼畜眼鏡――




 ああ、そうか。
 これなんだなぁ、と現実を見たくないあまり諦観していると、「ルーアッシュ」と名前を呼ばれて見ない振りも出来なくなった。
 ひっそりこっそり部屋に帰ろうとしているのがばれたんだろうか。

「何の用? ジェイド」
「いえ、特に用事と言うほどのものではないのですがね」
「ならとっとと帰りなよ。こんなところで油売っていられるほど暇じゃないんだろう?」
「ちょっとあなたにお渡ししたいものがありましてね」
「うわ、力いっぱい受け取りたくないんですけど」
「まあそう仰らずに」

 言ったジェイドの顔は、胡散臭さ120パーセント。
 一体彼の身に何があったのかと、不本意ながら不安になる。
 でもきっとあれに頷いたら実害をこうむるだろうと頑なに拒む返事をした。
 だと言うのに。

「まあそう仰らずに」

 語尾に何か幻の記号が見えそうな声だった。

「せっかくあなたのために殿下が用意してくださったんですから、きちんと受け取ってくださいね? ルーアッシュ」
「な、何を?」
「もちろん」

 もちろんなんだと言うのだろう。
 全然心当たりが思いつかない。
 殿下。
 つまりピオニーが私に用意したもの?
 そのせいでジェイドが内心のマグマを煮え立たせるようなもの。
 なんだかさっぱりわからない。

「これです」
「はぁ?」

 間抜けな返事になるのも仕方が無いだろう。
 それは差し出されたジェイドの手のひらの上で、今にもブヒ、と鳴きそうなくらいに精巧に作られたブウサギの彫刻。
 土産物屋に売られている小型の木彫りの熊くらいの大きさだ。

 でもそれがどうしたって、なんだか見覚えがあるような?

「残りはあなたの店に返しておきましたから、あとはどうぞご存分に」
「ああ? ……ジェイド!」

 意味に気が付いて追いかけようとしたら、ダッシュで逃走された。
 もともと早歩きされた程度で追いつけなくなるのに、これじゃ絶望的だ。
 あっという間に遠くなる背中に見切りをつけて、私はことの真実を知るために、私に与えられた店へと駆けもどった。

 傍から見れば、これでようやっと早足程度かもしれない。






   辿り着いた私は愕然とした。


 ヌイグルミ、編みグルミ、マスコット、コットン人形に木彫りの象、陶器細工、吊るし人形、エトセトラ。
 ブウサギマークの引き剥がされた壁紙に、ブウサギマークのインテリア照明。

 どれもこれも見覚えが有るはずだ。
 それは、つい先日この部屋に設置されつつあったブウサギランドの住人達。
 まあ、返品したときには壁紙は破れていなかったし、使われた痕跡もなかったことから考えれば、この引き剥がしたあと、もしかしたらジェイドの執務室が一度ブウサギランドになったのかもしれない。
 返品したブウサギたちがどうなったのか、知らなかったんだけど、まさかこう言う事になっていたとは。



 ジェイド外出中にかってに室内改装。
 帰ってきたジェイドに力技で引き剥がされる壁紙――その背後には暗雲を背負い。



 どうしてだろう、見たわけでもないのに情景が浮かぶ……。
 兵士の人たちも、苦笑の中に諦めが見えるような、そんな感じで力なく笑っている。
 私は思わず手の中のブウサギの彫り物を見た。
 室内は、初め送り込まれた時よりもブウサギの数が増えているような気がする。
 私も確かにブウサギはかわいいと思う。
 私の世界でもミニ豚とかはペットになっていたし、豚の性質を継ぐなら綺麗好きのはずだからペットとしては問題ないとも思っている。
 けど、かわいいのは子どもの時だけだ。

 大きくなったブウサギは、食用家畜の名に恥じず、大きい。

 どうしてくれよう、この虚無感。

「あ、あはは……」

 ことり、と手にした生き生きとしたブウサギの彫り物をデスクに置いた。
 覚悟を決めろルーアッシュ。
 そう、今日からはここをブウサギランドとして生きていくことを!!




















 結局私は、ブウサギグッズの販売に、長く居座る客のために喫茶スペースを設けた店にすることにした。
 そうバカバカ売れるとは思えない商品ばかりだし。

 店の名前ももう決めた。
 なんだか色々めんどくさくなったともいえる。
 日常を取り戻すだなんだと豪語しておきながら、結局はこの体たらく。




《ブウサギランド》




 もうこれしかないでしょ。
 そんな気分だ。
 寄り付くのはピオニーくらいか?
 はん、むしろ好都合さ。



 なんだかんだといってみても、自分で店を持つと言うことに少なくない憧れを持っていた私。
 粉々に砕け散った。
 こんなもんさ。




 話に聞くところに因れば、ジェイドはこれから軍を率いて戦場に向かうのだと言う。
 私は彼が生き延びて、物語の始まりのときに関わるのだと知っている。
 けれど、私は彼が生きて帰ってくることを祈った。

 初めてのことだった。
 言葉を交わして、喧嘩もどきの憎まれ口を叩き合って、この世界では交友の関係が狭く、重大な秘密を共有しあう彼は隣人にも等しく、そういう人間が明日をも知れない場所へ旅立つと言うことが。

 それからしばらくは、ジェイドはこの恐るべきブウサギランドへやってこなかった。
 いつも側に居てくれる、けれど決して過干渉、と言うわけではないので、最近あんまり監視されていると言う自覚が薄くなってきたけど、多分観察し続けているのだろう女性士官の方を通して、事の成否や、準備が出来たことについて知らせを受けて、書面で修正案を出したり、意見をすり合わせたり。
 手紙が送られてくる限り、ジェイドは生きているのだとわかる。
 けれど、こんなに不安な日々はなかった。

 戦争が、こんなに怖いものだなんて、知らなかった。





 次にあったとき、ジェイドは中佐の階級を引っさげていた。











それ行け一般人。――22



 ピオニーのマルクト帝国帝位継承に関しては、裏で皇帝を突っつきつつ実権を握りながらも、継承時期は私の知る本編に習うことにした。
 数多の死に関わるから知らされていないが、帝位継承は預言に詠まれているはずであると考える。
 隠されているだけであり。
 モースの介入を嫌っての判断だけど、実際のところモースはあまりマルクトと言うものを気にしていないような気もする。



 未曾有の繁栄のために、いずれキムラスカと争い滅ぶ国であるから、か。



 本当にモースがもう目も向けなくなっているなら、ぜんっぜん気にすることも無いんだけど、預言以外の事が起こったということで目を付けられてもつまらない。

 今はともかく、ND2018、物語の始まる年には、モースはマルクトに向ける意識を失っている、という気はつくづくするけど。
 逆に言えば、キムラスカとは懇意になりたくて仕方がないだろう。
 公爵邸を襲撃したティアに何のお咎めも無しなのか?
 と言うのが昔は少し気になっていたけど、恐らくは教団とインゴベルドが裏っ側で取り決めたのだろう。
 政治的取引? てやつ?
 アクゼリュスに彼女とその兄を送ることで、それをチャラにすると。

 アクゼリュスは、死地だ。
 そこに送られる、と言うことは、送られる本人はともかく崩落の預言を知る者たちにとっては事実上、死刑宣告をしたに等しい。
 消極的な死刑、とでも言うか、まあ、あっちの認識は変わらないだろう。
 モースはヴァンの奴が崩落後も生き残る可能性は考慮していたかもしれないが、そんなもの、口にしなければ魔界やユリアシティを知らない――多分知らないインゴベルドにはわからない。

 一応軍部の最高責任者もモースみたいだし。

 タルタロスの襲撃だって、いずれ滅ぶ国だから、と言う理由であんなにずさんな襲撃だったのだろうと思う。
 ずさんもずさんだ。
 マルクトが和平の申し出を行なうとモースは知っていた。
 マルクトが、セントビナーやエンゲーブ、そしてグランコクマも、今すぐにでも戦争! と言うほどの武装を始めていないことも知っていたはずだ。

 アクゼリュス崩落が詠まれた預言の年の終わりまでもうあとわずか。
 今ならマルクトにいちゃもん付けられても――いや、マルクトからすれば正当な主張だけど、まあ文句付けられても、すぐにアクゼリュス崩落で、キムラスカは開戦準備完了。
 ダアトの師団も含めて戦えばなんと言うことも無いだろう、と。
 そもそもマルクトの敗北は詠まれている訳だし。
 死霊使いと恐れられるジェイドも一緒にアクゼリュスに送り込むことが出来て万々歳?

 あいや、まて。
 モースには、ジェイドたちを邪魔する理由が無い。
 まして、六神将の襲撃はモースの意思か?
 違うだろう?
 イオンを伴った行動から見ても、恐らくはヴァンの意思。

 なら、モースもヴァンに利用されている?
 アニスがモースに洩らした情報は、そのままヴァンにも流れていたと見て間違いないだろう。
 そう、モースには、彼らを邪魔する理由が無い。ないのだ。

 王国側も領土と主張しているとはいえ、現行どうやら帝国の領土として扱わざるを得ないアクゼリュスへ人を、まして王位継承者であるルークを送るには、帝国側の許可が必要だ。
 そこへやってくる死霊使い。
 皇帝の懐刀。
 そのうえ、もって来る話はアクゼリュスへ人を派遣して欲しい、という美味しい話。

 アクゼリュスは、間違いなく帝国側の外交カードだ。
 ぶっちゃけ王国側の反応を見るための捨て駒だろう。
 あの時点では、瘴気障害の治療法はなく、帝国側から救助を出しても、生まれるのは一万人の難民だけ。
 瘴気障害が発生した人々は結局じわじわと死んでいくしかない。
 治療法が無いのだから。

 瘴気噴出、という、もうほとんど採掘できる意味がなくなった都市。
 ある意味、そこを領地と主張するキムラスカに押し付けたことになるのか?
 えーっと、国際問題ってどんな問題だったっけ。
 確か私の国にもそんな問題があったはず。
 領土返還! ってやつが。
 ああ、教科書欲しいなぁ。
 もっと勉強しておけばよかった。
 つか、ピオニーってやっぱり黒いなぁ。
 しっかりきっちり為政者だ。

 しかもあんなふざけた事ばかりしているのに、並以上の為政者だ。
 彼と彼、ピオニーとジェイドの頭の中では私の話した事をもって、もっと色々と深く物事が考えられているんだろう。
 私はその片隅に居るに過ぎないのだ、きっと。

 ま、存分にやるだけはやりますけど。
 アクゼリュスのことは、まあはっきり言って彼らがどんなに頭を捻ってもしょうがない気がするし。
 瘴気障害が発生する前にさっさと逃がす、それが一番かな。
 どっちにせよティアの為に瘴気障害については研究してもらいたいけど。

 ああ、私凡人でよかった。

 ジェイドがタルタロスを乗り回していたのも、外交の一手段だとは思う。
 陸艦だけど、水にも浮ける。
 襲撃されて奪取されなければ、港から入るつもりか、あるいは、といったところか。
 ま、王国領のシェリダンで造った陸艦で、というあたり微妙に情けないけど、私の世界でもよくやっている国はある。
 まあ、脅しの外交だ。

 むかし日本もペリーと黒船にやられていた気がするし。

 おお?
 今まで私、和平の使者にジェイドイコールで死霊使いっての最悪じゃない? とか思っていたけど、脅し系の外交手段なら別段悪くないのかも。
 ゲーム中でも死霊使いの名前が百歩先走っている気もしたけど、事実ジェイドはその名前で乗り切ってきたわけだし。

 この死霊使いが何の対策も立てずに乗り込むとお思いですか?
 だったっけ。

 死霊使いの名前には、無策の裏を読ませないだけの力がある、と言うことか。
 それを顔色一つ変えずにやれるから凄い。死霊は顔色変えないしね。
 凄いタヌキだ。あ、間違った狐だ。
 化け狐だ。

 白面金毛九尾の狐?

 モースもねぇ。
 まあ、最終的には、彼も憐れなんだろうけど。
 和平を結んだ時には、後ろ暗い裏取引とかみんな、表面的にはなかったことにしているし。
 預言に従って、か、預言を知らずに、かは知らないけど、みんな後ろ暗いところは抱えている。
 国家としても個人としても。
 それをまあ、モースを戦争を煽った人物、として断罪することで終わりにしましょう、って話なんだけど、同情しかねる人物でもある。
 事実、彼は預言が言う繁栄のために、世界の半分を殺す気だったのだから。

 予言と言う免罪符を捨てたら、彼には何も残らない。

 だから尚更、憐れに思っても同情しにくいのだろうか。











それ行け一般人。――23



 つい先日、アッシュに接触を図ることに成功したという報告が入った。
 キムラスカに居場所が無い、とか言ってみたところで、結局最後までヴァンに従属することはなかったアッシュ。
 マルクトからの接触でも、他言することは恐らく無いだろうとは、思っていたけど。

 その知らせを受けて、私はアッシュと言う者についてもう少し考えてみた。

 アッシュはローレライの完全同位体。
 ルークにとってはアッシュがオリジナルだけど、アッシュにとってはローレライこそがオリジナルであるレプリカ、なのかもしれない。

 同位体があわせて三体。
 大盤振る舞いだなローレライ。

 ルークとアッシュの大爆発現象は、同調フォンスロットが直接か間接的な原因になっていると思っていた。
 けど、ルークの方にはまったく症状の無いまま、アッシュの方は自覚症状も著しく音素乖離していた。
 確か、そんな事を言っていた。
 体がフォニム化していく恐怖。

 あるいはアッシュは、初期の段階においてはルークとのコンタミネーションではなく、ローレライとコンタミネーションを起こしていたのでは、無いだろうか。

 ルークは同位体のレプリカとしてとても安定していたように思える。
 ジェイドは、生物レプリカの場合、オリジナルへの異常はごく数日以内、せいぜいでも十日以内に現れるようなことを言っていた。
 それが、七年もどちらも異常なく完全に孤立して存在できた二人。
 レプリカとしての存在が安定していたことは間違いないだろう。

 やはり、ここはローレライとのコンタミネーションを疑った方がいいのだろうか。
 ヴァンがローレライを封じてからは、アッシュもそれなりに余裕、というか、それ以前ほど追い詰められているようには見えなかった。
 ツンデレだし、この判断も微妙だけど。

 大爆発の本質がオリジナルの音素が乖離してレプリカに取り込まれて、レプリカは記憶のみを残してオリジナルに上書きされ取り込まれる。
 という、この理論で行くなら、フォニム化してローレライに取り込まれていたアッシュ。
 もしかしてローレライを上書きしていた?
 アッシュ=ローレライ?

 もしそうだとしても、あらゆる過去と未来を見るローレライとなってしまうなら、人間としてはもうおしまい、だね。
 きっと発狂する。
 そんな気がする。

 ローレライと大爆発に伴うフォニム化、止められる、のかな。
 封印術で。

 ヴァンにローレライを封じさせた上で拘束する?
 ま、無理だな。
 しかもプラネットストームの活動の活発化で瘴気が溢れるし。
 いきなり生まれた大量のレプリカは、社会毒だ。
 将来的には、もしかしたら子どもができない夫妻のために、レプリカで子どもを! とか言う使い道も、無いわけじゃないと思う。
 それこそ、望んだ人間が赤ん坊から育てる覚悟があるレプリカ、と言う存在なら、フォミクリーにも使い道が無いわけじゃないと思う。

 フォミクリーの使い道はおいといて。
 アッシュ、どうにかなんないかなぁ。
 この考えで行くと、どうしても死ぬことになる。
 物語どおりに行けばエルドラントでレプリカ神託の盾の兵に刺されて。
 崩落編、って呼ばれるところの結末で、うまくヴァンを止められても、ローレライとのビックバン。

 最後はローレライに直談判しに行ってもらうしかないのかなぁ。

 素人考え休むに似たり。
 後でジェイドに聞いてみよう。










 着々とブウサギランドが育っていくのを実感する日々。

 剥ぎ取られて破れた壁紙は処分したけど、後から送られてきた新しいブウサギの壁紙で店内は飾られたし、雑貨コーナーの商品陳列棚の上にはブウサギがいっぱい。

 今店は喫茶スペースの調整に入っている。

 少しくらい広めに取っておいてもいいと思うし。
 いっそのことあの酒場みたいに二階スペースにしようかと思ったけど、それだとちょっと趣旨に合わない。
 陳列棚を三分の一削って、喫茶スペースを伸ばす。
 カウンターと四人掛けと二人掛けのテーブル席。  テーブルの上にはメニューと共にブウサギの彫り物が必ず一匹乗せられていて、それぞれのテーブルの上で思い思いの仕草を見せる。

 喫茶を始めるなら、メニューも決めなければならない。
 珈琲紅茶は値上がりも著しいけど、原価ギリギリで出せなくも無い。
 あとは、薬草茶、とでも言うんだろうか。
 こっちはもっと安い。

 軽食はパウンドケーキとかの簡単なケーキにクッキー。
 それと、朝食セット、みたいなのも置いてみる。




 ブウサギには妥協した。
 ブウサギはもう構わない。
 この店内好きに繁殖するがいいさ!



 けどこうなったからには、ブウサギ以外には妥協してたまるか!



 朝と夕、二度の散歩で少しずつ足の筋力を取り戻しながら、平行して文字の練習もする。

 この前やっとの思いで書いた一文は、きっと噂のルークの文字よりも酷いものだっただろう。
 いや、あるいはお手本を見ながらぎちぎちに書いたから、形だけはしっかりしていたかもしれない。
 個性は無いかもしれないが。
 どっちにしたところで、まだ文字ではなく、絵記号的な認識しか出来ない私にとってはその良し悪しなどわからない。
 もう少し時間が必要だ。

 けど、読める、と言うことにはお墨付きを貰った。

 書いた手紙を恐る恐る女性仕官の人に見てもらえば、つらつらと紙の上で視線を流してにっこり笑って、大丈夫です、よく出来てますよ、と言ってくれた。

 信じる。






 その手紙は、アッシュに送った第一報。

 伝えたいこと、伝えなければならないこと、必須項目についてはジェイドにまとめてもらった。
 証拠を残さないように口頭で伝えてもらっている。
 私の手紙は、自己満足で、おまけ、かな。
 返事のしようもないような、一言叫びのようなもの、だった。

 字自体は、手本どおりで読めたとしても、文法はかなり稚拙だろう。
 気持ちが通じればいい!
 きっと字面からも必死さが伝わる! といいな。

 













私はあなたを見ている。
どこに居ても見間違えない。
あなたが二人並んでも、私はあなた間違えない。












それ行け一般人。――24



 今日、とうとう女性仕官さんに「ルーア」と呼んで貰えた……っ!



 何時までもルーアッシュ、と言うのも、響きが気に入ったから別に良かったんだけど、二人の名前からとった、と思えば気も悪くは無かったんだけど、なにか、思うところはあった。
 名前が必要とされた時に正式に書く名前はやっぱりルーアッシュ、だろうし、そうなるだろう。
 今更故郷での名前を名乗る気も無い。
 大切な、大切な名前だからこそ。

 けど、プライベートで呼んでくれる人くらい、愛称が欲しい、と思ってしまった。
 愛称が、と言うよりは、ルークとアッシュの名前から離れたかった。

 ま、愛称にしたところで二人の音を踏襲しているけど、気分はマシになった。



 二人のことは、大好きだ。
 けど、私は二人ではない。
 ルークとアッシュ以上に、かけ離れている。
 彼らの幸せを願う。
 そのために尽力しよう。
 けど、それも最終的には私の幸せの為に。
 安心安全な老後の為に。



 女性仕官の人が私の呼称を変えてくれたことについては、親密さアップ作戦の一つが功を奏したといえるだろう。
 これで人的な接触における生活快適度が少し上がればいいんだけど。

 男性の兵士の人たちはもうしっかり取り込み済みだ。
 美味しい料理があればなんとかなる!!
 二日目に塩漬けにしていた豚肉も、燻製にするの面倒くさくなって、結局塩抜きしたあと鍋になった。

 肉って、一度塩蔵にすると、旨味が増す。
 燻製にしなくてもこれで十分、ただの肉を使ったのとは一味違う料理になる。
 手間暇の代物だ。

 ソミュール液のほうも、結局ビーフを買ってきて付け込んで、こっちは塩分が軽い上に付け込み時間も長くないからそのままローストビーフ。
 味つきローストビーフ。
 このままでもいけるし、それこそ燻煙掛けたら二回りも風味が違う、けど、今回はただのローストビーフ。

 これがまた酒が進む、ってやつなんだよ。




 生活にはあまり娯楽は無いけど、娯楽を求めるほど暇でもない。
 体力つけなきゃならないし、文字を覚えなきゃならないし、ブウサギランドの監修もしなきゃならない。
 暇をもてばこれからの展望も考えているし、ダンベル代わりに剣の素振りも始めた。

 実戦で使えるとはまったくもって思っちゃ居ないが、なんというか、憧れみたいなものは確かにあったから。
 でも、持たせてもらっているのはまだ木刀。

 女性仕官の人に連れて行ってもらった武器屋で、もう少し体力が付けば私でも使えそうな細身の剣を見繕ってもらっている。
 当面の目標は、なにかあったときに、私を守ってくれている兵士の人たちが駆けつけてくれるまで、最低限命を守る、かな。

 素振りを終えて汗を拭っていると、女性仕官の人がニコニコ笑いながら水を持ってきてくれる。
 ど素人の拙い様子にも、頑張りましたね、と労いの言葉をくれる。
 ああ、いい人!

 でも厳しいのだ。
 このあとには文字の読み書きの練習の時間が入っている。

 つい昨日、十秒くらい考えればこんにちは、くらいならお手本を見ないでも書けるようになった。
 おはよう、こんにちは、こんばんは、までなら、なんとなくスペルで判断できるようになった。
 アレンジ形は怪しいけど。

 あと、自分の名前も。
 一番最初に教えてもらったつづりが、ルーアッシュ、というあの試験走行艦のなかでとっさに思いついて名乗ってしまった名前のスペルだった。

 上達、しているんだろう。
 出来なきゃ学校の英語の授業より確実に人生に関わる。
 店の仕入れのことだって、伝票ととか、何時かは自分で書けるようになりたい。
 いまは一緒に居てくれている兵士の人たちに全部頼りっきりで、私は口だけ。

 時々とても情けない気分に襲われる。

 興味があること、そして生き死にに関わることは自然と熱が入るものだ。
 ラブレターを書くと文章が上手くなる、と言う話もどこかで聞いたような気はする。
 だから、ラブレターじゃないけど、人に見せる手紙、という事で、毎回目標はアッシュへの手紙、だ。

 ルークはアッシュが誘拐されてからなおさら強固な壁に囲われちゃったから、あれ以上の手出しは出来ずに居る。
 手紙ももちろん送っていないし、ジェイドに送り込んで欲しいと頼んだ人材だって、定期連絡の類はしなくていいと言ってある。
 定期連絡、って言うのはそれだけで危険を呼ぶから、それこそ何か重要な事があったときだけ、と。

 無事に入り込んで居るのは知らせを受けた。
 ファブレ邸に入り込んでいる人のほかに、城下に住みこむ、と言う形での潜入者もいると言う話だから、ファブレ邸に入り込んだ人に何かがあれば大抵はわかる、と言う事らしい。




 ジェイドの権力じゃまだ情報部には口出しできならしいけど、将官にくらい出世すれば何とかなるだろうし、今はピオニーの権力頼りと言うか……。
 早く出世しろー、早く出世しろー! とも思うが、以前どこかで軍事組織の構造について調べた時に、大佐階級くらいが一番軍組織の実権を掌握し? クーデターを起こしやすいと見たような、気もする。
 事実ジェイドは、フォミクリーの実験をしていた頃にその行動が由来となった死霊使いの名で軍部では名をはせているし、上からも下からも一目置かれていた、と思う。
 そんなニュアンス?

 ここじゃ字が読めないから新規の情報の入手も厳しい。
 元の世界であれば、大体の調べ物は、ネットで決着が付いた。
 付かないものを改めて図書館などで調べなおすと言う手段が使えた。
 ネットが無いのってなんだか辛い……。
 もしかして私は中毒だったんだろうか?
 まあなんにしても、こうなってしまったからには断たざるを得ない。






「ルーアッシュ」

 不意に呼ばれて顔を上げた。
 しまった。気がつかない振りをすればよかった、と思うも後の祭り。
 体力も、つける訓練はしているが、早歩きにも追いつけない人物から逃げ切れる足は無い。
 まして今度は訓練のせいで筋肉痛。

「……なに? ジェイド。目立つのイヤだから、あんまり出入りしないで欲しいんだけど。来るなら店が開いてから、客としてきてよね」

 言ってみたものの、死霊使いが贔屓にしているブウサギランド、なんて不気味でしょうがないじゃないか。
 グランコクマの人間は死霊使いを知っているけど、ジェイドを知らない人間が死霊使い、と言う名前だけを聞いたらどんな人間を想像するだろうか。
 その想像上の死霊使い、の名前で出来た人間がこんなファンシーな店に頻繁に現れる……。
 すこし怖い景色が想像できた。
 ジェイドだってこのファンシーと言うよりはいっそファニーなブウサギランドにはミスマッチだ。

「おや? いいんですかそんな事を言って。と言うことはこの報告はいらないのですね?」
「……それがあんたの社会的なペルソナって事はわかっているけどさ、もーすこし、何とかなんない?」



 ジェイドが私の言葉に表情をゆがめ、ジェイドの表情をゆがめさせた快挙を今まで知らなかったほかの兵士の人たちが、驚愕に表情を崩していた。











それ行け一般人。――25



 答えがわかっている、最後まで示されて、解決策のわかっている物語に改変を加えていいように作り直せ、と言われているようなもの、か。

 けど、紙に書き直すだけなら幾らでもできるけど、実際行動を以ってストーリーを改変しろ、と言われたら。
 やってみれば大変だ。

 ルークが音素乖離する、ってわかっていても、乖離を始めたら止める手段が無い。
 そのときが来るまで時間が有るから研究しましょう。
 と言って必ず成果が上がるわけではない。

 アッシュが大爆発を起こすから止めてみましょう。
 まずはローレライ。
 その次は彼のレプリカ。
 封印術がいいかもしれない。
 でも一つ作るのに国家予算の一割かかる。

 とてもじゃないけど、グランコクマと言う国にとってもやすやす進められる話じゃない。
 できることなら、タルタロス襲撃時のラルゴを襲って使われる前の封印術の装置を強奪したいくらいだ。

 できないかな。
 そしたら丸々一個分、封印術のお金が浮く。
 封印術の装置を奪ったことを秘密にして、キムラスカから水増し請求してもいいし。
 そうすればさ、ほら。
 今までマルクトが秘密裏に動くために使ったお金も回収出来そうじゃないか。



 ラルゴと言えば。

 彼は今私が手を出しあぐねている人物だ。
 はっきり言って申し訳ないがヴァンとリグレットは諦めてしまっている私。
 だけど、ラルゴはどうにかならないか、と思っても居る。
 けど、もうラルゴ、ヴァンに拾われているみたいなんだよね。

 アッシュなら、言わないだろう、と思った。
 だが今のラルゴならどうだろう。

 やはりヴァンに、マルクトからの接触があったことを伝えるだろうか。

 彼のことは読めない。
 それはつまりアッシュのことを単純だ、と思っているわけ……ではない。
 けど、ラルゴに比べるとアッシュは判りやすい。

 ラルゴ、ねぇ。
 実働部隊を率いている印象があるけど、実は戦闘力低いし、もう少し、様子を見るか。

 いや、昔は砂漠の獅子王? だったような気がする二つ名を得るくらいの名うての護衛、だったと言う話だけど、実際に強いんだろうけど!
 さすがは砂漠の戦闘者、というかね、閉所に弱いイメージはある。
 獲物も大きいし。

 下手な見積もりはとりあえずやめておこう。
 もしかしたら、ラルゴの心に接触できる最後のチャンスなのかもしれないけど、上手くほだせる自信が無いし、失敗したら、全ての計画の瓦解に通じる。









 ブウサギだらけのブウサギランド。
 そろそろオープンして一ヶ月になる。

 どんだけ閑散とした店になるかと思えば……意外と人気が出ていてむしろ呆気にとられた。

 こっちではメジャーじゃないみたいだけど、二十四時間営業、って言うのを取り入れてみた。
 どっちにせよ、兵士の人たち誰か一人は必ず起きているみたいだし、だったら利用させてもらおう、と思っただけだったんだけど、夜の散歩の軽食喫茶、として使われている。

 予想外だ。
 まあ、首都だから、と言うのもあるだろう。
 酒場は遅くまで経営していても、喫茶で遅くまで、しかもこんなにブウサギだらけのアルコールの社交場には向かない雰囲気で遅くまでやって居る店なんて無かったらしいし。

 夜遅く、そして朝早く。
 二十四時間何時でも営業。

 夜の散歩もそうだけど、早朝散歩とか、ランニングして寄っていく人とかも居る。
 ブウサギも、意外や意外。
 癒し、とか言われている。
 私の予想外の癒しだ……。
 初めに店が持てる、って言われたときには、こういう意味での癒しを置こうとした訳じゃなかったんだけど。

 それに、時期皇帝と見込まれる皇太子のかわいがるペット達、と言うことで、ブウサギに対する国民感情がいい……。
 なんだよ、それ。
 とか思った。

 そして。
 この店の軽食で一番の人気メニューは……肉まん。

 小豆はあるけどアンコ作っている余裕が無いから、もっぱら饅頭の中身は肉なんだが、このブウサギだらけの店で、ブウサギの肉まんがよく売れると言う……。
 肉まん一つにスープとその日ごとの付けあわせが一品ついたセット商品が人気が高い。

 愛でるけど食べる、と言う器用さ。
 まあ、店内の様子は人気が有るみたいだけど、肝心のブウサギグッズの売れ行きは今一か。
 商品も内装と一体化させているから、販売物もレイアウトの一環だ。
 しかし、民は強いぞピオニー!

 ピオニーが来たら泣きそうな店だね。
 とりあえずその時だけでもブウサギ肉まんの看板を外そうか?
 いや、即位したらおめでとう代わりにブウサギ肉まんのメニューを取り下げるか。
 見つかってブウサギについて延々と語られるのも煩いし。

 確かに癖はあるお肉だけど、慣れるとこれがまた美味しいんだよねぇ、ブウサギ。
 塩蔵すると臭みが抜けて味にまろみが出るし。
 ブウサギ肉まんとブウサギのスープが一番人気。
 笑っちまうぜ。

 実はオープンしてからこのかた、ジェイドが来た事が無い。
 国境沿いの小競り合いだそうだ。
 ルグニカのカイツール方面らしい。
 カイツールと言えば、セントビナー。
 その向こうにはエンゲーブ。

 やっぱり一度は園芸部、と思うはず。

 とにかく、セントビナーが破られない限り大丈夫だ、とはいえ、戦争不安は高まっている。
 物価が上がった。
 それでも客足は減らない。
 狂ってるんだね、この都市は。

 違うか。

 少しでも戦争不安を忘れたくて、こんな場違いな店に来るのか。




 そういえばあの日――私の監視役兼護衛役であるはずの兵士の方々の前でジェイドの表情を歪ませたところ、その日から微妙に私を見る目つきが変わったように思う。
 なんというか、微妙に尊敬風味?

 監視対象を一目置いてどーするんですか。







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