それ行け一般人。16〜20

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それ行け一般人。――16



 ぶっちぶっちぶっちと一通り肉を刺し終わって、塩を振りかけて揉み込む。
 二キロのばら肉だ。なかなかの重労働だ。

 ラップとか吸水ペーパーとか無いのがやりにくいが、ここは慣れていくしかないだろう。
 とりあえず肉を四角いバッドに敷いて、同じサイズのバッドを上から重ねてその上に重しを載せて保冷庫に戻す。
 これでこのまま一晩だ。
 私は私の日常を取り戻すためのあらゆる努力を惜しまない!

 新居二日目からこんなことを始めるあたりなかなか図太いんじゃないかと思っている。

 やはり昨日購入した香辛料の類を鍋に突っ込んで、塩を適当に入れる。
 戦時中でもグランコクマの台所は豊かだ。
 水を入れて混ぜてから味見して、薄かったから塩を足したらしょっぱくなって水を足した……。
 ちょっと虚しくなった。

 ぐつぐつぐらぐらと煮ていると、水がだんだんと薄黄色と言うか、薄いグリーンになっていく。
 後は常温で冷ましてから冷蔵庫で冷やす。
 かなりいい加減なソミュール液の完成だ。
 明日になったら肉を水で洗って塩抜きして、これに浸してまた冷蔵庫。

 ここまでやって、うん? と思った。
 ベーコンを作るつもりだったんだけど、そういえばベーコンはソミュール液じゃなくてスパイスを混ぜた塩で揉み込んで作るんだったような気がした。
 これってば私が独自に編み出したローストビーフの燻製レシピ……。

 ビーフの腿肉塊を買ってきてもらえるように頼もうか?
 ちょっとソミュール液でベーコンを作る自信は無い。
 レシピ本も手元に無いし、こっちの世界でそういうのがあってもまず読めないし。

 あーあ、やっちゃった、と言う気分であるが。
 まあいい。
 ソミュール液については放置する。
 保冷庫に入れておけば香りは多少飛んでしまうが二三日なら問題ない。

 半ばやけっぱちになりながら私はすり鉢を取り出して、そこにスパイスを放り込んだ。
 いっそ無駄なほど準備がいいが、すり鉢よりミルの方が良かった。
 ああそうだ。
 何もかもピオが来ないのがいけないんだ!!

「なあ、何作ってるんだ?」

 実にのん気に、興味があるのが明らかな風に聞かれたので、私も実に朗らかに答えてみた。
 けれど決して振り返ることは無く。

「うん。ブウサギのばら肉をね、ベーコンにしようかと思って」
「なっ、ぶ、ブウサギを食うのかおまえ! あんなに可愛らしい生き物を、く、食うのか!」
「あはは、そうね。とっても可愛いわよね。ぜひとも手元に一匹欲しいくらい。やっぱりペットはブウサギかしら」
「おお! あんたもそう思うか? そうだよな、そうだよな? やっぱりブウサギはかわいいよなぁ」
「ええとっても。手元で丹念に肥育して、清潔に育ったブウサギなら安心して内臓肉も食べられると思わない? 焼き肉もいいわね。ホルモン、ハツ、ハラミ、タン、コブクロ。どれをとっても美味しいわよね」
「お、おおおまえ」

 ずさ、っとわざとらしいほど大げさに引く音が背後で聞こえた。

「もちろん、あなたの事も呼んであげるわ、ピオニー」

 てめぇ、何時の間に入ってきた!
 ゆっくりと振り返りながら、青ざめるピオニーに私はそう告げた。











 実のところ、串刺しにしていたばら肉はただの豚肉だ。
 癖の強い肉と言うのは使い慣れないと手に余る。
 今でこそ大好きだけど、昔は牛肉も臭みが強くて使えなかった。

 しかもここの肉は日本のような飼育環境にはない、それこそ抗生物質も使ってない野性味溢れる味がする。
 力強いというか、味が強いと言うか、ブウサギの肉はもう少しこまごまと使い慣れ手からじゃ無ければ無理だろうと言うのが個人的な見解だ。

 ブウサギがいかに可愛らしいか、ブウサギがいかに愛らしいか、ブウサギがいかに愛嬌があるのか、延々と語られかけて私は早々ばら肉の正体を明かした。
 冗談抜きで安心してるよ、この殿下。

 そのやり取りをだまーって見ていたジェイド・カーティス氏。
 ああ、なんだろう、この無意味にむくむくとわきあがってくる反発心。
 駄目だ駄目だと押さえつけ、私は未来の皇帝陛下と皇帝の懐刀を席につける。
 ジェイドは座らないでピオニーの後ろに控えたけど。
 まあ、私を警戒しているって事か。

 まあ、二人だけで来てくれたのはとっても有り難いことだ。
 さすがにまだ、他に人が居るようなら私ももう少し体裁を取り繕わないといけないし。
 二人しか居ないって言うのはすんごい楽。

「どうせ飲まないだろうから、お茶も出さないよ」

 そう言えば、私が何を言いたいのか汲んでくれたようだった。
 毒だ。
 彼らの中での私は知らないが、私の中での彼らの中にあると思っている私の像はまだ不審者だ。
 不審者から、未来の皇帝がやすやすと飲食物を得てはならない。
 ま、毒を手に入れる余裕も無かったけど。
 マッチの先っぽの部分は昔は死ぬって言われていたけど、今じゃたいしたことが無いって科学が言っていたし、銅に浮く錆、緑青も昔は毒で食べると死ぬって言われていた時期もあったけど、まあ多少有害にせよその程度では死なないってこっちも科学が言っていた気がしたし。

 お茶の葉と茶器は一式そろっていたけど。
 いやほんと、ここってば至れり尽くせりだわ。
 新居、引越し、となればもう少し生活の始めにはあれも足りないこれも足りない、ってやると思ったんだけど、室内も誰がレイアウトしたのか知らないけどセンスもいいし、生理整頓が行き届いていて、使いやすい。
 ものがあるところが一目瞭然、そして必要なところに必要なものがある。

 ま、私が使っていけばそのうちジェイドの執務室のピオニーゾーン並みになっていくんだろうけど。
 片付けも、生理整頓も大の苦手。
 そもそもセンスがない。
 向こうの世界に居たときには、何冊か片付け関係の本も買ったけど、効果はなし。

 こんな怪しい私の前でも、ジェイドが居るが故の軽口でぶー垂れていたピオニーが落ち着くのを待って、私は話を切り出した。

「さて、ピオニー・ウパラ・マルクト9世。あなたの心は固まったか」











それ行け一般人。――17



 尋ねてみれば、ふざけたところを丸ごと捨てた表情で私と向き合ってくれた。
 実は、ああ、と返事を貰った時は泣きそうだった。

 ちょっと自分に悲しくなったが、あんまり説明能力を求めるな、と先に前置きして、条件ごとにそれに関する説明をするから、疑問はそっちから質問してくれと言った。
 そして私が最初に要求したのは。

「キムラスカに関わらないところで肉親を失っていて、ある程度父性か母性がが感じられるような人間で、多少レプリカに対して造詣のある人間を、キムラスカのファブレ邸に送り込んで欲しい」

 だった。






 人格破綻者でも、能力がある相手って言うのはやりやすい。
 人格破綻していても、ある程度、そう、有る程度は時と場所を弁えていてくれているみたいだし。
 まあ、随分やり込められたけど、主張は通した。

 この主張の意義は、レプリカルークを愛してくれる人を、と言うことだ。
 愛、とまでは言わなくても、事情を知った上で一個人として確立した自我を認め接する人間。
 本編が始まるまでの時間の間に、彼が自分がレプリカであることを知ってもかまわない。

 将来的に彼がアクゼリュスを落とすのだとしても、その後の道が少しでも明るいものであるように。
 まあ、潜入するなら、どちらにせよ使用人かメイドと言うことになるんだろうから、どこまでの効果があるのかは正直わからん話だが。
 ヴァンに傾倒した挙句アクゼリュスを落とすのだとしても、その傾倒振りが少しでも軽いものであるように。
 心に多様性を持てるように。

 そして最後の条件は、ヴァンに疎まれて排除されそうになったら、無事逃げ帰ってくることが出来る人材。

 ヴァンに睨まれた場合は、恐らく潜入した人物をマルクトの陰謀だとかなんとかルークに対して悪印象を植え付けた上で、それから守ったのだとか何とか言ってなおのこと自分に傾倒させるだろう。
 諸刃の剣でもある。
 だがアクゼリュスを落とした後、グランコクマを目指す流れでなら、生きてさえ居れば再会と誤解を解く機会はある。

 事前にルークがレプリカだと知っていれば、ジェイドもあんな肝心の場面で自分の罪ってやつを認識しないだろうし。
 知ってさえ居ればもっと早く自覚するだろう。
 あれはなんと言うか、ジェイドもタイミングが悪かったというか。
 レプリカが彼にとって個ではなく、ただ罪の結晶でしか無かったときに、その罪が更なる罪を犯してしまい、見ていられなかったんだろう。

 今教えて実感が無くても、知っていればルークと会った時点で先にレプリカと言うものに対して思うことは一通り思うはずだし、その上で見たくも無いとはさすがに言えないだろう。
 それに、言わせない。

 ヴァンの計画上、恐らくはルークにアクゼリュスを落とさせるように腐心するだろうし、アルバート式封咒を解咒する手段がない事を思えば、アクゼリュスの崩落は必然。
 ならばむしろ、崩落させてしまった後のこころのケアの方が大切だと思う。

 この話を切っ掛けに、バチカルに居るルーク・フォン・ファブレがレプリカであるということも、その主犯についてもとくとくと情報を引き出された。
 ジェイドがとんでもなく渋い顔をしていた。
 そこに、ダアトに亡命したディストも絡んでいるだろう、と付け足すと、渋面は恐ろしいまでになった。

 第二の要求はレプリカがらみで、ヴァンにばれない様にジェイドの力でディスト――サフィールを丸め込め、もといこちら側に引き込め、と言うもの。

「お断りします」

 喰えない笑みに氷の視線を貼り付けて、けれど語尾にはまるでハートマークが見えそうな口調ですっぱりと、ジェイドは断った。

「何故私が洟垂れなんかに」
「自称、薔薇のディスト、らしいけど」
「あいつなんて洟垂れで十分ですよ」

 とすげなく言うのに、こっちとしてはディストを引き込めれば随分楽になるから無理を承知でも何とかジェイドを丸め込もうとあれやこれやと言い募ると、ピオニーも一緒になって擁護してきた。

 ピオニーにとっては、ディストも数少ない幼馴染の一人。
 将来犯罪者になる、と言うのはおかしいか。
 犯罪ならとっくの昔に犯しているだろうし。
 言い換えよう。
 国家級の犯罪者として世界の何処からも追われる身になるとわかっているなら、止めたいだろう。
 だけどまあ、ピオニーの言うことを聞くとは思えないしね。
 だからこそ、ピオニーもジェイドを説得したいのだろう。

 ……面白がっている風にも、見えるけど。

 けれどまあ、結局。

「お断りします」

 声音だけはいっそ爽やかに。
 これを以ってしてジェイドの表情は見えなくなった。

 私のほうが席に座っていて、下から見上げているはずなのに何か特殊効果でも入っているんじゃないかってくらいに、目の部分が陰になって眼鏡が光を反射して白くなる。
 口は笑うでもなく怒るでもなく一見無感情に引き結ばれていて、その上目の表情がまったく見えないものだから、なんだか途轍もなくヒジョーに怖い。

 一緒に見上げていたピオニーの口元もちょっと引きつっていた。

 ジェイドはこう言う所がとっても分りやすいと思うけど、だからって歓迎できない。
 こういうところだけわかりやすくてもなぁ、と思う。
 もっとわかりやすくなって欲しい肝心のところは隠し通すし。
 まあ逆にいえばその態度でわかるとも言えるけど、分りやすいところ以外は皆同じ様な態度に見えるうちはどちらにせよ見分けが付かない。

 実は見分けられるピオニーって、けっこう凄いのかも。

 ここはジェイドが駄々をこねたので、いつかピオニーが帝位に付いたときに皇帝勅命を出してもらおう、と言うことで決着を付けた。
 ジェイドは散々駄々をこねたけど、ここはピオニーの乗りがよかったから。
 ピオニーにとっては、ディストではなくてサフィール。
 大切な幼馴染。

 と思っておく。

 まあ、ジェイドも口や態度ではどんな事を言ってもやっても、結局ディストも大切な、とまでは行かなくても、戦場で殺した人たちとは違う、ある程度は特別な分類に入っていると思う。

 ジェイドは、その特別の範囲が狭すぎて、死を実感できていないんだと思う。

 両親が生きているのか居ないのか、知らないけど、ジェイドにとってネフリー以外の肉親は特別の範囲に入っていない感じだ。
 ネビリム先生のことは慕っていたけど、その時は戸惑いと後ろめたさが勝ってしまった。
 そしてそれっきり、身近な者の死に目にあっていない。

 悲しく思うことだけが、死を感じ取ることじゃないのにね。
 まったく、この辺融通が利かないというか。
 知らないほうが幸せな事、なのかもしれない。
 そんなもの。

 とにかく、ジェイドはピオニーが皇帝になって勅命を出すまでは絶対にやらない、って言い張って、こっちは私も妥協した。
 皇帝勅命があればやると言っているんだし。
 まあ、これがジェイドにとってのディストのために譲れるラインと言うことか。

 かなり、シビアだね。  











それ行け一般人。――18



 ピオニーが帝位についてから本編開始まで約二年、あった気がする。
 まあ、本編どおりの時期にピオニーが帝位について、そこからディストの引き込みを始めても、その頃からならまだ、辛うじてでも潜入捜査、みたいな言い訳は立つだろう。
 薔薇、と呼べるような人間であるかどうかは別として、死神と呼ばれるほどの何かをしていたのだとしても、少なくとも本編のときよりは減刑を望める……はず。

 基本的に寂しんぼのジェイドバカ、と言うのが私のディストに対する印象だ。
 ネビリム先生を取り戻して、三人であの楽しい時を取り戻しましょう!
 だったかな。
 もうよく憶えてないけど、確か趣旨はそんなものだったような気がする。

 誰を含めて三人なんだろう。
 というか、そもそも三人だったっけ?

 ジェイドが居ることは前提で、ジェイドのためのネビリム先生。
 つまりは、ジェイドがあま〜い笑顔で(ちょっと想像できなかった)猫なで声で(鳥肌が!)先生の事はもういいのだ、それよりもサフィールがそのために犯罪に手を染めることの方が心苦しい、とか?
 とにかく、その手のことを何回か繰り返していれば、そのうちころっといくんじゃないかな。

 全てが終わったら、グランコクマで一緒に暮らしましょう。

 やっぱり、止めはこれか?
 グランコクマで一緒、とは言ってもどこまで一緒、とは言ってないしね。
 なんか、詐欺っぽいけど。

 イオンレプリカが作られるのとピオニーが帝位に付くの、どっちが先だったか忘れたけど、これは微妙なラインかな。

 シンクを拾うのはディストを引き込んだほうが簡単だと思うけど、居なくても火山を張っていれば何とかなると思うし。
 ダアトは中立の宗教自治区。
 教団に参拝だったか礼拝だったかしに来る人たちはごまんと居るわけで、その中に軍人が紛れ込んだって不自然は無い。
 とは言わないけど少ないだろう。

 軍人だって、預言を詠んで貰いに行くものさ。
 実際潜入させる人たちの預言は詠ませるつもり無いけど。
 移動するさいの動機付けは預言を、って言うのが幾らでも言い訳に使えるだろう。

 マルクトからの軍人が増えたら不審かもしれない。
 退役も偽装してもらおうかな。
 いや、でも細かいことは専門家に任せたほうがいいだろう。
 それに、ダアト関連、と言うならもう一つ。




 アッシュ。




 キムラスカではなくマルクト方面からの接触、と言うことでちょっとどうだろうと思わなくも無い。
 けど、そこが以前と同じ温もりの場所じゃなくても、誰かが彼の存在を認めてあげることが出来れば、彼もまた違う場所へいけるような気がする。
 そもそも私、バチカルが陽だまりである、と言う認識をしていない。

 攫われたアッシュ、レプリカに居場所を奪われたと思っているアッシュ。
 まあ、バチカルを多少美化しているところも有るだろう気はするけど。
 七年かけてルーク一人認められない場所が果たして温もりであるのだろうか、とね。

 とにかく、いまダアトに居るアッシュを、皮肉や悪意なくルークとして認める存在があれば、何かもう少し彼も変われる、先に進めるんじゃないかって。

 ルーク、と呼んでも、俺はアッシュだ、とか言って、なかなか認めないかもしれないけど、悪意によってまったく存在が殺されていた頃とはやっぱり何かが違うと思う。

 認められる、存在を認識される。
 それは、確かに喜びだと思う。

 まあ、この場合もマルクト、と言うのがネックになるとは思うんだけど……。
 こればっかりはねぇ。
 キムラスカ自体には、危なくて手出しできないし。

 だから、それ以外に手を出していく。

「ダアトに居る、赤毛に翡翠の目をした少年に、極秘に接触を持って欲しい」

 それが要求。

 ルークもアッシュも、まっすぐ育てと言うのは今更無理な話。
 まあ、ちょーっとずれた方向にはまっすぐに、実にまっすぐに伸びていたような気はしたけど。
 この際グネグネしててもギザギザしててもジャキジャキしてても構わないから、それぞれ違う方向への成長を見せて欲しい。

 つか、言った本人にその意思は無くても、自国で気が付かれなくて、敵国で正体に気が付かれるなんて、完璧に皮肉だよなぁ、と思う。

 まあ、失敗しても、工作員がマルクトである事さえ隠し通せれば、本編の時間軸中にジェイドがずっとルークの側に居る事になる。
 その間だけでも手出しできることは沢山あるだろう。
 ジェイドの態度一つ変わるだけで随分違うと思うし。
 ジェイドも、先に知ることで無視はできないだろう。

 今は一方的にマルクトに頼ることになるけど。
 まあ、最終的にはピオニーだってこれで自分の死預言を回避しているようなものだし。

 なぜそれを知っているのか、とはもう彼らは聞かない。

 ただここで聞き出し、蓄えていった情報を持ち帰り、吟味し、裏を取り、そして既に約束として取り付けたものに関しては、それに関わる情報が真実であれば、手配してくれるだろう。

 実際、今回一番初めに出した条件は、全てが当てはまるとは思っていないけど。
 あれは、私が望みうる最高であるだけで、とりあえずキムラスカに個人的な恨みが無くて、包容力の有る大人、であればいいと思っている。
 肉親を失っている、と言う条件は、もっと言えば子どもを、更に言えば男の子どもを亡くしている、となる。

 ルークと言う人間をなんの接点も無い状態でいきなり好きになれ、愛せ、なんていうのはちょっと無茶だと思う。
 最初は喪失した我が子を重ねているだけでも、個性を知っていけば、そう何時までも重ね続けられないと思うし、それを知った上でなお重ねると言うなら、構わないと言うのもへんな言い方かもしれないけど、「我が子に向ける愛」って奴を見せることは出来ると思う。

 まあ、人間そんなに単純じゃないけどね。

 全ての情報を抜き出されてくるくるポイ、と捨てられちゃたまんないけど、その時々じゃないと話せないこともある、って後を引いてるし。
 実際そのときじゃなきゃ話せないこと、と言うより今は思い出せないこともある。
 むしろゲーム本編のイベント順位がバラバラに……。  











それ行け一般人。――19



 完全同位体の大爆発の研究、瘴気障害の研究、そんなこともして欲しいとジェイドに頼み、他にも関連してこまごまと話していたら、昼食も食べていないのに外は黄昏ていた。

 さすがに水分の補給はしたけど。

 せっかく気遣ってお茶も出さなかったのに、気が付けば一緒にお茶を飲んでいた辺りも馬鹿らしい。
 セントビナー産のファーストフラッシュ。
 いいもの飲んでますなぁ、と言った感じだが、自分のお金じゃないと思えば思い切って良い物を買ったのは実は私だ。
 だって緑茶が無いんだもん。
 ま、いいけどさ。
 同じ木から取れるお茶の葉の中で、発酵させたのが紅茶とウーロン茶で、無発酵なのが緑茶、だった気がするから、お茶の木さえある事がこうして知れれば、いつかきっと緑茶も飲めないことは無いだろう。
 将来的にピオニーの権力頼りで。

 いっそ自分で作ってもいい。
 うん、それもいい。
 安心安全な老後と一軒家が欲しいとは言ったけど、一軒家なんて本当はこっちの生活に本当に馴染んでからじゃなきゃやれたもんじゃない。
 そのうち音素が少なくなれば、あっちの世界に似た生活を約束してくれていた第五音素のコンロとか、第四音素の保冷庫とかもなくなるんだろうし。
 いや、もしかしなくてもそういうのまで使えなくほど音素が減少する頃には、私は自分で家事も出来ないばっばになっているか寿命を迎えてころっといくか。
 関係なくなっているかもしれないけど。




 話すだけ話してなんだか頭の中が空っぽになった気がして、さて、今日はこの辺りでお開きにしますか、と言う雰囲気になった頃。
 雰囲気に乗じてジェイドが私の頭を軽い軽いとムカつく皮肉を言って高笑いをしていた頃ともいう。
 ふと、私は嘗て思っていたことを思い出して言ってみた。

「そういえばさ、大爆発の抑止って、封印術で何とかなったりしないのかな」

 ぴたりと、ジェイドのムカつく笑い声が止まった。




 封印術、と言えば、悪い方向でのみイメージばかりが強くて全然そういうことでも役に立つような気はしなかったけど、あの封印術。
 ジェイドが通常の三倍音素を取り入れると言う譜眼をもってしても初級譜術しか使えなくなったように、まるで重しをつけて海の底を歩くようだと例えたように、音素の移動と活性を抑えるなら、大爆発現象による音素の移動も抑えられるんじゃないだろうか、と。

 封印術でオリジナルの方は、自分の体から音素が出て行くことを防ぎ、レプリカ側はその音素を受け入れるのを防ぐ。
 フォンスロットを閉じる、閉じ切れなくても、ごく狭く出来るなら、効果はありそうな気がした。

 死ぬまで防げるとは思わないけど、五十か六十、良くて八十歳くらいまで大爆発を抑えられれば、後はもう一つになるのも死ぬのも変わらないだろう。
 そもそもこの世界、よっぽど環境が良くなければ八十までってのは無理っぽいし、上手くすれば大爆発が完了する前にぽっくりいく。
 五十まで生きたって、私の年齢に換算すればおよそ百歳に近い。
 十分に生きている。

 そこまでなってからなら、心の整理を付ける時間も、己で生きる時間もあった。
 悪い言い方だけど、そこまでやった上でなお大爆発がいやなら、完了する前に一足お先にあの世まで、って言う手段もある。
 迫られてのことではなくて、終わり方を自分で選ぶことが出来る。

 封印術を施された直後は日常の生活を取り戻すのも大変だろうし、封印術を施す譜業一つとっても、一つでたしか国家予算の一割近く。
 かなり高価だけど、できない話じゃないって事だろう。

 奴等二人とも一般人じゃないし。

 和平を結んでからなら、装置二つ分の費用の一個分くらいはキムラスカに、もっと上手くすれば二つ分纏めてキムラスカに持たせることも出来る、と思うし。
 アッシュもルークもキムラスカに生まれた焔じゃん。
 まあ、値段が値段だけに、せいぜい一つ分だとは思うけど、一つ分は確実にキムラスカに負担させたいしさせる。

 だけどまあ、これも結局、まずは効果がなければ意味はない。
 まあ、二人で実験してからでもいいけど。
 同調フォンスロットを開いたことが間接的に大爆発の進行を早めた原因、と思う。
 フォンスロット、開かない方が大爆発を抑える意味ではしないほうがいいとも思うけど、その後で封印術が抑止力になれるなら、互いの成長、というか、互いを知るためにいいこと、だったとも思っている。
 あくまでゲーム中の印象だけど。

 ワイヨン鏡窟でチーグルのオリジナルとレプリカを見た時の二人の会話が、あれがいいと思ったんだ。
 オリジナルの方が弱っていると言うことを知って、自分のせいでアッシュが、と心配するルーク。
 それに、うろたえたのを隠しながら言葉を返すアッシュ。
 表面的にはずっと、最後まであんなことを言っていたけど、レプリカが己と違うことは、あれで尚更わかっただろう。
 その上で何故まだ重ねるか。

 自分であり、自分の代わりであり、と言うことを長い間植えつけられてきた影響もあるだろう。
 それに、それを否定する人間もいなかっただろうし。
 レプリカルーク、イコールでいつでもアッシュの代わり。
 事有る事にそういう周囲と、否定する人間のいない環境。

 レプリカに因らない自己の確立をもっと早い時点で促したいものだ。

 まあ、なんだな。
 キムラスカの噂を真実にしちゃってもいいし。
 マルクトがキムラスカの焔を誘拐したって奴。
 ルークが完全同位体として生まれたのが偶然の産物で、真似できる物じゃないっていうなら、それこそもうあまりレプリカを作る意味もないわけだし。

 ルークを作ったのはそれこそキムラスカの目をごまかして、アッシュの心を歪ませるためだったなら、アッシュがダアトから居なくなってもレプリカを作る意味は、あまり無いしね。
 完全同位体ではなくても多少の超振動は使えるだろうけど、その超振動でローレライを分解できないなら、それこそヴァン的にはそれがどうしたってものだろうし、アクゼリュスを落とさせるためのルークが必要なら、キムラスカに顔を売りつつルークを自分に傾倒させていくだけで十分だろう。
 ヴァンはレプリカ大地計画の果てにローレライを殺すためにアッシュを欲し、その預言を覆し、聖なる焔の光の死が詠まれた預言の時以降もアッシュを生かしておくために、身代わりの聖なる焔の光を用意したのだ。
 身代わりなんてそれこそ後幾らいたって関係ない。
 必要なのは一人だけだ。

 ただ一人を、世界にルークと認識させた上で殺したかったのだ、彼は。

「それでさ、可能性は有るの無いの?」

 無いのなら、仕方ないから封印術で大爆発の抑止、と言うアイディアは諦める。
 けど、可能性があるのなら。
 目の前の人間が例え化け物級だったとしても、封印術を受けたまだ直後には既に戦っていたんだ。
 重い重いと言いつつも戦えるだけ体を動かすことは出来たんだ。
 あの二人だって、いつか過去の思い出として封印術を語れるときが来るさ。

 むっと眉を寄せて可能性を試算していたジェイドが顔を上げた。

「考えてみる価値は、あるかもしれません」











それ行け一般人。――20



 二人が帰ると、なんだかとっても清々しい気持ちになった。
 一緒に住み込んでいる兵士の人たちもすっごくほっとした顔になっていた。
 気が抜けすぎたのか私はおなかを壊した。
 昔からちょくちょくやるのだ。
 緊張性の腹痛と言うやつを。
 近頃はあんまりなくなっていたんだけど、どっちかと言うと過度のストレスのせいかもしれない。

 体も動かしていないし、たいしたことも無いと思っていたけど、実は凄く疲れていたということが判明したのは使い慣れないベッドに潜ってからだった。
 もぐりこんでからの記憶が一切無い。
 これはとても珍しいことだった。
 とくに、骨折から始まる運動不足のせいで、疲れて眠る、と言うことがなくなってからは。

 ぱっと寝て、どっぷり眠ったせいか、翌日の目覚めもすっきりしていて、鳥のさえずりで目が覚めた、と言う奴を久しぶりにやった。
 今までは夜更かししすぎてさえずりなんてとっくに終わった頃に目が覚めるのが常だったから、これはこれで新鮮だった。
 監禁されていた時は、暇があまりまくるので昼寝のしすぎで結局は夜に寝られず、朝寝坊、というのがパターンだった。

 自分としては脅威なほどの早い時間に目が覚めたつもりだったけど、上には上が居た、というか、彼らにとってはこれが当たり前の時間だったんだろう。
 つまり、私が寝起きの心地いい倦怠感を引き摺って寝巻きのまま居間に出たとき、そこには既に活動している人間が居た、と言うわけだ。

 基本的にここに無断で入ってくるのは女性仕官の人だけだから問題が無い、と言えばない。
 そしてテーブルの上にはチーズの入ったオムレツにクルトンの浮いたコンソメスープ。そしてパン。
 ああ、どうしよう、本当に至れり尽くせりで涙が出そうだ――。

「おはようございます、ルーアッシュ。よく眠れましたか?」

 ああ、微笑がまぶしい……。
 ジェイドの野郎にさんざやり込められた精神が修復されていくようだった。


 美味しい朝食と笑顔を頂いて、両手を合わせてご馳走様と呟いて、そうして私はようやっと、この部屋以外の何かに意識を向けた。
 面倒でかかわりたくなかったんだけど、何もすることの無い時間がポツリと空いて、嫌が応にも仕方なく?
 とりあえず女性仕官の人とは日常会話を繰り返すことで親密度を上げていくことが当面の目標だ。

 ガタンゴトンと煩い隣が何をやっているのかと尋ねれば、ああ、改築ですよと彼女は答えた。
 そういえば、一日中家に居ても不思議は無い職業を設定していたと言っていた。
 肝心要のそれをどうにも聞き逃していたような気がしたので、いいタイミングだと尋ねてみれば、個人商店で自営業だと言う。
 たしかに、一日中家に居て、その上に誰かが入り浸っていても不思議じゃない。
 この辺は絵描きや作家じゃ出来ないことか。

 世に言う下駄履きと言う奴だろうか。
 こっちでもそういうのかどうかは知らないけど。

「所でさ、結局はなんお店なの?」
「さあ、私は知らないですね。何の店ですか?」
「え? いや、私に聞かれても――」
「何言ってるんですか、店長」
「ええ! 私が店長!! ちょ、待って、聞いてないよ!!」

 がたん、と私は椅子を鳴らして立ち上がる。
 それを穏やかに見上げられて、頭に上った血がすっと降りた。

「あら? 少佐、言っていきませんでしたか?」
「言ってない言って無いわよ!」
「まあでも、そういうことですから、改装が終わるまでにちゃんと考えて置いてくださいね」

 おおおおお、ジェイドの馬鹿ったれ!
 なんだこれは、意趣返しか?
 いちいちやることが子どもっぽいぞ!

 穏やかに見つめられると何時までもカッカしていることも出来ず、私は椅子を引き寄せて一応座った。
 そして深呼吸。
 気分を落ち着けて、改めて聞いた。

「つまり?」
「ええ、あなたが店主で、私たちが従業員、と言うことになります」
「少佐が度々酒場に入り浸ってカレーを食べているように、立ち寄ることが不自然じゃない店にしろって、そういうこと?」
「まあ、そうですね」

 いや、自分でいつか稼ごうとは思っていたけど……こういうのが欲しかったわけじゃないんだけどなぁ。
 私が店主? 経営者? そんな馬鹿な、まだ字だって読めないのに!
 働かざるもの食うべからずって?
 ちょっとは見逃してくれってばよ。

 新生活はもっとゆっくり始められると思っていたけど、思いのほかの慌しさで始まりを告げた。
 何の店にするかと言われていきなりあれだこれだと言えるわけも無い。
 改装が終わるまでに決めとけって言われても何時改装が終わるのか。
 いや、そもそも改装のせめて半ばまでに口出しできるようにならないとレイアウトに注文を付けられない。
 形式が整ったところをそのまま使うのも楽でいいけど、自分の店になるからと言われてちょっと覗きにいったら、ブウサギランドになりかけていてあわてて止めた。
 いちおう何になっても大丈夫なように、雑貨スペースと喫茶スペースをブウサギを排除した上で作ってくれるようにと頼んでおいたが、これは……怖い。

 あっちでブー、こっちでブヒ、天井見上げてもブイブイブイ。

 これでは駄目だとうんうん、うんうんと考え続けて、そして私は決断した。
 ここは金持ちの都だ!
 金持ちとは常に娯楽を求めているものである!

 というか、庶民なら生活に追われて手を出さないことをやる人たち。
 まあ、金持ちが金を使うのは義務だ。
 どんどん使って経済をまわせ。

 私の店は、軽食喫茶に癒しを求める小雑貨。
 これでいい。
 戦時中でも富裕層にならむしろ売れるような気がするし。




 楽しみ半分不安半分、期待をそれらに織り交ぜて自分の物になるらしい店の事を考えている間、私は確かに未来に吹き荒れる暗雲から解放されていた。
 四六時中同じ事柄ばかりを考え込んでいても、考えが煮詰まるだけで、そろそろどうしようかと思っていたのだ。

 いままで暖めてきた考えも大方話してしまい、あとはジェイドたちが行動し、結果を連れて来たときに、それが良しにせよ悪しにせよ、判断し次の方針を重ねていくしかない。
 そして昨日の今日だ。
 すべからく結果が出るには早すぎる。
 それでも、考え続けずには居られなかったその考えから、この突然の店主になると言う話は、たしかに私の思考を解放していた。








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