それ行け一般人。11〜15

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それ行け一般人。――11



 問題はダアトだけではない。
 むしろダアトは、レプリカイオンが導師の座についてからなら何とかならないこともないような気がしているし。
 飾り物の頭、そして封咒を解くことのできる者、としての存在を求められているだけで、ヴァンの思想に染められて居はいなかったように思う。

 キムラスカじゃアクゼリュスのときにルークがレプリカだって言うのがばれるし、そうなると、ルークの政への不理解――勉強の足りなさと、レプリカである、と言う事実が場合によってはルークの発言力を落とすだろう。
 ナタリアも王族の勤めの本質をあの時点では理解していなかった様に思う。
 前線に出ていっても、例え王でも前線ではただの個人だ。
 王族だから出来ること、その場所に居る事のできる者にしかできないことがある。
 それを理解して貰わなければ、政治が暴走する可能性がある。

 どちらにせよ、あの旅の中盤、ナタリアは血が繋がらないことを知りやっと皇女になれたようなものか。
 血統問題も、ああいう場以外でばれた場合、そのままナタリアが排斥されてしまう可能性もある。
 ゲーム中でも、一度は排斥されたに等しいが、その後の世界の危機の上に乗っかって、互いが本質を見出すことが出来た。
 血統を重んじるキムラスカで、ナタリアは苦労するだろう。
 去ることもあるいは一つの幸せなのかも、と思いもする。
 それで全てが丸く収まるならいいけど、予言尊守派の貴族や、軍人が台等してきた場合、やはりマルクトとの全面戦争とかにもなりかねない。



 “王族の意味に理解を示したナタリア”が、やはり必要なのだ。



 それに、居なくなった後でも気が付けたナタリアならキムラスカの事を憂い続けるだろう。
 国民の高い支持と血が繋がらないという事実。
 民主政治への基盤を作るにはうってつけの人材かもしれないし。

 なんだかグダグダになってきた……







 考えが煮詰まってきて、室内散歩と言う虚しいものをしながら鼻歌を歌っているときにノックが響いた。
 兵士はもちろんのこと、ジェイドも、私のことを嫌いと言う割には扉をたたくときにはきちんとノックをしてくれる。
 相手がどう認識しているのか知らないけど、とりあえず女の扱いはされているみたいだ。
 世話役の兵士も実は女性仕官に代わっている。
 実にありがたい。
 やっぱり女性には女性にしか話せないことがあるのだ。

 ほら、例えば……月のお客様とか?

 こっちが監禁拘束されているわけだし、まったく悪いとは思わなかったけど、あの日はもしかしたらちょっと臭ったかもしれない。
 頻繁にシャワーを浴びられる環境でもないし、匂いをごまかす香水もないし。
 軍部で拘束されていて、男所帯にはあまり期待していなかったけど、彼女が着てからは少し女性の扱い、に対しての待遇が良くなったのは喜ばしい。
 ま、どっちにしても軍部なんて汗臭い場所だ。
 気にする男なんてめったに居ないかもしれない。

「どうぞ」

 と促せば、入ってくるのは碧い軍服。
 食えない笑みを浮かべた赤い瞳と白い肌。

「ジェイド」

「あなたの居室が決まりましたよ。案内するので、付いてきてください」

「お早い決定、ありがたいことだね」

「残念ながら、庭付き一戸建てではありませんが」

「それは平和になってからでいいさ。報酬だろ?」

 肩をすくめて背を向けて、付いてきてください、と話を打ち切られた。

 何か所持品、思い出の品を、と言いたいところだけど、犬はいないしリードは魔物を倒したときに砕けたし、コートは魔物の体液まみれ。
 ポケットに入っていたのは犬のフンだ。
 もって行くものなどありはしない。
 服だって着た切りスズメになるかと思ったけど、支給されたし。

 さすがに軍服じゃないけど。

 軍人以外に軍服着せたら軍規違反のはず……。
 まあ、ジェイドくらいの立場があれば平気かもしれないけど。
 しかも、正規の理由を付けられそうだし。

 黙って進んでいくジェイドの後を私も黙って付いていく。
 何もなくて会話がはずむほどの関係じゃないしね。
 話したい事があるとしても、人目のあるとこじゃ憚られる内容ばかりだ。

 周囲を観察しながら付いて歩く。
 何時までも歩く。
 ずっとずっと歩く……。

 だんだん息が切れて来たし……。
 ジェイドは鍛えられた軍人。
 私は一ヶ月のベッド生活が終わったばかりの一般人。
 ジェイドの身長はたしか180オーバー、対して私の身長は160にギリギリ届かない……。
 リーチの差も、コンパスの差も、足の長さの差も随分有る!
 言っていること全部同じ意味だけど。
 しかもジェイドはリズムよく早足。
 私は筋肉の衰えとかばい歩きの癖が抜けなくてよたっている。

 私に喧嘩を売っているとしか思えない。

 喧嘩を買おうにも、舌戦ならともかく、今はもう……まともに喋るだけの体力が、ない。
 止まれというのも癪だと思うが、そろそろ言わないと見失いそうでもある。
 喋る余裕どころか周囲を観察する余裕だってとっくの昔に失った。

 気が付けば息を切らして下ばかり見て歩いていた。
 いや、はっきり言って小走りだ。
 歩いているのはジェイドだけ。

 私はジェイドの悠然と歩く足を見ながら小走りで進む。
 命の危機があれば、あの時みたいに走ったかもしれないけど、今はもう走れない。
 危機があるとすれば迷子の危機、だと思えばあのときほど真剣じゃないし。
 命の危機って言うのは凄い。
 この私の落ちぶれた体にあそこまでの運動をさせるんだからね。
 代償、というか、きっちりと無理は祟ったけど。

 随分先を歩いていた足が、ふと立ち止まったので私も立ち止まった。
 痛い喉を押さえて顔を上げれば、あのムカつく笑みを浮かべたジェイドの顔。

「さて、ここがあなたの新しい部屋です。……おや、どうかしましたか?」

 無用なところでは敏い男だ。
 気が付いていなかったはずがない。

「……私、今あんたのこと、嫌いになった」

 呼吸を整えてやっと言った言葉はそんなもの。
 この程度の言葉、ジェイドの堪えるはずがない!

「それはそれは」

 ああほら、案の定。

「私はずっと前からあなたのことが嫌いでしたよ」











それ行け一般人。――12



 何処をどう歩いてきたのか、はっきり言って覚えていないが、周囲をぐるりと一巡り見渡してみれば大体どこに居るのかわかった。

 軍部と王宮の間の王宮前広場付近のなんだかよくわからない建物。
 アパートみたいなもの?
 少なくとも軍部に住まわされたり王宮に住まわされたりするよりはいいか。

 多少面倒でも王宮在住、軍部在住は嫌だとつくづく言い含めた効果はあったんだろうか。

 何処に住むにしても、特に王宮にはならなくて良かったと思う。
 単にピオニーがまだ帝位を継いでいないから好きに出来なかった、と言理由も無きにしも非ずかと思うけど、ピオニーが帝位を継ぐ前から囲っていた愛人、とか噂が立ったらやってられないし。

 お嬢様方の嫉妬の視線もたまったものじゃないし、地位を使って実力行使に出られたら私個人には家名とかの後ろ盾がない。
 ジェイドやピオニーの事は使えるのかもしれないけど、使ったら最後だ。
 恋人や愛人認定を受け入れるようなものだ。

 私に策士は本来向いていない。
 面倒ごとは避けるに限る。

 欲しいのは安心安全快適な老後だ。

「いわゆるところの集合住宅ですね。あなたの家はこの真ん中です。両サイドには兵士を住まわせてあります」

 こんなところで話してもいいのか、と思ったけど、時間帯のせいもあるのか人通りが多すぎてなんてこともないんだろう。
 聞こえる言葉が意味になる前に人は通り過ぎる。
 ジェイドが居るのは珍しいかもしれないが、まあ将来的には王宮前広場の人が“私たちにも気さくに声をかけてくださる”とかいう皇帝を輩出するような都市だし。
 それに、現皇帝の好戦的外交のせいか、なんかちょっと青の都のイメージとはかけ離れて殺気立っていていやだ。

「……警備の都合上、ってやつね」

「一応一日家に居ても可笑しくない職業を設定していますが、それはおいおいあなたが知っていってください。右のスペースにはあなたを世話させていた女性士官が住んでいます。中で繋がっている部屋があるのでいざと言うときは駆け込みなさい」

「了解、少佐殿」

 私の頭脳が無用の長物となるまでは、監視も我慢しようと思う。
 沈黙したまま、誰も知らなかったならまだしも、私は私の知る事を人に話してしまった。
 一度口にした言葉は意図せずとも千里を走る。
 秘密を秘密のままにしておくのは意外なほど苦労するものだ。

 だからといって、話さずに居るのも人生棒に振るのに等しい。
 戦争のない僻地に住めるだけの体力も財力も人脈もなし。
 結婚や恋愛まで預言で決めているようじゃ、預言に詠まれていないだろう私の相手が居るはずもないし、預言に詠まれたから結婚、なんてあの情報化社会の中でキリモミされてきた私の価値観で今更出来るわけもない。
 大体よっぽどじゃなきゃ違う寿命を抱えて一緒に居られるとは思えないし。
 どうしたってまともじゃないなら足掻くだけ足掻く。

「条件でした、頭の悪い生徒にも根気よく教えることが出来る口の固いフォニック語の教師も」

 頼みはしたがそんな言い方はしていない。

「今ならまだ家具の運び入れで中に居るはずです。詳しいことは彼に聞いてください」

「秘密に関わる人数は、少ないほうがいいからね。使いまわしか」

「あなたのような人間なら、それこそ王宮にでも住まわせろというかと思っていましたが」

「なにさそれ」

 どんな人間だと思っているんだ。
 いや、この言い方を聞けば大体判るってものか。

「面倒ごとはゴメンだよ。身の丈に会わないものは要らない」

「その割には、自分から面倒を引き込んでいるように見えますが」

「仕方ないだろう? 黙っていても破滅には巻き込まれる。そして私は知っているだけなんだ。見てわかるとおり、体力ないし、財力ないし、家名の後ろ盾もない。あんたに拾われたのは、あんときゃ最悪だと思ったけど、今思えば幸運だね。知っている破滅が来るのに怯えてビクビクしているよりは、回避できるように努力できる方がいい」

 それが適っても適わなくても、回避する方法や手段を考えている間だけは、その不安を忘れられる。

 来る破滅を知る恐怖。
 人と違う時間に生きる恐怖。
 永遠に故郷を失った悲哀。
 もうなんでもいい!
 一度に身に降りかかったあらゆる物事が心を食い荒らそうとしている。
 一時の現実逃避でも今は必要だ。

 何時までも逃げ続けることが出来ないなんて、心底わかっている。
 感情の荒波が落ち着いたら、危機回避のほかにも自分の心を向かい合う時間が必要だろう。

「ジェイド。私が安心安全な老後が欲しい、って言うのは、冗談じゃないんだ。今はまだあんたより若いけど、五年、十年後には、追いついて、追い抜かす事になるだろうし」

「そうでしたね」

「人と同じだけも生きられない。身の破滅を招くつもりはない。招かなくても遠くない未来、必ずやって来るって言うんだ。お帰りいただくために一般人は奔走するのさ」

 その時がきて、回避できなかったとき、それでも有る程度の安全を求めるなら、預言に戦争で落ちるとされるマルクトは正直どうかと思うけど。
 マルクトの病が持ち込まれるまでは、キムラスカの方が可能性があるっちゃある筈だ。
 どっちにせよ、秘預言が現実になった場合オールドラントは瘴気によって塵と化す予定だ。
 回避する以外、結局どこに居ても救いはない。

「無理いって、すまなかったね。ありがたく住まわせてもらうよ」

「ええ、本当に無理でした。ですが、あなたの条件は飲んだのです。きりきり働いてもらいますよ」

「知る限りのことなら。不本意だけど、マルクトに保護を願い出ることでマルクトの進退と私自身の進退を重ねてしまった。深く関わってしまえば、もうキムラスカに行くこともできない。そもそも、キムラスカ、あっちは害虫退治してからじゃないと、私の入り込む余地がないし。ここで生きるしかないんだ。私は、私自身のために、マルクトに忠誠を誓ってもいい」

 貴族社会のあり方とか、忠誠心とか、実は良くわからないんだけど。
 マルクトの害になることはやらないと、誓うことなら出来ると思う。
 まあ、自分のために。
 人心の荒廃とか、敗戦とか、全部自分に直結して影響してくることばかりだ。

「ああ、でも、戦争は欲しくない。だからやっぱり今のマルクトには忠誠は誓えないかも」

 きらり、とジェイドの目が鋭く光る。
 多分気のせい。
 けど、きらり、は気のせいでも(合ったとしてもせいぜい眼鏡の反射だろう)眼光鋭く睨まれたのは確かだ。
 これは、これ以上ジェイドの私に対する心象が悪くならないうちに弁明しておくべきだろうか。  











それ行け一般人。――13



 いまさらジェイドごとき、なんと思われても個人的にはなんら思うところは無いが、秘密保持の都合上、対応するのにジェイドが多くなるだろうと思えば心象は良いに越したことはない。
 ただでさえ嫌われているみたいだしね。

「ピオニーなら、いい。破天荒な皇帝になるけど、マルクトをよい方向に導けるはずだ」

 そうすれば私の生活も良くなると言う寸法だ。

 ふっと、鋭い眼光と威圧感が消え去った。
 私の回答は及第点だったようだ。

「今まで預言が人を導くものだったなら。全てが終わったあとなら、預言は詠もうと思ってもだんだんと精度が下がっていくはずだ。そもそも庶民にはなかなか詠めない物になるはず。導をなくした民を引っ張っていくには、彼ほど破天荒な方がいい。まさに転換期の指導者だ」

 あるいは破滅以外の道を以って最後の皇帝となるかもしれない。
 私が王族である意味を知ったナタリアにそれを期待するように、更なる形で民主政治の一歩を引けるかもしれない。

 生きていく上で、住み心地さえ良ければそれこそ民主政治でも王政でも私は構わないんだけど。
 独裁政権といえる王政だって、賢君がなれば良い治世が敷かれるし、民主主義だって暴走することがある。
 私はそれをよく知っている。
 暴走した民主主義が何をしたかも知っている。
 何かあったとき、王一人と側近数人たたっ切れば終わりの王政の方がいいんじゃないのか? と思ったこともあるけど、まあ場合によりけりだ。

 民主政治の基本は、政治の責任は人民にもある、ってことだったような気がする。
 預言が消えた世界で、自分で考える、と言うことを思い出すためにも、まあ一代で民主制になれと言うのは無理かもしれないけど、それの土台を作っていくのは悪くないんじゃないかと思う。
 でもまあ、混乱期と言えばそうだから、カリスマのある為政者がどーんと上に立っていたほうが纏まり易いかな? とも思うし。

 うぁ〜、もっと社会の勉強しとけばよかった。
 1192作ろう鎌倉幕府なんてなんの役にも立たないよ!
 しかもこれ社会っていうより日本史だし!
 必要なのはどっちかって言うと現代社会? 世界史?

 ……もう憶えているわけないじゃん。

「……ジェイドはどうするの? 入ってく? できれば今は一緒に入られたくないけど」

 これ以上目立つのははっきり言ってごめんだ。
 ジェイドはまだ少佐。
 ピオニーは皇帝じゃないから、死霊使いの名を出したときの反応から、その二つ名はもう付いているようだけど、まだ皇帝の懐刀の名前は持っていないはずで、ゲーム本編ほど知名度は高くないと見たい。

 今でも十分高いと言う意見もあるけどね。

「ここで別れて、酒場でカレーでも食べて帰りますよ」

「ああ、この頃にはもう贔屓にしてたんだ、あそこのカレー」

 何気なく呟いたら、踵を返した軍靴の音が返事になった。

 嫌われている理由はなんとなく判っている。
 誰だって、自分のまったく知らない人間に自分の頭を抱えたくなるような過去を根掘り葉掘り知られていたらいい気分はしないだろう。
 ケテルブルクじゃ結構知られているジェイドの過去も、ひとたびそこを離れれば意外なほど認知度は低い。

 なんやかやと、私がせっかく逃れている過去のことをあれやこれやと知っていることは、会話の中で判ってしまっただろう。
 こっちには特に隠すつもりはないし、そういう言葉の端々に滲む細かいところで相手が感づくなら、都合がいいとも言える。

 ゲームじゃジェイドはネフリーに、兄さんがここに足を踏み入れるとは思わなかった、見たいな台詞を言われていたような気がしたから、つまりは逃げでもあるわけだし。
 判っていても聞きたくないことってやつだ。

 今回つついたのはそういった過去ではないけど、知るはずのない人物が彼が酒場のカレーを贔屓にしているというごく個人的な情報をぺらっと喋ったことで、お前の事は何だって知ってるぞー、と言っているのに等しい。
 なんだって、ていうほど知っているわけじゃないけど、それこそ相手にとってはわからないことだし。

 判っていても、人に嫌われるって言うのはあんまりいい気分じゃない。
 たとえ神経逆撫でしているのが私自身でも。
 万人に好かれるなんて無理だと、判った上でも、嫌われるのは怖い。
 急に体が冷えた気がして自分の腕で自分の体を抱きしめる。

 と、去ったはずの足音が帰って来る。
 何があったか知らないが、いっそのこと今は来て欲しくなかった。
 どうして聞き分けているんだろうと思うほど、雑踏の中からその音だけを私の耳は拾い上げる。
 仕方ないので腕を解いて腰に当てた。

「わざわざ帰って来るなんて、お暇なことね」

「そうですね。あなたのような人が突然やってきたりするもので、暇で暇で仕方がありませんよ」

「嫌味言いにきただけじゃないんでしょう?」

「先にけしかけたのは、あなたのほうだと思いましたが」

「あんたが、ジェイド・カーティスだからかなぁ」

 事実そうだとしか言いようが無い。
 ピオニーにまでこんなに喧嘩吹っかけているわけじゃないし、世話をしてくれていた女性仕官には感謝に感謝に感謝を重ねて丁寧に接していた。
 普段の私は必要もなく人の精神逆なでするようなことばかり言ったりはしない。
 必要なら言うけど。
 そう、それこそまさにジェイド・カーティスだから、としか言いようが無いのだ。

「……あした、殿下が極秘に此方に窺います。きちんと家に居てください」

「了解、少佐殿」

 そうして私たちの足は方向を違えて歩き出す。
 早足に人ごみに消えるジェイド。
 その半分の早さも無い、私の筋肉の落ちた左右で太さの違う歪な細い足も、一歩は小さくても確実に新しい住処へ向かう。

 そういや鍵を貰っていなかったな、と思ったけど、中に人が居るし、まあ軍人だし、人待ちでも有るし、必要ないといえば無いか。
 肝心の部屋の住人になるのは私のはずだし。
 これから中に居る人に貰うんだろうと結論する。
 違ったら違ったでそんときゃそんとき。

 グランコクマの建築様式の扉の前で、私はノブに手もかけずに息をついた。

 まじで、筋肉つけなきゃなぁ。
 せめて病後の回復は終わってからこっちにトリップしたかった。











それ行け一般人。――14



 安住の地、では無いかもしれないが、やっと監禁状態ではなく生活のできる住居を手に入れた感動は大きい。
 特に監禁――軟禁? 生活をした後のこと、尚更感動した。

 まあ、監禁中もあまり人との接触は多くなかったから、寂しさのあまり独り言が増えたりしたが、それこそ接触が少なくてストックホルム症候群になる余地もなかった感じだ。
 多分私と口を利くことを禁じられていた、個の意思を封じられた状態の兵隊さんじゃ共感の余地もないし、ピオニーが訪れたのなんてあれ一度きりだった。
 実は結構な無理をして来ていたんじゃないかと今では思っている。
 ジェイドはまあ、あれだしなぁ。
 命懸けで反発したくなると言うか……。

 なんでだろう。

 実際命を落とさないなら、軽口と言うよりは毒舌を吐きあっているのも意外と居心地がいいのかもしれないと思った。
 少なくとも、ムカッとしたりイラっとしたり、相手の言葉にカッとなっている間は落ち込む余裕も無い。
 見返してやりたい、と言う気持ちも生まれているのか、自分に発破をかけているような気もする。

 だから、まあいいかと思う。
 胃に穴が開かない程度には、互いに毒舌を吐きあいながら居るというのも。
 これからはここで、生活が始まるのだ。
 監視つきだとしても、生活が出来るのだ。
 買い物して、自炊して、外食して、学んで。
 必要であるからジェイドとの接触ももちろんあるだろう。
 けど、それ以上に多くの人たちと接触があるはずだ。
 ジェイドのストレスなど序の口のこともまだまだ沢山あるだろう。

 どんなにプラス方向の物事でも、新しい環境や物事はそれだけでストレスとなる。
 とりあえず、こそこそと口を出すことで手を回させることはできても、大々的な行動と言うのはピオニーが帝位についてからでなければ無理だろう。
 それまで、鬱になったり体を壊したりしないようにこの環境に慣れて、時期が来れば尚更増えるだろうストレスから環境ストレスだけでも排除しておきたい。

 とりあえず、手土産も無いから周辺に配置される兵士の方々にはありったけの笑顔を振りまいて挨拶をしておいた。
 どうせ監視されるなら、優良な関係を築いていきたいところだ。
 監禁されていたときから世話をしてくれていた女性士官の方も温かい笑顔を返してくれたし、兵士の方々も、実は私が監禁されているときに接していた人たちが結構いた。
 フルフェイスメットに鎧で声もなし。
 だったから、こっちでは顔も体型も声も何もわからなかったけど、向こうからはまあ丸見えだしね。
 なんか、こう、微妙に安心したというか。
 どちらかといえば皆さん好意的だったから、ほんっとうに、ありがたいことだ。
 もしそういう人選をしてくれたならジェイドのことを見直してもいいかもしれない。
 それでも反発するかもしれないけど。
 ほんと、どうしてあんなに反発したいのか、わからないんだよね。
 実害も有るし、何とかしたいところだけど、でもまあいいか、って思っている辺りもう駄目なような気もする。

 結論は先延ばしにしよう。

 兵士の方々に愛想を振りまいて、互いに自己紹介をして、とりあえず買い物に行ってみた。
 女性仕官の人が付いてきてくれた。
 私にとってはグランコクマは目新しいものばかりだ。
 おのぼりさんよろしくきょろきょろするのも許して欲しい。いや、笑って許してくれたけど。
 ゲームの中じゃ庶民の生活を垣間見る商店街とかまではいけなかったし。

 生活費は当面支給されるそうだ。
 ……いつかは自分で稼ぎたいが、本気で策謀はじめたら稼ぐ余裕も無くなるかもしれないとも思う。
 まあ、いい。

 グランコクマは海の町〜。
 昆布でしっかり出汁をとり、土鍋に大根とにんじんの薄切りを放り込む。
 ぐつぐつしてきたら葉物を入れて、茸を入れて、叩いてミンチにした鶏肉に薬味と軟骨をみじん切りにした物を混ぜ込んで塩を振り、練って練って粘りが出たら一口サイズの団子にして鍋に放り込む。
 グラット来たら火から外してたれをつけて食べましょう。

 兵士の人たちにも一緒に食べませんかと誘ったら、一緒に食卓を囲んでくれた。
 よかった。
 ずっと一人で食事をするのは寂しすぎる。
 監禁されていたころを知っていた人たちと言うことは、もしかしたら私の不安定な精神を汲み取ってくれたのかもしれない。
 明らかに独り言が増えていたからなぁ、あのころ。
 それにほら、見ず知らずの人同士でも、食卓を共にして同じ酒を飲むと親しくなれるという……実はお酒も持ち込んだ私。
 進めれば最初の頃は遠慮していた兵士の人たちも、一口だけでも、から始まって、結構いい感じに酔っている。
 これぞ此方の思う壺?
 態度もこなれてきたし、翌日忘れているというほど深酒もしていない。

 ここで一緒に食べている兵士の人たちが酔っても、他にしらふで哨戒に当たっている兵士もいるから問題は無いと思う。
 休憩時間にアルコール。
 ばれたら同僚に怨まれるかもね、とか思ったりもした。
 大丈夫、いつかあなたも誘うから。
 私の快適生活のためにもここは一つ仲良くなりましょう。

 そして朝。
 昨日の鍋はさすがに残っていなかった。
 実は二日目の出汁は結構旨いんだけど。
 仕方が無いから卵一つにチーズを混ぜて塩で調味してフランパンで焼き上げる。
 音素を使ったコンロは、ガスじゃないけどほとんどガスコンロと同じように使えたからありがたい。
 焼きあがったら皿にとって、白く炊き上げたエンゲーブライスとワカメの味噌汁で朝食になる。
 昨日の内に塩でもんでおいたキュウリの浅漬け付き。

 凄いぞ私。
 早速ここで生活を作っている。

 あんまり資金を使いたくないし、パンの方が安上がりだけど、今日の気分はライスだった。

 今日、ピオニーが来る。

 気合を入れる日の朝食は、ガッツリ胃に来るご飯じゃないとすっきりしない。
 これからが最弱のラスボスとなるための本番といったところか。
 何が出来るのか、何も出来ないのか。
 判らない。
 私がするのはあるいは先を見えなくする行為だ。
 確実に見えていた未来が見えなくなるのは、不安だ。けど、今更何を恐れるものか。
 私は預言なんて知らなかった。
 未来は見えないのが当たり前だった。
 当たり前のことを当たり前に。

 私は味噌汁を飲み干すと、内心でひそかに気合を入れた。

 聞かれていたら、恥ずかしいし。











それ行け一般人。――15



 自分で自分を励ますのって結構限界だ。

 しかも、今日のいつごろ来るのか聞いていないし。
 時計装備でキリキリと回る時間に翻弄されながら過ごしてきた自分には、こう、生活の中での予定が見えているのにやってこない待ち時間が辛い。
 時間を無駄にしているような気がするし、意味もなく老いているような気もする。
 それになにより、まだ起こっても居ないことに対してシュミレーションばかりしてしまって疲れる。

 今まで勢いと乗りと保身で喋ってきたことが、こうなるとどれも仇のような気がしてならないし、ピオニーをすぐさま帝位に付けられる情報ってやつを聞かれたらどうしよう、と思うと落ち込むどころじゃないくらい気が沈む。
 ピオニーが帝位を継ぐのも、きっと預言に詠まれているんだろうし、ピオニー自身とジェイド、つまり軍部はホド崩落の事も知っていたと思うし。
 それが預言に詠まれているというのは、多分知らなかっただろうけど。

 ピオニーの帝位継承も、ホド崩落も、前者はピオニーの兄弟の死が、後者はホドとフェレス島に住んでいたあらゆる人々の死が関係するから、どちらも秘預言扱いだったと思うし。
 預言に詠まれていた事は知らなかった、としても、ホド崩落に関してはこれ以上喋ることもないしなぁと。
 思えば思うほどに、考えれば考えるほどに思考はネガティブな方へ沈んでいく。

 推測ばかり並べるのは良くない。
 良くない、良くないけど!

 現状推測しか出来ないのも精神的に痛い。
 でも有り余っているくせして有限の時間を無為に過ごすのも勿体無いからと、まるで追い詰められるようにとりあえず考える。
 推測だらけだが仕方が無い。
 確定に出来る情報が入ったら、その時々で変えていこうというのは基本スタンス。

 さて、もう一度整理しよう。

 彼らはマルクトがホドを落としたことは知っていた。
 けど、それらが預言に詠まれていた事は知らなかった。
 と言うことにしておく。

 そのはずだし、恐らくこれは間違いない。
 ホド崩落の預言を知らされていたなら、恐らくはフォミクリーのデータももっと早々に撤退させていただろう。

 教団は死の預言を詠まない。
 と言うことは多くの人死にに関わるこの預言は、伏されていたと見て間違いないだろう。
 逆に言えば、キムラスカのほうがこの預言を知っていた可能性も有る。
 アクゼリュスを落とす、ユリアの預言が、大量の人死にの預言であるにもかかわらず知らされていたように。

 キムラスカにとってアクゼリュスは嘗ては我が領土、といったところですでに繁栄の生贄であり敵国の領土であり、取り戻せないのなら滅ぼした方が有益であるという判断だろう。
 キムラスカがホド崩落を知っていた、と言う根拠にはならないが、事実の一つとして、ホド諸共に滅ぶことをマルクト皇帝に望まれたファブレ公爵は生きている。

 キムラスカがホド崩落まで知っていたのかどうか、定かじゃないし、この際どうでもいい。
 おそらく当時の導師であるエベノス? だったかがどんな人柄だったかは知らないが、知らせていない可能性も十分にある。



 というかなー、ああ、なんというかなー。
 なんと言っても、どんなに考えてみたところで情報が足りない。
 市街に買い物に出かけたときにちょっと通りすがりの話を聞いてみたけど、結局彼らは表の人々。
 戦争への不安とか、不満とか、まあ何でもいいけどそういうのは聞けた。
 けどそういうのは為政者が気にすべきことで、私のきにすべきことじゃないし気にしたってどうしようもないことだった。
 私の望む未来に、今の民心は関係が無い。

 ああ、もう!

 何もかもピオニーが来ないのがいけないんだ。
 考える時間だけは無駄に豊富にある。
 ピオニーって、奔放な性格の割には――と言うのも変かもしれないけど、まあ割には? やっぱり人生の要所要所を預言に決められているし、それもまああまりいい方向じゃなかった気がするし。
 ケテルブルク軟禁も、ネフリーに振られたのも、彼女の結婚も確か預言で決まっていた気がするし。
 するとピオニーは預言に詠まれないから結婚しないのか?
 でも、側近達に言わせれば預言に無くてもさっさと結婚させたいんだろうな。
 時期は知らないけど、先帝の子はピオニー以外はみんな、帝位継承争いの中で死んだ、あるいは死ぬらしいし、一人残り帝位を継いだピオニーに子どもがなければ、国が乱れる。

 キムラスカほどじゃないにしても有る程度の血統は重んじるみたいだし、ぶっちゃけ子どもが生まれなければほかの血縁の帝位継承権はみんな似たり寄ったりの低さや遠さだったりするんだろう。

 逆を言えば一番帝位継承に近い位置に居るピオニーが居なくなれば、帝位の遠かった諸侯にも天辺の椅子に近づく可能性が出てくる、と。
 ピオニー殺されたら私にも後が無いな〜、と思う。

 これ以上ネガティブなどうしようもない妄想を繰り広げる前にぜひとも彼にはやってきて欲しいのだが。
 今日は兵士の人たちも女性仕官の人も私を相手にしてくれない。
 確かにピオニーが来た時には人払いも必要だし、監視役としても大いに役立ってもらいたいところだけど、別に今はいいじゃん?
 ピオニー居ないし。
 彼ら彼女等は私の挙動不審を別の意味にとったみたいだ。

 私と違って忠誠、と言う単語を身に染み込ませている彼らにとってはやってくるピオニーもいずれ仕える偉大なお方。
 私もそう思っていると、思っているんだろう。
 そして緊張していると。

 そりゃ確かに、ピオニーに会うのは緊張するけど、最初は監禁だったけど、この変化は破格の扱いだ。
 恩義成りなんなり感じていると思っても不思議じゃないのかもしれない、が!!



 忠義とか忠誠とか、本気で良くわからないから、買い被らないで!!



 言っても無駄なんだろうな〜、と思うあたりもう駄目だ。
 私はガタン、とわざと椅子を大きく鳴らして席を立つと、買ったばかりで足に合わない靴を引き摺ってキッチンに進む。
 第四音素を使った保冷庫から昨日買ったばら肉の塊を取り出すとそれを串でめった刺しにする。
 満遍なく刺して刺して刺しまくる。

 本当は昨日の内にやりたかったんだけど、昨日は疲れて寝てしまったから。

 親の仇のように、憎らしい上司のようにダンダンダン、と音を立てて刺していると、かちりと小さく音がして、そっと隣室の扉が開けられた。
 そこから顔をのぞかせたのは、私の世話役の女性仕官の人。

 ふと目が合うと、またそっと扉を閉めて居なくなった。



 なんか、怖がってなかった?







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