それ行け一般人。6〜10

    10





それ行け一般人。――6



 思ったよりも耳に心地よい声で、そして誰かが当てはめた画面の向こうの声とは、確かに番う質感だった

「お前が噂のスコアラーか?」

 とりあえず私は室内を見渡した。

 天井、床、壁。窓も閉まっている。扉から出て来たわけでもなし。
 一体何処から出現した?
 スライムかこの人は。

「まさに神出鬼没ですね。風の人」

 せめて厳かに。態度を取り繕ったが、何処まで通じているのやら。
 とっさに取り繕った口調は芝居じみていて、とんでもなく自分に似合わないような気がしたけど、もしかしたらいいかもしれないとも思った。

 自分を偽る、と言うことに関しては。

 私は改めて思ったはずなんだ。
 ここは画面の向こう側ではないって。
 もしかしたら私の体には音素が無いかもしれなくて、彼等と私では体の構成からして違うのかもしれない。
 それでも、人の形をして人として生きて言葉と言う意思を交わしているからには、相手も0と1の集合体ではない。
 人の意思なんてただの電気信号だとか言う突っ込みは無しの方向で。

「風の人?」
「風でしょう。貴方の性質は本来留まることを良しとしない。止まり木を求めはするでしょうが、やがて飛び立つ渡り鳥です」

 ピオニーは牡丹でウパラの語源は多分ウパーラ、蛋白石。つまりはオパール。
 オパールは虹の様に輝きを変えるその遊色効果が有名で、その気まぐれな色合いから風の意味を持つ。
 牡丹にしたところで花言葉は王者の何たら、とか。
 まさに王になるために、って感じだけど、どちらも彼の性質を表しすぎるような気がする。
 名は体を現すのか、体は名を求めるのか

「国ほど重いものでも括り付けて置かなければ、何処へなりともいってしまう。閉じこめるのは大変だ」
「おまえ、面白いこと言うな」

「風は留まれば腐るのが常でしょう。腐らずにいられるのは、貴方が風でありながら人でもあるからだ。貴方は貴方を留める者の名を知っているはずです。ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下」
「まだ殿下なんだがな」
「ですがいずれそうよばれるようになる」
「なあ、その堅苦しいしゃべり方やめないか? なんだかジェイドの野郎が二人いるみたいでよ」
「私とあの人は似ても似つかないでしょう? 私はあの人ほど頭がよくないし、第一あの人は天才ですがアホです」
「ひっでーいいようだな?」
「ですが貴方も否定しないのでしょう?」
「まあ、なぁ〜」

 ポリポリと頬をかくピオニー。
 うん、美男子だ!!
 こういうしぐさまで様になるのが美人の特権か!
 て、騒ぐほかにもやることはある。

「とりあえず、しゃべり方についてはもうしばらく辛抱してください。確かにこのしゃべり方のモデルは死霊使い殿ですけど、私は彼にはなれませんよ。安心してください」
「何を安心しろと言うんだ?」
「突っ込みは負けです。……ですが、あなたと私の立場の差を判った上でも、なぜだかだんだんと敬語を使うのが馬鹿らしくなりますね」
「おう、だから堅苦しい喋り方はやめようぜ?」

 おーいおい、いいのか?
 いやだが私よ、この誘いに乗ってはいかんぞ!
 だってさ、この誘いに乗ったらジェイドのこと何もいえなくなる気がしなくない?
 ルークがルークであると判ってからもジェイドってば傲岸不遜を地でいったし。
 戦争屋の学者だと思えば仕方が無いとも言えたけど、今ってそういうのを何とかできるかもしれないチャンスじゃん?
 なのに私が率先して皇帝陛下なるものへの接し方を崩してはう〜ん……。

 あいや、いいのか?
 だって、なぁ〜?
 先に本人から許可貰っているし。

「……では、公式の場以外では」

 にたぁ、と笑うピオニー。
 悪戯っ子とか、悪餓鬼とか言うそういう言葉がよく似合う。
 その顔がさあ呼べ、いざ呼べ、どんと呼べ!! と言っている気がしてならないし、実際言っているんだろう。

「ピオニー様」
「おいおい、堅苦しいのはやめって言っただろう?」
「でも、名前を呼び捨てる許可は得ていない」
「よし。俺が許す。ピオニーと呼べ!」
「御意に、ピオニー。――それより、いいの? 一人でこんなところに来て。死霊使い殿の許可は出ていないんじゃ無いのかい?」

 その死霊使い殿にしたってここ数日あっていないが。

「何で俺があいつの許可を得なくちゃならん。いつか皇帝になる男だぞ?」

 私の言葉に便乗して、いたずらっぽく笑う顔。
 生命力にあふれる笑顔って言うのは、元の世界じゃあまり見なかったと今更思う。

「ピオニーの身を心配しているからでしょう? 私は、自分で言うのも何だけど不審人物だから」
「でも俺を傷つけようとかは思ってないだろ?」
「そもそも物理的に無理だね。武術譜術どちらも皆無。まして体力もない。軍部でも城の中でも、一周したら次の日には倒れるんじゃないか? ついでに言えば、毒姫でもないから、体を使って、と言うのも駄目だね」

 私ってば漫画に毒されすぎ。
 こういう意味でなら毒姫? なんて言ってられっか。
 あえて毒と言うのなら、あるいはこの言葉のみ。

「それにピオ、結構強いでしょ」
「おお、判るか?」
「うん。判るわかる。剣とか使うより徒手空拳で喧嘩とかに殴りこみかけそう」
「おお、良く判ってるな、おまえ」
「おまえじゃなくてルーアッシュ。ここに来たって言うことは、ジェイドに聞いているんでしょ?」
「まあな」
「別にいいわよ。結婚した初恋の人をまだ引き摺っているヘタレの一人や二人に呼ばれないくらい」

 それで私の存在が消えるわけではない。
 音素が無いなら、多分預言すら詠まれないだろうし、ユリアシティの人物名鑑にも私はいなはいずだ。
 けれど、それが私にとっての普通。
 何よりもこの世界において異端である事こそが私の証明。

「ん? どうしたピオニー。変な顔をして」
「俺の初恋の人……知ってるのか?」
「――ケテルブルクの、ジェイドの妹。ネフリーでしょう?」












それ行け一般人。――7



 表情には表さないまま、私は内心でにやりとした。

 もともと人前ではそう多弁な方ではない。
 必要なら喋るし今回みたいに自己脅迫的なほど喋ることもあるし、打ち解ければよく笑うけど、自己の内外の区別は付いている。
 気を許した人と空間、そしてそれ以外。

 区切りはこんなものかな?
 まあつまり、内心どうあれ外面取り繕うくらい訳はないというわけだ。
 骨折入院、これから体力つけましょうね、と言われていた私。
 武器になるのは口しかない。

「知ってるよ、最後の皇帝。あんたの本心がどうか、そんな事は知らない。けど、結婚を拒む理由は対外的には初恋の人を忘れられないから。そして、あんたを知る人たちには、それがネフリーだと思われている、っていうことは知っている」

 初恋の人を忘れられないから、と言う理由は、グランコクマでも結構多くの人が知っていたようなきがする。
 けど、その相手がネフリーであると言うことまでを知っている人間はそう多くはいなかった、と言うのが私の印象だった。
 ゼーゼマンとか、側近連中は別にして。

 地雷覚悟で放った言葉は思った以上に効果があったようだった。
 地雷だと思っていた言葉はどうやら手榴弾だったようで、ピンを抜かれたパイナップルは放射線を描いてピオニーの手の平で、ドカンと一発……いや、ぷすんと湿気った煙をあげたようだった。  ……ま、いいか。
 とりあえず、ただの変人じゃなくて、危険物を持つ変人、っていう認識は持っただろうし。
 私の持つ爆弾は言葉の爆弾。
 音として震えるだけで、口から出た先から消えていくけど、危険物には変わりない。
 爆発したら跡形もなし、って言うのは、普通の爆弾と変わらない気もするし。
 跡形もなくなるぐらいなら不発弾でよかったかなぁ、って。

 せっかく自分が生き残るための駆け引きしているのにねぇ?
 いや、なれないことはするもんじゃないよ。
 ただでさえ短い寿命がもう端から食い荒荒れているような気がする。

 血の気の引いた顔をしたピオニー。

 ジェイドに内緒で来たって言うのも、どこまで本当かわからない。
 もしかしたら、私のことを話したら会いに行くだろうって言うのすら計算されているかもしれない。

 だけどそんなことどうだっていい。

 これは私にもチャンスだ。

 私の話した内容がピオニーにも伝わっていると言う前提で考えるなら、私の話した預言の内容もピオニーは知っている、って思って間違いないだろう。
 虚偽と妄言をばら撒く異常者かどうか、確かめに来たのかもしれない。
 確かに私は見るからに、とは言わないが可笑しなことを口走る人間だけど、よわっちさは傍目からにもすぐにわかるだろう。
 もしかしたら譜眼のせいで私の周りの音素の動きとかもジェイドもはわかるのかもしれないし、それが判るのなら私が音素をまったく操る素養が無いこともわかるだろう。

 あくまで、仮定だけど。

 なにか芯を定めておかないと考えることも出来ないし。
 状況が変わったり情報が入り次第臨機応変に変えていくとして、今の芯はこれにしておこう。

「ピオニー。あなたが私に害をなさないなら、私もあなたに害をなさない。と言っても、私は喋る以外は無力だから、武器なんか無くてもあなたの手のひら一つで簡単に全て無かったことにできる」

 ピオニーの体格を見れば本当に、私はろくに抵抗も出来ないだろうと思う。
 肩幅広いし、胸にも厚みがある。
 もちろん肥満しているわけじゃない。
 筋肉だよ筋肉。
 服から見える首の辺りとか、きっと異性としてみた場合好ましいんだろうなぁ、って思ったりする。
 けど、今の私にとってはただ恐怖の対象だ。

 対照的に、私は明らかに貧弱だ。
 あの魔物を倒せたのだって火事場の馬鹿力、ってやつだろう。
 なんでもない振りをしているけど、急激に使われた筋肉はきちんと悲鳴を上げた。
 一晩寝ると、前の日には分らなかった体の悲鳴が聴こえること聞こえること。
 起き抜けにこむら返り、治めたと思ったら立ち上がるのもやっとの筋肉痛。
 感動してしまうほどまともだった朝食は胃袋が反乱を起こして便器を海まで流れていった。

 海上都市だし、多分海まで直通?
 いや、さすがにグランコクマの住人全員の排泄物が海直通じゃ青の都どころか糞の都か。
 浄化槽とか、あるのかな。

 どうでもいいか。

 とにかく、個室に監禁されて、異性と二人っきり。
 ピオニーが悲鳴を上げたならすぐにでも誰か駆け込んできて私に槍を突きつけるのだろうけど、私が悲鳴を上げたところでどうにもならないだろう。

 反抗は得策じゃない。
 相手の神経を逆なでしてはならない。

 普通の拉致監禁ならそうだけど、そうして、ただの不審な女になった場合の未来が見えるから、私は命を賭けて相手の神経に鑢をかける。

 息を潜めてしまえば、待っているのはただの牢獄か、開放さても路頭に迷う。
 この世界の識字率は知らないけど、大体みんな自分の名前くらいは書けるみたいだし。
 どこか先で仕事を見つけて安寧を得ても、私には私の知る未来と他人と違う時間の流れと言う恐怖が待っている。
 その恐怖は、ここで、こうして毒のある言葉で誰かの精神を逆撫でして逆上されて殺されるかもしれない恐怖を上回って余りあるものだった。
 私にとっては。

 ただ単に、今恐怖を感じる本能が麻痺してしまっただけかもしれない。
 そういう風に冷静な理性は言う。
 けど、麻痺しているなら都合がいい。
 ここで何を言っても言わなくても、先に見えるのは死と混乱だ。
 だったら、命を賭けて足掻ける道を作る。

 怖いほど、家に帰りたい。
 けど、本当に私には帰り方が分らないのだ。
 ローレライだってそこまで万能だとは思っていないし、そもそも接触する術もないだろう。
 だから私は知識だけを武器にして、この世界を生き抜いていく。

 元の世界に帰れないなら、この世界こそが私の生きる大地の上だ。
 死ぬまで生きる。
 いま、決めた。

「あんたは、マルクトを愛しているんだろう? これ以上世界に憎悪を募らせるな。あんたの愛するものは根こそぎその手から零れ落ちるぞ。あんたの代でね」




 







それ行け一般人。――8



「……すこし、考えさせてくれ」

 ピオニーは額を押さえてそういった。

「早くしてくれると助かるな。あんたが私を保護すると言えば、手出しを出来る人間はいなくなる」
「俺が、皇帝になるからか?」
「そう。今はまだ殿下でも、皇帝になれば、私を保護するって言ったそれが最高権力者の言葉になるからね。まだ死ぬつもりは無いんだ」
「ははっ、その割には殺されそうなことばかり言ってるんじゃないのか? ジェイドに聞いたぞ」
「保身のためだよ。無知は至上の幸福って誰かが皮肉っていたけど、確かに知らないって事は考えなくてもいいってことだ。楽では有るだろうけどね。私は嫌だ」
「はは、槍を突きつけても平然としていたって聞いたが、確かに肝があるな、あんた」
「冗談! ただでさえ短い寿命をピオニーと言いジェイドと言い一体何年削れば気が済むのさ! 心臓が磨耗するよ」

 鼓動の回数で人の寿命が決まるとかテレビでやっていたような気がするし。
 呼吸だったっけ?
 どっちにせよ早回りしすぎ。
 ビックリして寿命が縮んだ〜、とか、冗談じゃないんだな〜って思ったし。

 ふと見ればピオニーが思いがけず申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
 目が合うと謝られた。

「すまなかった。考え無しの発言だった」

 ああ、そうか。
 寿命が短い、って所、気にしてくれているんだって。
 すごい、私。
 未来の皇帝に謝らせたよ。

「謝罪は要らない。謝るくらいなら覚悟を決めて。私はまだ、私の知ることをあなたとジェイド以外に洩らしていない。全てを闇の中に沈めるなら今のうちよ?」

 おいおい自分!
 自分で自分の命を縮めるな!
 ここは、私が死んだら私の知っている情報はナニナニを通して世界にばら撒かれる、くらい言って見せるところだろう?
 バカバカ、私のバカ!!

「例えば、ホドはマルクトが、フォミクリーの技術を使用し、当事十一歳の少年に無理やり落とさせた、とかね」

 ピオニーの顔面への血流異常はこれ以上ないほどになっていた。
 もちろん私の心臓の血流異常も。

 マルクトがホドを落とした、くらいならピオニーも知っていた可能性は皆無じゃない、と思う。
 フォミクリーの研究にしても、当事あそこで行なわれていたことをジェイドなら知っていそうだし、ジェイドが知っているならピオニーも知っているだろう。
 ホド崩落に、回収できなかったフォミクリーの技術が関係している、って言うのも、もしかしたら知っているのかもしれない。

 私の知識は基本的にゲームと、ほんの僅かの公式だし。
 小説は一冊も読んでいないから、子供時代とかは本当に聞きかじりだし。
 わからん。
 けど、この場合、彼らがその事実を知っているかどうかって事が重要なわけじゃなく、その事実を外部の人間が知っている、って事実が重要だ。

 漏れているはずがない。
 実際ゲーム中では外郭大地降下後の和平締結時まで、キムラスカもマルクトもダアトも、一部の人間を除いてそれを知らなかった。
 一般に広まれば、マルクトは大義を失うし戦争好きな現皇帝からも民心は離れるだろう。
 自国の統治者が、自国の領土を率先して滅ぼすよう命令を与えた、なんて、広まってはならないことだ。

「私に保護を与えるなら、見返りとしては十分すぎるほどの情報を与えるわ。二千年前、預言を詠んだユリアも願った。そして今、私とあなたたちが望むはず。預言を違えることをね。人が預言を捨てる時がきたのよ。今の皇帝では混乱期、人を導けない。あなたにしか出来ないわ」

 私の安全のためにも、

「ピオニー、あなた、皇帝になりなさい」

 確か、四人兄弟の末っ子だって聞いた……っていうか見た? ことがある。
 一人は戦死。
 あとの二人は毒殺だったか暗殺だったか、どっちも変わらないよね。
 今も生き残っているのか、いないのか。
 わからない、けど、もし既に死んでいるのなら都合がいいとも言える。
 彼が帝位を継ぐのを邪魔するものはだれもいない。  とにかく、ゲーム中ではピオニーは三十三歳のとき、先代から帝位を継ぐはずだ。
 今の段階で都合としたらもしかしたらダアトから邪魔が入ったりするだろうか?
 預言の通りじゃないだろうし。
 だったらしゃあない、皇帝脅しながらの傀儡政権とか?

 なんだって構わない。
 私の命が薄皮一枚で繋がるだけ、って言うのは元からだし。
 元の世界でなら行方不明になったり、死んじゃったり殺されちゃったりすれば探す人や捜査してくれる人がいる。
 社会通俗的に殺人は禁忌だから、犯人を捜そう、って警察組織が動いてくれるはずだ。
 けど、ここにはそんな人間が一人もいない。
 もし、いまこの部屋から煙のように私が消えても彼らが私を探す理由があるとすれば、それは危ない情報を持っているから、であり私の身を案ずるものじゃないだろう。
 ここじゃ一人として、私の死を嘆く人もいない。
 だったら少しでもこのチャンスを生かす方法を、生きる方法を考える。

 あれだあれ。
 裏で指図する人……なんていったっけかな。

 だめだ、思い出せない。

 ……あ、黒幕?

 あ!! フィクサーだ!!

 たしか、意味は不正のお膳立てをする人、だったかな。
 あれ?
 違法な取引なんかを仲介して、手数料やマージンなんかを稼いだりする人の事、だよね。
 せっかく思いついた、って思ったのに、何かが違う。

 ああ、フィクサーなしで直接取引しているからかな。
 別にフィクサーはよく考えれば黒幕とは別物だし。

 よし。
 当面の目標は決まった。



 最弱のラスボスだ。
 ただし、ヴァン達にとっての。



 暗躍してやる。
 キーパーソン皆に手を伸ばしてやる。
 それでしか明るい未来、明るい老後がつかめないならやってやる。

 全力をかけて崩落編で物語は終わらせる。











それ行け一般人。――9



「くえ、クエ、クェェ……クエ?」

 もう一度、世界に憎悪を募らせるな、とそう言って、私とピオニーは別れた。
 それがまたしても数日前のこと。

 なんていうか、監禁生活が日常になりつつあるのって嫌だね。

 筋肉痛も少しずつ癒されてきたし、こむら返りの後引く痛みも引いた。
 食事もきちんと取れるようになったし、運動量が少ないから何時までたっても体力が付かないことを除けば、割と健康かもしれない。
 部屋にはちゃんと太陽の光も降り注ぐ。

 あ、あと肥満の心配もありか。
 食べることと考えることしか出来ることがない。

  「クエクエクエ、クェー……」

 食事は日に三度出るけどおやつはないし、世話してくれる兵隊さんは口を利いてくれないし、もともとが人を監禁するための部屋じゃないみたいだから、デスクとペンと紙も備え付けで置いてあって、それを使っての記憶の書き抜きも大体い思いだせるところは終わっている。
 あとは思い出すたびにちょくちょく書き足したり書き換えたりしているけど。
 使い慣れない万年筆もすっかり手に馴染んだ。
 その間に二つ、ペン先潰したけど。

「クーエークーエークエ。クククククク……」

 正直もう出来ることがない。
 私の言葉の爆弾も、相手がいなければ使いようが無いし、兵隊さんが口を利いてくれないのもそこの所が理由だと思う。

「……クエー」
「さっきからクエクエクエクエ、鳥にでもなりたいんですか、あなたは」
「ジェイド……」

 聞かれていた。
 どこぞの元気の無いチョコボのように鳴いていたのを聞かれていた!
 チョコボには乗りたいが、チョコボになりたいわけじゃない!

 私はただ、思い出せないユリアの譜歌を何とか思い出せないかって思っただけだよ。
 今はまだ言わないけど。
 リズムといっしょに覚えたものはリズムが思い出せないと歌詞も思い出せない。
 そのせいで一番最初のクェ、って聞こえるっぽい所ばっかり繰り返していたんだけど。

「立ち聞きなんて悪趣味だね、ジェイド」

 赤面症でなくてよかった。
 でも心臓は口から出るかと思った。

「いえ、あまりに怪奇な鳴き声で鳴いているので兵士の皆さんが怖がっていましてねぇ」

 っく、悔しい!!

「第三師団は死霊の部隊だって聞いたけど、死霊にも感情はあるんだねぇ。ねえ? 死霊使い殿?」
< 「ええ、死霊ですから、想念や妄念の塊なんですよ」

 くくく、食えない!
 いや、もともと食ったら腹壊しそうだとは思ったけどさ!!
 いやいや、まともに相手にするからいけないんだ。
 そう、落ち着け私。
 新しい横文字の名前と共に、私は生まれ変わったのだ!
 死霊使いを喰っても腹を壊さない鋼鉄の胃腸を持つ女に!!

 ……やっぱやだ。

「……で、何のよう? ジェイドが直々に顔を出すって事は、何かあるんでしょう」
「ええまあ」
「あんた、私のこと嫌いだもんね」
「おや? ばれていましたか」
「隠す気もないくせにさ、白々しいって。で、なに?」
「ルーアッシュ……とりあえず、座ってください」

 名前を呼ばれたのは嫌味だと思ったし、あながち間違いじゃないだろう。
 ジェイドは確かにとんでもない人間だけど、少なくともこのマルクトに執着するものは残っている。
 マルクト帝国であり、ピオニーであり、ケテルブルクのネフリーであり。
 人と定義するだけの正常な? 心の働きは持っていないかもしれないけど、何か執着するものがあって、それが危機に曝される、となれば、動かない人間じゃないはずだ。
 十分、利用できる。
 そして相手も私を利用すればいい。
 一方的な関係は気持ちが悪い。

 促されてソファーに腰を下ろす。
 間に飾り気の無いテーブルを挟んでピジョンブラッドの目と対峙する。
 綺麗な赤だ。
 顔が白いから尚のこと赤い目が映えて見える。

「さて、裏は取れたの? ジェイド」
「ええ、第六譜石らしきものまでは何とか」
「優秀な部下を持ったのね」
「私の部下です。これくらい出来ないわけがありません」

 部下を誇るのはいいけど、もう少し謙虚を学べよ……。

「それで答えは出たの?」
「いえ、その前にあなたが何を望んでいるのかを聞いておきたいと思いまして」
「まあ、道理よね。私もヘタな誤解されて情報を引き出された挙句殺されてもつまんないし」

 私は拷問されて黙っていられる自信は無い。
 っていうか、そんな痛みの中にあったら理路整然としていない私の記憶を引き出してどれほどの役に立つのかも判らないけど。

「王権の簒奪とか、そんな物騒なことは考えていないわ」
「まあそれはそうでしょう。そうだというのなら、やることが拙すぎますし、始めに私に出会ったのはまったくの偶然でしょうしね」
「そうよ、あんた私が死に掛けているのを見ていたのよね? ただ黙って」
「面倒でしたから、魔物に殺されてしまえば後腐れも無いなーと」
「そんなものよねぇ、あんたなら」
「よく私のことを理解してくださっているようでうれしいですよ?」
「せめて世辞くらいには聞こえるように言ってよね」
「おや? 本心ですが」

 溜息しか出てこないよ……

「それで、あなたは何を望んでいるのですか」
「……安心安全、快適な生活」

 恐らく、永遠に帰るべき故郷を失った私が望むのは、それだけだ。

「本当は面倒だから放っておこうって思っていた。けど、人の二倍早く年を取る私の命でも、マルクトの敗北と世界の崩壊を読まれた年号にもまだ生きている可能性があった。だから、あんたに話した。字も読めない、体力も無い、無い無い尽くしで有るのは崩壊の知識だけ。裏も繋がりも、ホントに何にも無いわ。ただ、快適な老後さえくれるなら何も要らない」

 無い無い尽くしでも、例え目の前のこいつに嫌われていても、生きる世界に手出しできるチャンスを得ることが出来たのは、幸いだったと思う。
 無い無い尽くしの一般人。
 自己流で体を鍛えてみたりしたところで、本編に何か影響を与えられるほどに慣れるとは思えないし、そもそもあそこで拾われていなかったら、次に襲ってきた魔物に確実に殺されていたと思う。
 私は不運だけど幸運だ。
 ……矛盾だ。

 考えるそぶりを見せるジェイド。
 私の与える知識に対して、欲しがるものはあまりに小さすぎるだろう。
 それこそ信用できないくらい。

「まだくれるって言うなら、世界平和の後には護衛付きで世界旅行させて。後は庭付き一戸建てとペットのブウサギがいれば大体文句無いわ」

 最後のはピオニーに対するちょっとしたあてつけだ。
 さすがに自分の名前はブウサギにつけないだろうし、私がピオって呼ぶことにしようか?
 もちろん、目の青いオスブウサギだ。











それ行け一般人。――10



 心臓の耐用年数をすり減らしながらジェイドと対談をした結果、もう一つ情報の裏が取れたらまともな居室に移されることになった。

 トイレ・バスはもちろん、キッチンも完備。
 兵士に一声かければ外にも出られるそうだ。
 待遇アップ!! 期待は大きい。

 その情報は、私の知る限りのホド崩落の真と、その生存者であるガルディオス伯爵家の嫡子と、フェンデ家の者が生きていること、二人とも名を変えて一人はダアトに、もう一人はファブレ家に居ると言うこと。

 私と言う人物の裏を取ろうとしても恐らく彼らにはとることが出来ない。
 無い事を証明するのは難しいとはよく言うこと。
 下手な勘繰りはされたくないけど、ちょっとぐらいはあまりにも何もないことに何かを思って欲しいな、って思ったりもする。

 ゲーム中、ジェイドはガイと会った時からマルクトの人間ではないかって疑っていたようだけど、究極的には明かされるまではガルディオスの子であるとは知らなかったみたいだし、生きていることをマルクトそのものが知らなかったように感じたから。
 私としてはマルクト、ピオニーとジェイドにとって未確認の情報だ、っていう認識の下で話していたけど、べつに知っていても問題は無いと思う。
 不審人物が一般に知らないはずの情報を、次々と持っている。
 問題があると知れば多分、むしろそっちの方だと思うから。

 まあマルクトにとっての未確認情報である方が、私に対する利益は大きいと思うけど、大きすぎるのはどんな反動があるのか判らなくて怖いし。

 とにかく、それだけ伝えて、裏が取れても今はまだガイには手出ししないで欲しいと伝えておいた。
 ガイには悪いけど、まだマルクトに帰ってきてもらうわけにはいかない。
 ガイにはルークを教育してもらわなきゃならない。
 ガイだって復讐とのハザマに揺れている、いい状態とはいえないけど、根っこお人よしのガイラルディアがいなくなったらそれこそルークの側にはルーク個人に対して感情を抱いてくれる人間が居なくなる。

 ルークは、やっぱりこの世界のキーパーソンだ。

 三日もたてば、ガイのことにもフェンデの――ヴァンのことにも裏が取れて、近々新しい部屋に移されることに決まったという話だった。

 うれしいけど、不安も大きい。

 実のところ、一番最初に言ったピオニーをすぐにでも皇帝にできる情報、って言うのは、ホドのことでしかない。
 だから、もしピオが知っていたら大法螺、って事にもなりかねない。
 けど、幸いなことに今までは《ピオニーをすぐにでも皇帝にできる情報》についてはそれ以上問いただされることは無かった。

 あくまでも《ピオニーをすぐにでも皇帝にできる情報》については。

 けど、これから聞かれたらどうしようか、と。
 ほかにピオニーを皇帝にのし上げられそうな重要な情報ははっきり言って思いつかない。
 まずいなぁ、って思っている。
 思ってもしょうがないから今は忘れることにした。
 誤魔化すか開き直るかぐらいしか、どうせ出来ないし。

 結果として私が欲しいのは安全快適な老後、であるわけだけど、そこに至る過程って言うのはいろいろある。
 情報を話すだけではなく、場合によってはその情報を元に取りたい行動について力を貸させることも取り付けた。
 これで、表に顔を出さずに暗躍できそうだ。







 時間ばかりは大量にあったから、いろいろなパターンをシュミレートしてみた。

 手っ取り早くヴァンを何かしらの理由をつけて拘束してみたらどうだろう? と思ったりもした。
 マルクト側に出向いてきたときにでも適当な罪状でっち上げて捕まえてもらおうかと思ったけど、あの年で主席総長にまでなる男だ。
 いまダアトで何をしているか知らないが、すでにレプリカ計画は決めた後のこと、めきめきと頭角を現して上り詰めているだろう。
 しかもまだオリジナルイオンが導師の時代。
 オリジナルイオンは確かヴァンに丸め込まれていた気がするし、将来的に主席総長になる男を適当な理由でふん捕まえてはダアトとの関係を悪化させかねない。
 少なくともアクゼリュス崩落時に本性を現すまでは地位の高さも相まってやすやす捕らえられない立場にある。

 それに世界に対する啓発者が居なくなる。
 マルクトはいい。今の状況なら、私が啓発者になれる。
 でも事はマルクトだけのことではない。

 頭の固いキムラスカ上層部も何とかしなければならない。
 それに、マルクトが預言を政に重用しないとしても、ダアトとの関係が悪くなるのはまずい。

 それに、戦争を起こしたがっているモースは、マルクトのほうには来ないだろうし。
 ヴァンはともかく、やはりこれではモースを拘束できない。
 むしろ本編中ならどうとでもモースを拘束できる理由は思いつくんだけど。
 モースの今の位階もわからないけど、既に高位に居ることは間違いないだろう。
 となれば、ダアトの高位の詠師を理不尽に拘束とあってはまたまたマルクトの名を落とす。

 今の時点なら恐らくヴァンはオリジナルイオンを味方に引き込んでいるはずだし、それに伴ってモースも、完全に利害の一致はしていなくてもヴァンがイオンレプリカ計画に当たっては利用しているだろう。
 幾らなんでも高位の協力者が居なければ成り立たないし、そもそもフローリアンを保護していた? のはモースのはずだ。
 なんと言って丸め込まれたのか知らないが、知っていた事は間違いない。

 何事もマルクト一国で全てが何とかなるならそれこそ構わないところだけど、そうでもない。
 外郭大地降下や、預言に対する態度の方向転換。
 このときにキムラスカを蔑ろにすれば後々戦争の火種にもなりかねない。
 そうすれば、私の欲しい安心安全な老後は遠くなる。
 世界に国が二つしかない、と言うことは何処まで逃げても戦争国家。

 やってられない。

 溜息を吐きそうになって、何とかそれを飲み込んだ。
 これ以上幸運を逃がしてたまるかって言うんだ。





 








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