それ行け軍人。 6〜

   





それ行け軍人。――6



 三番目、と口にしたが最後。
 シンク以外のレプリカが総じて押し寄せてきて、三番目、三番目ー! と口々に叫ぶ。
 三番目のフローリアンの区別はまったく付かなかったので、とりあえず中でも割と無邪気そうに見えるレプリカにフローリアンと名付けた。

 後四つ、名前は残っているわけだが、なんだかこの名前を考えた人間に申し訳ないような気さえしてくる。
 考えた人間が思っていたレプリカにきちんと名前が与えられているのか。

 ただ、もうはっきり言って今の状態では着せている服以外にシンク以外のイオンレプリカはほとんど見分けが付かない状態だった。
 名前が与えられるまでは、他人と己の区別も付いていないような状況だった。
 名前をくれと迫って来た順に、手紙にかかれている名前の上のほうから一つづつつけていったのだが――ああも喜ばれると、こうもいい加減に名前をつけたことに罪悪感すら感じ始める始末。

 まあ、喜んでいるなら、いいだろう。

 これで私も一仕事終了だ。
 あとは、何時までもここに留まっていられるわけでもなし。
 彼らの移送について早急に知らせが来ることを祈るばかりだ。

 彼らに、レプリカたちに、情の移り始めている自分を自覚している。
 軍人として、正しい行動を取れなくならないうちに、いっそのこと引き離してもらいたい。
 生意気な一人は別としても、こうも正直に慕われると何と言うか……。

 普通、人はいきなり頭を触られるとかなり強い警戒を示すと思う。
 相手が親しい人間でも、いきなりやられれば警戒する。
 その後で受け入れるかどうかは置いておくとしても、頭と言うのはかなり重要な器官だ。
 そこに触れられて警戒するのは、当たり前のことだ。

 それがこの子たちには、そういった警戒がまったく無い。
 まったくの不意打ちで頭に触れても声を上げて喜んでいて、此方が害を与えるとか、そういったことをまったく考えていないように思える。
 まあ、シンクだけはそうすれば腕を払われるが。

 製造、研究段階から、と以前ディスト殿が喚いていたのを思い出したが……一体どういう教育を施したのかとても気になるところだ。
 とてもじゃないが実験動物として扱われていた萎縮など見受けられない。
 こういう風に育つような環境で居たのだとすれば、逆にシンクの性格のほうが異質なのか。

 それとも彼が、他のレプリカたちは気がつけなかったことに、気が付いてしまっただけなのか。

 いまだ詳しくは語ってくれない。
 私には知りようが無い。

 ディストから聞けばいいのかもしれないが――ここ最近忙しさのあまり彼女にもあえずに居る私には、よほど上からの命令で無い限り、自慢話と我が上官殿の話が九割を越える中から適切な情報を抜き出すなどと言う根気の居る作業はできない。

 ただ、そんな彼らにも恐怖を示すものはあった。

 火と、血だ。

 あと、赤々と溶岩に照らされた火山の内部のような夕焼けも恐れる。
 そして白衣に対しての嫌悪ももって居るようだ。
 随分と、信じられないほどに無邪気だと思っていたが、必ずしもそうと言うわけでもないようだった。
 あるいは彼らは、苦楽を完全に己の中で分離することによって生きているのかもしれない。

 そうであるのなら、憐れか。

 ザレッホ火山につれられたときの、あの異様な雰囲気は憶えているのだろう。
 キッチンで調理中の様子を見た一人が火を怖がり恐慌状態になった。
 それが連鎖してまた酷い有様になったのだが。

 血も、彼ら自身が騒いだ挙句自分で出血したのだが、此方も同様に恐慌状態になり余計に傷口を広げてしまった。

 夕焼けが強い日は窓から入ってくる光に室内も真っ赤になる。
 それを恐れる。
 だからといって窓を閉め、カーテンを下ろせば光源が無い。
 暗闇も恐れるから夜は一日中音素灯をともすことになる。

 夜は夜で彼らは互いに身を寄せ合う。

 曰く、これが心の傷と言うものなのだろう。


 そして、一人脱走を図ること六回。


 今日までで、大体1.5日に一度のペースか。

 これでますます手紙に書かれていた五番目のレプリカ、と言う確信が持てて、とりあえず彼に間違いなくシンクと言う名前を与えられたことには安心している。
 ただ、何時までシンクの脱走を防げるかは未知数だ。
 オリジナルイオンの身体能力をほとんどそのまま継ぐらしいシンクは、子どもとは思えない実力を持つ。

 逃亡を図るシンクと、それを阻む私と。
 ここ近日の攻防の中でも実力を上げてきているのが分る。

 さっさと決着をしてくれないと、既に限界が見えている。

 途中何度かディストとアッシュ殿が顔を見せたりもしていたが、来訪の瞬間と言うのは此方にとって大きな隙であり、その際に逃げようとしたシンクをアッシュ殿が捉えると言うような場面もあった。

 実際の年齢はともかく、傍目には過激な兄弟げんかにしか見えなかったが。

 ディスト殿も、幾度か顔を出すうちにヒエラルキーの低下をレプリカたちの前で曝してしまい、来るたびにもっぱら子ども達と譜業椅子の取り合いをしている。
 まともな時は至極まともな人なのだが、まともな時間が少なすぎる人でもある。



 そうして、私とシンクは八度目の攻防を交えた。
 いや、信じられない成長だ。
 互いにいい汗を書いたというには少々ぼろぼろになりすぎた。
 そもそも私は才有るほうではないが――それにしても虚しくはなる。

 次には逃げられる。
 とそれを確信した翌日だった。


 スミレの蝋封の手紙が届いた。
 そして、スミレの蝋封の手紙を携えたアッシュ殿が来た。


 アッシュ殿のほうに何を書かれていたのか私は知らない。
 ただアッシュ殿はシンク以外にも名前を得てから少しずつ個の発達して来た子ども達をつれて別室で長く話し合っていた。
 そして私のほうに回された封書には、近々サーカスの興行が来るから、その時に子ども達を預けるように、と記されていた。




 彼らのことをレプリカと呼ぶか、それともただの子供のように見るか。
 別れはどちらとも決められないうちに来るようだった。











それ行け軍人。――7



 導師イオンのレプリカの一人が、私の元へ帰って来た。
 フローリアンと名付けらたレプリカだった。

 レプリカたちは造られて適正を見た後には素早く導師と入れ替わり活動するために、精度の高い刷り込みをされている。
 初めは無機質だったそれも、人と触れ合う事で急速に人らしくなっているようだった。
 私のところへやって来たフローリアンも、より人間らしくなって私のところへやってきていた。

 表情、喋り方、行動。
 短期間であるのにどれをとっても獣じみた本能は影を潜めた。
 まだ火も暗闇も恐れるというが、自分の意思で克服していっているという。

 自分たちを助けた誰かに頼りにされて、シンクだけずるい! と言う事らしいが。
 私は、出来うるなら何も知らずにただ普通の子として生きていくのもいいのではないかと、そう思うのだ。
 彼らにはそのチャンスが与えられている。
 そして刷り込みだけではない一般的な教養もこれから手に入れていく。

 そして彼は、私の元で譜術の勉強に励んでいる。
 考えすぎて頭が煮詰まったときには武術の稽古も取り入れて、それもなかなか才があるようだった。
 体力的な問題だろう、シンクには及ばないだろうがこれからも続けていけばなかなか凶悪に仕上がるだろう。

 そうして彼は手紙も書く。

 仲間である、漆黒の翼に引き取られていった仲間たちに対して。
 そして己たちを救うきっかけを与えた人間に対して。

 スミレの印章。
 それを使って封のされた手紙。

 その手紙の人物の言葉によって彼等が火口より掬われたのだとは彼らは知っている。
 アッシュ殿が手紙を持ってきて彼らと話し合った時点で彼らに知れていた。
 だが彼らからその人物の事を尋ねられたとき、手紙を送ってみてもいいかと訪ねられたとき、私はすぐには答えられなかった。
 その権限が無かったとも言える。

 アッシュ殿とその人物とは不定期ではあるが結構頻繁にそのやり取りをしている。
 だがその範囲を彼にまで広げてよかったのか。

 悩んだ時にはすでに手紙は書かれ終わっていて、私の手元にいるフローリアンは仲間たちが書いた手紙すら預かっていた。
 手紙を書いて、送ろうとした段階で誰に当てればいいのか分らなくなったようである。
 とりあえず私は彼等が書いた手紙に一筆添えて、彼らにはその人物の手元まで届かない可能性もあることを言い含めた。
 だが、返事は来た。



 スミレの印章の押された真っ赤な蝋封の施された封筒で。



 それ以来彼らとその人物との手紙のやり取りは続いている。
 フローリアンも最初の頃こそ私に添削を頼んだりもしてきたが、今では一人で手紙も書けるようになっている。

 手紙でのつながりと言うのは不思議なものだ。
 互いの顔が見えなくても時として直接あって話すより、じっくりと時間をかけて考えられ、練られただろう手紙の文面は伝えたい事を伝え、心に、記憶に言葉を残す。

 彼らは故意の悪戯も覚えたようで、全私の手元に居ない子どもたちとも通じ合った上で全員で似たような趣旨の質問を投げかける、などと言う事もしていたらしい。
 フローリアンが一人で手紙を書けるようになってからは私は頼まれなければ彼らの手紙の内容を見ないようにしていたので詳細は知らなかったが、結果は彼が嬉々として語ってくれた。
 興奮していて今一伝わりきって来なかったが、どうやらかなりうれしかったらしい事は窺えた。

 完全に同一の文面で送るのではなく、お題のようなものを決めた上で、それについて書いた手紙を書く、と言うものだったらしい。
 音や色。
 音なら雨の音やブウサギの鳴き声、色なら空の色や草の色といった具合のものらしい。
 詳しい事は分らなかったが、喜びには単純に共感できた。

 まるで家族のような子供――レプリカと呼ぶかただの子供のように見るか。
 そう戸惑っていたはずなのに、今では自然と家族のような、とまで言えるようになっていた。
 その家族のように思っている子供が喜んでいるのだ。
 嬉しくないはずが無かった。

 そして私が喜べば、また喜んでくれる人がいる。
 我が恋人殿は気立てのいい女性だった。

 任務であるから詳しい事はいえなくても、理由は分らなくても、喜びには共に喜んでくれる。
 それがこんなに嬉しいとは。
 悲しみには共に悲しんでくれる。
 それがこんなに楽になることとは。
 怒りのあるときには、私を宥めるように相槌を入れながら話を聞いてくれる。
 誰かに話を聞いてもらうということがこれほどすばらしい事だったとは!!

 私には出来すぎた女性だろう。
 多少怠け者だろうが多少感情的過ぎようが人の欠点なんて上げれば切が無く、私も恐らく彼女にはさまざまに思われているだろう。
 私には、もう彼女しかいない。

 そうして私も、昔とは少しずつ変わっていったのだろう。




 子供の一人が帰ってきた頃、もう一人の子供にも変化が見られた。
 アッシュ殿だ。

 ごく僅かな変化でもしかしたら私の気のせいなのかもしれないが、彼が世界、と言うと大げさかもしれないが、何かを見るときの眼差しが、何か変わったような気がするのだ。
 スミレの印章を押してくる人物との手紙のやり取りと、私との対話。
 そして、私の元に戻ってきた子供と神託の盾騎士団に行った子供と、何かしら思うところがあるようだった。
 今のところ悪いようには出ていないように見えるから、静観しようと思う。

 私は彼を含めた彼らの、口から出る言葉そのものにも、行動にも目をやり、言葉にならない言葉も拾おうと努力している。
 彼女との関係を深める中で、聞いてもらうことの喜びを知ってからは私は彼らの言葉も積極的に聴こうとしていた。

 私も人である。
 完璧な存在ではない。
 時には読み違い、言葉を取り違い、対立した事もある。
 それこそ大人気なく喧嘩もした。
 だが、私たちは喧嘩をし、対立したからといってやすやすと離れられる様な間柄ではなかった。

 アッシュ殿はここにいることを決めた。
 私は任務でアッシュ殿と繋ぎをつけるのが仕事である。
 会わないわけには行かない。
 だから、和解の努力も怠らなかった。

 そもそもそういった誤解などは起こらないように努力していたが、なるときはなるものだ。

 一度大きな対立――いや、あれは正真正銘の喧嘩だろう。
 それを経てからは心の距離が以前より近くなったような気がした。
 上官殿に報告したなら、何か面白いコメントがもらえたかもしれないが、恐ろしいので私は黙ったままである。











それ行け軍人。――8



 プロポーズした。
 婚約した。
 彼女の父親に一発殴られた。
 アッシュとシンクとフローリアンとついでに同僚にも笑われた。
 頬を狙っていた拳を反射的に避けようとして途中で避ける事をやめたものだから妙な位置を殴られて、今私の左目はパンダのようになっている。
 もともと目の位置ではなくその上、眉の上くらいを殴られたのだが、内出血が下ってきて目の周りが真っ黒になったのだ。

 何とか僕は彼女のご両親の了承を取り付けた。
 ごねる彼女の父親に、母親が一喝いれたところすんなりと収まった。

 とても凄い迫力だった。
 そして私はそれが彼女にもしっかりと受け継がれている事を知った。

 でも、大好きだ!

 その日はフローリアンが夕食を作ってくれた。
 こげた目玉焼きに芯の残っているライス。
 フローリアンは自分で食べてみてショックを受けたようだった。
 特にライス。
 目玉焼きは見れば分る。

 固いライスにショックを受けて器を置き、うつむいてごめんなさいと呟いていたので頭をなでた。
 大丈夫だ。
 固いライスは後で雑炊にでもすればいい。無駄にはならない。
 祝ってくれようとした気持ちだけでも嬉しいと、私にとっては社交辞令ではないのだが受け取る相手には恐らく社交辞令にしか聞こえていないのだろう事を言う。
 ついでに料理を習うなら誰がいいのかも伝えておいた。

 包丁の使い方を覚えて損は無い。




 武術ではとっくにシンクに、そして最近譜術でもフローリアンに抜かれた。
 だめだ。
 これではうだつのあがらない亭主一直線ではないのか。
 そう思って時々頭を悩ませる。
 そうして悩む私を、周囲は暖かく……いや。生ぬるい眼差しで見守ってくれる。

 私自身の感じている事と、周囲が私に対して認識している事とにかなりの温度差があるような気がした。
 彼女とはもう四年以上の付き合いになる。
 それなりに互いの事は知っているし、その上でプロポーズした。
 周囲が思っているようにそのために悩んでいるわけではない。
 だからといって誤解を解くために詳しい説明をするわけにもいかない。
 複雑な心境だ。

 同僚の中には彼女の母上を知っている人間もいて、どうやら周辺地域では有名な人だったらしいと知る。

 フローリアンは中庸的に才のある子だった。
 どちらかといえば譜術よりであるが、最も譜術の才があると判じられてイオンになったレプリカよりは体術にも才があった。
 いや、もともと身体的なものに宿る才能なら導師イオンになった子供も彼もシンクも、等しく持っているのだろう。  ただ体力が劣化していたり譜術方面での何かが劣化していたりと、努力では補えない格差が発生しているだけだ。
 それすらも、彼らにとっては個性といえるだろう。

 ほかの漆黒の翼に引き取られていった子供たちがどの程度に育っているのか直接に知ることはないが、どうやら様子を窺う限り譜術方面でフローリアンより才があるのは一人、あとは体術のほうに寄っているようだった。

 体が弱く、ダアト式譜術をはじめとして迂闊な事をすれば消えてしまいかねない導師イオンの代わりに、その負担を少しでも小さなものとするためにセフィロトに施されたダアト式封咒の解咒を、分散させようという計画がある。

 皆で少しずつ負担を肩代わりして、みんなで健康に生き残る事ができれば最高じゃないか、と言う事らしい。
 フローリアンが手紙を見せてくれた。
 そのためにもフローリアンは頑張っている。
 残った同胞全てが生き残るために。
 可能であるなら寿命で死ぬ事ができるように。

 導師イオンの代の統治が長く続く事は好ましいらしい。
 そのためにも導師には長生きをしてもらいたく、その負担を減らすための役代わりの第一候補にフローリアンが入っていた。
 いや、もう一人居たのだが、フローリアンが立候補したらしい。

 体力もあるし譜術力もある。
 もう一人の子供はイオンほどではないとは言え、やはり体力の方に問題があるようだった。
 ダアト式譜術の消耗はただの譜術の比ではない。
 レプリカが第七音素の使用に特化したダアト式譜術や預言を詠むのは、少なからず危険だった。

 ただ、危険は制御する方法もある。
 アッシュ殿が超振動の力の制御を体得し、それを感情に任せて暴発させないように、他者に利用されないように努力するようにフローリアンは譜術を学ぶ。
 フローリアンは譜術を学ぶ事により音素をしり、譜術を使う際の音素の流れを知り、感覚を知り、そうしてからゆっくりと慎重にダアト式譜術を使用していた。

 ダアト式譜術そのものは、彼らは知っていた。
 その知識そのものは、導師イオンのために作られた刷り込みのプログラムによってディストによって与えられていた。
 ただ使える者と使えない者が居るだけの事である。




 近頃もう一つの悩みは、私が婚約した事を言ったノワールが私にあてる手紙にキスマークをつけて送ってくる事だ。
 手紙自体は直接機密に触れる事柄は無い。
 細心の注意を払ってそのように書かれている事はわかる。
 だから誰かに見られても問題は無いのだが、間違っても彼女には見せられない。
 ノワールは妖艶な美女だ。
 その美女からキスマークのついた手紙が送られてくる。

 しかもその内容は子供の成長具合と来たものだった。
 絶対に誤解される。

 誤解を解こうにも、私はまだ彼女にフローリアンを、シンクやセーファ、ライブリーやカーレッジを紹介する事ができないのだ。

 後が無いので真剣に私はその手紙を隠している。

 その手紙に書かれるセーファの様子が最近面白い事になっている。
 ノワール曰く、くらげのようだ、と言う事らしい。

 セーファは、彼らのところに行った中では一番からだの弱い子供だ。
 日常生活には影響が無くても激しい運動は出来ない。
 ナム孤島の子供たちや他のレプリカたちが駆け回っていても大概はそれを眺めているしか出来ない子供だ。
 多くの場合当事者ではなく第三者の視点で物事を見る事になる。
 それがノワールにしてくらげと言わしめる性格を作り上げたらしい。

 この短期間でよくもここまで、凄まじいまでの個性の分岐だ。
 それほどまでに、子供たちは“自分”と言うものを欲しているのかもしれない。










戻る
TOP