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つかの間の英雄達 1
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久しぶりにガーデンの回廊を踏むフィールは、遠目に馴染んだ後姿を見つけて声を掛けた。 「ゼル先輩!」 「お、フィールか! そういや久しぶりだな。っと、どこ行ってたんだったっけ?」 「ガルバディアですよ。ガルバディアガーデン」 「そっか。お疲れさん」 「いえ、なかなか充実した時間でした」 「おう。なら良かった」 他愛無く二人は言葉を交わす。だがそう見えてフィールはゼルの微妙な変化を見逃さなかった。 奇しくも今は昼食時。何処か忍び足めいていたゼル。フィールに見つかってかすかに染まった頬。そして何より――その手の包み。 「ゼル先輩。彼女さんの手作りですか?」 「う、うるせぇ。先輩はからかうもんじゃねーぞ!」 「別に? 彼女、可愛い人ですよね」 「そ、そうかな」 「ちゃんとお礼言いました?」 「言った」 「楽しみですね」 「……おう」 だんだんと茹蛸のようになってゆくゼル・ディン。 包みを持たないほうの手でしきりに後頭部を掻いている。 「それで、何処で食べるんですか?」 「あ? ああ。校庭のずっと奥のほうにあまり人の来ない緑化地帯があって」 とうとうと語りだしたゼルがふと言葉を止めて虚空を見た。 何があるのかとフィールもその視線の先を見てみたが、何も変わったことはない。 「よん、だか?」 「え? いいえ。別に」 「そう……か」 何か納得いかないと首をかしげるゼルは、次の瞬間に何か理解した表情を浮かべるとフィールのほうを振り向いた。 「わり。俺ちょっと行って来るわ。あいつにさ、弁当うまかった俺が言っていたって、つたえてくれねぇ?」 「それはご自分で伝え……た? あれ、ゼル先輩?」 言い切る前にゼルの姿が掻き消えた。 目の錯覚か何かかとフィールはしきりに瞬きをしたが一向に何も変わらない。 ゼルは、いきなり目の前から消えてしまった。 「……まあ、大丈夫ですよね? ちょっと行ってくるって、言ってましたし。行ってくるってことは、行ったら帰ってくるって事ですよね」 ついさっきまでそこにいたゼルは居ない。 言葉はむなしく独り言となる。 「とりあえず、キスティス先輩に報告しておきましょうか」 そう呟いてフィールは踵を返した。 帰還早々面倒なことになったなと、そう思いながら。 「あ、リノアさん!」 その道中にフィールはリノアを見かけて声を掛けた。 「あ〜、フィール! 久しぶりだね。ずっと任務だったの?」 「ええはい。ちょっとガルバディアのほうまで遠征していました」 「そう、お疲れ様です」 「いいえ、仕事ですから。それよりリノアさん、なんか嬉しそうですね」 「そう? そう? 分かっちゃうかな〜〜」 といいながら、るんとした雰囲気を撒き散らすリノア。 誰が見ても一目でご機嫌だと分かるだろう。 「これこれ。ジャーン!!」 「ポーチ、ですか? 可愛いデザインですね」 わざわざ腰に吊っていた物を取り外してフィールの目の前に翳すリノア。 それをまじまじと見つめてフィールは言った。 「今日ね、キリエがこのポーチに念をかけてくれたの。私だけのポーチなんだよ?」 「内部の共有化が図られていない私物としての物ですか?」 「そう! 異世界渡りには持って行けない事になっているのが残念だけど、こっちで使う分には問題ないしね」 「そうですよね」 嬉しそうに外したポーチを再び腰に吊るリノア。 「本当は異世界渡りのときにも持って行きたいんだけど」 「私物は……危ないですからね」 「そうなのよねーー」 しみじみと呟く。 私物入りのポーチを異世界にまで持ち出すことはデメリットの方が大きい。 私物とはイコールでカオスである。本人を認証するシステムは付いているからして本人しか開く心配は基本的には無いが、何事にも例外はある。 その他にも内部の共有化を図る理由としては、異世界と言う何が起きるかわからない、想定しきれない世界にあって何があっても対処できるようにと考えられ作られた代物はどれも効果が高いがそれに比例するように出費も高く、キリエの能力も制限される。 量産できないのだ。 それにしたところで理由の一部でしかないが。 私物としてのポーチは向こうの世界に渡ってから改めて作ることのみが許されている。 「内部の共有化を図ることである程度の公私の境をつけないと、危なすぎますよね」 「ほんと。なんか、最近みんな前より危険度が増している気がするんだけど」 自然と声音はしみじみとした物となった。 「ああ、そういえば」 「なんですか」 リノアがフィールの服の袖を引っ張って、端の方に連れて行く。 引かれるままにフィールは付いて行く。 「ガーデンの中での抜刀は禁止だから、いちおうコソッとね」 廊下の端に寄った程度でこそっとも何もないような気はするが、とりあえずここに人目が無いことだけは確認し終わっている。 「これ。見て」 「ナイフ、ですか? 見覚えの無いデザインですけど、綺麗な細工ですね。実戦に向いているとは思えませんが」 「うん。これもキリエが私に作ってくれたの」 「キリエが、ですか?」 「そう」 呟いてリノアはそっと優しくそのナイフを見る。 物体は危険物だが、それに秘められたキリエの心を感じるようで嬉しくなる。 心ある魔女の自由を、リノアとしてのリノアを、自分を大切に思ってくれているのを感じることが出来た。 「これはね、呪縛を解く効果のある念具なんだって」 「呪縛を解く……そういえば、以前にもそんなものを作っていましたね」 H×Hの世界では大活躍した過去を持つ念具の一つだ。 消耗品としてのイメージが強いが、鍛錬を積んだキリエが作った今なら、どれだけ保つだろうかと考えた。 「やっと満足いく出来上がりになったから、持って行きなさいって」 「どういう意図があったんでしょうか」 「……ガーデン以外に、私が望まないのに私を縛る物があったら、これで片っ端から叩っ切って行きなさい、だって」 「彼女らしい、と言うべきでしょうか」 実際に魔法などを含めた物理的な拘束の意味もあるだろうが、精神、概念的な意味での呪縛をも現しているのだろう。 魔女を縛りつけようとするものはこれからも出て来る事だろう。 そんなもの、叩き切って振り切って、リノアらしく生きてほしいと言う願い。 けれど、一つとして人を縛る物がないのはまた悲しすぎる。 言い方は悪いが、帰る場所、と言うのもひとつの縛りである。 リノアを縛る物からガーデンを除いたのは、ガーデンが今のリノアにとって帰る場所であってほしいと言うキリエの願いだった。 「嬉しいよね。あーあ、もう。どうして皆こんなに優しくしてくれるんだろう」 「リノアさんだから、ですよ」 「そうだと……いいな」 ふっと呟く。その直後、リノアは何かに呼びかけられたかのように虚空を見上げた。 ひどくその動作に覚えがあるフィール。たしかリノアと会う直前に、自分が会っていた人物も、こんな動作をしていたような気がしていた。 なにか、とても危機的なものを感じてフィールはリノアに声を掛けた。 「あの、リノアさん」 「……あ、あれ? フィール?」 心ここにあらず、といった具合に返事をするリノアになおの事危機感を高めるフィール。 心が何処かに飛んでしまった様なリノアをとりあえず捕まえなければならないような気がして手を伸ばした。 だがその手は届かない。 「呼ばれた――」 「ちょ、だれにですかーーーー!!」 伸ばした手は虚空を掴み、言葉は虚しく霧散する。 「ちょっと待ってくださいよこれ報告するのも僕なんですか?」 そして駆け出したフィールの目に映りこむ黒髪。キリエだ。 キリエ、と声を掛けようとしたとき、その彼女がふと虚空を見た。 拙い、ヤバイ。どうにもその動作には覚えがありすぎる。 「リノア?」 今度は不明の誰かに呼ばれたわけではなくリノアに呼ばれた、と感じたらしいが、それにしてもそのリノアもついさっき誰かに呼ばれたといって消えたばかりだ。 嫌な予感は募る一方だ。 「キリエ!!」 「フィール、いいところに」 「いいところじゃなくてですね」 「リノアに呼ばれている気がするのよね。リノアの危機なら、やっぱりいかないと」 「って、やっぱりですか!」 「逆らえそうにもないし。みんなによろしく言っといてくれるかな」 ひらり、と手を振ってやはり掻き消えるキリエ。 「自分で言ってくださいよーー」 次々と消失を目撃するフィールはすでに半泣き状態だった。 眼には涙すら浮かんでいた。 ぐっとその涙を飲み込んでフィールは走る。 「キスティス先輩、スコール先輩、何処ですか」 走って知らせた物の、結局事態は様子見という事になった。 普段異世界渡りに利用するガーディアンフォースは多少の危機でも回避するために分散させてある。 居なくなった三人もそのうちの数体をジャンクションしていた。 異世界、という気軽に移動することは出来ない世界に赴くに当たって探査の方法は確立してある。 それによればとりあえず三人は同じ世界に行っているらしい事は分かっていた。 それだけでも多少は安心である。 三人居る。そして異世界渡りに利用するGFも数体居る。時間はかかるだろうが、最終的に自力で帰還してくる可能性も高い。 リノアまでが行ってしまったのが不安要素ではあったが、そのリノアに呼ばれた、といってキリエが行ったのだ。おそらく大丈夫だろうと踏んでいる。 喪失騒動を一応脇に置いておき、つかの間の日常に彼らは戻る。 「お〜いフィール!」 「あ、セルフィ先輩!」 呼びかけられてフィールは振り返る。 そこでは彼の敬愛する先輩方の一人である小柄な女性が手を振っていた。 「ちょっと聞いてくれへん?」 「なんですか?」 「学園祭実行委員の募集しとるんやけど」 「ええ、知ってますよ」 「なんていうか、集まりが悪いんよ〜〜」 「そうなんですか?」 「そう。そこで!!」 「そこで?」 「フィールのでばんになるんだよ!」 「僕、ですか?」 首をかしげるフィールにセルフィはうんうんと頷いている。 「フィールに入ってもらえたら」 と言った所でふとセルフィは言葉をとぎらせて虚空を見た。 非常に嫌な予感のするフィール。 ここ最近この手のことに遭遇しすぎていた。 「なん、やろ」 「まさかセルフィ先輩、誰かに呼ばれたような気がしたんじゃ」 「よーわかったね〜」 「またですか!」 「そっか。これだったんだ」 呟いたセルフィは腕を上げた。 「ばいばい、ちょ〜っといちきます」 叫ぶ言葉もなくフィールはその場に膝を付いた。 どうしてこうして誰も彼も自分の目の前で居なくなるのか。 別にフィールの目の前で居なくなった彼ら以外にガーデン内部で行く行方不明事件が発生していたりはしない。 「ほんと、勘弁してくださいよ……今度は何処の任務に赴いたことに設定しておけばいいんですか? トラビアの山奥でモンスター退治ですか? ええそうですね」 自己完結すると立ち上がり、とぼとぼと歩き出す。 その目の前にキスティスの姿が映ったとき、彼はとっさに逃げ出そうとしていた。 だというのに、ふと立ち止ったキスティスがふいに虚空を見上げる様子を見たくもないのに目撃してしまう。 そして、やはりふっと掻き消えたキスティス。 「どうして……」 一言そう呟くと、思いか体を引き摺るようにして彼は歩き出した。 残ったアーヴァインとスコールに一通りの報告をして、再び偽りの日常に身を滑り込ませるフィール。 居なくなった人々の分まで手分けをして必死に仕事をこなしているが、嫌な予感は募る一方だった。 なにかが起きる。そんな気がしてならない。 気晴らしがしたくて訓練施設に向かったときだった。 時間帯的に空いているはずだが先客があるらしく、遠く木霊するように銃声が聞こえる。 奥に踏み込むほど近くなるその音に、やがてフィールは気が付いた。 これは、アーヴァインであると。 凄腕のガンナーであるアーヴァインだが、彼の銃撃には少し特徴的な癖があった。 発砲音を聞いているとなんとなくわかる。 フィールはざくざくと草を踏み分けてその音の発生源へ向けて進んで行った。 その先には倒れたアルケオダイノスと煙を上げる銃を肩に担いだアーヴァインの姿。 そのアルケオダイノスに目線を落とし、向こう一週間の学食だな、とフィールは思いを馳せる。 アルケオダイノスはなかなかの人気メニューだった。フィールも好物である。 「アーヴァイン先輩……」 「あれ? フィール。どうしたの?」 くるくると回した銃を自分のポーチにしまうアーヴァイン。 あの中に一体どれだけの事務書類が入っているのだろうか。 ほとんど電子化したとは言えまだ紙の出番は終わっていない。もし、ここでアーヴァインがあのポーチを持ったまま居なくなったら? そう思うとぞっとした。 そう思った、直後だった。 「あれ?」 と呟いてアーヴァインは虚空を見た。 「呼んだの、フィールじゃないよね?」 と呟いたきり、姿が掻き消える。 残されたのは倒されたアルケオダイノスと肩を落とした一人の男。 男は一人とぼとぼと歩き出す。 誰を目指しているのかも分からなかった。 フラフラと歩いている最中にスコールを見つけたフィール。 本来ならすぐにここでアーヴァインの喪失を報告しなければならないのだが、口を突いて出た言葉は違うモノだった。 「スコール先輩、今年の決算出たそうですよ。また忙しくなりますね」 「そうだな」 現実逃避だった。 ガーデンの廊下をスコールとフィールは並んで歩く。 交わされる言葉はガーデンの内務に関わる事ばかりだ。 転入も新入も常に受け入れているが年度も終わりの今はまとめて新入生が入ってくる季節だ。もう少し季節が下ればSeed試験もやってくる。 筆記で合格した生徒達が実戦に投入されるようになると、監督役のSeedなどいくら人数が居ても足りないほどだ。 あそこの備品が足りなかったのはどうなった、事務の人事が滞っている、決算はどうだった、とさまざまな事を話しながら長い廊下を歩いているときだった。 ふと、フィールの隣を歩いていたスコールが歩を止めた。 「先輩? どうしました?」 それをいぶかしんで声を掛けるフィール。 だがスコールはそれには応えず虚空を見上げた。 「先輩?」 「何かに呼ばれた気がする」 「僕じゃなくて、ですか?」 「ああ。……逆らうのは無理そうだな。後は頼む」 「とうとう先輩もですか」 情けない声を上げるフィールの耳に、がしゃん、と何かが落ちたような音がして慌てて視線を戻した時には、すでにそこにスコールの姿は無かった。 足元に落ちているモバイル。これがフィールの聞いた落下音だろう。 「……え? せ、先輩? スコール先輩!」 震える声から叫ぶようにして落ちたモバイルに駆け寄った。 気が動転していたのだろう。なぜかその場で壊れていないかどうかを確認するフィール。 きちんと稼動する事を確認してやっと多少落ち着きを取り戻した。 「ちょっと待ってくださいよ。仕事を振り分けられるのは僕とシュウ先輩と、ニーダ先輩とえーと、あとは、あとは……」 呟いて確実に増えた残務処理の量を思い、フィールは真っ白に燃え尽きた。 「あ、あははは、ははは……」 過労への道がまっすぐに彼の前には引かれていた。 無事に彼等が帰って来たら、飽きるほどの長期休暇をもらう。必ずだ。 フィールはそう決意することで、なんとか立ち直るとゆっくり徒歩を進め始めた。 居なくなったガーデンの重要人物たちは、リノアを初めとして大体が自分の私物としての念具のポーチを持っていただろう。 その内部に納まっていたかもしれない仕事の量を思いやる。 懸案の再確認からしなければならない。 先は遠く思いやられた。 |