つかの間の英雄達  2



 ガーデンの回廊からいきなり薄暗く湿った気配のする森の中に呼ばれ、そこでゼルは赤い瞳をした少女と出会う。

「あなたが私のサーヴァント?」
「おう、多分そうだぜ」
「クラスは何かしら」
「バーサーカー、か?」
「うそ。じゃあどうして喋れるの? バーサーカーには理性が無いはずよ」
「あー、それは多分……」

 ステータス防御にバーサクが百個も詰まっているせいだろう。
 攻撃力が上がるのはいいが、自分本来の戦い方が出来ないそれがゼルはきらいだった。
 狂気に犯されて戦う闘いは自分のものじゃない。

 それに、他の不利なステータス異常であれば仲間たちが積極的に解消してくれるのだが、バーサクだけは別だった。
 もともと魔法使用要員としてはカウントされていないせいもあるだろうが、バーサク状態は積極的に放置されることが多い。
 それもゼルとしては大いに不満だった。

「まあ、とにかく理由はあるからさ」
「ふーん、そうなの。真名はなんていうのかしら」
「俺の名前か?」
「そうよ」
「俺はゼル。ゼル・ディンだ」
「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」




 呼ばれて行った先でリノアが見たのはあまり人相風体のよくない男だった。
 体格は悪くないと思う。だが、中からにじみ出てくるなにかオーラのようなものがあまり心地よい感じではなかった。
 裏路地のごろつきとまでは言わないが、出会って早々笑顔で挨拶したくなるような雰囲気ではないことは確かだ。

 だが、言わねばならないことがおそらくある。そうリノアは思った。
 なんだか知らないけど、ここに来る過程で自分を呼び出したモノから何かしら知識を上蹴られていた。だから、分かる。自分は聖杯戦争に呼ばれたのだと。

「えーっと……、あなたが私のマスターなのかな?」
「おまえ、クラスは何だ」

 顎に人差し指を当てて、侮られているなー、とリノアは思う。

「うーん……たぶん、キャスターかな」

 植えつけられた知識もそう言っているし、自分でも七つの型にはめ込んで呼ばれるとしたらキャスター以外に無いと思っている。
 ちっ、という舌打ちが聞こえて、むっ、とリノアは表情を厳しくする。
 やっぱり侮られている。と。

「よりによってキャスターかくそったれ。最弱のサーヴァントで何をしろって言うんだばかやろう」

 それに始まって一言一言全部の末文が罵倒語になって喋る男。
 良くレパートリーが尽きないなと思わなくも無いが、最弱といわれて気分がいいわけも無い。
 しかもその罵倒語は半分は自分に向けて投げつけられている。

「ちょっと、いい加減にしてよ」
「ああ? なんだてめぇ。マスター様に逆らうって言うのか」
「別に」
「……よくみりゃ、いい女じゃないか」

 上から下まで、明らかなセクシャルな気配を漂わせて嘗め回すように見てくる男にリノアは嫌悪を募らせる。
 ゲス、と内心で呟くが一応言葉には出さずにおく。

 ぬ、と腕が伸びてきて反射的に退くリノアに、男は自分の優位を疑わないゲスな男のにやけた笑みで近寄ってゆく。

「おっと、マスターに逆らおう何て思うなよ。この令呪がある限り俺には逆らえねぇんだからな」

 女性の天敵だ。直感するまでも無くこの男はそういった性質の男だとリノアは知った。
 スコール、と呟いても世界の壁が邪魔をする。
 逃げられない、令呪。
 縛り、呪縛。

 脳裏に思い浮かんだのはキリエから譲り受けた呪縛を解くナイフ。
 そして、キリエの顔だった。

 リノアは足元にある自分が呼ばれた魔方陣にありったけの魔力を流し込んだ。

 リノアには此方の世界の魔術の知識など無い。
 自分を呼び出した聖杯だって、聖杯戦争の何たるかを教えはしても魔術の使い方までなど示唆はしない。
 それでもリノアは本能的に己の魔力を足元の魔方陣に流し込み、そして思い浮かんだその顔の人物の名を呼んでいた。

「キリエ――」

 スコールが、このリノアの危機に呼ばれたのが自分ではないと後で知ったら随分と悔しがるだろう。
 だが今リノアは別に身の危険を感じていたわけではない。
 向かい合う男と、令呪の縛りに嫌悪しただけだった。
 故に呼ぶ名はキリエのもの。スコールは自分の帰る場所。そしてキリエは自分を解き放つ人。

 光を上げる魔方陣。
 そこに浮かぶ人型の影は、直前まで見知ったキリエのものだ。
 表情を輝かせるリノアと、ざっと周囲の状況を見て瞬時に目の前の男に攻撃を仕掛けるキリエ。
 魔術師の男の鳩尾を拳で穿ち頚椎に手刀を叩き込む。
 そのまま無理がある体制にも拘らず回し蹴りを食らわせて男を壁にたたきつけた。

「サーヴァント・アサシン。ここに参上……な〜んちゃって」

 微妙な表情をして呟く。
 殺しを知らないアサシンなんてそれ一体何てジョーク?

「キリエ!」
「リノア!」

 飛び込んでくるリノアと、受け止めるキリエが抱擁を交わす。

「来てくれるなんて思わなかった!」
「私も呼ばれるなんて思わなかったよ。でも、リノアに呼ばれたら行くっきゃないでしょ!」

 そもそも強制力が強く行かない、と言う選択肢は用意されていなかったが、呼んだ相手がリノアであるなら同じ事だ。

「にしても、ピンチにはちゃんとスコール呼んであげないと拗ねちゃうんじゃないの?」
「令呪とか、そういうの聞いたらキリエの顔が思い浮かんだの。呼んじゃって、ゴメン」
「いいのよ。それより、こいつどうする?」
「一応わたしのマスターなんだけど」
「なんか、見るからに下種な男ね」
「見るだけで分かるんだ」
「と言うことはやっぱり下種な男なんだ」

 うんうん、と日取る腕を組んで頷いて納得するキリエ。
 スコールを呼ぶほどの危機でもないのに誰か、この場合はキリエを呼ぶほどの嫌悪を感じた人間だから、と言うだけで適当にそう言ってみたのだが、そうだったらしい。

「うん。わたしにヤ〜ラシイことしようとしてた」
「……死んではいないけど、下半身不随にはなってると思う」

 死なない程度の手加減はしたが、それでも腰骨を複雑骨折しているだろう感触はあった。
 おそらく一生機能不全だ。

「リノア、さっさと縁切っちゃいなよ。あ、そっかナイフ、無い?」
「ううん。いきなり呼ばれたから、私物のポーチごとこっちに来ちゃったの。だから」

 腰に吊るされたポーチから美しい装飾の施されたナイフを取り出す。
 リノアはそれを自分に向けた。
 その刀身をゆっくりと己の中に沈めてゆく。
 鋭いはずの鋼の刃はリノアの事を傷つけない。根元までリノアの中に埋まったとき、それは静かにリノアを縛る令呪の縛りを切り裂いた。

「ふー。なんか、すっきりした」

 清々しく笑うリノアにキリエも気分良く笑い返す。
 自分が作った道具が大切な友人の役に立ったのだ。これほどうれしいことは無い。

「すっきりしたのはいいけど、ここ、どん世界なのかな。準備も出来ないうちに呼ばれちゃったから心構えも微妙なのよねー。……スコール、居ないし」
「大丈夫。わたし、ここなんか覚えがあるし」

 今更気が付くこの部屋の様子。
 どうやらホテルらしい。閉じられたブラインドに近づいて持ち上げる。窓の外は光のちりばめられた懐かしさを誘う夜景があった。
 限りなくキリエのふるさとに似ていて、だが違う世界。

「いこうリノア。こんな薄暗いところ飛び出して。楽しいところも美味しいデザートも私が教えてあげるから!!」
「――うん!!」

 窓を開けて、身を乗り出す。
 いざ旅立たん。

「あ、まって」

 言うとキリエは意識の無い男に駆け寄って、ポーチから剣を取り出した。
 キリエのポーチは内部の共有化が図られている物だ。親に当たるポーチが異世界にいきなり渡ったことで向こうの世界ではそこそこ不便をしているだろうとは思う。だが、こちらに来てしまったキリエたちにとっては非常にありがたいことだった。
 これで子のポーチだった場合、親が空間を隔てて異世界に居ればただの使えない荷物に成り下がる。

「フランベルジュ?」

 取り出された剣をみてリノアが呟くその剣の名。
 炎の属性を持たせた念具であった。

「そう。この令呪ってやつ、残しておくと後が面倒だから、回収して行こうと思って」

 キリエはとても嫌そうな顔で男の服を捲り上げて令呪のある場所を確認する。
 それを左腕に見つけて、キリエは男の肩に狙いを定めた。
 さっと刃を滑らせるとごとり、と腕が床に落ちる。
 血は一滴も流れない。傷口は剣の炎によって焼かれていた。
 落ちた腕を素早く近くにあった大判の布――シーツに丹念に包むと、その端を縛って小脇に抱える。

「帰る方法も探さなくちゃいけないし、もしかしたら私たち以外にも仲間が居るかもしれないし、やることはいっぱいあるわ。行きましょうリノア」

 窓枠に足を掛け身を乗り出すと、二人はそのまま虚空に身を躍らせた。




 呼ばれたセルフィが現れたのは、薄暗く湿っている地下らしき場所だった。
 深呼吸はしたないくうきやな〜〜、とセルフィは思う。
 目の前に居る老人や少女のことが気になったが、とりあえず自分が聖杯戦争にサーヴァントとして呼ばれたらしきことは分かったので、それならこの二人のうち誰かが自分のマスターなのだろうとは思っていた。
 とりあえず、なんやしわくちゃなお爺ちゃんよりは可愛いこの方がええな〜〜、と思いながら。
 どうしてそんなに怯えているのか、身を小さくしているのか気になった。
 自分を見て哀れむような目をしているのも気になることではある。

「おぬしがサーヴァントか」
「う〜ん、そやで?」
「クラスは」
「ライダーだと思う」

 一体何を乗りこなすのか、と思ったが、思い当たるものはあった。

「……ライダーか。セイバー、アーチャー、ランサーの三クラスを引けなかったことは残念だが、まあいい」

 人を見て残念とは随分不躾なおじいさんだと思う。
 ぷぅ、と頬を膨らませて不満を表す。
 だが後ろに居る少女がハラハラし始めたのでやめてみた。

「真名は」
「真名は〜、マスターにしか教えへん」

 といってみたものの、この老人がマスターだったらただの悪あがきだと思う。
 でも後ろに居る少女がマスターであることに一縷の望みを欠けてそう言ってみた。

「……まあいい。桜、わしは上がって準備をしておる。聞き出しておけ」
「はい……おじいさま」

 まるで死人のような陰鬱な老人の背中を二人で見送る。
 その背が完全に見えなくなって、しばらくの間は二人ともだまってそこに立っていた。
 先に口火を切ったのはセルフィだった。

「あなたが私のマスターなのかな」
「はい、そうです。あの、真名を教えてもらえますか?」
「ええよ〜。私はセルフィ・ティルミット。セフィって呼んでかまへんで〜〜」
「セフィ?」
「そう!!」

 呼ばれて喜ぶセルフィの姿に、桜は胸を撫で下ろした。

「私は、桜です。 間桐桜」
「桜ちゃんか〜、かわええな〜〜」

 セルフィが屈託なくほめると、桜はかすかに頬を染めてうつむいてしまう。

「そや! 今度空の旅行に招待するで〜〜!」
「空の、旅行……ですか?」
「わたしクラスはライダーだけど、じゃあ何に乗るんだと思う?」
「さあ、分かりません。セルフィなんて英霊、聞いたこともないですし……」

 ふっふ〜〜、とセルフィは得意げに胸を張る。

「聞いて驚くよ〜〜、な・ん・と! ラグナロクなのだ〜〜〜」
「ラグナロク?」

 だが悲しいかな、異世界の人間にとってラグナロクとはイコールですぐに乗り物と言う理解は無いものだった。




 呼ばれた、と思って何処かを見上げたときにはすでに召喚は終わっていた。
 与えられた知識に頭痛を感じる。
 物理的な頭痛ではなく精神的なもので実際に痛みはないが、問題児を前にしてこめかみを抑え『頭が痛くなるようだわ』と言うようなところだった。

「サーヴァント・ランサー、召喚に応じて参上した。とか、言うべきなのかしら」

 頭がいたい思いだったが、先に呼ばれた誰よりも生真面目であった。

「貴方が私のサーヴァントなのですか」
「ええ。そう見たいね」
「まさか、ケルトの英雄が女性だったとは……」
「ケルトの英雄?」
「違うのですか? それは申し訳ないことを。ルーンの刻まれたピアスで呼んだのでてっきりケルトの英雄殿だとばかり思い込んでいました」
「誤解が解けたならまあいいわ。それで、マスター? 貴方の名前はなんていうのかしら」
「これは失礼しました。私はバゼット。バゼットフラガ・マクレミッツといいます。貴方の真名を教えていただけませんか?」
「私はキスティス・テュリープ」
「キスティス……?」

 得た真名から何処の英雄か探ろうとしているのだろうが、彼女の中にも過去キスティスなる女性の英霊となりうる英雄がいたなどということは思い当たらない。

「申し訳ありませんが、何処の英雄なのか教えてもらえませんか」

 キスティスはふう、と溜息をつく。
 その溜息を、自分の無知を呆れられているのだと思うバゼットは表情を固くした。
 互いの間に信頼関係が無ければ、厳しい聖杯戦争は勝ち抜くことは出来ない。
 まっすぐな性情を持ち、それを強く思うからこそ、今の溜息が彼女には重たく感じられた。

「……勘違いさせたならごめんなさい。別にあなたを責めたわけじゃないわ」
「では」
「あなたが私を知らないことは当たり前なのよ」
「当たり前、ですか?」
「そう」

 叩き込まれた聖杯からの知識に寄れば、呼ばれるのは本来英霊と呼ばれる英雄達の成れの果て、だ。
 それは実体を持たず、聖杯戦争の間のみ魔力によって支えられることになっている、筈なのだが。
 キスティスは実体を持っていた。
 そしてこの世界に留まるのにマスターからの魔力も必要としていない。
 もちろんラインによって魔力供給を受けることは出来る。
 此方の世界の魔術と言うものを知らないキスティスだったが、それは呼ばれたものの本能といっても等しいだろう。
 供給を受けたところで使いどころも見当たらないが。

「それに、本当はランサーじゃなくてイレギュラー・クラスなのよね」
「イレギュラー・クラス!」
「ええ。……改めて自己紹介しようかしら。私はクラス・ウェイバー、キスティス・テュリープ。ガーデンのSeedよ。よろしくね、マスター?」




 なんで僕は落ちているんだろうね〜〜。

 気が付いたら夜の空を落下し続けていたアーヴァインは暢気にそう思っていた。
 地上は遥か遠くにあり、もうしばらくは思考が出来そうだ。
 ほんと、何で落ちているんだろう。
 セルフィのレビテガで飛ばされるような覚えもない。

 耳元を通り抜ける風の音は激しく、手で帽子を抑えているがそれでも飛ばされそうだった。
 裾の拾いコートは風を含んでそのうち風に奪い取られそうで不安になる。
 念が掛けられているから強度だけはやたらとあるが、こういった事態は想定されていなかった。

 しかも頭の中には覚えのない知識がいつの間にか詰まっている。
 聖杯戦争、英霊、自分がサーヴァントで、魔術師に呼ばれてマスターで令呪……。この突然の呼び出しの意味を知るには重要なことだと思うのに中途半端にノイズ入りと言う手の込んだ嫌がらせか何かだろうか。。
 肩をすくめて悪態をつきたくてもこの状況じゃそれも出来ない。

 だんだんと近づいてくる民家の屋根を見る。
 屋敷、といってもいいだろう。あまり普通の家に住んだことのないアーヴァインには良くわからない代物であるが。

 レビテトかけようかな〜〜、とそう思ってふと下を見て、ああ、駄目だなと諦めた。

「さ〜ん、に〜、い〜ち」

 最後のカウントダウンをして、彼は屋根を突き破った。

 視界を覆うほどのほこりが舞い上がっている。起き上がろうとした頭に角材が落ちてきてぶつかった。砕けた漆喰が口の中に入る。
 息もしたくないほどだが、そうもいかない。
 部屋の掃除はしても屋根裏の掃除まではしないんだろうな〜、とは思うけどこういう事態になるなら掃除しておいてほしかったな〜、とも思う。
 やっと埃がおさまった頃、アーヴァインは体を起こして適当に瓦礫の上に腰掛けた。
 いや、座ろうとして下に敷く予定だった破れた赤い布を持ち上げて払うと、その上に座りなおす。
 暗がりでも分かるほど白く汚れてしまった布にそのまま座る気にはなれなかった。例えそれが気休めだとしても。汚れは繊維の中に入り込んでしまったのかあまり取れたようには思えなかった。

 聖杯戦争に呼び出された。知識はそう告げているのに目の前にマスターが居ないってどういうことだろうね〜、と瓦礫に片肘を突いてのんきに考える。
 与えられた知識を引き出して使ってみようにもノイズが煩い。
 先にガーデンから居なくなったほかの仲間たちもこっちに呼ばれたのかな〜〜、と考え始めたときだった。

「なんでよーーーーー!?」

 と言う叫びが、おそらく下から伝わってくる。
 アーヴァインが得意の念で屋敷をスキャンしたところ、どうやらこの家には地階がある様子だった。
 なにかスキャンが邪魔されれているような気もするが、辿れないことはない。
 その下から凄まじい勢いで足音が昇ってくる。
 早いといっても、まだ人間の範囲内だな、と思って彼は聞いていた。
 たどり着いた足音は扉に手をかけガチャリと揺らしてまた声を上げた。

「扉、壊れてる!?」

 ガチャガチャと弄るようすは切れた電話に向かってモシモシ、といい続けるのに似ていると思う。虚しさはどちらも一緒だ。
 自分が落ちたせいだと思うが、部屋の内側から外側に向かって破壊された建材の一部でも当たったのか歪んでいる。こちら側には既に取っ手も無い。

 この屋敷にほかに人間がいる様子は無い。
 ならこのドアをガチャガチャとやっている女性がマスターなのだろうかとアーヴァインは思った。
 どっちにしても口うるさそうだな、と。

 見渡した部屋ではこの破壊されつくしたような部屋でも時計が生きていて、どうやら時間的には深夜に値するらしい。
 さっきから嫌な音がするので天を見上げれば自分が落ちてきた穴からは星空が、そして支える鎖の鎖の幾本かが千切れたシャンデリアが見えた。
 重たげなシャンデリアは古いものらしく頑丈そうであったが、やがて落ちるだろう。
 シャンデリアで人を殺すのはなんの物語だったかと考えた。

 めんどうだし、いっそ逃げ出そうかとすらアーヴァインは思っていた。おあつらえ向きにマスターの目の前に呼ばれたわけでもなし。聖杯戦争なんかに付き合う義理もない。
 だいたい、勝ち残ったところでイレギュラーもイレギュラーだろう自分たちで聖杯とやらが起動するのかどうかも怪しいところだ。
 ほかに呼ばれているサーヴァントたちが、先にガーデンから消えた仲間達であるのなら、戦う事はやぶさかかではなくとも殺し合いはしたくない。

「――ああもう、邪魔だこのおっ……!」

 叫びと共に扉が一蹴される。
 そして現れた赤い服を着た少女――おそらくマスターだと思われる人物は凄惨たる有様を見せる室内をぐるりと見渡してふと死に掛けた時計に目を向けて瞬間目を見開いた。

「…………また、やっちゃった」

 また、と言うところがなにか非常に非情なものを感じたアーヴァインだったが、なかなかパワフルなマスターだね、とだけ思うにとどめた。
 しばらくなにやら独り言を呟いて、自分のほうを身もしないマスターらしき少女。
 必要ないと言うならそれはそれで居なくなろうと思うアーヴァイン。

「それで。アンタ、なに」

 その決心を固める前に、その少女がアーヴァインに声をかけた。非常に不機嫌そうな、状況から鑑みても目の前にいる人物にいきなり掛ける声ではない。
 自分で呼び出しておいて何とは何だ。
 温厚なアーヴァインにも反発心が沸き上がるが、少なくとも少女は己のサーヴァントを召喚早々失うという自体は避け得ていた。

「開口一番がそれかい? これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだね」




 なにか、逆らえない強制力に呼ばれた、と思ったスコールは次の瞬間には頭になにやら膨大な知識を植え付けられて薄暗い倉庫のような場所に立っていた。
 すぐさま周囲を索敵したが、危機はないように感じられた。

 足元には消え掛けた魔法陣があり、自分が立つその場所の近くにはガラクタを抱えたまま驚愕とした面持ちで自分を見上げている少年がいる。
 高い位置にある金格子の窓からは、燦然とした月光が降り注いでいた。

 とりあえずスコールは、己の中に植えつけられた知識に基づいた発言をしてみる事にした。
 周囲に危機はないなら、急ぐ事はない。ことの真偽を確かめてからでも遅くはないと。

「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上した」

 従うも何もなく、服従を強いられたような召喚に反発する心も多々あるが、召喚とはえてしてそういうものである場合が多い。
 自分たちも今は友とも呼べそうな幾多の召喚獣たちを過去力で従えた。

「あんたが俺のマスターか?」

 尋ねた言葉に、少年は無理解を浮かべた瞳を瞬かせた。

「マス、ター?」
「……判らんのならいい」

 ともいえないが、放っておけば他のマスターに襲われて少年は死ぬ可能性もある。
 サーヴァントが逃げ出しても少年には令呪が残る。他のサーヴァントが先にガーデンから消えた仲間たちであるのなら比較的安全であるといえるかもしれないが、それにしても令呪を持って命令されれば逆らいきれるかどうかは疑わしい。
 それに、ほかのサーヴァントが自分の仲間たちであるとの確証もない。

 それならば、事態がある程度わかるまで異世界探査はこの少年を守りながらでもいいか、とスコールは考えた。
 だがそうなると、この少年をどう説得するかの方が難題であるように思われた。

 夜の夜中に個人所有の倉庫らしきところにいきなり現れた怪しい男。
 しかもその男は現れて真っ先に少年にマスターと呼びかけて、そしてこれから君には命の危機がある、と説得し始めるのだ。
 どう考えても怪しすぎる。スコールは自分であれば一度は追い出すだろうと確信がある。

 さて一体どうした物か、とスコールは頭を捻るのだった。










 その頃のフィール。

「みんな……みんな酷いですよ――」
「泣き言をいうんじゃないフィール。ただでさえ遅れているのに、その調子じゃ新入生を受け入れるまでに間に合わない」
「でもシュウ先輩……やっぱり皆さん酷いですよ」

 一人で三台のパソコンを相手にしながら事務作業を進めるフィール。
 既に半日椅子から立っていない。これが敬愛するガーデンと先輩達のためでなければとっくに会社を辞めている。

「酷いって言いたいのは、僕も分かるけど、しょうがないよ。スコールも逆らえない、って言っていたんでしょ」
「ニーダ先輩……、それは分かってますよ」

 書類の影に埋もれて姿が見えず、存在感を失っていたニーダにフィールは言う。分かってはいるのだと。
 だがそれと感情は別だった。

「今年からは新入生に新しいカリキュラムをよういするつもりだったが、去年の流用で構わないだろう。省けるところは徹底的に省かないと間に合わないぞ」

 そう言うシュウはパソコンと書類を両方相手に戦っていた。
 新入生の来る入学式の日まで、と言う締め切りを相手に。
 ここにいるのは三人だけだが、各所に救援は出してあり、これらの仕事に僅かでも携われる人々に既に暇を持て余している人間はいない。
 本気でギリギリであった。

「……何もかもぜーんぶ、私物のポーチごと異世界に言っちゃった先輩達が悪いんじゃないですか!!」

 しばらくもくもくとキーボードを叩いていたと思うとフィールはいきなり叫びだし、がたん、と激しく音を立てて椅子から立ち上がり、出口に向かって駆け出した。

「何処へいくフィール!!」
「トイレと昼食です! 皆さんの分も何か見繕ってきますから許してくださいよーーーーー」

 語尾はだんだんと遠くなって行った。

 シュウはそれを見送ってペンを手放すと、とんとん、と肩をたたく。
 やりきれないのは良くわかる。
 突然居なくなった彼等が不遇にも持ち出す事になったポーチの中には、今期の事務仕事における貴重な資料や書類が多く入っていた。
 特にキスティスとスコールの荷物共々の喪失は痛かった。
 ほぼ一年かけて行ってきた事を一から資料を集め、再作製するところからはじめなくてはならない。その量は膨大な物になる。
 決算書類が手元に残ったが不幸中の幸いかもしれない。

「私たちも休憩を入れようニーダ。あまり根をつめても効率が落ちる」
「そうですね、シュウ先輩」

 応えたニーダの声と共に書類の影から伸びをする声が聞こえる。

「できれば一時間ぐらい仮眠を取りたいところですが」
「それは無理だな。まあ、せいぜいフィールが帰ってくるまで休憩を取ろうじゃないの」

 言って席を立つシュウ。

「あれ? 先輩どこへ行くんですか?」
「なに。飲み物でも買ってこようと思っただけだ」

 言い置いてさっさと去ってゆく。
 その背を見送ってニーダはぼそりと呟いた。

「とか言って、ただこの部屋からでたかっただけ、だと思うんだけどなー」









後書き 反転

バーサーカー・ゼル      キャスター・リノア
アサシン・キリエ       ライダー・セルフィ
ランサー代理、ウェイバー・キスティス
アーチャー・アーヴァイン   セイバー・スコール

ウェイバーは、ウェイブ、波、波動、音波、電波などのなどの波を現すウェイブから。 放つ物、と言うくらいの意味合いで。
元はレアルタとアニメあたりで。PCソフトとしての原版はもっとらんけん。



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