欲望の島

 あらゆるイベントを己の昏睡と言う痛恨のミスでぶっ飛ばし、最後に残されたのがこれだけ、と言うこともあり、キリエのテンションは否が応にも上がり続ける。

 正直傍目からにはうっとおしいほどだ。

「さて、ここで問題。私は、監視されているかどうかとか、全然わからないんだけど、みんな判る?」
「う〜ん、時期はずらしてきているけど、監視要員は常駐、ってことなのかな。どうやらいるみたいだね」
「僕もなんとなくしかわかりませんでした。さすがはアーヴァイン先輩ですね」
「スコールもわかった?」
「ああ、あっちと、こっちだな」

 北と南にそれぞれ数キロの場所に町があることをこのメンバーの中で唯一情報として知らないスコールが指し示したのは、その二つの街のある方角だった。

「やれやれ、こっちもさすがだね」
「そもそも追いつこう、追いつきたい、って思考が馬鹿らしくなりますよね」
「ナンバーワンじゃなくてオンリーワン、って? まあ、そのほうがパーティーの編成の時に複合的な組み合わせができるからいいといえばいいのかな。そもそも住んでいる次元が違うし!」
「やっぱりそう思いますよね!」
「私にとってはあんたも同類だよフィール」

 ふん、とわざと機嫌を損ねたように振舞うキリエ。
 だがすぐに振り返ると、にたり、と笑う。

「さてさて、まずは懸賞の街アントキバ。スタート地点であるここから北に数キロメートル、だったけ?」
「たしか、そのはずですよ」
「勧誘を仕掛けられるのもめんどくさいし、さっさといこうか?」
「よし、じゃあレッツゴー!」













 懸賞といえばやはりこれか、と言うほどメジャーなものだろう。
 たどり着いたアントキバでやはり最初に目をつけたのは、大食いだった。
 やはり盛が普通じゃないが。

「巨大パスタ、ですか……」
「超特盛り、でも言葉が足りない。まあ、普通に食べきれないからこその懸賞なのかも。……やっぱりキルアとゴンも普通じゃないってことか、な」
「ねえ、どうする? 誰か挑戦するかい?」

 言葉は交わしながらも、結局のところ尻込みしている四人。
 どう見ても、一度に一人で食べきれる量ではない。
 念使いになることがイコールで大食いになるか? と言われれば、確かに多少食べる量は増えても太らなくなった、と言うのがキリエの感想で、ちょっと錬や堅の時間を長く取れば食べたものなんてあっという間に消費できる、と言うのがフィールの感想だ。

 よく食べてよく動きの理論と言うか。
 確かに食べる量が多くなったな、とはスコールもアーヴァインも思っている。
 だからといってこの量を、果たして一人前といって今普通に食べられるかといえば――否だ。
 念使いになったからといっていきなり胃袋が拡張するわけではない。

 とりあえず初期の資金としても、これが食べ切れれば三万ジェニー。
 事によっては商品のガルガイダーを一度は塩焼きで食べてみたいといっているのも一人……いや二人いる。

 どうする。
 だが迷ったのは一瞬だった。

「はっ!」

 とキリエが声を上げた。

「どうした」

 尋ねたスコールに向き直り、潤みさえ見せるキラキラした眼差しを投げかける。

「スコール!」
「な、なんだ」

 思わずたじろぐスコールに、キリエは言った。

「ねえ、エデン、持ってる?」
「GFか? それならジャンクションしているが」
「じゃあ」
「じゃあ?」

 ここで非常に嫌な予感のしたスコール。
 彼の感は非常に正しい。
 発動したときには既に逃れられないと言う宿命も、持っているが。

「頑張ってスコール! 《たべる》んだ!!」











『しばらく待ち下さい…… しばらくお待ち下さい…… しばらくお待ち下さい……』









『ケフッ』









「これが、ガルガイダー……。売るか塩焼きにするか、迷うところだよね」
「なぜ俺が……」
「ごめんなさい先輩。でも僕も、食べられるなら一度食べて見たい気もしていました」
「ああ、やっぱりフィールも?」
「珍味だ、と言うことは憶えていたんですが……改めてカードを見ると何と言うか」

 そこでキリエとフィールは目を合わせる。

「まずそうよね」
「まずそうですよね」

 声を合わせてそういった。

「あんたら……」
「そんなに落ち込むなってスコール。きっと今回限りじゃないからさ」
「……次はあんたがやれ、アーヴァイン」
「………了解」

 きゅっと片眉を跳ね上げて、アーヴァインはしぶしぶ了承の意を現した。






 アントキバに数日留まって続々と懸賞をこなし着々とフリーポケットを埋めていく彼ら。
 指定ポケットのカードはそれほど数は無いが、フリーポケットは着実にたまっている。
 マサドラに行くまでもなく、彼らの手に入れたカードを狙ってくる人間のカードを逆に入手したりして、ある程度の呪文カードも手に入れていた。
 この辺りに留まっているのは素人に毛が生えた程度の人間だ。
 攻撃系の呪文カードの効果範囲内である20メートルくらいなら、スコールやアーヴァインであれば一瞬で詰められる。
 カードを使用する呪文を唱えている間に、相手の手からカードが消えてなくなる寸法だ。

 だがゲーム初期から留まり続けているある意味で猛者たる人間もいて、フリーポケットはなかなか華やいでいる。

 そしてとうとう魔法都市マサドラへ向かうことにしたその道中。

 森の中を駆けて行けば、不意に見える忍者のような人影。
 キリエに言わせれば盗賊、ではなく見るからに忍びの者であるのだが、忍びの文化がわからない地域の住民からすれば盗賊も忍びも変わらないのだろう。
 忍びの技は盗賊に通じる。
 ゆえにその管理は厳しいものでなければならない、と言ったのは忍者の卵か、服部半蔵か。

「どうする? みんな」
「とばしちゃっていいんじゃないかい? はっきり言って、僕たちはクリアが目的じゃないしね」
「僕もアーヴァイン先輩の意見に賛成です」
「決まりだな。行くぞ」

 包囲を狭まる盗賊たち。
 そして彼等がいっせいに跳躍した。
 瞬間足を止めればその前面に次々と病気とは思えない鋭さでジャンピング土下座を打ちかます!!

「助けてください!! お願いします!!」

 ごほごほと、慈悲を求めて咳をする。

「抜けろ!」
「了解!!」

 スコールの声に土下座をする盗賊たちの上を飛び越えていく四人。
 そのうちの一人はアーヴァインとスコールに手を引かれてやっとで進んでいるが。
「ああ、お待ち下さい〜!」

 情けない声と咳がが背後から聞こえる。
 それにちらりと目をやって、キリエが言った。

「ゲームキャラとは判っていても、なんだか切ない気分になるわね」
「キリエさん、もしかしてRPGとかやっていると、敵ではあるけど攻撃してこないでふらふらしている敵とか、攻撃できないタイプですか?」
「ただのデータでもさ、無害な奴にこっちから仕掛けるのってなんだか後ろめたいのよね」

 攻撃すれば敵になる。
 だがしなければ味方ではないが敵でも無い状況。
 しかしそんな存在に限ってレアリティの高いアイテムを所持していたり、モンスター図鑑を完成させるのに倒す必要があったり、追加要素の紹介文を読むために数十匹の単位で倒さなければならなかったりする。

 キリエは自分のコレクション魂と、敵ではない敵を倒したときの後ろめたさと罪悪感を秤にかけて、コレクションを諦めた。
 楽しむゲームでいちいちこんな気持ちを抱いてはいられない。




 忍びたちを通り過ぎ森を抜けて岩石地帯に入れば、そこはモンスターの出現域に入る。
 宝庫と言っても差しさわりの無い幾多者種類のモンスターたちと出会うことになるのだろう、トップバッターは一つ目巨人だった。
 図体のでかさは誇れるがモンスターとしてのランクは低く、弱点もあからさまで見るからに、と言った感じだ。
 一対一であればいくらキリエでも負ける気はしない。
 オーラの伸びはもうほとんど無いが、戦闘技術に関しては師匠がいいのか才の無い身でありながらも着実に身につけていっている。

「あれが噂の一つ目巨人ですか」
「噂になってたっけ〜?」
「そんな噂聞いたことないわね。でも、けっこういろんな種類がいるのね。あの巨人の肩に乗っているのとか、巨人の子どもの設定だったりして」

 あはは、と朗らかに笑いながらキリエの腰は引いていた。
 一対一であれば負ける気はしない。
 だが多数対一なら、まず逃げる。
 動くたびに風が渦巻き、足の裏といわずとも、足の親指程度でプチッと潰されてしまいそうである。
 ふっ、と溜息一つこぼしてスコールは顔を上げる。

「魔物でも換金できるんだろう?」
「カードなら」
「もうパスタは当分ゴメンだ」
「一人四皿は、さすがに飽きましたよ」

 じろりとキリエを睨みつける。
 ひくり、と唇の端の引きつった愛想笑いを浮かべるキリエ。

「いや、私まだGFジャンクションできないし、さ」

 あの巨大なパスタを、三人で一人四皿。
 ガルガイダーのカードは十二枚。
 初期資金としては割と悪くないだろう。
 だが、物事限界は意外と近くに設定されている。

「まだ胸焼けがする気がする」
「僕も〜」
「あ、はは。が、頑張ってね? カードは回収しておくからさ。ランクの低い魔物でもいくばくかのお金にはなるでしょうし、四人もいればフリーポケットもけっこうあるからどんどん行こうか!!」

 反応を示したのは肩をすくめたアーヴァインだけだった。
 各々巨人に向き直る目には、異様な力が宿っている。

 ぐ、っと足に力をいれ、はるか上空から振り下ろされた巨人の攻撃をかわす彼ら。
 三人の男達の心は、いま、一つになった――



「当分」
「パスタは」
「食べたくないね!!」



 怪人達が空中を駆け抜ける中、下ではキリエがひたすらにカード化した魔物たちを回収していた。
 当分彼らにパスタは食べさせられないな、と。




 メラニントカゲ、マリモッチ、バブルホース、リモコンラットにエトセトラ。
 とりあえずキリエは逃げて、カードを拾う。
 一つ目巨人を倒したのは一匹のみ、メラニントカゲは弱点の痣がわからなかったし、マリモッチは目で追いかけるのがやっとの状態。
 バブルホースは纏と絶の切り替えにあたふたしている間に逃げられた。

 戦いが苦手なキリエはの基本スタイルとして、纏を解かない、と言うのが有る。
 攻防力の移動が苦手だから、常にどの部位の防御も最低限捨てずに置く。
 そして勝てないと見たなら可能な限り速やかに逃走する。
 故にこまめにオーラを切り替えなければならないバブルホースはかなり苦手な分野に入るモンスターだった。
 余裕を持って捕まえられたのはリモコンラットくらいのものだ。
 弱者の部類に入るからこそ、凝の鍛錬だけは欠かさないでいる。

 一人でグリードアイランドに入っていたなら、入ったきり、ここから出られないプレイヤー達と同じ運命を辿っていただろう。

 脱・巨大パスタのために執念を燃やす彼ら。
 辺りの魔物を一掃し、フリーポケットを魔物で満杯にするとそれをもって魔法都市マサドラに走る。
 無人の村や、紙のようなキャンプ地を抜けて、マサドラにたどり着き、彼らは所持しているカードを真っ先に売り払って資金にした。

 そしてするべきは――

「どうする? どうする?」
「ここはやっぱり〜」
「いくぞ」
「「イ〜エッサー!!」」

 歓声を上げながら彼らはレストランへ突撃して行った。









 巨大パスタを脱出して、初期資金も手に入れた彼らはマサドラで魔法カードを購入しつつ未入手のカードの入手に奔走する。
 はじめてみればなかなか面白い。
 コレクター魂を刺激され、ふと気が付けば熱くなっていることも多々あった。
 指定ポケットが一つ埋まるごとに沸きあがる喜び。

 どれに何枚分のカード化限度枚数が指定されているのか分らなかったが、恐らく今はここに来ている幻影旅団の人間の、プレイヤー狩りの影響も出ているのだろう。
 時々マサドラのカードショップに顔を出せば、以前は品切れだったカードが入荷されていることがあった。

 指定ポケットのナンバーは『000』から『099』までの百。
 こまめにバトルや交換、イベントをこなしていれば半数以上は意外と簡単に手に入った。
 大天使の息吹などのカード化限度枚数の制限が厳しいものはゲンスルーを初めとする曰く『ハメ組み』が独占しているからだろう。
 それでも行動の結果として彼らは引換券の入手に成功している。

 別にクリアを目指すわけでもない。
 ただひたすらに面白い能力のある道具を手に入れてはキリエがそれを視て、あるいは聴いて、新しい念具の開発への方向的な指針にしているだけである。
 コンプリートを目指すのはただコレクション魂に火がついたゆえ。

 そんなある日の深夜。




「う〜ん……」

 岩石地帯に舞い戻っキャンプをしているときだった。
 見張り番になったキリエは見張りもそこそこにバインダーを取り出して唸る。

 そもそもキリエが見張り番、と言うことになっているが、いざと言う事が起これば肝心の見張りについているキリエよりスコールたちの方がその事に早く気が付く。
 初めのころはかなり真面目に見張り番をこなしていたキリエだったが、そんなことを繰り返すうちにだんだんと見張りにおける自分の実用性に疑問を感じてきていた。

 そんなある日の晩だった。

「そうしました? キリエさん。あれ? そのカード、長老の背伸び薬ですか?」
「あ、フィール。……そうよ」

 キリエの不審な行動に気が付いたのか、テントの中からフィールが起きだしてくる。
 気まずそうに答えたキリエのフリーポケットの中には、一枚。
 それ以外は拾った石や木の葉だったりするものだから、何を睨んで考えているのかはすぐにわかる。

「……キリエさん、背が伸びたいんですか?」
「うっ、そうよ」
「今でも十分足りていると思いますけど?」

 怪訝そうに尋ねれば、まくし立てるようにキリエは言った。

「だってさ、あなたたちでかいんだもん。ノッポノッポのアーヴァイン、スコールとためをはるフィール。なんか私だけちまちましたサイズじゃない。二十歳超えたから成長も望めないし」
「【固定の概念】は老いを固定しただけで成長は止めてないですから、もう少し様子を見てみたらどうですか?」
「だめよ、フィール。私、十八歳の時から成長して無いの。昔は170センチ身長が欲しくてしょうがなかったのよね」
「それ、女性としてはけっこう大柄な方では?」
「ええ、実際170超えた友人が服や靴一つ選ぶのにも苦労していたのは知っているんだけど。けど、憧れなのよねぇ」
「キリエさんはそのままでいいと思いますよ? 比べる対象が悪いだけで、別に小柄でもないですから」

 柔らかく諭されて、考える。

「あなた達会話するのにも見上げなきゃならないんだもん……」
「だもん、って……」
「判った。一枚しかないからカード化解除するのも勿体無いし。背が伸びる、って言って、胴体だけ伸びたりしたらたまんないしね」

 そういうキリエは、ゲームFF8をプレイしていたとき、カードをアイテム化すれば貴重なアイテムがたくさん手に入ることを承知の上で、コレクションしたデータを崩すすのが惜しまれてついぞアイテム化したことは無い。
 その一方で、カードゲームのルールに邪魔をされ、一度もコンプリートしたことも無い人間だった。




 幻影旅団との接触は可能な限り避けていた彼らだったが、ふと気が付けばバインダーのプレイヤー名に入っているクロロ・ルシルフルの名前。
 見つけたとたんにうんざりしたのはいうまでも無い。
 何処ですれ違ったものかは分らないが――恐らくはNPCも含め大勢の人間が居る街中でのすれ違いだろう。
 クロロを名乗るヒソカの名前が載っていたバインダーはスコールとアーヴァインのものだった。
 巧妙な隠行術が功を奏したのだろう。
 下手に声を掛けられていないのは幸いだった。

 ヒソカが彼らの存在を隠すほうが面白いこと、と判断したなら大丈夫だと思うが自分の利にも適うことなら躊躇わずスコール達がここに居ることを話すだろう。
 幻影旅団がガーデンを追っていたことを承知の上で。
 幻影旅団も出てきたなら面倒くささはいや増してくる。

 ゴンたちとは、街が行動の拠点となっているスコールたちと修行をメインに町の外で活動しているゴンたちとは被らないようで、まだ誰のバインダーにもゴンの名前は無い。
 ヒソカの名前が挙がるくらいならゴンの名前が挙がるほうが格段に心は楽だ。
 ついでに原作を知るアーヴァインとフィールには、あわよくばビスケにキリエを鍛えてもらえはしないだろうかと言う思惑もある。
 自力で切り抜けられるのがほぼリモコンラットのみと言う情けなさ。
 一つ目巨人も一対一で一匹であり、多対一になった時点で速やかに逃走を図る。

 弱い。
 念具の作製能力は魅力的だが、徹底的に戦闘に向いていない。
 最近はスコールたちに訓練をつけてもらい、今まで使った事の無い武器にも触れてみて、以前と比べれば格段にスキルアップしている。

 そう、それは一人でリモコンラットや一つ目巨人を倒せたりもするくらいに。

 だがそれは、もともとが弱すぎると言うだけの話である。
 訓練すれば誰でも使えると言われる銃器ですら人並みには使えない。
 故に命中補正と自動追尾機能の付いた念具の銃を使用しているが、その特殊効果は念弾に対してのみであり、実弾を入れて撃てばただの銃だ。
 その上念弾の効果は本人が篭めたオーラ量に比例する。
 放出系ではなくてもオーラ放出による攻撃が出来る、と言うそれだけでしかない。

 かねてより散々銃の扱いについてアーヴァインにコーチさせた挙句、最終的にキリエが彼から引き出した言葉は一つ。

『……キリエ、キミ才能無いよ』

 ぐうの音も出ないほど、身に染みて感じていた。
 フィールを師にしてウィップの扱いを学べば初撃で足に裂傷を作る。
 十センチにも及ぶ深い傷は彼等が癒しを行なう能力を持っていなければ縫ってもあとが残っただろう。
 その後も自損率の高さから止めたほうがいいと勧められる。

 あと一人の師と出来そうな人間がこの場合スコールとなるわけなのだが、ただでさえ扱いの難しいガンブレード、キリエはそもそも諦めた。
 ガンブレードの代わりに、スコールがガンブレードを使い始める以前に使っていたと言うソードの扱い教えてもらい、そして分ったことがある。

 やはり才能は無いが、まっすぐで硬い刃を持つ剣は、鞭のように撓る事もなく、基本をきちんと身につければ自分を傷付ける事も無い。
 才能が無いのはどれも一緒だが、シンプルなだけあって一番努力で埋めえる分野だ、と思った。
 だがそこでマニュアルどおりに行かないのがキリエだとも言える。

 ただの剣ではあまりにノーマル、普通過ぎる。
 いっそのこと、日本刀でも使いたいところだったが刀剣類の中では手に入りにくい部類の代物だ。
 手に入れるためのコネクションもルートもこの島の外にはあるが中には無い。
 そのうえ日本刀は西洋剣に比べると切れ味を重視した細身の刀で乱暴に扱えばすぐに折れる。
 念をかけて強化すれば問題ないだろうが、どちらにせよ扱いに必要な技術の差は歴然としていた。

 日本刀は繊細な代物。

 使うことさえできれば心強い味方だろう。
 だが大雑把、ガサツを地で行くキリエにとって、日本刀とは過去より今までずっと、鑑賞する代物だった。
 そこで考えたのが、二刀使いだった。

 使い慣れるまではむしろ弱いだろう。
 一本の刀と盾を使うよりそれなりの使い手となるのにも時間はかかるだろう。
 だがキリエはそれを選んだ。
 どうせ何をとってもろくに才能なんてありはしないのならこれがいい。

 二刀使いはいないわけでは無いが絶対数が少ない。
 そして両方とも剣であると言う特性が魅力だった。

 臨機応変に、どちらかを盾にし、どちらかを剣にして防ぎ、攻撃する。
 才が無いなら無いなりの工夫が必要だ。
 勝つため、逃げるため、そして彼らと――ガーデンと共に行くために。

 才能のなさは成長の速度でよく分る。
 以前キリエが師に付いて念を学んでいたとき、ある程度までは明らかにぐんぐん成長していたのにそれを過ぎると頭打ちになり、成長の停止を身をもって実感した時の感覚をキリエはよく覚えている。
 師匠に止められるまで無理をした。
 努力を重ねた。
 だがオーラ総量も扱う技術もピクリとも伸びなくなっていたあの頃。

 それが今は武器を使う戦いと言う違う分野に手を出して、緩やかながら成長が感じられる。
 とても鈍く人の二倍、三倍の時間をかけてでも、止まっているわけではない、身についている、成長できていると感じられることの喜び。
 そして、その成長を共に喜んでくれる人間の存在。

 彼らと出会ってから喜びも悲しみも、そして苦しみも分かち合ってきた。

 この世界に飛ばされて、一人着の身着のまま途方にくれていたことがあった。
 苦労して師を見つけ念を習得し、こちらの世界で恋人を得て、そして失い。
 気力を失ったままだった頃に出会った彼ら。
 大切な隣人達。

   めぐってきた食事当番のときは、せめてもの感謝を篭めて普遍的な料理でも少しでも美味しく食べてもらいたいと思い、努力する。
 例えばこんな日があったとしても、普段は。




 今日の食事当番のキリエ。
 とんとん、と人参を刻みながらタマネギを炒める。
 今日のメニューは無難にカレーだ。

 料理は四交代で、大体一週間に一度はカレーが出てくる。
 高々カレーと侮るなかれ。
 作る人間によって思いのほか味が変わる。

 キリエはカレーパウダーを使ったさらっとしたカレーを作るし、アーヴァインは単一のルーを使った中辛だ。
 スコールはパウダーから市販の固形ルーまで満遍なく使う小技を駆使し、何を入れているのか一番コクのあるカレーを作る。
 フィールのカレーはにんにく臭い。

 フィールもこうなると、珍しいからといってスコールの料理をありがたがって崇拝するような真似はしなくなった。
 慣れてしまったのだろう。

 慣れた手つきで調理をする傍らで、キリエは密かに足元で何かを入れた袋を踏みつけていた。
 うどんを練る為に、袋に入れて足で踏む、と言うのを参考にしているわけだったが、足元と言うのは意外な盲点であるらしく、表面上何事も無いかのように鍋を掻き回していれば誰も気にすることも無い。

 鍛錬にバインダーのチェックと、自分に視線がないのを素早く確認すると、キリエは急いで踏みつけていた袋から粉末に近くなった中身を取り出して、柔らかくしておいたクリームチーズに混ぜ込んだ。
 それをクッキーに挟んで皿に並べる。

 日は落ちた。
 ランプの明かり程度では、クリームの混ぜ物にまでは気がつかないだろう。
 クッキーの形も、トラップに使用するクッキーとは明らかに違う形のものを選んでいる。
 見た目で警戒されることは恐らく無い。

 何食わぬ顔で皿にライスとカレーを盛ると、声を張り上げた。

「みーんーなー! ご飯できたよー!!」

 今まで築き上げてきた信頼と実績のもとに、疑いもなく食事を口にする彼ら。
 その姿にキリエは密かに笑みを浮かべた。


 和気藹々と、今後の予定なども話し合いながらカレーが平らげられた頃、不意に立ち上がったキリエがニコニコと笑いながら皿を持ってくる。

「じゃじゃーん、今日はデザート付きでーす! 久しぶりに甘いものもいいんじゃないかって思って。クリームチーズのクッキーサンドよ」
「へえ、おいしそうですね」
「いつも食べたいわけじゃないけど、確かにたまにはいいかもね〜」
「あんたが作ったのか?」
「もちろん! そんなに不思議そうな顔しないでよ。自炊していた人間なめるなよ?」

 製菓の歴史を一つ二つ披露して、再び立ち上がるキリエ。
 どうした、と尋ねられれば。

「お茶入れてくるから、先に食べてていいわよ」

 そう言って、持ち込んだ簡易コンロの上に掛けられていたヤカンを火から下ろした。









な ん だ こ れ は !!









 夜に悲鳴が響き渡る。

「はぁ……美形って、女体化してもやっぱり美形ねー。背が高いから、まるでモデルみたい。はぁ、羨ましいわ」
「キリエ……」

 怒気と言うのも生易しい気配が辺りを包む。
 意識してか無意識でか、オーラの混じるその気配の強さに、キリエの心臓は締め付けられんばかりだった。

「……もう二度としません、ごめんなさい」

 地に膝を着いて謝罪を述べるキリエの後ろでは、アーヴァインとフィールが驚き騒いだのも僅かの間、すぐにまるで年頃の乙女たちのように明け透けに、どちらの胸のほうが大きい、どちらのウエストの方が細いと話あっていた。

 右と左から楽しそうな雰囲気と心臓を締め上げる威圧感に満ちた怒りの空気に挟まれて、キリエが逃げようかコメツキバッタになろうか迷っていたときのことだった。
 このあほらしい夜気を切り裂いて現れる高笑いが響いた。



「はーはっはっはっ! とうとう油断したな! 窃盗・オ――」
「消えろ。そして今日見たことは全て忘れろ。なら見逃してやる」
「は、はひっ……」

 高笑いと共に鼻息も荒く乱入してきたプレイヤー。
 彼が使おうとしたカードは何時の間にかスコールの手の中に収まっていた。
 そのスコールはキリエに向かったときの荒々しく痛いオーラのまま、男の背後を取っている。
 その手に武器がなくても、首筋に刃を突きつけられている気分になるだろう事は請け合いだ。
 あおりを受けているだけのキリエが緊張に唾を飲む。

「再来は……持っているな」

 身動きの取れなくなった男の持っているバインダーを勝手にめくるスコール。
 めぼしいカードを抜き出して自分のバインダーに移し、抜き出した再来のカードを男に突きつける。

「さっさと消えろ」
「り、リターン・オン! マサドラヘ!!」

 カードゲームに誇りを持つゆえか、あまりこういった荒々しいカードの取得を好まないスコールが、率先してカードを奪う。
 よほど頭にきているらしい、とキリエは身を震わせた。



 謝罪の言葉のとおり、この手の悪戯は二度とスコールに向けてはしないと心に近い。
 そう、こういうのは後で笑い話に出来る人間でなければ後が恐ろしい。
 フィールやアーヴァインのような人間相手でなければ――








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