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恐らくはシャルナークと思しき人物に操られているフィールと対峙することに成り、アーヴァインは困り果てていた。 割と本気で困っていた。 本人はウィップ使いなのに鞭を使ってこないのは、やはり操り手がそれのうまい使い方を知らないからだろうか。 本人が、懐に潜られたときのために格闘を身につけた、と言っていた通り、そのための金属片で強化されたグローブはかなりの脅威だ。 いつも訓練しているから、後輩の動きくらいわかる、と言いたいところだが、これもやはり操られているためか、本人の癖のようなものは見受けられない。 なまじフィールの顔をしているだけに非常にやりづらかった。 「せんぱ〜い」 「あ〜、ああ、うん?」 「うん? じゃなくてですね」 本人の意思とか、口の自由とかが残っている辺り陰険な念だな〜、と思っていたアーヴァイン。 彼の目の前で格闘術を繰り出すフィールの顔は半泣きになっている。 パワーとスピードはあるが、技巧は無いに等しい。 正式な教えを受けたものの戦いじゃないが、それだけにやりにくさも感じる。 それになにより、後のことをまったく考えない無茶な体の使い方をする。 Seedは、彼らは戦う者だが、戦って、勝って、それだけで終われる訳ではない。 勝つにせよ逃げるにせよ、あるいは負けるにしても、生き残ることは前提条件だ。 戦いは後先を考えてやるものでも有る。 パワーとスピードと引き換えに、自らの体を壊すような戦いかたをするフィール。 人体の構造まで詳しく頭の中に叩き込んでいるアーヴァインとしては、あ、今の一撃で何処の筋を壊した、今のは骨が歪みそうだ、これは腱が切れたかな、と言うのがわかって痛々しい。 しかも、フィールの顔は痛み以外の感情で歪んでいる。 同士討ちをさせられることに。 アーヴァインとしても、早く解放してやりたいと思うのだが、攻撃も捨て身なら防御も捨て身だ。 攻撃を受けたときには防御する、と言うのは既に自立型のプログラムのように組み込まれているのかもしれない。 捨て身で防御されれば、アーヴァインのほうで止めなければフィールが傷つく。 なので無理やり寸止めを繰り返すことに成り、その急制動はそのまま隙につながり、今ではアーヴァインのほうが多く傷を受けていた。 そもそも徒手空拳の近距離戦闘は彼の間合いではない。 だからといって銃器が役に立つような場面でもなかった。 撃ったなら、それこそ放った後にはまったく操作できないものは使えない。 悪意の度合いにも因るだろうが、弾丸に頭を差し出すようなことも可能性としてはゼロではない。 「せんぱ〜い、止めて下さい〜」 と情けない声で叫ぶフィール。 アーヴァインに決め手はなく、アンテナを狙う攻撃はことごとく防がれ、止めたいのは山々なれどもとめることができないのが実情だ。 操られてしまっているからにはフィールのジャンクションにも手を出せず、能力の低下も、技巧の低下以上のものは望めずにいる。 アンテナが首筋に有るというのも性質が悪い。 少し狙いがずれれば頚動脈、そうでなくても首と言うのはさまざまな神経の集合している場所だ。 敵であるなら容赦はしない。 だがそれが、不本意に操られている味方であるというのなら、話は別だ。 さあ、さあさあ、これはどうしたものかと彼は迷った。 そして困った。 意識の片隅にはときどき苦戦しているスコールとキリエの姿も目に入る。 これはさっさと決着を付けなければならないとは思うのだが。 ふっと、意識をそらした隙に目の前に迫っていた金属片と念により強化された脅威の拳。 反射的に顔面にオーラを集め、辛うじて僅かに顔をそらすことに成功した。 通り過ぎる拳と、目の前に迫るアンテナ―― ぶつかり合うオーラと、フィールの拳、そしてアーヴァインの頬から飛び散る朱色の飛沫。 交錯は一瞬。 それ以上の時はいらない。 頬の血をぬぐったアーヴァインの背後でフィールがくずおれた時、アーヴァインはどこかで舌打つ音を聞いたような気がしていた。 手の中のアンテナを見下ろして、握りつぶす。 形状から見たところ折れて体内に残っている、と言うこともなさそうだったから、後顧の憂いも無い。 荷物になるからできるなら担ぎたくなどなかったが、放置していくわけにも行かずに気絶したフィールを担いだ。 やり口から見ても恐らく無いとは思ったが、アンテナを持つ本人に出てこられても困る。 二人係で劣勢に追い込まれているもう一組のバトルバランスを壊すために、アーヴァインは地を蹴った。 後に残る、蹴り足の足跡。 壊れたワゴンの上に着地と同時に彼は相棒の銃器を構え――その弾丸を一発、戦いの隙間に向けて撃ちはなった。 目覚めたときフィールはそれこそとっさに土下座した。 本人には何の非もないのだが、謝罪が脊椎反射の如く飛び出てくるほどには申し訳なく思ったらしい。 むしろされたほうが戸惑ってしまったのだが。 「すみません、本当にごめんなさい! 僕があんなことになったばかりに、先輩達が、あ、ああ、あんなことに!」 「いや、そんなに気にしなくていいからさ〜。ね? 次が無いようにすればいいんだよ」 「もちろんです! あんな醜態、二度と曝しません」 と力むフィール。 怪我などはケアルやGFのアビリティ、回復などを使うことによって薄っすらと新しい皮膚がつやつやとした感じでそれで傷を負ったのだとわかる程度なのだが、服や髪はそうもいかなかった。 アーヴァインの後ろの尻尾はあの戦いが終わって気が付いてみれば三段切りになっていたし、コートは切れ込みが入っていて既に服じゃない。 お気に入りのテンガロンハットにも大きな切れ込みが入り無残だ。 切れ込みは鋭く解れてくる訳でもないので当の本人は構わず被り続けていたが、さすがに三段切りの髪だけは始末していた。 その短さがむしろ彼を知る者からすれば無残。 何かこだわりでも有るのか、髪は伸びるもので、伸びれば切るものだからして、時々長さが変わることもあったが、ここまで短くなったことはなかった。 紐で括るのが精一杯の長さだ。 背景になっているぼこぼこに車体の歪んだキャンピングカーのせいで、なおさら情けなさを増している。 「ならさ、それで決着で、いいんじゃない?」 「とはいっても」 「だったらどうするって言うのよ。不可抗力、仕方の無いこと。それにさ、それを言い続けるなら、私だって、私が馬鹿なことやったせいでこんなことになったんでしょ?」 顔を上げたフィールがスコールをアーヴァインを見比べる。 肩をすくめるアーヴァイン、そして否定を表して首を振るスコール。 「聞かなくても判るよ。何ヶ月も昏睡していた私を一人にしないために、こんなことしてくれたんでしょ。キャンピングカー。フィールがそうだと、私は感謝したいのに謝らなくちゃならなくなる。善意と好意に、私は謝罪を返さなくちゃならなくなるのよ?」 むむむ、と眉根を寄せるフィール。 「落としどころは見極めないと、あとはうっとおしいだけよ? ね、フィール。ここで手打ちにしときましょう? アーヴァインの髪はまた伸びる。私たちはみんな生きている」 「キリエさん……そうですね。判りました。皆さんご迷惑をおかけしました! これからはこんなことが無いように精進します。終わり!!」 大きな声で宣言すると、清々しそうに、照れたようにはにかんで笑う。 その三人が見える位置にキリエは改めて立ちなおし、此方も同じように、照れ笑いをする。 彼女にとって見れば前任者が居るからこその暴挙だ。 「ありがとう、ごめんなさい! 馬鹿な無茶しました。でもみんな私は嬉しいぞー!」 叫んで両手で顔を押さえて蹲る。 隠された口から聞こえる、くーっ、恥ずかしいっ! と言う声はとても小さなものだったが、彼らのとても機能のいい耳は一言余さず聞き取ったのだった。 クロロの預言能力を盗む事を阻止する企みも、ヒソカとスコールのドリームマッチを見るという企みも、ヨークシンドリームオークションにでて面白そうなものを落札すると言う企みも、おしゃか。 あげく目覚めた直後には襲われる。 けっこう散々だなぁ、と思いつつ、自分のおばか、と気鬱のスパイラルに落ち込んでいくキリエ。 きちんと慰められないように一人になっている辺り用意周到だった。 とりあえずレトルトパウチのおかゆ一パックを一時間掛けて胃に流し込み、そのあとフィールが手ずから摩り下ろしてくれたスリりんごも流し込み、一息ついたキリエ。 血糖値が上がれば脳みそも活動を始める。 一つの失敗や悲しみをそう引き摺るたちではないキリエ。 少なくとも、内心でどう思っていようとも、表面的にはいっそ高慢なほど、それを表に現し続けることは少ない。 鬱々と毛布を抱えてひとりでもんもんと転がっているが、人が居ればすぐに立ち上がり、その様子はよほどのことが無い限り人には見せない。 そして今日もキリエは、血糖値の上昇と共に気力を取り戻し、やってしまったことはしょうがない、と割り切った。 今スコールたちはホテルを長期借り切ってグリードアイランドを使う準備をしている。 一度中に入ってしまえば、あとは条件が整わなければ出てこられない。 入るための準備、それは島の外の現実に決着を付けることだった。 一度中に入ってしまえば、よほどの実力が無い限り外界からは攻撃を加えられない。 中身の危険度はともかく、外の世界から逃げるにはうってつけの場所だ。 それに、たとえハードを壊されたとしても、それが直結でゲームをプレイしている人間に危害を加えることとはならないだろう。 なんと言っても別の場所に転移した上で、実際の一つの島を部隊に繰り広げられる壮大なRPG。 しかもその島には、監視者がおり、免疫システムのように侵入者を排除するシステムと実力者が居る。 島の内部で死なないで居られる自信さえあれば、その外部から彼らを害することの出来る者などもはやいない。 十老頭は死んだから少しは静かになるかと思った追っ手の手は、そのじつ後継者争いが始まるに当たって一際酷くなっている。 より強い、より使える手駒を持ちたい、と言うことなのだろう。 厳重に頭を抑えていた頭を失った裏の世界は今まさに混乱期だった。 わずらわしい手から逃れるにも、島は丁度いい。 「ところでさ」 一通り普通の食事を終わらせて、デザートのメロンゼリーを幸せそうに頬張りながらキリエが言う。 「フィール、バッテラさんはどうするの?」 拠点付近で借りたホテルでレストランは使わずに一通りルームサービスを頼み、喪失した三ヶ月を取り戻すかのように食べたキリエ。 拠点は、案の定、侵入された痕跡があった。 相手も隠蔽工作はしていたようだが、此方は特殊工作のスペシャリストが三人、そろっている。 点検したところいくつか物品がなくなって居た上に、事前に侵入者があればわかるような仕掛けを部屋中に施してあった。 「何故僕たちが危険を冒してまで拠点にもどろうとしていたか」 もったいぶったドラマの探偵のように言うフィール。 「なぜ?」 「それはですね」 「それは?」 もったいぶる仕草に少しずつ苛立ちが募ってくるキリエ。 エネルギーは足りてもカルシウムが足りないのかもしれない。 「キリエさんが昏睡してしまっていたからですよ」 「はぁ……」 何故自分が昏睡すると拠点に向かうのか。 繋がりがわからなくて首を傾げるキリエの手を掴み、フィールはこそこそと部屋を出移る。 キリエにとってはいっそ萎縮しそうなほどの高級ホテルのロイヤルスイート。 昏睡したホテルの部屋より随分上等だ。 上には上があると感心するところだ。 やはり例に漏れず部屋数は無駄にあった。 黙ってつれられるキリエ。 ぱたん、と扉が閉められたあとで、きょろきょろ、と周囲を窺ったうえに円まで発動させている。 こんなに構えているなんて何事かと身構えるキリエの耳に口元を寄せて、こしょこしょと、フィールは言った。 「スコール先輩がですね、バッテラさんのあり方に、自分を重ねているみたいなんですよね。僕たちは言ったりしませんけど」 「はぁぁぁあ?」 「目覚めない恋人と、それを助けられない無力な自分、って所にです」 「……ああ」 と納得の相槌を放つキリエ。 もし、ここに来なかったら。 自分たちが、そしてフィールが時を止める術を持たなかったら。 それは、そのままバッテラのあり方に重なるところもある。 いずれパッキング処置を受け眠り続けるリノア。 それを、今度こそ見守るしかなくなるスコール。 助け出したい。 魔女の力から解放させてやりたい。 けど、何の策もなくそれを行なえば、リノアの望みを壊すことになる。 何よりも孤独を恐れたリノア。 愛情深く、愛に飢えた魔女を孤独に押しやり続けるしかない無力なスコール。 その姿を、眠り続ける恋人を助ける手段がなく、やっと見つけた手段を前にして結果が現れなく、そのまま答えがやってくる前に恋人の死と言う答えがやってきてしまったバッテラ。 スコールの場合であれば、リノアをパッキング装置に残したまま、自分のほうが死んでしまう、と言うことだろうか。 「それは判った。けど、結局繋がりは見当たらないんだけど」 「そこで出てくるのがキリエさんの薬、って言うわけなんですよ」 「それもわかった。たしかに、高額商品のどれかならバッテラの恋人の目も覚めるかもしれないわね」 「そうなんですよ。ですがキリエさんが昏睡してしまったせいで、どれがどの程度の効果のある薬なのか、判らなかったんです」 「それでどうして拠点に繋がるの?」 ますます判らないと首を傾げるキリエ。 作った薬は丸投げしてスコールに預けているキリエ。 まず間違いなくほぼ全ての薬はスコールの作った【魔法の箱に】入っているだろう、とそう踏んでいた。 どうして拠点に向かうのか。 キリエの中で答えは出ない。 むうう、と唸って唇を引き結んでいると、隣から声があった。 「キリエが居ないと、効果がわからないじゃないですか」 「あ」 ぽん、とキリエは思わず両手を体の前で打ちつけた。 「そっか。あんたたち全然怪我とかしないし、私自身は効果とかわかっているし、なんだか丸投げしたものがいっぱいある気がするわ」 「そうなんですよ。まともに戦う気さえなければ大抵の能力者とは鉢合わせしても逃げ切れますし。基本的に貧乏性なんですよね。通帳の残高は怖いくらいなのに、ケチってしまうと言うか……」 「そっかそっか」 「バッテラに薬を買い取らせるか、面倒だからただ送りつけるかにしても、薬の効果が届かないものだったら意味がないですし、効果が違うのに見た目が同じなんてたちの悪いのもキリエさん、随分作ったじゃないですか」 「ああ、たしかに、我が身に覚えがありすぎるわね」 一本辺りの値段が三万ジェニーもするようなドリンク剤を買い込んで、それを使って片っ端から念薬を作っていたこともあるキリエ。 初めは効果の低いもの。 そのうちに少しずつ効果の高いものへと自身の能力を研鑽しつつ切り替えていったが使っているドリンク剤は同じ商品だった事もある。 見分けろと言う方が無理な話か。 かくいうキリエも、並べられても区別はつかない。 知っているのは全てを管理している念具の本だけ。 「でも結局なんで拠点に向かうのか、の答えにはなっていないわよ?」 そう。 思わず手を打ってしまったが、結局まだ肝心の答えは与えられていない。 じらすのもいい加減にしろ、とそう思い始めた頃。 「だから拠点なんですよ。キリエさん、覚えていませんか? キリエさんがスコール先輩に作っては渡していた薬のや念具の効果を、先輩が聞いて居たりしたことがあるのを」 「聞かれた憶えはあるけど、普通のことじゃないの?」 「それ自体は普通です。興味があれば聞きますよ。で、その効果などをファイルしていたものが、今回向かっていた拠点にあったんです」 「……わかった。納得した。でもフィール、あなたじらしすぎ」 「判ってますごめんなさい」 気がつけば声音は普通にもどっていた。 「でもさ、何でそんな面倒なことを? 書いた物をそのままスコールの【魔法の箱】に入れれば面倒も無いんじゃないの?」 「スコール先輩のあれは念能力ですから、オーラが切れたら使えません。中のものもまったく取り出せなくなるんです。先輩はそれを警戒してました」 場合によってはGF達の力までオーラとして上乗せして使うことの出来るスコールたち。 もはやオーラ切れ、というのが無用な心配に近いが用心には用心を、と言うところか。 上には上が居る、と言うこと。 もしフィールが操られたような戦いがもっと長期化していたら、ゾルディックの一家に足止めされて襲われるようなことでもあれば、逃げるに逃げられない状況で大量のオーラを使い戦い続けることになったら。 それを警戒するのは悪いことではない。 「あの収納力は魅力ですが、スコール先輩しか使えない上に、オーラ切れ、はまあ早々無い事態だとは思いますけど、そうなると具現化も出来ないことを思うと、少し心もとないです。キリエさん、早く上達して、収納力のある念具を全員の分つくってください」 「あの青タヌキみたいなのは無理だと思うし、それを目標にしながらもスコールの【魔法の箱】くらいの能力を目指して作るほうが、堅実かもしれないわね」 一つの目標の形を指し示されて、うん、と考えるキリエ。 たしかに一人ひとりがあの収納力をもてるのは非常に魅力的だ。 手荷物ゼロ。 せいぜいでもポーチを一つ。 ウエストポーチでも肩掛けポーチでも構うことは無い。 「ちょっと待て」 と声に出して自分の思考に停止を呼びかける。 それに律儀にフィールが返事をした。 「なんですか?」 訂正するようなタイミングでもない、と、何食わぬ顔で話を続けるキリエ。 「そのファイルコピーとって、保存しておかなかったの?」 それももっともな疑問だ。 「取っていました。昔は、拠点全てに配置していたんです」 全て、と言ったところで数はせいぜいで十指を超える程度だが。 「それで、ポーチに入れておく分のコピーが原本諸共襲撃にあい破壊され、他の拠点に配置していたファイルも、今回のことでわかると思いますが、部屋をあらされて奪われて居ることが多いです。他の拠点については、今回向かっていた場所より判りやすいんで捨てました。もとよりそれはガーデン式の暗号で書かれていて、解読は困難です」 「へぇ」 「キリエさんの借りていたアパートも、立ち寄ってみましたがぐちゃぐちゃでした。めぼしいものとかみんな退散してしまったからでしょうね。苛立ち紛れにでしょう。酷い有様でしたよ。解約はしないでこのままトンズラしよう、と言うことで放置してきました」 「あ、あんたねぇ……」 唇を引きつらせ、フィールを睨みつけるキリエだが。 対するフィールの苦笑は受け流しの苦笑だ。 「大家さんの家のポストにキリエさん名義の小切手を入れてきました。あのアパートの建て替えぐらいできるんじゃないですか?」 「また飄々と。でも、なら良かったわ。迷惑かけっぱなしじゃ心が痛むわ。いい大家さんだったのよね」 「お金で人は変わると言いますが」 「……変わらないことを祈るわ」 キリエの渋い顔に、苦笑するフィール。 「まあ、結局一番の有力候補だったこの町の拠点も潰されていました。酷いあらされ方はしてませんでしたけど、他はもう駄目でしょうね。何故こんなに執拗に追跡されるのか。もううんざりですよ」 「暗号、誰か解いたんじゃないの?」 二次元を追い続けるキリエの能力の産物は、欲しい人間には垂涎ものの代物だろう。 世界や社会を覆すほどの力はまだ無い。 だが喉から手が出るほど、と言う人間は必ずいる。 念具のコレクターや、身内にキリエの薬を必要とするものなど、候補は上げればきりが無い。 「恐らく無理だと思いますけどね。だというのにですよ? 携帯だって一週間と同じ番号のものは使えない有様です」 「そりゃ酷い」 「でも、キリエさんが目覚めましたから、これで終わりです。もう届けるのも面倒ですから、さっさと郵送しちゃいましょう」 「小包デース、って?」 「ガーデンの校章とまあ一筆添えておけば。それを遣うか使わないかは相手の勝手です。そこまで面倒見切れません」 「そうよねぇ。無料で念具を送る、ってだけでも、かなり慈悲深い気がするわ」 「慈悲って言うより、ただの同情ですけどね」 慈悲と言うのは、あまりにも不平等か。 ところでさ、と今度はキリエが声を潜める。 「なんで、こっちに引っ張ってきたの? 声まで落として」 「ああ、それはですね」 柔らかく、わらう。 「目の前で言ったら、スコール先輩、恥ずかしがるじゃないですか」 と。 「さあさあさあ、やってきましたみに来ました!」 テンションも高く、手をすり合わせるようにキリエはジョイステーションの前に立つ。 マルチタップにメモリーカード。 準備は万端だ。 その後ろに居る三人は、至極冷静に行動していて、そのギャップが面白い。 新しい能力を持つ念具の開発のためになると言うのと、単純に面白いもの見たさでと。 キリエのテンションは下がりどころを知らないかのようだ。 「キリエさん楽しそうですね」 「……ああ、そうだな」 「一緒にあのテンションに乗っちゃえば良かったんだろうけど」 「あれですよね、相手が混乱していると自分はむしろ冷静になっちゃったりする、感覚ですね。乗り遅れた感もします」 「踊る阿呆と見る阿呆? 同じアホならおどらにゃ」 「誰がアホですってアーヴァイン!」 「いや……だれも……」 戦闘力は低くても、瞬間の迫力だけは凄い。 「もう、いいから、さっさと行きましょうよ。外の厄介ごとともこれでおさらば! さささ、まずはアーヴァインかスコールから」 「どうしてですか?」 「カード持ってないのを襲っても意味無いんだろうけど、出て行ったとたんに不意打ちされたら対処出来なさそうだから、先にどっちかが行っていれば、不安は無いでしょ」 「かしこい、って言うより、さかしいですね」 「どっちもおんなじ字よ」 さ、さ、さ、と促され、やれやれ、と言った風にでもゲームに近づくスコール。 凝をすればオーラが張り付いているのが判るジョイステーションに手をかざし、錬をする。 バシュッ、と音を立ててすぐに消えてしまったので一瞬のことではあった。 だがその一瞬でも、流れの美しいオーラに感嘆の息を洩らすキリエとフィール。 「次はキリエさん行きますか?」 「ぜひ」 生唾を飲み込んで、ジョイステーションに手をかざす。 オーラを高め、錬をし。 バシュッ、とキリエもその場から消え去った。 ピカピカと光る不思議な電脳空間を演出する場所に辿り着き、ドアの向こうへ進んでいけば、一人の女性に迎えられる。 「グリードアイランドへようこそ」 と。 「お名前をご入力下さい」 あくまでゲームに徹するか。 「御堂・霧枝」 「御堂様ですね。ありがとうございます。登録が完了いたしました」 ぱちぱち、とタイプする音が聞こえる。 演出か、それとも本当か。 とにかくこれを楽しみたい、と思うものにとっては否応無く雰囲気を高めてくれる。 「それではこれよりゲームの説明をいたします。御堂様、ゲームの説明を聞きますか?」 「いいえ、いらないわ」 「それでは指輪をどうぞ」 ごつい指輪を受け取って、左の中指にはめる。 人差し指では視覚的にも行動的にも邪魔だった。 「ご健闘をおいのりいたします。そちらの階段からぞうぞ。その直後からプレイ開始となります」 ひらりと手のひらが指し示す先には、下へと続く階段。 「ありがとう!」 叫んで、勢い余って駆け下りていく霧枝。 螺旋階段を下りて、目の前に広がる景色に感嘆の吐息を洩らす。 「……はぁ、うわぁ」 言葉にならない、と言うのを実感する。 バッテラの選考会も終わった時期であり、バッテラとの契約によりこの欲望の島に訪れる者はもう居ない。 その上に多くのゲームをバッテラが独占したので、見知らぬ新規のプレイヤーが入ってくることも無い。 「キリエ、早かったな」 「あ、スコール!!」 テンションの高さがそのまま行動に繋がって、先に着ていたスコールに呼びかけられたキリエはまるで飛びつくかのように駆け寄った。 その勢いは呼びかけたスコールがたじろぐほど。 「すごい、凄い! 来たよ来たよ〜!」 ぴょんぴょんと飛び跳ねて手を打ちつける。 立ち止まってまた周囲の景色を見て、ほわぁ〜、と息を洩らす。 「ねえスコール、楽しみだね! 早くみんなそろわないかなぁ」 ああ、と。 ただ曖昧な返事しか出来なかったスコールだった。 |