黄昏る幻想



 今日もキリエは昏々と眠る。











   時には追っ手を退けて、情報を収集し、大半の時間は鍛錬に費やす彼ら。
 日を重ねるにつれ料理の腕が上がっていくことにアーヴァインは何処となく寂しさを憶えた。
 ああ、懐かしいガーデンの料理よ。

 一番人気は今でも幻に近いパンだが、おばちゃんたちが心を篭めて作ってくれる手作りの料理ももちろん美味い。
 料理を作ることで彼らを見守ってくれる人々。
 アーヴァインは、ガルバディアガーデンからバラムガーデンに来た時に、その雰囲気の違いに随分驚いたものだった。
 そして嬉しかった。

 よく食べる子には大盛り、一品おまけ、具合の悪そうなものには消化のよさそうなものを。
 元気に挨拶を交わして、きちんと相手を見た上でコメントをする。
 名前までは覚えていないかもしれないが、顔は覚えているのだ。
 好き嫌いしちゃいけないよ?
 そういえばあんたはあれが好きだったね。

 来たばかりのアーヴァインも、食堂のおばちゃんズはすぐに顔を覚えてくれた。
 そして名前までも。
 スコールたちと行動を共にすることが多く、背高で目立つという憶えやすい要因もそろっていたのかもしれないが、嬉しいものはうれしかった。

 彼女達は食を以ってガーデンを見守るという職務に誇りを持っており、職である以上に愛を持っていた。
 日々自分たちの料理を食べて育つガーデンの子ども達は、彼女等にとっても愛しくはあっただろう。
 基本的に寮生であるガーデンの生徒達にとっては母親にも近い感情を抱く者も多かった。

 アーヴァインはよく知らないが、当時はマスターノーグの派閥に属する教師陣が、ガルバディアの教師陣なんかよりもなおのこと正体不明で、四角四面の厳しさを持ち、まあ成長期と反抗期を迎える年頃の子ども達にとっては敬遠する対象であった反動もあったのだろう。
 おばちゃんたちは概ね慕われていたが、中にはまったく食堂に通わずに通した猛者も居る。

 今日もガーデンの味を思い出しながら、おばちゃんズの味を参考に料理を作ったアーヴァイン。
 出来の違いには首を傾げるしかなかった。
 作り手も違うし、教えを受けたわけでもない。
 料理は初心者、とまでは言わないが、熟練のおばちゃんの味を一朝一夕で真似られてはおばちゃんズも形無しだろう。
 味は覚えていても、アーヴァインがその香辛料を知らないことも有る。
 それでいいのだアーヴァイン。
 だが、それでは納得できないアーヴァイン。
 首をかしげてうーんと唸り……とりあえず今日はこれで言いと言うことにした。
 懐かしいあの味には届かなかったが、少なくとも以前作った料理よりは美味しいと思うし。

「おーい、みんな〜、出来たよー」

 みんな〜、と言っても、側には格闘訓練を付け合っているスコールとフィールしか居ないのだが。
 燦然と降り注ぐ太陽の沈んだ夜。
 まだ薄明かりの残る時間帯ではあるが、本は読めないだろう程には暗い頃合だ。
 ワゴンタイプのキャンピングカーには、ガス式のコンロも付いていたが、アーヴァインたちは大抵外で煮炊きする。
 やはりキャンピングカーは永住するには狭すぎる。
 しかも大の男が三人に寝たきりの女が一人。
 結果彼らは解放を求めて外にでる。

 ガーデンのおばちゃんたちのお袋の味を求めて料理することもこうして有るが、買い物に行くことを面倒がった日にはその辺でしとめた動物を丸焼きにすることも多い。
 今日も、お袋の味を求めた肉じゃがと、もう一品が二日前にしとめていたウサギ肉と言うアンバランス。
 残念ながら突っ込み役も居ない。

 ビシッ、バシッ、とぶつかり合う音が絶え間なく聞こえていたが、それが静まると砂地を踏みしめる足音が二つ近づいてくる。
 一つの焚き火と、それに照らし出される料理を見てフィールが顔を輝かせた。

「おいしそうですね、アーヴァイン先輩」
「まあね〜。今日のはちょっと、自信作だよ」
「……たしかに、アーヴァイン、腕を上げたんじゃないのか?」

 くん、と空気の匂いをかいだスコールが、アーヴァインが気にしていた所を突いた。

 わざとらしく傷ついた風をよそおって大げさなリアクションをしようかと思い――アーヴァインはやめた。
 ふと、思い出したのだ。
 食堂のおばちゃんつながりで、彼女達がスコールのことをどう思っているかを。

『昔のスコールってさ、どんな子だったの?』と水を向ければ『まあ、愛想のない子どもだったねぇ』で思い出話は始まる。
『いや〜ね、でもほら、かっこいいじゃない。あ〜あ、私の息子もあんなだったらいいのにねぇ』と続き『でもスコールってさ、無愛想だよ?』と繋げれば『それもいいんじゃないかい』と来る。
『無愛想にしているのも無理してるな、って分る時があって、そういう時はかわいいな〜って思うのよ』
『ああ、それわかるわ。機嫌の悪いときはサイファー坊やとの喧嘩に負けたんだな、とか』
『あの子、見た目もいいからとにかくガーデンの中で目立つじゃない。キスティスちゃんみたいに大々的にファンクラブが出来たりはしなかったけど、心酔している子は結構居たわよねぇ』
『スコールみたいになるんだ! って気炎を吐く子も居てね〜。あ〜あ、うちの子も独り立ちしちゃったし、なんだか寂しくなったわねぇ』

 と締めくくって大体終わる。
 まあ、実際はもっと長く続くのだが、内容的にはこんなものか。

 かわいい、のだ。
 スコールの突っ張りも無愛想も、百戦錬磨のおばちゃんがたにかかればかわいい、の一言で全てがクルリと収まるのだ。
 ブイブイ言わせているサイファーも、坊や、だし、キスティスもキスティスちゃん、キスティちゃんと呼ばれている。
 ガーデン開設当初から居た人たちには尚更その傾向が強い。
 入り口の守衛の老人も、この悪ガキ達が! と、ガーデンの生徒達をすべからく幾つになっても子ども扱いしている。
 実際、彼らの年齢からしてみれば何時までたっても子どもなのだろうが。

 思い出すとにやぁ〜っとしてくるアーヴァイン。

 スコールの事が嫌いだったり憎かったり嫉妬したりした事もあるが昔のことはさておいて、ひとたびその人間を受け入れることが出来ればこれほど面白いことはない。
 幾らでもからかうことが出来る。
 そして、思う。

 スコールの目隠しを外す人間が自分でよかったと。

 あらゆる愛から目隠しされていたスコール。
 その目隠しを外した、少なくとも外す切っ掛けにはなれた自分。

 目隠しの外側には、こんなにも沢山の愛があるよと、教えることが出来た。
 そして自分も、嫌いだったり憎かったり嫉妬したりしていた人間を好きになっていくに連れて、変化に伴っていろいろと貰った。
 それは新しい感情だったり、信頼できる仲間と言う関係だったり、虚勢のない軽口を叩ける友達と言う立場だったり、意外と居心地のいい住処だったり。
 一時期は確かに地獄ともいえるような精神的環境に置かれて、優柔不断でヘタレを自認するほどだったアーヴァインは二進も三進も行かなくてどうしようと蹲ることすらできず、流れに任せて付いていっているだけだった。

 Seedでもなくクライアントでもなく、任務に失敗したスナイパーが一人。
 彼らは幼馴染だった過去を思い出して居らず、幾らリノアにせっつかれたとはいえ、共に居ることの方に理由がなかった。

 流れに身を任せているだけだったとしても、その時に逃げると言うことを選ばなかったのも自分だ。
 当時は選びたくなかっただけだったが、今であれば。






 そうしたことで、今のスコールとの関係が出来上がったなら、優柔不断も誉めそやしてやりたい。


 どこに言っても、これ以上居心地のいい場所は手に入らなかっただろう。
 今となっては最愛の恋人も。
 小さな小さな妖精のように気まぐれで何を考えているのかわからないセルフィも。




 笑うアーヴァインを気持ち悪いものでも見るかのような目で見るスコール。
 それにちょっと脆いグラスハートが傷付いたりもしたけど、気持ち悪いと言うよりは、からかう意思のある悪性の笑みが見て取れて敬遠しただけのスコール。
 こういうところにも意思の疎通不足と相互不理解――端的に言えば誤解があったりするが、まあこの程度が日常だ。

 傍から見ているからその互いの誤解が見えるフィール。

「今日は白いご飯が食べたいメニューですね、アーヴァイン先輩」

 栄養バランスは考えるな。
 そう内心で言い聞かせてフィールは話題を振る。

「あ……」
「どうした」

 せっかくの話題には、先の続かない沈黙が。

「ごめん、炊き込みご飯だ」











 













 そんな彼らの今日は9月1日。

 ヨークシンにて、ドリームオークションが始まる。






















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