マテリアル




 キリエは一人、黒革で装丁された分厚いノートの一ページを開き、それをにらみつけていた。

 そのノートは、キリエの能力を付加された、キリエのためだけのたった一冊のノート。

 能力を考えているときに一目ぼれした一品であり、その当時の自分では到底手の出せない値段に悔しくも師匠に泣き付いた一品だ。
 能力の記録帳にして、唯一金銭の対価なくして念を与えられた代物だった。

 複製の錬金術師としての能力の根幹の一つではあるが金銭の対価のないそれを、金銭を対価にコピーしかできない、と定義した能力の産物とはいいがたいような気もする。

 対価を必要としない、唯一無二の、自分のためだけに作った代物。
 とはいえ、それでもモデルがあるあたりむなしいが。

 魔方陣グルグルの、ヒロインククリの持ちえた新しいグルグルを開発するたびに勝手に記されていったノート。

 こんなところにまで原典がある辺り、自分はどうしても贋作者でしかありえないのか、と。
 自分で選んだことだ。
 後悔はないし、フェイカーの呼び名を自分は誇りに思っている。

 少し前までは複製者、と名乗っていたのだが、こちらの世界でも贋作者という言い回しは有名でも複製者とはあまり言わないときが付いて言い換えるようになった。
 それだけが少し虚しいかもしれないが。

 だから、問題は無い。

 原典の通りに、その本には作った念具、作れる念具の詳細が記されていく。
 具体的には付与できる念が。

 与えることのできる念能力、その効果。
 掛かる費用。
 その原典、エトセトラ。

 市場原理、というのもおこがましいが、最低基準こそあるものの、量産することによってキリエの能力は価格が下がる。
 その価格変動まで逐一詳しく記録されていく本なのだ。

 キリエはそれを眺める。

 このノートと同一のものはもう作れないが、グルグルに原典を持つ自動書記型の本も作ったし、それこそスコールたちがいる世界をかたどったゲーム、FFシリーズで自分がプレイしたようなナンバーに出てくるものは、大体コピーできる。

 まだ作った事のない能力も、作れるか、と本に問えば答えてくれる。
 それが、自分オリジナルの発想か、あるいは忘れてしまっていても、一度は自分が見聞きしたことのある物かどうかも。

 その本とにらめて、キリエはため息を落とした。

 ノートを開いたときに、作れるか、と問うたものがある。

 ノートは無機物。
 何の情けもなくあっさりと答えた。



 『否』と。



 今のキリエの能力では、作れない、と答えた。

 ノートには、すらすらと記載されていく。
 作りたい、と思ったものの詳細が。

 どのような形をしたものに付与するのが最適で、どのような能力、効果を表すものなのか。

 原典の項目にはオリジナル、と。

 そして価格はunknown.
 つまりは、不明、と。

 しかし、徹底的に英語の成績は悪かったキリエ。
 何故こんなところだけ英語表記なのか作った本人も心底不明だ。

 とにかく。
 それが作れるか、とたずねたキリエは、『だーめ。あんたじゃ実力がぜんっぜん足りない』と言われ落ち込んでいたのだ。

 キリエは複製の錬金術師。
 複製すること、贋作を作ることこそ本分である、が、能力は決して真作を作れないわけではないのだ。

 コピーの名を関しているが、アルケミストとはアルケー(根源)を探求する者のこと。

 ただ、複製とすることを制約として、足りない分を金銭で補い、そうしてやっと何かを作れるだけの能力しかなかっただけのこと。

 日々の目標は、何かの複製と自分の志向するオリジナルの境目を限りなく曖昧にすることである。

 それが、ここのところのスコールたちとの行動で、ほんの数週間で近年まれに見てオーラ量が上がり、技術も上がった。
 それにしたところで仲間内で最弱なのは、もう哂うしかないが。

 やはり師がつくというのは比べようもない成長を促すものだと喜びと情けなさを噛み締めながら、それならそろそろオリジナルも何とかならないかと、調子に乗ってみたのだ。
 が、結果は惨敗。
 本は語る。

『挑戦? べつに、してみてもいいけど。どうなっても知らないよ?』

「むむ、口が悪い!! って、この本の基本性格私じゃない!! 自分に対しているから遠慮がないよ。それにしてもむかつくわね」

 思わず独り言も漏れるというものだ。

「いいじゃない。その挑戦、受けてやろうじゃないか!!」

『あーあ』と本は書面で呟き、ずらずらとその下に丸ごと二ページにも渡るリスクを書き並べた。





   本に向かって話かける危ない女、一人。

 とにかく宣言したとおり、その挑戦受けて立つべく準備する。
 まるで一人芝居なのだが。

 一目で気が付くようにでっかい紙に書置きを。

 念を篭める道具を定め、まかり間違ってぶっ倒れてもいいようにふかふかのソファーに座る。

 本を右手に道具を左手。
 そして本に向かって念を、意思を放つ。

 その二ページにわたるリスクを軽減するために、ちまちまと小さな制約を重ねていく。




 どん、どん、どどん。




 複製の錬金術師という能力の、基本ルールの書かれたページに、次々と新しく思いついた制約が書き込まれてゆく。

 赤字で。

 すでに適用されているルールは黒字だ。ルールの一つ一つの頭にはナンバーが付いている。その後ろに赤い文字で、新しいルールが書き込まれてゆく。




 どどどん、どん。




 増やすにいいだけ増やして、再び訪ねた。


「……なんでさ」


 並々ならぬ才能の欠如は、ちょっとやそっとの制約では補えないらしい。
 それこそ端っこのリスクとも取れないリスクが二、三個減っただけで、このままでは命に関わる。

 そもそもの制約ですら、スコールたちに話していないだけで破れば命に関わるものすら掛けている。

「役にたたないわねー……」

 それでもとりあえず、破棄はせずに記録する。
 もっとも最適を生み出すべく、たびたびルールの条件を入れ替えられるようになっているのに、ここまで真剣に制約を考えた、念の基本ルールに手を出そうとしたのは凄く久しぶりだし、考えたものをなかったことにするのは勿体無かった。

 基本的に一度限りの使用のつもりで、中にはとんでもないルールまで入れたが、そのまま使えるのもないわけでないし。

「36番、37番、40番適用、残り保留。更新」

 呟く。
 と、ルールが入れ替わる。

 指定されたナンバーの制約が黒字になり、するすると上に登って以前のルールの尻に付く。頭の番号も、上から続くように入れ替えられた。

 赤字で記された保留されたルールはおとなしくしたに下がり、抜けた番号を入れ替えて補う。

 そして、あっという間に製作できる念具達の価格が更新されていく。

 ゴミのような制約だったが、全体的に約三%値下げできた。
 元が高い代物だけに侮れない価格である。

「ぬぬ」

 そして唸った。

「確かに、三パーセントは大変にありがたい」

 影縫い針とか、傷薬系の治療薬は身内だけでなく場合によっては外に対しての販売も考えている。

 グリードアイランド編では、バッテラに話を持ちかけて、エリキシル剤を売りつける話も出ている。

 いくら資金のリサイクルができると入ったって、お金はどれほどあっても困るものではないし、使えば減る物だ。

 狂わされることなく使えるのなら、あればあるだけの、それは可能性だ。

 それと最近分ったことだが、念を付与する物質は、使い古したジーパンの切れ端を自分で縫ったようなものよりは、宝石や由緒あるもの、他にも、製作時にもともとけっこうな資金を掛けたものの方が、付与しやすい。

 オーラの使用量などもかわるし、特に永続効果がある代物などは念が乗りやすい気がするのだ。

 とくに、単純な“物理ダメージ軽減”のような効果名の代物は素材の違いが顕著に現れる。

 量販店で買った一着三千円のコートより、スコールがキキョウから贈られた幾らかかっているのか分らないオーダーメイドコートの方が、明らかに軽減率が高い。

 それは戦闘訓練の際に実証されているし、文殊のレプリカを作ったときは、ソーダガラスでは発動しなかったのに、クリスタルガラスでは発動したと言う実績がある。

 当時の実力では、“護”の文字でソーダガラスでは発動せず、クリスタルガラスで一瞬、人口水晶の三センチ球体で十秒、天然同サイズで一分。
 今はすでに実力でソーダガラスとクリスタルガラスのあいだは埋めたが。そもそもどちらもガラス。今の実力を持ってしても水晶使用時には及ばない。

 そのことを本に尋ねたらばイエスと答えた。

 実績を元に、元のいいものを手に入れるためにも、資金はいる。
 そういう意味でも、三パーセントの減額はとってもとーても有りがたい事なのだが。

「だがしかし、私が買った喧嘩に勝つには何の役にも立たぬのだ」

 そう言って、再びノートをにらみつけた。

 その手に持つのは、ガントレットのようなバンクルのような歪な装飾品。
 C型装身具としてはバンクルといえそうだが、前腕部を覆う様子は篭手といったほうが適切だろうか。

 念を含めた金属硬度のせいで融通はないが、ある適度筋肉質な男性用フリーサイズとして創られている。

 金属は高硬度と半永久的な輝きを誇るタングステン。

 ピッカピカというのは、指輪や普通のバングル程度ならともかく、ここまで大きな代物になるとキリエの美観に反するのだが、装飾に使う石達との調和を思えばある程度は仕方がないと諦める。

 蔦をあしらった大ぶりな彫り物に、石はダイヤモンドとエメラルド。カラフルなサファイアにルビーもセットで現状入手できる限りの高品質な代物を節操なしだが、それぞれの石の配分やデザインはデザイナーに任せた。

 少なくとも彼女が思う自身の貧相な感覚よりはいい物を作るだろうと思っていたが、それだけの派手派手しい、金属の燻しの外観とは相反するような石たちを、キリエが嫌ったくどくどしい華美な外観にする事無くまとめて見せたのは素晴らしいと言えよう。

 生きた緑のように、まるで炎のように、深海を覗く海のように、蔦に寄り添う宝石たちは、悪趣味一歩手前の感嘆。
 あぶれた石たちは裏側に配置されている。
 もちろん完全オーダーメイド。

 オリジナルを創るために、これまでの経験上から推測して、念を乗せやすい究極を追求してみた。

 どれほど基礎素材の価格を引き上げるか、が今回のコンセプトだ。
 事実とんでもない価格で、気分的にスコールたちに言うことは出来ない。

 それを左手に本を右手に。
 うんうんと、どうにかならないものかと唸っていると、はらはらとページは捲れ、空白に字を描く。

『諦めたら? 挑戦してみてもいいけど、どんな制約掛けても成功の確率は二割きるよ?』
「……それは挑発か?」
< 『まだどこでもドアすら作れない人間には過ぎた夢だよ』
「だが四次元ポケットならもう少し修行すれば作れそうだ」
『ならせめてそれが出来るようになってから挑戦すればいいじゃん』
「個人的にあの青い猫型ロボットの秘密道具はハンター世界よりも不条理だと思う。いや、確かに、なんでもコピーすると言っておいて、あの有名な道具達を再現できないというのもどうかと思うけど」

 だが、彼女の仲間にほかにあの未来型ロボットについて語り合える人間は居ない。

『とにかく、自身の未熟は認めるところ、なんでしょ?』
「そういわれると言葉に窮する」
『頑固馬鹿』
「またしてもそれは挑発か? このバカボン」
『……』

 ニュアンスを感じ取ったのか、今度は本の方が黙った。

 見事なまでの、一人芝居だ。といいたいが。
 この無機質な物体が、念により擬似的にせよ意思のようなものを持ったのはすでに遠い昔のこと。
 それ以来、キリエも変わった。
 けれど、本に与えられた意思は、変わることができない。

 始めは純粋に、ただのキリエのコピーだった。
 それも、キリエにしか相対しない、一匹の猫も被っていないキリエ。
 だが、歳月が生きているキリエのほうを変化させた。
 だから、二つの意思はすでに別の存在と言っても相違ないのだろう。

 それほどに、キリエは変わった。

「受けて立つ!! とは言ったものの……。本気でどうしたものか」

 目に付くのは意気込んで書いた書置きの紙。

『ククク』

 本が笑い、キリエは眉をしかめた。
 この世で一番むかつく生き物、この世で一番大嫌いな意思。
 キリエは、はっきりとそれが何であるのかを言い切れる。

 それは、昔の自分だ。

「くくく」

 本に答えるようにキリエも嗤った。

 いま、そのだいっ嫌いで最もむかつく意思体から、挑発を受けている。
 嘲りを受けている。

 それを――

「黙って見過ごすことなどできようか!!」




 凡人の真価、ここに問われる!!




















「ふ、はっはっはははは、勝った!!」

 手の中には、成功の確立は二割切るといわれた物体、オリジナル念具。
 だが、命こそ取り留めたものの、代償は大きかった。
 完全に念を封じられ、纏すらも出来ない。
 消耗したときに絶状態になり、多くのオーラを体内でめぐらせることで回復を図ることも侭あったが、それすらも為されていない。



 だが、満足だった。



 書置きはした。


 スコールたちが見つけてくれれば、後は勝手に何とかしてくれるだろう。

 安堵の息をつき、闇に呑まれていく意識の片隅で、唐突にキリエは叫んだ。


「ああ!! これじゃあスコールVSヒソカの試合が見られないかも――しれ、ない」


 意識を奪う闇を後悔に塗り替えて。
 その意思を最後に、キリエの意識は全てやみに沈んだのだった。



 そして目覚めて気がつく。

 はたして命を危険にさらしてまで作ったその念具が、この世界でも、またいつか行く予定であるスコールたちの世界においても、まったく、なんの、これっぽっちも役に立たないことを。

「うわぁ、バカ」



















 天空闘技場。




 なぜか。彼らはまた戦っていた。

 百九十階で。
 上り下りを繰り返し、ファイトマネーを得る生活。

 生活には支障がない。
 が、いまは、有体に言えば金欠だった。

 何でも、どんなものでも、ジェニーがある限り好きに作っていい。
 確かに、キリエにはそう確約した。

 キリエはどんどん面白いものを作り、スコールたちはその中から状況に見合ったものを装備する。
 あちらこちらの世界のかけらを集めたようなそれを、元ネタの分るものはともに語らい、スコールたちの誰もが元ネタのわからないものには一人哀愁を漂わせていたキリエ。

 そんなキリエが、あるとき能力に使える分の有り金全てをつぎ込んで、一つの品を作った。
 それは、キリエの能力の幅を大いに超えた、キリエが考え出した唯一つのオリジナル。
 なのだろう。

 書置きにそれを作ると宣言していた。

 誰かの想像の複製ですら、一個に最低でも十億以上かかる能力。
 それが、複製ではなく制約により禁じられたオリジナルを作ったのだ。

 代償は、能力に使える有り金の全てと、念の封印。
 傍から見れば纏すら封じられている。
 そして、昏睡。

 スコールたちがキリエを発見したときには、間違いなく命の間際だと思わせた。
 オーラの具合から見ても分る。纏すらしていなくても、体内のオーラも確実に少ない。
 間際ではあるが、死にはしない。

 昏睡と念封印。
 死に掛けるほどの衰弱、そして有り金の全て。

 そこまでなるだけのオリジナルを作り出したのはいい。
 が、スコールもフィールも、そしてアーヴァインも、腕輪らしきその念具が何の効果を持つものなのか分らなかった。
 目覚めてから聞こうということで、そばに落ちていた黒革の装丁の、白紙の本も共にキリエの所持品だろうと言う事にして【魔法の箱】に入れておく。

 昏睡したキリエをそのままホテルに放り込んで、アーヴァインとフィールはそれぞれに独立した名義でせっせと金を稼いでいるわけだった。

 スコールはユラナスの名義で先に上った。
 いやいやながらではあるが、ヒソカとの約束があったからだ。

 事前に調べた結果としては、ぎりぎりセーフ。
 ゴンともう一人、フィールが言うにはカストロと言う読み間違えると大変危うい名前になる青年との試合も含めてスコールの滑り込む余裕があった。
 恐らくは、二年前に会った時から、何時ユラナスが登ってくるかと待ち構えていたのだろう。
 そうでなければ一つ分の余裕はありえない事象だ。




 初めて登る二百階。
 そこに、スコールはなつかしのユラナススタイルで登ってきていた。


 深く被ったフードに全身を覆い隠すローブ。
 暗い色彩の中、左腕にまきつけられた白い仮面が異彩を放つ。


 笑われた。
 力いっぱい笑われた。

 腹を抱えてのた打ち回るアーヴァインを蹴り倒して背中から踏みつけてなお笑われた。
 笑いすぎて顔を赤くするアーヴァインに負けず劣らず、スコールの顔も羞恥で真っ赤になっていた。

 キリエが昏睡してしまったことすら救いに思える。

 その仲間内では人死がでかねないほどの笑いを誘った格好だが、対外的には決してそういうわけではない。



 謎の闘士。



 闘技場では全般に、眠れる獅子のあだ名と共にそういわれている。

 流派不明、人種不明、年齢不明。
 ローブ越しからでも分る身長と体格だけが、その闘士の性別が男だと教えている。

 それだけだ。

 髪の色も、瞳の色も、肌の色も分らない。
 謎に満ちた、だが強い者。

 二百階に上がる前の負けた戦いとて、続けていけばわざと負けているんだということぐらいはすぐにばれた。
 確実に上に登らないように負け、だが決してそれ以上下に下がることもない。

 多くの視線を集めながら、謎の闘士、登録名ユラナス・レオンハートは悠然とした足取りで受付カウンターまで進んでいった。
 まるで、周囲の視線などないもののように。

 スコールは知らないが、そこには新人つぶしの三人も居た。
 だが、その彼らも遠巻きに眺め、舌打ちをするのみにとどまる。
 ここに来る直前にアーヴァインに笑われた羞恥の余韻を残すスコールのオーラは、はっきり言って怖いものがあった。

 ヒソカあたりなら欲情するかもしれないが、新人潰し程度に手の出せる雰囲気ではない。
 一階で一人、そのまま百九十階まで登ってそこで一人、計二人には、以前より強く手刀を叩き込んでしまったが、まあそれはご愁傷様ということで勘弁願いたい。
 巡り会わせが悪かったのだ。

 頚椎に破損を及ぼすほどではないはずだ。
 格闘家としての自信は無くすかもしれないが。

 受付の女性の説明を全て聞き流して、とりあえず希望する項目にはその他に印をつけておく。

 ここで戦うのはヒソカ一人。その予定だ。
 だが、肝心のヒソカの予定をスコールは知らなかった。
 ゴンたちを追ってくるなら、まだ辿り着いていないのだろう。
 ここに来るまでの試合でユラナスの名前を使ったから、ヒソカが来れば、知られるとは思うが。

 受付の女性から鍵を受け取ったとき、背にぞくりと怖気が走った。

 まさか。
 まさかまさか、まさか?

 ゆっくりと振り返る。と、案の定、そこにはマッドピエロことヒソカがトランプ片手に微笑んでいた。


「やあ、久しぶりだね? ユラナス◇」

 それにスコールは沈黙をもって答えた。

 何故ここに居る?
 時間的に無理じゃないか?
 青い果実はどうした?


 突込みどころは色々在るが、きっと気にしたらな負けなのだろう。
 何に負けるかも良く分らないが、きっと。

 それに、ヒソカは自家用の飛行船も持っているらしいという話だった。
 それならきっと、多少の無理も利く――のかもしれない。

「つれないなぁ。僕に会いに来てくれたんでしょ?」

 誘い方も誘われ方も心底間違っている気がしてならないが――違うと言い切れないあたりに心理的ダメージを食らう。
 目の前に居るのは矯正しようの無い真性の変態なのだ。
 ならば必要なものは何か?

 そう、諦めだ。

「お前は青い果実とやらを追っていると思ったんだがな」

 どよっ、と周囲がざわめく。
 フィールが入っていても、スコールが入っていても、ユラナスという人物は一言もしゃべらないことで有名だった。
 幾度ものインタビューをかわし、いつの間にか消えている。
 それがユラナスという男、だったのだ。

 いま、この時まで。

「ああ、そういえば、飛行船のチケットを取ったみたいだね◇ 行き先はコ・コ◇」
「そうか」
「ユラナスなら知っていると思ったけど。まあいいや◇ 今は青い果実より、熟れた果実の方が食べごろだからね◇」

 昏い興奮に歪むヒソカの顔は、正直見るに耐えない。
 が、今はフードという心強い味方がいる!
 周囲の索敵は円に任せ、僅かに頭を下げればほら……ああ、駄目っぽい。

 下は下でこれまた脅威だった。
 人間、上をむいて歩かなきゃ、ということなのだろうか。

「部屋番号を教えてくれないかな◇ 後で電話を掛けるからさ」
「聞かなくても知るんじゃないのか?」
「手間は少ない方がいい◇」
「自分の望む戦いのための手間なら、それすら喜んで行うと思っていたが」
「くっくっく、今日のユラナスは饒舌だね◇」 

 スコールも多少、喋るたびに墓穴を掘っている気はしているのだが、しゃべらずにどうしろといわれても困るところだ。

「俺の部屋番号は――」

 言おうとして、ふと、部屋番号の書かれているスティックを握りこんだ。

 番号は手の中。
 見えはしない。

「必要ないだろう? 今ここで、決めてしまえばいい」
「それもそうかな? じゃあ何時がいいだろう。僕は後一月で準備期間が終わるんだけど◇」
「なら、その最終日だ」
「OK」


   手続きを終わらせ、クツクツと嗤いながらヒソカは立ち去る。
 その歪なオーラの気配が完全に消え去ってから、スコールも踵を返した。

 とりあえず、ホテルに戻ろう。
 キリエの様子が、心配だった。










 なし崩し的に試合日を決めることで部屋番号を教えることは避けたが、おそらくヒソカは知るだろう。
 確信を持ってそう言える。
 ただ、自分から言わなかったということだけが、僅かな精神的救いになっていた。











   モニターに、知らせが入る。
 ユラナスグッズを引き剥がしたスコールは、スコール・レオンハートとしてそれを見ていた。
 荒稼ぎをしている二人もそこそこ名前が売れてきたし、噂の子供二人は子供であるがゆえに名をはせていた。

 今。

 子供たちが始めて己のみで疑問を得る念に、出会う。





「さあ皆様、おまたせいたしましたァ――――――!!」

 高い女性の声が、歓声に沸く場内をものともせずに響き渡る。

「次の異色の組み合わせ!! なんと、少年同士の戦いです。しかし、あなどってはいけません。二人とも一階で凄い戦いをして、一気に五十階クラスへやってきた強者です!!」

 あおるあおるひたすらあおる。
 オッズの差にキルアがムカつき、ズシが青ざめるのも良く見える。
 小高い観客席の一部から、アーヴァインがそれを見ていた。

 この調子なら、ほぼ間違いなくスコールの試合までには二百階に登ってくるだろう。
 あとはこの試合の後にゴンとキルアに姿を見せて、二人がズシを尋ねてウィングさんの所に行き、丸め込まれて帰る直前になだれ込む。これが最良のミッションクリア。
 次点で百九十階をクリアした後に、襟首をとっ捕まえればこれもまたミッションクリアだ。

 二百階でうつうつと興奮を持て余しながら待ち構えているヒソカの鼻を明かしてやれる、はずだ。

「や、さ。あの変態の鼻を明かしてやるって言うのは大賛成なんだけどね」

 バトル回数の上限上、二百階に上がってもヒソカとのバトルには恐らくならないだろうし。
 と、歓声に紛れ込ませながら呟いた。

 それについては大賛成だ。
 全面的にフィールに賛同する。
 だがしかし。

「あの芝居っ気の強さはなんとかなんないかなぁ。スコールなんかは随分と毒されたみたいだけど――」

 呟いて、思い出したように背中をなでる。
 コートはクリーニングに出さなければ足型が取れなかった。
 いったい何を踏んだ靴だ!! とは言えなかったアーヴァインだ。
 だって背中以外には、一箇所も足跡が付いていなかったのだ。

「こっちでは二年経っているんだよねぇ。その間ずっと一緒に居たんじゃ、毒されるのも当たり前かなぁ。ま、悪くは無いと思うんだけどね」

 嘘か本当か、分らないことをなぞめいた風にのたまうフィールは至極楽しそうだ。
 癖になりそうだ、と以前言っていたのを聞いていたが、こちらが与える情報にいちいち右往左往と反応するのを見るのは、確かに癖になりそうだ。

 こちらの世界には、自分達に対する基本的な情報がまったく無い。
 戸籍が無いのに流星街出身でもないし、念を覚えていなくても組織ぐるみで異能を使う。
 ガーデンの名前を出してはいるが、はっきり言って架空組織だ。
 どんなに背後を洗っても、何も出て来やしない。

 ない事をないと証明するのは難しいとはよく言ったもので、誰がどれほど背後関係を洗おうとも全滅することは確実だが、かといってガーデンとSeedを名乗り、その力関係を仄めかせて活動するものが居る限りないと言い切ることは出来ないのだ。

 固定電話も置いていないし、たった一つのメールと携帯番号だけがこの世界でのガーデンだった。

 この世界には、その庭に住む殺すべき魔女も守るべき魔女も居ない。
 そして今、ガーデンへの入り口は閉ざされた。
 ガーデンは、この世界から消え去る準備を始めたのだ。
 入り口を閉ざされた幻の庭。
 その庭と共に、自分たちは自分たちの場所へと帰る。

 帰れる――筈だ。
 きっと。

 少しばかり不安に駆られて弱気になるアーヴァインだったが、目の前の試合が決着すると、にやりとした笑みを浮かべた。
 ウハウハ、というほどでもないが、泡銭はもうけさせてもらった。
 キルアのオッズの低さに乾杯。

 競馬と違って闘技場の闘士でも掛ける事に問題が無いシステムに万歳だ。
 投資などの難しいことはフィールに任せて、自分はこうして分るところで上澄みを掻っ攫う。

 所持金の全体からすればごくごく微量だが、当たれば嬉しいものだ。
 今日は美味しいものでも食べに行こうか。
 少しいい気分で、彼は観客席を離れた。












「最上階を目指す!」
「うん!」

 という決意を聞いて、フィールは足音を立てた。
 気が付いて振り向く二人に、や、と朗らかに手を上げて挨拶をする。

「久しぶりかな、ゴン、キルア」
「あっ、フィール!!」
「フィールもここに来ていたのか?」

 ゴンが嬉しそうに声を張り上げ、キルアがどこと無く気まずげに顔をそらしながら問い掛けた。
 それでも視線はフィールに向けたまま。

「二人よりも前にこっちに来て、みんな戦っているよ。今は、百九十階付近で荒稼ぎ。日に一、二回のバトルであれだけ手に入るなら、楽なもんだしね」
「……皆って、スコールのやつもいるのか?」
「先輩はもう二百階に行っているよ」
「そう、か」

 キルアの興味の方向性に、ついつい顔がにやけてしまいそうになるフィール。
 いやだってかわいいし? 子供の強がりって。 
 それをぐっとこらえる。

 何にもまして、この感覚をキリエと共感できないのが残念だった。
 彼女ならきっと、心行くまで語り明かせたはずなのに。
 何の効果のある念具を作ったのかは知らないが、哀れさえも覚える。

「ゴンもキルアも、登ってくるのを待っているよ。もっと上でね。もしかしたら戦う機会もあるかも知れないし」

 ぱあ、っと輝きぎゅっと締まるゴンの顔。

「うん。おれ、絶対上に行くよ!!」
「おう、まってるぞ、と」

 形のいい額にデコピンして、にかりと笑った。





「第一関門クリア」

 一息ついて、柱の影で呟くと、思いもがけず答える声があった。

「じゃあスコールも誘って、どっか美味しいところ食べに行かないかい? キルアとズシの試合で、少し儲けさせてもらったんだ」
「アーヴァイン先輩いつのまに」
「ガンナーにとって、気配遮断は基本スキルだろ?」
「ええ、とってもお上手な絶でした」

 銃は一撃必殺の威力を持つが、当たらなければ意味はない。

 素人と対峙しているのならともかく、ある程度腕のある者達を相手取れば、見える銃口などさして怖いものではない。
 ましてやこの世界、纏や錬をしていれば、銃弾なんてたやすくはじく。
 相手の油断に漬け込むためには、ガンナーにして絶は必要なスキルだった。

「まあ僕も、新参者だけど誇れるものの一つくらいほしいからね」
「十分誇れますよ。狙撃者じゃなくて、暗殺者にでもなれそうです。ナイフとか、学んでみたらどうですか? 銃は持ち込めないところも在りますし。特に護衛の任務のときなんかは小型で目立たないナイフは重宝だと思うんですけど」
「手数が多いのに越したことが無いのは確かだよね。遠距離と近距離、弾切れを起こしても完全な無力にならないのはいいことだよ〜」
「僕も、武器の性質上懐に入られると弱いですから。格闘技の単位もとっているんです」
「中近距離タイプか。最近はキスティの影響で鞭を選ぶ生徒も増えたけど、中距離タイプで使い物になるのはそう多くないからね」
「そういう言い方をすると僕にもレアリティがありそうですね」
「スコールとの初任務でこんなところまで来る人間なんて早々居ないよ。ある意味存在自体がレアだね」
「でも、帰って自伝とか書いてみても、自分主人公の二次創作……」
「それもまた切ない現実、さ〜〜」

 そこで二人はそろえたように、力なくわらった。

「……腹ごしらえでも、しに行きますか?」
「そうだね」

 熱く語ったのもつかの間、現状のむなしさを身に染みて二人はその場を後にした。
 意識の片隅で、ジャンクションしたGFたちの慎ましやかな笑い声を聞きながら。








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