回顧




 結論から言うと。




 ゴトーさんのコイン裁きは“誰一人として見なかった!!”





 なにこれ!! と思ったのは一人ではない。
 原作沿いについてきているはずなのに、何故こうまでも、イベントを見逃しているのか。
 自分の実力ゆえに原作沿いに関わることをやめて、今年の終わりくらいにはクジラ島に隠棲しようかと思っていたキリエなどは、心強い味方も手に入れて、やっとこれからというときに、と落胆した。

 ゴンとゴトーさんの、言葉の裏の、無言の会話がとってもいい場面なのに!!
 九月にまた会う約束も見届けず、それどころかキルアの姿すら一目も見ずに、スコールたちはゾルディックを後にした。

 いったい何しに来たのだろうか。

 まあ、クラピカとレオリオの態度が軟化していたから、それだけでもよしとしようとフィール。
 あの時、ゴンを組み伏せたときの二人の未熟ながらも肌を刺す闘気は、長じればいかようにも変身できる可能性を感じさせた。

 そして彼らは走っていた。
 念能力でヨークシンの高層ビルの屋上にでて、そこから目的とする場所まで。
 走るというより、跳んでいた。
 目的地に関しては住所も番地も部屋番号まで分っていたので、能力でそこに出るという手段もあったのだが、念能力とは、むやみやたらに人に知らせるものではない。
 相手が能力者ではないならなおさらだ。
 一応、この世界でも念能力とは秘匿するものとされている。
 自力でたどり着くものも稀には居るようだし、ろくに鍛錬せずに居るチンピラまがいの使い手もごまんと居るようだが、真の使い手となるとその数は一気に激減する。

 便利な能力であるだけに、脅威が付きまとう。
 絶対的な強者と弱者という括りをつくり、一般の人々は決して見ることのできない超越した世界を念使いはもつことになる。

 どこの世界も不平等だ。

 優越感を抱くか、あるいは。
 なんにせよ、世の不平等はどこの世界も同じ。
 力には責任が伴う。
 念というものの存在の秘匿には、基本的に肯定の姿勢を示す。

 向かう先は、かつてスコールたちが依頼を受けたオルソ氏の別邸。
 別邸自体には住所があるのだが、周辺が荒野でありすぎるため住所が無く、初めて行く場所でもあるためイメージも無く、そのため彼らは走っていた。
 キリエには、こちらにあわせてくれと伝えただけで、ろくな説明もされていない。
 せっかくの心強い味方を得てのゾルディック鑑賞に、未練がなかったわけではない。が。
 他の三人――今まで主にゴンたち一味に関わってきたものたちが誰一人居なくなる状況で一人残るというほど彼女の神経は太くはなかった。

 初見だからといってどうにかなるようなゴンとは思えなかったが、初見のために居た堪れない気分を味わうのはむしろキリエだ。
 もともと捨てる気だったイベントだ。
 そう思い込むことで、キリエは泣く泣く諦めた。

 そもそも諦めていたものとはいえ、一度は与えられるという希望を得た後に再びなくした落胆は大きい。
 天空闘技場でヒソカの鼻を明かしたあとは、ヨークシン編は吹っ飛ばすと聞いている。
 ガーデンを名乗った上で幻影旅団に出会ったならば、話に聞いた経緯上無事とも思えないのでそれはありがたいのだが、まさに出会いはままならぬ。

 オルソ氏が、以前のガーデンの依頼主であったということしか知らないキリエ。
 走りながら説明しようにも、声は風に飛ばされる。
 何より――もう直ぐに着く。
 最後にひときわ強く跳躍して、四人は街路に降り立った。

 ある程度一まとまりの場所に着地する三人。
 飛距離が足りなく、どことなくボテッとした感じに彼らの随分後方に着地する一人。  悔しそうに歯噛みする。

「ちくしょうぅぅ、なんでさ――。死にたくないからこれでも五年、体と念能力だけはサボらず鍛えてきたのに何で念覚えて一月足らない人間に負けるのよぉぉぉぉっ!!」

 フィールはそれを、凡人ゆえに魂の叫びと理解した。
 自分たち三人と、キリエの立ち位置。
 飛距離の差は見るからに明らかだった。
 先に跳んだ三人を見たきキリエは、精一杯念能力で身体強化を施したというのに、である。

 負けること事態に問題は、有るといえば有るが無かった。
 戦闘能力、及び身体能力で、鍛えてきた五年が無駄とは言わないが彼らにかなわないことはわかっている。
 だが、ここで問題になるのがアーヴァインだった。
 先ほどキリエも言った、『念能力を覚えて一月足らない人間』
 スコールとフィールと同じように、念による身体強化で彼らと同じ場所まで飛んで見せた男。
 キリエは五年、アーヴァインは一月未満。
 いくらGFによる能力補正があるからといって、この差はあんまりだ。

 あんまりといえば、と。
 思いついてきっ、とフィールをにらみつけた。
 あちらは二年、こちらは五年。
 そばに居るスコールとアーヴァインと比べれば、フィールの才能というものは遙に少ない。それが分るだけに痛かった。

 なんだ私はパンピー以下の、非凡なほどに才能がないとでも言うのだろうか!!

 ふつふつと沸いてくる怒り。
 が。
 怒っている途中で自己解決してしまう。

 そう。

 彼と私は基礎が違う。
 きっと通行人Bとか、ガーデン激突戦の時、背景で戦っていた顔もない脇役の一人だっただろう彼でも、戦うということ、体を動かす、自分の体を知りそれを支配するということにおいての歳月が違う。
 納得しよう、納得できる。
 戦うというのは厳しいことだ。
 最近では暇を見てスコールやアーヴァイン、そしてフィールにも稽古を付けてもらっている。
 五年、鍛えてきたとはいえ、自分のスタンスに合わせてもらって相手は徒手空拳。でもフィールにはかなわなかった。
 スコールはアーヴァインと比べれば無骨なそれは、才能を感じさせるものではなかったが確実な歳月と弛まぬ鍛錬のあとがそこにはあった。
 自分にはその歳月がない。
 一人で行う鍛錬など、限界は見えていた。
 分ってしまえば納得するしかなかった。

 キリエはたいそうな人間ではなかったが、無闇な八つ当たりができる人間でもなかった。
 すぐに罪悪感にさいなまされる、小心で臆病で、到底犯罪者にはなれない。
 こぶしを握り締め、一度だけ地面を叩こうとして――それもやめた。

「どうしたんだ、キリエ」

 内心の葛藤にひと段落付いたのを見取ったのか、スコールが声をかける。
 得心のいった顔をしているフィールと違い、スコールは本当に理解できずに居るとその表情が語っていた。
 アーヴァインは少しは理解できたのか、困ったような表情で肩をすくめていた。

「決めたわスコール」
「……何をだ?」
「オンリー・ワンを目指すわ!!」

 キリエの身にもフィールの念がかかっている。
 時間はたっぷりあるだろう。
 だが、全てに手を出せば全てが中途半端で終わるだろう。
 念能力も、確かに唯一一つのものではあるが、それ以外に、もう一つ何かを極めてみたい。

「だからスコール、手伝って。アーヴァインも、フィールも」
「だから、何をだ」

 脈絡のない言い方に、スコールのストレスケージがつりあがる。

「スコールは拳で語っても強い。でもガンブレードを持たせるともっと強い。アーヴァインも、フィールも、一通り武器は使えるでしょ? けど、自分が最も得意とする武器を持ったときは、それより更に強くなる」
「つまり?」

「私も、自分のそういうやつを極めたいなって。はっきりいって、私は拳での語らいには相性ないみたいだし。他に適性があるかどうかもはっきり言って謎だけど、試してみようかってさ」
「強くなる手伝いをしろ、というのなら、構わない」
「そうだね。それはむしろ歓迎するよ。君自身の身を守るためにも、まあ、場合によっては戦力としてもね」
「そうですよキリエさん。僕達の世界に渡っても、貴方は僕達の協力者です。契約だとか、対等な関係だとか、まあ組織としてはそう言う事も言わなきゃならないんでしょうけど、僕達もう仲間じゃないですか」

 口々に寄せられる好意的な言葉たちに、キリエの拳がゆるりと開かれ、そしてまた握られた。

 感動していた。

 ここ五年、いや。この世界を愛せなくなって数年。
 たかだかこんな。こんな、こんなこんな“ちっぽけ”な言葉程度で感動するとは。
 キリエは心のうちで暴れまわる感情をもてあます。
 嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい、嬉しい。
 嬉しすぎて、胸が痛い。

 ああ、やっぱり心って、心臓にあるのかもしれない――。

 だがそれを、素直に表す事ができるほど、彼女は素直でもなかった。
 彼らは自分を仲間といった。
 仲間とは。
 迷惑をかけてもいい者のことである。
 故ある迷惑ならば、ともに背負おうとしてくれる同士である。
 だからもう今は、これ以上言うことなんてなかった。

「ところでさ。何で急いでいたの?」

 だから、話題を変えた。

「昔の依頼者に呼ばれた。――いや、違うな。依頼者に仕えていた人物から、連絡があった」
「ガーデンはもう店じまいしていたわよね」
「そうだ」

 ヨークシン郊外の、道なき道を会話ができる程度に走りながら情報を交わす。

「その旨も伝えてある筈ですし、電話口での事でしたからはっきりとはいえませんが、多分相手もそのことを分った上で連絡してきた様子でした」
「押し切られたみたいなんだよね、フィールが」
「おお、あの鬼の三枚舌を突破するとは」
「一枚余計ですよ」

 二枚目は否定しないのかフィールよ。

「期間は何時とは決められていないが、できるだけ近いうちにここの別邸に来てくれ、だそうだ」
「で、期限がないのにそんなに急いでいるわけは?」
「ゴンたちが天空闘技場で二百階に到達する前に終わらせたいんだよ」
「ああ、そうだった」

 と、納得顔でうなずくキリエ。

「二百階で待ち受けるヒソカの鼻を明かしてやるんだっけ?」
「そう」
「でもさ、それってそっちのイベント終わらせてからでもいいんじゃないの? その方が余裕があるし、今その依頼人のところに行って、用事がすぐ終わるとも限らないし」
「それに関しては、先輩自身も、なんと闘技場の二百階でヒソカと戦う約束を入れてしまっているんです」
「うわ、ベタな展開」
「やっぱりそう思います? そうですよね」
「うん。私の愛する二次創作でも、強いオリキャラはヒソカと一度はそこで対決するわ」
「でもまあ、だからといって、ルールなしの死闘をヒソカと演じる、って言うのも、ばかばかしいですよねぇ」
「まあねぇ」

 うんうんとうなずいて意気投合する二人。

 内面に抱える知識から、物事に対する深層の意識にはずれがあるのだろうが、こうした表層部分では実に見事に二人は意思の疎通をする。

「なんだかスコールが哀れになってきたからそこらへんにしておこうよ」

 苦笑する彼の視線は斜め前。
 先を走るスコールの背中に。
 一切の覇気が消えうせたような黒い背中が、何よりもその心を物語る。

「まあ、キリエの言うことももっともなんだけど、僕達は増えたから」
「なにそれ。アメーバか私たちは。単体生殖できる覚えはないんだけど」
「二人が四人になったから、話を聞いて、場合によってはフィールか僕あたりを残して別行動をとれば効率がいいというわけさ」

 スルーされた。

「フィールの記憶じゃ、ヒソカの天空闘技場での残りバトル回数が結構微妙らしくてね。間に合わなかったあげく、結局闘技場の外で死闘を申し込まれちゃたまらないって訳さ」

 ふーんとキリエは頷いた。
 まあそれならしょうがない。ゾルディックに一人残されるよりは彼らの仕事とやらに一緒についていった方が心情的にまだマシだ。
 なんと言っても小心者。

「ああ、ほら、見えてきたよ」

 アーヴァインの目線の先には、遠く巨大な洋館が威容を示していた。

 キリエに至っては見たことも入ったこともない。
 ああやっぱり。金持ちなんか嫌いだ、と拳を固めて決意する。
 けどそれよりも。

「じゃあ、少し急ごうか」

 言って、苦もなくスピードを速める男三人衆。
 キリエも合わせて足を速める。が。
 かろうじて追いついて見せているが、体力の限界だった。
 意地でも限界を見せまいと済ました顔で走ってみるが、辿り着いたころにはまともに立っていられるだろうかと本気で思う。

「ああ、もう!」

 自分を小さく罵って、キリエは気合を入れなおす。
 限界が人を強くするのは有名な話だ。
 追い詰められないと出せない必殺技のようなもの。
 頑張れ自分、やれるよ自分!!
 今さっき強くなるって誓ったばかりじゃないかよ自分!!
 だんだんと訳の分らない繰言になっていく自分への励ましを続けながらキリエは走った。

 結果として、彼女は到着後も自分の足で立っていた。
 が、翌日は一端の念使いとなってからは至極久方振りの筋肉痛を味わうことになる。
 強くなる。道は険しい。























 辿り着いた洋館で、使用人に恭しく迎えられたガーデン一向。
 キリエは、控えようと思いつつも、ものめずらしさについ視線が泳ぐ。
 ゾルディックの家も、人の目に付くところにはすばらしい調度品や、厳粛とした西洋の屋敷独特の雰囲気を見せていたのだが、あそこでは緊張しすぎてそれを堪能することができなかったキリエ。

 アーヴァインとスコールは、任務でたびたびこの手の洋館に接する機会があったため、それほど珍しいとは感じておらず、フィールもまた、以前のこの依頼人の屋敷も凄かったため、キリエほどの感動はない。
 その眼差しが動くのは、案内されながらも経路を確認しているためであった。

 しかし。

 一見すると彼らの目に付くところには人影はない。
 が、せわしない雰囲気と、淡い悲しみの感情が館を包んでいる。
 いったい何があったのだろうか。
 四人そろいで客間に案内され、そして現れたのは、前回の仕事のときに見知った老執事長だった。

 すでにかつての変装の影も形もないスコールとフィール。
 こちらは知己と認めたが、あちらは二人がかつて派遣されて来たSeedだと気が付けなかったようだった。
 そうやすやすと気がつけるような変装はしていないが。
その老執事長から知らされたのは、オルソ氏の死であった。

 アーヴァインとキリエに、オルソ氏との面識はない。
 アーヴァインは詳しい経緯を聞いているが、キリエに至ってはオルソ氏とはかつての依頼人であり、グリードアイランドの提供者、という程度の認識しかなかった。
 ゆえに感慨もない。
 名前を聞いたことがあるだけの他人、世界の裏側で死んだ人となんら変わりがない。
 スコールとフィールにしたところで、一時の依頼人、顔を知っている他人。
 世界の裏側、とまでは言わないが、死を知って涙を流せるほど親しかったわけでもない。

 なぜ呼ばれたのか、分らない。

 疑問に思う彼らの前で、老いた顔に疲れをにじませた執事はゆっくりと言葉をつむいだ。

「ガーデンに所属するSeedの方々へ。主から言伝を預かっております」

 言伝を預かった。
 それだけなら、別に四人そろって来るような用事でもなかったし、スコール先輩と、アーヴァイン先輩に行ってもらって、自分とキリエはゴトーさんのコイン捌きを見ていても良かったかもしれない。
 別に人数の指定もされていなかったし。
 電話口では押し切られたが、別に仕事だとも聞いていなかった。
 ただ、来てくれ、と言われたのみで。
 しまったなぁ、とフィールは内心で舌打ちした。
 完全に自分の不手際だ。
 一人の人の死に際してこの場でそれを思うのは不謹慎かもしれないが、現在のガーデンの全戦力が集結しているのに、恐らくは一ジェニーにもならない。

「君たちと過ごした時間は存外に楽しかった、と。それと、これを渡すようにと」

 そっと差し出されたのは手の平よりも大きい黒のジュエリーケース。
 蓋が開かれればそこには、見慣れた二つの指輪が収められていた。

“復活の指輪”と“命の指輪”

「これを?」
「はい。以前、主人がお雇いになったSeedの方々に、言伝とともに渡してはくれませんでしょうか」

 それを見て、スコールは思う。
 結局あれは何だったのだろうかと。
 楽しそうな爺さんだった。
 楽しんでいそうな爺さんだった。
 そしてなにより、スコールにとってリノアより理解しがたい生物だった。
 自分で持っていようか、そう爺さんの言っていた指輪は、結局こうしてもとの持ち主の手へ帰ることになった。

「客人をお迎えしておきながら満足なおもてなしもできずに、申し訳ありません」
「いや、それは構わない。だが――この屋敷はいったいどうしたんだ」

 主の喪失に悲しんでいる。
 悲しんではいるが、それだけでは説明できない騒々しさがあった。
 何を持って示せばいいのかわからず、結局は主語のない言葉となったが、ふと遠くへ目を浮かせた執事には、何を

「主人のお子様とお孫様の方々が、屋敷を空にしているのですよ」

 ああ、それでか。と納得する。
 老人の残した遺産に、それこそ腐肉に群がるハイエナのように我先にとこそげとり、奪い取っていくのだろう。
 骨すら飲み干す彼らのように、後には何も残らない。

「旦那様は、ご自分の亡き後、こうなるだろうことを分っておりました。それゆえに、これらの品をSeedの方々に残されたのでしょう。誰にでも、汚されたくない思い出はございます。どのような人間であろうとも、旦那様は間違いなく、お子様方を愛しておりました」

 愛していても。
 一個の人間として譲れないものがあった。ただそれだけ。

「わたくしめ如きの長話をお聞きくださり、ありがとうございました」

 そういって、老執事は深々と腰を折り曲げた。








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