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アーヴァインとフィール、キリエの三人が、一本の樹上にたむろしている。 差し込む朝日といい、こんな場所ですら鮮烈な冷たい空気といい、一本樹で丘の上だったりしたならさぞかし絵になっただろうシチュエーションだが、残念ながらここは樹海にも等しい様相を見せるゾルディックの庭だった。 四人は順に警戒に出ていて、今はスコールの番だった。 スコールが警戒に出てからそろそろ十分が経とうとした頃合、話すことも、話さなければならないことも多くあるはずなのに、なぜだか誰も、言葉を発せず、朝の日差しと空気の中、ねじくれた大樹に寄り添うように存在するだけだった。 「ねえアーヴァイン先輩。先輩は、ラグナさんのことどう思っているんですか?」 ポツリと、フィールが言った。 少し考え、アーヴァインが答える。 「他人としては、まあ好ましい人だね。面白い人だし、人望もあるし、惹かれるのも分るよ。傍から見ている分には、いい人なんじゃないのかな。けど……もし自分の父親だったら、最低だね」 多少忌々しげに肩を竦めるアーヴァインを、フィールは唯見ていた。 自分の言葉を呼び水としたように、アーヴァインは喋る。 「照れ隠しにしても最悪だよ。17年ぶりに初めて会う息子の前でも他の子供のことばかり。そりゃさ、確かにエルオーネもラグナさんの子供みたいな者かも知れないけど、それは無いと思うんだよね、本人の目の前でさ。それに、あの人は風の性質の人間だ。興味の範囲が広すぎて、逆に何にも深い興味をもてない。スコールをさ、ときどきどうでもいいような任務で呼寄せて――それこそ今回のスコールとフィールでペアを組んだエスタ大平原の調査みたいな奴。で、呼寄せて、会おうとするのもさ、ラグナはまだスコールにレインの面影しか見れて無いよ。きっと、彼女が始めてラグナを人間にしたんだと思う」 「意味深ですね。どういう意味なんですか?」 うーんと唸り、アーヴァインは考えた。 どういう意味なんだろう? 自分で言っておきながら、よく分らない。 「なんとなく、さ。ラグナのあり方ってさ、歪だなって僕は思うんだ。妻子を捨てて、国の為に十七年。何を思って故郷でもなければ、敵対すらしていた国にとどまっていたんだろうって思ってさ。エルオーネを攫ったのもエスタ。エスタのせいでラグナは我が子の誕生に付き合えなくて、最愛の人の死も看取れなかった。ぜーんぶエスタのせい。だろ?」 おどけるように両手を広げる。 「普通の人なら、事情を知ってもそう思うと僕は思う」 「確かに、魔女が居なくなったからって、それだけの思いを捨てられるとは僕は思いません」 「じゃあさ、その思いが、最初からラグナの中になかったとしたら?」 問いかける瞳は真摯なもの。 「エルオーネを攫われた。レインの死を看取れなかった。だけど、ラグナはエスタに対して何にも思っちゃ居ないんだ」 「そんな。それは、人としてあまりにも歪な心のあり方です」 「人を寄せ付けるカリスマはあるし、へんな発言するけどあけすけだし。けどさ、結局人と関われてなかったんじゃないかって、勝手な推測だけどね」 それなりに的を射ているんじゃないかって、思っているよ? と付け足した。 そのときには、彼の表情はいつものような、皮肉げな笑みを被る。 「17年エスタに留まったのも、何も知らずにいたなら奇蹟だね。でも、これは作為だ」 「誰の作為、ですか?」 「それこそいろんな人のさ」 「イデア、シド、エルオーネ。ウォードにキロス。そしてもちろん、ラグナ自身。アーヴァイン、あんたもじゃないのか?」 問われて彼は、肩をすくめた。 「スコール」 「スコール先輩」 いつの間にか帰還していたスコール。 突然現れたスコールに、二人は気まずそうに視線を揺らめかせる。 「なまじっか未来を見てしまったが為に、それ以外の選択肢を見られなくなってしまったんだろう」 いつものように、感情の揺らぎを見せることなく淡々と樹海を歩いてくる。 「エルオーネの力があれば、ラグナの現在地を探すことなど簡単だ。ジャンクションを利用して、今いる場所を教えることもできる」 宇宙でリノアに、今に一番近い過去にジャンクションしたように。 「そして魔女の力があれば、エスタに辿り着けないわけが無い。ママ先生はエスタで力を封印すると言った。どうしようもないのなら、自分ごと封じても構わないと、言ったんだ。ならそれは、なぜアルティミシアに支配される前じゃなかった? あれほどの慈愛にあふれる人だ。過去では子供達を魔女にしたくないと言って自ら魔女の力を継承した。自分が人に恐れられる魔女になることを恐れていた。それなのに、イデアはエスタに行くことではなく、意識を閉ざして体をアルティミシアに明け渡す道を選んだ」 子供達に辛い目にあわせたくないと、そう語ったイデアも真実だろう。 だが、その子供達を避けうる渦中に放り込んだのもまたイデアだった。 「ラグナもエルオーネも、何もかも承知の上で沈黙していたんだ。エスタ市民の話では、ガーデンを知る者が居た。情報から何から何まで国を閉鎖していたエスタの、何の特殊な立場にいたわけでもない国民がだ。十年以上も前のガーデンを知っていた。イデアや、イデアから話を聞いたシドは、エルオーネの力を使ってラグナの居場所を突き止め、協力を得たんだろう。結局は全部、とんだ茶番さ。周囲の何もかもが俺をSeedにする為に誂えられた。自分で選んだつもりの道も、気がついてみれば全て誰かに定められたことだった。リノアが魔女になることさえも」 「リノアさんが魔女になることまで!」 「条件はリノアであることじゃない。俺が好意を寄せた、心を開いて執着を見せる女性だ。魔女は心も読む。キスティスもセルフィも、イデアの孤児院時代の幼馴染と言うだけでなく、俺が心を開く可能性のある女性の候補として、任務に派遣されたんだろう」 そして何も言わないまま、アーヴァインを見る。 その目は真実を語れと迫っていた。 アーヴァインは、疲れたように肩を竦めた。 「いつから気が付いていたんだい?」 「渦中にあるうちは分らなかった。だが、こうして少し考えてみればよく分る」 空を仰いでため息をつくアーヴァイン。 それに対して、ため息をつきたいのはこっちだと、眼差しだけでアーヴァインを攻めるスコール。 「俺はルナサイドベースから脱出する時エルオーネの力でリノアの現状を知った。つまり、エルオーネの力と、エルオーネにその意思があれば、17年の生き別れなんてありえない。そして、あの時間圧縮の時、俺が辿り着いた幼い俺がいる孤児院で、俺は無防備にガーデンとSeedの名とその有り方を、イデアに喋ってしまった。ガーデンはSeedを育て、Seedは魔女を倒す。そして、倒すべき魔女アルティミシアの力はイデアに引き継がれ、その怒りと恐怖をイデアは知った。後はそうなれば、彼らにとってこれは必然だったんだろう。なんと言っても、目の前に確かに倒すべき魔女を倒して生還した未来の形があったんだからな」 「なんだ。そんなとこまで気がついていたんだ」 しかたないな、といった風情で肩をすくめるアーヴァイン。 スコールの言を事実とするなら、アーヴァイン・キニアス、彼もまたイデアたちの共犯者のはず。 「言った所でどうしようもないだろう。既に起こってしまったことだし、例え仕組まれたことでも、俺はリノアを愛している。それに、数少ない自分が選んだことだ」 「え? いまさっきリノアさんが魔女になることまで予定調和だったって……」 「俺は一言も森の梟の事も、リノアのことも、イデアに喋ったりはしなかった。結局同じ未来へ辿っていったが、俺が森の梟へ派遣されたのも、リノアと一緒になったのも、誰も知らなかったことだ。だからこそシド学園長は俺の周りにキスティスやセルフィを置いたんだろう。孤児院を約束の場所として時間圧縮の世界を帰るなら、孤児院の仲間だと思い込むのも無理は無い」 「悔しく、無いんですか? 皆がみんなぐるになって先輩を騙して、あげく未来には何の解決にもなっていない。悔しくないんですか先輩」 「俺は何の解決にもならない道を辿り魔女を倒す為だけに孤独を与えられたんだろう。もし、イデアやシドに何の意図も無いのなら、エルオーネが白いSeedの船に乗った時、俺も一緒に乗せられただろう。唯一人の姉と慕う人物と引き離して俺だけ孤児院に残すことに意味が無ければ。白いSeedの船も、そのうちに戦災孤児を拾って岬の孤児院と同じような状態になっていたらしいしな。両親は存在さえ伏せられ、姉とは引き離され、俺は孤独に怯えてぬくもりを拒んだ。イデアの入れ知恵もあった。闘争と強くなること以外に興味を向けないように仕向けられた」 Seedになることそのものが目的意識になるように。 だがそれこそ、今になってわかることだ。 Seedは何故と問うなかれ。その言葉の通りに、思考を放棄してきたスコールは、何故自分がSeedを目指すのかもわかっていなかった。 他の生徒達のように、憧れもなく、目的もなく。 ただSeedになれば、全てが解決すると錯覚していた。 「なんと言っても未来から来た俺は自分をSeedと名乗ったんだからな。前提条件として俺がSeedにならなければ物語は始まらない。知った当初は悔しかった。イデアやシド、エルオーネも憎んだ。いまの気持ちは、正直な話わからない」 嘘や強がりでもなく、二年かけて作った血の父親と姉のような人物との関係は、多分周囲が思う以上にあいまいだ。 「衝動を感じるほど、強い感情は感じない。どうでも良くなってしまったのかもしれないな。シドもイデアもエルオーネも。もちろんラグナも」 どうでもいい、と自分の感情を麻痺させることで、有り余る感情を騙しているだけなのかもしれない。 だが不思議なほど、彼らに対するスコールの心は穏やかだ。 凪いだ心は、怒りも感じない代わりに特別なほどのいとしさも生まれない。 「今は仮初の平和を享受しているが、それは確実な未来の波乱を予言するものだ。そこにある、確実な形を見せられれば、それを選びたくなるだろう。だがそれは、よかったのか悪かったのか。未来を変えようとすることは、俺なりの反乱でもある。未来と言う予定調和の為に、俺から何もかもを取り上げた奴らに対する反乱だ。叶うころには、見せ付けてやるべき人間は、大体死んでしまっているだろうけどな」 もっとも身近な愛情であるはずだった人々のことを語るスコールは、淡々と、淡々としすぎて、アーヴァインは切なくなった。 幸不幸を論じるなら、スコールも自分もあまり変わらないだろうとアーヴァインは思っている。 肉親、という意味でなら、アーヴァインはもとよりすでに存在しないし、ガーデンでの生活も、己を偽り作り出すほどには、周囲となじむことはできなかった。 偽られはしなかったが、やがて偽りに噛まされた。 魔女戦争の初期、スコールたちと合流した直後から、彼らが孤児院時代を思い出すまでは、むしろ知るからこその苦悩にもさいなまされた。 前に進めば母と呼んだ人を敵にし、後ろに下がることは、今は覚えていないとはいえ、懐かしい兄弟たちへの裏切りだ。 引くことも進むことも、彼の心を苛んだ。 覚えているからこその悲劇で、自分は保険だったことも、なんとなく分っていた。 GFを使用していない。 その点で、自分と同じように孤児院時代を覚えている筈の人間がもう一人居た。 セルフィ。 結果として、セルフィも孤児院時代を忘れてしまっていたが、あの壮大な茶番劇を仕組んだ人間なら、恐らくスコールに記憶を取り戻させる人間は、セルフィにさせようと思っていたのだと、思う。 突然の転校生、その時のSeed試験をもって、孤児院組、サイファー以外は皆Seedになり、初めて組まされた任務で、少しずつセルフィがスコールの記憶をほぐしていく。 そこに集っていた、集わされていたのは、かつて皆同じ孤児院に居た子供達。 戻る記憶が連帯感や、一体感を生み出し、やがて恋愛に発展する。 そういうシナリオ、だったのだろう。 幸不幸を論ずる意味は無いのだろう。 その果てに何があるのか。 どちらにせよ、今、スコールもアーヴァインも、受け取る愛よりも与える愛を知った。 愛されるよりも、愛することを知った。 淡々と語るスコールの姿は切なかったが、ああ、やはり今更。そしてどうでもいい話なのだろう。 半ば娯楽的にゴトーさんのコイン捌きを見に来たはずだったのに、なんだか重い話になっちゃったなぁ、と。 キリエは一人、空を見ていた。 いつの間にか、まったく明るくなってしまった空を。 その遠く、視界の果てには、意気揚々とこちらへ向かってくるゴンたち一行の姿と、待ち構える一種独特なドレッドヘアが見えていた。 タイミング、喪失。 「あーあ、フィールも結構計画倒れよね」 格好悪いよりも格好いいほうがいい。 そう言い張って、登場のタイミングを一番計っていたのは彼だったはずなのだが。 「さて、と」 押し問答と実力行使を始めたのを見て、いい加減三人を促そうかと立ち上がった。 そして、ふと思う。 「なんだか、蚊帳の外?」 ガーデン三人組と自分。 ハンター世界の彼らと、自分たち。 前者は純粋に共有できないから仕方が無い。 ガーデンという物でつながっている彼らと本当に仲間になるには、ガーデンというものを本当に知らなければならないだろう。 彼らの心の占有率を見れば、きっとガーデンやSeed、その言葉のもつ意味がかなりの割合で占めているだろう。 けど、後者は同じ世界に今、生きているはずなのに。 その渦中からはぐれてしまった。 彼らだけがこの世界に生きているわけではない。 彼ら以外の世界を進むのも、悪くは無い。彼らに関わろうとしなかった昔の自分のように。 ここで離れて、彼らとは違う物語をつむぐのも、一つのあり方だ。 どうせ、自分たちはここで何かを手に入れようとはしているが、何かを変えようとはしていないのだ。 この先の天空闘技場でヒソカの鼻を明かしてやろうという計画も立ち上がっているが、結局その程度に収まること。 グリードアイランドでは、彼らと共に行動することで効率よくカードを得ようと計画されているが、それだけのこと。 キメラアントを滅ぼし、物語を一つ潰そうとしているが、それだけのこと。 二次創作では最強系よりも頭脳派と勘違い系が好きだったキリエ。 いま道を共にする人々は、それで言えば間違いなく最強系だろう。 頭脳派も勘違い系も、もしなるとしたら自分だ。 頭脳も、勘違いされるモノも無いが、地力の足りなさがそのパターンにとって必須ともいえる。 読むならともかく、体験する分には弱いよりは強いほうが安心できるから歓迎なのだが。 念使い、という観点で見れば、今はアーヴァインこそ最弱だが、すぐにもその才能とセンス、努力で駆け上がってくることだろう。 作ることに特化した、戦いの才どころか能力も無いキリエとしては、誰も彼もが心底ありがたいほどの守護者足りえる。 「まあ、いっか」 彼らと共に居る分には、恐らくそうやすやすと死は訪れまい。 彼らなら、きっと悪魔だって脅して自分の道を切り開く。 そのときは自分も一緒に居よう。 自分には作る力がある。 弱くはあるが、無力ではない。むしろ、最大級の反則だ。 彼らが道を開くとき、それをそばで見ていたい。 「まずは手始めに」 ホルスターからダークネスを抜き、照準を定める。 自動追尾機能付だから、アーヴァインのような神がかり的な狙撃の技術は無くてもいい。 弱い自分が戦えるように生み出したものだ。 見通しはいい。 ゴンも見える。静観を決め込んだ二人のかっこよさもよく見える。 それを影で見ているものたちの行動も、丸見えだ。 まあ、向こうも暗殺一家の手錬たち。こちらのことも気づいた上で放置しているのだろう。門を出るまではシルバの客だ。 (ドレッド執事見習い娘を傷つけるもの) そう指定して、後はキキョウの様子を見守った。 ただの弾丸や、属性の合わない念弾のスピード程度なら、たやすく凌駕できるだけの能力は与えてある。 そしてキリエは、引き金を引いた。 狙いたがわず、ドレッド執事見習い小娘のこめかみを狙う弾丸を打ち落とす。 まずは成功。 「ほら、いくわよ?」 すぐ間近で聞こえる発砲音に、注目が集まっているのが分った。 スコールに関してだけいえば、ホルスターからダークネスを抜いた時点で気が付いていたみたいだったが。 ――まあ、なんと言うかね。 運命は自分で切り開く、見たいな? 自分で切り開いた時点ですでに運命じゃないのかもしれないけど。 どんなに弱くても、望むものがあるなら守られるばかりじゃいられない。 立ち尽くしてばかりじゃいられない。 物語は進めなければ、終わりは見えない。 「残念だったね、フィール。ずっと登場の瞬間をうかがって、木にまで登ったのにさ」 「自分がうかつでした。こんなに近くに居たのに気が付かなかったなんて。戦士としても未熟ですね」 「気にするなフィール、今は戦うときじゃない」 言葉を交わしながらも、誰もが鋭い眼差しでゴンたちを見ていた。 彼らが飛び出していくのと入れ違うようにキキョウたちは姿を消し、その場には無傷なドレッド執事見習い小娘が残る。 ごめんね、名前、覚えていないんだ。 大樹の枝を蹴って、彼らの前に降り立つと、何故だかみんな驚いた目で見ていた。 「スコールさんにフィール……、それにアーヴァインさんも」 付け足された自分の名前に、僕はおまけかい? と呟いてアーヴァインは肩をすくめる。 ゴンが面白いほどにあわてて、笑ってかまわないと伝えると、心底安堵したように息をつく。 僕は誤解を恐れない!! なんて、台詞としてはかっこいいけど、誤解は恐れた方がいい。 どんな小さな誤解でも、後でどれほど大きくなるか分らない。そして知らないうちに付けを払わされることもある。 ゴンの分りやすさも、安心して集える理由なんだろう。 「それで、こちらはどちら様だろうか」 さすがクラピカ。 キリエは三人が出張る前に一歩進んで自己紹介。 「私はキリエ=ミドウ。スコールたちの――ま、一応同僚よ」 少し悩んで、そう答えた。 同士、とか、仲間、というのも悪くは無いと思ったけど、彼らはガーデンと言う一括りで三人を見ている。 そして、そのガーデン所属の彼らを受け入れているように見えるゴン達になら、キリエもその括りに入れてしまったほうが受け入れやすいだろう。 協力者、という立場は取り付けた。 向こうに行っても、Seedになるかなれるかは分らないが、少なくとも協力者ではあり続けるだろうと思っている。 ということは、ガーデンに関わり続けるということだ。 スコールたちが外勤のサラリーマンなら、自分は内勤のOLみたいなものだろうか。 とキリエは考えた。 「よろしくね?」 社交辞令は抜きにして、彼女はにっこりと笑いかけた。 キリエは、典型的な東洋人だ。 彫りの浅い顔は西洋的な美には恵まれず、西洋的な価値観のほうが波及している彼らにとって、東洋の美は感覚が多少違う。 スコールやアーヴァイン、クラピカなど、男と比べるのもどうかと思うが、まあ飛びぬけて美人というわけでもない。どちらかといえば美人である、という程度の顔は、言ってしまえばどこにでも居るような凡庸さだ。 笑ったからとて特別美人な訳ではない。 喪失を含んだ笑みには一つとしてあまやかな所など無く、だが作られたものではないくしゃくしゃの笑みは彼女の中の優しさがにじみ出ていた。 単純なレオリオなどは単純に頬を染めているが、クラピカなどは感心した風な面持ちで、ふむ、などと唸っている。 喪失に共感するところでもあったのだろう。 何かは分らない。 だが彼女のなんの損得も裏も無い笑みは、何かを人に感じさせた。 「あの、それで先ほど私を助けてくださったのはどちらの方でしょうか」 「あ、それ私。大丈夫だった? 勝手に助けちゃったけど、後で怒られたりしない?」 「はい、大丈夫です。私は、ゾルディック家の執事見習いを勤めておりますカナリアと申します。先ほどは助けていただきありがとうございました」 「うん、大丈夫ならいいのよ。よきかなよきかな」 エビフライ娘の名前発覚。変な髪形というのは禁句かな? と内心で一人納得する。 きっと後で何かいわれたりやられたりするんだとしても、ここではありがとうと言っておくのが忠実なる執事の姿なのだろう。 納得は行かないが微塵も表に出さない程度の処世術は身に付けている。 念使い、と言うだけでにらまれることもある。 雑魚で終わるつもりならともかく、上が見えないこの世界で生き抜くには、手の内を見せず、言葉と態度でもって相手の思考をある程度誘導し、こちらの手の内をかんぐらせ、自縄自縛に陥らせる。 戦闘系スキル皆無の身としては、それくらいやられなければ命はなかった。 実力がないからこその、舌先三寸口八丁だったのだが、今は周囲に四人もの実力者達がいて、かなり緩んでいることを自覚するキリエ。 余裕があるのはいいことだと、つくづく実感する。 これだけの使い手が集団で行動していれば、キリエのさしたる事のない能力でも彼らに継ぐまでの時間稼ぎぐらいならできる。 こちとら不殺を貫く一般人!! 逃げ足だけならドンと来やがれ!! 自慢であるのかそうでないのか今一不明であることを内心で叫んだ。 |