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最終試験 「では先輩、謹んで胸をお借りします」 ペコリと礼をするフィール。 対するスコールの眉根を寄せる姿は面倒そうな雰囲気が滲み出ている。 「面倒だ。ここは俺が引くからフィール、あんたは受かっておけ」 辿り着いた協会運営のホテル、用意されたリング。 始まるハンター証をかけた試合の第一試合。 フィールの望んだように、スコールとフィールの試合は組まれた。 考えることを放棄したように、一番下に。 負け残った方のどちらかが、ハンゾーと戦うことになる。 面接の時に、勢いで戦いたくない者にヒソカの名を上げてしまったスコールとしては、初っ端からあのマッドピエロを相手にしなくてすんだ事はかなり心理的に助かったが。 後から聞いた話では、会長は戦いたくない者を試合に組む傾向が有ったらしい。が、この試合はフィールのごり押しだ。 どちらにしても関係ない。知らぬはスコールばかりなり。 マッドピエロじゃない事はありがたいが、相手がフィールでもやり難い。 「なに言ってるんですか先輩。もしどちらかしかハンター証を得られないなら僕よりも先輩が持つべきでしょう? この試合は、絶対に合格できるチャンスなんです。次の試合に回っても、負けるとは思いませんが世の中絶対はありません。そして、僕は闘わずしてまいったと言う気はありません。ガーデンでも先輩に戦闘訓練をつけてもらえる人間なんてそうはいないんですから、こんな貴重なチャンス、無碍に出来ませんよ。それに」 心持持ち上がったフィールの唇は、その邪悪さを存分に物語っていた。 「戦ってくれないと、帰ったら彼らにある事無い事吹き込みます。セルフィ先輩に言って、ガーデンネットワークに書き込みしてもらいます。リノアさんが知ったらなんというでしょうか。それに、サイファーさんなら絶対笑いにきてくれます。事実無根でも当分噂は消えませんよ?」 連ねられた名前にたじろぐスコール。 どうしたものかと思案するそのとき。 くらり、とフィールが体勢を崩した。 「フィール?」 いぶかしむスコール。だがフィールは答えない。 額に手を当て、ゆらりと立ち上がるフィール。 ぐるりと周囲を見渡して腕を組み、開口一番、言った。 「あら、アーヴァインもここにいたのね」 見事なまでの女口調。 ぞっと背中に怖気が走った者も一人や二人ではない。 かく言うスコールもその一人だ。 「……キスティ、か?」 「正解よ、スコール」 フィールは妖艶に微笑んだ。 「やめろキスティス。フィールの体だと一方的に不気味だ。なぜキスティスが来た」 悪態を突くが、正直キスティスで助かったとは思う。 ゼルは学園入学からSeedまでの速さといい、確かに天才気質の人間だがうっかり者だし、セルフィも、頭もいいし口も堅いが、こういうよけいな事が喋れない場においてはキスティスの事務的な洞察力が助かる。 何よりフィールボディでセルフィ語録を披露されたら、あまりにもフィールが哀れだ。 「失礼しちゃうわね。私が来たのは、この子が私の愛弟子だから」 同じ武器を使う者同士、肉体は違えど、違うからこそ少しでも使いやすい者を選んだだけの事。 なのだが。 このままではフィールにカマの汚名を着せることになる。 「エルオーネとリノアは」 「お姉ちゃんはもちろん接続中、リノアはその手助けね。おかげで私が表にいるんだけど。ゼルとセルフィは、まあ何となく分るでしょ? アーヴァインはここにいるし。ちなみに、ここでの事はお姉ちゃんとリノアも知っているわ」 反論の余地はなし。 スコールとキスティスは同僚に対してほぼ同じ結論を持っていた。 遠くアーヴァインが居心地悪げに首をそらした。 「それで?」 キスティスは促す。 フィールの眼を通じて見える景色に見覚えはなく、ましてそこにいる人間も、ガーデンの人間を除いて知る者はいない。 子供から老人まで、しいて言えば皆それなりに力のあるものだろうということしか共通点はない。 来たばかりのキスティスには状況がわからず、何が喋ってもいい情報で何が喋ってはいけない情報なのかも分らない。 そのためにスコールの言葉を待っているのだ。 このあたりの機転がゼルは利かない。 皆がこの突然のやり取りを見ている。 ネテロが指を差し出しその上に念で文字を書いた。 (念は使わんで欲しいんじゃがのう) スコールも空中に指を滑らせ文字を乗せる。 (念じゃない) ふぉ、ふぉ、ふぉ、とネテロは笑う。 外野が騒がしいが、スコールは無視した。 くつくつと笑うピエロや何を思っているのかまったくわからない薬中のような目をした針なんかも完全無視だ。 これはチャンスだ。 連絡の取りようのないこちらの事情を伝えることができる。 向うとこちらの時間感覚の違いを考えると、一日後にもう一度、などといえば次に話ができるのは二、三年後となりかねない。 「ガーデン指揮官、スコール・レオンハートの名において任務を通達する」 キスティスの眼差しが変わり、組んでいた腕を解いてSeed式敬礼をする。 「Seed及びSeed候補生は各地において新たなGFを入手すること。全Seedは、現行依頼を受けている任務と平行して、積極的にそれら新しいGFのレベルアップをすること。今回のような事体は避けなければならない」 アーヴァインの話ではまだ向うはそれほどの日数は経っている訳ではないが、今回スコールたちは、高レベル、高ランク、そして有効なアビリティをもったGFをジャンクションしたまま、帰還の目処が立っていない。 「ただし、戦闘用オダインバンクルを所持しない者のGFの使用を禁ずる事は変わりない。速やかに各位伝令せよ。復唱は必要ない」 「了解」 キスティスは腕をおろすと胸の前で組んだ。 斜めに立って、仲間としてスコールを見やる。教師ではなく。 「ほかに何か言うことがるんじゃないの?」 「エスタ大平原の探索隊を早急に引き上げさせろ。俺たちは目処がつきしだい帰還する。それまでディアーズポイント、及びエスタ大平原を封鎖しろ」 「……了解、復唱は?」 「必要ない」 「そう。結局何も言わないのね、スコール」 「キスティス……」 パシンッ、と高らかに鞭が鳴った。 叩きつけたのはキスティス。 「さて、お祈りはすんだかしら。机の下でガタガタ震えて命乞いをする準備は?」 ぶち切れたようである。 「神様は殺してしまったから、懺悔なら魔女が聞いてあげるわ。アーヴァイン、あなたもよ」 「……キスティス」 「うう、何で僕まで……」 げに恐ろしきは女神の怒り。 簡単な任務に赴いたはずが結果は行方不明。 探索隊を派遣すればその一人であるアーヴァインもいなくなる。 どれほどの心配をかけたのか、たった数日の事とはいえ、待つほうにしてみればそれこそ胃に穴の開く思いだろう。 やっと再会して見れば、そのことに関しては何の言葉もない。 下の者に反発されては上はやっていけないのだ。 「キスティス、俺とアーヴァイン、そしてフィールは長期任務に当たる。帰還日時は不明。その間、リノアの護衛をしてくれ」 「そう、それがあなたの心ね。……リノアも喜んでいるわ。なんだったらサイファーもつけるけど?」 「奴はよけいだ」 「ふふっ、まあいいわ」 まとまりかけた所で、アーヴァインが声をあげた。 「キスティ!!」 「あら、なぁに? アーヴァイン」 「今キスティが見ているものは、リノアとお姉ちゃんにも見えてるんだろ」 「ええ、そうよ」 「じゃあさ、もう一度よく周りを見てよ。キスティには判らなくても、多分リノアには判るから。ヒントはハンターハンター」 言われて再び周囲に目をやるフィールinキスティス。 その眼はやはりというべきか、真っ先に悪い意味でよく目立つその人物を捕らえた。 「ヒソカ……」 ぐるりと巡って。 「ネテロ……会長? キルア、ゴン、クラピ……カ、レオリオ」 ぐるぐる。 「イ……ギタラルク」 ピクリ、と、イカレタ針山が反応する。 イルミ、と言いそうになったのを、修正させられたのだろう。 意識体でも随分騒がしいようだ。キスティスが頭を抱えている。 「いや、ギタラクルだ」 スコールは訂正を入れた。 「ポドロ、ポックル、ハゲゾー」 「俺ははげじゃねー!」 脊椎反射で叫び返すハゲゾーこと雲隠れ忍者ハンゾー。 「あら、ごめんなさい。でも今のは私じゃなくてリノアの言葉だから」 悪びれないのはさすがの根性。ガーデンの愛すべきエリート教師だ。 「理解したわ。ごめんなさいね、みなさん。大切な試験にお邪魔したみたいで」 キスティスはフィールの顔で楚々と微笑んでみせる。 「土産話、期待してるわ。私はそろそろ帰るわね。自分で言うのもなんだけど、この体ではこの口調はむしろおぞましいわね」 フィールとて、どちらかと言えば整った容貌をしているほうだが、だがどう見ても、女には見えない。 「理解してくれたか、キスティス」 「ええとても。ところでスコール」 「なんだ」 「ざわめきは、感じたかしら」 少し考えてからスコールは返事を返す。 「いや、感じなかった」 「そう、じゃあ、私たちは過去を変えようとはしなかったのね」 「そうだ」 にっこりと、背負う物がなくなったようにキスティスは微笑んだ。 過去の改変をしようとしなかった。 それはつまり望む姿の未来があると言う事だ。 彼らは必ず帰ってくる。 変えられなくてももしそこに可能性があるなら、変えたいと願うのが人だ。 けれど、過去に手は伸ばされなかった。 つまり、過去に手出しをしようとする必要はないということ。 そして再び、フィールは床に膝を付いた。 場は沈黙に包まれる。 マッドピエロですら音を発さない。 果たしてあのやり取りは演技か本気か。 念と言う異能を知る者達に対しても、スコールは先ほどアレが念ではないと書き示した。 ここにいる二人は歴戦のつわものだ。 見逃してはいまい。 彼らの間で飛び交った言葉は、この場にいる他の人間にはきいた事もない言葉だろう。 この世界にエスタ大平原という名前の平原は存在しないし、ディアーズポイント、GF、オダインバンクル。 まして現状が理解できていないらしい人間に対してアーヴァインの放った言葉。 ハンターハンター。 ハンターを狩るハンターが、いったい何のヒントになると言うのか。 それだと言うのに、その言葉を受けてもう一回り周囲を見渡したフィールの中にいるらしき人間は、その場にいる人間の名前を次々と当てていく。 隠されたはずのギタラクルの本名すらも言いそうになっていた。 ヒソカとネテロ、そしてイルミの警戒も高まっている。 耐えかねるような沈黙の中。 そっと、フィールは目を伏せ、両手で顔を覆う。 「うっ、ううっ、汚されちゃったよぉ〜……」 泣き出した。 一人は鞭を、一人はガンブレードを片手に対峙する。 ネテロの言葉で仕切りなおして、二人は再びリングにたった。 初戦において随分と無駄な時間を食ったものだ。 「まさか僕が女性の言葉で喋るのがあんなに気持ち悪いとは思いませんでした」 割とすぐに立ち直ったフィールだが、さっきの涙も本物だ。 「ああ。気まぐれでも、接続先が俺でなかったことがありがたい」 もし、自分が、リノアかキスティ、この際ほかの誰でもいい。 ゼルのようにいきなりシャドウボクシングをはじめても、セルフィのようにトラビア弁で喋りだしても、想像するだけでぞっとする。 が、それは今目の前に立つ、一人の後輩の犠牲によって回避された。 それならば、せめてひとつこの場で後輩の願いをかなえてやろうではないかと、スコールはガンブレードを握る。 「では先輩、召喚はトンベリ、召喚時間は二分三十秒。いいですか?」 「……トンベリには包丁の使用を禁じる。今回は、地団駄にしろ」 にやり、とフィールは笑った。 「面白い事になりそうですね。対象は周囲。では、殺すつもりで来てください」 「召喚・トンベリ」 フィールが叫んだ。 二分三十秒限定の全力戦闘。 二人ともまったく念を使っていないが、それでも速さはかなりのものだ。 念を使わなくても、フィールはオートヘイストがジャンクションされているし、スコールの速さに至ってはジャンクションで既に限界突破だ。 まさに風のように彼らは跳び、走り、互いの間合いを確保するべく奔走する。 フィールの武器、ウィップはあまり戦うことにはむいていない。 キスティスも、捕獲用には皮を編んだ約五メートルの鞭を使用しているが、戦闘用には多節鞭を使っている。 見た目はまったく別種の武器のようにみえる。 フィールも師であるキスティスに倣って、常時二種の武器を携帯している。 ハンター試験会場に来るまでの船上で、落ちかけた船員をひっ捕まえたのに使った五メートルの鞭と、いま、スコールと相対して構える多節鞭だ。 船上で、フィールの武器をあちらの鞭だと思っていた三人が目を見開く。 戦いなら、こちらが本領だ。 フィールは距離をつめられないように後退する。 スコールは己の武器の間合いに持ち込もうと踏み込む。 鞭というのは、割とどうしようもない武器だ。 スコールのように近接武器を使うものの間合いに掴まれたら振るうこともままならず、アーヴァインのように狙撃を含めた遠距離攻撃を行うものには、気が付かぬうちに殺される。 中距離である利点もあるにはあるが、補って余りある欠点もある。 現にいまも、スピードで拮抗しているために自分の間合いに持ち込めない。 いや、少しずつつめられてすら居る。 振るってけん制しているが――蛇のように自在に動き、先端は音速すら超えるフィールの鞭を、目で追って居る。 その戦いに、呆気に取られる者何名か、見惚れる少年一名、面白がる者一人、警戒を高める者も一人、そして多少苦々しく見つめる者一人。 ネテロである。 念を使っていない事は、凝をしてみれば判る事だ。 確かに彼らは纏すら使っていない。 だがその戦いはちょっとやそっと鍛えた程度で何とかなるものではないのは一目瞭然だ。 そのうえに、やはり念ではない異能の力も使っている。 スコールが一撃入れる度にフィールの前で光る半円の障壁は、この戦いを追う事のできるものの目には間違いなく映っていることだろう。 そして、現在最もそれが危ぶまれるのはポックルだろうか。 ハンターとしての資質、将来性は見込まれているが、現在の能力値は一番低い。 「凄いね、スコールさんて」 二人から目を離さないままにゴンが言った。 「うむ。フィールの事も強いと思っていたが、そのフィールをこうもやすやすとあしらうとは。私は二人の動きを追うのがやっとだ。正直、剣筋なんて霞も見えん」 「どっちもほんとに人間かよ」 レオリオは舌打ちと共に言った。 スコールを捕まえようと伸ばされる鞭はどれも紙一重でかわされ、変幻自在に舞う鞭の中をかいくぐり、ガンブレードは的確に刀身をフィールに叩き付ける。 その剣を受けながらも、プロテスの作る一瞬の隙に、フィールは急所から外す。 距離を取り、自分の得意な間合いに持ち込もうとする。 鞭と剣。 中距離と近距離。 質も間合いも違う二つの武器が、両者一歩も引かずにぶつかりあう。 接近されすぎれば鞭を振るうことを諦め、もとよりこういったときのためにある金属の仕込まれた凶悪なグローブを履いたこぶしで殴りつけ牽制し、退避する。 スコールはその陽動も含んだ動きにわざと乗るそぶりをみせ、それに食いつこうとするフィールの裏をかく。 本気ではある。が、全力ではない。 スコールはフィールに、戦いを教えている。 「トリプル」 フィールが叫ぶ。 スコールの顔が一瞬、驚愕に歪む。 隙を与えまいとするかのようにスコールの攻撃が苛烈さを増す。 ダメージ覚悟で攻撃を受け流し始めるフィール。 そして、唱えた。 「ファイア!」 三つの炎がスコールを目指す。 だが瞬間早く、スコールも唱えていた。 「リフレク」 キン、と甲高い音を上げて、魔法の壁が3重がさねにかけられた炎の魔法を術者本人に返す。 元の世界でモンスターに仕掛けられても、さしたるダメージにはならない低ランク魔法。 だがそれも、セルフィには及ばないまでも高い魔力をもつフィールが放てば脅威となる。 それがそのまま帰ってくるのだ。 爆音がフィールの服を焦がし、弾けさせる。 弾けた皮膚が熱に爛れ、出血はないが刺すように痛みが走る。 ファイアを唱えてからのリフレクの発動。 それで間に合うのだから、スコールの速さ、強さには今、嫉妬すら抱けない。 フィールはもう決めていた。 自分達の異能を念使いたちの前で隠す事はないと。 今ここにいる受験生達は、将来的に必ず念使いとなるだろう。 だから隠す必要もない。 自分達はいずれこの世界を去るだろう。 それまでに、自分達がいた事を、強烈にこの世界に刻み付けていこうと、決めていた。 ガーデン、Seed、ありえるはずのない魔法、GF。 ひとつや二つ手札をばらしても、まだまだ手札の数はある。 後世、永久に残れはしなくとも、いま目の前にいる人物達に、忘れられない印象を植え付けようと。 謎こそを、尽きない興味こそを最も強い印象と豪語するフィールとしては、先ほどの会話も、自分の体で女性の仕草と喋り方をされた事以外はオールOKだった。 この世界で広めたガーデンとSeedの名。 この二人以外にも所属する人員がいる事をある意味では証明できた。 一方的な会話ではあったが。 鞭がガンブレードに絡みつく。 鞭を持つフィールと、ガンブレードを持つスコールの力が拮抗する。 ギリギリと。 奇しくも二人の動きが止る。 先に動いたのはスコールだった。 とん、と軽く踏み込んで、フィールに肉薄する。 ガンブレードに巻ついていた鞭が緩んでフィールが後ろにたたらを踏む。 けどそのままバックステップを踏み、自由になった鞭でまたスコールを襲う。 だがそれは当たる事無く過ぎ去る。 スコールは反則的な動きでフィールから距離を取った。 先ほどとは違う、互いに体の自由を持ったまま留まり、向き合う。 残り時間2分。 「キスティス先生直伝……」 フィールは両手を頭上に掲げ、特殊な形で構えた。 鞭を振り下ろす事はできるが、戦いの形としてはまったくあっていない。 だが、スコールはその構えに見覚えがあった。 「それはまさか――」 にやり、とフィールは笑った。 「学生寮の鬼神!!」 学生寮の鬼神、と彼女のことをそう呼んでいるのは、寮に住まう学生達だ。 キスティスは、いまや立派な教育者となっていた。 教育とは、諦めない事である。 傭兵を鍛える武闘派学園なだけあって、ガーデン規律違反者をキスティスが最終手段として鞭でシバイていても不平は出ない。 跡や後遺症が残るようなまねをするほど愚かではない。 学生寮の鬼神。 彼女の主な出現地帯はその名の通り学生寮を中心としたガーデン内部。 お年頃の少年少女たちは、抜け出したくなるものだ。 悪戯したくなるものなのだ。 それを取り締まるのがキスティスであり、あの構えは最後通牒だ。 発動条件は約五回彼女に悪質な規約違反が見つかる事。 あれは――キスティスが編み出した鞭による最高の拘束術だ。 今まで、彼女のそれを回避したものはいない。 それは、GFをフルでジャンクションしていたゼルすらも。 彼は三つ編みの図書委員との秘密の逢瀬を前に、あの技に敗れ去った。 高くから、それが振り下ろされた。 神速で拡大される拘束網。 だが、それより一瞬早く、スコールは効果範囲を飛び出していた。 横薙ぎに繰り出されるガンブレードは狙い違わず真っ直ぐに、フィールの首に吸い込まれていった。 だんっ 響き渡る音。 虚空に舞う首を、誰もが見た。 ゆっくりと倒れる体。 まるで生き物のように自在に動いていた長い鞭が、力無く床にのびる。 数瞬の沈黙。 最も早く正気に返ったのは、黒服の一人、審判だった。 「ス、スコール・レオンハート、ルール違反によりしっ――」 かく、まで言う事は無かった。 「ひっ、ひぇえ〜!!」 腰を抜かす審判の腕に、持ち手のいない鞭が絡み付いていた。 むくり、と首を跳ね飛ばされたはずのフィールが起き上がった。 多少居心地が悪そうに首筋をなぜ、 「僕は死んじゃ居ませんよ」 と、ゾンビでも見るかのように驚愕する周囲をぐるりとねめつける。 ぐびり、と誰かの喉がなった。 壁際では早速ネテロ会長がふぉっふぉっふぉっ、と笑っているが、その目つきは鋭い。 誰一人の注目も漏らす事無く引き寄せて、フィールは立ち上がった。 ぱん、ぱん、と服の埃を払う仕草をする。 「勝てませんでしたねぇ、今回も。我が師匠に追いつくには後どれほど強くなればいいんでしょうか。というか、先輩とフィフティの勝負をするキスティス先輩は人間ですか?」 「なら俺は何だというんだ」 「ガーデンの伝説です」 「キスティスに追いつくなら、最低でも現役5年は必要だろう。が、その頃にはキスティスはさらに上に行くだろう」 「はぁ〜。天才と比べられる凡人は辛いですねぇ」 と、あまり本気ではないようにため息をついた。 「彼らは本当に人間か」 クラピカをして言わしめた。 「やっぱり凄いね! スコールさんって。それにフィールも!!」 将来、超人の仲間入りをするゴンは、思考回路も普通人ではないようだ。 キスティス譲りのとんでもない鞭捌きを掻い潜り確実にフィールをしとめたスコールを見て、確実にフィールの首が飛ばされる場面を見て、そのあとで何事も無いように立ち上がった彼を見て、さらに目を輝かせている。 レオリオ、ハンゾーに至っては言葉もない。 レオリオはもちろん、ハンゾーも忍びなんぞをやっているが、わりと常識人の部類だ。 「二分三十秒」 ぽつりとフィールが呟いた。 これだけの会話をしていても、まだ初めに宣言した時間までは一分近くある。 「……使い切ったか、フィール」 「ええ、バッチリ」 ため息と共に首をゆする。 最後の一撃で、トンベリのダメージ肩代わりの枠を越えてしまった。 そうなると、召喚獣は消費した体力を回復するまで召喚できない。 「おかげで地団駄を発動できませんでした。トンベリが残念そうにしています。今回は新作のガラクタを仕入れていたそうですよ? 僕も、ヒソカにたらいが落ちるかと楽しみにしていたのに。……結局、僕の実力不足ですかね」 「誇ればいい。あんたならキスティスの後継になれる。今回は、場所がわるかった」 あの技は、空間が限られていてこそ最も高い効果を発揮する。 広い空間でも、効果が無いわけではない。 ゴンやハンゾー、今のキルア程度なら余裕で捕らえられるだろう。 だが、相手が悪かった。 「学生寮の鬼神は嫌です」 ふっ、とスコールが笑う。 それは、誰もを惹き付けてやまない笑みだった。 「あ」 と呟いたのは何か。 フィールの目線の先を、自然と皆が追った。 がこんっ 一斗缶が落ちた。 ピエロの頭上に。 「くっくっくっくっ。カレーの次はなんだい? これは。やってくれるね◇」 微妙に笑えない人物だった。 瞬間的にぞわりとする異質なオーラが広がる。 レオリオやハンゾーに落ちたのなら、それこそ存分に笑えただろう。 いや、ネテロ会長は一人、豪気に笑いつづけているが。 「これがトンベリの新しく仕入れたガラクタか?」 スコールもなかば茫然としながら尋ねる。 「………」 フィールに至っては言葉もない。 「そんな――召喚は、失敗したはずなのに」 やがて自失したように呟いた。 たしかに、この場にトンベリの姿は無い。 召喚自体は確かに失敗しているのだ。 「トンベリも……根性だな」 今はフィールにジャンクションするあの愉快なGFを思い浮べ、スコールは苦笑するのだった。 二進も三進も、前にも後ろにも進めないような空気を動かしたのは、スコールだった。 「まいった」 高らかに宣言するスコールと、はっと我に帰るフィール。 「な、そんな先輩!!」 「最初に言ったはずだ。ここの勝ちは譲ると」 「でも」 「変えるんだろう」 スコールはフィールの目を見る。 そしてフィールはその意図を知る。 そう、フィールは変えるつもりだ。 ポドロの死を、キルアを止める事によって。 トーナメント表から見て、後の展開は殆ど変わらない。 ギタラクル、もといイルミとキルアの試合が行われることによって、キルアは強力な暗示状態になる。 どのような暗示か正確にはわからないが、あの場であれだけのやり取りをしたあと、誰かを殺そうとした自分に気が付けば、おそらくとっさに逃げ出すと思われる。 いなくなってしまえば、どちらにせよたった一人の不合格はキルアになるだろう。 だが。 キルアを止める事により、不測の事態が起こらないとも限らない。 もしそれによ自分達が落ちる事になるのなら、一人でもさっさと合格を決めておいた方が安全だ。 そして。 今回この世界において、係わり合いを望んだのはフィール。 「あんたは、あいつの事を随分気に入ったようだからな」 「甘っちょろい性格と言えばそうなんですけど、共感はもてます」 「第一、俺たちに言えた言葉じゃない。落ちれば、来年はアーヴァインの奴とでも一緒に出るさ」 「わかりました」 舞台を降りるスコールの背を見つめる。 待ち構えていたアーヴァインと二言三言言葉を交わし、掌を打ち付けあった。 その姿に深く頭を下げて、フィールもまた舞台を降りた。 二人の残したたくさんの謎だけが、解ける事無く凝固する。 合格者第一号――フィール・エヴァーグリーン スコール、対戦表を見上げる。 次はゴンかハンゾー、どちらか負けたほうとなるのだろう。 フィールの言う分には次の勝者はハンゾー、ゴンは気絶して医務室。 だが試験結果としての合格はゴン。 「次はハンゾーか」 「可哀想にね。すぐポックルとだったら彼、すぐに合格できるのに」 隣でアーヴァインが、未だ呆然としたところの残るハンゾーを見て哀れみを込めた眼差しで肩を竦めた。 |