仲間



 ラグナロクのような飛行物体を常用とするのもどうかと思うが、念以外は殆ど科学が占めるこの世界、広がるネットワーク、多機能携帯、核兵器。
 科学がここまで発展して、なぜ飛行機ジェット機のような高速で移動できる旅客機が生まれないのか。
 科学の発達がスコールたちの世界とは別の形で偏っている。

 最終試験会場からパドキアまで3日もかかる飛行船。
 ラグナロクを足として使って久しい彼らSeedとしては、飛行船の移動速度は遊覧にも等しい。
 誰かが、最終試験が筆記試験だと騒いだり、その不安をあおったり諦めたり、ナンバーを呼ばれて立ち去ったり。

「受験番号298の方、受験番号298の方、同伴者を連れてお越しください」

 館内放送が響き渡る。
 反射的にスピーカーの方へ顔を向ける二人。

「おや〜、お呼びがかかったよ、スコール」
「あんたもな」
「やっぱり僕って試験会場にもぐりこんだ不審者なのかな〜」
「ゼビル島に置いていかれなかっただけでもありがたいだろう」
「でもスコールたちは迎えにきてくれるだろう?」
「……そうだが」

【開門の審判者】は、人物の名前で位置指定もできる。
 無駄話の間に辿り着いた扉を叩いた。

「入りなさい」

 スコールは少し息を整えて、ノブを回した。




 室内の様式をスコールは見た事があった。
 彼の記憶の中では和風と言う、ラグナがかつて戯れに似たような空間で酒盛りをしていたのに引きずり込まれた記憶が蘇る。
 背後の掛け軸には心。
 目の前にはネテロ会長。

「仙骨みたいだね」

 アーヴァインが小さく耳打ちする。
 彼は会長の頭を指していっているのだが、スコールにその意味は理解できなかった。

「まあ、すわりなされ」

 ご丁寧に座布団は二枚。
 二人並んで膝を折ってネテロの前に並ぶ。

「お主たち、どこの出身かのう」

 会長は好々爺の笑みでそう言った。

「それはハンター協会会長としての質問? それともネテロさん個人の質問かな」

 アーヴァインが先んじて切り返す。

「そうじゃのう。どちらかと言えばわし個人の疑問じゃな。唐突に現れて裏世界を得体の知れない噂で混乱させ、ぴたりと現れなくなった、ガーデンのSeedを名乗る者達。正体不明、と言う言葉が、なおさら興味を引く」
「まず先に言っておく。俺達は流星街の出身ではない。だが、ガーデンの所在地及び人員の出身地に付いては機密情報に相当するので答えることは出来ない。その上で、俺の権限でガーデン、及びSeedに関する質問にはひとつだけ答える。その情報はどう流してくれても構わない」
「ほほう」

 ネテロは髭を扱いて僅かに考えた。
 湯気の立つお茶を啜って一息。

「では、噂の仮面はお主の、ほれ、額の傷を隠すためと言う噂もあるが」
「Seedは現在二十四名、うち、女性はほぼ諜報と内勤」
「ほほう、意外と少ないのう」
「少数精鋭が旨だ」

 タヌキと獅子がにらみ合う。
 この場においてもスコールの鋭い眼光は、周囲を警戒する野生の獣そのもの。
 そもそもこの場でこの手の質問を受けるほど注目を浴びているとは思っていなかったが、Seedだと知っていたのなら興味を持つのも頷ける。
 一次試験ではフィールがサトツの前で、ゴンとキルア達にガーデンとSeedについて語っていた。
 今回、Seedとして面子が割れたのはその筋からだろう。
 Seedは基本的に合法活動しか請け負わないが、語るに尽くせない事、傍から見ればそれこそとんでもない事も数々起こしている。

 自分たちが合法活動をしていても、相手もそれに則って行動してくれるとは限らない。
 妨害者たちはたいていが非合法な活動に従事する者達だ。
 殺さずに彼らから戦闘力を奪うのは骨が折れる。
 スコールも、一度なぞ単身任務に赴いた先で十人以上の念応力者に襲われた事もある。
 まだ念を使えなかった初期の頃に、幾度もGFの召喚準備をしてダメージ肩代わりで掻い潜った。
 それが相手には、殺しても殺しても死なない人間と映ったらしく、随分と恐れられた。

 ゾンビ、モンスター、アンデット、まあ、散々な言われようだったが。
 どう見ても念能力者ではないのに起こる異常。
 怖かっただろうとは思う。

 最近の大事と言えば、G.Iを手に入れた仕事で幻影旅団を退けている。
 フィールに至っては、有り余るジェニーで何か画策しているようだった。
 スコールは取り立てて口出しはしていないが。

 折れて見せたのは会長のほうだった。
 年長者の余裕か、あるいは埒があかないとおもったのか。

「うむ、で、そちらの男は誰かな。四次試験中いきなり現れたと言うが」

 話しを向けられて、アーヴァインは肩をすくめた。

「僕もSeedだよ、ネテロ会長。キスティ、いや運営部にせっつかれてさ。一応任務で来たんだよ」
「試験会場は極秘のはずなんじゃが」

『念使いでもないじゃろ』と、会長は念で字を書くが、まだ念のつかえないアーヴァインはもちろん無反応。
 念が使えたとしても、彼はまだこの世界の文字が読めなかったが。

「ガーデンの諜報部を侮らない方が良いよ? おっかないからね〜」
「ふむ、そうかのう」

 納得するにせよしないにせよ、一応の決着は付けた様子だった。

「では、最終試験を前に二、三質問させてもらおうかの。なに、ちょっとしたアンケートみたいなもんじゃよ」
「僕はそろそろ出て行ってもいいかい?」
「ああ、構わんよ」

 テンガロンハットの後姿が消えるのをまって、会長は再び口を開いた。

「で、まずなぜハンターになりたいのかね」
「必要だからだ。詳しい事は345番の奴にでも聞いてくれ。少なくともオレより説明は上手い」

 脚色過多になりがちであるが。

「……そうか。では、おぬし以外の十人で一番注目しているのは?」
「特にいないな」

 ヒソカもギタラクルも、はっきり言って注目したくない。
 逆にポドロやポックルは注目するに値しない。戦闘力で言えばレオリオもだ。
 人間性も悪くないし、長じればいいハンターとなるのだろうが、今はどうでもいい。
 ゴンとキルアは、注目していると言えばしているが、その素質に関しては既に明らか。
 その意味においては注目する理由も無い。

 消去法で残ったのがクラピカとハンゾーなのだが、あのおしゃべりな忍びに付き合うのは疲れる。だからと言って妄執に捕らわれたクラピカがどうかといえば、やはりどうということも無い。

「では、十人の中で一番戦いたくないのは?」
「345番……いや、44番だ。あいつは、真正の変態だ」





 スコールが退室してから、際ほど時をおかずにフィールが呼ばれた。
 スコールとフィールの間には、ギタラクル一人しか入っていない。

「では、おぬしはなぜハンターになりたいんじゃ?」

 問い掛ける会長は僅かに煤けていた。
 今回のハンター試験、残りの人間を見れば結構な高確率で奇人変人が残っている。
 漫画で見たときにはどうと堪えた所のないように見えたが、実はそうでもないらしい。

「必要だから、ですね」

 間髪居れず、彼も答えた。

「298番が理由はおぬしに聞けといっておったんじゃが、なぜ必要とするのかね?」

 ここに来てフィールは内心少し考えた。
 彼のもつこの世界のバイブルでは、ネテロ会長がこんなにも深くハンターになりたい理由を聞いた人間は居なかった。
 ヒソカやゾルディック、クラピカなどは多少経歴などを追えばすぐに分ると言うのも有るのだろうし、少なからず知っていたと言うのも有るのだろうが、執拗に知りたがる描写は無い。
 もしかしたら省かれただけかも知れないが、彼にはそれが不自然に感じられた。

「ハンターは実力の世界。なぜそれほどあなたが理由に固執するのか知りませんが――」

 先に釘をさしておく。

「二次試験のとき、メンチさんに説教しながら“チチでけーな”なんて思っていたジーさんに、とくに話すことは無いような気もします」

 これぞまさに慇懃無礼。
 ギシリと会長も固まった。

「お……おぬし! なぜそれを知っておる!」
「……カマかけただけなんですが」
「ぬわにぃっ!」

 くわっ! と眼を見開いて、脚の低いテーブルをガタガタ揺らしながら立ち上がる会長。
 眼光鋭く今にも刺し貫かんばかりの攻撃的なオーラ。
 いつもであれば、これほどのオーラを目の当たりに受けて正気で居られなかっただろう。
 なんと言っても彼はまだ念を覚えて一年強。
 若輩もいいところだ。
 そのうえ、念の扱い自体にはちょっとした自信があるとはいえ、オーラの総量や、戦い方自体においてはやはりスコールほどの才覚は無い。

 だが今は状況が違う。
 ヒソカであれば下品にも欲情するようなオーラを真に受けて、それでもフィールは微動だ似せず、その場に座したままネテロ会長を見上げた。

 それはもう思いっきり白い眼で、じとーっと。
 その視線でたじろぐ会長も会長だが、それは理解する者の雅と言う者だろう。
 フィールと会長は、堅物のスコールと比べれば同類に近い。
 この場には“お約束”と言うものが脈々と生きているのだ。

 フィールとしては乳でけーな、と思っていた事を知っていたわけではなく、スケベっぽいと思っていただけだが意外と効いたらしい。
 頭が長い人間に意外な共通点か、とフィールは思った。
 何故だかわからないが、フィールの中で頭の長い人間はスケベと定義されていた。
 その定義に確信を得たような気分になっていた。

「エロジジイ」
「さて、おぬしが一番注目しているのは誰かのう?」

 上品にネテロ会長はそれを無視した。

「尻ですか? 太腿ですか?」
「もちろんチチに決まって――」

 間髪居れずに口を開いてものの数秒で停止した。

「メンチさんに言いつけちゃおうかなぁ」
「そ、それだけは勘弁してくれぬかのう」

 懇願と哀願と――可愛げも無いそれをやって見せるネテロ会長。
 彼ら雅を解する者の間には、無言の掟が立ちはだかる。

 どれほど実力があろうと、その手の攻撃を決して避けることができぬと言うお約束が!

 身を乗り出したタヌキの髭が、情けなく机の上に延びた時――ニィ、とフィールは嗤った。

「僕、先輩と戦いたいんです」
「先輩とは298番の男かのう?」
「そうです。勝てないだろうとは、思いますが、それでも――」

 こちらに来てからなおさら実力に差がついたような気がするが。

 もともとフィールは記憶力以外抜きん出て才能が有る人間ではない。
 キスティスに師事し、キスティスから免許皆伝をもぎ取った唯一の人間では有るが、それは純然たる努力の賜物である。
 それは、同じだけかそれ以上の努力をする人間が現れれば容易く同じ位置に並ばれる程度のものでしかない。

 ガーデンにおいては、新人にあるまじき一目おかれる実力を持つが、やはりスコールには敵わないしキスティスにも敵わない。
 そのうえこちらの世界に来てからは念である。

 これでもまた、資質からして差が開いた。
 伝説の名を冠する者達には、程遠い。
 だが、離れたりはしない。

 魔女を含めて彼らもまた人間であることをフィールは強く知っている。



 アーヴァインは臆病者で、Seedになんてなれなかっただろうしなりたくも無かっただろう。
 本来なら。


 ゼルは“物知りゼル”を名乗り、それを周囲に認めさせるだけ有って、確かに多くの知識をもっているが、その行動と思慮の浅さが祟ってなかなか深い信用が得られずに悩んでいた。


 キスティスは、優等生、エリートの名を得た代わりにさまざまなものを失って、あげくスコールに話を聞いてもらおうと思えば壁にでも話してろ、と言われた哀れな人間だ。
 もっとも、その言葉は後々スコール自身に痛烈に帰るのだが。


 セルフィは恐るべき個人主義者という歪を抱えている。
 多くの人に“太陽のようだ”と慕われながら、あくまで太陽の“よう”でしかない少女。歪ゆえに笑うことに執着する。


 魔女の力を受け継いだリノアは、魔女の力が伝えてきた未来の記憶に今でも恐怖する。


 そしてスコールは。
 運命の為に幼い頃から育てらた少年。
 運命の始まりに自ら幼い己を見出した哀れな少年。
 運命を否定して、結局の所運命に流された温もりに怯える少年。
 少年の域を脱し、自らリノアや、仲間と言うぬくもりを求めるようになった今も、やはり喪失の恐怖に怯えている。


 彼らも色々なものを抱えた人間だ。


 泣き、笑い、怒る。
 嫉妬し、憎悪する。

 悪の魔女を倒し人間を開放する、人が描くような英雄ではない。
 それでも、唯人には手の届かない場所に居る。

「もちろん、セッティングしてくれますよね?」





 満足そうな345番が完全に出て行ったのを確認して、ネテロ会長は深々とため息をついた。
 これでなかなかあの青年とは楽しい時間を過ごした、と本人は思っているのだが。
 なにより変態でも奇人でも堅物でもない、共に雅を解する仲間である。

「ちぃと、残念じゃったのう」

 Seedが起こしてきた数々の怪物じみた武勇伝、種明かしは命取りになるだろうから、その原理までは聞くつもりはなかったが、それにしたところで明らかに念能力によるところではない怪異を、Seedと言う人間が皆等しく使うことについて、多少は聞いてみたかったりもした。
 それについて聞く前にあの展開にはいってしまったことは、面白いことの大好きな彼としては随分と残念なことだった。

「噂どおりというか、噂以上というかそれにしても」

 稀に見る真剣な表情でネテロ会長は唸った。

「Seedに女性が居たとは、うぅむ、どんな美人かのう?」

 でへら、とネテロはだらしなく笑み崩れた。
 その脳裏には柔らかな“ちちしりふともも”

「ふぉっふぉっふぉっ」

 だらしない顔で次を呼ぶことも忘れ高笑いするネテロ。
 その頭上に召喚の光が蠢き、あるひとつのものを形作った。


カーン……――


 豪快にネテロの光る頭を直撃し、床に落ちる前に消える金色の金タライ。
 そしてその場には、お約束どおり、机の上でぴくぴくするネテロが残されていた。








幕間  決意



 扉の向うからもれ聞える無気味な高笑いに、フィールは唇の端をニヒルに歪めた。

「トンベリ」

 呟きに、召喚が発動しているのを感じる。
 それを感じてさらに笑みを深めたフィールは、廊下で待っていたスコールとアーヴァインを見つけるとさっと嗤いを引っ込めると、嬉しそうに駆け寄る。
 が、二人の放つ真剣な空気にきゅっと表情を引締めた。

「来たかフィール。お前にも、手を貸してもらいたい」
「何をするんですか? 先輩」
「未来を、過去を変える」







「どういうことです?」

 飛行船の廊下を人気の無い方に歩きながら話す。

「ゼビル島で、おそらくは実験していた念能力の暴走でアーヴァインを呼んでしまった事は話しただろう」
「ええ。アーヴァイン先輩には気の毒ですが、これで、またひとつ帰る希望が湧いたというものです」

 そうだ。
 帰る希望が湧いた。
 帰り着くことのできる可能性が増えた。
 だからこそ考えた。

「今スコールと話してたんだ。フィールは今回の魔女戦争の全貌を知っているよね?」
「はい。僕はSeedじゃなかったですけど、当時の学生ではありましたし」

 その当時、中等部以上に所属していた人間は、一応わかる限りの全てを知らされている。
 固く守秘義務を負わされたが、それを持ってしても聞く価値のある話だった。

「まあ、それが前提の話。過去が未来で未来が過去。未来が過去に繋がって、めぐり巡ると言うとんでもない矛盾。それをさ、断ち切ってみようか、って訳」
「――断ち、切って」
「俺達は幸いにもチャンスを与えられた」
「チャンス?」
「この世界そのもの。フィールの念が作り出した、長い時間と、俺達の世界には無かった可能性」

 念能力と、異世界へ渡れる可能性。
 渡った世界で出きる事。

「時間圧縮から元の時代へ帰ってくるとき、俺はGFの副作用で記憶を失いかけた。帰らなければならないのに、帰る場所がわからない。リノアとした約束の場所に辿り着けず、思い浮べるリノアの顔は歪んだ。その顔が、アルティミシアと重なった」
「それって――!」

 スコールがそこまで語ったのは、当時共に戦った仲間のうち、リノア以外の四人、キスティス、セルフィ、アーヴァイン、ゼルのみだ。
 それ以外には誰も、リノアはもちろん、イデアやシド、ニーダやシュウにも知らせていない。

「単純な未来予想図だ。おそらく、リノアはアルティミシアだろう。魔女の力に侵食されて、リノアとしての記憶を失った」
「そんな……」
「ありえない話じゃない。リノアは、優しい子だからね。そのうえ、未来の魔女の恐怖を植え付けられた。まだこの世はそれほど魔女を恐怖したわけではないのに。まあ、ここのところ続いていた魔女戦争で、随分魔女は印象を悪くしてしまったけど、まだ魔女を題材にした映画が許されるほどには平和さ」
「確かに」
「それでも、アルティミシアが世間に抱いた恐怖を知ったリノアは、きっと力を他人に継承しない。多分ね、多分だよ」

 言い聞かせるように繰返すアーヴァイン。

「もし僕らが、この世界にやってくる事が無かったら。それを仮定した話しよう。リノアは将来的にパッキング処置を受けると思う。現在進行形で、リノアは少しずつリノアを失っている。リノアの継いだ力は、ママ先生の比じゃないからね。リノアがリノアでいられなくなるギリギリのラインで、きっとリノアは、自分で選ぶ。今度はスコールにも止められないさ」
「なぜですか?」
「約束した。リノアと。リノアがリノアじゃなくなる時、リノアが悪しき魔女となる時、オレが殺すと」
「そんな!! 記憶を失ったからって、必ず悪い魔女になるとは限らないじゃないですか!!」
「それでも、それはリノアの魔女に対する恐怖の根源だ。そして、いずれリノアは俺の事も忘れるだろう」
「そんな……」

 呆然とフィールは呟いた。

「話を続けるよ。宇宙まで行くのかどうかは知らないけど、パッキング処置は、外からのあらゆるジャンクションを防ぐ手段だ。けど、内部の意思は漏れる。アデルが宇宙にいた時、ティンバーの電波塔にその意思を流していたように。内在する力も無くなったわけではない。きっとパッキング処置を受けている間も、リノアのリノアの記憶を侵食する」

 記憶が、リノアと言う人格を作り上げてきた過去を犯される恐怖と、今も戦うリノア。
 ラグナの唱えたこっ恥ずかしくなるような名前の作戦も、全てを丸く納めはしなかった。
 結局の所、未来にその恐怖を振りまいた魔女がいる事は変えられない。
 そして唯の人間であるリノアの体、精神は、膨大なまでに膨れ上がった魔女の力に耐えられない。

「さて、僕らはどうするだろう? 人の世が、魔女にとっていい世界になるように尽力する事は当り前だよね。でも人の時間は短い。実際に人が生まれてから死ぬまで七十年。社会活動をするのはせいぜいが五十年だ。垣間見た未来で、開放されたリノア――アルティミシアが人の世に恐怖を覚え、魔女を迫害する世界に怒りを覚えるようになる。少なくとも僕らが社会に関わっている間はそんな事させない。僕は、それに二百年ぐらい見積もってる」
「長いのか短いのか、判りませんね」
「うん。でもきっと僕らは、普通に考えて死んでいるね。でもきっと、僕らはリノアに付き合う。リノアがパッキングを受けて魔女の力で二百年生きるなら、僕らは科学の力で、エスタのコールドスリープなんか結構いけると思うんだ。でもそれでも――」

 言い躊躇った言葉をスコールが継いだ。

「俺達が表に出る時間はされに減るだろう。20代30代とまではいかなくても、ある程度若く、ある程度無理の利くからだの内にやっておかないと、目覚めても何も出来ない可能性がある」
「そうすると、せいぜいで五十代ですか」

 五十台でコールドスリープ処置を受け、ときどきは情報の更新のために目覚めるだろうとはいえ、そうなれば世界に対する影響力などほとんど無くなる。
 それこそ眠っている間に何者かにリノアのパッキング処置を解かれ、攫われても、眠っている間は何も出来ない。
 死ぬ瞬間まで、世界に関わっていけば、魔女にとって安息を得られる時間は増やせるだろう。
 だがそれではリノアの行く末を見る事は適わず、リノアの行く末を見届ける事を望めば、世界に関わる時間が減る。

 そしてどれほど世界に関わっていこうとも、過去を消すことは出来ない。
 世界に恐怖を抱いた魔女、アルティミシアは、未来の存在にして過去の幻影。
 産まれる事は約束されてしまっている。

「きっとねぇ、アルティミシアが僕たちの時代に来たのって、忘れてしまってもスコールのことを感情が覚えていたからだと思う。アルティミシアの城はスコールが約束した孤児院につながれていたんだ。現代に帰るためにバラバラになった時、アルティミシアも孤児院に辿り着いた。そして、時間圧縮でアルティミシアは魔女が幸せ、って言うのとは違うかもしれないけど、人が魔女を迫害するのとは逆の世界に作り変えようとしていたんじゃないかな。でもさ、最後の最後で彼女の目的は変わったんだ」

 フィールは唯黙って続きを待った。

「死にかけたとき、魔女の力を束ね合わせて、世界を作り変える事より、全ての世界と時間を取り込んで、自分のものにすることに。そうすればどうなると思う?」
「その中にはスコール先輩も――あ、それじゃあもしかして」
「つじつま、というか、合う符丁が多すぎる」

 疲れたようにスコールは目を伏せた。

「アルティミシア、としては無意識なんだろうけどね」
「そのとき俺達がどうしているのかは分らない。確実に俺はコールドスリープ処置を受けるつもりだが、結局未来において恐怖と怒りの魔女アルティミシアが誕生したと言う事は、そこにいないか、居ても何も出来なかったかだ」

 廊下の隅で交わされるそれは、自分の無力を噛み締めるような話。
 話し合う誰もが、どこかが痛むかのように表情を搾る。

「だが、それである意味リノアの決意は果たされている。記憶と人格を犯すほど強大な魔女の力は過去へ、イデアを通して自分へ受け継がれ、アルティミシアより未来には無くなる。残る魔女は、たいした事も無いだろう」
「ふざけているように見えて、意思の硬い方ですからね、リノアさんは」
「だがここで、違う可能性が生まれた」


 声に希望の力が宿る。
「コールドスリープ処置を受けるような無力なあり方ではなく、起きて、意思をもってリノアの傍にいることができる」
「老いないと言う事はそのまま異端性だから、いつまでも表舞台にはいられないだろうけど、少なくとも、リノアに何かあったときに寝こけてました、って事は無いよね」
「ああ。フィールのお陰だ」

 フィールはスコールを見上げてはにかんだように柔らかく笑った。

「ここからが本題だ」
「過去、未来を変えるんでしたね」




「ああ。アルティミシアの誕生自体を阻止するか、あるいは、生まれてしまったなら過去へ渡らないようにしたい。渡ってしまったなら最悪、力の継承を阻止する」
「基本的に求める事は?」
「人以外、サルでもモンスターでもない、意思の無い無機物への力の継承」
「ついでにその利用も防げると良いですね」
「パッキングして、宇宙にでも放り出してしまえば?」
「あ、それいいですね」
「じゃあ、媒体を探さないと」
「元の世界になんか良いのありますかね」

 ぽんぽんと、乗りよく話が進むのが嬉しいスコール。
 誰かが共に考えてくれる。
 それは、喜びだ。

「記憶障害に対する、と言う意味ではオダインのGF制御バンクルも魔女の力に応用できるのかも知れないが」

 なんと言っても元祖オダインバンクル、魔女の力を封じる方法を発見した男の手によるものだ。
 だが。

「シュミ族の村でもこれに使う鉱物の産出はもうあまり期待できないと言っていた」
「このバンクルひとつじゃ、寄り集まった魔女の力ほどの強大な物を制御できるとは思えないしね」

 すっと無意識にバンクルを撫ぜるアーヴァイン。
 それは大切な命綱だ。
 帰る場所を忘れないための。

「今でもオダインの研究は、魔女の力を抑えるのみに留まっている。それに、記憶障害を排除した所で魔女の力がリノアの中にあることには変わりない」
「無機物、無機物ねぇ。この世界には何か無いのかな」
「念ですか? 念具ですか? いくらなんでもありって言っても、ちょっと無理っぽくないですか? この世界は魔女の事を知らないんです。念と言う力も何かに貯蔵すると言う概念はあまり無いように思えます」
「じゃあ、いっそほかの世界にまで手を伸ばして見るかい?」

 アーヴァインは何気なくそう提案した。

「……いいな、それ」
「スコール!?」

 いつもの大げさな仕草で反射的にアーヴァインは声をあげていた。
「この世界にも、元の世界にも無いなら、他の世界を探すまでだ。偶然とはいえ、俺達は地形も歴史も能力も何もかもがまったく違う異世界に放り出され、その世界特有の能力で世界の壁を越えて帰ろうとしている。なら、その能力でどうして他の世界へ渡れない?」
「いや、まあ、そうだけどさ。いったいどれだけ難しい制約をつければいいのかわからないよ」
「だが、やる。時間はいくらでもあるさ」
「はは、こうなったら、さっさと帰って準備をはじめないとね。オダイン博士も道連れかい?」
「性格破綻者で生活破綻者だが、有能な研究者は必要だ。フィール、あの男に能力を使うのは不本意だが、帰ったら頼まれてくれないか」
「了解です。でも、結局何処まで話すんですか?」

 異世界にいった、その上また異世界に良く手段が在る等と言ったら、オダイン博士なら間違いなく自分も連れて行けというだろう。
 そのうえ、連れて行かなければ研究しないなどと駄々もこねそうだ。

「GFじゃ不老になれる能力に説明がつかない。だから一応異世界に行ったことは話そうと思う。だが、そこでもう力を得た事は話しても、また異世界にいけるとは話さないで置こうと思う」
「それが賢明だね」
「世界を渡る能力の開発は、おもにフィールに任せたい」
「ええ!! 僕がですかぁ! そんな大役……」
「念の開発には柔軟な発想力が必要だ」
「でも、僕だとオーラが足りなくて発動できないかも知れませんし」
「GFを使用した念応力の開発になるだろう。エデンとディアボロスを使った移動用の念も、もともとは世界の壁を越えようとした副産物だ。何らかの形で、その念の発展形として完成しないかと思っている。オーラが足りないなら、俺が試す。それに、グリードアイランドでボマーがするらしいように、何人かが揃う事を条件としてもいい」
「ああ、えーっと、開放だったっけ? 三人で指を合わせて合言葉を言うと、爆弾まとめて爆発しちゃう奴ですよね」
「そういえば、アーヴァインもこの世界について知っているんだったな」
「うん。まあね。でもそれいいかもね。どれほど効果があるのか判らないけど、制約の一部に組み込めるんじゃないかな」
「……そう、ですね。判りました。僕も、制約に出来そうなものにもう幾つか心当たりありますし、開発は僕がやります」
「それと、グリードアイランドをクリアして手に入れたい物がある」
「なんですか?」
「若返り形の薬があると言っていたなフィール」
「はい」
「魔女の――なんだっけ?」
「今は名前なんかどうでもいいさ。媒体がさっさと手に入ればいい。だが、オダインの延命も考えているように、媒体の発見が遅くなった場合、発見してもそれに魔女の力を継承させる方法が見つからなかったばあい。俺はリノアを冷たいパッキング装置の中で長いこと待たせる事になるだろう。その間にもリノアの記憶は侵食されていく」
「そう、だね」
「俺は、アルティミシアと戦った時の彼女の言葉が忘れられない」
「なんかいろいろ言ってたけど」
「どんな言葉ですか?」
「握り締めても、手を開いたとたんに逃げていく幼い頃の記憶」

 しんと、二人はスコールを見た。

「二十年だろうが三十年だろうが、生き切った人生の知識と、身に余る膨大な力。そして存在しない記憶。自分が何者かもわからずに突然立つのは、きっと怖い」
「スコールは、リノアを若返らせようって言うんだね?」
「幼い頃の記憶がないなら、もう一度作ればいい。ろくでもないことばかりだと思ったが、それでも幼い時の体験、あの小さな体でしかできない事は、貴重な記憶だ」
「アルティミシアは、記憶の喪失を恐れている? 喪失した事に失望しているのかな?」
「なんでもかまわない。どちらにせよ今はわからない事だ。ただ、無いのなら与えてやりたい。守られる事も無く怯えているのなら、守られる事も訓えてやりたい」
「まあ、それはゴンたちと行動を共にすれば大丈夫でしょう。彼らがクリアした時に余りのカードを貰って、なんだかカードを増やせるカードもありましたし。なんと言ってもグリードアイランドは既に手元にありますから」
「ええ! あれ、もう持ってるの!?」
「はい。以前仕事をしたときに依頼人から報酬として。もしかして、アーヴァイン先輩も結構楽しみにしてます?」
「あはは〜。うん。いけるもんなら行ってみたい不思議世界だよね」
「よし。大体話がまとまったな。ここで、やれるだけはやっていこう。あとは、元の世界に帰ってからだ」

 三人の眼差しが交錯する。
 そして、誰ともなしに自然と頷いた。

「いこう。まず俺達はハンター証を手に入れる」
「僕はまず文字を覚えなくちゃね」

 おどけて言うアーヴァインに、笑いが漏れた。
 それは未来に希望を見出した者の笑い。
 窓からは、美しい町の夜景を見下ろす事が出来た。







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