出会う

 ドーレ港を出ると、フィールは惜しまれながら三人と別れた。
 彼にはやらねばならないことがあったからだ。

 それは、番号あわせである。




 ザバン市の定食屋の前で絶をして、間違えようの無い受験者を待ち構える。
 悪人じみた形相とか、発達させすぎた筋肉とか。
 そういうのを見つけて一人、昏倒させて木陰に引きずり込んだ。

「よっと、ごめんなさいね」

 言いつつも、そこには謝罪の意思の欠片も無い。
 ヒソカや沼地の動物に殺されないだけありがたいと思いなさいよ、本心はこうである。
 どうせ来年もキルアに昏倒させられて終わるのだろうが。
 既に会場に入っているスコールも、そうしているはずである。
 自分というイレギュラーがおきても、世界は変わらない。
 なら、自分達が先に入ればゴンたちの番号は必然と二つ、さがることになる。

 世界を狂わせてはならない、などと思うわけではない。
 既に散々手は出している。
 けど、予備知識を利用しようと思うなら、こういう狂いはいただけない。

 弱火でじっくり火の通っているステーキを平らげて、エレベーターで降りた先の視線はしっかり無視。
 骨格異常をきたしたような小さな人からフィールの貰った番号は、345。

「……微妙?」

 とりあえずそれをポケットにしまってフィールはスコールを探した。
 群衆の中にあって、ひときわ目立つ人だ。
 実に潜入作戦には向いていないが、一度もぐりこむと決めれば別人と思うぐらいに姿を変える。
 基本パーツは変わっていないはずなのだが、不思議と同じ人物と分らなくなるのだ。

 が、今回は厄介な人物がいるとはいえ、姿は隠していないはずだった。
 案の定。
 厳めしい面をした男達の中で、彼のすらりとした存在感は、ひときわ際立っていた。
 ついついフィールの顔に笑みが浮かぶ。
「せんぱーい!」

 叫んで駆け寄ると、振り返ったスコールは額を抑えて舌打ちした。

(え、僕何か悪いことしました?)

 周囲の視線は痛いが、これくらいの事に怯む先輩ではないはずだ。
 なのになぜ。
 向けられたその仕草に一瞬立ち止まりそうになるが、すぐになんだか理解した。


 隣にあのマッドピエロがいたから。


「あー、あー……」

 交通事故を起こさんばかりに走っていたフィールの足が、ごくごく自然に遅くなる。

「やあ◇」

 にこやかに手を上げて挨拶される。
 あげ返していいものか心底迷ったフィールは、それでも手を上げ返して答えた。

「久しぶりだね、フィール」








 298というどこかスーパーの安売りセールのような番号札をポケットに隠したスコールは、奥へ歩みを進めてひたり、と立ち止まった。
 ぞわぞわと背筋をなぞる嫌な気配。
 ただの殺気よりも性質が悪い。
 興奮しているようなその気配には、覚えがあった。
 無視するのも嫌な予感がしたので、仕方無しに振り返る。

「やあ◇ 久しぶりだね、ユラナス」
「スコールだ」
「じゃあスコール、どうだい、僕とヤらないかい?」

 何をだ、と尋ねるのは禁句だろう。
 どつぼにはまる。

「断る」
「くくくっ、つれないね、スコールは」

 新人つぶしに話し掛けられる余裕も無くヒソカにからまれ、二人の周囲は円形に人が消え去る。
 遠巻きに見る、というやつだ。
 自分は関わりたくなくても、自分の安全さえ確保されればいい見ものではあるだろう。
 スコールはため息をつきたくなるが、この人物の前ではそれすら危険な気がしてくる。

「……天空闘技場だ」

 妥協案だった。
 スコールには人を殺して喜ぶ趣味は無い。

 魔女戦争が終わってからこのかた、ガーデンは暗殺などの仕事も減らし、スコールがこちらにくる前にはその手の仕事を一切受けなくなっていた。
 世界の傭兵と言う色合いも、だいぶ削がれている。
 なんといっても近年で受けた最も大きい仕事は百人を人質に取ったテロ事件の潜入と人質の解放。

 傭兵、というよりも特殊作戦部隊。
 軍に引き抜かれるよりも専門部署に引き抜かれる方が多い。
 ニーダは爆発物処理班に目をつけられているという噂があった。
 彼自身はこれからもガーデンを動かす男のほうがいいらしいが、その存在感の無さを買われて潜入捜査にこき使われている。

 こちらに来てからも、スコールとフィールは余程どうしようもない事が無い限り殺しはしない。
 再起不能、戦う事の出来ない体にすることは在っても、殺さないのが今のガーデンの姿でもある。
 それは、魔女が望むから。
 心優しい魔女が。

「天空闘技場? キミはあがってくるのかい?」
「ああ。次に行くときは200階に登る。それまでまっていろ」
「仕方がないね」

 ヒソカが肩を竦めて肯定する。
 これで会話は終わりとばかりにスコールは歩き始めたのだが。

 離れない。
 ……離れない。
 変態が取れない!

 スコールが歩く数歩後ろから、ニヤニヤと危険な笑いを浮かべながら変態が上機嫌で付いてくる。
 そのせいでスコールの進む道はモーゼのように割れていた。
 ため息が出る。
 スコールは今度こそ抑えるということをしなかった。





ぐるぐる、グルグル。

 実力行使をしては周囲に被害が出るし、ある意味ヒソカの思う壺だろう。
 彼は戦いさえできれば周囲の被害などお構いない。
 スコールは仕方無しに立ち止まり、ヒソカを振り返って考えた。
 この変態を払うにはどうすればいい?
 塩を撒いたくらいで払えるほど生易しい変態じゃない。
 聖水でとろけるほどかわいらしい変態でもない。
 間違ってオメガウエポンとのバトルになった時以上に絶望的な気分になった。
 オメガウエポンは逃げればそれまでだが、この変態はついてくる。


 そんなときだった。


「せんぱーい!!」

 反射的に振り返り、スコールは眉間を抑えてため息をついた。
 極上の笑顔の後輩がやってくる。
 実は口が悪いことを知ったのは、あのカレー事件の時だった。
 彼の笑顔が凍りつくまで、後数秒。










「やあ◇」

 初めの勢いも何処へやら、足並みの遅くなったフィール。

「久しぶりだね、フィール」

 数秒の沈黙。
 のちに引きつった笑みを沿えて上げられた手に手を上げ返すフィール。
 見ているスコールのほうが哀れを感じる。
 意を決したのか、真剣な表情になったフィールは、ゆっくりと確実に歩を詰めて――スコールの後ろに隠れた。

「くくくっ、そんなに怯えられると襲いたくなっちゃうなぁ◆」

 このペド野郎。
 思ってもここではいえない。
 ここで喧嘩はおこせない。
 スコールがそう決めている。
 だからフィールはそれに従う。

「挑発しても今日は乗りませんよ。喧嘩はご法度です」
「二人ともつれないね◇ 仕方ないなぁ、つまらないから僕は余所に行くよ」
「ええ、是非そうして下さい」

 ニタニタと笑いながら去ってゆくヒソカに、二人は揃ってため息をついたのだった。










 フィールが道中喋った事に対して口裏あわせも終わった頃、エレベータが開いた。その奥から、スーツで固めた胡散臭いおじさんが降りてくる。
 その実まだ十代という哀れな人物だ。
 その後ろから優しい面差しの少年と、黒い髪の釣竿を持った少年が出てくる。

 ゴンたちだ。

 降りてさっそく彼らにトンパが近付いていく。
 実はフィール、新人潰しの小汚い親父トンパをからかい倒す事を心密かに、けれどかなり楽しみにしてやってきていた。
 が、早々ヒソカにからまれたおかげでそのイベントはスルーである。
 ヒソカと関わる=で危険人物にランクアップ。
 踏んだり蹴ったりである。




ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ


 野太い悲鳴は断末魔か。
 男が一人ヒソカに両腕を切断され、トンパがヒソカの存在をゴンたちに告げたところで近付いた。
 フィールはスコールの陰に隠れてこそこそと腕を失った男に“かいふく”を唱える。ケアルだと補充が難しいからだ。
 その点かいふくはジャンクションさえしていれば、効果も高くて無限に使える。

 欠損は蘇らない。
 これで命は繋ぐだろうが、おそらく絶望するだろう。
 世の中には四肢の無い人だっている。けどそれは、突然の事体に何の慰めにもならない。
 この先命を繋ぐかどうかは、彼が自分で決めればいい。
 ここで得た生きるチャンスを不意にするのも手に入れるのも、彼の意思。
 ヒソカによる理不尽な死を免れ、彼は一度、生きるチャンスを得たのだ。

 何が作用したのか、ヒソカには分らなかったはずだ。
 けれど、ここにいるSeedを名乗る二人が何かしたというのは分ったのだろう。
 スコールとフィールを見比べて、ニヤニヤと笑っている。
 だが今は、雰囲気的に害は無い。
 二人は見なかった事にして背を向けた。


「ゴン!」

 呼びかけるとパッとゴンの顔が輝いてフィールを見る。

「フィール! 先についていたんだね、やっぱり凄いや」

 たたっ、駆け出して、隣の人物を見てひときわ高く声を上げた。

「あっ、スコールさん!!」

 スコールを見たときの驚きのほうが大きかったのが、フィール的に少し寂しい。
 トンパが二人を見て数歩後退りするのを、彼だけに見えるように悪魔の笑みでお見送りするフィール。

「お、俺は邪魔みたいだから、いい行くな!」

 それでも根性で手を振りながら去っていくトンパがなぜ汗まみれになっているのかゴンには分らないようで、しきりにかわいらしく首をかしげる。
 殺気ではない。
 彼に向けるなら敵意や害意で十分だ。

「久しぶりだな、ゴン」
「あれ? ゴンは先輩を知っていたの?」

 これぞ必殺偶然の再会。

「うん、前にクジラ島に来て、訓練してもらったんだ。急にいなくなるから、ミトさんが残念がっていたよ。俺も、もっと訓練して欲しかったし」

 ストーリーの大筋に変化を与えるほどの助言も訓練もしていない。はずだ。

「ゴン、こちらは?」

 クラピカが控えめにゴンを促す。

「あ、紹介するね。この人はスコールさん。とっても強い人なんだよ」

 微妙な紹介。

「で、こっちはクラピカとレオリオ。途中までフィールも一緒にきてたんだ」
「俺はスコール・レオンハート。フィールが世話になったようだな。ちなみにこいつからは先輩と呼ばれているが、年は同じだ」

 フィールを目で指すと、フィールはSeed式敬礼をつけて睨み返す。

「同い年でも先輩ですし、僕は尊敬されるべき人は尊敬します」

 むくれたように尖らせた唇に、せっかく船上で作った神秘も台無しだ。

「私はクラピカという」
「俺はレオリオだ」

 紹介を終わらせたその時。

 古典的なベル式の目覚ましの音が会場中に響き渡った。




 404名が、走り出す。













走る

 階段を上り始めてしばらくして声をかけられた。

「あ、スコールさん! フィールもこんな所にいたんだね? やっぱり凄いね」
「さっきヒソカに絡まれてたやつらじゃん」

 前を向いたまま眼差しだけ寄越してくるキルアの顔は、ゴンと対面する時とは違って暗殺者の面持ちだ。
 が、ゴンに話し掛けられるとすぐに緩む。
 本人に自覚は無いのだろうが。
 ゴンに声をかけられて、二人とキルアが自己紹介する。
 少しつまらなそうな表情をしたキルア。試験が、というよりは、ゴンの関心が他に行った事がつまんないのだろう。

 二人は初めから先頭を走り、ゴンとキルアが先頭にやってくるまで二人に関わらなかった。
 ゴンとキルアの出会い。
 フィールはそれを見て、そのかわいらしさにまた笑い出してしまう自信があったし、スコールはフィールから聞いたキルアという少年の遍歴に、その瞬間がとても大切なものだと感じていた。邪魔してはならないと。

 この会場で垣間見た銀髪の少年は、確かに冷たい相貌と、奪う者特有の無関心が漂っていたが、多少なりともその内面を知ったスコールには、それが彼のつける仮面に見えた。
 ただし、今は接着剤で張り付いている。
 それをはがす剥がし液がゴンという少年。
 今は猫を被っているらしいが、それを剥がす準備を、彼は知らずけれど着々と行っている。

 ゴンと関わるという行動において。

 キルアにハンター志望の動機を尋ねるゴン。
 キルアはそれにつまらなそうに答える。
 ただの、腕試しだと。

「ねえ、スコールさんは? スコールさんはどうしてハンターになりたいの?」

 やはりゴンは単純だ。

「俺の動機か? フィールに聞いたんじゃないのか。俺の理由はあいつと同じだ」
「えっ!」
「船で話した時、近くにゴン達もいたと聞いていたが」
「フィ、フィール! 気付いていたの!!」

 仰天するゴンにフィールはウィンク一つ。

「他の二人には内緒だよ? 何となく居るようなきはしていたけど、確信をもったのは今。ゴンは単純だから」
「え、ええ? なんでばれたの?」

 くっくっくっ、と含みを持たせながらも、ヒソカの物とは違いフィールの笑みには爽やかさがある。
「先輩にだけ聞いて、僕には聞かなかっただろう? だから、僕の理由は知っていると思った。つまり、あの時聞いていたってことさ。他で理由を言ったことは、僕も先輩も無かったからね。そして、先輩のあの言葉は、ほんの少しだけ、カマかけの意味もあった」

 ゴンは唖然としている。
 開いた口がふさがらないという言葉を、自身で体現していた。

「で、結局なんなんだよ。あんた達の理由って」
「ゴンの友達なら言うに吝かではありません」
「友達なんかじゃ、ねーよ」

 てれたようにそっぽ向いて言っても、説得力は無い。

「僕たちは迷子なんです。だから導が必要なんですよ。心優しい魔女に、これ以上自分を犠牲にさせないために、僕たちは帰るんです」
「魔女ってなんだよ」
「過去を取り込み先を見る者」

 直接記憶を読むパクノダには通じないだろうが、彼女のように記憶を読む能力者などそうはいない。
 対外的に、Seedが先を知っているような行動をしたとき、その理由付けとして魔女を持ち出すことは話し合っている。
 魔女のせいで知るわけではないが、実際彼らにとっては漫画を読んだという過去であり、ここではまだ起こっていない未来だ。

 過去を取り込み先を見る。
 間違ってはいまい。

  「魔女とは、僕たちSeedを作り出した、ガーデンの母です」

 ピクリ、と前を歩くサトツが身じろぎした。

「Seed?」

 今度疑問を呈したのはゴンだった。ゴン達三人には、Seedの名乗りはあげていない。むしろ避けてきたふしがある。

「Seedはガーデンに所属する者達の目指す場所です」
「ガーデンって何?」
「僕たちみたいなのを育てる所ですよ」
「フィール達みたいなのって、強くなるって事?」
「それも一理です。ガーデンはSeedの養成機関ですから。Seedが学ぶのは戦いだけではありません」
「結局よくわかんねーけど、あんたらみたいなのを育てるって言うなら、強い人間でいいじゃん」
「まあ、いいですけど」

 説明し足りないのか、少々憮然と呟いた。
 それをキルアが面白そうに見ている。
 その相貌にまだ多少の冷たさは残るが、笑うと年相応の無邪気さが覗く。

「それにしても……」
 気を取り直してフィールは言った。
 ぐるりと後ろを振り返って、悪いものでも見たというように瞬きする。

「よく皆さんこんなに走りますよね。あの筋肉達磨でこの距離を走れるのが不思議な人たちばっかりです。皆さんガルバディアマラソンの経験者なんでしょうか?」

 ガルバディアマラソン。
 ガルバディア大陸を、ティンバーから現在のでリングシティまで走るマラソンだ。
 デリングが恐怖政治をはじめた初期の頃に一時中断されたが、いまでも行われている最大5日をかけた脅威のマラソンだ。
 それを走るのは一般人であって、今ほどの早さも無い。
 マラソンにはスレンダーな筋肉がいい。ボディビルダーは早く疲れる。

「ガルバディア? なんだよ、ソレ」
「気にするなキルア」

 この世界には無い固有名詞に突っ込まれ、スコールが煙に巻く。
 ちらと眼差しを動かしたスコールは、タイミングよく光を見つけた。

「フィール、ゴン、キルア」
「あ、何です先輩?」
「出口だ」

 フィールは心の中で謝った。


 ごめんキルア。ゴンとの楽しい時間を邪魔して。でも、あんまり後ろのほうには行きたくなかったんだ。だってあそこに……変態がいるから!!








「ヌメーレ湿原、通称詐欺師の塒。二次試験会場へ行くにはここを通らなければなりません」

 そのとき、シャッターが下りて受験者達を二つに分ける。
 半眼とカイゼル髭と、手間のかかりそうなカールのかかった髪をすてきに見せつけながら湿原の危険性を説明してくれるサトツ。

「騙されると死にますよ」

 力の無いものにはこれでも十分なあおりなのだろう。
 レオリオなんかその典型だ。見事なまでにあおられている。
 だが、スコールには及ばないまでもこの湿原の生物程度なら相手にもならないフィールとしては、それよりも周囲に満ちる人間の体温の暑苦しさから逃げ出したかった。

 一マラソン終えた男達が、火照る体をそのままにギュウギュウと一箇所に集っている。
 前のほうにいるのでそれほどでもないが、中にいれば随分と汗臭そうだ。
 見ればスコールも僅かに不快そうな面持ちをしている。

「騙されるな、そいつは試験官じゃない!!」

 叫ぶように言われた声に、茫然とサトツの説明を聞き入っていた受験者達の視線が集る。
 頭部の出血は髪を固め、半ば足を引きずるようにして受験者を掻き分けてくる男。
 サトツに比べると随分と一般人らしい容貌をしている。

 笑い出したくなるほどサトツそっくりなサルを持ち出してとくとくと説明する偽者に、受験者達のざわめきが大きくなる。

「いったいどっちが本物なんだ」

 いつの間に前まで来たのか、おそらくはゴンに惹かれてきたのだろうレオリオの呟きが聞えた。
 レオリオなどは見事なまでに騙されているが、マラソンの後の疲労に思考力が低くなった所に、考える間を与えない勢いだけの嘘。
 ゴンなら直感で見抜くだろうし、クラピカもキルアも、あの程度の偽者に騙されるとは思えない。
 ヒソカがトランプを投げ飛ばして偽者とサトツを試す。
 が、ヒソカの場合偽者が分った上で、ただ退屈だからと殺したのだろう。

 知っていた。
 けれどフィールはいい顔をしない。
 この世界の命の軽さは、分っていたはずだ。
 このヌメーレ湿原だけでも二百人近い人間が、ある意味でハンター教会に殺されていく。
 ハンター証によって免責にされる事に釣られてやってきた犯罪者のような人間もそれなりにいると思われるが、それにしても、だ。
 元の世界の常識を当てはめる事はできない。

 けど、あまりに容易く笑われながら奪われる現場は、決して気持ちのいいものでもない。
 暇つぶしに奪われるのでは、あまりに哀れだ。

「それでは行きましょうか。二次試験会場へ」

 表情一つ変えないサトツ。
 くるりと背を向けると、湿原へ向かってまた異様な速さで歩き出した。




 仲がよさそうに話ながら走るゴンとキルアの背中を見ながらスコールとフィールは走る。
 地下道を走っていた時の質問をぶり返されるのも面倒なので、本当はもっと後ろを走っていきたいのだが、後ろは後ろで変態の退屈オーラが渦巻いている。
 近寄れば遊びに付きあわされる事は必死だろう。

「クラピカー、レオリオー、キルアがもっと前に来たほうがいいって!」

 ゴンが叫ぶとレオリオが叫び返し、ヒソカの禍々しい気配が一段と強くなる。
 オモチャが逃げる前に遊ぼうと、そういう魂胆だろう。
 マッドピエロ、バトルジャンキー。いや、むしろ殺人中毒者。
 あんなのに奇術師を名乗られては、本職の奇術師が哀れだ。
 なんだかいらぬ偏見とかがついていそうで。

   レオリオ叫び、ゴンが行く。
 ソレを見送るキルア。
 行かない事を当り前としつつ、それを定義する自分にもどかしさを感じている。
 呪縛をかけた兄と自分との間で揺れ動いている。

 それにしても、兄の呪縛は物理的なものだから、それを外すまで根本的に勝てる事はないのだろう。
 精神が死を認めれば人は心臓を止めるが、心臓の停止を認めなくても人は死ぬ。
 ゴンを一応フィールに追わせ、スコールはキルアと一緒に走る。

「おにーさん、強そうだね」
「そうだな」

 生まれてこのかた暗殺術のみを叩き込まれ、外を知らないキルア。
 強さでしか話題を持ち出せないことに、哀れを思う。
 それに、スコールは僅かに自分を重ねる。
 キルアほど苛酷な環境だとは思わないが、何かの為に、本人の意志すらないころから育てられた事に変わりは無い。
 スコールは魔女を倒すために。
 キルアはゾルディックの為に。

「もう一人の人はどうしたの?」
「ああ、一応ゴンを追わせた」
「へえ、おにーさんは行かないの?」
「ゴンは無事に戻ってくるだろう。未開花の資質というものにおいておそらくゴンはヒソカの興味を買う」
「じゃあなんであの人を行かせたのさ」
「保険だ。ヒソカと俺達は、ありがたくはないが知り合いだ。そしてフィールもヒソカの興味をそらせる程度の実力はある」
「へえ」

 そう言ったきり、キルアは黙った。
 僅かにむくれたような、拗ねたような面持ちで黙々と走る。
 しばらくそれを見ていたスコールは、やがておもむろに手を伸ばしてキルアの頭を軽く叩いた。 
 宥めるように、優しく二回。

「な、何するんだよ!!」

 顔を真っ赤にしてキルアは叫ぶ。

「気に病むな」
「やんでなんかいねーよ!!」

 スコールは首を捻った。
 ガーデンの子供ならこれで通じたのにな、と。
 とりわけてゾルディックの子供は難しい、というわけでもないだろう。
 この年頃の子供ならそういうものだ。
 哀れスコールも、ガーデン以外で子供に接した記憶はあまりない。
 もとは、憧れと羨望も篭めて、子供に慕われるくせに扱いの分らないスコールにリノアが言った言葉だった。

『小さな子供は、優しく頭をなでてあげればそれだけで嬉しいし安心するんだから』

 それ以来、スコールは実践している。
 いつまでを小さな子供というのか、など突込みどころも内心あったがそこは口にしない。
 スコール自身にも、そうされて安心した時期があったはずなのだが、身に染みて実感するには遠い。

 幼いころの記憶を取り戻したとはいえ、スコールを形作る過去のほとんどがガーデンで始まりガーデンで終わる。
 孤独を恐れるあまり孤独になり、愛を恐れるあまりに遠ざけた。
 リノアのおかげで少しずつ受け入れられるようになったが、幼少時の体験が無い身としては、無償の愛はやはり怖い。

 そんな身にとって、子供という生き物は自分の体験を含めても脅威の異生物だった。
 キルアはずっと、そっぽを向いたまま走りつづけた。
 けどその視線が何回か、ちらちらとスコールを覗き見るのをスコールは感じていた。






 無事、二次試験会場到着。
 スコールは背後の変態とは関わらないまま走破する事に成功した。
 しばらくするとヒソカがレオリオを抱えてやってきたのでフィールも後からくるだろう。
 木の幹に背をもたれたレオリオの顔は、腫れ上がって凄い事になっている。

 治療してやりたい気もするが、彼らが念使いとなるまでは大々的に異能を披露する予定はない。
 睡眠中や気絶している時にこそっとかける事はあるだろうが。
 遅れてやってきたゴンとクラピカがレオリオに駆け寄って即席の漫才を繰り広げる。
 彼らは中々の名コンビだとフィールは思う。

 フィールは放出系らしい奔放さで彼らの間に打ち解け、スコールは一歩離れた大人のスタンスで彼らを見守る。
 スコールとしては、つくづくフィールが変化形ではないのが信じられない。
 放出系ではあるが、かなり操作系に近いだろうと思っている。

 間違っても強化系の性格ではないではない。

   騒がしい時間はあっという間に過ぎて、十二時と共に仮設小屋の扉が開き美女と野獣が現れる。
 メンチの美ボディはもちろん、それと比較するとブハラの野獣ぶり、というか、並外れた巨体ぶりがなおさら際立つ。
 エレベーターには乗れなさそうだし、ビルに外付けされた非常階段のような安い鉄板張りの階段ぐらいならやすやす踏み抜きそうだ。
 一般家庭の扉は潜り抜けられないだろうし、一般の旅客用の飛行船にのったら、貨物と一緒にいるしか無さそうな体躯。
 食べる事なら特化しているだろうが、日常生活はとにかくおくりずらそうに見える。
 そして美女が叫んだ。

「二次試験の課題はブタの丸焼きよ!」

 そして各々、ブタを求めて走り出す。







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