深淵ボート 10



 ヴァンと六神将、モースと六神将。
 それぞれのつながりを推測し、誘拐したイオンを何処へ連れて行くのかという話も出て、また私がどこかのパッセージリンクを開放させたいのだろうと言うと、目的についてはそれで落ち着いた。
 では何故パッセージリンクを開放させたいのだろうかというと、そこは続かなかったが。
 で、まあ今は目的については置いておいて、脱出の方法を、というところで案の定というかガイから提案があった。

 工場跡。

 ナタリアが付いてくるのを許すか否かがポイントか。

 面倒だなぁって、思ったんだよ。
 ナタリアが付いてくるの。

 でもここにはまだ死んでいないモースが居る。
 教団でも上層に位置する幹部だ。
 倒れたとあれば優秀な治療師や、医師がつくだろう。
 多少思い知れこんにゃろう、見たいな気持ちもあって。

 念薬ではないが、恐らくモースは立ち直れない。
 モースがボケたとなれば、教団は随分と混乱するだろう。
 彼の権力への執着は凄まじく、内部を治めるためにさまざまに下から釘が出てこないように打ち付けていたみたいだから。
 アーヴァインに聞いた話、トリトハイムだったかな。うろ覚えだけど、そういう人がいるから表面上大丈夫だろうけど。
 戦争を止めようとするだろうナタリアに、その場で偽女王疑惑を持ち出す事のできる人物はおそらくいないだろう。

 そこはかとなくアーヴァインに頼まれているんだよね。
 もしバチカルに行くことがあったら、ナタリアのことを頼むって。
 アッシュの大切な人間だから、だろうなぁ。

 というか、本人もうすでに王位とかファブレの名とか、そういうものに対するこだわりとか執着とか、限りなく薄いという話を聞いたような気がする。
 王位だろうがファブレの家だろうが、レプリカが継ぐのならそれもそれで構わないと。

 それは、どこに居ても何かできる事を知った者の強さだろう。

 ナタリアの事も、恋に恋するお年頃は終わったとか終わらないとか。
 それでも、ガイとナタリアは、アッシュにとって特別の思い出を共有している人間であり、大切なことには代わらないだろう。
 ガイのほうはまだ、心が盲目だからまったく以って報われそうにないが。

 ナタリアには薬師ルーアッシュとしてなにか身を守るものでも献上品として送ってみようか。
 連れて行かないなら、付いて来られないようにする必要がある。





「ああっと、そうだ。皆、ちょっといいかな」

 そろってリフトを降りたところでガイが声を上げた。
 ルークに見せたいところ、があると言うガイ。
 ……たしか、ミヤギ道場?
 良く覚えていなかったけど、私はさきにライガの事が心配だからといって彼等と別れた。
 今日は朝飯からしてまだなんだよね。

 けどまあ、素直にライガのところに行くわけではない。
 素早く路地に入り壁を蹴り屋根を蹴り跳躍した。
 主要人物たちにはみんな発信機をつけてある。
 その反応をたどれば、沢山が寄り集まっているのがルークたちで、一つぽつんと離れているのが恐らくナタリア。
 ファブレ邸で会ったときには既に発信機をつけている。

 盗聴機能は無いが、発信機、と言うより、生体の反応を知らせるようになるというべきか。
 生きている限り知らせ続ける。
 けど、発信される信号から個人の特定が出来ないのが難か。
 だがこういう場合は迷う必要も無い。

 もう城から出てしまっているが、まだ天空客車には辿り着いていない。
 なんて行動的なお姫様でしょうね〜。こりゃアッシュも大変だ。
 相手の行動と位置とを計算して、次の曲がり角で偶然を装ってぶつかる。

 どん、と。

「つ……すみません、大丈夫ですか? おや、あなたは」
「あいたた……。ええ、大丈夫ですわ。此方こそ、お怪我はありません? あら、ななた、もしかしてルーアッシュですの?」

 さすがに慣れない体とはいえ、身長大きい男性のものだ。
 勢い良くぶつかられたとはいえ自分から見れば小柄な女性の体。支えるのに問題は無い……とかかっこよくいえたらいいが。
 実は重心の位置が意識と違っていて一緒に転びかけた。
 立っているのは、意地と根性だ。
 人の住む周辺の魔物ならともかく、魔物が強くなって来たらさすがにルーアッシュの体じゃまずいかもしれない。

 まあ、と顔を輝かせたナタリアが、すぐさま自分が脱走中だった事を思い出したのかぱっと表情を曇らせる。
 どう言い訳しようか迷っているのか、その背には矢筒と弓が。
 勇ましい姫君だ。

「ナタリア殿。このような場所で一体なにをしておられるのですか?」

 言いながらも手には念具を。
 困ったナタリアが、決意を示すかのように顔を上げ、お願いと言う名の命令をしようとしたときには、私はその念具を使い終えていた。

 とろん、と目の焦点が合わなくなるナタリア。
 そして落とされる目蓋、力をなくすからだ。
 それを抱き上げて、笑う。

「……私の事は、秘密にして置いてくださいませ、と言うつもりだったのでは? ええ、お約束しましょう。あなたがここにいらした事は、他言無用、と」

 聞く相手が居なければ独り言だ。

 街中でナタリア殿下と会って、倒れられたところを回収してきたと堂々と城に入るか、それともこっそりとナタリアを置いてくるか。
 まよったが、後者にする事に決めた。
 独り言だけどさ、とりあえず約束したし。
 ナタリアがここに居た事は他言無用にすると。
 連れて行けばばれちゃうじゃーん?

 ということで、抱えてこっそり城に連れて行った。
 部屋を覗く余裕は無かったから、ちょっとこう、階段の影でかたり、と音を鳴らして警邏の兵の意識を引き付けて、ああ、ナタリア様はっけーん!! てな具合に。

 その間に私はこそこそ逃げると。

 明日明後日は目を覚まさないはずだ。
 それに、通常リフトをつかわないと辿り着けない王城に、私がリフトを使った記録は残らない。
 証拠隠滅もバッチリ?

 とにかく、私はその足で、廃工場に続く客車に乗り込んだのだった。

 これだけやってもまだ来ないってさ、いったいミヤギ道場でなにをしているのかねルークたちは。





 私のライガが工場跡に居るということで、顔パスで工場跡までの客車を動かしてくれている。
 薬師ルーアッシュは、ファブレの名の下に賓客扱いだ。

 で、いざ動かそうと言う段になって、向こうからあわてた兵士が駆けてくる。
 あちこち見回していた兵士は、そのあわてぶりが気になって足をとめた私を視界に捉えると、一直線で此方に駆けつけてきた。
 と言っても、顔、フェイスメットのせいで見えないんだけど。

「ルーアッシュ殿、ルーアッシュ殿!! お探ししておりました!! どうか、どうかあなた様のお力を――」

 フェイスメット兵士の後ろから、今度はちゃんと顔の出ている……文官? が息も絶え絶えでついてくる。
 叫んだのはその人だった。
 室内に篭っているから体力が無いんだよ、とは昔の私にそのまま帰って来る言葉だ。

 死にそうな風体のその文官を、どうどうと宥めて水を差し出す。
 申し訳ない、とそういって受け取った文官は、何処から現れたかもしれない様なそんなコップの水を飲み干すと、折り曲げていた腰を伸ばして、いや、体が軽くなったような気がしますな、と言った。
 ……気のせい、とは言わずにおこうか?
 ただの水だけど。

「それで、そんなに慌ててどうされたのですか」
「先ほど急にナタリア殿下がお倒れになられまして、どれほど呼びかけてもお目が覚めないのです。治療術師も、侍医もすっかりお手上げで、まだ居られるならと、あなた様を頼ったわけでございます。ルーアッシュ殿の、ファブレ夫人の病を癒されましたと言うその調薬の力で以って、ナタリア殿下をお救いできないかと、お願い申し上げに参りました」

 ふむ、と私は考えるそぶりを見せる。
 何とかいい返事をもらえないだろうかと見上げてくる文官。
 中年。
 ……身長差のせいで見上げれられるのは致し方なしとしても。
 お願いだから瞳を潤ませないでくれ。

「……では」
「おお、お力をお貸しくださいますか! ではどうぞ此方へ」
「まってください」
「ルーアッシュ殿?」

 否応なく連れ去られそうになって留める。

「私は先約がありまして、すぐにでもバチカルを離れるでしょう」
「ではナタリア殿下をお見捨てなされると申されますか」

 逮捕拘禁しちゃうぞー? と脅しつけてくるのがすっごく憎らしい。
 こういうのって、やたらと反抗したくなる。

「そうは言っておりません」
「ですがルーアッシュ殿は、すぐにバチカルを発たれると。それはナタリア殿下をお見捨てなさるのと同義ではございませんか?」
「ですからこれを」

 そういって差し出したのは、私の世界の目薬。
 保存料無添加、ほとんど生理食塩水。
 まじただの目薬。

「これは……」

 逃してなる物かととりあえず受け取る文官。

「残念ながら私にはナタリア殿下を診察している時間がございません。ですが、この薬を、一日に三回、一滴ずつ、ナタリア殿下の口に含ませ続ければ、三日後には必ず目が覚めるだろう事をお約束しましょう」
「本当でございますか」
「このルーアッシュ、薬師としての人生にかけて、誓いましょう」

 なんてまぁ、安い誓いだ。
 薬師ルーアッシュなんてすぐにでも、都合が悪ければすぐにでも消してしまえる存在だ。
 そもそもこの世に存在していない。
 ルーク以上の白昼夢。












 廃工場でライガと戯れていたら客車が下りてきたので手を振った。
 ついでに私もクラスチェンジ。
 薬師ルーアッシュから、謎の人キリエに。

 やっぱり戦うならこの体だね。
 男の方が体力はあるけど、私の場合もともとの体から比べるとやたらとでかくなるし、なれないからすばやさが格段に落ちる。
 男だと、どっちかというとパワータイプの戦士になるんだよね。
 けど、私は二刀を使ったスピードタイプの戦士なのだ。

「ああ、キリエ!?」

 真っ先に反応してくれたのはやはりアニス。
 後ろでミュウミュウ鳴いて踏み潰された生物が居た。
 わ・た・し・は・な・に・も・み・な・か・っ・た!!

「まっていたわよ、みんな」
「……女に、戻ったんだな」
「やっぱり、キリエは女性のほうがいいわね」
「私も同感ですよ。私に迫る身長のキリエなんておぞましいだけでしたからね」
「そこまで言うかよこの陰険腹黒眼鏡!」

 叫んで尻を蹴っ飛ばした。

「何をするんですかキリエ」
「こっちの台詞!」

 いや、でも言いがかりに近いかな?

「もう! やっぱりルークとスキンシップをはかるなら、女のほうがいいでしょう? 昔のジェイドたちは事情があってかわいがり損ねたし。今度はね、少年の成長を見守っていきたいの」
「少年って……」
「大人になりたいって思っている内はみんな子供で、自分はもう大人だって言うようじゃ、まだまだ子供なのよ。ここに居る眼鏡みたいにね」
「キリエ、こちらに来てから私への態度が厳しくありませんか?」
「厳しくさせるようなことばかりしているからでしょう!! 自分の半生振り返ってみなさい! 三十五にもなってそんな餓鬼くさいこと! サフィールにだって鉄拳ものだけど、あんただって文句は言えないわよ! 私の宿題、まだ片付けてないでしょ? 伝言からもう、十年以上、たっているわよね?」
「すげぇな。あのジェイドが十年越しの宿題……」
「そんなことで感心しないでください、ルーク」

 ため息をついて、眼鏡を押し上げた。

「まあ、これからガイにとっては恐怖のネタが一つ増えたのかもしれないけど、適当によろしく。それと、ルーク」
「なんだよ」

 じぇいどにこわーい目で見られてそっぽを向いていたルークの視界に入る位置に立ち、真心篭めて微笑む。

「真心を君に。最初の誓いは、バチカルまでだったね。だから今度は、期限のない誓いをしよう。魔女とガーデンの名にかけて、誓う。御堂霧枝は、世界を敵に回しても君の味方である事を」

 こんな薄暗い地下工場でする誓いではないのかもしれないけど、むしろここのほうがふさわしい。
 日光を浴びて昼寝をするのは大好きだけど、この神聖な誓いを世界に晒してもいいと思うほど、私はまだこの世界が好きじゃない。
 もし、大好きといえる日が来るのなら、それはこのルークを通して、見えてくるだろう。

「なあ、あんた、何で俺にそんなによくしてくれるんだ? 俺達が会ったのって、チーグルの森が初めてだよな」
「そうね。でも、時間が問題なわけじゃない。初めて出会ったときに、私はあなたに親のような友のような親愛を抱き、あらゆる命を惜しむその姿にすでに私がなくしたものを見た。恋や愛という感情は抱けないと思うけど、それ以外の感情で私はあなたを愛してあなたを必要とする」
「おまえ、良くそんな恥ずかしいこと言えるなぁ……」
「言わなきゃ通じないでしょ?」
「そりゃ、まあ」

 まわりがにぶちんばかりだと、だんだんとストレートな物言いになっていくんだよ。
 十年越しの宿題を引きずって寂しそうにしている中年なんかほっとけほっとけ。
 あんたはピオニーに諌めてもらえばいい。
 ああ、でも――。

「そこの中年、あんたも、そんな顔しない。あんたの事だって、私は捨てたりしないから」

 なにこれ、三角関係? てゆーかキリエ、ルーク様に手を!!

 ……アニーース? 猫、どっか逃げてったよ。











 ナタリア騒動は無し。
 アッシュには悪いけど出会いはもっと後でね。

 ライガの子供たちについては実は最近、どこかに預けようかと企んでいる。

 漆黒の翼、かな。
 ねらい目は。

 あそこのサーカスで、曲芸でもするようになるのがいいと思う。
 餌代こっちもち、収益はあっちのもの、人を襲わない、となれば、何とかなるかな?

 それともアリエッタのところにいくか……。
 いや、アリエッタもフェレス島出身だったはず。
 いっそアリエッタごと漆黒の翼に預ければライガもアリエッタも問題なし?



 彼らとは、あまり悪いと思っていないけど、別行動をとらせてもらった。
 ライガのために。
 地上の魔物なんだよね、かれら。
 あの足じゃ、木は登れるかもしれないけど梯子は難しい。
 しかも、場合によって足場の網目が大きすぎて足が落ちる。
 大人のライガならともかく、まだまだ小さなお子ちゃまだ。

 仕方がないので抱えて先に落ちることにした。

「簡単に降りられるなら、皆さんをかかえて降りてみませんか?」

 と言われても、

「ガイは女性恐怖症で私に触れないでしょ。先にまっているから、ゆっくり下りておいでよ」
「やれやれ、ガイのせいですよ?」
「俺のせいかよ!」
「はは、じゃぁね」

 そういって、ライガを二匹抱えて飛び降りた。
 えっと、排水施設、だったっけ。






 目的は排水施設、だった、とおもう。
 けど、彼らのルートだと途中で非常口に辿り着いて、それを調べてみようって事になっていたような気もする。

 どーしよ。
 排水施設で待っていても、きっと迎えに来てくれるとは思うけど、確かアバドンとかいう蜘蛛みたいなオイルまみれの魔物が出てくるのは非常口、付近だったような気がする。
 とりあえずだ。
 アバドンの出るところでまっていれば、なんとかなる?
 実は正規ルートと私の短縮ルートじゃそこに至るまでの道が違うらしく、排水施設前で待つ現在としてアバドンに出会わなかったのだ。
 先に倒しておくのもいいかと思っていたんだけど。

 彼らとは違う身体能力を有する私なら、幾らでも時間を短縮できると言うことで、とりあえず非常口付近で待っていることにした。したの、だが。




 もう、いやぁぁ……。








「いやーっ! いやーっ!

きらいーっ! きもいーっ!!

だめー!! 

カーレッジ、ライブリー!!

かじっちゃ駄目! ばっちいから!」




 私の混乱を敏感に感じ取ってオイル蜘蛛に対して唸り声を上げるライガ二匹を先にとどめておく。
 私の理性が吹っ飛んでても、あれを齧らせる訳には行かない!!

 叫びながら二丁拳銃をもってデタラメに発砲する。
 自動照準と追尾機能があるから見なくても当たっているが、集中できないために満足なオーラを篭めることができず、光る弾丸はオイルの層にぶつかってそれを弾き飛ばすだけ。
 致命傷には程遠い。

 それにしても、それにしても!!

 ムカデもいいミミズも大丈夫、ワラジムシだってカメムシだって蝶だってトンボだって好きじゃないけどまだ大丈夫!

 なんでここに蜘蛛が居るの!

 オイルの層を纏った魔物はゲームで見るよりキモかった。
 まだ蜘蛛のヌイグルミも触れないし、蜘蛛の巣に引っかかったら悲鳴を上げてしゃがみこんでしまう私にこれは――キツイ!!

 



「いやーっ! きらいーっ! きもいーっ!!

ファイアファイアファイア!!」






 拳銃じゃ埒が明かなくてオイルだから良く燃えそうだと思ってファイアを放つ。






「やっぱ駄目ー!!

たんぱく質が焼けるー、髪の毛の焦げる臭いがするーっ!!

ウォータ!」




 自分で焼いて自分で消火する……。
 虚しい行為だし、あのまま燃えていれば致命傷になったかもしれない虚しい行為だ。
 でも、蜘蛛の焼ける臭いだと思うと、これもまた精神的に耐えられない。
 でも、火を消したら消したで、消火したときの独特のにおいがあたりに拡散して――



「うぇぇぇ、
臭いよう……」




 呟く声は自分でも情けないほどの涙声。
 ひん、と鼻をすすって、その顔を上げたとき、そこには跳躍した巨大蜘蛛が目の前に迫っていた。



「ぎゃーっ!! いや、いや!

体液イヤーっ!!」




 恐慌状態で銃を乱射すれば、さっきの炎でオイルの膜を失った蜘蛛の体表に直接念弾が突き刺さり、硬い表皮を削って吹き飛ばす。
 致命傷にはやはり程遠く、それでも吹き飛ぶ欠片と、色の分らない体液が気持ち悪い。

 どうする、どうするどうする、どうする!!

 弱くなるけど最後の手段を使うか?
 いまさら能力値の一つや二つ!!
 いく? やめる?

 ピタ、と、一滴。
 蜘蛛の体液が頬にかかった。

 もう……だめ……。



「召還、ケルベロス!」



 アーヴァインから借り受けていた三つ首の地獄の門番を呼び出す。
 猛犬ケルベロス。
 こんな恐ろしい成りをしていながら、基本的に補助タイプという可愛らしさ。



「トリプル、アルテマ!!」



 使ってしまった、禁断魔法……!!
 えーっと、ジャンクションは体力だったかな?
 あれ、とっくの昔にカンストしてるや……。
 帰ったら、計器新しいのに変えないとなぁ。

 ゲームと違って、計器のカウンターがストップしたからといって、能力までストップするわけじゃないんだよね。

 ていうか、こんな時にまでGFを使って魔法の消費なしにトリプルかけて、アルテマを一つで終わらせようとするなんて、けち臭いなぁ、私。
 でも、補充が難しいことを承知している身としては、こんなときでもこういう根性が実についているのはいいのかなぁ……。

 だんだん考えることが複雑な心境になってきた。

 いや、そもそも現実逃避なんだけど、さぁ。

 死んでも、嫌だよぅ、蜘蛛の死骸ぃぃ。
 巨大、巨大な蜘蛛!
 しかもあっちこっちぼろぼろになっていて、体液漏れていて、グロい。

 オイルを主食にしているうちに音素暴走を起こして変異種になったんだっけ?
 だったら、音素乖離起こしてきえないだろうか……。
 ああ、もう――

「キリエーー!!」

 呼ばれて、振り返った。
 私の名を呼びながら駆けて来る聖なる焔。
 そのとき、死んだ魔物が音素となって消えて行き、私に降りかかった体液もまた同じようにして天に昇った。

「るーく……」

 声は、魔物の燃える匂いを嗅いだときとはまた違う感情で震えていた。
 駆けつけてきてくれる心配げな顔に、少しでも安心を与えたいと思って神経が通わなくなたったかのように自由のない足を引きずっていく。
 あと一歩、触れるか否か。そういう距離で、限界を迎えた。

「キリエ!! 大丈夫か!!」

 抱きつくわけじゃないけど、抱えてくれた。
 先まで魔物の体液が侵食していた床に触れたくなくて、必死になって腕を回してしがみつく。

「腰が……ぬけた、かなぁ」

 蜘蛛だ蜘蛛だ蜘蛛だ。
 特に今回はオイルがいけなかった。
 ただでさえ工場内のきついオイル臭で気持ち悪くなっていたところに、でろんでろんにオイルを纏った蜘蛛……。
 理性の限界を超えた生物だった。

「蜘蛛……嫌いだぁ……」
「ああ、もう、大丈夫だからよ。ほら、倒したものも音素に帰ったあとだから、な?」
「ありがとー、ルーク。慰めてくれるのは君だけだ。そっちの中年男を見てみなさいよ。小さい時には随分と可愛がってあげたのに、今じゃもっとも遅くに駆けつけてくるんだから」
「いやー、老骨にこの距離は辛いんですよ。それに、私にはピオニーとタッグを組んでからかわれ続けた記憶しかありませんね」
「それが愛情だと何故分らん」
「分りたくも無いです」

「すげーな、あのジェイドをからかうなんて」
「小さいときはもう少し可愛かったって事かしら?」
「お二人とも、聞こえてますよ?」

 少しはなれたところで女性恐怖症が発動しない距離でこそりと耳を寄せていた二人がびくりと跳ねた。

「キリエの意外な弱点、といったところでしょうか。今の私達ならそれなりに苦戦、しないまでも、倒すのに時間がかかったと思うのですが……」

 こうして一騒動は終わりを告げた。







閑話三








「よし、あそこに梯子を下ろせば外に出られるな」
「はいですの、ご主人様。ここをぬければ、あとは目指せケセドニア! ですのね」

 外見的にも、あんまりチーグルをかわいいと思えない上に――あの腰のあたりの白いのが、パンツを穿いているみたいでなんだか嫌だ――人語をしゃべるとなおさらうざい。
 チーグルはミュウミュウ鳴いている内が華だと心底思う。

 とルークが梯子の先を見上げる。
 私が蜘蛛の恐慌状態から逃れるのに少しかかった。
 結局時間的なプラマイとしては、ルークたちが蜘蛛と戦ってもさして変わりない程度には。
 冗談抜きで腰が抜けたんだもん。
 んでもって、私だけならジェイドにでも引っ付いて登るところだけど、最近じゃぁリュックはきつそうなライガが二匹セットで付いてくる。
 ああ、まっていてくれてありがとう!! と言ったら、それはそれで驚いた顔をするジェイド。
 私はそんなに無礼者かいな。

 ジェイドほど鉄面皮ではないと思うけど、なんとなく雰囲気の悪いパーティーに会話を耳で流している。
 私はライガを抱えて跳躍した。
 付き合ってらえるか。

 って、最後までやらないのも悪いんだろうなぁとは思う。









 湿気た空気が流れてくるとは思っていたが、案の定外は大雨で。
 続々背後から同行者と雇用者が降りてくる。
 仲間、と言う定義を使うには、微妙な関係だ。

 だって、私は本当に仲間を知っている。

 彼らとの仲間と言うあり方を知った後じゃ、こんなぎすぎすしたパーティーを仲間とは言いがたい。
 不本意な旅の同行者、せいぜいこのあたりか。
 不本意だからといって、相手の事を蔑ろにしてもいいはずはないのだが。



 目の前にタルタロス。
 結構距離はあるが、出発前のタルタロスになら本気を出せば取り付けるだろうと思う。
 が、今は必要ない。

 どこかぶすくれて梯子を降りてきたルークが、遠くに緑を見つけた。
 そして、目立つ真紅。
 雨にぬれて深みを増したその色合いは、垂れ込めた雲の向こうからの重い光の中でも美しく見えた。
 夕暮れ色も嫌いではないが――色と言うなら橙より真紅の方が好きかも知れない。

 息を呑むルークが、駆け出し、剣を抜いた。

「イオンを返せー!!」

 同じアルバート流剣術。
 そしてそれぞれが逆に利き手を持つから、その動く派まったく同じ――左右同調して見える。
 いっそ美しいと、見惚れるくらいに。
 いつもはオールバックらしいアッシュの髪も、今は雨のせいか前に降りていて、それが尚の事二人の相似性を演出していた。

 二人の剣が弾き合い、距離をとったとき――私も手に双剣を携えて、雨の中を飛び出した。
 だって、イオンを抑えているのが、アーヴァインだったんだ。







 私が駆け出したのを見たアーヴァインが、自分も剣を持って飛び出してくる。
 これは打ち合わせの無い行動だ。
 本来私達は、互いに拮抗する戦力として、ここで打ち合う予定は無かったのだ。

 が、私は飛び出した。
 とにかくすぐ、アーヴァインに聞き質したい事があったからだ。
 間近に剣を打ち合わせれば、嫌でも密談が出来るだろう。
 そういう思惑があって。

 噛み合った剣と剣が凄まじい音を立てる。
 私が念具の剣を取り出したためか、アーヴァインの剣も念の掛けられた物だった。
 ついさっきまでは荷物として共有スペースのポーチに収められていたはずのものだ。
 さすがに念具の上にオーラを纏わせた剣を、念を纏わせているとはいえただの神託の盾供与の剣に防がれては形無しだ。

「ちょっとアーヴァイン。イオンずぶぬれじゃない。どういうつもりよ。風邪でも引いたらどうするのさ」
「電話口で、ルークの『イオンを返せ』を見たいって言ってたのキリエだろう? イオンを隠しちゃったら、イオンを返せ、も見れないじゃないかと言う僕の心遣いなのに」
「もっと他にやりようがあるんじゃないのよ」
「タルタロスに入ったら、すぐに乾かして念薬も飲ませるから。もともとキリエの呟きから始まった事なんだし、文句言えないんじゃないの〜」
「ググ」
「アッシュはもうアルバート流の剣士じゃないのに、いまルークに合わせて、キリエのいう演出って奴のために、無理してアルバート流を使ってくれてるんだよ? 文句の言い所が違うんじゃないかな〜」

 雨音をかき消すほどの甲高い剣戟の音をあたり一面に響かせて、私達は激しい攻防を繰り広げる。
 ぬかるんだ地面をものともせずに、重い一撃を交し合う。
 そうしながら小声で会話を交わしていた。
 というか、むしろ剣戟の音がうるさくて聞こえないので、唇の形を読んで意思を汲み取るといったところか。
 読唇術だって一通り習うのだ。

 返す言葉がなくなってしまう私。
 つか、アッシュの流派が代わっていたのは知らなかった。
 でも、一応剣術使いの目で見れば、アルバート流も完成している。
 天才ではなくても才能と努力の合わさった子なのだろう。
 アーヴァインが目をかけるのも判る。
 ごめんねイオン、寒いでしょう、さっさと終わらせるからタルタロスの中で温まって、と思っておく。

「でさ、納得したところで負けてくれないかな〜」
「うん? なんでさ」
「かっこいい所見せたい子がいるんだよねぇ〜」
「セフィーに告げ口するぞー、って言いたいところだけど、もしかしてアッシュ?」
「そう」
「……私もヴァン一筋のルークに少しはいいところ見せておきたいんだけどなぁ」
「気持ちはわかるけどさ〜。今キリエが勝ったら抑止力がなくなるじゃないか」
「抑止……あ」
「ラルゴと戦って、ヘタな六神将程度なら強い事は見せちゃったんだろう? ここでキリエが僕に勝ったら、僕に勝ったキリエは理論上他の二人にも勝てる事になる」
「タルタロスだっか〜ん、なんてわけには行かないんだよねぇ」
「そう、しっかり打ち合わせしたから。またアクゼリュスで会おう」
「うん、了解」

 この間約五秒。

 火花を上げる鋼を引きはがした私とアーヴァイン。
 大きく振りかぶられたアーヴァインの剣を、クロスさせた双剣で受け止めて、拮抗させること僅か二秒。
 私はかなり本気で力押しに負けて――吹き飛んだ。

 泥と土とを巻き上げてスライディング、というか半ば地面をこそげ取りつつ止まった私に駆け寄ろうとした人々をアーヴァインが僅かにオーラを乗せた一睨みで留まらせた。

「アッシュ、行くよ? 今はイオンが優先だ」

 そうして自分の教え子を促して、覇者と鮮血はタルタロスに乗り込んだ。

 他の神託の盾騎士団の兵士達はとっくにイオンと共にタルタロスに乗り込んでしまっていて、開口部でシンクが仮面越しにこちらをのぞきこんでいるだけだった。
 撤退の準備はバッチリ、と言うわけだ。

 削り取った淵に手をかけて、体を起こせば、目の前をタルタロスが通り過ぎる。
 そして。



「くそったれアーヴァイン!! 泥だらけじゃないのさあー!!」



 私は咆哮した。














「……あいつ……俺と同じ顔……」

 実際はタルタロスでも対面もどきの事をしているのだが、あの時ルークは笑い狂っているうちに背後からリグレットに意識を刈り取られていたから、これがまあ初対面といえばそうなんだろう。

 かわいそうに嘔吐しているが、まともに対面して明かしたところで、初めに抱くのは拒絶だけだろう。

 泥を含まない新鮮な雨水が、頭の天辺からかぶった泥を流していく。
 でも、こんなんじゃ足りない。
 雨が上がるまではいいとしても、雨が上がったときには一度水浴びをしよう。

 大まかな泥は流れても、細かい泥が落ちきらずに肌にラインを造り、指先から流れていく。
 吐くだけ吐いて、立ち上がったルークに、私は泥だらけの手でも仕方ないととりあえず緑茶のペットボトルを持った。

 ティアやガイ、アニスたちがジェイドとがごまかしの茶番劇を行なっているところを、私はお茶を持ってルークに近づいた。

「はい、これ。緑茶よ。……ちょっと口をすすげば、すっきりすると思う」

 ルークの手に持たせれば、ペットボトルについていた泥はあっという間に激しい雨に流された。
 やがてぎこちない手つきでボトルに口を付けお茶を口に含むルーク。
 二、三度口を濯ぎ、一口だけ飲んで残りを返してくる。
 とりあえずそれをポーチにしまった。

 いつもの私なら、さ。
 ありがとうは? とか言うところなんだけど、この残酷なやり方を選んだのは私だった。
 幼い時ならともかくとして、この年になって双子以上に似通った二人がいきなりであってただで済むとは思っていない。
 しかも、庶民とは違うのだ。
 ファブレ家の男子は一子しか居ないというの公式で、さすがのルークも兄も弟もいない事は知っている。

 根は素直正直者とはいえ、ルークの表面を覆う鎧の名前はわがまま坊ちゃん。
 ぶっちゃけ無知系の馬鹿。

 残酷でも、互いの存在を知らしめなければならない。

 きっと通りすがりを演出しても、私とアーヴァインが立ち会って見合っても、ルークは『何でこいつ俺にそっくりなんだよ!! 気持ち悪いんだよこの野郎!!』みたいな事を言って、逃げる、と思う。
 少なくとも一度は逃走を測ると予想する。

 もっと幼い時に一目でも出会っていたら何かが違っていたかもしれない。
 けれど、七年掛けて自分と言うものを疑ってきたルークだ。
 私が知るブラウン管の向こうの彼は、自分がレプリカだと知って、やっぱり、とそういったのだ。

 ごめん、ごめんねルーク。
 あなたを守ると誓いながら、こうしてあなたを傷つける。
 わかってくれとは言わないけれど、私は私のやり方で、あなたの未来に道を作る。
 誰かの思惑通りに死ぬなんて、絶対に許さない。

 いまなら、信じられる。
 まずは命を拾うため、とその心を傷つけても、癒そうとしてくれるものが居るだろう。
 君と同じ顔をした、より赤い髪をした少年が、君の兄弟同胞として、君の心に手を伸ばすだろう。



 さすがはアーヴァイン。


 誇るべき私の仲間、同じ目的を掲げる同胞よ。
 そして無二の親友なる者たち。

 あんたが育てた聖なる灰は、思った以上に好青年だ。









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