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ある青年の呟き



「なあ、あいつ、何者なんだ?」

 ルークに投げかけられた問いに、彼は一秒も悩まなかった。
 答えられる人間がこの世にいるのか、と。ジェイドは思った。
 分っていることは、彼女が害になる人間ではない、といったこと位だろうか。
 自分の意思ではもちろん、他者が何かしらの意思によってこちらを害させることも、彼女が望まなければ恐らく出来ない。
 させないだけの力がある。
 死霊使いともあだ名される自分が嫌う曖昧な思考だが、それを許さなければを彼女について語ることはまったく出来ない。

「さて。親交自体は幼い時からありますが、彼女が自分が何者かと言うことについて語ったことは有りません」

 久しぶりに、そして約束どおり生身でであって、彼女の思い出を掘り返してみれば結構ろくでもないものだった。

 小さい時には幽霊もどき。
 ピオニーとつるんで自分をからかい倒した幽霊。
 こちらのことは聞くくせに、自分のことは話したがらない。

 そして出会ってみれば不思議人。

「ですが、あの姿は私が幼い時から変わっていません。百歳超え、というのも、あながち嘘じゃないかもしれませんね」
「マジ?」
「ええ、マジで。さて、キリエも去ったことですし、お話の続きをしましょうか」





ある商人のぼやき



 とある商人のぼやき。





 そいつがやってきたときには、上客が来たなぁ、って思ったもんだった。

 黒い髪に、黒い目。
 それに白い肌の、どっちかと言えば綺麗な部類に入るだろうと言う程度の凡庸な容姿の男だった。
 まあ、一瞬軍人かとも思ったんだけどよ。
 結構体は鍛えられていたからな。

 まあ、すぐに軍人つー考えはなくなった。
 どう見ても軍人じゃねぇ。
 まあ、少なくとも、そこらへんで鎧に兜かぶっているような一般兵じゃないだろう。

 着ているものは見ないデザインの服だった、
 落ち着いた色彩で纏められていて、その背中に結わえられた黒い髪が尻尾みたいに揺れている。
 身に帯びている荷物と言えば革製の小物入れが一つ。
 大金が入っているようには見えなかったから、小切手でも切るのかと思っていた。

 仕草、っつーか、動作っつーか、粗野な感じは全然なくて、ある程度の教育を受けられる階級だっていうか、そんな漠然としたイメージなんだが、外れたことはねぇ。

 そいつは俺の店にきて、ジーッと商品を眺め回している。
 こっちが景気良く「いらっしゃいませ!」と声をかけても無反応だし、見つめる商品が何処から来たのか、どんなものなのか、説明をしても無反応だった。

 どうしたもんかなぁ、上客だと思ったが、冷やかしか?
 だったら商売の邪魔だから帰ってもらいてぇなぁ、ってよ、そう思うくらいにはその客はじーっと、何の変哲もない絨毯を眺めていた。

 言い出そうかやめようか、今日は日が悪かったな。
 すぐにそういって追い出すには客が少なすぎた。
 しかもなぁ、軍人の雰囲気じゃないんだが、妙な、なんつーか、迫力があるんだよな、その客には。
 手をもみながら何分迷ったもんだか。

 よっしゃ言うたるで!

 てな具合に決意を固めて、俺は声をかけたんだ。

「お客様、あの〜、そろそろ」

   恐る恐る声をかけると、そのきゃくはぐりんと首を回して俺を見た。
 真っ黒い目をしていたなぁ。
 あそこまで黒いのは珍しい。
 きっと日の光に透けても真っ黒だろうよ。
 まあ、とにかくだ。
 その客に見られて、俺は情けなくも「ヒィ」って悲鳴を上げちまった。

「い、いやぁなんでもないですよお客さん」
「店主」
「は、はいなんでしょうか」
「この店の商品、全てもらおう」



 ……結局その客は、店んなかをカラッポにしていったわけだ。

 結局みんな買うならあんなに悩むなって言うんだよなぁ。
 俺の胃袋が悲鳴を上げたぜ。

 売れるのはうれしいんだが、明日から商売できねぇな。
 売り上げを元手に違う商売でも始めるか?



 こんどはよ、あんな客が来ないような店を、よ。




あとがき

店主、次からは食器類の販売店に変身です。

廃工場の叫び



「ねえ、なんか、騒がしくない?」

 それに最初に気がついたのはアニスだった。
 耳に片手を当てて、音を集める。
 いぶかしがっていたいたほかの数人も、やがてそれに気がついたようだった。

「ああ、確かに、何か叫びが聞こえるような」
「この声は、キリエの声では?」
「おい、あいつに何かあったのかよ!」

 とおく、木霊したせいで、何を言っているのかはわからない。
 けれど、それはただ声というだけではなく、悲痛な叫びであった。

「分りません。ですがとにかく行ってみましょう」
「ええ、そうね。それに、声だけじゃなくて、工場自体もなんだか揺れているような気がするわ。もしかして、何かと戦っているんじゃないかしら」
「そりゃ大変だ、早く行こう」

 ガイが道を探して周囲を見た。
 声はどっちの方角から聞こえてくるのか。
 使用されていない工場という場所柄か、やたらと音が反響して場所を特定しにくい。
 だが、しばらく耳を澄ませば、なんとなく方向はわかった。

「あっちか!」
「行こうぜ!!」
「ええ」

 若者たちが我先にと、その悲鳴の方向へ走ってゆく。

「やれやれ、キリエが、たかが魔物に敗れるとは思えないのですが……」

 思い出されるのは、タルタロスで六神将黒獅子ラルゴと戦っていたキリエの姿。
 相手の怒りを買うほどに余裕の有り余った姿。
 六神将と呼ばれる者を、まるで遊ぶように相手にしていた人間が、たかだかこの工場に住まう魔物程度に負けるものだろうかと。

「ですが、まあ、行ってみましょうか」

 そうして彼も、若者等に数歩遅れて駆け出した。













「いやーっ! いやーっ!

きらいーっ! きもいーっ!!

だめー!! カーレッジ、ライブリー!!

かじっちゃ駄目! ばっちいから!」



 最初に聞こえてきたのは、そんな叫びだった。
 確かに悲痛な叫びだ。

「なに、あれ」

 その姿が普段のキリエとつながらないのか、アニスが可愛らしく小首をかしげた。
 アニスも、あのラルゴとの戦いを見ていた一人でもある。

「……あれは、魔物か? 中身は蜘蛛みたいだが……」
「オイルを主食としているうちに、音素暴走を引き起こし、変種となったのでしょうか、ねぇ」

 ガイとジェイドも、呆然とその戦いを見ていた。
 戦いは一方的だった。
 まずキリエは全ての攻撃を避けている。
 そして敵を見もせずに引き金を引き、銃弾をその魔物に叩きつけていた。
 だが、致命傷には見えない。





「いやーっ! きらいーっ!

きもいーっ!!

ファイアファイアファイア!!」






 錯乱したようにキリエが叫べば、三連続で炎があがり、オイルに包まれた魔物を火達磨にした。

「なに、あれ……譜術じゃ、ないわよね?」
「ええ、音素反応は見られません」
「ならどうやってあの炎を起こしているというの!?」
「不思議人キリエですからね。何が起こっても不思議じゃないですよ」

 のんきともいえる会話だった。
 聞こえる悲鳴は痛いほどの恐怖の感情が篭められていたが、傍から見る分にはコメディに近い。
 何よりキリエにダメージがないことが緊急危機意識を薄れさせた。



「やっぱ駄目ー!!

たんぱく質が焼けるー、髪の毛の焦げる臭いがするーっ!!

ウォータ!」




 火達磨になった魔物の火を、今度は自分で消している、のだろう。
 またしても音素反応のないまま、魔物の火は水によって消火された。

「あのまま燃えてたら、あの魔物やられてたんじゃねーの?」
「……そうだな」

 赤と金の男コンビが小さくあほらし、と呟いた。



「うぇぇぇ、
臭いよう……」




 涙声になっている。

「キリエは、蜘蛛が嫌いなのかしら? ……ちょっと意外だわ」
「どうやら、そうらしいな」
「それにしても凄い反応ですねぇ」
「ねぇ、助けに行かなくていいのかしら」
「まあ、いいんじゃありませんか? あんなのでも、まだまだ余裕があるようですしね」



「ぎゃーっ!! いや、いや! 体液イヤーっ!!」




「でも、いいのか! 本当に放っておいて!」
「俺の女性恐怖症みたいなものかなぁ」
「どうでもいいだろ! あんなに叫んでるんだ、行くぞ!!」

 見てられないとでも言うようにルークが駆け出したとき、その声は聞こえた。



「召還、ケルベロス!」



「なんだ……? あれ」
「三つ首の、犬? ですかね」

 キリエの声に応えて現れたのは、三つの首をもつ灰色の獣。
 鋭い牙と爪を持ち、いかにも獰猛そうな唸り声を上げている。
 そして雄大な、目の前の魔物など歯牙にもかけない存在感。

「召還、とか、いいましたよね」

 誰に同意を得るつもりもない独り言。
 事実誰にも応える余裕がない。
 その、光景に、目を奪われて。



「トリプル、アルテマ!!」



 迸る眩い光は、蒼とも碧とも呼べるような不思議な光。
 翻るは三度。
 その本流は、一度一度が巨大な力でもって魔物を打ち崩す。

 それは、見るからにその魔物にとっては過ぎた力だった。

 あれほどの力。
 一撃ですでに八本の足をばらばらに粉砕し胴体は飛び散り、残りの二撃はただ空間と残留物を打ち据えるだけに過ぎない。

 譜術でもない、正体不明の力。
 呼び出した獣についても。
 だが、それでも――見ほれていたといっても、間違いではない。





 最初に正気に返ったのは誰だったのか。
 誰かの息を呑む音に、次々と皆が正気に返る。
 真っ先に駆け出したのは、ルークだった。

「キリエーー!!」

 叫びながら駆けつければ、ゆっくりと振り返るキリエは、震える唇で呼びかけた者の、名を呼んだ。

「るーく……」

 駆けつけてくる相手に、フラフラと彼女からも近寄って行き、触れる、というところでがくんと膝を折った。
「腰が……ぬけた、かなぁ」

 その腕はがっしりとルークの首にしがみついている。
 背後のナタリアとアニスの黒い気炎に気が付かないルークは大物かただのにぶちんか。

「蜘蛛……嫌いだぁ……」

 こうして。
 仲間内で分けのわからない人、との認識で通るようになっていたキリエの、認識が一つ付け足された。






 極度の蜘蛛嫌い。










「今の私達ならそれなりに苦戦、しないまでも、倒すのに時間がかかったと思うのですが……」

 一人騒動の輪から遠ざかりながら、ずれてもいないめがねを押し上げて呟く。

「結局、倒してしまいましたね」

 恐慌状態にさえ陥っていなければ、もっと早く決着はついただろうと推測する。

「あなたが、いえ。あなた方が全力で戦ったら、一体どんな戦いになるのでしょうか」

 ジェイドが思い馳せるのは、タルタロスで出会ったもう一人の男。
 覇者の名をとるアーヴァイン。
 ダアトに所属しているとばかり思っていたが、キリエと同郷であり、同僚でもあるらしい。
 ダアトに今は雇われていることになるのだろう男。

 現在は、恐らく敵対者。

 今、とんでもない力の片鱗を見せたキリエが、いい勝負は出来ても勝てないと宣言した。
 音素を使わずに譜術めいたことを起こすことといい、召還、の言葉に答えて現れたのは、恐らくチーグルの森でライガを戒めたときにも呼んだあれの、一種だろう。
 あの男もそれを使うのか。

「まあ、いいでしょう。今論じても仕方がないことです」



 パンパン、とてんでに騒いでいる同行者達の注目を集めるべく、手を叩いた。

「はーい皆さん、そろそろよろしいですか?」

 尋ねていながら異論は許さない声だった。









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