| エンドで帰ってきたのがアッシュだったらどうだろうか考えてみる。 |
| アッシュとルークの統合について考えてみる。 |
| ファブレパパについて少し好意的に考えてみる。日記転載 |
| ファブレママ? 3/1過去日記から加筆 |
| いろいろ |
| アリエッタはイオンを追って後追い自殺をするか? |
| 譜術? 譜業? |
| アッシュの二律背反 |
|
エンドで帰ってきたのがアッシュだったらどうだろうか 考えてみる。 |
|
どれかアビス系の話のあとがきのどこかにも書いたような話だが。 はっきりどこに居書いたのかさっぱり思い出せない。 アッシュ、と言う生き物についてちょっと考えてみる。 寂しがりや、意地っ張り、決定的に幼少期の対人関係が足りない。 友達作ったり、喧嘩したり仲直りしたり。 喧嘩して仲直りして、と言うのをやっていないから、謝りたくても謝り方がわからない。 ヴァンの歪んだ教育の賜物の生物。 けど、根っこは強い。 マインドコントロールにも等しいヴァンの思想に七年も浸かっていたのに、自力でそこから這い出した。 七年経ってもナタリアを思い祖国を思い、両親を父上、母上と慕っている。 自分を生贄に捧げた父親を事情が事情とは言え未だに慕っている辺り、親子の情とはかくも深く、故にややこしいのかと思う。 終盤、レプリカであるルークに対する憎悪や、執着の歪み方に関してルークの仲間たちに色々言われていたが、ヴァンの手口とアッシュの精神を考察する上でわたしは、あそこまでなれただけで声を大にして褒めちぎってもいいと思う。 単純にルークに対する態度だけを見ていると、こんにゃろー!! と思ったことも、私だって一度や二度じゃないんだが、誰か一方の側に立つのではない、第三者的視点で俯瞰する上では、抱きしめてこねくり回してほめてもいいと思う、ようなきがする。 肉体に関する関与より、精神に関する関与の方が正体が見えない分だけ根が深い事が多い。 だからといってルークにたいした態度が許されるわけでもないし、ルークがアッシュの発言によって傷ついた事実が消えるわけでもないが。 それとこれとは別、と言うことだろう。 細かいことは置いておいて。 今回取り上げるのは、エンドで帰ってきたのがアッシュだったら、と言うIFだ。 かなり、憐れだと思う。 二年経って、ようよう帰ってきたと思えば真っ先に聞かされるのは恐らく落胆の吐息だ。 「アッシュ……なのね?」 とか言われて確認されて、そうだ、と言えばルークではないことに落胆されるのだ。 ナタリアも含め、まず間違いなく。 あなただけでも帰ってきてくださって、とすぐに言うかもしれないけど、それ以前に見せた行動は取り消しが付かない。 一度口から出た言葉が二度と返らないのと同じで、見せてしまった行動は取り消せない。 アッシュ自身がそれらの行動を覚悟していたとしても、ショックは大きいだろう。 アッシュの帰還を純粋に喜ぶ人間も世界にはいる。 恐らくはギンジや漆黒の翼の連中なんかも、ルークのことを抜きにしてお帰りと間違いなく言ってくれる、と思う。 けど、やっと帰ったその初っ端から落胆を受けるというのは、痛い。 しかも、タタル渓谷。 誰かが足にアルビオールを使っていたら、恐らく操縦者はノエル。 となればなおの事アッシュにお帰りと、真っ先に言ってくれる人間はまだいない。 そのままバチカルに帰れば、こんどは両親との対面となるんだろうが、これもまた。 両親も、恐らくは落胆を隠しきれないだろう。 隠さない、かも知れない。 一人、息子が帰ってきた。 しかも、恐らくはルークのほかの仲間からエルドラントで死んだとされる息子だ。 嬉しくないはずは無いだろうが、なら目の前の息子の生存については確証されたに等しい。 となれば、聞くだろう。 お帰りと言う前に。 ルークは、どうしたか、と。 彼はエルドラントでやっと、ルークである自分も認められたのに、そうなれば今度は周囲が自分の中のルークを否定する。 誰もが安否を気遣う言葉の前か後にルークは、と尋ねる。 ああ、ギンジ早く来て! と言いたいが、そういうわけにも行かないだろう。 アッシュは対人経験の足りない人間だ。 ばればれだけど、自分の内心を自分の意思で表すのがへたくそだ。 拗ねちゃいそうだと思うけど、まるでそんなこと無かったかのように振舞うのかも、とも思う。 誰もがルークを求めている。 自分じゃないルークを。 と言うことで。 アッシュ帰還エンドと言うのはかなりの地獄だと思うことをここに明記してみる。 結局のところ、あのエンドでは誰が帰ってきても完璧にハッピーエンドと言う事はできないだろう。 題の如く、現実にも心にも深淵を抱える。 アビスの本題はここにあるのかと思ってみたり。 |
|
アッシュとルークの統合について考えてみる。 |
|
最後に帰ってきたのがアッシュで、そのあとにジェイドからレプリカの完全同位体における大爆発の真相を聞いてうんたら、と言う小説を何本か読んだ。 勘違い。 それによって生き急いで、命どころか記憶と心までレプリカに奪われると思っていたアッシュ。 勘違い、だと結論する。 けど、それは本当に勘違いなのだろうか。と。 アッシュは大爆発の真相を知らなかったけど、存在と心を喰われる、自己の同一性を保てなくなる、と言う意味では、あながち勘違いでもないと思う。 誰かの七年分の記憶。 記憶に伴う感情。 人の記憶と言うのはほとんどが感情に支配されているから、感情を持たずして記憶だけ引き継ぐというのはほとんどありえないと思っているし、強く印象に残る記憶があるとすればそれは感情に結びついている。 たとえ最後に残るのがオリジナルだ、といわれたって、すでに確固とした自我を確立した七年分の誰かを意識の中に招きよせて、アッシュがアッシュで居られるか、と言うのは甚だ疑問に思うところだ。 生存の本能と単純な思考をもつ魔物じゃないのだ。 根本のところでは似ている二人だが、表面的な行動では右に行くか左に行くかと言うほど違う。 そんな二人の記憶が一つの器の中にあって、共存するなら、恐らくアッシュもアッシュで居られないし、ルークもルークで居られない。 現実世界に帰って座る椅子は恐らくルーク・フォン・ファブレの名前があるだろう。 けど、彼はすでにどちらでもないと思う。 アッシュはルークより十年長く生きてきたわけだけど、それにしたところで半分はヴァンのマインドコントロールな幼児教育が入っている。 その精神でどこまで優位で居られるかは謎だ。 存在を失う。 過去も未来も、命も思いも。 レプリカと言う存在のせいで失うのだという。 奪われるのだというのは、それが決してルークのせいではないのだとしても、共にルークも失うのだとしても、外れた意見じゃないと思う。 だが本人ではない第三者から見て、統合後のルークは誰であるのか。 大方の人間にとってはアッシュなのかもしれない。 ジェイドの研究と言う形でオリジナルの優位は有る程度証明されている。 大爆発ではオリジナルがレプリカの記憶も命も食い荒らすというのが定説のように感じられた。 本人たちの間では、ルークがやがてはオリジナルに乗っ取られるような形で死んでゆく、消えてしまうと言うのも間違いではなく、アッシュが感じているように、作中においても勘違いとされた認識でも有るレプリカに命を含めて奪われる、と言うのも勘違いではない。 だが第三者が見た場合、多くはやはりルークがアッシュに奪われた、と言う形になるのだろう。 大爆発の本人達以外の目から見たならば、勘違いと言うのもあながち間違いではないのだろう。 恐らく、大爆発後のその誰かが、自分はオリジナルだった者ではないと言ったとしても、周囲には戯言にしか聞こえまい。 レプリカの記憶を持ったオリジナル。 そうとしか認識されない事も多いだろう。 |
|
ファブレパパについて少し好意的に考えてみる。 |
|
愛したいのに愛せない、愛してはならないと己にいう一人息子を、クリムゾン本人が避けられえないと思っている死地に送る、間接的に殺すことについて。 ファブレ家の子供は“ルーク”一人だ。 クリムゾンに愛人はいるが子供は居らず、母親の方ももうこれ以上の子供は恐らく望めない。 もっと現実的に見れば色々あるのだろうが、ゲーム本編をそのまま受け入れたとするならば、アッシュ、あるいはルークに無理やり子供、つまりファブレ家の跡取りを作らせたような形跡も無い。 小さな頃、体の準備が整わないころの性体験、その上望まないものとなれば子供の心に大きな歪みを残すだろう。 貴族の子女は幼いころから性に関して色々仕込まれた、という話も有るが、彼らにそういったものは感じられない。 ナタリアにも、だ。 恋愛、性差、そういったものに対する反応が純真、無垢に見える。 クリムゾンとシュザンヌの間には死を預言された子供が一人。 クリムゾンには愛人がいてもその間に子どもは無く、シュザンヌにももう子供は望めない。 彼らの子供に子供を作れといっている、あるいは強制している様子も窺えない。 ならば、ファブレ公爵家の跡継ぎがいなくなることを指し示す。 息子が十七歳で死なないのであれば、そのあと王の娘と結婚し、子供が二人以上できれば一人は王位の跡継ぎに、もう一人をファブレの跡継ぎとし、王家との関係をなお深める、と言うのもありだろうが、十七歳で死ぬ事になっているのだ。そうもいかない。 ファブレ家は親戚筋も結構ありそうだから、ファブレ公爵が跡目を指名せずに没したとしても後釜を狙う貴族、親戚筋は結構いそうだが。 まあ、多分その時点で没落を始めるだろう。 息子を軟禁し、必死に愛さないようにしようとしてきたが、その実ルークになってからは酷い無理強いをしようとはしなかった。 実験もそうだし、ぶっちゃけ跡目を作らせようと無理もしなかった。 年齢的なことを言うのなら、十歳までのアッシュよりもそれ以降の体格をしているルークの方が適している。 初めのころならともかく、十五を過ぎたあたりからなら十分にその役目をもてただろう。 望むかどうかはともかく、生殖能力はある。 それなのに、しなかった。 アッシュのことはどうなのだ、というなら、一度誘拐されてあんなふうに、言葉も分らず立ち方も分らず己すら忘れて帰ってくることでなにか息子に対して心境の変化があったのだろう。 いずれいなくなるのだからと息子に何があっても見ぬ振りをしていたのが、誘拐される事によって何から何まで利用しつくした挙句に捨てるのか、と罪悪感に苛まされたり。 これはアッシュ完全にかわいそうなだけだが。 その罪悪感が向けられているのは自分の息子、本来はアッシュであるはずだがそれを受けているのはルークだ。 アッシュにとってはまったく何一つ影響は無い。 まとまりの無い文章を書いてきたが、ポイントはルークに跡取りを作らせようとしなかった、そして本人たちにも他に血を継ぐ子供がいないということだ。 ファブレ家の正等後継者はいなくなる。 ついでに王家直系の血を継ぐものも居なくなる。 殺した息子の死によって訪れる繁栄と共に、消えてゆく事がクリムゾンの贖罪だったのではないか、と。 ファブレパパについて少し好意的に考えてみる。 |
|
ファブレママ? 3/1 過去日記から加筆 |
|
まあ、あれだけ二次で書いた後で今さらだともおもうけど、ちょっとだけ、シュザンヌママについて考えてみた。 子どもを哀れむ母親、と言う意味では好きになれない。 哀れみ、かわいそうね、とかそういうのは、ここぞと言う大変なときに一言発するとふっと心が軽くなったりとかするものでもあるけど、あの来客時だっただろうか。 おそらくヴァンが来ていて、ルークが何かしらの我侭、と言うより願望を素直に口に出したときのことだったような気がする。 始まってすぐのときのあの発言。 ルークは元気にヴァン師匠がくる! ってんで駆けて行っているし、外にはあこがれていても、自分が憐れだって知っていても、我侭坊ちゃんの鎧で心をよろう事で自分は哀れなんかじゃないんだ! って言っている、ような気がする。 ガイとかにはばれていたような気もするけど、すぐに話をそらしてしまうのはやっぱり哀れまれたくないからだと思う。 ここぞと言うときの哀れみは、それはもう抜群に効果あり! だと思う。 けど、常日頃から、そう、それこそ客間や居間でまっぴるまっからちょっとした親子の口論につけてもあの子は可哀相な子なのです、は――重たい。 場面から想像するに、結構日常会話の一端だと思う。 ファブレ公爵が我侭な息子に小言を言う場面は、まあ度々有るだろうし――いつか捨てる息子でも居る間は体面が有る。言わずとも貴族の体面を理解しそれに乗っ取った行動をしていたアッシュとは違うことが完全に見捨て切れないファブレ公爵の迷いとなっていただろうと思う。 シュザンヌママはいつもは臥せっているんだろうけど、起きていて、三人そろえばきっと、この手の会話は繰り返されていると思う。 あれは嫌だなぁ。 せっかくルークが強がって見せているのに。 欲しくないときの哀れみは惨めになるだけ。 哀れみなんていらない。と言う言葉もよくある。余計な哀れみは惨めだけだ。 どれだけゲームを進めても、彼女を慈愛ある母親と思ったことが無い理由がなんとなくわかったような気がした。 最初の悪印象が強すぎたのだろう。 長くなんとなくはっきりしない感情だったのだけど、なんとなくそう思う。 後々捨てるつもりだった。 死ぬ事が前提だった、とはいえ、私はファブレママよりファブレパパ、クリムゾンに対してのほうが息子に対しての愛を感じた。 ママさんは後々のイベントがいくつかあるが、どちらにしても微妙に過ぎる感じだった。 いつかは家臣に降嫁する王家の娘としてはよく教育されていたとは思う。 だけどそこからあの年になっても成長が見られないというか。 記憶を失い立つことすら忘れ変わり果てた姿であっても、この子は私の息子です。 とかルークがレプリカになって返ってきた直後は自己陶酔気味に思ったりしたんじゃないかとおもったりもする。 で、この子は私が守ってあげなくちゃ、かわいそうな子なのだから! と思って冒頭のことあるごとにこの子はかわいそうな子なのです、と息子を哀れむ母親の誕生、などと想像する。 だったら気が付けよ、と思うが、ショックの大きい出来事がいろんなことをうやむやにするのはある程度仕方が無い、と思わなくも無いけどなんだかもやもや。 親孝行イベントとかも、なんというか。 でもまあ、あの方もレプリカを息子と呼ぶことで、これから母になれるんじゃないかと私は希望している。 貴族の体の弱い女性。 子どもが生まれたら乳母が付くだろう。 少なくともナタリア関係の人間の構図から乳母と言う存在があったことは確かだと思うし、高位の貴族、そして母体は病弱。アッシュにも乳母が付いていた可能性はかなり高い。 体に障るからと、夜鳴きも聞かせないように育てた、と言うのもまあ、有るんじゃないかな、とは思う。 抱ける時間は本の僅か。 少しでもぐずれば手の中から取り上げられただろう。体に障るから、と。 子は違う女の乳を吸い育つ。 夜鳴きとか、すぐに子を取り上げられた、とかは完全に想像だが。 産むことによって母になるのではなく育てることによって母になる。とも言われる。 そういうなら、彼女は一つの母になる手段を喪失しているにも等しい。 だからこそ願う事がある。 彼女が母親になれることを。 ルークとアッシュと言う子供。 一人はレプリカだけど、それでも我が子と呼んだ。 一度は失われたかと思った我が子が帰ってきたことで、彼女に意識ではなく感情で母としての執着が生まれやしないかと。 それを前提にすると、なんだか微妙な親孝行イベントにも好意的解釈と光の道が見えるような気がする。 貴族。 凡俗の常識など知らぬ! と言う女性だと前提し、やっと息子を母として愛し始めて、だがその表現系が普通とは違う、あるいは分らない、とか。 なんというか、彼女の愛は物理的な気がする。 物理的な愛も構わない。私も親の方たたきをして小遣いをねだった覚えがあるから。 貴族だからその金額の規模も違うだけだろうし。 でも、何かが、と言う気がしてならない。 彼女はルークが肩たたきをしてくれると聞いてとても嬉しそうである。 彼女が息子たちと母子、親子としての関係を築いていくのなら、これからが本番だろう。 シュザンヌママはやはり人の心の機微に疎い人のように思えた。 息子を溺愛するタイプなのだろう気もする。だがその溺愛が肝心の息子の心をその時点に置いて救っていたかどうかは別だな、と思った。 愛してはいるんだろうけど、なー……。 相手に余裕が無い場合、重荷になる愛かもしれない。 ある意味、容易く愛の実感をくれる人だろう。だから重たい愛でも捨てられなくなる。 特に愛に飢えている子供は。 |
|
いろいろ |
|
ところで今更思ったんだが、ガイのすけべ大魔王の称号を得るイベント、あれでナタリアが「水着が取れてしまいましたわ」などと言っていたのだが、あれは上の水着か?? それとも下の水着なのか! 下の水着だったらまだパレオだからその下にもガードはある。だが、上だったら? あの水着は上の方だってそうカッチリ抑えているようには見えない。 周囲の反応から見ても、おそらく取れたのはパレオ程度だと思う。思うが! ……どっちなのかきになるな〜〜。 ファブレ邸に来たときにルークに留まれといわれても拒んだのにガイに言われるとしぶしぶでも残ったり、その後結局ファブレ夫妻の私室に行ったという事は、付き合って屋敷の中を歩いたということではないのか! ガイとナタリアに頭があがあらない辺りが可愛らしい。 誰に反発しても、ガイとナタリアを特別の位置に置いているアッシュが好きだ。 ガイの真実を知っていても、彼にとってガイは特別な者。 ケテルブルクでポーカーをやっているとき、アッシュとナタリアが一緒に出てくるとなんだか嬉しくなる。 ダブルアップでルークが出て来て、これなら行ける! とLOWを選んでアニスやティアが出てくると、トランプゲームにも人間の力か関係を見る気がする。 ジョーカーといえばジェイドも居るし、アッシュはジェイドのことも不得手としているようだ。 アニスの事も決して得手と言うわけではないようである。 で、下にナタリアがいるのにはアッシュとの位置関係を感じる。 これは押さえつけるというよりは尊重。 そしてその更に下にガイが居る。 トランプゲームは人間関係の縮図か! 面白い。 何回やっても、クリアするとやってしまったー! と言う気分になる。 アッシュカッコイイ。 グランコクマでのイベントからルークと戦うまでの間はとてもかっこいいとはいえない状況だったのに、ルークと戦ってからのアッシュはカッコイイ! アッシュは弱いんだ。 キノコロードでアッシュを使えるのは嬉しかったけど、ヘタレプレイヤーの私が操作するよりコンピューターが操作するほうがやはり綺麗に戦う。 そして――ルークとの闘いを終えたアッシュはかっこよすぎだ! うるっときてしまう。 エルドラントでは総じてティッシュが手放せない。 ミュウ編入時に置いては、ミュウったら炎が吐けて凄いのね! の以前にいうことがあるんじゃないですかお嬢さん。と思った。 お坊ちゃんでもこの場合構わないのだが。 まずは所構わず火を吹かないこと、と言うべきなんじゃなかろうか。 そのせいでライガの巣を燃やしてしまって今の事態、と言うはずなのに火に対する危機管理意識の低さが気になった。 私はアッシュが好きだ。 彼をカッコイイと思っている。けど、同時にかっこ悪いとも思っている。 普通に言えば相反する思いかもしれないが、これは決して反発するものではない。 彼は最後まで世間と認識を同一とする真実にたどり着かないまま死ぬ。 だがその死は惜しまれた。 曰く勘違いを重ねてゆく様子は、無様でかっこ悪いといえるかもしれない。 けれど性急に生き急ぐ彼の無様さは、どこかかっこいいと思う。 彼はどこかに悪い意味での潔さも備えていたように思う。 ある種侍的と言うか、ちょっと似ている感じの。 潔さは良きにもあるが、あの状況下で彼の潔さはあまり良き方向に発揮されていなかったように思う。 潔くさっさと決をしてしまうために、置いてきたものがある。 |
|
アリエッタはイオンを追って後追い自殺をするか? |
|
改めてゲームをやると、色々思うところがでてきた。 アリエッタはイオンの後を追い後追い自殺をするか否か。 まあ、私の書く奴では現状後追い自殺をしたことがないのだがそれは別の話。 チーグルの森のライガママが死んだ場所で決闘をするアリエッタ。 それが終わった後にラルゴはイオンの真実が明かされたらアリエッタは後追い自殺をしただろう、と言う。 本当にするだろうか。 二年前であればしただろうと思う。 二年前、オリジナルイオンが死んだ直後であれば、後追い自殺もありえたのではないかと思う。 作中から感じられるアリエッタのイオンへの執着具合は凄いと思う。 二年前の時点ではアリエッタの獣ではなく人としての部分の半分はイオンで出来ていたんじゃないだろうか。 だったら、自分の半分が死んでしまったら自分も死ぬのはある意味で当たり前のこととも言える。 だが、二年後である今ならどうだろうか。 イオンの死を知らされておらずとも、イオンから遠ざけられ、導師守護役からも離されてその役職にはアニスが付いた。 それも、アニスがモースに命じられていたためとは言えその距離はまるで以前の自分とイオンのように見えたかもしれない。 これは実際の距離感も含めて、近づけなくなった者の精神的な観点からも見ての事、とする。 二年の間、嫉妬したり悔しがったり、理不尽だと枕を濡らしたり――したかもしれない。 決闘のとき、アリエッタは言った。 イオン様は変わった、と。 その変わったイオン様をずっと遠くから見ていたアリエッタ。 違和感を感じていたのだろう。 笑い方、歩きかた、いなし方、ダアト式譜術の使い方。 傍から見ればイオンはイオンになれたのだろう。 以前にオリジナルイオンに出会ったことのある人間なら、レプリカイオンに出会って多少の違和感を感じたとしてもおそらくは気のせいとするだろう。 気のせいで済ませられる範囲の誤差。 だけど、その誤差をずっと違和感として抱え続けるアリエッタ。 イオン様は変わった、とアリエッタは言う。 変わった、と言うことを自覚していたアリエッタ。 二年、その違和感を抱え続けたアリエッタ。 二年経ってもイオンに対する執着はあっただろう。 けど、二年後のあのときであれば、イオンの死を受け入れられはせずとも少なくとも後追い自殺はしなかったんじゃないかと思う。 オリジナルイオンが二年前に死んでいたと知っても。 ただの憶測だ。 だがもしそうだとするなら、事実を知った後何処に心が傾くかが問題だろう。 イオンとヴァンとライガ。 それがアリエッタの心だった。 アリエッタはイオンを失った。 兄弟はいても母であるライガを失った。 ヴァンの虚偽を突きつけられた。 心を守るため盲目としてヴァンの手足となるか。 残ったライガの兄弟たちと共に何処かへ行くか、ただ彷徨うか。 あるいはヴァンを敵とし挑みかかって破れるか。 何処かに明るい未来は無いのか? 生きていれば、と言うことでとりあえず選択肢は二番目で。 どこかで漆黒の翼とかに拾われれば、いい。ほんのちょっとの、幸せの形。 |
|
譜術? 譜業? |
|
一つ重大な誤解が。 私はずっとコーラル城で襲ってくる石でできた魔人ブウ太っちょバージョンのような魔物は譜業 だと思っていたのだが、どうやら譜術だったらしい。 ビックリだ。というか、本当に譜術と譜業の境目が分からん。 どこからが譜業で何処からが譜術なんだろう。 譜陣を刻んだものは譜業なのか譜術なのかといえば譜術っぽいけど、譜術で全て為れるなら譜業が発達する余地は普通無いわけだ。 譜術の力は生活への転化からも見て非常に便利だ。 人は魔法が使えないから科学を求める。 つまりは機械化だ。 初期のテイルズであるTOPでも、魔科学の発達はエルフには使えて人には使えない魔法を違う形で手に入れるための研究だった。 つまり譜業は譜術が普遍的に誰もが持ちえて非常に便利であれば発達する余地は少ない。 って違う、話ずれすぎ。 本筋に戻せば譜業って言うのは譜力を機械化して使おうと言うシステムのはずだ。 TOPに置いてエルフが血において魔力を行使するのとは違う、魔力を科学によって行使しようとする技術に近いはず。 ディストが作るタルロウなどでも分かるが、機械っていうのはプログラムを組める。 行動を作る事ができる。 だが魔術魔法譜術にそれが可能なのか。 グランコクマの滝などは行動ではない。 もちろん人が使う譜術もそうだ。 だがコーラル城およびその他の地域に出てくるゴーレム。 あれはある程度の行動をプログラムされていると思う。 まずコーラル城。 使っているのが六神将なら六神将及び出入りしている神託の盾騎士団に攻撃を仕掛けるようには出来ていないだろう。 攻撃対象を選択すると言うプログラムがある。 人間を二人並べてこっちは攻撃してあっちは攻撃しないと選んでいる。 それが果たして譜術に可能なのか。 可能だろう、と思うところもある。 だがそうした場合譜術と譜業の境目がますます分からん。 フォニックゴーレムは譜術だというのはほんとなのか! 台詞中では本当だけど、譜陣を刻んだ程度で無機物に行動を与えられるのか! だとしたら本当に譜術と譜業の違いが分からん。 鉄板に譜陣刻んで譜業、じゃないよねまさか。 ぶっちやけ実行者の実力に関わらずいかなる物も平等に同じ効果を発揮するのが譜業、と言うだけなのだろうか。 まあこれも違いは大きいと言えば大きいかも知れないけど。 |
|
アッシュの二律背反 |
|
グランコクマに寄ったときにアッシュに会うイベントがある。 あの時のアッシュはとてもかっこ悪い。 途中まではかっこいいのだが、おそらくは握手しようと差し出した手に宝珠を載せられて、ルークと会話をしてからのアッシュは支離滅裂だ。 ナタリアも指摘していたがものすごい矛盾をこの一つのイベントの間で放っている。 他のイベントのときだと、ルークに何もかも奪われた、と言う時とルークの全ては自分から捨てたんだ、と言う回は重なっていない気がする。 だけど、あれがおそらくはアッシュ本来なのだろう。 今までのイベントでもアッシュに会う度に、もっと色々喋っていけよ! と思い続けてきたけど、アッシュは常に有る程度の情報を秘匿し自分ひとりで行動しようとして来た。 情報と言うのは、持つほうが優位になれるとても有益な物だ。 それをルークたちに話さずに己の中に留め置く事でアッシュは途中まで精神的な優位に立っている。 単純には「おまえらこんな事も知らないのかよ」的な精神的優位。 次に「俺がおまえに教えてやるんだ」という精神的優位。 更に次に情報を先に知っていることで行動的な優位にも立てる。 アクゼリュスでティアを引っ張ってきた事。 ユリアシティで真実を明かしルークの剣を受けたこと。 ここでアッシュはレプリカとオリジナルという上下関係を作った。 劣化レプリカと言う劣等感を植え付けて、オリジナルである自分、レプリカより優れている自分を演出した。 アッシュは作中とてもイライラしているように見える。 常に晒される二律背反。 師匠を信じたい心、師匠を疑う心。 自分がレプリカの優位に居るのだという思い、けれど気付いているレプリカへの依存。 ルークの全ては捨てたという一方でルークの全てを奪われたのだという矛盾への確信。 奪われたという被害者意識を持ちつつもレプリカなんかにそれを持つ、劣っているという者に自分は全て奪われたのか? という思いから来るそれを良しとはできずに捨てたんだという自尊心。 他にも色々あるけれど、一週目じゃほとんど気が付かなかった。 アッシュはとてもかっこよかったんだ。 アクゼリュス、ユリアシティ、外郭降下、レムの塔。 転換点にはことごとく現れ時に真実を明かし、時にルークの足りない力を補い、ナタリアとガイにはちょっと弱くて、高いところから飛び降りるのが好きで。 それがあのときに化けの皮がはがれたというか。 ジェイドは気が付いていた、だろう気がする。 一週目じゃ気が付かなかったことだけど、よくよく見れば矛盾は明らかに今までにも出ていた。 グランコクマであった時のアッシュはとてもかっこ悪い。 はっきり言って無様だ。 アッシュ好きとしては見ていて痛々しいくらいだ。 だけど同時にアッシュ頑張れ! と言う気もしてくる。 チャンスだアッシュ。大丈夫。人間誰にでも無様なときの一つや二つある。 屈辱を感じることの一つは二つある。 レプリカを乗り越えられれば、アッシュはきっととてもいい男になるとおもう。 なんかアッシュはツンデレ、とか言われているみたいだけど、アッシュの抱え込んできた矛盾が一見そう見せるだけで、内面の自己矛盾に解決を与えられれば一本筋の通った背筋の伸びた男になる気がする。 あれだ。 ユリアシティではルークがアッシュに剣を向ける。 ルークが自分を認め相手を認め、乗り越えるきっかけの剣だ。ルークが究極的に他人の存在を自覚した時ではないかと思うこともある。 負けることに意義がある。 といっても二周目くらいからだと勝てちゃうんだけど。 そしてエルドラントでのアッシュは、ここでルークに負けることに意義がある。 間違ってアッシュが勝つとストーリーが進まないんだけど。 互いが互いに剣を向け、そうすることで己を乗り越えて行く。 つくづく悔やまれる。 エルドラントでルークと勝負して跳ね返されたアッシュにその後が無かったことが。 命尽きる事を知っていても、本物になったルーク。 そして周囲もそのルークを、本物になったルークを知っていた。 けれどやっと本物になれたアッシュを、ルーク以外誰も知らない。 いや、ルークでさえも、だ。 |