始まりの日。



 世の中、ふと気がつけば、と言うことは意外と多いんじゃないかと俺は思う。

 ふと気がつけば、新人Seedだった俺たちは魔女戦役の英雄になっていた。
 ふと気がつけば、異なる力を手に入れていた。
 ふと気がつけば、世界中どころか異世界中を駆け巡るようになっていた。

 その目的のどれもがただ俺たちにとっては仲間のためと言うそれだけだった。
 世間で語られるほど大層な志があったわけじゃない。
 言い方は色々あるが、示す物はたった一つだ。

 もう二度と、理不尽に大切な人間を失いたくなかった。
 そんな子供じみた思いを追いかけていただけだった。

 未来を変える。
 ただそれだけを望んでいた。

 俺たちは長い時間を過ごした。
 自分を高める事を怠ることは無かったと思う。
 目指す場所は遠く、どれだけ鍛錬を積んでもまるで霞むかのようだった。
 それでも、俺たちは諦めなかった。

 諦めかかった事も無かったわけじゃない。
 けど諦められなかったから、諦めなかった。
 未来が絶対に決まっているなんて、認められなかった。
 仲間の一人が、俺にとっては恋人が、中でも寂しがりやなリノアが――一人で孤独に震えていつかそれを恐怖で覆いつくすようになる。
 それが未来だ、と言われたまま俺たちに放っておく事は出来なかった。

 魔女を倒すほどの力を手に入れてもまだ未来に対して無力だった頃に未来を変えられるかもしれない可能性を見つけた。
 だから俺たちはそれを追いかけ続けていた。

 終わりがあるとしたら、諦めこそがそうであると俺たちは思っていた。
 そしてある日俺たちは気がついた。
 これが、始まりの日であると。




 気がついたら異世界に渡るための能力の制約が緩くなってゆく。

 一度訪れたことのある世界なら一人ででも渡れるようになった。
 元の世界に帰る事もそれに順じるから同じだ。

 霧枝という自分の名前に掛ける事で霧に関する能力を持っていたキリエが、ある日自らを霧として使役するだけではない能力を身につけた。

 そしてある時エルオーネの力でジャンクションした時に、ジャンクションした対象からでも自分たちが身につけた力が使えることを知った。
 GFの力であるなら既に過去に体験済みだった。
 ラグナたちにジャンクションした時にそれは既に知っていた。
 だがほぼ精神性のないこの“念”という異能までエルオーネのジャンクションにより自分以外の存在が使えるようになった、と言うのは意外なことだった。




 はじめにその可能性に気がついたのはアーヴァインだった。

 霧に包まれて一人の状態で初めの異世界に渡ったということを、一つ一つ今と関連付けていったときに気がついたらしい。
 もしかしたら、と相談された時に唖然とした。
 あるいは、そうだったのかとすら思った。

 まるで同じだった。
 過去が未来を制限する。
 アルティミシアが過去に現れたことで未来に怒りと恐怖の魔女が誕生するという未来を過去にしてしまったようなループを、俺たちも違うところで作っていたんじゃないだろうか。
 その考えに、行き着いてしまった。

 その可能性は、二人で抱え込むには重すぎた。
 仲間達に相談して、一緒に考えた。
 満足のいくような答えは出なかった。
 それでも、一つだけ意見が一致した事がある。

 それは、始まりの時を作らなかったら今がなくなってしまうかも知れないと言う事だった。

 エルオーネの寿命が近づいていた。
 ジャンクションマシーンエルオーネは機械として制限が多すぎて、満足のいく使用には耐えない。
 エルオーネの体力的にも今が最後のチャンスと言えた。

 今を逃したら、今が無くなるかもしれない。
 この長く過ごした時間が消えてしまうかもしれない。
 未来を変えるべく奔走した。
 未来を変えられるかもしれない可能性を見つけた。
 その今が、無くなるかもしれない。

 俺は、怖かった。




 老いたエルオーネの前に、俺たちは立った。

 俺、アーヴァイン、ゼル、フィール、キスティス、セルフィ、キリエ、シュウ、ニーダ。
 他にも数人、俺たちの意思に賛同した仲間はいるが、席をはずしてくれた。
 エルオーネは……自分には資格が無いといって俺たちの提案を断った。

 あの歴史に俺たちを導いた人間としての、負い目なんだろう。
 エルオーネの能力を以ってすれば、嘘偽り無く何でも出来ただろう。
 それでも何もできなかったというエルオーネ。

 エルオーネの心の正確なところはわからない。
 エルオーネは多くの人間にジャンクション出来る。ジャンクションさせることが出来る。
 そうすることで少なからずジャンクションした時点での対象の心も、知ることが出来る。
 だが、エルオーネ自身にはジャンクションは出来ない。
 エルオーネにとって、エルオーネ自身だけが世界で唯一ジャンクション出来る可能性の無い人間だろう。
 だから、エルオーネの本心を誰も知らない。

 老いて去ろうとするエルオーネを、俺たちも別段止めなかった。
 それも自然な形であって、本来は拒むことではなかった。

「いいのね? スコール」

 老いて擦れた声が俺に尋ねた。
 かすれてはいても、力を失ってはいなかった。
 俺たちとは違う意味での、異能者としての自覚が生み出す深み。

「構わない。やってくれ」

 俺はエルオーネの目を見て言った。
 俺たちの薬を受け入れようとしないエルオーネの目は既にニセモノだった。
 白内障でにごった水晶体を取り替えることで視力を保っている。

 入れられた眼内レンズはいつまでたっても透明で、まるでエルオーネの感情諸共その中に飲み込んで行くかのように感じられた。
 瞳の奥底までのぞいても、何もないような錯覚をする。
 だがそれはきっと、諦めた人間とそうじゃない人間の差なんだろう。
 俺は、そう思う。
 エルオーネの人生は、きっと諦めと挫折の連続だったはずだ。

「キリエをあの日、俺とフィールがいなくなったあの任務の時近くに居たエルオーネの知人の中にジャンクションさせてくれ」

 切なそうに微笑んで、エルオーネは頷く。
 キリエを見ると、もう一度頷いた。

 俺たちの目の前で、ぐらりとキリエの体が傾ぐ。

「おっと」

 側にいたアーヴァインが床に体を打ちつける前に捕まえて、部屋にあるソファの上に横たえた。
 始まりが、始まる。









 あの話を最初に聞いた時は、与太話といって切り捨てたかった。
 それほどショックな話だった。
 ありえないはず、だったのに生まれてしまった時間のループを打ち消そうとしていた私たちがその時間のループを生み出した。
 打ち消したいループとは別物だけど、それでもショックだった。

 でも、拒めなかった。

 皆で話し合いをしても有用な統一した見解、なんて出てこなかった。
 それでも、一つだけ一致した意見があった。

 それは、始まりの時を作らなかったら今がなくなってしまうかも知れないと言う事だった。

 エルオーネさんの命の終わりが近づいていた。
 やっぱりエルオーネさんのジャンクションは機械にはできないところがある。
 再現しきれないところこそが求めている部分だろう。
 エルオーネさんは少し前から寝たきりになっていた。
 老いを拒む念も要らない、体を癒す念具も要らない。そう言うエルオーネさんだったから、体力的にも今が最後のチャンスなんだろう。

『今を逃したら、今が無くなるかもしれない。時間が消えてしまうかもしれない。俺は、それが怖い』

 そう言ったスコール。
 その言葉がつんと胸をついた。

 ずっと未来を変えようと奔走していた。
 未来を変えられるかもしれない可能性を追いかけ続けていた。
 その今が、無くなるかもしれない。

 私も、怖かった。

 エスタの病院の、エルオーネさんの病室に私たちは集まっていた。
 スコールが事前にエルオーネさんに事情を通してある。
 エルオーネさんは最後にスコールに確認して、私を見て頷いた。

 ぐらりと意識が霞む。
 単純に現すなら眠気、としか言いようが無いんだけど、眠りたいあの眠気とは何かが違う感じがした。
 眠っても疲れそうな独特の気配というか。

 体を支えられなくなって倒れた時に、アーヴァインに支えられたところまでは辛うじて覚えていた。




 気がつけば、誰かの中にいた。
 誰かの目線で世界を見ている。
 目線の先には、スコールとフィールがいた。

 これから任務に赴くのだろうスコールと、あれはきっと初任務でスコールと組むことで高ぶる気持ちを必死で引き締めているんだろうフィールだ。
 任務内容は、確かモンスターの生態調査だったはずだ。
 エスタ大平原に設置された本部基地からいままさに出て行こうとしているところだった。

 その背を見送りながら、私はジャンクションさせてもらっているこの人物へ干渉するべく働きかけていた。

 明確な意思を伝えられなくても、ある程度の意思の干渉があることは過去に実証されている。
 私は必死で話しかけた。

 少々情けないが、もっとも効果のありそうな内容で。

(トイレトイレトイレトイレ)

 ふと行なっていた作業を止めるこの人物。

「ごめん、おれちょっとトイレ行って来るわ」
「さっさと済ませてこいよ忙しいんだから」
「おう。わりぃ」

 立ち上がった彼に、引き続き私は念を送った。
 スコール達の進んだ方角へ向かうように。




 そして私は適当な位置で霧の能力を使った。
 かつては自分自身を霧としてその内部の対象を惑わせ、その上で霧となることで物理的な事態に絶対の防御を誇る能力だった。
 だけどさすがにその能力は誰かにジャンクションした状態では使えなかったのが長く鍛錬を積むうちに、今では自分が霧になるのではなく、霧を生み出せるようにまでなった。
 そうすることで初めて他人にジャンクションした状態で霧の力を使えるようになり、この可能性が生まれた。

 私が生み出す方位磁針すらも狂わせる迷いの霧。
 それに包まれて方角を見失うスコール達。
 彼等が十分に迷子になった事を見届けて、もう一つの能力も使った。

 長い間、仲間たち皆で育ててきた能力だった。
 異界の門を潜る力。
 それは新しい世界に渡る時にはまだ多くの制約を必要としたが、既に知った世界への門を開く時に関しては次々と厳しい制約を打ち消して行くことに成功していた。

 今はこのために私に預けられていたその力を彼らに使う。

 今、遠い過去の彼らにとっては未知の世界でも、この能力を使う私にとってはすでに既知なる世界。
 無理な可能性もあった。
 それを既知の世界と能力が認めずに、異世界への門が開かれない可能性もあった。
 そうならそれで良かった。
 それは、私たちの干渉ではない証明となる。

 むしろ、、それを望んでいる。




 けれど、運命の女神とは常に嘲笑う物なのか。
 道は開いた。
 そして彼らは旅立った。

 そうしていつか向こうの世界で力を手に入れて、そうして始まりが始まる。

 鶏が先か卵が先か。
 そんなことを問いかけた先人がいた。
 答えなんて出てこない。




 私は一度ジャンクションを解除されて、次にはスコールたちを探索に出たアーヴァインの部隊の一人にジャンクションし、アーヴァインと同行者達を能力の霧で分断させるとまたアーヴァインをあの世界へと送り込んだ。

 終われない、始まりが始まった。

 今日という日をなんと記そう。
 エルオーネさんの選択が、一つ賢いことに思えてしょうがない心の重たい日だった。
 エルオーネさんはもうすぐに、結末を知らずに逝くだろう。









戻る
TOP